英雄と美姫の物語   作:ながしながされ

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 アインザックとラケシルの考察が本当に正しかった世界線の話です。キャラ崩壊半端ないですが、仕方のない事。

 こちらは本編の番外編『アインザックとラケシルの考察』をお読みいただいた上で読まれた方が良いかと思います。
 
 まじで本編とは関係ありませんので読み飛ばして頂いて大丈夫です。


番外編『英雄と美姫の物語』〜偽りの壱話〜

 俺はこれから旅に出ようと思う。私怨と憎悪に身を焼きながらの旅ではなく、俺の大切な人を探し、今度こそ彼の言っていたように、困っている人を助ける為に。

 だがその前に、この国への感謝と手向として俺の全てをここに書き残そう。この滅びた国の王子の話を。

 瓦礫の山や更地になってしまったこの土地が、かつては1つの国であり、そこに俺がいたという証の為に。

 

 もし彼がいてくれれば、この国は滅びる事はなかったかもしれない、大切な人を失うことも無かったかもしれない。

 俺は彼に憧れて、「困っている人がいたら助ける」という当たり前のことを成すために戦士になった。しかし、結局は何もする事は出来ず国が滅んでしまった。だからという訳ではないが、俺は今度こそ困っている人を助けたい。それは彼の口癖でもあった。

 

 俺が彼に会ったのは今から十何年か前、ちょうど木々が新緑に身を包み始めた時期のことだ。その頃は俺もまだ若く、自分が王子であるという自覚もないまま、王城から抜け出した時のこと。

 城下町には何度か父──この国の王──と行ったことがあり、何かの式典だったか祭りだったかはよく覚えてはいないが、俺は危険な目に遭うことなどなかったので、その印象が強く、またその時間がとても楽しく感じた俺は、再びその楽しさを味わいたいが為に、黙って王城から抜け出した。

 もちろん近衞などいないし、城から俺が抜け出したと知る者もいない。

 城から出た時のドキドキ感は今でもよく覚えている。1人で城から出て、城下町を闊歩する時の背徳感はとても刺激的で、キョロキョロ周りを見ながら、前に見た街とは雰囲気が変わり、俺が知っているのはお祝いムードの街だがこの時は特に何もイベントもないので、むしろこちらが素の姿だ。俺はその違いを見比べては、ここが違う、あれが違う、人々の格好が違う、などと呑気に楽しんでいた。

 

 そして怖いもの知らずだった俺は、道などあまり知りもしないのに、自分の気の向くまま街を歩き、しばらく歩いた後、大通りは人が多いからもしかしたら自分を知っている人間がいるかもしれないと考え、その道から外れる事にした。

 この時点で既に城からはかなり離れている。しかし帰り道は覚えているので、危険な事など起こらないと考えていた。だから今自分が歩いているところがスラム街の路地裏である、という事に関しては特に何も考えてはいなかった。

 それでもやはり、雰囲気が先程までとはどこか違うという事に気が付き、この辺りで城の近くまで帰るべきだ、と考えた。そして後ろを向くと、顔を隠してナイフを持った男がこちらに近寄って来るのが見えた。

 自分が襲われる訳ではないにしろ、ナイフを持った男など恐怖の対象でしかないので、俺は再び振り返り、その男から離れようとした。

 しかし、振り返った先にも顔を隠した男──今度はナイフは持っていないが体格が良い──がこちらに歩いてくる。しかもその男は真っ直ぐに俺を見ているような気がして、この時にようやく、顔を隠している男2人が俺を襲うつもりなのだと察した。

 

 俺に戦う力などないし、近衞も誰1人としていない。そしてこの路地裏は迫って来る男の横をすり抜けられはするかもしれないが、それをさせないのは容易であるほど、狭かった。俺は逃げようとするが、路地裏は狭いし、何よりも足が震えて思うように動く事はできなかった。

 ここでやっと俺は城から抜け出した事に後悔した。それでもそんな後悔など役には立たず、男が俺の近くまで迫って来ても何もできないでいた。

 そしてその男と自分の体格差から俺は完全に全てを諦めた。後ろにも逃げられないし、今目の前にいる男を倒す事は愚か、横から逃げ出すこともできない。その男が俺の胸ぐらを掴んでも何もできなかった。

 

 

「やっぱりだ。大通りからそうじゃねえんかと思ってたんだが、お前王子だな?ついてるぜ」

 

 

 本当に嬉しそうな顔でその男は言った。そして後ろから来ている男に何か合図のようなものを出して、俺は後ろから両腕を取られ、縄で縛られた。

 キツくキツく、俺の手に回るはずの血が手首で止まっているのを感じながら、動く事はせず、ただただ手を縛られて、口にも縄が結ばれ、俺が騒げないようにして、その男に抱き抱えられてどこかに連れて行かれるところだった。

 

 諦めてしまった俺は、せめて痛くされないように、なるべく抵抗しないでおこうと考えていたところで、急に俺を抱き抱えている方ではない男が倒れた。そして、俺を抱き抱えている男がそれに気づいた瞬間、その男も倒れ、俺は地面に叩きつけられた。とても痛かったが、それよりも誰かが助けてくれた安堵の方が強く、痛みに関しては我慢できた。

