英雄と美姫の物語   作:ながしながされ

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今回からしばらく旅行編(イチャイチャ回)です。ここから進みがだいぶ遅くなります。
結構細かく書いていくので、会話集が減るかもです。

今回はナーベラル一人称視点です。
注:ナーベラル視点書く時人間どもをゴミクズとか、アインズ様に対しての敬語とかを地の文に入れてしまうと書くのが困難なので多少マイルドに書くことにします。

前回のあらすじ
アインズ様「弍式さん!どうですか!!!ナーベラルこそがロマンですよ!」


十五話『二人の旅行』〜出発〜

 ザイトルクワエと戦って、エ・ランテルに戻ってきてから3日が過ぎた。

 そして今日もモモンさ──んと冒険者組合にいる。

 

 

「今日の依頼はあるか?」

 

 

「申し訳ございません。アダマンタイト級冒険者漆黒のお二人への依頼は本日もございません。」

 

 

 モモンさんが受付嬢に依頼の有無を尋ねられるも、今日の依頼もないらしい。エ・ランテルに戻ってから3日、足繁くこの冒険者組合に通ったけれど、最後の依頼は薬草採取の時以来だ。

 今日もいつも通りね──私はモモンさんの後ろで立ち、モモンさんが振り返るのを待つ。しかし、モモンさんはその場で立ったまま動かない。

 何かお気に召さないことでもあるのかしら──あの受付嬢が気に入らない?骨だけでも折るべき?

 

 

「大変申し訳ございません。モモン様、ナーベ様」

 

 

 受付嬢は再び頭を下げる。やはり何かモモン様…じゃなくてモモンさんに無礼を働いたのだろう。だとしたら許せることではない。ならばこの場で──

 

 

「ああ、いやすまない。考え事をしていただけだ。アダマンタイト級への依頼が無いということは、それだけこの街が平和だということだ。我々に仕事がないのは痛いが、平和の為に我々がいるのだ。その街が平和だというならこれ以上の喜びはないだろう。気にしないでくれ」

 

 

 私が行動に移そうとすると、モモンさんが今度は逆に受付嬢に謝り少し頭を下げられた。

 なんと寛容で慈悲深き御方なのか。

 モモンさんがそう仰るのであれば私に何も異論はない。

 私は剣に添えた手を静かに下ろし、受付嬢は安堵の笑みに変わる。

 

 

「そう言っていただけると助かります。やはり流石は英雄、というべきなのでしょうね」

 

 

 まさにその通りだ。流石はモモンさん。愚かな人間すら感服させるモモンさんの偉大さ。到底、私に真似できることではない。これこそ至高の御方である証なのだろう。

 私は誇らしい気持ちでその会話を後ろでただ聞いている。

 

 

「それでは少し王都の方へ向かおうと思うのだが、ここから歩いてどのくらいかかる?」

 

 

「お、王都でございますか!?しょ、少々お待ちくださいませ!!ただいま組合長を呼んで来ます!そちらでお待ち頂けないでしょうか!!」

 

 

 先程の態度から一変、今度は慌てたように受付嬢はその場から去り、組合長を呼びに行ったようだ。

 無礼な。やはり人間はゴミクズ同然。偉大さを知ってもなお、あのような態度を取れる意味がわからない。下等種では本当の意味での偉大さは理解できないのだろうか。

 私は先程の評価からは一変して、やはりあの受付嬢はゴミクズだと認定する。

 しかしモモンさんは何も気にしていないご様子なので、私もモモンさんと共に組合長を待つことにする。

 

 少しして組合長が出てきて、組合長室に通される。

 私たちは組合室に入り、いつも座っている椅子に腰をかける。

 

 

「モ、モモンくん。一体どうされたのですか?突然王都などと。まさかエ・ランテルから移住されるおつもり…なのですか?」

 

 

 いつもとは違う組合長の態度で私は理解する。この人間はモモンさんに離れて欲しくないのだろう。

 その気持ちは私にもわかる。私も突然モモンさんから別行動と言われてしまえば、私も同じような態度になってしまう自信があるからだ。

 つまりこの人間は心底モモンさんに心酔している。流石はモモンさん。

 

 

「あ、いえ。そのつもりはなくて、アダマンタイトの依頼がないとお聞きしたので、それなら王都の方にまだ行ったことがないから、休暇がてらと言いますか、単純に旅行でも行って王都を観光しようかと。もしかして、すぐにアダマンタイトの依頼が入る予定でも?」

 

 

「ああ、何だそういうことでした──あ、コホン。そういうことか。いや、君たちに入る予定の依頼は今のところはない。ゆっくり観光してきてくれたまえ。もし依頼が入れば王都の組合の方に連絡を入れるから、その時は申し訳ないがこちらに戻ってきてもらうことにはなると思うがね」

 

 

「ええ、もちろん構いませんよ。それで、王都まで歩いてどのくらいかかるのか聞きたかったのですが」

 

 

「歩きで王都?あそこまで歩いていくと言うのかね!?まあ、もし、歩いていくとしたら…六日…はかかるんじゃないのかな。言ってくれれば馬車も用意させるが」

 

 

「いえ結構。歩きだからこそわかる発見というものもありますし、こんな言葉を知りませんか組合長。旅に着くことよりも楽しい道中がよい。私はナーベと共に歩きながら、その道中を楽しんでいこうかと」

 

 

「そうか。君がそう言うのならそれでいい。ナーベ嬢との観光楽しんで来てくれ」

 

 

 私は会話に一切参加していないけれど、モモンさんが話終わったようなので立ち上がる。

 モモンさんはありがとうございますと言い残して、王都への地図を借りて、部屋を出ようとする。

 

 

「あ、モモンくん、ナーベ嬢。帰ってきたらでいいのだが、二人に少し話があってね。依頼の話ではなく、君たち二人にとっての話なんだが、帰ってきたら組合に来てくれるか?それまでこちらも準備をしておく」

 

 

 何の話だろうか。ただあの人間であれば私達、いやモモンさんにとって悪いようにはしないだろう。もしするようであれば──私の出番だ。

 

 モモンさんと私は今度こそ部屋から出ていき、道を歩きながら、モモンさんと会話をする。

 

 

「さてナーベ。これから宿屋に一回戻って今日からの宿泊をキャンセルしたら、そのまま歩きで王都へ向かおうと思う。勝手に決めてしまってすまないな」

 

 

「モモン様がお決めになられた事に異論はございません」

 

 

 何か深淵なるお考えによって私達はこれから王都へ向かうようだ。私にはそのお考えを理解し切る事は出来ないが、モモンさんがそうお決めになられたことだ。私は2つ返事でモモンさんに従うしかない。

 するとモモンさんはため息を付く。

 

 

「はあ、ナーベ、何度も言ってるが、さんと呼べ」

 

 

「も、申し訳ございません。モモンさ──ん」

 

 

 …またやってしまった。何度も注意されているのに、未だに様と呼んでしまう。一体何をしているの私は。今度こそ絶対にこんなミスは犯さないようにしよう。

 私は心の中で、モモン()()と復唱する。

 モモンさん、モモンさん、モモンさん、モモンさん、モモンさん──

 

 

「モモンさん」

 

 

「ん?どうしたナーベ?」

 

 

 …あ。心の中で言っているつもりが、つい口に出てしまった。さっきから何をしているの私は。

 モモンさんは私の次の言葉を待っている。早く謝罪をせねば。

 

 

「な、何でもございません。申し訳ありませんでした──」

 

 

 えっと何だっけ、アインズ様ではない、モモンガ様…ではなくて、えっと、さっき私はモモン()()とお呼びしてしまったことに対して謝るのだから──

 

「モモン様」

 

 

「ブフッ!フッハハハハ」

 

 

 ああ…とうとう笑われてしまった…

 なんて愚かなの。先程注意されたばかりだからモモンさんって復唱してたのに、早く謝ろうとして慌ててしまった。メイドにあるまじき失態。いやメイドでなくても失態だわ。

 

 

「も、申し訳──」

 

