前回ナーベラルだったので今回はアインズ様視点で行きます(意味はない)
前回のあらすじ
ナーベラル「申し訳ございません、モモンガ様…(´。•ω(•ω•。`)ぎゅー」
なんだか鼻の辺りがくすぐったく感じ、目を覚ます。
そういえば昨日は寝てしまったんだっけか。
寝起きで頭があまり回らない。目もすぐには開かない。だから、目を閉じたまま鼻のくすぐったさの正体を確かめようと、右手を動かそうとする──が、右手も動かない。いや、動かせない。俺の右手は何かを握っていて、そして何かに握られてもいる。
──ナーベラルか。
まだ目は開いていないが、少しずつ頭も回ってきて、昨日はナーベラルのお願いで一緒に寝たのだと思い出す。そしてその時に握った手が、今も握られたままなのだろう。
──それにしても、鼻がくすぐったい。
何かが俺の顔のところにある?
相変わらず目は開いてくれないので、俺は左手でその正体を探る。触れた感触から言うと──たぶん、髪の毛だ。
誰の?
俺のではない気がする。
ああ、これは──ナーベラルのだ。
毎日頭を撫でているからわかる。俺の髪よりもよく知っているし、逆にどちらのものでもなかったら、それはそれで怖すぎる。
──それよりも、だ。
ようやく目が開きそうな気配がしたので、俺は軽く気合を入れ、頑張って瞼を持ち上げる。
そして自分の胸の辺りを見ようと首を動かすが、見るまでもない。少し下を向いただけでわかる。何が乗っていたのか。
またもや──ナーベラルである。
先ほどまで開かなかった瞼が一気に開き、寝起きのはずだが一瞬で覚醒する。
しかし、かなり驚いたが体は一切動かしていない。ナーベラルはそこで──俺の胸の上で、気持ち良さそうな寝息をたてながら寝ていたからだ。ここで俺が驚いて体を動かしてしまったら、ナーベラルを起こしてしまうかもしれない、という一瞬の判断により俺の体が動くことはなかった。
ただどうしようか。
右手はナーベラルの手を握っていて、動かせない。起きようにも、上半身にはナーベラルがいて起きられない。唯一動かせるのは、左手だけ。
つまり何もできない。
いや、心臓だけはやけに喚いてはいるが…。
さて、それよりも、俺はこれから何をすれば良いのだろうか。二度寝をするにも寝起きが強烈すぎて、今では目も開き切ってしまった。仮に目が覚めなかったとしても、この状況で二度寝ができるほど神経は太くない。
とりあえず──唯一動かせる左手でナーベラルの頭を撫でる。
「んっ…」
頭を撫でるとナーベラルからそんな声が聞こえる。
頭を撫でたことで睡眠が浅くなってしまったのだろうか。少し申し訳ない気持ちになるが、これをやめると本当にやることがなくなってしまうので起こさないように、今度は普段よりゆっくりと頭を撫でる。
癖のないストレートの髪でとても柔らかい。サラサラと指がなんの抵抗もなく滑り、撫で心地が良いとでも言えばいいのだろうか。正直な話、ナーベラルの頭を撫でるのは結構好きだったりする。
何なら、少しだけ楽しみなところもなくはない。
まあそんな事彼女に言えば、たくさん要求されそうなので絶対に言わないが、たまにならそういう日があってもいいかも…。いや、よくないな。頭をたくさん撫でる日ってなんだよ。
そういえば昨日、ナーベラルにも言ってしまったが、俺は彼女の髪を下ろした姿も結構好きだったりする。
普段はポニーテールで、結んでいる位置が少し高い分その髪の長さは彼女の背中くらいまでなのだが、実際は髪を下ろすとナーベラルの髪は予想以上に長く、彼女の腰くらいまでの長さがある。
ユグドラシルの頃、彼女がポニーテールであることにはなんの疑問も持たず、髪を下ろした姿など想像したこともなかったのだが、この世界に来て初めて彼女の髪を下ろした姿を見た時は、可愛いだとか美しいとかそういうのではなく、単純に──感動した。
初めて見る姿だったのだ。昨日はちょうど彼女が髪の毛を下ろすタイミングで、その姿に見惚れてしまい、その姿が好きだとは言ったが、やっぱり初めて見た時のインパクトが強すぎた。着物以上だったかもしれない。