 地面に倒れている俺に、人影が迫って来るのがわかった。その人影は俺を害する事はなく、手の縄と口の縄を切ってくれた。俺は地面に倒れながら、その人影を見た。

 この人影こそが彼であり、俺が彼と出会った最初の瞬間で、最初の会話だ。

 

 

「な、なぜ俺を助けてくれたんですか?」

 

 

 最初に聞くことがそれなのか、とも思うが、俺は怖い思いをしたばかりであり、俺を襲った人間も俺が王子であることを知り、それを悪用して何かをしようとしていたのだろうという事は襲われた後にわかった。

 だとしたら何故、彼は俺を助けてくれたのかが逆にわからなかった。このまま俺を連れ去り、身代金でもなんでも要求すれば良いのに、彼は俺の縄を切り、俺が自由に動けるようにしてくれた。今から連れ去るつもりがないのはすぐに理解した。

 

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前!」

 

 

 やけに大袈裟な声と動きで彼はそう言った。見る人が見ればダサいとでも言うかもしれないが、俺にはその姿が何よりもカッコよく感じ、出会ったばかりだったが、俺はこの時から既に彼に憧れの気持ちを抱いていたように思う。

 

 助けられた俺は、彼に連れられ、安全なところ──彼の仲間がいるというところまで連れて行ってもらった。そこには8人の多種多様な人がおり、この時に彼らと出会っていなければ、俺の人生は全くの別物になっていた事だろう。

 俺に友人ができたのも、俺が強くなれたのも、全て彼や彼の仲間達と出会った事が始まりだった。

 俺は彼らに自己紹介をして、その時に初めて彼らは、俺がこの国の王子だということを知った。実を言えば、王子の顔を知る人間などそこまで多い訳ではない。俺は外に出て民衆の前に立つという事などほぼほぼ皆無だったからだ。

 

 その後に俺は彼らに礼を言い、彼らと少しばかり会話をすると、彼らは俺の事を『これからは仲間』と言ってくれた。その事が何よりも嬉しく、俺は王城に帰りたくなくなってしまった。

 それでも帰らない訳にもいかず、俺は彼らに「俺を助けてくれた人という事で王城に招待する」と言って、何としても彼らとの交流を図ろうとした。俺の気持ちを察してくれたのか、彼らは王城までついて来てくれて、俺は父上に彼らが俺を助けてくれたのだと話をした。

 実際には俺を助けてくれたのは彼だけなのだが、彼の仲間、いや、俺の仲間も俺は父上に紹介した。この時父上にはものすごく怒られ、大激怒ではあったのだが、彼らが俺を庇ってくれたこともあり、少しだけのお咎めで済んだ。

 

 父上は彼らに「感謝の証として報奨を贈りたい」と言ったのだが、彼らは受け取るつもりは無さそうだったので、俺は父上にお願いした。

 

 

「父上、でしたら彼らを私直属の兵士にしてくださいませんか?」

 

 

 勝手な事を言ったのはわかっている。それでも俺は彼らと共にいたかった。ここでこのまま帰してしまえば、恐らく俺は、彼らと再び会う機会などなかっただろう。しかし父上は何処の馬の骨かもわからない彼らを俺の兵士にすることは些か反対気味のようだった。

 

 

「そうは言うがな、いきなりお前直属の兵士にするのは難しい。それに彼らもそれが──」

 

 

「いえ、私達はそれでよろしいですよ。陛下」

 

 

 言ったのは彼だ。王の言葉を遮るなど不敬なことではあるが、父上も俺によく似た人であり、大抵の無礼は許してくれる。

 

 

「そうか。ならば、貴殿らを我が息子直属の兵士に任命しよう。いずれ息子も王位を継がなくてはならぬのだし、直属の兵士は持っておくべきだな」

 

 

 父上はそう言って、彼らが俺の直属の兵士になることを認めてくれた。俺を助けてくれたのだし、悪い人たちではないことは父上にもわかったのだろう。俺は嬉しくて、何度も父上にお礼を言い、次の日から俺は彼らと共に行動する事が多くなった。

 

 それからは彼らの意見もあり、更に人数を増やす事が決定した。

 そうして最終的に集まった人数は、俺を含めて41人。そして俺の直属の兵士は人数が多くなったということもあり「アインズ・ウール・ゴウン」という名の兵士団になった。

 俺はその「アインズ・ウール・ゴウン」にいるメンバー達から戦い方を教わったり、いろんな知識を得たりしながら強くなっていった。模擬戦もかなり多くやり、俺の勝率は中々高かったのだが、俺を助けてくれた彼には1度も勝つ事はできなかった。

 そんな彼らと俺は、父上の「王位を継ぐなら実戦もしなくてはいけない」という言葉により、一緒に遠征に行っては、モンスター討伐をしたり、更には戦争に赴いたりもした。彼らとの実戦はとても有意義なものであり、命を奪う行為とは言え、俺はその時間がとても楽しく感じていた。

 

