学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
まさか本当に買ってきてくれるとはな──ここまでされて、話さないわけにもいかないか。
この世界に連れてこられた俺は、元の世界に戻る為にもアイドルを
誰かにその当たり前のルールについて尋ねる必要があった──そして、その相手として相応しいと思って選んだのが賀陽燐羽だ。
『……呆れた。アイドルについて本当に何も知らないのに、初星学園に入学したの?しかも
『まぁ、そこには色々と事情があるわけだが……とにかく確実に目標を叶える上で、まずは基礎中の基礎から学んでいく必要がある。だからアイドルのプロデュースに着手する前に、誰かからそれが、どういうものなのかを教えてもらう必要があった。今年の夏までにアイドルの基礎を学んで、そして夏以降に本腰を入れてアイドルをスカウトしてプロデュースし、
言ってしまえば、彼女は俺の教師役だ。
彼女にノウハウを教わって初めて、俺はプロデューサーとしてのスタートラインに立つ事ができるわけだからな。
『…………そう。そっちの考えは分かったわ。けど、あなたの要求を飲んで私には何のメリットがあるの?確かに時間は持て余しているけれど、わざわざ先生をやってあげる義理はないと思うけど』
まぁ突然、そんな奇妙な要求をされて大人しく受け入れてくれるとは思っていなかった。
だが、これは彼女にとっても益のある話だと俺は踏んでいた。
『……お前にはアイドルを続ける気はない。だが、初星学園側はお前にアイドルを続けて欲しいらしい──それぐらいの事はもう既に知っている。そこで、表向きはアイドルとプロデューサーとして活動していると装うのはどうだろう?というのが俺の考えだ』
『……どういう事?』
『察するに、初星学園側はお前に対してアイドル活動を復帰しないかという催促を行い続けているのだろう。プロデューサー科の生徒に不要なスカウトをされ続ける面倒もある。それに対して、プロデューサーと契約して表向きはアイドル活動に復帰したと装って対処しようという目論見だ。私には既にプロデューサーがいる、アイドル活動もちゃんと行なっている──という言い訳が使えるようになる』
『……なるほど』
『あと、初星学園は生徒同士で契約した場合に得られる恩恵が大きすぎる。特に金回りはこの世界で身寄りのない俺にとっては助かる話だな──契約はいつでも、お前の方から破棄できる。悪い話じゃないはずだ』
『……なるほど。ひとまず、あなたの事情は分かった──なら、次はこちらの事情についても説明して良い?』
『……分かった。聞こう』
彼女から聞いた事情はこうだ──彼女はアイドルを続けるつもりはなかったが、しかし、今まで応援してきてくれたファンのためにもしっかりと解散ライブをやりたかったらしい。
だが、初星学園としては賀陽燐羽という優れた才能を持つアイドルに引退されてしまっては困る。
その為、引退ライブを中々させてもらえない宙ぶらりんな状態がずっと続いているというのが現状の様だった。
そこで俺は、彼女の事情を解決する為の方法を考えた。
『……初星学園側には表向きには、真面目にアイドルとして復帰させると勘違いさせる。そうなれば、そこそこ大きなライブをやるぐらいの事は許されるはずだ。そして、そのライブの途中でいきなり引退を宣言して仕舞えば良い』
『……大丈夫なの?それ』
『元々は初星学園側の我が儘で始まった話だ。それぐらいの暴挙に出ても文句は出ないだろう。まさか、始まったライブを急に止めるなんて事もできないだろうしな──引退を宣言してからは、そのまま引退ライブをやり通しておしまいだ』
まぁ雑な計画ではあるが、咄嗟の思いつきにしては悪くない。
やや不安げではあったが彼女は乗ってくれて、あとは細部を詰める為の打ち合わせになった。
『まぁそもそも、今の状態で本気でアイドルに復帰したと初星学園側に勘違いさせる為には、何かしらの実績を出しておく必要があるが──』
『……それなら、都合が良いのはN.I.Aね。N.I.Aはファンを奪い合うシステムで成り立っているオーディション──そこでなら、私のファンだった人を別のアイドルに託す事ができるかもしれない』
『なるほどな……じゃあN.I.Aでファンを別のアイドルに託しつつ、優勝には至らない程度に実績を残す。そこで初星学園を騙くらかしてライブを開催し、その途中で引退を宣言し引退ライブを決行する。そこに至るまでの片手間に、俺にプロデューサーとしての何たるかを指導してくれれば十分だ』
『えぇ。引き受けたわ──私があなたを、一番星を作れるように導いてあげる』
それが、俺と彼女が交わした契約だった。
俺たちがここでお前たちに敗北するのは、彼女も承知しているどころか既定路線──彼女はアイドル活動に復帰する為じゃなくて、アイドル活動を辞めるために俺と契約を結んだのさ。
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「……なるほど。ではこの後に、賀陽燐羽は引退ライブを行う。その後あなたは契約相手が居なくなり、賀陽燐羽から学んだノウハウと──そして、賀陽燐羽を育成したという実績を元にして新しくアイドルをスカウトするわけですか」
フロイトの話を聞いて、スネイルはその結論を口にする。
「そういう事になるな……賀陽燐羽の本当の実力を知るものは限られている。だから、N.I.Aでの彼女の際立った活躍は全部俺の手柄だと思われている状況だ──本当はむしろ、あれでも全盛期よりは劣っているらしいがな」
彼は今回のN.I.Aでの実績を使って、またスカウトを上手く成功させるのだろう。
入学シーズンはもう終わったが、プロデューサーがついていないアイドルは数多く存在する──その中には優れた才能を持つアイドルもまだまだ含まれており、そんなアイドルと契約を結んで本命の冬以降のH.I.Fで勝負を仕掛けるつもりなのだろう。