ナーベラルはポニーテールが当たり前で、それ以外の髪型にはならない、というゲーム脳が捨てきれていなかった。
あの時は髪型だったが、この世界に来てからナーベラルについて知るたびに知らないことの方が多くなっていってる気がする。髪型もそうだったし、服もそう。なんなら声だって初めて聞いた時は、こういう声だったのかと思ったくらいだ。
7年間毎日ナーベラルを見てきたから、彼女のことはなんでも知っていると思っていた。しかし本当は──全く知らなかったのだ。
今のこの姿──俺に乗っかって気持ちよさそうに寝ている姿も、今日で初めて見る。
昨日もそうだ。
あんなナーベラルは初めて見た。
俺から素直に言って欲しいとは言ったけど、あんな風に言われてしまえば、いくらでも手を繋ぐし、頭も撫でるし、一緒に寝るのも、こうやってくっ付いてくるのも、なんでも全て許してしまいそうだ。
7年間触りたくても触れなかった。
彼女が言った言葉だ。
言われてみれば確かにそう。ナーベラルがナザリックにいた頃は彼女は動くことも、喋ることも、俺に触ることだってできなかった。
7年間ずっと我慢して、この世界に来てからも、動くことと喋ることはできても、彼女から俺に触る事などなかった。
昨日、やや強引に彼女の本音を引き出そうとして、無理矢理すぎたと今でも反省しているが──その言葉だけは聞けて良かった。
昨日あのようにしていなければ、ナーベラルはすぐに手の届く範囲にあるはずのものですら我慢しようとしていたのだ。
だから今こうやって、俺にくっ付いて夢の世界に行っていることくらい、なんの問題にもならない。ナーベラルが望むのであれば、そのくらいはお安い御用だ。
いくらでもやってくれ、とは思う。
しかし──いつまで俺はこの体制でいればいいのだろうか。
別にいくらでも寝ててくれて構わないんだけど、そろそろ動きたいな。けど動いたら起こしちゃうかな?
俺が起きてから今どのくらい時間が経ったのかわからないが、起きた時はまだやや薄暗いくらいの時間だったが、今はもう、部屋の中がぼんやりと明るくなってきていた。
流石にその間ナーベラルを起こさない為とは言え、動けないのは少し辛い。
まぁ、仕方ないか。
そう思った瞬間、ナーベラルはモゾモゾと動き出す。
「んっ…う……うん?」
目を覚ましたようだ。
そして再びモゾモゾと動いた後、顔を俺の体から少し上げて、まだあまり開いてない目で、俺と目が合う。
ナーベラルの寝起きの顔も初めて見る。少しまだ眠そうな顔で、いつものクールな顔とは違い、目も半開きで、目を開けるのが大変そうだ。
「────っ!?」
ナーベラルは目を一気に見開き、俺を見ながら固まっている。目は泳ぎまくっているが。
そして彼女から出てきた言葉が、
「モ、モモンガ様?」
だった。
ナーベラルはこっちの名前の方が好きだと前に聞いたことがあるので、別に今くらいはそう呼んでもいい。
「おはようナーベラル」
俺が挨拶をすると、彼女の目の泳ぐ速度が早くなり、瞬きの回数が増える。
「お、おはようございます。モモンガ様」
そうしてようやく体を少しだけ起こし始めたナーベラルの顔が、ようやくよく見えるようになる。
その髪の毛は少しボサボサというか、散らばっていて、寝癖もついている。
その姿を見て、俺はつい笑ってしまう。
いつもはクールで真剣な表情をしている彼女が、俺に抱きついて眠っていた上に、今は寝ぼけた顔で挨拶している。
髪を乱して、ぽかんとしたその顔が、なんだかおかしくて──そして、可愛らしかった。
ナーベラルは現状を理解しようと、体を少し起こし、俺の首の横に手をついて、体を支えている。
側から見たら、俺が彼女に押し倒されているようにも見なくもない。
「よく眠れたか?」
体勢としてはおかしいが、そんなことを聞いてみる。