 そして彼らと出会ってから何年か経ったある日、俺は彼を誘いに家まで来ていた。この頃の俺は近衛がいれば王城の外に出ることも可能になり、彼は少しばかりの休暇中だったので、たまには一緒にモンスター討伐にでも行こうと彼を誘いに来ていたのだった。

 俺はドアをノックして、ドア越しに話しかける、

 

 

「今日も一緒にモンスター討伐に行きませんか?」

 

 

 王子である俺が敬語なのはおかしな話かもしれないが、俺は『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーには全員に対して敬語である。それは歳上である彼らへの最低限の礼儀であり、彼らに対する最大限の敬う気持ちからである。

 

 ドアの前で待っていた俺は、いつもの乗り気な表情を浮かべながら出てくる彼を期待していたのだが、この日は何の反応もなかった。俺は再びノックをしてみるが、やはり反応は帰ってこなかった。

 留守なのかもしれない。

 俺はそう考え、彼と一緒にモンスター討伐に行くのは諦め、別のメンバーとモンスター討伐に向かって行った。

 

 そしてモンスター討伐が終わり、仲間達と解散して、王城に帰った俺は──彼の訃報を聞く事になる。

 俺より前に、仲間達も彼を誘いに行っていたらしいのだが、俺の時と同じように反応がなかったらしく、今日も反応がないのはおかしいと思い、彼の家に入ると、横たわっている彼が見つかったらしい。

 死因はこの頃我が国を騒がせていた──流行病だった。

 この流行病は魔法での治癒をする事ができず、人々にも感染する。初期症状としては疲れがあるくらいで、少しばかり怠いと感じるだけらしい。それのせいで、流行病なのだか、単純に疲れているだけなのかな判別が付きづらく、しかも初期症状は軽いので何も思わない人間が多い。

 しかしこの流行病の致死率は異常に高く、感染してしまえば祈ることくらいしかできない恐ろしい病なのだ。

 『アインズ・ウール・ゴウン』は愚か、この世界でも屈指の強さであろう彼が死んでしまうほどの病。それが我が国では蔓延していた。

 

 俺はこの日の夜、自室のベッドに潜り、泣いていた。

 

 彼に憧れて、俺は戦士職になり、鎧も彼のを真似たものだ。色だけは黒にしたが、それは彼に対する俺のほんの僅かな対抗意識だった。

 彼は俺にとって、憧れの存在であったが、それと同時に俺のライバルでもあった。1度も勝てたことはなかったけど、それでも俺は彼にライバルであって欲しかった。俺の目指すべき人物。それが俺にとっての彼だった。

 

 次の日、俺は目を少し腫らしながら、仲間達と話をした。死んでしまった彼についての話が聞きたかったのと、誰かと話をしていないと心が落ち着かなかったからだ。

 仲間達の話によると、彼は家の中で倒れており、彼の家族も一緒に倒れていたそうだ。

 仲間達も俺と同じように悲しがり、口々に無念を述べており、話している途中で泣き出す仲間もいた。

 俺もそれにつられて再び泣きたくなり、それを我慢するためにも、仲間達と彼についての思い出話を語り合った。少し逆効果なところもあったが、仲間達と会話をすることで、少しずつ俺も悲しさを抑えることができるようになっていき、話の最後の方には笑顔を見せることもできた。

 しかし──仲間が死んだと知ってから俺が笑顔を見せられたのはこの時が最初で最後だった。

 

 彼が死んでから、数日後、再び俺は仲間の訃報を知る──彼と同じ、流行病だった。

 そしてその訃報を皮切りに、仲間達は、どんどんいなくなっていった。俺は悲しいとかそういう次元ではなくなり、仲間達がいなくなっていくのが恐怖で恐怖で仕方がなかった。俺の友人が流行病なんてものでいなくなっていく。

 毎日毎日、仲間の訃報が俺に届いては、涙を流し、寝ることですらできなくなった。毎晩俺の部屋の明かりは付けっぱなしで、仲間の訃報に怯えては、1人布団をかぶって震える日々。いっそのこと、俺も流行病で死にたかった。そうすれば、仲間達がいなくなっていく恐怖から解放される。自分で死を選ぶ、ということも頭よぎったこともあった──1人の仲間が俺のところを訪れるまでは。

 

 俺の仲間の1人がある日、特に約束も無しに王城の俺の部屋を訪れた。

 その仲間の顔は少しやつれているように見え、恐らくだが──。

 しかし俺はそんな態度は見せず、なるべく笑顔で接する事に努めた。俺の目の前にいる仲間も、すぐに仲間達の後を追ってしまうのはわかっていたが、それでも仲間に会えた事が嬉しかった。

 本来であれば、俺は今外部の人間との接触を禁じられている。それが例え俺の直属の兵士だとしてもだ。

 でも今目の前にいる男──弐式さん──は隠密能力に長けており、誰にもバレず俺の部屋に来ることなんて朝飯前だ。

 

 俺は笑顔で出迎えると、弐式の後ろにもう1人いるのがわかった。

 俺は首を傾げて弐式の後ろを見ようとすると、彼はその人物を前に出して口を開く。

 

 

