学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
その後も動画配信活動は順調に進み、月村手毬のファンの数も凄まじい勢いで急増していた──N.I.Aランキングの上がり幅もまた圧倒的であり、優勝候補の一人として多くの注目を集めている。
活動を続けていくにつれて、手毬も配信者としての立ち回り方を身につけていき、仮にスネイルが突然居なくなったとしてもある程度は一人で場を回せるぐらいまで成長していた。
そして、新しく獲得したファンたちの後押しもあって一次オーディションは楽々と突破──何の波乱もなく、特筆すべき事もない順調すぎる勝利だった。
強いて懸念点があるとすれば、極月学園──複数の芸能プロダクションによって合同設立されたアイドル養成学校──が、初星学園への対抗心を糧にしてN.I.Aに全力を費やしており、予想以上の勢いを見せている点だろうか。
噂によれば、極月学園の裏には悪名高い961プロの権威が及んでおり、その影響で汚い手段も平気で使ってくると聞く。
そのため、今現在初星学園で突出した成果を叩き出している月村手毬に対して、何かしらの妨害工作を仕掛けてくる可能性が考えられた。
そうなった場合は、こちらもそれ相応の処置を行うだけだが──しかし、月村手毬の後ろ盾として初星学園を運営する100プロのみならず、スネイルによるアーキバス社が存在している事ぐらいは向こうも既に知っている筈だろう。
この世界でのアーキバス社はまだ立ち上げられたばかりではあるが、既にそれ相応の成果とコネクションを築き上げている──月村手毬というアイドルが持つ、この二重の後ろ盾を突破するのは非常に困難だ。
仮にスネイルが逆の立場だったとしたら、迂闊に喧嘩を売って目をつけられるのは避けたいと思う所である。
極月学園に、明らかに殴り返されるリスクのある相手へと攻撃を仕掛けてくるような馬鹿がいるとは思えない──結局のところやはり、現状の懸念点は特に無いというべきだろう。
「何もかもが上手くいっているだと……こんな事があって良いのか…………?」
哀れなり、スネイル──前の世界からずっと度重なるトラブルの連続で心が疲弊し切っていた彼は、順風満帆に事が進むと逆に不安になるようになってしまっていた。
前の世界ではフロイトは趣味を優先して平気で命令を無視するし、かといって他の部下を頼ろうにもフロイトの代役は到底務まらない。
その上、今の世界では月村手毬という喧しすぎる存在に迷惑をかけられ続けていて──そして今は、もはやそれにも慣れつつある。
故に、『何もしなくて良い時間』を与えられると逆に困るようになってしまった。
ただでさえ神経質だったスネイルは、もはやまともに休息を取る術を完全に忘却してしまうほどの状態にまで追いやられていた。
「……取り敢えず、アーキバス社の売り上げでも確認しましょう」
仕事は無いが、しかし、いつ仕事が来るのか分からないので休憩するのは怖い──そういう時は、仕事に関係はあるがそこまで重要でもない行動をして、仕事中の頭を維持したまま時間を潰すに限る。
哀れすぎる
だが人生とは不思議なものだ──時に意味はないと思ってた実行した行動が、それなりの成果を持ってきたりする事もある。
最新の売り上げ資料の一項目に、不自然な部分があったのがスネイルの目に止まった。
「……おかしい。売れるに越したことは無いが、あまりにも急すぎる。一体何があった……?」
その項目は、月村手毬のデビューシングル──『Open Faith』の売り上げが突如として急増している事を伝えていた。
しかし、何故──特にこちらはなんの施策も打っていないというのに、何故今更になって売り上げが伸び始めている?それも、凄まじい勢いで。
勿論、商品がたくさん売れるに越した事はないが──その理由が分からないのは、少々不気味だ。
早急に動かねば大きすぎる機会損失を招く事も考えられる。
そしてこういう時は大体、こちらの許可もなしに月村手毬が何かしらのトラブルを起こした事がキッカケとなっているに違いなかった。
スネイルはSNSで、月村手毬に関する最新情報を調べ──そして、異様なほど拡散されているとある動画へと辿り着いた。
