ラオシャンロンがドローマの砦を襲撃した理由は、ラオシャンロンを超える新たなる脅威が存在しており、それに対して、恐怖していからという推測をカンピアはスバリに話した。
そして、ミゲス伯爵はシュレイド王国の国王と面会。国王は不治の病に犯され、城から出ることができない体になっていた。
そんな哀れな国王は自身が創作し紡いだ物語を、書き残す夢を持っていた。
そしてシュレイド王国の本当の悲劇はここから始まる。
松明の灯りが嫌にじりじりと照りつける坑道を歩くリヴェは、迷いなくドローマの砦の方へ進み続けていた。
ただその表情は硬く、眉間に皺を寄せながら、どこか不服そうに歩いていた。
「ルピナスのこと、考え直してもらえませんか?」
後ろから、突き刺すような鋭い言葉が飛んできた。
「⋯⋯」
カチャンと二枚の虹色のネームプレートが、歩いた振動に合わせて鳴った。
この独特な色のネームプレートをしているのは、軍の中でもミルレオスしかいない。
ミルレオスはリヴェの背後から真剣な眼差しを向けているが、彼女は返事どころか一向に振り返る気配はなく、淡々と前に進んでいた。
ミルレオスはルピナス孤児院と呼ばれる施設の孤児だ。
ラオシャンロンとの戦闘の前、リヴェはミゲス伯爵の命令でこの孤児院にいる人たちを立ち退かせようとした。
だがミルレオスは立ち退きを拒み、それにイラついたリヴェは孤児院を破壊して無理やり追い出そうとした。
だが、その行為はラオシャンロン襲来によって起きた軍の緊急招集令にて、一時的に中断されていた。
そして今、そのラオシャンロンとの戦闘で激しく損壊したこのドローマの砦の復旧作業と、死者、行方不明者の捜索が同時に行われていたのだ。
だが戦闘から既に三日が経過したため、生存者がいる可能性は非常に薄い。
なぜ、すぐに捜索を始められなかったのか?
それは、ミゲス伯爵の命令でラオシャンロンに致命傷を与えた最新兵器『撃龍槍』をシュレイド城に移設する作業を優先させていたからだ。
リヴェとミルレオスは二人とも、怪我を負っているがまだ動けるため、ドローマの砦に派遣されたのだった。
「リヴェ副長の言いたいことも分かります。もう孤児院の建物自体が老朽化で今にも崩れてしまいそうなことは、理解しています。だとしても、僕たちがすぐに立ち退かなきゃならない理由にはなりません!他にも方法があるはずです!例えば場所を変えず建物を建て直――」
「仕事中だ。黙って歩け」
リヴェはミルレオスの言葉を遮るように吐き捨てた。
「そんな!リヴェ副長!」
リヴェは歩調を早め、どんどん先へ進んだ。
ミルレオスもそれに負けじと歩調を早める。
ルピナスを壊すことを、とにかくやめて欲しかった。
「⋯⋯僕はリヴェ副長のことが分からないです。どうして、僕を何度も助けてくれたんですか?」
「別に⋯⋯助ける理由なんかねぇよ」
「あなたが求めているのは、強い敵との戦い。それを実現するのに邪魔な存在である僕たちのルピナス。その土地を手に入れるのに一番手っ取り早い方法は、ルピナスに住んでいる僕たちを殺すこと。戦闘にしか興味がないはずのあなたなら、なんのためらいもなく僕たちを殺せるはずだ。なのに、どうして?」
「そうやって素直に言えば、アタシがなんでも答えてくれるとでも思ったのか? 」
「僕はリヴェ副長になにか理由があるんじゃないかと思ってます」
「アタシはお前が憧れていた英雄じゃなかった。ただ戦いを望み、多くのモンスターを、人を殺してきたただの戦闘狂だ。そんなやつが誰かを
「
「
「
「あーもう!いちいち突っかかってくんじゃねぇ!そんな昔のことなんざ、とっくに忘れちまったよ!どーでもいいんだ、過去のことなんて。今を楽しむためにアタシは生きてる。それだけだ」
「そう⋯⋯ですか」
ミルレオスは心の中でリヴェが過去に守りたかった人がいたことをなんとなく察した。
そのことを忘れたと気にも止めていないように振る舞っているリヴェであったが、心のどこかで気にしている様子でもあった。
それらを繋げると、リヴェは過去に大切な人を守り切れず失い、その喪失感を紛らわせるために戦いに身を興じたのだろう。正気を保つためには戦闘狂になるしかなかったのかもしれない。
それがリヴェが自分たちを殺さなかった理由に関係するのではないかと、思った。
「あなたは過去から目を背けている」
「何!?」
リヴェの心理をついた壁のような言葉が、その歩みを止め、顔を強く歪ませる。それと同時に頬の傷跡が疼いた。
「リヴェ副長、僕は確かにあなたの過去を知らない。でも、察することはできる。どうでもいいと言った過去を、忘れなきゃ楽しめない今なんて、それじゃまるで過去から目を背けているだけだ!」