 

「い、いやいい。フフッ。ナーベが様と呼びたい気持ちはよく分かった。無理に呼ばせているのは私の方だからな、すまないと思っている──にしても、モモンさんって呼んだ後にすぐにモモン様に戻るのは…フフフッいや今のは中々面白かったぞ。これからまた気をつけてくれればそれでいいさ」

 

 

 ポンと私の肩を叩き、モモンさんは私の失態をお許しくださる。

 お優しい方なのは知っていますが、お優しすぎますモモンさん。

 私は今日失態しかしていないのに、どうしたらいいのだろう。モモンさんにこれ以上の忠誠を誓うのは当たり前だとして、私はこの後何をすれば良いの。もし私が2人いるのであればもう1人の私にも絶対の忠誠を誓わせたいが、そんなことが無理なのは分かっている。私は一体何をすれば──。

 

──そうだわ。褒美よ。

 私如きからモモンさんに褒美を与えるなど不敬極まりないけれど、褒美ではなく、モモンさんが私にして欲しい事を仰って頂ければいいのよ。考えてみれば、モモンさんはこれまで私にたくさんの褒美をくださったが、私は今まで、ただモモンさんのご命令に従うだけで、私からのお返しなど目に見える形で一度もした事はない。

 もちろん、お返しという形でなくともご命令とあらば何でもするけど、モモンさんは今の一度も私に何かを望まれたことはない。それを持ってして、モモンさんが私にして欲しい事を仰って頂ければいい。

 

 私はそのことについて色々考えながら歩いていると、既に宿に着いてしまっており、キャンセルを済ませ終わったところだった。

 宿屋を出ながらモモンさんは私に聞く。

 

 

「よし、ナーベ。早速出発するが、その前に何かやっておきたい事はあるか?」

 

 

 モモンさんの質問により、私は先ほど考えた事はまた後で考えることにして、答える。

 

 

「い、いえ。何もございません。モモンさん」

 

 

「そうか、では出発するぞ。今回は長旅となるが、よろしく頼む」

 

 

「滅相もございません。モモンさんのいるところこそが私のいるところです」

 

 

「そ、そうか」

 

 

 私とモモンさんは宿屋を後にして、エ・ランテルを抜けるべく歩く。

 話によるとエ・ランテルを抜けると一度草原になり、それから集落が出てきてそれを抜けるとちょっとした街になっていき、王都が近づくとこのエ・ランテルよりも賑わう街になっていき、市壁が見えたらそこが王都だ。

 

 

「ナーベ悪いが、草原のところは見るところもなくてつまらないだろうから、夜でも抜けられるまでは歩き続けるが良いか?」

 

 

「はっ。ご随意に」

 

 

 そのまま私たちは歩いていき、エ・ランテルの門を抜けていく。

 門を抜けると、それなりに整備された道があり、そこをしばらく歩くと途中からは最低限の整備しかされていない道に変わり、最終的には整備されているというより、単純に人が歩いたから道のようになっているだけの道になる。

 

 私たちはそこを歩き、現在は周りには草原しかなく、振り返ってもエ・ランテルは既にかなり小さくなっているところまで進んだ。

 

 天気も良く、風通しも程々に、歩いて遠出をするならピッタリだと言える天気だろう。

 草がそよ風で靡くのを横目に見ながら、その風は私の髪も揺らし、目にかからないようにそれを何度か手で押さえ、モモンさんの歩調に合わせて歩く。モモンさんが歩くたびに鎧がシャカシャカ鳴るのを聴きながら、何も会話はしていないけど、この時間は結構良いものだ。

 周りに警戒するものは何もいない。モンスターも人間も。

 聞こえてくるのは私たちの歩く音と、鳥の鳴き声、風の音。いつもの人間どもの不快で虫唾の走るような視線もここにはない。誰も私達を見ていない。この静寂は、とても心地が良く、隣にモモンさんもいる。

 

 私がその静寂を楽しんでいると、モモンさんは顔だけをこちらに傾ける。

 

 

「にしても、見るところは無いとは言ったものの、こうやって2人で草原を歩くのもなかなか悪く無いな。何というか、ほのぼのという感じがするな」

 

 

 モモンさんも私と似たような事を思って下さっているご様子。私はそれが嬉しく感じ、そのお言葉に同意する。

 

 

「仰る通りかと存じます。街中では下等生物(ウジムシ)どもが沸いておりますからね」

 

 

「まあ…そう、だな。ウジムシは言い過ぎな気もするが、確かにエ・ランテルでは会う人会う人に見られながら歩かなくてはいけないからな。さっきは草原はつまらないとは言ったが、意外と何もないところを何の目的もなく歩くのもいいな」

 

 

 モモンさんは少しだけ楽しそうに、そのように仰った。そして続けて──ああ、そうだ、と仰って何かを思い出したご様子で私に話かける。

 

 

 

「今回の旅の間は俺の事はずっとモモンと呼んでくれ。宿の中でもだ。わざわざアンデッドに戻って宿屋に防御魔法を発動させるのも面倒だし、アンデッドになる姿が窓から見られでもしたら大変だからな」

 

 

「かしこまりました。モモンさん」

 

 

「頼んだぞ」

 

 

 モモンさんは満足そうに頷く。ヘルムの下のお顔までは窺えないが、きっと満足そうなお顔をなさっているに違いない。そんな様子だった。

 モモンさんはこの草原に出てから、いつものような雰囲気ではないように感じる。いつもの支配者然とした立ち振る舞いではなく、あの頃──私とモモンさんがまだナザリックにいた頃のような、そんなような感じに思える。私の気のせいなのかもしれないけれど、もしかしたらモモンさんも、私のようにこの空気に当てられて、楽しいと思っているのかもしれない。

 

 しかし、そうすると、余計に気になる。

 今回のこの行動の意味はなんなのかしら?もしかしてこれも名声のため?

 私はその疑問について尋ねてみる。

 

 

「ところでモモンさん。1つお尋ねしたいことが」

 

 

「なんだ?」

 

 

「はい。王都へと向かう数日間は名声を高める為に冒険者として活動しながら向かうのでしょうか?」

 

 

「ああ、いやそれは考えていない。単純に王都に行ったことがないから、アインザックにも言ったように観光というか、ナーベと遠出がしたかっただけだ。この世界に来てから俺らはエ・ランテルから別の都市に行ったことがなかったしな」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 名声を高める為ではない──としたらこれは本当にただの旅行?

 

 しかし、王都へ向かうにしても徒歩というのが分からない。至高の御方のお考えを理解することなど私には出来ないが、モモンさんにはきっとこの行動をする意味を何手先までも読んでやっているに違いない。

 

 よく考えるのよ。わざわざ徒歩で移動するという事は時間がかかるという事、アインズ様は出発する前はなんと仰った?「歩きだからこそわかる発見」と仰っていたはず。つまり、時間をかけないと見つからない何かがあるはずよ。その何かまでは私にはわからないけど、私達はそれを見つけるのが今回の目的ということね。

 私は早速何かを見つけようと周りを見ていると、モモンさんは私に問いかける。それにすぐさま反応し、顔をモモンさんへと向ける。

 

 

「ところでナーベは旅行とか行ったことはあるのか?」

 

 

「いえ、ございません。私はこの世界に来るまではナザリックの外に出たこともありませんでした」

 

 

「そうか。では初の旅行なのか」

 

 

「はい。モモンさんは、旅行をしたご経験が?」

 

 

「いや、俺も旅行といえるものはロクにした事はないかもな。ナーベと同じで初めてと言ってもいいかもしれない」

 

 

「そうなのですね。貴重な体験をさせていただきありがとうございます」

 

 

「うん、俺にとっても貴重な体験だな。初めて同志の旅行だ。たくさん楽しもうか」

 

 

「はい。楽しませて頂きます。…そういえば、弍式炎雷様と武人建御雷様もお二人で旅行に行ったという話を聞いたことがあります」

 

 

「ああ、あの二人か。あの二人は仲が良かったからな。二人で旅行に行くこともあったのだろう」

 