「殿下。俺の娘をお願いします」

 

 

 そう言った弐式さんの表情は悲しさは感じさせず、むしろ俺に微笑みかけていた。自分の娘を俺に託す、ということは彼も自分が長くないことを悟っていたのだろう。そして彼は続けた。

 

 

「俺たちがいなくなったら殿下直属の兵士がいなくなってしまいます。俺の娘はこう見えて、既に第四位階魔法を使える俺の自慢の娘なので、殿下直属でも役不足ではないでしょ?なので娘のことよろしくお願いします」

 

 

 弐式は最後に自分の娘を俺に預けたのだ。

 この時は第四位階魔法の使い手とか、役不足とかそんなことを考えることはなく、俺は──

 

 

「任せてください」

 

 

 と弐式さんの目を真っ直ぐに捉えて言った。

 仮に弐式さんの娘が魔法なんて使えなくとも、戦闘能力が皆無だとしても、俺は同じことを言っただろう。

 そして弐式さんは安心したように娘の頭に手を置き

 

 

「じゃああとは殿下に任せたから、元気でな」

 

 

 そう言い残し、この場から去って行った。弐式さんの口ぶりからすると、彼女はまだ感染はしていないのだろう。

 

 そして次の日、俺は弐式さんの訃報を知らされた。

 

 俺はもちろん泣いたし、弐式さんの娘も泣いていた。

 

 

「モモン様、お、お父様は…」

 

 

 俺は彼女の頭を撫でる。弐式さんが最後にそうやっていたように。

 ちなみにだが、弐式さんは大貴族の1人であり、かなり昔の王族の血も入っているという話だが、そこら辺に関しては俺は詳しくは知らない。

 そんな弐式さんが何故『アインズ・ウール・ゴウン』にいるのかと言えば、弐式さんも俺と同じように彼に憧れた口であり、特に弐式さんの場合はロマンこそ全てのような性格をしているので、貴族としてよりロマンを優先させていたのだろう。

 だが一応は大貴族なので、彼の娘が恐らく弐式さんの家の、最後の正統な血筋だろう。だからこそ、彼女は王城に住まわせる事が許されたのだ。

 扱い的には俺専属の騎士という事になっているのだが、流石にこんな少女に守ってもらうわけにもいかないので、彼女には行儀見習いの令嬢達と同じようにメイドの格好をさせている。

 

 

「モモン様…申し訳ございません」

 

 

 彼女は泣きながら俺に謝る。

 何に謝っているのだろうか。泣いていることに対してなのか、父親が死んだ事に対してなのか、それとも完全に王城に住む事が確定してしまった事に対してなのか。

 そのどれだとしても、俺は彼女を責めたりはしない。

 俺はモモンという名前ではないが、それも今は言わないでおこう。

 自己紹介したはずなのに昨日から彼女は俺の名前を間違えている。訂正しても「モモン様」と呼ぶものだから、何か彼女なりに俺に愛称をつけてくれたのかもしれない。

 泣いている彼女に、わざわざ今訂正なんてしたくはないので、後で言えばいい。俺はただただ、彼女が泣き止むまで、頭を撫で続けるのだった。

 

 それからは、俺は彼女を大切にして、仲間達がいなくなっていくのを見守りながら、俺と彼女が感染することはなく、その流行病も新たな魔法技術の開発によって弐式さんが彼女を置いて行った日から3年後のことだった。

 

 その時には既に『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーは俺と──

 

 

「朝ですよ。起きて下さいますか?」

 

 

「あぁ、おはようナーベ」

 

 

「おはようございますモモン様」

 

 

 ナーベだけになった。

 ナーベというのは本名ではなく、いつまで経っても俺のことをモモンと呼ぶので、俺もその仕返しでナーベと呼んでいる。公の場では本名で呼ぶこともあるが、基本的には俺達はモモンとナーベと呼び合っている。

 

 俺は目を擦りながら、カーテンの隙間から差し込む、太陽の光を見て今が大体何時くらいなのかを予想しながら、隣にいるナーベに話しかける。

 

 

「ナーベ。今日の予定は?」

 

 

「はい。今日は髪を切ろうかと」

 

 

「髪?そんな予定あったか、ってそれナーベの予定ではないか?俺の予定だ」

 

 

「あっ。申し訳ございません。本日のモモン様のご予定は、この後私の頭をな、撫でる、こと、です」

 

 

「あ、わ、わかった」

 

 

 俺はベッドで横たわっている体を起こし、ナーベもベッドの上を移動してこちらに近寄って来たので、その頭を撫でる。

 あの日以降、ナーベはやけに頭を撫でて欲しがるようになった。あの頃はまだナーベもまだ12、3歳だったので、それも良かったのだが、今はあれから3年と少し経っていた。

 でも流石にそろそろ不味くないか?