お互い、もう1ヶ月近くまともに眠っていなかったのだし、ナーベラルは、そもそも眠ること自体が怖いとも言っていた。
だから、ちゃんと眠れていないんじゃないか──そんな心配も頭をよぎる。
「は、はい。モモンガ様のおかげでよく眠る事ができました。それと、その…」
ナーベラルは途中で言い淀み、目を逸らす。何を言おうとしているかは予想できなくもない。
そして言う決心が付いたのか、逸らしていた目を俺に向ける。
「昨夜は申し訳ございませんでした。モモンガ様のシモベとしてあるまじき行為だったかと。どうか罰をお与えください」
やはり予想通りの言葉であった。
ただそれに関しては咎めるつもりはないし、本当に嫌であったのならそもそも昨日の時点で言っている。でも、ナーベラルはそれでは納得してくれないだろう。だから、罰とは言えない罰を与える。
「じゃあ、罰として、ちょっとどいてくれないか?」
「も、申し訳ございませんモモンガ様。すぐ退きます!」
彼女はその場で上半身を起こして、掛かっていた布団が剥がれる。
そして俺の手を離し、ベッドの横に立つ。俺もようやく動けるようになったので、起き上がってナーベラルに声をかける。
「とりあえずお互い着替るぞ」
俺はいつもの格好に着替えはじめ、ナーベラルも着替える。
そしてお互い着替え終わった後、ナーベラルから口を開いた。
「モモンガ様」
「これからはモモンだ」
「はっ。かしこまりました。モモンさ──ん。私の髪はどういたしますか?」
ナーベは、先ほどのことなどなかったかのように、すっかりいつものクールな姿に戻っていた。
──てか、何。髪?
一瞬、寝癖の話かと思ったが……いや、たぶんナーベラルが言っているのは、ポニーテールを作るかどうかということだろう。
「いつも通りで構わない」
「はっ!」
ナーベが髪を結んでいる姿を見終わった後、俺はソファに座る。
ナーベも後ろからついてきたが、ソファには腰を下ろさず立ったまま、俺に視線を落とす。
「本日はコーヒーと紅茶、どちらにいたしますか?」
「コーヒーで頼む。ナーベも自分の分も入れろよ」
「はっ。かしこまりました」
前に一度ナーベにメイドをやらせた時にコーヒーを淹れて貰ったことがあったが、その時から毎朝コーヒーか紅茶を聞くようになった。正直、非常に助かっている。
少しするとナーベはコーヒーを持ってきて、俺の前に置き、その隣に自分の分も置く。ちなみにナーベはいつも紅茶だ。
「じゃあいただくぞナーベ」
俺がそう言うと、ナーベはその場で頭を下げた後に、俺の隣に座る。
それを見届けて、コーヒーを手に取り、一口飲む。
やはり美味い。香りも、コクも、段違いだ。
この世界の豆を使っているはずなのに、店で飲んだ時は味も薄く、正直いまいちに感じた。
でもナーベが淹れると──なぜか俺好みになっているように思う。
とても同じ豆とは思えない程だ。
「今日も美味いな。流石ナーベだ」
「ありがとうございます」
ナーベは誇らしそうな笑顔でその場で再びお辞儀する。
なぜこんなに味が違うのかといえば、おそらく淹れ方なのだろう。同じ豆でも淹れ方次第で味が変わると聞く。
そういうところはやはり流石メイドというべきか。ちなみに紅茶もかなり美味しいのだが、今日は寝てしまったのでコーヒーの方が飲みたい気分で今日は頼まなかった。
コーヒーや紅茶以外にも、ナーベにメイドをやらせた日に、マッサージをしてもらったこともあったのだがそれもとても気持ちよく、今はベッドを乱す係に任命しているが、ベッドメイクもやらせれば完璧だ。
エ・ランテルで最高級宿である黄金の輝き亭にもそういうサービスがあるが、実際のところ、ナーベの足元にも及ばない。
もしナーベがこの世界でメイドとして誰かに仕えるとなれば、戦闘能力が皆無だったとしても引っ張りだこになるだろうという自信がある──絶対にナーベは誰にも渡さないが。
他にも、ナーベには凄いところがたくさんある。
戦闘能力はもちろん、メイドとしての技術も申し分ない。
設定でも──
……あれ? 設定?
