学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
「どうやらしっかりと、自己管理ができる程度の余裕は取り戻したようですね。これで少しは信頼していただけましたか?」
あれからも手鞠は定期的に欲に負けて間食を行う事自体はあるようだったが、それに合わせた食事をしっかりと摂取できるようになり、体重管理の問題は実質改善したも同然だった。
正しいダイエット方法を身につけた事で、これから自然と体重が落ちていく事だろう。
これは間違いなくスネイルのプロデュースによる成果の一つだった。
「それとこれとでは、話が別です──だけど、恩は返します」
「えぇ、勿論です。それ相応の働きで応えてもらわなければ困ります」
そしてその甲斐もあって、手毬のスネイルに対する態度はやや軟化しつつあった。
相変わらず口を開けば態度の大きい発言が飛び出すものの、以前纏っていたような警戒からくる敵意のようなものは感じ取れなかった。
それとこれとは話が別だと本人は言っているものの、ある程度の信頼を寄せているのは間違いなかった。
「……プロデューサーは、どうして私をプロデュースすると決めたんですか?わざわざアプリまで作って……」
「全く……何を言い出すのかと思えば、簡単な事です。私の目標は担当アイドルを
「その……本当に?」
スネイルの話を聞いても(スネイルが常に真顔で淡々と喋るのも問題ではあるが)、手毬には何故彼が自分をプロデュースするのか分からずじまいだった。
素行の悪さや頻出する悪い噂、そして劣化するパフォーマンスの問題も合って今まで手毬をプロデュースしようとする者は誰も居なかった。
だというのに、何故明らかに優秀そうな彼は自分をプロデュースするという選択を取ったのか──疑問でしかない。
以前にも似たような事を尋ねた際、彼は『素行の悪さや悪い噂を帳消しにするほどのポテンシャルを過去のライブ映像から感じた』とだけ語ったが、それがどこまで本気なのかすらもあやふやである。
月村手毬の自信無さげな様子を見て、スネイルはため息をつく。
「本当です──せっかくですので、この機会に今後の方針について改めて説明するとしましょう。語り終えた頃には、私がいかにあなたという存在に期待しているのか理解できるはずです」
そう言いながらスネイルは、机に置かれた資料を取り出した。
その資料には、凄まじい桁の数字が記されており──
「──今現在、我が社は借金を抱えています」
──スネイルは、資料の数字を指さしながらそう応えた。
「えっ……!?」
「アプリを作るのには、当然ながら金が必要となる。そして、たかが大学生でしかない今の私にそれが賄えるわけがありません。なので、借金をしました──いずれ、返さなければならなくなるでしょう」
スネイルとしても、借金という手段を選ぶのは不本意なものだった。
転生する前の資金力が扱えないのがもどかしい。
だが、今の状況で最短で成果を叩き出すためにはそうするしかないのも事実──多額の借金を背負う事で、スネイルは『あきけん』を完成させた。
「その……返す目処はあるんですよね?」
恐る恐るといった様子で、手毬が尋ねる。
彼女の怯えも当然だと言えるだろう──自分のために多額の借金をしたといきなり告げられて、怯えない者はまず居ない。
「無論です。私は勝てない勝負に挑むような愚か者ではない──返す目処があるからこそ、金を借りました。そしてその目処は、貴方にあります」
「わ、私?」
「えぇ、貴方です。貴方のアイドル活動と共に、我が社の製品を売り出していきます──つまりは、月村手毬のアイドルとしての活躍がそのまま我が社の売り上げに直結していくのです。月村手毬がアイドルとして大成した際、その実力は『あきけん』の効果もあってこそだと吹聴して回れば『あきけん』のインストール数は絶大なものとなるでしょう。かなりの広告効果が期待できるはずです」
「な、なるほど……?」
「その売り上げで借金を返し、そして更に金を借りてあなたを支えるための商品を開発する。相乗効果で高め合うのが今後の方針です」
スネイルが居た世界では、アイドルという概念はあまりポピュラーな存在ではなかった。
故にスネイルはこの世界に訪れて、アイドルという概念を徹底的に調べ上げ──そして気づいたのである。
──アイドルという概念は、金になる。
アイドルそのものが叩き出す売り上げに加えて、担当するアイドルとセットで自社商品を売り出していけば広告費を捻出する事なく広告効果を得る事ができる。
元の世界に戻った際にも、スネイルはマスコットキャラクターに加え、アーキバスでアイドルをプロデュースしようと考えていた。
「ついでに言っておくと、アイドルの能力の高さとアイドルが叩き出す結果はイコールではありません。アイドルの実力が優れているからといって、ただそれだけで求める結果が得られるとは限らないのです」
「えっと……つまり、どういう事ですか?」
「……アイドルが叩き出す結果というものは、アイドルの能力とメディア露出の機会の掛け算によって導き出される数字です。いくら能力が高くとも、メディアに露出する機会が少なければ得られるファンも得づらく、優れた結果を叩き出す事ができない」
「……確かに」
アイドルとしての力量が高くとも、今まで一度も舞台に立った事がない存在──そして、アイドルとしての力量が前者より低くとも、舞台にたくさん立った経験がある者とで比べれば、後者の方が確実にファンの数や売り上げを稼げている事だろう。
そして、メディア露出の機会は人脈──あるいは、金で買える。
アイドルの能力だけに限らず、後ろで支援する者の力次第でそのアイドルが得られる成果の量は変わってくる。
優れた能力を秘めたアイドルを、適切に支援しメディア露出の機会を作り上げて──それを行えて初めて、プロデューサーとしての仕事を全うしていると言えるだろう。
「一方で、いくらメディアに露出する機会が多くとも能力が低ければ得られるファンも得られない──アイドルの能力とメディア露出の機会、その両方を極限まで高める事で初めてトップアイドルになる事ができます」