「それがなんだって言うんだ!?あのな新兵、過去にどれだけ裕福で幸せな生活を送れたってな、結局重要なのは今をどう感じているかだけだ!それにアタシは、過去から目を背けてるんじゃねぇ、過去も今も全部見えている。それらを全部まとめて、今が楽しいんだったら、もうそれでいいじゃねぇか!」
「僕には⋯⋯そうは思えません」
「テメェ⋯⋯!」
リヴェがミルレオスを鋭く睨みつけるが、その瞳はどこか揺らいでいて、弱々しい印象があった。
「そこまでだ、二人とも」
仲裁に入ってきたのは首に金のネームプレートを下げたスバリだった。
先に砦で作業をしていたスバリは、中々来ない二人を心配して、砦から坑道に戻ってきていたのだった。
その一言で黙った二人は、何も言わないまま砦へと向かった。
※※※
砦では既に多くの兵士たちが瓦礫の撤去作業をやっていた。
リヴェとミルレオスも砦に着くと、お互いが離れた場所で作業を始めた。
リヴェは坑道でミルレオスに言われたことが、なぜか頭の中から離れなかった。
『あなたは過去から目を背けている』
自分は目を背けているわけではない、ただ過去のことなどどうでも良くなっているだけだ。目を逸らしてなどいない、ボヤけて見えなくなっているだけだ。
ミルレオスにそう伝えても、彼の考えは変わらなかった。
過去のことを引きずり後悔しながら、ずっと苦しんで生きるくらいなら、そんな過去を塗りつぶすような楽しいことをし続ければいい。
この考えは決して間違ってはいない。
そう思わなければ、自分の心は
だからこの作業が終わったら、孤児院を壊してミルレオスを自分から遠ざける。
もう関わることは一生ないと思った。
「リヴェ⋯⋯どうした?ずっと考え込んでお前らしくもない」
俯いていたリヴェを心配したスバリが声をかけた。
「別に何でも――っ!?」
その時、周囲が突然暗くなり始めた。
「何だ?これは!?雨――いや、あれは!?」
「た、太陽が⋯⋯!」
空を見た全員が目撃したのは、徐々に蝕まれていく太陽だった。
それはみるみるうちに欠けていき、辺りはどんどん暗くなってきた。
理解不能な異変に全員が戸惑い慌てふためく中、太陽は完全に黒く覆われ、砦は暗闇に包まれる。
ブワッ!と近くの山から炎が吹き上がった。
「や、山火事だ!」
山を燃やした真っ赤な炎がメラメラと砦を明るく照らす。
「太陽のことは後だ!早く火を消せ!」
スバリの素早い判断で号令が飛ぶ。
兵士たちの誰もが状況を理解できていなかったが、山火事は早く消さないと物凄い勢いで広がっていく。
「次から次へと一体何が起こってやがる!?」
リヴェが突然吹き上がった炎の正体を、モンスターの仕業だと直感的に判断し、すぐに長刀を手にした。
バサッ!ドサァッ!
その答えは嵐のような爆風と共に、禍々しく砦の上に舞い降りた。
炎に照らされた邪悪な形の黒鱗と湾曲した鋭い爪。
リオレウスの三倍以上の大きさを持つ巨大な翼。
頭から尻尾までが蛇のように長い身体は砦すら見下ろすほど巨大だった。
背中に生え揃った鋭い棘。
翼に加えて両手と両脚が生えており、後ろ脚で立っている。
顔は龍の中で最も凶悪な顔をしており、後ろになびくように生えた角が悪魔をも彷彿とさせる。
「黒い⋯⋯龍?」
「まさか、こいつがラオシャンロンが恐れていた存在!?黒龍⋯⋯!」
どこにいたのか?
どうやって現れたのか?
その全てが理解できない未知に包まれた謎の黒龍。
そして、この暗闇こそ、あの時ラオシャンロンが恐れていた現象そのもの。
今対峙しているこのモンスターこそが、カンピアが言っていた、新たなる脅威であるとスバリは覚悟した。
砦の上に現れた黒龍は、不気味なほどじっと固まったまま動かなかった。
兵士たちは、恐怖に飲み込まれながらも各々が迎撃態勢を取ろうとした。
その行為を一番早く行ったのはリヴェだった。
黒龍が砦に降り立った瞬間、砦側に一番近い崖を一瞬でよじ登り、崖を蹴って長刀を横に振るおうと空中で構える。
黒龍が反応するよりも早く、その長刀を横薙ぎに振り抜こうとした。
だがリヴェの動きは空中で硬直した。
攻撃の瞬間、リヴェはその対象の目を覗く癖がある。
相手の目の動きで、次の攻撃の予測をしたり、どんな精神状態かを見極めるためだ。
そんなリヴェが見た黒龍の瞳は、形こそ獣と同じ目をしているが、その細長い瞳孔はまるで深淵の入り口だった。
その周囲には炎のような怨念が深淵から解き放たれているように見え、おぞましい光景が脳裏に思い浮かんだ。
今まで見てきたどんな生物の目とも違う、独特で異質な目をしていた。
「生き物じゃ⋯⋯な――」
バチンっ!