 

「そうだったのですか。つ、つまり…わ、私とモモンさんも、な、仲が良いということで、よろしいの、でしょうか?」

 

 

「ハハッ。そうだな。さっきの口ぶりだとそうなるな。俺はナーベと仲がいいと勝手に思ってるんだが、ナーベは違うのか?」

 

 

「め、滅相もございません。恐れ多くも私はモモンさんと仲良くさせて頂いていると誓います」

 

 

「別に誓わなくても、そう思っているだけでいいのだが…まあそうだな、つまり俺らは仲良しだな」

 

 

「は、はい!仲良しでございます」

 

 

 何のことはない日常会話。

 毎晩お話しさせて頂いているけれど、私はこの時間が大好きだ。

 でも、初めてこのように外で大好きな時間を過ごしているかもしれない。何もない草原を歩きながらの会話。

 

 しかもモモンさんと仲良し…。

 その言葉は私の頭の中を反響する。至高の御方にそのように認めていただく喜び。

 その喜びは溢れてしまい、思わず笑みが出てきて、慌てて口を抑えるが笑い声が漏れてしまう。

 

 

「フフッ」

 

 

「ど、どうした?ナーベ?」

 

 

 モモンさんは慌てたように私にお聞きになる。今日の私はどこかがおかしい。あまり感情が抑えきれていないような気がする。

 モモンさんにお見苦しい姿をお見せしてしまった。早く謝罪をしなくては。

 

 

「も、申し訳ございません。モモンさん。モモンさんと仲良しと言われたことが嬉しすぎて、つい見苦しい笑いをしてしまいました。どうか如何なる罰でもお与えください」

 

 

「そ、そうか。う、嬉しすぎたのなら、しょうがないな!ナーベの罪を許そう。よって罰は与えない」

 

 

「深きお心に感謝いたします」

 

 

 罪は無いと言われるけど、私は反省をして、心も少し落ち込んでしまい、私はあまり話せなくなる。ただモモンさんはそれでも、お声をかけて下さり、次の日の朝に集落に着くまで、とても楽しく時間を過ごした。

 

 

「さてナーベ、集落には着いたのだが、ここら辺には宿屋は無いらしい。もう少し歩けるか?」

 

 

「問題はございません」

 

 

「ではとりあえず、今日はその宿に行って、明日の朝また出発するぞ」

 

 

「はっ!」

 

 

 それから私とモモンさんはその宿屋があるというところまで再び歩き始める。

 

 

「ここから宿はかなり遠いらしい。夜になってしまうかもしれないが宿屋に着いた時間で今後の予定を決めようか。問題はないか?」

 

 

「はい、問題はございません。モモンさん」

 

 

「よし、それじゃあ──」

 

ドスッ

 

 どこからか走ってきた人間の子供がモモンさんにぶつかり、子供はそのまま弾き返されて後ろに倒れる。

 あの子供、御身に体当たりなど万死に値する、この場で──

 

 

「ああ、大丈夫か?怪我はないか?」

 

 

 しかしモモンさんが子供の体の心配をなさるので、私はこの場でその子供の首を刎ねることはやめる。

 そして、あろうことにモモンさんはその子供を立たせてやり、子供の目線に合わせるようにしゃがみ込み、話しかける。

 

 

「私も不注意だったな。すまない。大丈夫か?」

 

 

「──か、カッコいい!!」

 

 

 子供は先程転んだ事も忘れたかのように、目を輝かせてモモンさんを称賛する。流石はモモンさんだ。人間の、それも自ら考える事もできない子供でさえ、その偉大さに気付かせるとは。

 

 

「そうか、カッコいいか!ありがとう」

 

 

 モモンさんは機嫌の良い声でその称賛を受け入れる。モモンさんがお気になさらないのであれば、私の出る幕などない。

 モモンさんと子供のやりとりを見ていると、突然後ろから女の叱る声が聞こえてくる。

 

 

「コラッ!急に走っちゃダメでしょ!」

 

 

 その声の女は私の横を通り過ぎて、子供の元まで駆け寄っていき、次にはモモンさんの方を向く。

 

 

「うちの子がすみま──え…え!?も、もしかしてあなた様は漆黒の英雄モモンさんでは?」

 

 

 謝罪の言葉が最後まで続くことはなく、女は目を見開いてモモンさんに尋ねる。

 

 

「ええ。まさしく。私こそがアダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモンです!」

 

 

 モモンさんはその場で立ち上がり堂々とした佇まいで女に告げる。

 

 

「やっぱりそうなのですね!ほら!アンタが最近いつも言ってたエ・ランテルに誕生した新しいアダマンタイト級冒険者のモモンさんだよ!

 

 

 女は子供がぶつかった相手がモモンさんだと知り、子供に話しかける。ここはエ・ランテルからはそこまで離れていない。モモンさんのご活躍の噂を知っているのだろう。

 そしてあの子供はその噂を知っていて、女の口ぶりからするとモモンさんのファンか、もしくは憧れの対象というところか。

 

 

「え、え!!?お、おにいちゃんがあの、モモンさまなの!?」

 

 

「ああそうだぞ。私がモモンだぞ」

 

 

 お兄ちゃん?いつから貴様はモモンさんの弟君になったの。そもそもモモンさんだと気付かなかった奴が何を言っているの。ヘルムの下のお顔すら確認してないじゃない。

 そんなことは私は言わない。ただ黙ってそのやり取りを眺めている。

 あの子供がモモンさんに害をなした時にいつでもお守りできるように。

 

 

「じゃ、じゃあおねえちゃんが、しっこくのびきナーベさま?」

 

 

 しかし子供はモモンさんを害することはなく、むしろ私の方に駆け寄ってきて尋ねてくる。

 どうして貴様なんぞに私がそんなことを言わなくてはならないのだ。

 しかし、この状況こそがモモンさんに常々言われている、人間となるべく敵対しないように、という状況なのだろうか。

 

 私は確認するためモモンさんを見ると、モモンさんは頷く。

 つまりそういうことだ。今は敵対してはいけない状況らしい。

 ただ何と言えばいいのだろう。悩んだ末私は先程モモンさんの仰られた言葉を真似る。至高の御方の仰られた言葉だ。絶対に間違いなどない。

 

 

「ええ、まさしく。私こそがアダマンタイト級冒険者、漆黒の美姫ナーベです」

 

 

「ほ、ほんとにきれーなんだ!!ね!ママ!」

 

 

「ええ。ほ、本当にお綺麗なのですね」

 

 

 子供は目を輝かせ、女は見惚れるように私に言ってくるが、だからなんだと言うのだ。自分で美姫と名乗るのは少しおかしなような気もするが、私は自分の容姿に自信が無いわけではない。お前らにそんなことを言われたところで私が喜ぶとでも思っているのだろうか。

 

 

「ふんっ、そのような世辞で──」

 

 

「そうですね。ナーベは美姫の名に恥じませんよね。私は英雄なんて過分な二つ名で呼ばれていますが、ナーベの二つ名は彼女にピッタリだと思います」

 

 

 モ、モモンさん!?!?な、何を仰るの!?

