逃れぬ劫火〜シュレイドの黒龍伝説〜   作:カワード

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 崩壊したドローマの砦に向かう、リヴェとミルレオス。
 ルピナス孤児院を守りたいミルレオス。
 その孤児院を潰し、周辺の土地を手に入れたいリヴェ。
 反発する二つの意思はぶつかり合った。
 そしてお互いに意思が分かり合えない状態の中、突然、辺りが暗くなり太陽が消え、炎が吹き上がった。
 そして空から君臨したのは、あのラオシャンロンを恐怖させた新たなる脅威、黒龍だった。
 黒龍の吐き出す尋常ではない量の炎を前に、リヴェとミルレオスは互いを理解できないまま、分かたれたのであった。


15話「胎内巡り」

 あれからどれくらい経ったのか。

 

 黒龍によって閉ざされた坑道は完全な暗闇と化し、むせ返すほどの土煙に支配されていた。

 

 そんな中リヴェは、自分がどこにいるのかさえ分からないまま目の前の壁を何度も何度も殴りつける。

 

「新兵!おい――ゲホッ⋯⋯どこだ!」

 

 叫ぶたびに土煙を吸い込み、咳が止まらなくなっていた。

 だがそれでも彼女は暗闇の中、叫び、その壁を殴り続ける。

 

 その行為が無意味であることをリヴェはとっくに理解していた。

 あの時、ミルレオスは自分の反対側にいて黒龍の突進を避けることはできない。

 

 ミルレオスは助からなかった。

 

 だが、助かる道はあった。

 リヴェを見捨ててさっさと坑道に入ってしまえばよかったのだ。

 

 だがミルレオスはそうしなかった。

 

「何で⋯⋯何でアタシなんだ!?」

 

 倒れ込んだリヴェを担いで坑道へ向かい、その身を呈して黒龍からリヴェを逃した。

 

 どうしてそこまでして自分を助けたのか。

 

 今となっては確かめようもない。

 

「くそっ!」

 

 拳を地面に叩きつけると、リヴェは固まったまま叫ばなくなった。

 

 暗闇と静寂、何も見えず何も聞こえない。

 そんな状況の中、逆に見えてきたことがある。

 

 それは自分自身である。

 

 当然、鏡を見ているわけではない。

 視覚や聴覚、これまでにあった余計な情報が遮断された今、心の中に映し出されたのはなんの偽りもない自分である。

 

「アタシは⋯⋯?」

 

 頬の傷が強く疼いて、過去の記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 

※※※

 

 今から約十四年前。

 

 シュレイド王国の端にある辺境の地で生まれ育ったリヴェ(当時少女)は、育ての親に見捨てられ、弟とともに近くの山に食べ物を探しに来ていた。

 

 だが、年端もいかない子どもが二人だけで危険な山に入った結果、小型鳥竜種ランポスの縄張りに踏み入ってしまい、弟は姉であるリヴェを庇ってランポスの餌食になってしまう。

 

 リヴェは唯一の家族を失い、怒りに我を忘れたまま暴れ続けた。

 その結果、ランポスの群れはほぼ全滅。

 たった一人の少女が、なんの武器も持っていない状態でランポスを全滅寸前まで追い込んだのだ。

 

 その壮絶な戦いの際、彼女は左頬に大きな裂け傷を負った。

 

 頬の傷の痛みは弟のことを思い出す度に疼いた。

 

※※※

 

「そうだ、本当なら、あの時アタシはとっくに死んでいたはず」

 

 リヴェにとってこの記憶は、思い出したくない過去であり、日々の戦闘によってボヤけていた事実である。

 

 それが今この暗闇の中、鮮明に映し出されていた。

 

「アタシは弟を⋯⋯アテルを守れなかった⋯⋯」

 

『それは、お前が守り方を知らなかったからだ』

 

「ゴーズ!?」

 

 いつの日か聞いた、ある言葉を思い出した。

 

※※※

 

 ランポスの群れが最後の一体になった時、リヴェはそのランポスに馬乗りになって思いっきり首を絞めていた。

 

 だが抵抗したランポスの鋭利で凶悪な爪がリヴェの口を裂き、リヴェを押しのけて、襲いかかってきた。最後の最後で逆転されたのだ。

 

 そんな窮地を救ったのが、当時、ミゲス伯爵の専属の狩人だった()()()である。

 

 彼は背が高く、細身だが、どことなく高貴な気配を漂わせるロングコートに身を包んでおり、若々しくも数多の苦難を乗り越えてきたような、彫りの深い顔立ちをしていた。

 

 弟を守れず、後悔と失意に沈むリヴェにかけた言葉が、『お前は守り方を知らなかっただけだ』だった。

 

 だが、ゴーズは誰かを守るために戦うのではなく、この辛い現実を忘れさせるような戦いの面白さをリヴェに諭してきた。

 

『楽しいことをすれば、どんな現実もぼやけてくる。ぼやけてきた現実と向き合っても、何も感じねぇのさ。楽しいことがあるから気にしなくなるんだ。はっきり見える現実だからこそ、つらいんだ』

 

『決して逃げちゃいねぇ。過去はどんな状況でも忘れることは無い。他に楽しいことが無ぇから、つらいことばっか思い出すんだ。今が楽しい、それだけでいいじゃねぇか、何が起こってもな』

 

 それが今のリヴェの生き方であり、弟を失った辛い現実から目を逸らさせてくれる、方法だった。

 

※※※

 

 だが、もはや今その方法も無意味である。

 

 ボヤけていた現実が、辛い過去が今ははっきりと見える。

 

「違う!アタシは!こんな現実なんて!こんな過去なんて!」

 

※※※

 

 そして、今から八年前。

 

