学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
誤字報告来てなかったら気づきませんでした……感謝です
英語だけじゃなくて国語もダメだったぜ、私……!
散々な結果で終わったファーストライブの後、スネイルは今後の方針を練るために部屋に篭り切っている──その筈だった。
「プロデューサー、早い……もっとゆっくり歩いてぇ……」
「全く、どうして私がこんな事を……これでは育児となんら変わりはしない……」
だが現実は異なり、スネイルは手毬を背負い周囲から奇異の視線で見られながら保健室へと連れて行くという生き地獄を味わっていた。
これで手毬が深刻な怪我を負ったとかならともかく、手毬が今回怪我した位置は──手の指である。
手の指をドアで挟み、涙目になりながら痛くて歩けないから保健室までおぶってと主張する手毬を前にした時、スネイルはいつの間に私は保育園の園長の仕事まで兼任していたのだろうかとすら思わされた。
最初は当然断ろうとしたものの、しかし彼女との今までの付き合いによる経験から、放っておいたら手がつけられないほどに泣き喚き凄まじい騒動へと発展するのだろうと予測できてしまった。
故にこうして、渋々ながらも彼女を背負って保健室へ向かわざるを得なかったのである。
「ファーストライブの件もあって、こちらは忙しいのですが……全く……」
月村手毬そのものの成長は上手くいっているものの、ファーストライブの失敗の件もあってまだその真価が大衆に知られることはなく、『まぁそんなもんだよね』という評価で落ち着いてしまっているのが今のソロアイドル月村手毬の現状である。
その状況を一刻も早く打破するためにも、何か手を打つ必要があった──月村手毬を背負いながら今後の方針について思案していたその時、面白そうに近づいてくる誰かの気配をスネイルは感じていた。
(……いや、誰かなんてものではない。この気配を、私は知っている。間違えようがない!だが、そんなまさか──)
「……?プロデューサー、どうしたの?歩かないの?」
スネイルの記憶の中に、誰よりも色濃く刻まれた人物の気配──この世界に来てから、無意識に思い出すまいとしていた存在の気配。
気のせいであってくれ、とスネイルは強く願ったものの──現実はいつだって非情なものだった。
「久しぶりだな、スネイル──しばらく見ない間に、そっちも面白そうなことになっている」
「ッ……!V.Ⅰ、フロイト……貴方まで、この世界に……」
「……知り合いなの?プロデューサー」
背後から純粋な疑問の声が発せられていたが、スネイルの耳にそれは届かなかった。
さながら、悪い夢でも見ているかのように──スネイルの顔色は悪く、とても背後からの声を気にかけるほどの余裕はなかった。
「あぁ、俺もこの世界に呼ばれた。ACに乗れないのは残念だが、アイドルをプロデュースするのもやってみれば面白い。お前も俺と同じ夢を見たのなら、
スネイルのV.Ⅱを越える、V.Ⅰの称号を持つ存在──フロイト。
スネイルと同じく、別の世界から連れ去られた彼もまた──やはりスネイルと同じように、この初星学園でプロデューサー科の一生徒として活動しているのだった。
そしてゆくゆくは、スネイルと確実に真正面から衝突することになる。
最後まで楽しげな気配を身に纏ったまま、フロイトはスネイルに背を向けて立ち去っていくが──それに対してスネイルは何の言葉を返すこともできずに、ただ月村手毬を背負ったままその場で硬直しているのだった。
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人間にはそれぞれ、人生における必ず越えられない壁というものが与えられるとするのであれば、スネイルにとってのそれは、まさにフロイトの事だった。
ありとあらゆる業務をこなし、戦場においてもACを圧倒的な実力で巧みに乗りこなしてみせ──そして、誰よりも企業のために身を粉にして働くことができる。
それこそがスネイルにとっての自慢であり、アイデンティティだった。
だが、そんな彼でも唯一敵わない存在がいる──フロイトはどんなACでも軽々と乗りこなしてみせ、そしてどんな依頼でも達成し、ありとあらゆる強敵を遊び感覚で蹴散らしてきた。
どんな手を使っても敵わないと、彼が乗る機体の動きを見ただけで確信できてしまったのが屈辱だった。
スネイルはより高みへと至らんとするため、自身の肉体に対して最新の強化人間手術を行い続けてきたが──それに対してフロイトは、今まで一度も強化人間手術を受けたことのないただの真人間である。
それでいて、最新の調整を幾重にも重ねてきたスネイルの存在を嘲笑うかのように、フロイトは常に頂点の座に君臨し続けていた。
さながら人の手では決して届かない領域を悠々自適に飛び回り、時折地面に降りてきては下々の民の世界を散らかすだけ散らかして帰っていく害鳥のようだとすら思わされた。