 そんな思いが過り、いつもより短いがナーベの頭から手を離した。

 

 

「こ、このくらいで良いか?」

 

 

「はい。ありがとうございますモモン様」

 

 

 満足そうな顔で、ナーベは俺に言った。

 俺はその顔を見た後に、あくびをしながらベッドから出た。

 

 

「明かりを消さないと」

 

 

 俺は仲間達がいなくなっていく時、夜は常に明かりをつけており、その癖がずっと残っており、朝に明かりを消すという逆のことをしていた。

 

 

「では、その間に私は着替えさせて頂きます」

 

 

「わかった」

 

 

 ナーベもベッドから降り、着替えるために部屋の隅の方に行き、俺は明かりを消しに行った。ナーベの方に目を向けないようにして、彼女がメイド服に着替え終わると、今度は俺の着替えだ。俺は服を脱いで、ナーベに着替えを手伝ってもらい、王子の衣装に身を包んだ。

 

 1つ言っておきたいが、俺はナーベと一緒に寝てはいるが、それは何も好きでやっていることでない。ナーベが来たあの日、俺は彼女を自分の部屋で寝かせてやった。その次の日には、ナーベが来たということを父上にも報告して、貴族令嬢ということもあり適当な部屋が宛がわれる予定だったのだ。

 しかしいつまで経っても、その部屋がナーベに与えられることもなく、1週間俺は彼女を部屋に泊めた。その後父上に再び彼女の部屋を求めたら、完全に忘れていたらしく、1週間泊めたのなら1ヶ月も1年も変わらないだろうし、俺のお手付きなら別に一緒の部屋でいいだろう、と言われ、それから3年経っても一緒に寝ていたのだ。

 

 そしてこれだけは言っておかないとだが、ナーベは俺のお手付きではない。俺は彼女の頭しか撫でていないし、そのことも父上には伝えてあった。

 では何故部屋が与えられなかったのかというと、ナーベが嫌がったからだ。こう言うのもなんだが、ナーベはかなり気の難しいタイプで、俺以外は基本的には周りはゴミかナメクジくらいにしが思っていなかった。

 それのせいなのかなんなのか、俺に対する忠誠度というか、執着というかがとても強く、1人部屋よりも俺と一緒の部屋がいいと、父上を殺すのではないかという目つきで言ってしまったが故に、俺もそれ以上は何も言えず、ナーベと一緒に寝るのが当たり前になってしまった。

 ベッドを2台にするという案もあったのだが、ナーベがそんな態度だったせいで、父上は俺とナーベが完全にできており、子供が産まれるのだと勘違いしてしまい、俺とナーベの結婚式をいつにするのか、何故初夜の儀式をしなかったのか、など、俺に矢継ぎ早に責め立てるので咄嗟に「いや子供はまだできていないし、結婚式もまだ挙げない」と言ってしまったせいで、それならせめて婚約の証だけでも、と言われてしまい、それを何とか言いくるめ、婚約届けを出すのは保留としていた…はずだったのだが、俺たちの知らないところで勝手に婚約届けは出されており、それを知ったのは、何と4年後であった。

 

 何故途中から何も言われなくなったのか甚だ不思議ではあったのだが、俺としては漸く何も言われなくなった、と喜んでいた。何ともアホな話である。

 父上が王位から退き、俺が次代の王として即位する、と決定した際に、ナーベも王妃として民衆の前に出なくてはならないと伝えられ、その時、既に俺とナーベは扱い上夫婦となっていたのだと知った。

 だが突然そんなことを言われても、ナーベを妻だと思ったことは無かったのだし、あまりに急であった。

 それでも世間──というか俺とナーベ以外──は俺たちを完全に夫婦だと思っていたようで、知らなかったのは俺とナーベだけという事実も発覚した。

 

 そして、1週間後に即位式を控えたある日。俺とナーベは風呂から上がり、寝る準備をしていた時のこと。

 

 

「モモン様。3日後に私達の結婚式があるというのはご存知でしょうか?」

 

 

「……は?」

 

 

 またもや知らない事実が発覚し、俺はバカみたいな返事をした。どうしてナーベが知っていて、俺が知らなかったのだろう。そんな疑問が俺の顔に出ていたのか、ナーベは教えてくれた。

 

 

「い、いえ、私も先ほど陛下より伝えられたのです」

 

 

 ナーベは嘘を言っていなそうだったので、恐らく本当なのだろう。だとしても、知らないところで話が進み過ぎではないだろうか?それに、結婚式となればそれなりに準備があるはずだ。3日でそれらを全て終えると言うつもりなのだろうか。

 俺はそれをナーベに聞いてみた。

 

 

「3日後となると、式場とかはどうなっているんだ?ナーベのウェディングドレスとかも準備しないとだろ?俺の服もどうなっているんだろうな」

 

 

 俺のその発言にナーベは顔を赤らめた。彼女にとっては珍しい顔だ。久々に照れる姿を見たような気さえした。

 だが何故そんな顔になってしまったのかその時の俺は分からなかったのだが、続く彼女の言葉で俺も顔を赤くしてしまった。

 

 

「その…モモン様は、私と、けっ、結婚する、おつもり…だったのですね」

 

 

 そう、彼女の言う通り、俺は無意識のうちに結婚式をするつもりで話を進めていたのだ。今までは拒否をし続けていたはずなのに、この時に限って何故か俺は、結婚式の準備期間を気にして、本当にできるかどうかを考えてしまったのだ。