思わず、その単語に引っかかる。
ふと、ある可能性が頭をよぎった。
ナーベの設定に書かれていた、あの一文。
そして、それに対しての疑問。
この世界は設定と
こんなことを考えてしまったのは他でもない。ナーベの設定にはこう書いてあるのだ。
しかしナーベは料理ができる
その場合、優先されるのはどちらなのだろうか。俺はこの世界ではナーベも俺も料理ができないと勝手に思い込んでいたが。
「ナーベ」
「はい。モモンさん」
「この世界に来て料理を作ったことはあったか?」
「いいえ、ございません」
「今日作ってもらえるか?」
「は、はい。かしこまりました。し、しかしモモンさん──」
「わかってる。
「はい。そうです」
「でもナーベは料理上手という設定だったはずだ」
「はい。そのように創造されました」
「なら作れないとおかしくないか?」
「え、あの────申し訳ございません。私には分かりかねます」
「いや、謝る必要はない。俺はそれを確かめたいのだ。だから今日は料理をしよう」
「はっ。かしこまりました」
もし料理ができるのであれば、その場合は俺らにも成長のチャンスがあるということだ。
しかしレベルが上がったような感覚は今の一度足りとも感じたことはない。
俺はLv.100だからそもそも経験値が足りてないだけの可能性もあるが、ナーベなら──ザイトルクワエの経験値がいくつなのかはわからないが──格上の敵を倒しているので、レベルアップしていても不思議ではない。
だがそんな報告は受けていない。今日の髪型ですら聞いてくる程だ、ナーベに限って報告をしないなんてことはあり得ないだろう。
そう考えた俺は今日の方針を決める。
「ナーベ」
「はっ」
「今日の我々の予定を伝える」
「はい!」
予定を伝えると言っただけでナーベの目はかなり輝いている。
かなり旅行を楽しんでいるようだ。
確かに予定のない旅行をしている時は計画を立てるのが楽しいという話を聞いたことがある。恐らくそれに近いのだろう。これだけ楽しんでくれるのであれば、また旅行に誘ってあげよう。
「──今日は王都に向かいながら、バーベキューだ!」
「バーベキュー!!なるほど!確かに弍式炎雷様と武人建御雷様も旅行に行った際にやったと言っていました!」
あの二人仲良すぎるだろ。そんな話までナーベラルにしていたのか?
「そうだったのか、初めて知った…。と、とりあえず、俺達はバーベキューをしに外に出るぞ。鎧を着るのを手伝ってくれるか?」
「は、はい…かしこまりました…」
ナーベは突然いつものような返事ではなく、どこか少ししょんぼりとした返事をする。
どうしたのだろうか。
「どうしたナーベ?何か不都合なことでもあったか?」
「いえ。モモンさんがお決めになられたことであれば、異論はございません」
ナーベは何かを我慢しているようだ。
バーベキューと聞いた時はあんなにウキウキしていたのに、今は何かを隠そうと平然を装っているように思う。異論がない、と言ったということは逆に考えればどこかに異論があったのだろう。
「正直に言ってくれ。昨日も言ったが、もっと我儘になってもいいんだぞ?」
「で、では、失礼ながら。その、鎧をお着けになられてしまうと、モモンさんのお姿があまり見られないので嫌だなあ、と」
もっと重要な何かかと思っていたが──本当にただの我儘だった。
俺が鎧を着ていたのは、エ・ランテルの冒険者組合で依頼があった際、そのまま出向けるようにという理由からだ。だから特に必要というわけではない。
それに、今は戦士化をしていて魔法が使えないので、一度鎧を消してしまうと、再び出すのは面倒だというのが本音なのだし。
ならば、ナーベのこのささやかな我儘に応えてもいいのではないか。ようやく彼女が口にしてくれた、我儘なのだから。
「そうか。そういうことなら、鎧は消しておこう。持ち運ぶのも面倒だしな」
「ほ、本当によろしいのですか?」
「せっかくナーベが我儘を言ってくれたんだ。それに、この鎧は別にそこまで防御ができるわけでもないし、単純にモモンの象徴とというだけだからな。今は冒険者としてではなく、ただの旅行だし鎧を着る必要性もない」
ナーベは深々とお辞儀をして、感謝の言葉を述べた。
俺はそのまま鎧を消して、代わりに前に使った2本のダガーを腰の後ろにつける。ちなみにこのダガーは
その目立たない見た目の割に、攻撃力に全振りされている、というギャップが結構好きで、今まで所持していたのだ。