優れたアイドルに優れたプロデュースを施す事で、初めて頂点の座を目指す事ができる。
それがアイドルという文化を調べた上でスネイルが出した結論だった。
「アイドルの能力は貴方、月村手毬が──そして、メディア露出の機会はアーキバス社の資金力で補います」
「プロデューサー……」
「……夏のH.I.Fまで時間がありません──故に、急いで『あきけん』というアーキバス社の実績を用意しておく必要があった。迅速に
そう言いながらスネイルは、どうでも良いものを扱うようにして借金について記された書類を遠ざける。
それが自分の脳が導き出した最善の答えだと判断し、実行した時点で借金を背負ったことに対する後悔は既に彼の中では存在していなかった。
「先ほどの掛け算の話の通り、このプランは当然、あなたがアイドルとして素晴らしい才能を秘めている事を前提として立てられています──アーキバスがどれだけ優れたプロデュース能力を秘めていても、売り出す素材が悪ければ意味がない」
「……だから、私が選ばれたってわけなんですね」
「その通りです。私は月村手毬という素材なら勝機があると見込んで投資を──借金を行なった。私があなたという存在にどれほど期待しているか、理解できましたか?」
そして、スネイルによる長ったらしいご高説は終わりを迎えた。
要するに、スネイルは月村手毬に借金をするだけの価値があると語り──そして、それ相応の働きをしてもらわねければ困ると暗に脅しているのだった。
仮に本人に自信があろうがなかろうが、プロデューサーに『お前のために借金をした。アイドルとプロデューサーは二人三脚であり、こちらが頑張っている以上そちらも頑張らなければならない』と告げられて、本気を出さないわけにもいかない。
「──ふふっ。プロデューサーって、変な人だね。そこまでしてでも、
──が、月村手毬にそんな小細工は通用しない。
そして通用しない以上は意味がない──彼女に対しての遠回しな忠告は、学園アイドルマスターに於けるN.I.A編でのリカバリドリンクと同じぐらい意味がない。
本来なら重責によるプレッシャーで押しつぶされてもおかしくない所を、手毬は『どうやらプロデューサーは自分の事をすごく評価しているらしい』という部分だけを理解し、自分なりに自由に解釈していたためダメージを受けることはなかったのである。
「……貴方に言われたくはありませんが……私はなんとしてでも急いで
「プロデューサーは見る目があるね。私の目標は、誰もが認めるトップアイドルになる事──良かったね。貴方の目標、達成できるよ。まぁ──私についてこられるなら、だけど」
「……貴方の方こそ、私について来てもらわねば困ります」
あいも変わらず堂々としていて不遜な態度を崩さない手毬を見て、スネイルは一周回ってその太々しさに安心感すら抱いていた。
彼女のその性格は天性のものであり、再教育する事は叶わない──故に、諦めるしかない。
「あぁそうそう。『あきけん』の広報役として、あなた以外のアイドルも使えないかと考えています」
「……え?」
「そしてそれがあなたの学友であれば、広報の仕事を依頼しやすくなります──今のうちに、たくさん友達を作っておいてください」
そう言い残してスネイルは手毬から目線を外し、書類仕事に勤しみ始めた。
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「おかしい……友達を作っておいてくださいと指示した筈なのに、何故トラブルが発生している……?まさか、普段から私以外にもあの様な態度で接していたというのか……?常に喧嘩腰でなければ死ぬ病にでも罹患しているのか……?」
月村手毬と他の生徒との間で発生したトラブルの対処に追われながら、スネイルは思わず頭を抱える。
この世界に来てから企業を立ち上げ、月村手毬にとって不利になるような悪い噂も消すようにして──中々どうして、休めない日が続いていた。
そしてそんな矢先に起きた事態がこれである、頭を抱えるのも仕方のない話だった。
「これが『私についてこられるなら、だけど』とか言っていたアイドルの姿なのか?これが……全く、せめて普段の高圧的な言動を──」
そこまで口にして、スネイルはハッとした表情をする。
──自分も自分で、大概かもしれない。
初対面の相手に対しても高圧的な態度で接し、言動からプライドの高さが見え隠れして鼻につく様な上から目線を行う──それは月村手毬もスネイルも、同じ事ではないのだろうか?
そして、何よりの証左として──
(そういえば私にも……友達が、居ない……?)
生前では企業のために身を粉にして働いてきて、プライベートの時間など確保していなかったし友達作りなどもっての外だった。
部下からもそれとなく遠巻きに扱われていたような覚えもある──自分でもできない事を、他人に求めるべきではない。
スネイルはそこまで思い至って、この件に限っては自分が手毬を叱責するのは筋が通らないと判断した。
(……まぁ良いでしょう。元より、そんなに期待はしていませんでした。素行に問題があるのは知っていましたし……ただそれが、私の予想を上回っていただけで…………これからも事実を元に生じたものはともかくとして、根拠のない悪い噂の類はこちらで対処し、彼女にはもう余計な事はしないようにと伝えておきましょう)
スネイルはひとまず立ち直って、再びトラブルの対処に向き合う。
彼女には絶望的なまでに愛想がない、と確認するための勉強料だったと思えば安いものだ。
(それに、たとえ愛想がなくとも実力でねじ伏せれば問題ありません──私だって、そうしてきたのです。彼女には今まで通りトレーニングに専念してもらい──そして、次の中間試験でその成果を存分に発揮していただくとしましょう)
定期公演『初』、中間試験──そこでひとまずの、スネイルのプロデュース結果が示される。
『あきけん』のサポートによる自己管理がどれだけ手毬に良い影響を与えたのか、それを確かめる時がまもなく訪れようとしていた。