 

 

「い、いや、違う。違うぞナーベ?俺は──」

 

 

「楽しみですね」

 

 

「えっ?」

 

 

 俺はナーベの言葉につい驚き、何も言えなくなった。しかしナーベは俺が理解できなかったと思ったのか、何が楽しみなのかを言った。

 

 

「結婚式です。モモン様との結婚式なんて夢にも思いませんでした」

 

 

 ナーベは俺に笑いかけ、目の前まで来た。その表情は本当に幸せそうで、ナーベの言葉に嘘偽りはないのだと思った。

 俺が言ってしまった言葉により、ナーベは俺と本当に結婚をするつもりになったのだろう。

 そして俺もナーベのその笑顔を見て──結婚したくなってしまった。

 正確には、ナーベの笑顔を壊したく無かったのだ。ここで「結婚するつもりはない」なんて、口が裂けても言えないし、言いたく無かった。

 

 正直に言ってしまえば俺はナーベが好きだ。結婚できるならしたい気持ちは元々あった。それでもできなかったのは、ナーベがどう考えているのか分からなかったからだ。

 勝手に書類上夫婦となっていた時もナーベは特に何も言わなかったし、何もしてこなかった。そもそもの俺たちは付き合ってすらいない。

 ただずっと一緒にいるだけであり、夫婦とは程遠いものだ。

 それにナーベにとって俺は、父親の代わり、であるはずだ。弐式さんが最後に残したもの、それがナーベだ。だからできる限り俺はナーベの意思を尊重したいし、他の誰かと結婚したいなら、その人と結婚しても俺は構わないと思っていた──俺は辛いだろうが。

 しかしそんな彼女が、俺と結婚することを「夢にも思わなかった」と言ったのだ。

 

 つまりナーベは、ずっと──。

 

 自分が憎く感じた。それに気付けなかったからではない。

 自分自身の強欲さにだ。俺は、ナーベからの言葉を欲していた。

 俺の事を、どう思っているのか、と。それが知りたくなってしまった。

 知りたいから、俺から先に言った。

 その返事が聞きたくて。

 

 

「ナーベ、愛してる」

 

 

 思ってたよりもその言葉は簡単に出て来た。当たり前だ。いつも頭の中で言っていたのだから。

 ナーベは俺の告白に、突如として涙を溜め始めた。そして唇を振るわせなが、ナーベの口が開かれた。

 

 

「わ、私も、モモン様を──」

 

 

 ナーベが返事を言う途中、どこからともなく轟音が王都から鳴り響いた。そして夜だというのに、光が窓から入ってきて、やけに明るく感じた。

 俺は邪魔された苛立ちを抑えながら、外を見てみると、炎の壁のようなものが王都を覆った。

 

 

「モモン様、あれを!」

 

 

 ナーベは窓の外を指差し、それに目をやると、悪魔が飛んでいるのが見てとれた。それは先程までの甘い空気を一蹴し、俺とナーベはこれから始まるであろう戦闘に備え、すぐさま装備を取りに行った。

 いつもの漆黒の鎧を見に纏い、ナーベは特製のメイド服に着替える。

 そして部屋を出る前に、俺はナーベに言った。

 

 

「ナーベ。これが終わったら返事をくれるか?」

 

 

「もちろんです。モモン様」

 

 

「結婚する気があるなら『様』はよして欲しいがな」

 

 

 俺はナーベにニヤけながら──ヘルムがあるので顔は見えないと思うが──言った。するとナーベも意味を理解して、笑いながら言った。

 

 

「かしこまりました、モモンさ──ん」

 

 

 間抜けな言い方だが、俺にはそれで充分だった。

 そうして俺とナーベは兵士たちを引き連れ、王都へ出た。

 

 王都の様子は今まで見たことがない程混乱にまみれていた。

 俺はグレートソードを両手に、炎の壁まで走っていく。その途中でも悪魔たちが出て来て、それを倒しつつ、人々を助けつつ進む。

 ナーベも今では第五位階魔法の使い手だ。俺とナーベさえいれば、この王都も何とかなるはずだ。

 そんな希望を抱きながら、炎の壁の中に入り、悪魔たちを倒しては突き進む。

 

 そして王都にある噴水広場に着く。

 いつもの風景であれば、この噴水広場は昼間は子供やその母親の憩い場であり、夜はカップルや若い夫婦がベンチに座り、時には酔っ払いなどが噴水に落ちているはずだ。

 だが、もう、その光景は見られないだろう。

 噴水は崩れ、水が噴き出しており、噴水の下にある池は赤く染まっている。その池には人の死体もあり、周りのベンチにも血が付いている。

 俺の目の前には見慣れない服──確かスーツと言ったか──を着ている人物がおり、俺に背を向けている。そいつが見ているのは人の死体の山だ。

 

 剣を持つ手に力が入る。

 この噴水広場はかつて──スラム街だった場所だ。

 俺が彼と出会い、仲間と出会い、俺が強くなると決心をした場所だ。

 

 俺は歯を食いしばり、怒りに震え、剣を向ける。

 

 