文句を言おうにも、彼が自分よりも優秀な人物であり、そして自分よりも立場が上であるという事実は揺るがない──揺るがない以上は、どうしようもない。
企業のために彼という存在が役立ち、そして時に彼しか頼れない局面が何度も訪れていたのもまた確かなる事実なのだから。
きっと利口な人間は、自分の心を守るためにすぐに区別を行うのだろう──フロイトは本当の意味で特別な存在だ。
例外として扱い、存在を無視して物事を考えた方がいい──まともに向き合っていたらバカを見る。
そして、フロイトという存在を考慮しない格付けの中で優れた成績を叩き出して、素晴らしい結果を手に入れたと満足して──多分それが、賢明な判断というやつなのだろう。
だが、スネイルはそこまで利口な人間ではなかった。
もうよせば良いのに、フロイトを上回るという目標を達成できぬまま、何度も何度も何度も何度も何度も何度も強化人間手術を繰り返して──そして、段々と虚しさだけが積み重なっていた。
努力を繰り返して得られた知見は、『やはり自分はフロイトには敵わないらしい』というとっくに分かりきっていた事実の裏付けだけ。
それでも何故か諦めることだけはできずに、半ば惰性でスネイルはひたすらにフロイトを越えるための力を求め続けていた──きっとあの努力を努力とも思わない天才には、自分の様に上の存在に喰らいつくために、必死に足掻いて苦悩した経験すらも無いのだろう。
その不平等すぎる事実が、ただひたすらに恨めしかった。
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「ここ、は……」
懐かしい夢から覚めて、スネイルは周囲を見渡す──そこは、初星学園の保健室だった。
どうやら自分は、朦朧としていた意識の中であっても役目を果たす事はできたらしい。
自分が知らない間に、手毬は手の指の応急手当てを行なってもらい──そして何故か自分は、ベッドで休まされている。
保健室の担当の先生に、どうやら自分の方が体調が悪く重症のように見えていたらしいと、スネイルは後で気づくことになる。
スネイル自身、まさかフロイトと出くわすだけでここまで精神的に追い詰められるとは思っていなかった──おそらくは、今まで『フロイトが存在しない世界』を楽しんでいた分の反動が来たのだろう。
そう、思えば──今までが、うまく行き過ぎていた。
自分の人生とは思えないほどに、目的のために雑念なく突き進むことができて──そしてスネイルの人生はそんな生やさしい物ではないと、後から現実を叩きつけられた。
どこの世界に訪れたところで、スネイルはフロイトに勝つことができない永遠の二番手でしかない。
フロイトならばきっと、自分を上回って担当アイドルを
なんともまぁ、らしい筋書きだ──皮肉めいたものを感じ、スネイルは苦笑する。
そんな彼の様子を、月村手毬が不安そうに見つめていた。
「プロデューサー……その、大丈夫……?」
それは心の底から相手の体調を労わる者の声かけだったが、今のスネイルの心には微塵も響くことはなかった。
スネイルは俯いたまま、大丈夫なわけないでしょうと呟き──そして、愚痴のようなものをこぼし始めた。
「私たちは、彼には勝てません……何度も何度も負け続け、彼の方が格上なのだと思い知らされてきたのです──ここまで来たらもう、嫌でも分かります」
「…………」
「ですので、もう……少なくとも、夏のH.I.Fは諦めてかかった方が良いでしょう。堅実に実力を重ねてアーキバス社の力を蓄えていき、場合によっては最後のプランを──」
──そして、そこから先の言葉が発せられることはなかった。
スネイルの愚痴に割り込むような形で、手毬が発言を行ったのである。
「……らしくないよ、プロデューサー。夏のH.I.Fで最短ルートで
「なっ──」
まさかよりによって手毬に説教をされるとは思わず、スネイルは思わず言葉を詰まらせた。
そして手毬はここぞと言わんばかりに、会話の主導権を奪ったまま畳み掛けていく。
「廊下で会ったあの人が誰なのかは知らないけど──少なくとも私は、他の人に勝利を譲る気なんてさらさら無いから」
「っ、貴方はフロイトを知らないからそう言えるのです!彼を相手にして勝てる者など──」
「──ここに居るけど」
「っ…………!」
手毬は堂々とフロイトに勝つと、そう言い切って見せた。
なんと傲慢な思い上がりなのだろう──彼女には、自分が他者と比べて劣っていると思い知らされた事がないのだろうか。
そう思ったスネイルだったが、それは即座に他ならぬ手毬本人の発言で否定される事になる。
「……私にだって、自分より凄い人に囲まれて自信を無くす事ぐらいあったよ。『SyngUp!』で二人の足手纏いになって、自分自身が嫌になって──私は天才にはなれない、その事を思い知らされる日々だった」