────────────
そこには──
『────私、持ち歌が四曲収録されたデビューシングルが発売されてるけど、あなたは?』
──極月学園の生徒である白草四音に対して、意気揚々と煽り散らかす月村手毬の様子が映し出されていた。
「ッ、はぁ……………………」
心の底からの、ため息をつく。
持ち曲煽り──それは極月学園生に対してのみならず初星学園生にも、いや、もはやアイドル業界全体に対して被弾する者が多いであろう暴言だった。
言葉の刃が鋭すぎる──決して越えてはならない一線を越えた、と言ってしまっても良い。
この瞬間、いつものように月村手毬の暴言を中心として要らぬ論争がネット掲示板などで勃発する未来がスネイルには見えた。
『私のデビューシングル『Open Faith』、初回生産限定版にはライブ映像が収録されたDVDもついてくるんだけど──私が持っているこれ、参考資料として貸してあげてもいいよ?』
しかもなんか、唐突に相手に対して宣伝を始めた。
『こいつ……布教用に自分で自分のCDを持ち歩いているのか……!?』
懐からスッと、自らのDVD付き初回生産限定版デビューシングルを取り出す手毬の姿を見て、白草四音は思わず驚愕の声を上げる。
この盗み撮りされ拡散された動画を見ている視聴者の大半も、笑いが止まらなくて仕方がない事だろう──CDが発売されてどんだけ浮かれてんだよこいつ、と。
これは以前、手毬に対してスネイルが『機会があれば商品の宣伝を怠らないように。そして、ファンに対するサービス精神も忘れない事です』と指示した影響によるものだと思われ、彼女自身には何の悪気もないのだろうが──この会話の流れで
『……?あぁ、ひょっとしてサインをもらって握手もねだりたかったの?仕方ないな……今回だけ、特別だから』
『ッ…………!』
ここまでの攻撃、もとい口撃が来るとは思っていなかったであろう白草四音は、冷や汗をかきながら硬直している。
月村手毬の、完全勝利だ──勝って良い勝負だったのかは、分からないが。
その後、気を取り直した白草四音は、月村手毬の振る舞いを『極月学園への宣戦布告』と見做し──そして、取り巻きとして連れていた藍井撫子と共に撤退していった。
「…………胃が痛い………………」
思いっきり面子を潰された以上、極月学園側も黙ってはいられない事だろう。
フロイト&賀陽燐羽との戦いが控えているというのに、こんなどうでも良い事に手間をかけさせられるわけには行かないというのに──この後の事後対応の事を思うと、今のうちに胃薬を買い足しておく必要が出てしまう。
だが──
「…………久しぶりですね、この感覚は……やはり、そうでなくては」
──逆に、安心してしまった。
何の波乱もない人生など、自分らしくはない──いや、可能な限りリスクのない堅実な道を進みたいと考えてはいるが──他者に振り回されるこの感覚が完全に染み付いてしまって、それへの対処に追われる『いつもの日々』を心の底で求め続けていたのも確かだった。
まぁそれも、スネイルにとっては受け入れ難い事実ではあるが──
「なるほど、先に喧嘩を売ってきたのは極月学園側……それならば対処は容易です。企業たる私の力を見せつけるとしましょう」
──ここでうまく事後対応を行えるか否かで、プロデューサーとしての手腕が試されてくる。
そしてそれはつまり、プロデューサーの能力の高さを100プロなどにアピールする機会が訪れたという事だ。
元々極月学園に対する悪評は多く、被害を受けたとされる人物の数も多い──彼ら彼女らがこちら側の『大義名分』を強く後押ししてくれる事だろう。
もし印象操作がうまく働いた場合、N.I.Aに於ける強力なライバルの一つとして見做されていた極月学園側に対し、盤外戦術だけで勝利を収める事も可能かもしれない。
なにせ、先に喧嘩を売ってきたのはそっちなのだから──こういった秩序的な社会に於ける戦争とは、『相手に先に撃たせた側が勝利する』ものなのだとスネイルは経験上よく理解していた。
まぁもっとも、今回は攻撃をさせるまでもなかったわけだが──スネイルは早速パソコンを操作し、この世界における自らの役目を果たす事とした。