「おい!貴様!!」

 

 

 俺が叫ぶと、スーツを着た人物はゆっくりとこちらを向く。その顔は仮面をつけており確認することはできない。しかし、人間ではないことは確定している。奴の後ろ姿、そこには腰から伸びた長い尻尾が生えていたからだ。

 更に言えば、おそらくコイツが首魁だ。コイツだけ他の悪魔と比べて強さが桁違いに見える。

 しかし、それでも俺はコイツには負けないだろう。強さだけで言えば互角な気がするが、勝てる自信があった。

 

 俺は一応、名前を名乗る。戦う時の最低限の礼儀だ。

 

 

「モモンだ」

 

 

 もちろん相手が何も言わなくても別にそれでいい。その場合は名も無き敵として処分するだけだ。コイツも同じ類の奴だと思っていた。

 だが、ソイツも名前を名乗り始める。

 

 

「ナザリック第七階層守護者、ヤルダバオトと申します」

 

 

 ヤルダバオトと名乗った悪魔は、やっていることとそぐわない程丁寧な口調でそう言った。

 

 

「ナザリック…?ヤルダバオト?」

 

 

 あまり聞き馴染みの無い名前に思わず聞き返してしまったが、俺は即座に思考を切り替え、ヤルダバオトがどういう戦い方をするのか、どういう作戦をとってくるのかを考え始める。

 少しでも相手の情報が欲しい。

 何かないか、そう考えながら奴を観察していると、ヤルダバオトに向かって龍雷(ドラゴンライトニング)が放たれる。

 ナーベのものだろう。

 だが俺はナーベのその援護を許さない。

 

 

「待てナーベ!お前は逃げろ!」

 

 

 ヤルダバオトは俺1人であれば勝てるだろうが、ナーベを守りながらでは無理だ。正直言って、ナーベではヤルダバオトに手も足も出ないだろう。

 しかし、ナーベはそれを聞かない。

 

 

「しかしモモン様。御身お1人では!」

 

 

 ナーベの気持ちもわからないでもないが、俺の気持ちも分かって欲しい。そんな思いで俺はナーベに怒鳴る。

 

 

ダメだ!早くここから逃げろ!

 

 

「おぉ!中々に感動する場面ではございませんか!」

 

 

 俺がそう言うと、ヤルダバオトは手を広げて、そんなことを言ってきた。そして続けて言う。

 

 

「ですが、第五位階魔法の使い手を逃す訳には行きませんね。私の実験に付き合って貰いましょう。シャルティア」

 

 

 ヤルダバオトが誰かの名前を呼ぶと、すぐさまナーベの後ろにヴァンパイアの少女が現れ、そのシャルティアと呼ばれた少女にヤルダバオトは指示を出す。

 

 

「その女を転移させ下さいますか?」

 

 

「了解でありんす」

 

 

 そうしてシャルティアはナーベが抵抗をする前に、何かしらの魔法を発動させ、漆黒の楕円形の何かが空間に浮かび上がった。

 その瞬間ナーベの姿は消え、俺はヤルダバオトに叫ぶ。

 

 

「貴様!!ナーベに何をした!!」

 

 

「実験に付き合ってもらうと言ったはずですが?彼女には私の運営する牧場に飛んでもらいました。何をするのかまではお聞きにならないほうがよろしいですよ?」

 

 

「何だときさ──」

 

 

「えっ!?そうなんでありんすか?」

 

 

 俺が更に声を荒げようとすると、何故かシャルティアが驚いてヤルダバオトにそう言った。

 

 

「妾はてっきりあの女が邪魔だから何処かへ飛ばすだけなのだと思いんしたが、牧場に飛ばした方が良かったでありんすか?」

 

 

「…シャルティア、一体どこへ飛ばしたのですか?」

 

 

「そんなの妾にも分かりんせん。ただどこか遠くへ飛ばしただけでありんす」

 

 

「…参りましたね」

 

 

 ヤルダバオトは本当に参ったといった感じで肩をすくめる。彼らのやり取りに嘘が無いのであれば、ナーベはまだ生きているはずだ。

 だが彼女を探すのは──コイツら倒してからだ。

 

 俺は剣を構え、相手が2人に増えてしまったのであれば、情報収集をしている時間はないと考え、ヤルダバオトに向かって走り出す。

 そして剣を振り、奴の首を狙う。

 

 だが、予想通り、その攻撃が当たることはない。いつの間にか伸びた奴の爪に塞がれたのだ。俺はすぐさま距離を取り、シャルティアの動きに注視するが、シャルティアはニコニコ見ているだけで何もする気は無さそうだった。しかしそれがいつまで続くかもわからない。

 俺は再びヤルダバオトに向かって剣を振り、1秒でも早く倒せるよう、攻撃を浴びせ続ける。

 その間シャルティアは欠伸をしていた。

 

 俺の怒涛の攻撃によって、ヤルダバオトがやや押され始めた頃、とうとうシャルティアに動きがある。

 

 

「デミウ…ヤルダバオト、少々辛そうでありんすね。妾も参戦した方がいいでありんすかえ?」

 

 