 思わぬところから同意の声が上がり、私は驚愕と同時に歓喜に満ちる。

 モモンさんも私のことをそう思ってくださっていたとは思わなかった。モモンさんも私のことを美姫だと思っていたとは。

 名実共に私は本当に美姫なのかもしれない。モモンさんも私にピッタリだと言って下さった。モモンさんがそう仰るのであれば、美姫という二つ名も悪くない。下卑た人間共にそう言われるのは不快だったが、モモンさんがそう言うのであれば話は別。いつでも私を美姫と呼んでくれて構わない、モモンさんがそうお認めになられたのだから。

 

 モモンさんの発言に女が反応する。

 

 

「モモンさんもそう思うのですね!もしかしてですけど──」

 

 

 女はモモンさんに耳打ちするように、誰にも聞こえないように話しかけている。普段の私であればそれを見たら女の首を刎ね飛ばしていたことだろう。

 しかし今の私はモモンさんに言われた、美しい、美姫だ、ナーベが世界で一番美しいという言葉に頭が一杯で、何も見えていない。

 

 

「ああ、い、いえ、単なる仲間です」

 

 

「あ〜そうなのですね。すみません失礼なことを聞いてしまい」

 

 

「いえいえ。それじゃナーベ、そろそろ宿に行くぞ。では失礼」

 

 

 モモンさんは親子に軽く会釈して、モモンさんの一言で私は帰ってくる。そういえば私たちは宿屋に向かっているところだった。

 

 

 しばらく歩き続けて、宿屋に着いたのはモモンさんの予想通り夜だった。モモンさんは二人部屋を頼み、宿屋の人間はモモンさんを見た後に私を確認するように見てから鍵を渡す。

 

 部屋は3階の一番奥の部屋だった。

 部屋に入ると、モモンさんは鎧を──魔法で消すのではなく自力で──脱ぎ始める。それのお手伝いをした後に、2人でソファに腰をかける。

 

 

「この宿にも個室に風呂は付いていないのか。それなりにいい宿なのだが…」

 

 

「であれば、私がお体をお拭きいたしましょうか?」

 

 

「いや俺は単純に風呂に入りたいだけだから、大丈夫だ」

 

 

「でしたら、前にモモンさんのお使いになったグリーンシークレットハウスを使えばよろしいのでは?」

 

 

「それだと旅行らしくないだろ?その街に行ってその街の宿屋に入る。これが楽しいんだ」

 

 

「それがモモンさんの言ってらした旅行を楽しむというものなのですね」

 

 

「そうだな。俺もこういう旅行は初めてだからよく知らないが、出来ることならそういう楽しみ方もしたい。ナーベはこの旅行で何か楽しみたいこととかはあるか?」

 

 

「楽しみたいこと…ですか」私は思考を巡らせ、この旅行で楽しみたいことを考える。そして思いついたのは、単純でささやかなものだった。「それでしたら、私はモモンさんと一緒に歩きながらする会話を楽しみたいです」

 

 

「あ〜確かにそういう楽しみ方もあるかもしれないな。目的地に着くとそうやって話することも減ってしまうからな」

 

 

「そういうものなのですか?」

 

 

「ああ、目的地と言うくらいだから目的があるはずだろ?だからその目的の方に気を取られてしまって、お互いが話したいことを話せなかったりするからな」

 

 

「なるほど!なら道中ではもっと楽しもうと思います」

 

 

「ハハッそうだな。でも確かに、俺もナーベとする会話はとても楽しかったぞ」

 

 

「あ、ありがとうござい、ます」

 

 

「こちらこそありがとう。にしても昨日今日とたくさん歩かせてしまったな」

 

 

「いえ、問題ございません」

 

 

「もし疲れたのなら寝ても良いが…あの店主め。気を利かせたのかダブルベッドの部屋に案内したな。ベッドが1つしかない」

 

 

「であればモモンさんがお休み下さい」

 

 

「いや、俺は大丈夫だからナーベが──と言っても寝るつもりはないだろう?」

 

 

「いえ、そのような事は。ただ私が寝るのであれば、モモンさんが先にお休みになられるべきかと」

 

 

「それだとナーベはいつ寝るんだ?」

 

 

「あ、いえ、モモンさんがお休みになられている間は私は御身に危険が及ばぬよう辺りを警戒しますので…」

 

 

「フッそれだと結局寝ないんじゃないのか?」

 

 

「ふふっそうなってしまいますね」

 

 

 モモンさんがお笑いになるので、私も釣られて笑ってしまう。前までは気をつけていたのだが「ナーベの笑った顔が好きだぞ」と言われてからは夜にする会話中は自然と笑ってしまうようになってしまった。

 私が笑うとモモンさんも嬉しいと仰って下さって、それに甘えてしまっている。

 何度も言うが、私はこの時間が大好きだ。私も自然と笑顔になるし、何と言ってもモモンさんにも笑顔になって頂ける。私との会話を楽しみたいからという理由でアンデッドのお姿だと楽しくても感情が抑制されてしまうらしく、いつも会話をする時は私のような見た目のお姿になられている。

 

 私はこの時間が何にも代え難い。多分これが幸せというものなのだろう。ずっと夜ならいいのに。ずっと夜にできる魔法はないのかしら。でも昼がないと今日みたいな旅行もできなかったかもしれないし、今日の夜はどんなお話をしながら過ごすのか、というワクワク感も無くなってしまうから今ぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 私は楽しい気持ちを顔に出しながらモモンさんのお顔を見ていると、モモンさんが私に命令を下す。

 

 

「じゃあ今回もベッドは使えず、か。じゃあナーベ、アレをやってきてくれ!」

 

 

「はっ!お任せください!」

 

 

 私は立ち上がり、ベッドまで歩いて行き、ベッドの中に潜る──そして暴れる。

 するとモモンさんもベッドの方までいらっしゃる。

 

 

「おお、今回は派手だな!」

 

 

「はっ!狭いベッドでした故、2人で寝たとなるとそれなりに布団を乱れさせねばと思いました」

 

 

 私とモモンさんは何をしているのかと言うとカムフラージュだ。モモンさん曰く「ベッドが綺麗なままなのはおかしい」とのことで、私はベッドを使用済みのようにする係に任命されたのだ。

 

 

「なるほどな。流石はナーベだ!」

 

 

「いえこの程度、御茶の子さいさいというものです」

 

 

「はははっ。その言葉実際に使ってる人初めて見たぞ」

 

 

「ふふふっ私も初めて言いました」

 

 

「ははは」「ふふふ」

 

 

 二人して同時に笑い始めてしまう。

 これもいつものことだ。何が面白いわけでもない。ただ空気感で笑ってしまうのだ。

 

 一頻(ひとしき)り笑った後、私とモモンさんは再びソファに腰をかける。そしてソファの上に置いてある私の手をモモンさんが握る。

 これは薬草採取の時に野営したあの日から新たに日課となったことだ。ただいきなり握られるので、いつも手を握られるたびに体がビクッとしてしまう。モモンさんがして下さるのは握るところだけ。指を絡めるのは私の役目。

 ゆっくりといつものように指を絡めて、私が手を握るとモモンさんも握り返してくれる。

 初めて手を握った時は不敬だったと反省したが、次の日もモモンさんは手を握ってくださり、私が指を絡めようとも咎める事はなさらない。一度不敬だからとそのままでいた時は、モモンさんは目で早くしろと言っているかのように催促なされたので、今では不敬だと思うことはなく、モモンさんと手を繋げるこの幸せを噛み締めている。

 

 

「さて、これで今日のミッションは達成かな」

 

 

 モモンさんが仰る。

 いえ、まだ達成し終わってないことがございます。

 

 

「あ、モモンさん。あの、本日はまだ──」

 

 

「ああ、そうだったな」

 

 

 私が言い終わる前にモモンさんは察して、私の方に寄ってきて下さる。肩と肩が触れ合い、私は少し頭を下げてモモンさんに向ける。

 そして繋いでない方の手が私の頭に置かれる。

 

ナデナデ

 

 いつものように私は頭を撫でられる。7年以上変わらずに。

 手を繋ぐのもそうだが、これらに慣れる日は来ない。

 すごく嬉しくて、すごく幸せで。

 少し恥ずかしく、少し照れくさい。

 

 慣れる日は来ないとは言ったが──そんな日は来なくていい。

 いつまでもこの時間を特別に思っていたい。この幸せも嬉しさも、照れや恥ずかしさでさえいつまでもそのままで、毎日新鮮な気持ちでいたい。

 

 

「ナーベは撫でられるのが好きだな」

 

 

「ふぇえ?あ、は、はい…好き…です…」

 

 

 へ、変な声が出た!?!?

