学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
誤字報告来てから初めて気づきました……感謝です
我ながら英語に弱いってレベルじゃない……
──そして、中間試験当日を迎えた。
本番での月村手毬のパフォーマンスは、体調管理を行う前のそれよりも遥かに向上しており、同じ試験に挑む者たちの中でも一際群を抜いていた。
今までの手毬では考えられないような成果ではある、が──しかし、スネイルがその結果に満足していない事はその表情を見れば明らかだった。
「まずまずの結果ですね──元の実力を取り戻しつつはありますが、それも完璧ではない……ひとまず、今まで通りの食生活を続けた上で新しい方法を試す必要があるでしょう」
「…………」
中間試験を乗り越える程度の成果は出せたが、しかしそれは『あきけん』を制作する上でアーキバスが背負った借金を帳消しにする程の可能性を感じさせるものではなかった。
不覚にも、月村手毬自身もその事実をよく理解していた。
体調管理を行なって、そして──ただ、元に戻っただけだ。
これでは到底、
「今回のライブで課題点が見えました。新しい方針を元にトレーニングメニューを考え直しますので、しばらく待ちなさい」
「あ……」
スネイルはそう冷たく言い放って、手毬一人だけを残して楽屋を後にした。
見捨てられたかもしれない──手毬がそう不安を抱くのも、無理はない事だった。
「プロデューサー……」
そして手毬はしばらく逡巡した後に、意を決してスネイルの背を追いかけることにした。
────────────
「プロデューサ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
「………………はぁ…………」
扉の奥の廊下からドタバタと喧しい音が聞こえてきて、スネイルは盛大にため息を吐く。
満足にトレーニングメニューを考える時間すらも与えてもらえないのだから、困ったものである。
スネイルが返事をするまでもなく勢いよく扉は開き、ズカズカと手毬は許可なく部屋に立ち入ってきた。
彼女はスネイルを──そして、彼が先ほどまで目を向けていたものを見て、やっぱりと呟く。
スネイルが先ほどまで目を向けていたもの──それは、タブレット端末に映し出されたもの。
過去の手毬が『SyngUp!』として活動していた頃のライブ映像だった。
「プロデューサー!私に、ユニットを組ませようとしてますよね!?」
「……なんの事ですか」
「しらばっくれないで!だって、見てるじゃないですか!『SyngUp!』のライブ映像を!」
さながら、不倫現場を目撃したかのような剣幕で問い詰めてくる手毬。
彼女のその様子に呆れながら、スネイルは淡々と否定する。
「違います。これは貴方のプロデュース方針を探るために、参考資料として視聴していただけです」
「……本当ですか?」
「本当です。過去の映像を見る事で分かることがあります──たとえばこの『SyngUp!』のライブ映像からは、あなたがライブに集中しすぎるあまり自分の実力以上のパフォーマンスを発揮しようとして、スタミナ切れになる所を残りの二人が余力を残してフォローするという戦術を取っている事がわかる」
「っ……!」
「貴方から見れば、二人のフォローを邪魔に感じた時もあったでしょうが──貴方が最後の最後まで全力で歌い切ろうとし、倒れるのを阻止するため、残りの二人は自分の実力を抑える事を義務付けられていたと言っても良いでしょう。そして、二人のフォローが無くなったことでどうなってしまったかは──中間試験を終えた後では、言わずとも分かることです」
スネイルはネチネチと陰湿に月村手毬の特性について指摘する。
それが言い逃れのできない事実だった事もあって、手毬は顔を赤くしながら怒鳴りつける──
「っ……そんなに私の口から言わせたいんですか!?私が二人の足を引っ張っていたって──私よりも遥かにすごい二人が、私のレベルに合わせてくれていたって!」
「…………」
