学マス世界に転生したV.Ⅱスネイルが月村手毬をプロデュースする話 作:雪浪夏鶏
「……はぁ」
着信音が鳴った為、スマートフォンを取り出して──そして発信元の名前を見て、スネイルは思わずため息をつく。
一体いつからだろうか──月村手毬に異様に懐かれ始めてからは、特に意味のない電話が頻繁にかかってくるようになっていた。
「……スネイルです。何かトラブルですか?」
渋々ながらスネイルは電話に出て、要件を尋ねる。
「……プロデューサー、なんで電話にすぐ出てこないの?今日の私は、オフなんだけど」
「ちっ、はぁ…………私は今、仕事で忙しいのです。以前も言ったでしょう、緊急時以外は電話をかけてこないようにと……用がないならかけてこないでください」
思わず舌打ちをして、ため息をついて──そして怒りを滲ませたネチネチとした声色で、スネイルは答えた。
だがスネイルの返事の節々から感じ取れる恨みの念に気づいているかのかいないのか、手毬は特に気にする事なく会話を続ける。
「それって……どんな仕事?」
「……夏のH.I.Fで最短で
「へぇ、大変そうだね」
「………………全くです。だというのに、またしても学園内で貴方が起こしたトラブルへの対処のためにとんぼ返りさせられているのですよ……全く、何往復させるつもりですか。もうあまり、私を苛立たせるような事はしないでください」
怒りに身を任せたまま、そう言い捨ててスネイルは電話を切る。
たった数十秒で、まさかここまで疲れさせてくるとは思わなかった──初星学園に戻ったら、すぐにトラブルへの対応だけ行なって仕事に戻ろうと考えていたものの、スネイルは一旦近くのベンチに座って休憩を取ることにした。
(以前よりは多少マシになったとはいえ、月村手毬の他者への対応力には問題がありすぎる。誰に対しても口を開けば暴言ばかり……そしてその上、一度親しくなったと判断したら異様な速度で距離を詰めてきて甘えようとする……)
そして休憩している間にも、スネイルの携帯には着信音が鳴り響く──極めて億劫ではあったが、本当にトラブルに巻き込まれている可能性もある。
渋々ながらスネイルは、電話に出る事にした。
「プロデューサー…………その、ひょっとして、怒ってる……?」
「………………また些事で煩わせる…………」
案の定、電話に出たことをすぐに後悔する事となった。
「……私は今勤務中です。また後にしてください」
もうこれ以上付き合っていられない──スネイルは再び電話を切って、ソファに座り込んだまま天を仰ぐ。
(これも『SyngUp!』の解散がもたらしたストレス故なのか……だとすれば、かつてのメンバーとの関係の改善も課題になってくるか……)
スネイルが考え事をしている間でも、スマートフォンからはけたたましい着信音が鳴り続けているが、もはや電話に出る気にもなれなかった。
そういえば、過去にも似たような事があった気がした──あれは確か、そう。
こちらが目標を狙撃するために潜伏している最中だというのに、V.Ⅵメーテルリンクに通信越しに執拗に増援を要請された時だっただろうか。
「今も昔も……苦労は変わらず存在するものだ……」
今日も忙しくなる──スネイルは近くの自販機で買ったコーヒーを飲む。
──そういえば元の世界で、特に美味しくもないフィーカを好んで啜っていたV.Ⅲオキーフにスパイの疑いがあったのを思い出した。
案の定、V.Ⅳラスティが解放戦線側のスパイだったと判明した以上、ヴェスパー部隊員でもありながら特殊情報局員を兼任していた彼が、今まで陰ながらスパイ活動を行うラスティの手助けをしていたと考えるのが妥当なところだ。
元の世界に戻り次第、再教育センターの長官を兼任した次はオキーフの分の仕事も代わりに務めなければならなくなる。
他のヴェスパー部隊員の問題児っぷりを思い返しながら、以前、駄犬の飼い主に『頼れる人材が他にいないとは、不幸なことだ』と煽られた事を思い出す──あれは実に的を射た発言だった。
「はぁ……………………」
元の世界に戻った後もまだまだ控えている仕事の事を考えて、スネイルは盛大にため息をこぼした。
その疲労困憊っぷりは、とても一般的な大学生のそれとは思えない──そのくたびれっぷりを見かねてか、休憩しているスネイルに対して誰かが近づき、話しかけてきた。
「その……大丈夫ですか?」
その人物は穏やかで優しい空気を纏っており、着ている制服から月村手毬と同じように、アイドル科の生徒である事が分かる。
「……私への気遣いは不要です。早く本題に入りなさい」
だが彼女から気遣われても尚、スネイルの気が楽になることはない。
また新しい仕事が入ってきて、せっかくの休憩時間が終わりを迎えただけなのだと、彼女の顔を見て理解したためである。
「というと……」
「……まさか疲れている人物に対して、誰にだってそうやって話しかけているわけでもないだろう。おおかた仕事で疲弊した大学生ではなく、月村手毬の担当プロデューサーである私に対し、何か言いたいことでもあるのでしょう──元『SyngUp!』メンバー、秦谷美鈴」
スネイルは、彼女の存在を既に知っていた。
それもそのはず、月村手毬の『 SyngUp!』時代のライブ映像は何度も何度も見返したのだ──『SyngUp!』の元メンバーでもあった彼女について、知らないわけがなかった。
「まあ……では遠慮なく、本題に──」
おおかた、月村手毬のファーストライブを無様に失敗させた件について何か言いたい事でもあるのだろうとスネイルは予想していた。
だが、秦谷美鈴の発言はスネイルの予想とは異なるものだった。
「────『SyngUp!』を、プロデュースしてみませんか?」
「……ほう」
かつては解散した『SyngUp!』、それを再結成させてプロデュースして欲しい──要するに彼女は、そう言っているのだろう。
予想だにしなかった提案をされ、スネイルは思案する──そして、その提案への答えはスネイル自身でもびっくりするほどすぐに出てきた。
「涙ぐましくも浅ましい営業努力です──お断りします」
スネイルはそう言って、秦谷美鈴の提案をバッサリと切り捨てるのだった。