 まさかモモンさんに撫でられている時に話しかけられるとは思わず、変な声で返事をしてしまった。は、恥ずかしい…

 何をしているの私は!エ・ランテルを出発する時だって失態を犯しているのに。

 どうすれば──あ、そうだわ。モモンさんにお返しをしなければ。

 

 変な声が出てしまったことは置いておき、私は出発した時に考えたモモンさんにお対するお返しのことを思い出し、提案する。

 

 

「モ、モモンさん!!!」

 

 

「おお、どうした!?」

 

 

 モモンさんの私を撫でている手が止まる。少し残念だが、仕方がない。

 

 

「はい。モモンさん、私にして欲しい事はございませんか?」

 

 

「うん?して欲しい事??ナーベに?」

 

 

「はい。何かございませんか?」

 

 

「急に言われても…ってそもそもどうしてそんな事を?」

 

 

 私はエ・ランテルを出発する時に考えたことをモモンさんにお話しした。

 

 

「──と考えた次第です」

 

 

「なるほどな。そんなこと気にしなくて良かったのだが」

 

 

「なりません。モモンさん。私はモモンさんから沢山の褒美を頂いております。せめて、私からモモンさんにできることはございませんか?」

 

 

「とは言ってもナーベはいつも俺の言うことを聞いてくれてるし、今回の旅行も俺が勝手に決めたことだが、ナーベは何も言わずに着いてきてくれたし。今更ナーベにしてもらいたいことなんて──」

 

 

「お言葉ですがモモンさん。私もモモンさんからの褒美は受け取るのを拒んだ際、モモンさんはそれでも、と褒美をお与えになられました。ですので、モモンさんも私にして欲しいことを仰って下さい」

 

 

「た、確かにそうだったな。いや、しかし、うーん────あっ」

 

 

 モモンさんは何かを思い付いたようだ。

 私に望むものは一体なんだろうか。それが何であれ私はそれを叶えるだけなのではあるのだが、気にはなってしまう。

 何と仰るのだろうか。

 

 

「俺はもっとナーベに頼られたいと言うか、なんて言えば良いのかわからないのだが、そんな感じだな。ナーベが俺に仕えたい気持ちはよく分かっているが、ナーベはいつも俺の顔色を窺いながら喋ったり、何かをしたりしていないか?」

 

 

「いえ、そのような事は──」

 

 

「じゃあ明日から手を繋ぐのも、頭を撫でるのもなしと言ったらどうする?」

 

 

──え。

 突然言い渡された言葉。

 モモンさんの手が私の手から離れる。

 明日からは手も繋げないし、頭を撫でられることも──ない。

 7年以上毎日のように撫でられていた頭、最近日課となった手を繋ぐ事、私の大好きな時間、それは明日からは来ない。

 しかし、まだ夜の会話だけでも残っている。今までが満たされすぎていたのだ。モモンさんがそうお決めになられたのであれば、私から言うことなど──

 

 

「それともういい、これから俺一人で行動する。命令だ」

 

 

 モモンさんはそう言った。

 それにより私の好きな時間は──なくなってしまった。

 

 さっきまでの幸せな感情で一杯だった時から一変して、私の思考は止まり、その代わり私の体が小刻みに震えてしまっているような気がする。わからない。わからないけれど、なんだか震えているような気がする。目を開けているはずなのに、何も見えていない気がする。

 ここにいない気がする。どこかに浮かんでいるような気がする。

 至高の御方のモモンガ様から命じられた事なのに──嬉しくない気がする。

 そんな事は無いはずなのに、いつもであれば命令が嬉しいはずなのに、嬉しくない。

 

──どうして?

 

 いや、どうしてもこうしてもない。私はモモンさんから命令を賜った。お返事をしなくては。

 

 なんと?

 

 何とお返事をすれば良いの?かしこまりましたと言えば良いの?そうすれば嬉しくなるの?幸せな気持ちになるの?

 ならない、と頭の中で誰かが言ってくる。

 いや、そんな事は関係ない。私はモモンさんに命令をされたのだ。私の感情など関係ない。

 今私はどんな体制で、どこを見ているのかもわからないが、とにかく口を動かして、声を震わせながらモモンさんにお返事をする。

 

 

「か、か、、かしこまり──」

 

 

「ほらな!」

 

 

 モモンさんのお声で少しだけ私の視界と感覚が戻ってくる。しかし、いまだに絶望感のようなものは私の心にこびり付いたままだ。

 

 

「どうしてそんなに嫌そうなのに命令を受けようとする?」

 

 

 嫌そう?私は嫌そうにしているの?そんなことがあってはならない。なんて事をしでかしてるの私は。私は至高の御方中でもモモンガ様にのみ忠誠を誓う身。どんなご命令であろうとも、それを遂行するのが私の役目。

 私はモモンさんに弁明する。

 

 

「私はモモン──さんに忠誠を誓う身であります故、ご命令と仰られたのなら、私は──」

 

 

「そう、そういうところだ。俺が求めるのは、ナーベが嫌だと感じたのだったら嫌だって言って欲しい。逆にもしナーベが何かしたい事があれば、俺のことなど放っておいて、それを優先──までは出来なくてもいいが、俺に相談するくらいはして欲しい」

 

 

 嫌なら嫌と言う?しかし私はいつも言っている気がする。いくらモモンさんの命令でも、1人で行動だけは絶対にさせない。私が気に入らないのであれば、御身から見えない位置でも私はついていくつもりだ、例え何を言われようとも。

 

 

「モモンさん、1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 未だに私の声は震えているが、それでもこれだけは確認しておきたい。

 

 

「何だ?」

 

 

「私は嫌であれば嫌と申し上げている、と認識しているのですが」

 

 

「そっからなのか…」

 

 

 モモンさんは頭を抱える。

 私は何かおかしな事を言ったのだろうか。モモンさんと私で何か認識の違いがあるのかもしれない。私はモモンさんがもし「単独で敵と戦う」と仰れば何が何でもその命令だけは首を振るつもりはない。それは従者として嫌だからだ。しかし、モモンさんの仰る事はそういう事ではないという事なのだろうか?

 確かめなくてはならない。至高の御身のお考えは非才である私には分からない事は多いが、だからと言ってそれを知ろうとしないのは愚の骨頂。

 

 

「モモンさん。私は何かお気に障る事を申し上げてしまったのでしょうか?」

 

 

「いや、これは俺の認識の違いだった。ナーベ、よく聞いてくれ」

 

 

 モモンさんは真剣なお顔で私を見る。

 これでモモンさんのお考えを聞く事ができる。

 

 

「まず、俺が頭を撫でることや、手を繋ぐのをやめる、と言った時どう思った?正直に答えてくれ」

 

 

 言われた通り、私は正直に答えることにする。

 

 

「私の好きな時間は明日から無くなってしまう、と思いました」

 

 

「では、俺がこれから1人で行動する、と言った時は?」

 

 

「申し訳ございません。分かりかねます。その命令を言われた際は、私は震え始めてしまった気がして、何か絶望感のようなものを覚えたような気がするのですが、何もわからない状態となってしまいました。見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 

「いや、それは俺がすまなかった。いくらナーベの本音を引き出そうとしたとはいえ、傷つけてしまったな。すまない。いやごめんナーベ」

 

 

 モモンさんは一瞬だけナザリックにいた頃の口調に戻る。

 

 

「何を仰いますかモモンさん。私が悪いのです。私が命令を嫌そうにしたから──」

 

 

「違うんだナーベ。その嫌そうっていうのを大事にして欲しいんだ。別に俺はナーベが命令を嫌だと言っても、怒りはしない。悪い事だったら怒るかもしれないけど、基本的にはナーベの意思を尊重したい」

 

 

 嫌がるのを大切にするというのはどういうことだろう。私がモモンさんの命令を嫌がるなんて事があるのだろうか。仮にあったとしたら私は罰を貰わなくてはいけない。

 

 

「失礼を承知で申しますが、私がモモンさんの命令を嫌がるということはないのでは、と考えているのですが」

 

 

「じゃあ本当に頭も撫でないし、手も繋がないって言ったらそれは嫌ではないのか?例えばだけど、これは俺の命令じゃなくて、俺が明日から何の原因もなく、手がない種族になってしまって、それで俺はナーベの頭を撫でることも、手も繋ぐことも、手がないからできないという感じになったら、嫌じゃないのか?」

 

 

 モモンさんの命令ではなく、手を繋ぐことも頭を撫でることもできなくなってしまった。その原因もない。

 私はそれを想像し、正直に答える。

 

 

「嫌です。絶対に嫌です」

 

 

 嫌に決まっている。毎日頭を撫でてもらって、手を繋いでいるあの幸せが突然原因もなく無くなるのは絶対に嫌だ。

 モモンさんは再び私に問いかける。

 

 

「命令だったら?」

 

 

「それに従います」

 

 

「でも嫌という気持ちがあるんだろ?命令だからそう言わないだけで、本当はさっきのように絶対に嫌なんじゃないのか?」

 

 

 私はモモンさんに気付かされ──否定できなくなる。

 言われてみればそうだ。何も私は原因不明だから嫌、そうでなければ嫌ではない、という訳ではない。根本的な話では、手を繋ぐこと、頭を撫でてもらう事が無くなってしまうのが嫌なのだ。

 でも命令だったら?