「これでいいか。じゃあチェックアウトを済ませたら、早速どこか人目の付かないところでバーベキューをするぞ」
「はっ!」
俺達は外に出てから屋台で適当に食材を買い、街から出たところにある草原まで行く。王都までの道を考えれば、少し遠回りにはなるが──旅というのは、寄り道してこそ面白い。
「ここら辺でいいだろう」
「はっ!ところでモモンさん。バーベキューというのは何か道具をお使いになられるのでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた。実は道具は既に用意してある!」
「おぉ!モモンさ──ん」
「もう少しでしっかりと呼べそうだな。もう一回!」
「モモンさん」
「よし!それでその道具というのはだな、かつての仲間が作ったものがある」
「はあ、なるほど。モモンさんもそれをお作りになられたのですか?」
「そうだ!」
「おお!ではありがたく使わせていただきます!!」
……ん?今のナーベ、なんだか反応が妙だった気がする。
やや違和感を覚える反応をされるが、聞くことでもないので、とりあえずアイテムボックスからバーベキューセットを取り出す。
どんなものかと言えば、ただのバーベキューセットに宝石や貴金属がこれでもかと貼り付けられていて、もはや芸術品のような代物だ。41人全員で装飾をしたのだから、当然といえば当然だ。
炭の汚れが付いてしまうかもしれないが、使われないよりは使って汚くなった方がこのバーベキューセットも喜ぶだろう。
炭を取り出してバーベキューセットに置いて行き、着火剤に火をつけて網を敷く。その他にもテーブルや椅子、(今回は元々持っていた)テントを取り出して、それらも並べていく。
火が入り、椅子が並び、風が吹き抜ける。──いよいよ、宴の始まりだ。
「よし、ナーベ。やってみてくれ」
「はっ!かしこまりました!」
俺はとりあえず箸で肉を掴んで網の上に置き、ナーベにはタレを作ってもらう。
ナーベがタレを作ろうと生姜を取り出し、すろうとしたら──手から生姜がこぼれ落ちた。
「申し訳ございません」
ナーベは謝り、再び生姜を手に取って生姜を卸そうとするのだが、再び手からこぼれ落ちる。
「やはりダメなのか」
「そのようですね。申し訳ございません」
「いや、ナーベが悪い訳ではない。しかしじゃあこの肉どうするか」
今思ったのだが、この肉を焼くタイミングは早すぎたかもしれない。タレができてから普通は焼くはずなのに、焼いてからタレを作るとなると肉はすぐに焼け切ってしまう。
「とりあえず、これだけでも食べるか」
箸を使って肉をひっくり返す。いい焼け具合だ。この一枚しか食えないのは残念だが、仕方がないだろう。
ナーベとこの一枚を半分にするのも味気ないし、他の肉も全部焼こうかな。でもタレがないとなるとそれも
くだらない事を考えながら程よく焼けた肉を箸でつまみ取る。
「美味そうだな。味付けしてなくてもこれなら────ん??んんん??」
「どうされました?モモンさん」
箸が止め、焼けた肉を前に、脳裏に疑問が走る。
「……
「…?仰っている意味が──あっ…」
表情を変えずに、それでも確かに、彼女は理解した。
この──矛盾に。
ナーベであれば
俺は
でも実際は──肉が焼けた。
肉を焼く行為は料理に含まれないのか?
だとすると味付けをすることからが料理なのか?例えばだけど、動物の死体があってそれを燃やすという行為をすれば確かにそれは料理には判定されなさそうだ。それと同じ判定で肉を焼くという行為だけはできるようになっているのか?
頭の中で肉が焼けた理由を考えるが、それよりもナーベに肉を焼いてもらった方が早い、と考えつき、ナーベに肉を焼いてもらう。
「ナーベ。肉を焼いてくれ」
「はっ!」
ナーベに肉を渡して、彼女はそれを網の上に置く。いや、置けたとは言えないかもしれない──肉は網に付いた瞬間に消し炭になってしまったのだから。
「ふふふっ。も、申し訳ございません。うふふふっ」
ナーベは、網に落とした肉が瞬時に炭となった様子がよほど可笑しかったのか、手で口元を隠しながら、堪えきれずに微かに肩を震わせていた。その笑顔がなんだか柔らかくて、普段の彼女とは少し違う顔を見た気がする。思わず、俺もつられて笑ってしまう。
一通り笑い終わって、ふうっと息をつく。さて──少し落ち着いて、ここまでのことを整理してみる。俺は何故か料理ができるし、ナーベは料理ができない。
上手い下手の話ではなく、文字通りの話だ。
では何故俺は料理ができる?