「一緒にトップアイドルになろうねって、約束していたのに……私のせいで、バラバラになって……私は……」
──が、怒鳴りつけた時の勢いはすぐさま沈んでいき、自己否定の念すら感じ取れる程の意気消沈っぷりを見せ始めた。
月村手毬の普段の態度で隠された本質──自己肯定感の低さ、つまりは自分嫌い。
その様子を見て、スネイルは納得する。
「……なるほど、それが貴方の心労の原因でしたか」
そもそも何故、月村手毬の精神には余裕がなくむやみやたらに暴飲暴食に走ることになったのか。
その原因は、自分の実力不足のせいでユニットが解散になった──少なくとも本人はそう認識している──事による、ストレスによるものが大きいのだろう。
スネイルが過去の『SyngUp!』のライブ映像を見ていた事に対して過剰反応を起こしていたのも、どうやらそれが理由のようだった。
「……だからもう私は、同じ失敗を繰り返す気はないんです。新しいユニットを組ませようとしても──」
「……はぁ、どうやらまだ誤解が解けていないようですね──最後の最後まで全力で歌い切ろうとする姿勢の事を、そもそも私は一度も弱点だとは言っていないはずです」
「……え?」
「勇猛果敢に死を恐れず立ち向かうその姿は、戦士として好ましいものだ──問題は、その在り方に体が追いついていないという点のみ。そもそもスタミナ切れで倒れさえしなければ、他者からのフォローなど不要になるのです──全力で歌い続けても、倒れない体力を身につければそれで良い」
そう言いながらスネイルは、手毬が部屋に訪れる前に入力したレポートの画面を見せる。
そのレポートのタイトルの部分には、『ソロアイドル』月村手毬の今後のプロデュース方針と記されていた。
「新しい方針とは言いましたが、それは従来のやり方をそのままグレードアップさせようという意味合いのものです──己の身を顧みずに全力を費やすという貴方の
「長、所……」
ユニットのメンバーから否定され、自分自身でも嫌になりつつあった自らの在り方を長所であると肯定され──月村手毬の中に、理解できない感覚が広がっていく。
それは限りなく、喜びに似た感情だった。
「本当に、良いんですか……?今よりももっと、努力しても……全力で歌って、踊っても……」
「えぇ、私たちはなんとしてでも
「…………そっか。分かった、プロデューサー──そのトレーニングを通して、私、長所を磨いて見せる!」
──そこにはもう、自信を無くしたアイドルの姿はなかった。
彼女の顔つきからは確かに信頼に足るプロデューサーの元で、頂点の座に挑む覚悟が備わっていると分かる。
その様子を見て、スネイルは満足げな表情を浮かべた。
「よろしい──まず、貴方には『あきけん』を用いてある程度の自己管理を行う能力を養ってもらいました。そして今度は、ダイエットだけではなく更に体力を鍛える方向性に挑戦してもらいます。俗に言う、筋トレというやつですね」
スネイルはタブレットの画面をスワイプし、『あきけん』に次ぐ秘策について記された画面を表示して手毬にそれを見せつける。
「そして貴方には、次の我が社の新商品──アーキバス•プロテインの試作に協力していただきます。最新の調整を幾重にも重ねた月村手毬に、敵う者は存在しないでしょう」
渾身のドヤ顔を見せながら、自信満々に語るスネイル。
だが手毬の注目はアーキバス•プロテインとやらではなく、その商品のデザインとして組み込まれている灰色のおにぎりのような形をしたマスコットキャラクターに対して向けられていた。
「…………このマスコットの見た目、もうちょっとどうにかならなかったんですか?」
「…………?我が社の宣伝マスコットのデザインに、何か不満でも?」
「…………いえ、なんでもないです」
本気で理解できてなさそうな目をしたスネイルを見て、手毬はこれ以上踏み込んだらまずいと判断して引き下がる。
普段の言動もそうだけど、やっぱりプロデューサーはちょっと変な人だ──担当するアイドルに内心そう思われている事も知らずに、スネイルは意気揚々と今後のプロデュース方針についての画策を続けていた。