 もし命令であれば、私はそれに従う為に──我慢をする。

 手を繋ぐことも頭を撫でられることも、命令であれば私はそれに従うしかない。では何故我慢しなくてはならないのか。

 

──嫌だからだ。

 

 しかしそんな事があるのだろうか。私は付き従う喜び、命令を遂行するという喜びがあるはず。至高の御方のお役に立てているという実感を持てるからだ。

 その実感があるはずなのに、何故嫌だと思ってしまうのか。嫌だと思う命令は、お役に立てているという実感がないからだろうか。いや、それはない。

 命令を遂行する前に、お役に立てている実感なんてあるはずがない。

 じゃあ何故?

 単純に()()嫌なのだ。そこに特に理由などない。私が嫌だと思ったら嫌なんだ。

 私は今考えたことをモモンさんにお伝えする。

 

 

「い、嫌、です」

 

 

 気付いてしまった。気付かされてしまった。

 私は例え命令であっても、それが──嫌な時がある。

 私の知らない私、モモンさんに気付かされた私。

 モモンさんはその私を──私が知らなかった私を、お望みになられていたのだ。

 モモンさんは嬉しそうなお声で言う。

 

 

「言えたじゃないか!俺はそうやってナーベに正直に言って欲しい。全部正直に言う必要はないけど、命令だからって理由で自分を殺してまで命令をこなそうとして欲しくない。逆にナーベが俺にして欲しいことがあればそれを言ってほしいとも思っている」

 

 

「は、はい。モモンさんがそれをお望みであるのであれば、私はそのように致します!」

 

 

 私はようやくモモンさんの仰ることを理解できた。そのことがとても嬉しい。私はモモンさんに、正直に嫌であれば嫌と言って、モモンさんにして欲しいことを言う。ただ、全部は正直に言わなくていいようだ。それだけは良かった。もし全部正直に言ってしまったら──。

 

 

「じゃあ、頭と手は今後どうしたい?」

 

 

 モモンさんは私に手を見せながら、早速テストをくださる。そのご様子を見て私はそれにお答えしようとする。

 しかし、これは…

 正直に言う、言わない以前に、言うのが恥ずかしいのだけど…

 

 そ、そうだわ。これこそがテスト!手を繋いで欲しいとか、頭を撫でて欲しいとかを言う以前に、私は恥ずかしいから言いたくない、と言わないといけないのだわ。それを言うのも恥ずかしいのだけれど…でも、モモンさんがそうお望みならばっ!

 

 私は恥ずかしさから顔を少し下に向け、目だけでモモンさんを見て。

 

 

「わっ、私から、それを申し上げるのは、は、はずか、しい…です」

 

 

 言ってしまった…恥ずかしい…。

 しかし率直な感想を言えば──なんだそれは、とも言いたくなる。

 恥ずかしいから言いたくないなどと、従者失格だ。でもこれもモモンさんがお望みになられたこと。私はそのように申し上げる許可を頂いている。

 

 モモンさんはそれを聞いて、顔を赤くして、慌てるように話し始める。

 

 

「あ、い、いや。すまないナーベ。そ、そうだよな。うん。あ、明日からもちゃんと頭も撫でるし、手も繋ぐぞ」

 

 

 よ、良かった。テストは合格のようだ。やはりモモンさんはお優しい。恥ずかしいから言いたくないと言ったにも関わらず、明日からはいつも通りに撫でて頂けるし、手も繋げる。

 だがまだ問題がある。普段なら絶対に言わないことだが、モモンさんは私に正直に言うようお求めなのだ。言わなくてならないだろう。

 …また少し恥ずかしいことなのだが。

 

 

「モ、モモンさん。て、手は明日からではなく、今から、に、握って頂け、ません、か?」

 

 

「えっ、あ、そ、そうだな。夜は、繋がないと、、だもんな。い、いいぞ?」

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 お許しも頂いたことなので、私はモモンさんといつもように手を握る。

 

 私は恥ずかしさから、少しの間無言になってしまう。モモンさんもその間は無言だった。

 というか、少しお困りにさせてしまった?

 私が正直に言い始めた時から、どこか少し様子がおかしいような気がする。私は心配になり、話しかける。

 

 

「モモンさん?私は、ご、ご不快にさせてしまいましたか?」

 

 

 モモンさんは突然話し始めた私に少し驚くような反応を見せ、お答えになる。

 

 

「あ、ああいや。そんなことはないぞ。これからもそうやって、もっと正直に言ってくれると嬉しい」

 

 

 も、もっと正直に言わないといけないの!?

 もっと正直となると、私は──いや、しかし言っても良いのだろうか。

 

 

「ああ、そういえばナーベ。さっきは諦めてしまったが、今日はずっと連れ回してしまったし、もしナーベがそうしたいなら寝ても大丈夫だぞ?」

 

 

 私が黙っていると、モモンさんはそのように仰った。

 たまにだが、モモンさんはこうやって私を寝かそうとする時がある。

 初めは、何故そのようになされるのかがわからなかったのだが、これはモモンさんからの単純なご厚意として私を休ませようとしているのだと、モモンさんから教わった。

 しかし私は寝られない。私が寝ている間にモモンさんにもしもの事があったら、と思うととてもじゃないが寝てなどいられない。

 それあるし、実はもう1つ寝られない理由がある。

 

 寝るのが──怖い。

 

 私が最後に寝たのはこの世界に来た初日のみ。その時に見た夢が忘れられない。モモンさんに失望され、捨てられた夢。あの夢が恐怖で寝るのが怖くなってしまったのだ。だから寝ないのではなく、寝られない。

 

 でもそうだ。モモンさんはそのことを正直に言って欲しいのかもしれない。だから今、私を寝かそうとしているのかも。ならば正直に言うしかない。

私は正直寝る寝ないはどっちでもいいのだが、寝られないというのだけは治したい。そしてそれを治す方法は、モモンさん、いやモモンガ様にお願いしなくてはならない。しかし、そんな事は今まで言わなかった、言えなかった。

 そう思うと私は結構モモンさんに正直に言っているつもりで、実はあまり言っていなかったのかもしれない。隠し事をしていたつもりではなかったが、かなりモモンさんに色々と隠してきていたのだな、と初めて気付かされた。

 モモンさんに正直に──お願いしよう。

 しかしこれは今日の中で1番恥ずかしい。しかしもっと正直にと仰られたので言うしかない。

 

 

「モ、モモンさん。…と…に寝たいです」

 

 

「ん?すまん、何と言った?」

 

 

 私の声が小さく、聞こえなかったようだ──でも次は大丈夫。ちゃんと聞こえるように言おう。

 

 

「モ、モモンさんと、一緒に、ね、寝たいです」

 

 

「え?ええ?い、一緒に、寝る、というのは、一緒に睡眠をとる、という意味、か?」

 

 

「?は、はい。その通りで、ございます」

 