 ランポスとの戦いから、長い月日が流れ、色々とあったリヴェはゴーズと共に、ミゲス伯爵の元で狩人として毎日、モンスターや犯罪者たちと戦っていた。

 

 戦いの毎日は、とても楽しく、辛い過去をボヤけさせてくれた。

 ゴーズはリヴェにとって、絶望的だった人生の考え方を変えてくれた、ある意味大切な人だった。

 

 だが、そんな日々も突然終わりを迎える。

 

 シュレイド王国に突如現れた、火竜リオレウスによって二人は窮地に立たされる。

 

 戦いにおける自分たちの限界を知った。

 

 リヴェは持てる力の全てをぶつけて戦ったが、それでも敵わず殺されそうになった。

 

 それを身を挺して庇ったのがゴーズである。

 

 ゴーズはリヴェを庇い、リオレウスに身体を噛み砕かれ、命を落とした。

 

 またしてもリヴェは、大切な人を目の前で失ったのである。

 

※※※

 

 誰かを守る方法を知ろうともせず、自分の過去から目を背け、戦いに身を興じることにより、ボヤけた現実を捉え続けた。

 

 なにもかも失ったと思っていた。

 

 戦いでしか自分の生きる意味を見いだせず、そんな中、例え忽然と死んだとしても、後悔はない。

 

 そう思っていた。

 

「なのに⋯⋯どうして?どうして、この傷はずっと疼くんだ!?」

 

 頬の傷跡が思い出した過去に共鳴するように疼く。

 

 そんな過去を強く呼び覚ました理由をリヴェは分かっていた。

 

 弟、ゴーズ、そしてミルレオス、彼らはリヴェを庇って死んでいった。

 

「ミル⋯⋯レオス⋯⋯」

 

 彼が最後に言い残した言葉が蘇ってきた。

 

『ルピナスを――』

 

 彼が自身の死を悟った時、思い浮かべたのはルピナス孤児院の子どもたちだ。

 

 孤児院が危機にさらされた時、何よりも危険を顧みず自分を犠牲にしてでも守ろうとした。

 

 その思いと直接ぶつかったのはリヴェ自身である。

 

 ミゲス伯爵の命令で孤児院から子どもたちを追い出そうとしたリヴェは、ミルレオスの猛反発を受けたのだ。

 

「お前が守るべきものは、アタシなんかじゃないだろ!」

 

 怒鳴り声が坑道内で木霊する。

 

 リヴェはそれを自分自身の問いかけだと強く感じる。

 

 そうだ、あいつは間違っている。

 

 そして、アタシも――間違ってた。 

 

 ここで答えのない不毛な問いを投げかけ続けてる場合ではない。

 

 リヴェは迷いを捨て、力強く立ち上がる。

 

 そして、手探りであたりの壁を触りだした。

 

「こっちか」

 

 そして暗闇の中、空間が広がっている方へ動き出す。

 もう後ろは振り返らない。

 

 その手をめいっぱい握りしめる。

 踏み出した足が大地を揺らす。

 

 勇ましく地を蹴り前へ進む、加速し――ガンッ――足が岩に引っかかって派手に転倒した。

 

 暗闇に加えて、リヴェの身体は思うように動かせなかった。

 黒龍からもらった、尻尾の強打がズキズキと響いていた。

 

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯行かなくちゃ」

 

 立ち止まれない。

 

 ミルレオスは自分を庇って死んだ。それは間違いだ。

 死んだ人間は戻ってこない。

 なら、その間違った行為を正すことができるのは、生きている人間だけだ。

 その思いを知り、間違いだと気づいた人間だけだ。

 

 それができるのは、アタシしかいない。

 

 黒龍と対峙して、その目を見て分かったことは、やつはこの世のどんな生物よりも強く、殺意に満ちているということだ。

 

 それが今、シュレイド王国付近のドローマの砦に出現し、王国兵士たちを一瞬で壊滅させた。

 それだけで終わるはずがない。

 

 必ずシュレイド王国にやってくる。

 

 

「孤児院がやべぇ!」

 

 リヴェは暗闇の中、がむしゃらに走った。

 岩壁に身体を打ち付け、何度も転んだ。その度に傷は増え、深くなっていった。それでも身体をボロボロにしながら、坑道を進んだ。

 

「アタシが⋯⋯ルピナスを⋯⋯」

 

 生きた自分が、生き残った自分が、成さなければならなかった。

 子どもたちを、とにかく遠くへ安全な場所へ、行かさなきゃならない。

 

 どんな手を使ってもいい。

 例え脅してでも、シュレイド王国から追い払えればそれでいい。

 

 全身から流れる血がリヴェの意識を朦朧とさせる。

 勢いがなくなり、何度も倒れ、それでも立ち上がり、前へ進んだ。

 

 走れ、進め。

 はやく、はやく。

 もうこれ以上、悲しみを、痛みを、現実を背負いたくない。

 

 気がつくと涙で視界が歪んでいた。

 

 歪んでいる?

 

 その視界の歪みを認知できたのは、暗闇の中に微かな光を感じたからだった。

 

 出口だ!

 

 光を求め、どうにか意識を保ちながら、目をこらし、動かなくなった左手を押さえて、片足を引きずりながら、光の方へ進んだ。

 

 まさにそれは希望の光だった。

 近づく度に、光は眩くなっていった。

 

 もう少し、あと少しだ。

 

 シュレイド王国に、ルピナス孤児院に、もう少しで着く!

 

 明るく、眩くなっていくその光は、太陽――ではなく。

 

 

 シュレイド王国が燃えている炎の明かりだった。




いかがだったでしょうか?
今回はリヴェさんの、過去と現在の心境の変化を辿ってもらいました。

そして、舞台はついにシュレイド王国に移ります!
ここからがシュレイド王国に起こった、本当の悲劇です。
次回もよろしくお願いします!
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