少し考えたが、考えついたのは一つだけ。
多分だが
足輪の効果は色々あるが、その中のデメリット効果の一つ「
なら、検証するしかない。とりあえず先程焼けた肉を一口で食べる。
味付けがないので、あまり美味しくはなかった。
「ナーベ。嫌かも知れないが、足輪をつけて人間なってくれるか?」
「嫌ではございません。かしこまりました」
俺は足輪を外してナーベに渡す。
ちなみに、足輪を外しても変身が解除されないのは結構前に検証済みだ。そして足輪を付けていなくとも、元の姿に戻ることはできる。
「じゃあ頼んだ」
「かしこまりました。忍法!変化の術!」
その掛け声が少し可愛いと思ってしまうが、何も言わず、ナーベの変身を待つ。しかしナーベの見た目は何も変わらない。
そんな中、まるで新入社員1日目のように背筋を正し、真剣な眼差しで「モモンさん。私は只今より人間となりました」と報告してくる。
大分堅苦しいような態度だが、それは今更の話だ。
それよりも、今彼女は、
「ではナーベ。肉を焼いてもらえるか?」
「はっ!」
ナーベは再び肉を網に落とす。
そして、予想通り──肉は消し炭にはならなかった。
「モモンさん!!」
嬉しそうな声で自分が焼いている肉を自慢してくる。
「焼けたら食べていいぞ」
「はい!いただきます!」
ナーベにとってこの世界の食べ物が美味しく感じていないのだろうというのは、黄金の輝き亭で出された食事を食べていた時の様子から分かった。俺にとってはかなり美味しく感じるのだが、ナーベは食べる時にいつも眉間に皺を寄せながら食べている。
しかし今はどうだ。あの肉がナーベにとって美味しく感じているかどうかはわからないが、自分でも料理ができたという喜びに溢れた面持ちで、勿体なさそうに二口で肉を食べている。
「食べました。モモンさん」
ナーベも肉が焼けて、食べるところまでできたという事は、つまり確定だろう。
考えられるとすれば足輪の【
そしてこの人間の姿は、これまた予測に過ぎないが、この世界の人間に変身しているのではないだろうか。ユグドラシルの人間種ではなく、この世界の住人として。だとしたら成長の余地があるかもしれない。
だが今はそんなことはどうでもいい。
「よし!!バーベキューを始めるぞおお!!」
また後でまた考えればいいのだ。
俺は先程1枚肉を食べてしまったせいで、指輪の効果でお腹が空くことなどないのだが、もっと食べたいという欲求が強い。また肉が食いたい。しかも、ナーベもタレを作ることができるんだ、バーベキューをしない手はないだろう。
「ナーベ!とりあえずタレを作ってくれ!」
「かしこまりました!」
ナーベもいつも以上に元気な返事をする。料理ができることで気合が入っているのだろう。
その間俺はとりあえず網の端の方で野菜を焼き始める。
この時点でもう胸が高鳴っている。まだ肉が焼けてもいないのに、心のどこかが確かに跳ねているようで、まさか、異世界で──こんなにも平和で、どこか懐かしい楽しさを味わえるなんて、思いもしなかった。
しかもこの大自然だ。楽しくない訳がない。これも俺の憧れた未知の領域。
「モモンさん。タレの量はいかが致しますか?」
タレの量か。どうしよう。
もし料理ができるのならば、という期待を込めて食材は大量に買い込んでいる。とてもじゃないが一回のバーベキューでは食べきれない量だ。
これだけ楽しいのであれば、またやる機会もあるだろう。
「大量に作ろう。余ったら何かに入れてアイテムボックスにしまっておけばいい」
「かしこまりました」
ナーベの手元を見ていると、まるで長年の料理人のように無駄のない動きで、手際よく作業を進めている。
その表情はどこか柔らかく、料理ができることに純粋な喜びを感じているようにも見える。
そんな様子をぼんやり眺めていると、ナーベが「みりんのアルコールを飛ばします」と真顔で告げ、次の瞬間──超高火力の炎魔法を叩き込んだ。
ぼっ、と軽い破裂音とともに、魔法の炎が一瞬立ち上がる。ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
続けて砂糖と醤油を火にかけると、一気にあの“焼肉のタレ”特有の、香ばしくて食欲をそそる匂いが広がった。
よし、これで全ての準備が完了だ。
それが意味するところ……バーベキューの開始だ!!