 

 モモンさんによくわからない(モモンさんなら深いお考えがあった)確認をされる。

 

 

「それならいいのだが。いや今のいいは、睡眠で良かったという意味だからな!──んで、一緒に寝るという話だが、それがナーベのやりたい事、なのか?」

 

 

「やりたい事、といえばそうなのですが──」

 

 

 私はモモンさんに、あの日から寝る事が怖くて実は寝られないという話をした。

 

 

「そうだったのか。すまないナーベ。今まで気づいてやれなかった」

 

 

「何を仰いますか、モモンさん。私がもっと正直になっていれば、モモンさんのご厚意を無碍にすることもありませんでした。私が悪いのです」

 

 

「しかし、そうか。それならば、うん、い、いいだろう。ただし、今日はと、特別だからな?」

 

 

「はい。深き御心に感謝の言葉もございません」

 

 

 モモンさんはお許しになって下さった。

 

 

「で、ではナーベ、パジャマに着替えるといい。私も着替える。指輪も外せよ?ああ、ただ、指輪を外した瞬間からとんでもない眠気に襲われるから気をつけてな?」

 

 

「はっ」

 

 

 私は言われた通り、指輪を外してパジャマに着替える。

そして髪の紐を解いている最中にモモンさんがこちらを向く。

 

 

「ではナーベ、俺は────」

 

 

 モモンさんは途中で喋るのをやめて、私を見ている。

 何だろうか。私は今何かをしてしまったのだろうか。

 私は紐をしまい、固まっているモモンさんに声をかける。

 

 

「モ、モモンさん?どうかなさいましたか?」

 

 

 私の言葉にモモンさんは反応し、ようやく動き出す。

 

 

「あ、ああ、すまない。ナーベの姿に見惚れたというか──いやこの際だから言うが、俺は髪を下ろしたナーベが結構好きみたいだ」

 

 

「えっ……」

 

 

 突然言われた言葉に今度は私が固まる。

 モモンさんが私に見惚れた?髪を下ろしている私が好き…?

 好き…なんだ……ウフ、ウフフフフ──ってダメよナーベラル!また下品な笑いが出てしまうわ。

 深呼吸をして私は今度こそ感情が出ないよう、なるべく無表情を装う。

 

 

「そ、それならそうと仰って頂ければ、普段から髪を下ろして活動致します」

 

 

「い、いや。ナーベにはわからないかもしれないが、そういうのはレアだからこそ価値があるのだ。だから普段から下す必要はない──がたまになら、下ろして欲しい、かも」

 

 

「はっ!つまり空気を送るということですね。かしこまりました」

 

 

 しかし知らなかった。まさか私が髪を下ろしている姿がお好きだったとは。確かに前に一度、髪を下ろしていた時のモモンさんも様子がいつもと違うご様子だった。つまりあの時も、私に見惚れていた…?

 また変な笑いが出そうになるので、私は口を両手で早めに押さえておく。

 

 

「そ、そう、空気だ。ではナーベ。先にベッドに行っててくれ。俺は明かりを消して──どうした口を抑えて?」

 

 

「い、いえ。何でもございません。承りました。お待ちしております」

 

 

 私はご命令通り、既に乱れているベッドに入る。

 

 横になると心臓がうるさいのがよくわかる。

 まだモモンさんが来た訳でもないのに、既に私の心臓はかなりの労働を強いられているようだ。

 

 部屋の明かりが消えて、モモンさんが来る。

 

 

「は、入るぞ?」

 

 

「は、はい」

 

 

 私はモモンさんが布団に入りやすいよう、横になった体制のまま少し布団を持ち上げて、モモンさんがベッドに入るのを待つ。

 モモンさんが入り終わり、向き合うような形で、お互い横になっている。

 心臓はさっきよりもうるさく、意識すれば私の鼓動に合わせてベッドすら揺らしていることに気付く。これも正直に言わないと、なのかしら。

 

 

「ド、ドキドキします…モモンさん」

 

 

「そ、そうだな」

 

 

 その後私はしばらくモモンさんと見つめ合い、お互い無言だ。モモンさんも何も仰らない。

 そんな中少し思ってしまう。

──遠い。

 狭いベッドなのに、遠い。もっと近くに寄りたい。

 でもこれを言う訳には、いや。でも。どうしよう。この機会は恐らくだけど、今後はない。今回のが終われば、私はモモンガ様とご一緒に寝ることはない。でも我慢──。でもそれはしてはいけないと仰ったのでは?ご許可を頂ければ、でも──。

 私の頭の中は言い合いをしている。しかし結局のところ、私は自分の醜い欲を実現させたいだけだ。だから無理矢理、私を口論させては自分を納得させるだけの理由を探し、大義名分を得て──理性を負かしたい。

 そしてその口論は欲が勝利し、私の理性は見事に言いくるめられる。

 

 

「モモンさん?」

 

 

「どうした?」

 

 

「もっと近くに寄ってもよろしいでしょうか?」

 

 

「ああ、いい、ぞ?」

 

 

「ありがとうございます。では失礼致します」

 

 

 私の体はもう止まることはない。ご許可も降りてしまった。こうなれば歯止めが効くことはなく、私の体はどんどんモモンさんに近づいていき──モモンさんを抱きしめる。私の顔以外の全ての部分が密着するように。

 

 

「ナ、ナーベ?」

 

 

 目の前にあるモモンさんのお顔はかなり困惑しているご様子だ。私が冷静であればここで離れることもできたはず。でも、私は冷静でいたくない、そんな事をしてしまえば何のために理性を負かしたのか。

 

 

「お許しくださいモモンさん。それと、今だけモモンガ様とお呼びしても?」

 

 

 私は更にモモンさんに求める。

 

 

「そ、それは構わないのだが、それより、ち、近くないか?」

 

 

 モモンガ様の仰ることはごもっともです。しかし、これでも本当は足りません。もっと、もっと近くに寄りたい。

 こんなことをしているのは寝るのが怖いから、というのとはあまり関係がない。確かに寝るのは少し怖いが、ここまで近くに来たのには理由がある。

 私はモモンガ様に話す──私の醜い欲望を。

 

 

「どうかお許しくださいモモンガ様。モモンガ様のお望み通り、正直にお話し致します。私は7年間、ナザリックでモモンガ様にずっと愛を頂いておりました。ずっと、頭も撫でていただきました。しかし…しかし……」

 

 

 私は言葉に詰まる。これから言う言葉は今まで私が言えなかった事をモモンガ様にお伝えするという怖さがある。失望される恐れもある。でも、知って欲しい。私はお伝えしたい、私が気が付いてしまった──我慢を。

 私の目からは少し涙も出てきてしまっている。怖さからなのか、それとも当時を思い出した悲しさからなのかは自分でもよくわからない。

 泣きながら私は言葉を吐き出す。

 

 

「…私は、あなた様に頭を撫でて頂くことでしか────御身に触れる事ができなかったのです。私がモモンガ様に触れたくとも、撫でて頂く事でしか触れられない。私からモモンガ様には触れられなかったのです。しかしこの世界に来て、私は動けるようになりました。自由に動くことができるようになりました。でも私から御身に触れようなどとは、あってはならないこと。そう思っておりました──ですが、先程のモモンガ様のお言葉によって、私は気付いたのです。私はずっと、ずっと、それを()()していたのだと。それに気付いてしまったら、私は…私は……」

 

 

 私の醜い欲はモモンガ様に伝えられ、涙が大量に溢れてくる。何の感情なのかはもうわからない。モモンガ様に対する申し訳なさなのか、今は触れる事ができる嬉しさからなのか。

 私は涙を何とか抑えようと、目を強く瞑るが、関係なしに涙は出てきてしまう。

 

 

「もっ、申し訳…ござい…ません……モモンガ様……申し訳…ございません…」

 

 

