学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話   作:雪浪夏鶏

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親密度16「ヴェスパー1排除」

 

 

 ──いよいよ、フロイト&賀陽燐羽との決着の日が訪れた。

 ファンの数で言えばこちらの方が勝っているものの、未だに相手の底は知れず、決して油断する事はできない。

 オーディション会場の控え室へと向かう途中の廊下を、スネイルが歩いていると──

 

「──久しぶりだな、スネイル」

 

「……フロイト」

 

 ──バッタリと、これから戦う相手と出会してしまった。

 フロイトは緊張を微塵も感じさせない様子で、いつも通りの飄々とした態度を崩さない。

 一方でスネイルは動揺を隠しきれておらず、その場に立ち尽くして硬直していた。

 

「──退屈だっただろう。格上()が居なかった世界は」

 

「……何を、言っている」

 

「分からないとは言わせない──何もかもが上手く行って、常に張り合いもない人生が続く虚しさ。お前はその一端を、この世界で味わったはずだ」

 

「…………」

 

「だからこそ──お前は一刻も早く、その退屈な世界から抜け出す必要がある」

 

 いつになく真剣な声色で語りかけてくるフロイト。

 スネイルにはその真意まではよく分からなかったが、しかし──言ってる事の意味は、少し理解できた。

 実際にスネイルは、全てが順風満帆に進みかけていた時は何処となく落ち着かない気分に苛まれていた。

 彼なりにこちらを案じてくれているのであろう事も、なんとなくは伝わってくる。

 だが──

 

「生憎──私の担当アイドルは、あなたに負けず劣らずのトラブルメーカーです。退屈なんて贅沢な時間、中々与えさせてはくれない」

 

 ──それは杞憂だ。

 この世界に連れ去られて、そして月村手毬というアイドルをプロデュースして、振り回されて──それなりにスネイルの人生は、満たされている。

 一刻も早く元の世界に戻らなければならないという使命感は勿論残されているが、この世界での生活を楽しむ気持ちも嘘ではなかった。

 

「そうか……それも、そうだったな。なら案外、最後まで楽しくやり切れるのかもだ」

 

「……さっきから何を言っている?貴様の思考回路が壊れているのはいつもの事だが、今日はいつにも増して奇妙だ。一体、どういうつもりだ……?」

 

 スネイルから見たフロイトとは、天衣無縫かつ能天気な自由人である。

 そんな彼の我儘に、いつも振り回されてきた人生だった──が、今の彼はどこかスネイルの知る彼らしくはなかった。

 たまに言動が詩的になるのはいつもの事だったが、それでも普段は何となくその意図を掴むことはできる。

 しかし、今回はそれがどうにも掴めない── 暖簾に腕押し、まさしく張り合いのないというものである。

 

「……別に、俺も喋りすぎた。次に言葉を交わすのは、オーディションの結果が出てからだ」

 

「……えぇ、そうしましょう」

 

 スネイルとの対話を一方的に切り上げて、フロイトは背中を向けて立ち去っていく。

 その自分勝手な振る舞いは、フロイトらしいと言えばフロイトらしいのかもしれない。

 しかし、何故だろうか──今日のフロイトの背中は、スネイルにはいつものそれよりも頼りなく、限りなく小さなものであるように感じられた。

 

 

 ────────────

 

 

 月村手毬と賀陽燐羽、二人の実力は今回のオーディションに参加する者たちの中でも群を抜いており、事実上二人の一騎打ちであると見做されていた。

 実際、両者の披露するパフォーマンスは圧倒的でかつてないほどの盛り上がりを見せていた。

 

 賀陽燐羽の圧倒的な技術力と、月村手毬が魅せる熱意に満ちたパフォーマンス。

 やはり、これほどの実力者同士がぶつかり合うのは稀なことなのだろう──審査員たちも、どちらも捨てがたく迷っている様子だった

 

 そして、オーディションは佳境に迫ろうとしている──今現在、場の空気を味方につけているのはどちらかといえば手毬の方だった。

 このまま順当に進めば、月村手毬が勝利する。

 

 だが、このまま大人しく負けるフロイト側ではないだろう。

 スネイルの見立てでは、ここからが真の正念場である──このオーディションが始まる前の知名度でいえば、どう考えても月村手毬の方が圧倒的だった。

 必然的に、求められるパフォーマンスの期待値も月村手毬の方が高くなる──そして今も、その状態は続いている。

 つまりそれは逆に言い換えれば、今現在賀陽燐羽に求められている期待値は低いままであり──ここで彼女が一気に優れたパフォーマンスを披露すれば、観客たちの度肝を抜く事ができる。

 

 最初は優れていたけど最後がダメ、最初はダメだったけど最後が優れていた──どちらの方が印象が良いかといえば、間違いなく後者の方だろう。

 オーディションの序盤中盤は勝てもしないが負けもしない程度に抑えて、そして終盤のここぞという時に全力のパフォーマンスを披露して一気に場の空気を掻っ攫っていく。

 おそらくそれがフロイト側の作戦であり──それさえ乗り切る事ができれば、月村手毬は勝利する事ができる。

 全ては、ここから見せる賀陽燐羽のパフォーマンス次第だった。

 

(さぁ──どう来る!)

 

 オーディション終盤、月村手毬は全力をキープしつつも未だに体力が尽きることはない。

 そして──

 

「…………え?」

 

 ──スネイルは、困惑の声をこぼす。

 賀陽燐羽のパフォーマンスが凄まじかったから──では、ない。

 彼女が一向に、更なる力を発揮する気配がなかったためである。

 このままでは、月村手毬に場の空気を持って行かれたままオーディションが終わることになる──何を考えているのか、まるで分からなかった。

 

 そして──何を考えているのか分からないまま、オーディションは終わった。

 賀陽燐羽は結局、序盤中盤で見せた以上の実力を発揮することはなかった。

 確かに驚異的な実力を発揮していたものの──しかしそれは、事前の予想通りのパフォーマンスでしかなかった。

 期待値を超えることはしなかった。

 

 その後、審査が終わりその結果が発表された──案の定、月村手毬が勝利した。

 オーディション会場に拍手の音が響く──誰もその結果に、異論はなかった。

 

「…………」

 

 かくして、蝋細工の翼は焼け落ちる事なく太陽を越えた。

 それは、望んでいた通りのもの──得ることができて、喜ぶべき結果だった。

 だが──

 

「フロイトに……勝った、だと?特に、何の波乱もなく……順当に?」

 

 ──スネイルの心が、満たされる事は無かった。

 別に負けたかったわけではない、だが──しかし、あまりにも呆気なさすぎる。

 これではまだ、圧倒的な実力で叩きのめしてくれてた方が気持ちの整理がつくというものだった。

 

「どうなっている……本当に、どうなっているんだ……脅威ではなかったのか……?」

 

 今のスネイルに残されたのは、ただ──憤りにも似た、どうしようもない虚しさだけだった。

 

 

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