「よし、では皿は用意したな?」
「はいっ!」
「じゃあ肉を焼くぞ!!」
「かしこまりました!」
ナーベが肉をいくつか網に並べた瞬間、じゅうっと音が弾ける。脂が炎に落ち、小さく火が跳ねるたびに、香ばしい匂いが立ちのぼる。
黙々と手際良く肉を返す彼女のその横顔が真剣すぎて、俺はただ黙ってそれを見つめていた。
程よい時間になると、ナーベは手際良く肉をひっくり返す。本当は俺もやりたいのだが、ナーベが張り切っているので、ただそれを眺めているだけだ。
「焼き上がりました、モモンさん。どうかご賞味ください」
ナーベは焼き上がった肉をトングで摘み上げ、皿に整然と並べると、膝をつき、厳かな儀式でも始まるかのような手つきで、その皿を両手で俺に差し出す。
やけに仰々しい。でも、その真面目さが逆におかしくて──まるで友達同士の悪ノリみたいだ。
その場の空気も手伝って、なんだか可笑しくなってくる。
これはもう、乗っかるしかない。
「フッフッフ、ついに──完成したのか。ここまで本当に長かった。ようやく、ようやくだ。フッフッフ、ハッハッハ!良くやったぞナーベ」
「はっ!ありがたき幸せにございます。モモンさん、こちらがタレでございます」
「うむ。では見せてもらおうか。ナーベの作ったそのタレとやらを!」
ナーベは緊張したような顔で頭を伏せる。
俺はナーベが手に持っているタレに肉を付けて、一口で肉を食べる。
「うんまああああ!!!」
何だこれ!さっき味付けなしで食べたのとは段違いだ!
まず口の中に入れた瞬間に塩味と香りによって口の中にインパクトを与えさせ、その後に少しの辛味が舌を刺激する。そして、香りと塩味が口の中全体に広がりきった後に、肉を噛む事によって、その肉汁とタレによる甘味がマッチして、旨味として完成され、味がしつこくならない。
そしてタレのこの味の濃さだ。
タレを付けた量によって多少は変わるとは思うのだが、少ない量しか付けていない今だけでこれほどの衝撃を与えたのだから、濃いかもしれないと思いきや、肉を飲み込んでしまった今では、その味を感じることはできず、俺の脳ががもっと寄越せと言ってくる。
つまり味の初速でインパクトを与えただけで、味自体は濃いどころか少し薄い可能性すらある。もっとタレを付けて調整すれば、この肉は更なる高みに届くだろう。
美味すぎる。
この世界で最も美味い料理は、ナーベの作った焼肉のタレに間違いない。
いや──ナーベはこのタレを10分にも満たない時間で作っていた。つまりもっと仕込みをする時間があれば、これ以上のものが────っ!?
俺はこの可能性に賭けたい、もっと違う世界が見たい、もっと知りたい、もっと食べたい。
これも未知の領域だ──っ!!!
テンションが上がり笑顔になった俺にナーベも嬉しそうに声をかける。
「そのように仰って頂き、これ以上の喜びはございません。モモンさん」
ナーベからのお礼の言葉によって、俺のうるさい頭は一旦黙り少し冷静になる。流石にテンションが上がり過ぎた。
「ナーベ、本当に美味いぞ。最初の一口目を頂いてしまったことが申し訳ない。よし、じゃあ一緒に食べようか」
「はっ」
俺は皿をテーブルの上に置いて、焼いている野菜の様子を見ながら、肉を食べていく。
美味過ぎて、箸が止まることを知らない。
ナーベも肉を食べると、いつもの眉間に皺が寄った顔ではなく、どこか敏腕シェフが味見をしているような表情でウンウンと頷きながら食べている。自分の味を分析しているようだ。
そして突然俺の方を向き、話し始める。
「モモンさん。ご報告があります。私のレベルが上がったようです」
「え?」
レベルが上がった?流石に早過ぎないか?いくら料理したとはいえ、そんな簡単に──いや違う。
確かにこれほどの美味さであれば、コックの
確認しておこう。
「レベルが上がったというのは、新たに
「はい。コックの
2レベル上がった!?これも設定に追いつくためか…?