 私は頭を撫でてもらう事や、手を繋ぐだけでは足りなかった。それに気が付いてしまった。

 本当はもっと、私が動けるようになったのなら、モモンガ様に触りたい。もっと御身を肌で感じたい。モモンガ様とこの世界で会えた時にも抱きしめてもらったことはあったが、あの時は鎧越しだった。でも今はほとんど直に触れている。私はこれが欲しかったのだ。

 

 なんて姿をお見せしているのだろう私は。私は自分の欲望のために、モモンガ様に抱きつき、勝手に話し始めて、勝手に泣いて、勝手に謝っている。

 なんて卑怯なのだろう私は。本当はモモンガ様にお返しをしたかった。モモンガ様が私に望まれることを仰って頂き、私はモモンガ様を喜ばせたかった。なのに今の私は何をしているの。モモンガ様が望まれたことを利用して、私は自らの欲を満たしてしまった。この狭いベッドが、途轍もなく広く感じてしまった。本当はただ、寝るのが怖いから一緒に寝ていただくだけのはずだったのに、私は更に求めてしまった。

 従者失格どころの話ではない。こんなことなら私は──転移してこない方が良かった。

 

 私は謝罪の言葉を言うのをやめる。私に謝る程の権利などない。ここにいていい存在では無かった。でもご命令により死ねない。ならば私からモモンガ様から離れることしか──

 

 

「ナーベラル」

 

 

 私の名前が呼ばれ、モモンガ様の手が私の顔に置かれる。そしてその指で、私の涙を拭ってくれる。

 

 

「ナーベラル。そんなことは別に我慢しなくていい。他のことだってそうだ。もっと我儘になっていいんだぞ。ナーベラルが一緒に寝たいというなら、たまになら構わないし、抱きつきたいのなら、まあ、それもいい。7年間動けなかった分、やりたい事があるなら俺はそれを叶えたい」

 

 

 モモンガ様はそう仰って下さる。

 

 ただ私はこれ以上は求めない。

 私が本当に求めているもの、それは──モモンガ様のお側にずっといたい。

 お側にいて、たくさんお喋りして、たくさんモモンガ様に触れる喜びを感じたい。でも私のそんな我儘は──従者ではない。

 従者としての欲望とは言えない。全て私の欲望だ。もちろんモモンガ様に奉仕する喜びはある。でもそれだけではない。私が奉仕をすると、モモンガ様はたくさん私を褒めてくださる。私はそれも欲しがっている。もっとお話ししたいし、もっと褒めてほしいし、もっと一緒に楽しみたい。

 

 しかし、それをお話ししてしまうなど、いくら正直に言えと命じられていても──それだけはできない。既に私は一つ、自分の醜い欲望をモモンガ様に求めてしまった。これ以上は求めてはいけない。これ以上は甘えてはいけない。

 

 

「で、できません」

 

 

 私は目を開けて、モモンガ様の意向に逆らう。モモンガ様の手が止まり、お優しいお顔で私に話しかける。

 

 

「どうしてだ?」

 

 

「私個人の我儘だからです。従者など関係なく、これはナーベラル・ガンマという個人の我儘です。それを御身にお伝えするなど──」

 

 

「いや、いいんだナーベラル。それでいい。俺だって、ナーベラルの髪を下ろした姿が見たい、なんて主人の欲望ではないだろ?完全に俺の欲望だ。今回のこの旅行もそうだ。これも主人としてではなく、ただ単純に俺がナーベラルと一緒に旅行がしたかっただけ。自分がそうしたい、それでいいじゃないか」

 

 

「モモンガ様であれば、個人の欲望を仰ってもよろしいのです。弐式炎雷様もそう言っていました。モモンガ様はもっと我儘を言うべきだ、もっと甘えるべきだと。しかし御身に仕える私が、それと同じようにしてしまうというのは」

 

 

 かなり前の話だ。弐式炎雷様はそのように言っていた事があった。

 

 

「確かに弐式さんはよく言っていたかもしれないな。そう思えば俺とナーベラルは似ているのかもしれないが、弐式さんにそう言われる程我儘を言えなかった俺が、ナーベラルはもっと我儘になるべきだと言っているんだ。ナーベラルは俺以上に我慢しているぞ」

 

 

 モモンガ様と私が似ている…?モモンガ様も何かを我慢をしていらっしゃるの?そして、私はそれよりも我慢している。モモンガ様にこのように苦言を呈されてしまう程。

 そうなのだろうか?しかしモモンガ様がそう仰られたのであれば、間違いはない。私は沢山我慢しているのかもしれない。

 それでも言ってしまうのが怖い。醜い私を見られてしまうことが怖い。

 それでも私は少しの期待をして、恐る恐るモモンガ様に確認をしてしまう。

 

 

「ほ、本当によろしいのですか?」

 

 

 私の今の顔はひどく怖がりながらだっただろう。そんな私を見て、モモンガ様は私を安心させるように微笑みながら言う。

 

 

「構わない。俺が手伝える事であればなんでも言っていいし、してもいい。意味もなく敵を増やすようなことはしたくはないが」

 

 

 お優しい御方。私の全てを捧げるべきモモンガ様が、そのように仰って下さった。ならば私は恐がることはない。恐がってはいけない。このお優しさを私は無碍にする訳にはいかない。ただ、その前に私ばかりが我儘を、欲を言ってはいけない。

 

 

「で、ではモモンガ様も私に我儘を仰って下さい。弐式炎雷様の代わりに私がモモンガ様の我儘を聞きます!」

 

 

 今日初めて知った事──モモンガ様は私と似ている。私如きがモモンガ様と似ているだなんて、恐れ多いことなのだけれど、モモンガ様がそのように仰ったのだ。モモンガ様は──何かを我慢している。ならば私の役目は、今は亡き弐式炎雷様ができなかった、モモンガ様の我儘を聞くことだ。

 しかし、モモンガ様のお答えは私の予想しない答えだった。

 

 

「わかった。ナーベラルがそう望むのならそうしよう。でも弐式さんの代わりとしてじゃなく、従者でもなく、ナーベラル自身に我儘を言いたい」

 

 

「は、はい…」

 

 

 モモンガ様が…私に。

 

 立場上モモンガ様と同等のお方である弐式炎雷様の()()()ではなく私()()に仰って下さる。従者としてでもなく、ナーベラル・ガンマ個人に。

 

 つまりモモンガ様は私を同等の存在として我儘を仰って下さるおつもりということでしょうか?代わりではなく、私自身に…

 ならば少し…ほんの少しでいいので──自惚れてもよろしいでしょうか?

 立場が同等になったとはもちろん考えません。モモンガ様が他の至高の御方々のことを大切に思われていることも私は知っております。いつも私に仰ってましたものね──悲しげなお声で。

 その御方々と同じように、同じくらい──

 

 私を大切に思ってくれている。

 

 そう自惚れてもよろしいですか?

 私はあなた様を他の御方々のように悲しませるようなことは致しません。この身が滅びようと、この世界がなくなったとしても、私は絶対にあなた様をお1人にはさせません。それ以上は私からは求めません。

 

 私は言えなかった欲望のもう1つをモモンガ様に吐露する。

 

 

「ずっとお側に居させてください…モモンガ様」

 

 

 私は布団の中で手を動かす。その動きにモモンガ様も気付き、モモンガ様の手が私の手を見つけてくれる。モモンガ様の温かい手、優しい手つきで、私の手を握って下さる。

 

 

「ああ。もちろんだ」

 

 

 モモンガ様は目を細めながら、更に微笑み、そう仰った。

 私はそれに安心して、いつもと同じように指を動かして手を握っていき目を瞑る。

 モモンガ様のお体に包まれながら、手を繋ぎながら。

 寝るのが怖い、そんなことを覚える暇もなく。

 ただ幸せに、モモンガ様の体温を感じながら夢の中に落ちていった。




何も考えずナーベラル視点にしたらなんかこうなってしまいました。シャルティアなんてしょっちゅうアインズ様に抱きついてた気がするしこのくらいは、許される…はず。
てか漫画家とかバケモンって気がつきました。週1って結構辛いですね。
次回『二人の旅行』〜新たな発見〜
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