「そうしてもらえると助かります。このモモンという男、中々にお強い」

 

 

「かしこまりんした」

 

 

 シャルティアはそう言って、服装、というか武装が変わり、真紅の鎧と、変わった形の剣だか棍棒だかはわからないが、それを持っている。

 かなりまずい状態だ。シャルティアという少女の強さがわからない以上、戦うのは得策ではない。

 だが戦わなくてはこの王都、いや、この国は間違いなく滅びてしまう。俺は更に力を込めて剣を握り、本気を出す事にした。

 今まで本気で戦わなかったのは、被害を考えてしまったからだ。俺が本気を出せばまず間違いなく、この近くにいる人達は死んでしまう。

 

 でももう、出し惜しみをしている場合じゃない。

 俺は小を捨て、大を取る決断をした。だがこの判断は──遅すぎた。

 

 俺は本気になってヤルダバオトとシャルティアを相手取り、あたりの建物は吹き飛んでいき、ヤルダバオトとシャルティアの魔法やら何やらが俺を襲ってくる。

 それでもここまではまだ戦えていた方だった──奴らの援軍が来るまでは。

 

 最初に奴らに合流したのは、ダークエルフの少女2人であり、彼女たちも途轍もない強さだった。魔獣を使役している少女と、やけに重い杖を持っている少女。これで、4対1だ。

 そして俺はどんどん押され始め、更に奴らに援軍として来たのが、大きな見た目の虫のような化け物だった。

 ソイツは4本の腕に剣を持ち、戦士としての技量がかなり高い。

 

 ソイツが合流して、俺は完全にただ蹂躙されるだけであった。俺の自慢の鎧もボロボロになり、着ている意味がないくらい砕け、グレートソードも1本は完全に折れてしまった。

 俺は立つのもやっとであり、血反吐を吐きながら奴らに向かっていったが、そんな死に損ないには興味がないのか、奴らは俺がそんな状態になると解散していき、そこで俺は完全に意識が飛んだ。

 

 俺が目を覚ましたのは何時間後、はたまた何日後かもしれないが、やけに明るい昼間の時間だった。

 俺は──死んでいたのだ。

 それでも生きていたのは、マジックアイテムによる蘇生効果が働いたのだろう。体が上手く動かないのが、俺が死んでいた何よりの証拠だ。

 俺は辺りを見て、建造物の類が一切ないのを確認する。

 もちろん人もいない。瓦礫の山だ。

 回転しない頭でも俺はすぐに理解できた。

 

 この国は完全に滅びたのだ。

 

 どうして全員を殺す必要があったのか、何が目的だったのか、そんなことは分からない。

 俺は、やけに静かになってしまった、俺が統治する予定だった国で1人、泣き叫んでは地面を叩く。

 そうして、涙が枯れた頃に、力が入らない足を奮い立たせて立ち上がり、街を見て回る。

 本当に瓦礫以外は何もない。砂やら埃やらの匂いがするだけで、どこに何があったのか、それすらよくわからない。だが王城の位置だけは、やはり自宅ということもあってすぐ分かり、崩れた瓦礫の山を進んで王城へと向かった。

 今はただの瓦礫の山である我が家。たくさんの思い出が詰まった俺とナーベの家。

 それが今はただの瓦礫となってしまった。

 

 俺は瓦礫をどかしていき、王家に代々伝わる秘宝を探す。

 奴らは王家の秘宝がどこに隠してあるのかなど分からなかったのか、それとも興味がなかったのかまでは分からないが、秘宝は全て瓦礫の下にあった。

 正確には、瓦礫の下にある何の変哲もない袋に見えるマジックアイテムの中、であるが。

 俺はそれを持ち出し、その中に入っていた皮紙とペンを取り出す。

 

 俺はこれからナーベを探さなくてはならない。まだちゃんとした返事も聞けていない。

 これから長い旅となる事だろう。

 この旅の間は彼の言っていたように『困っている人がいたら助ける』ということもやりたい。

 

 今度こそ俺は、彼──たっちさんのように、困っている人々を助けたい。

 そして、ナーベを探し出す。

 

 非常に申し訳ないが、これでこの国とはお別れだ。悲しさがないわけではない、奴らに対する憎悪が無いわけでもない。

 それでも俺は今困っている人を助けに行く。愛する人、ナーベを探しに行く。

 

 俺にはそれしかできないし、俺はそれしか持っていない。

 

 

「たっちさん、あなたが眠るこの地とのお別れは寂しいですが、たっちさんなら分かってくれますよね」

 

 

 俺はたっちさんの今は亡き彼の家の方向に向かってそう言い、その方向とは逆に歩き出して行った。




 本当は十万文字を超える『偽りの壱話』があったのですが、長すぎるのと、私自身が気に入らなさすぎて、書き直しました。内容もかなりこれとは違い、あちらの方はナーベとモモンは結婚式を終えていました。
 でもそれだとアインザックとラケシルの考察と違うなと思ってやめました。ちょっとだけ勿体無いですね…。

 また、本編が書き終わった後に章を再度整理するつもりですので、今だけはは会話集にぶち込むことをお許しください。
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