コック5レベルまでいけば、次の
そうなれば、この世界でも可能なのか?
──料理によるバフが。
コックLv.2は本当にただの料理しかできないが、それ以上になればバフつき料理の作成が可能になる。もしかしたら食材を吟味すれば、バフ付き料理が作れるかもしれない。
いや、しかし、それよりも、ナーベが新たに
この状態で
これも検証しなくてはならないだろう。もしLv.100は新たな
「ナーベは今何の
「はい。ウォー・ウィザードでございます」
「さっき炎魔法を使っていたしな。では、それ以外の魔法を使うことはできるか?」
「やってみます」
ナーベは魔法の構えを取り、詠唱をして発動させようとするが、何も起こらない。やはり足輪の効果により、ウォー・ウィザードの使える魔法しか使えないのだろう。そうすると、今のナーベはウォー・ウィザードとコックのみを習得している状態のはずだ。
「よし分かった。ありがとう。これはまだ憶測の域を出ないのだが、俺にもナーベのように成長の余地があるかもしれない。それを後で検証したいのだが、とりあえずそれは王都で、もしくはエ・ランテルに帰ってからにしよう」
「承知いたしました」
「では肉が冷める前にとっとと食べてしまおうか」
「はっ!」
俺とナーベはその後、しばらく肉や野菜を食べながら談笑して、バーベキューを楽しんだ。
──バーベキューを終えて、使った道具も全て片付けてから、再び王都を目指して歩き出す。
王都に着いたら何をするのかまでは決めてはいないが、もし機会があれば
俺たちはそのまま草原を抜けるまで歩き続けると、再び街に着く。
その頃にはまたもや夜だった。昼に到着したのであれば、街を散策しても良かったのだが、夜なので宿屋を探して、散策するにしても外食に行くくらいだろう。
宿屋の場所を通行人に教えてもらい、俺たちはそこに行き、2人部屋を取る。
今回の宿屋は質素な作りで、前回のようなソファもない。床はきしみ、壁にかかる絵は少し傾いていた。だが、それも旅の一夜には似合いだと思える。
代わりにベッドは2つあるのだが、どうせ今日は寝ないだろう。
俺はベッドに腰をかけて、気になっていたことをナーベに話す。
「ナーベは今変身状態か?」
「はい」
「じゃあ変身を解いたら、ここで料理は…できないだろうから、サラダでも作ってくれるか?」
「はっ!かしこまりました」
俺が気になっていたのは、変身を解いた状態でもレベルは上がったままかどうかだ。ここに来る途中でその可能性を思い付き、宿屋に着いたらそれを確認しようと思っていた。
ナーベはまずドレッシングから取りかかり、素早い手つきで香草を刻む。柑橘の爽やかな香りがふわりと広がり、まな板に当たる包丁の音が心地よいリズムとなって部屋に響く。
この時点で料理ができることは確定だろう。つまりナーベは今Lv.65になっているはずだ。Lv.63でLv.100を倒すというところにロマンがあったのだが、ナーベが成長できるのであればそれに越したことはない。もしかしたら自力で超位魔法も使えるかもしれない。
「モモンさん。出来上がりました」
ナーベのサラダが完成した。白い皿の上には、彩り鮮やかな野菜が繊細に盛り付けられている。まるで小さな庭園のようで、食べるのが惜しくなるほどだ。
早速一口食べると、見た目通りすごく美味しい。たかがサラダでこれほど美味しくできるとなれば、ナーベに本気で料理をさせた時はどのようなものが出来上がるのだろうか。
俺はサラダを一気に平らげ、ナーベの手際と味覚を何度も褒めた。
そのあと二人で並んでベッドに腰をかけ、いつものように、朝まで語り明かした。
十五話完結のはずが…。
バーベキュー編は会話集で出すかもしれません。ただ、いつもような会話形式ではなく、地の文入りで書くかと思います。動きを書かないと難しそうなので。ただ私もこれから旅行に出てしまうので、悲しいかな今週は執筆ができません。
次回はようやく王都に着きます!本当にお待たせ致しました。
次回『二人の旅行』〜到着〜