今までに味わったことのない恐怖に、リヴェの体は空中で硬直した。
その瞬間、黒龍の長細い尻尾が死角からリヴェを襲い、その体を空中から岩壁に叩きつけた。
「リヴェ副長!」
リヴェは岩壁に埋まるほどの勢いで叩きつけられており、血塗れたままカクンッと首が垂れ下がり、意識を失った。
手に持っていた長刀は真っ二つに折れている。
「ぶ、武器を取れ――」
兵士たちが自分の武器に手を伸ばす。
スバリが視界の端にそれを捉えた瞬間――「総員!待機!」と、見開いた目とはち切れそうな声で叫ぶ。
その言葉に驚きながらも、兵士たちはピタッと動きを止めた。
黒龍に動きはなかった。
「いいか?⋯⋯私が合図を出したら、一斉に逃げろ。できるだけバラバラにな」
「そ、そんな、どうして!?」
「ここに残存する兵力だけでは、この未知のモンスターの対処はできない!我々の誰よりも強かったリヴェ副長が一撃でやられてあのザマだ。今は生き残ることだけを考えろ!そして、このことを一刻も早く王国へ報告するんだ。やつがいつまでも、石像のようにじっと待っているとは限らん。いいか?いくぞ」
声も出さず、兵士たちは固唾を飲んで、スバリの命令を了承した。
「総員!退避せよ!」
「退避ぃ!」
その号令とともに、兵士たちは蜘蛛の子散らすように四方八方から逃走を開始した。
黒龍はそれを見て、砦から跳ぶ。
「ひっ!」
砦からダイブした先に運悪くいた数名の兵士たちが、その巨体に押しつぶされた。
「ぎゃああああ!」
いや、潰されて即死したならどれほど楽だったろうか。
黒龍の胸部はまるで溶鉱炉のような高熱を発しており、兵装もろとも人が熱で融けながら胸部に取り込まれていき、蒸発していった。
「逃げろ!逃げるんだ!」
兵士たちは走った。
山へ、森へ、峡谷の先へ。
だが走るよりも早く、迫る炎がその身を包み込み、その苦しみや断末魔も炎に掻き消され、命が灰になる。
黒龍の吐く炎のブレスは一瞬で全てを焼き尽くした。
嘆く暇も与えられないまま、兵士たちは次々と燃やし尽くされていった。
運良く炎の隙間を縫うように逃げ延びていたミルレオスは、岩壁で項垂れているリヴェの元に辿り着いた。
とにかくシュレイド王国に繋がっている坑道へ向かって走った。
その途中、岩壁に半分埋まった状態のリヴェの横を通りかかった。
足が止まる。
怖くてこのまま坑道に逃げようとしたが、それで自分に何ができるだろうか?
例えこのまま逃げきれて奇跡的に自分だけ助かったとしても、この黒龍がシュレイド王国に襲来してしまっては、ルピナス孤児院の家族たちを助けられるか分からない。
シュレイド王国には撃龍槍がある。
今は倒れているけども、リヴェ副長と撃龍槍があれば、黒龍を倒せる確率は少しでも上がるはずだ。
迷う時間などない。
ミルレオスは意を決してその場でリヴェを背負い、坑道へと急いだ。
砦は目の前だ。
黒龍が砦の壁を破壊したせいで、坑道の入り口がすぐに分かった。
あと少しだ。
「⋯⋯っ!?てめぇ!何を!?」
背負われていたリヴェの意識が戻った。
ボロっ。
その瞬間、ミルレオスの頭上から燃えている兵士が落下してきた。
「危ねぇ!」
「うわっ!」
ビタンっ!
それに気づいたリヴェが背負われた状態から、ミルレオスの両肩を掴んで後方に突き飛ばした。
リヴェはその反動で空中で一回転しながら坑道の入り口側に転がり込んだ。
二人は落下してきた燃える兵士をどうにか回避できた。
「どうなっ――」
リヴェの視界を埋め尽くした黒龍の全身と襲いかかる牙が自身の運命を物語っていた。
逃れられない死。
だがその運命をまるで否定するように、リヴェの体は坑道に突き飛ばされた。
「ルピナスを――」
ガラガラ!ガッシャン!
炎に照らされて一瞬だけ煌めく虹、その光を閉ざしながら崩れゆく坑道がリヴェとミルレオスを別つ。
いかがだったでしょうか?
満を持して黒龍登場でございます!
タイトルにもある「舞い降りる伝説」のBGMと一緒に読んでみると、より強くミラボレアスを感じることができます!
さて、物語もいよいよここから佳境に入ります!
まだまだ時間はかかると思いますでしょうが、更新を待っててください!今回も読んで頂きありがとうございました!