月村手毬の口からは、傲岸不遜な言葉が飛び出す事が多々あるが──彼女の内心が常にその通りであるとは限らない。
実際の彼女の心は、気弱で自信がないただの少女のものである、だが──
「このままじゃ絶対超えられないと分かっていて──それでも、諦める事だけはできなかった」
──それでも彼女は、挑戦を重ねた。
他の人ならとっくに投げ出して、諦めているような場面でもどうしても諦めきれなかった。
「…………」
──それは、どこかで聞いたような話だとスネイルは思う。
彼女のその愚直な在り方は──先ほど夢で見た男のそれに、よく似ていた。
「でも、どれだけ練習しても理想には全く届かなくて、前よりもっと自分の事が嫌になっていって──そんな中、プロデューサーは私を見つけ出してくれた。短所だと思ってた私の在り方を、長所だって言ってくれた──私は前よりも、ずっとずっと凄くなった」
それは、本当に心の底から嬉しかった事を語るような口ぶりだった。
事実、その通りなのだろう──本人が思っている以上に、スネイルは手毬の助けになっていた。
「……やっぱり私は、正しかった。諦めないで、全力で足掻いて正解だったと確信してる──プロデューサーだって、同じなはず。プロデューサーだって──天才に対して、諦めずに立ち向かう事ができるはず」
「…………」
「だって、私の才能を見出した人なんだから──才能が無くても足掻こうとする私を、選んでくれた人なんだから」
「……………………なる、ほど」
手毬の話を聞いて、スネイルは今更ながら理解した。
何故自分はあの日、数多く存在する初星学園の生徒の中から月村手毬を選んでプロデュースしようと考えたのか。
何故彼女の過去のライブ映像を見て、直感的に彼女を選ばねばならないと思わされたのか。
答えは単純──格上の相手を越えるために、ただ必死に全力でパフォーマンスを行う彼女の姿に、フロイトを越えようとしていた自分自身の姿を重ねていたのだ。
自分が劣っている事を自覚してなおも、諦める事ができずに──そしていつかは必ず超えてみせると、何故だかそう確信している姿に、知らず知らずのうちに感銘を受けていたのだ。
であるのならば、そう──この出会いは、運命と言う他ないだろう。
「プロデューサーが私の助けになったように、私だってプロデューサーの助けになれる。プロデューサーと一緒なら、どんな格上にだって勝つ事ができる。頂点の景色を見る事ができる……少なくとも私は、そう思ってる」
「…………」
「プロデューサーが諦めない限り、私は──憧れだって、越えられる!だから──私の許可なく、勝手に諦めないで!」
「……月村手毬」
「これ以上足を引っ張ったら──殺すから」
「…………月村、手毬」
真剣な話をしていたはずが、突然物騒な言葉が飛び出してきたためにスネイルは困惑する。
が、即座に冷静になって──そして顔を上げて、手毬の目を見て返事をする。
「……珍しく良い事を言っていると思えば、それですか──久しぶりに見ましたね、思わず暴言が飛び出してくるその悪い癖を」
「え?あ、う……これは…………」
「…………まぁ、良いでしょう。立ち止まっている場合ではないのは確かです──まずは、謝罪から。どうやら私は、一時的に貴方の足を引っ張っていたようです」
「プロデューサー……」
「ですが、もはや問題はありません──立ち直りました。そして、確信しました──自分よりも遙か格上の存在に打ち勝つ為に、己の未熟さを曝け出しながらも懸命に足掻き続けるあなたの姿は、必ず誰かの心を打つでしょう。その剥き出しの野心の力さえあれば、
──彼女の必死かつ全力のパフォーマンスは、見る者の目を惹きつけて離さない。
彼女のアイドルとしての魅力──その本質をきちんと理解した今となっては、もはや負ける未来が見えなかった。
「……!じゃあ、勝つんだね。夏のH.I.Fで!」
「当然です──企業たるこの私に、不可能はありません。今度こそ私は、フロイトを超えてみせるとしましょう──V.Ⅰスネイル、悪くない響きです」
それに、冷静になって考えてみれば──ACの操縦技術はともかくとして、フロイトのアイドルプロデューサーとしての能力はまだ未知数である。
既に似たような管理職を行なっていた経験がある分、スネイルの方がプロデューサーとしての能力は上回っていると見るのが妥当なところだろう。
最初っからフロイトとの勝負を捨てる理由なんて、どこにもなかったのである。
「──夏のH.I.Fで勝つためにも、まずは布石を打ちます。私とあなた、二人にとっての汚名返上の機会を用意するとしましょう」
「……汚名返上の機会。つまり──」
「えぇ──ソロアイドル、月村手毬のセカンドライブを開きます。そこで貴方の全力のパフォーマンスを本番で披露し、全世界に見せつけてやるのです──いずれ、
スネイルの心に、再び野心の火が灯る。
もはや立ち止まる事はない──ソロアイドル月村手毬のセカンドライブ、それが次の戦いの舞台となった。