「……夏のH.I.Fでは、賀陽燐羽と共に挑んでくる事はないというわけですか」
「まぁ、そうなるな──夏のH.I.Fでお前が俺と当たる事はない。今回のN.I.Aの実績を使って、優勝してくると良い」
「…………」
しかし、スネイルの中にはやりきれない気持ちだけが残る。
フロイトはフロイトなりに、全力で元の世界に戻る為に考えてはいるが──結局、スネイルが望んだ通りの戦いは出来ずじまいだ。
不完全燃焼の状態のまま、元の世界に戻るのは気分が悪い。
故に──
「──冬のH.I.Fでは、夏のH.I.Fよりも優れた
──違う形で、望んでいた通りの戦いを成就させる事にした。
「そして、それはそうと──夏のH.I.Fでも本気で挑んでくるように。新しくアイドルを見繕うなりなんなりして、私に立ち向かってくるように」
「……中々酷な事を言ってくれる。だが、そうだな──お前が帰る前に、もう一度やり合うのも悪くない」
ひとまずはこれで、和解という形になるのだろう。
聞きたい事だけ尋ねて、あとは勝手に去っていくスネイルの背中を見送ってフロイトは思う。
お前もお前で、結構自分勝手なところあるよな──と。
だが、久しぶりに懐かしい気分を味わえて特に悪い気はしなかったのだった。
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『……ところで、どうして教師役として私を選んだの?同じプロデューサー科の生徒に教えて貰えば済む話でしょ』
スカウトされた直後──そう尋ねる燐羽の疑問は尤もだった。
餅は餅屋、ということわざがある。
確かに賀陽燐羽には『SyngUp!』を動かしたリーダーとしての実績はあるが、それでもプロデューサーについて学ぶのであれば、その道を歩む者に教えを乞うのが筋というものだろう。
だが、フロイトにはそれができない事情があるようだった。
『……これは完全に俺のエゴだがな。プロデューサー科には俺に憧れてる奴が居て、そいつに弱い姿を見せたくはなかっただけだ──同じプロデューサー科の生徒や教師に相談した場合、やがてそいつの耳に入ってしまう可能性がある』
『……だから、同じく事情を明かせない相手を選んだ。私には、表向きには真面目にアイドル活動をやっていると装う必要があるから』
『そう、つまりこのスカウトは共犯者選びとしての側面があったというわけだ』
この時のフロイトはまだ知らない事だったが、賀陽燐羽は義理人情に厚く口が堅い人物である──フロイトは共犯者選びとして、最適な人材を選び抜いていたのである。
それに、自分を目標にして挑んでくる人物がいて、その人物の事が放って置けない──という点も、賀陽燐羽にとってはとても共感しやすいものだった。
『あいつの前では、俺はまだ強敵のままで居た方がいい。あいつは俺を超えるという目標を糧にして強くなってきた男だ──そいつの火を、絶やしたくはない』
『…………』
事実、スネイルはこの世界でもフロイトを超えることを目標にして、プロデューサー稼業に全力を出せたという側面もあった。
彼の思惑通り、『強敵を演じ続けてスネイルの成長を促す』という策略は見事に成功したと言える。
『俺がプロデューサーとして未熟も良いところだっていう事実は──あいつの成長のためにも、まだ隠し続けておきたかったのさ』
なんて事ないように、笑いながら自分の想いを語るフロイトの姿を見て──彼は信頼に値する人間だと、賀陽燐羽はそう判断した。
二人の
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自室に戻ってスネイルは、やっと肩の荷が降りたのか一気に息を吐いて力を抜く。
ここ最近はずっと、N.I.Aにおけるフロイトとの戦いの事ばかり考えていた──だからこそあっさりと勝ててしまった時はどういう事だと困惑もしたが、フロイトと直接問答を交わした事でやっと『勝利した』のだという実感も湧いた。
しばらくは休憩しても良さそうなものではあるが──
「……いえ、まだです。N.I.Aには秦谷美鈴を代表とした強敵がまだ残されている──最終オーディションの『FINALE』で彼女らと戦う前に対策を練らねば」
──やはり、休憩するのは性に合わない。
スネイルはおもむろにパソコンを立ち上げ、しかし対策すると言っても他に何かするべきこともないので適当にエゴサーチを行う。
まぁ実質、今回のオーディション結果の反響を確かめておくというのも立派な仕事と言えるだろう。
もうすっかりスネイルの中では、手持ち無沙汰な時はエゴサーチという習慣が根付いてしまっていた。
「……なんですかこれは、なんなんですかこれは」
──それもこれも、しっかりとエゴサーチの成果が出てしまうのが悪い。
またしても何らかの月村手毬に関する動画が拡散されているのを見て、スネイルは一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてからその動画を再生することにした。
「っ、はぁ…………」
別にそれは、誰かと喧嘩を起こしてトラブルになったとか、そういうものではなかった。
ただ──アイドルを辞めようと考えている賀陽燐羽に対して、周囲の目も憚らずに全力でギャン泣きして泣き落としを試みて、アイドルの道に引き留めようとする月村手毬の様子を収めた隠し撮りが、面白がられて拡散されているだけで。
「そんなところまで、似なくていい……」
ライバルに消えてほしくないと願う気持ちを本人の前で吐露したのは、スネイルも同じなので強くは言えない。
ただ、周りに見られないように配慮するぐらいの気持ちは持ち合わせて欲しいものだ──話題になったその動画は月村手毬のイメージを完全に女児に固定化させ、フロイトと賀陽燐羽の引退計画にも大きな影響を与えるに違いない。
「……もう、なるようになってしまえ…………」
自室で天を仰ぎながら、スネイルは一人そう呟くのだった。