気がつくと、リヴェは走馬灯のように自分の過去を思い出していた。
弟を目の前でモンスターに殺されたこと。
助けてくれた師匠であるゴーズも目の前でリオレウスに殺されたこと。
そして今、ミルレオスも同じように目の前で命を落とした。
誰かを失う度に心に大きな傷ができた。
それを庇うために、リヴェは戦いに興じる戦闘狂として生きてきたのだった。
孤児院を守りたかったミルレオスの無念を晴らすため、体がボロボロになりながらも、坑道を進み続け、シュレイド王国を目指した。
だがやっとの思いで辿り着いた坑道の出口で見たその景色は、燃え盛るシュレイド王国だった。
※※※
時はシュレイド王国から太陽が消える前に遡る。
シュレイド王国、城下町にて。
ミルレオスの幼なじみであり、ルピナス孤児院の孤児たちの面倒を見てくれる若いシスターのゼフィアは、この日もいつもと変わらない日常を過ごしていた。
同じ孤児であるエレクと一緒に、日課であるお祈りを済ませ、手を繋ぎながら歩いて孤児院へ帰っている途中だった。
だが浮かない顔で俯き、不安が拭えなかった。
「フィア
手を繋いでいたエレクが不安そうにたずねる。
いつも元気いっぱいだったエレクも、今日のゼフィアは元気が無いことくらい、分かったようだった。
「え?⋯⋯え、えぇ、私は大丈夫よ!どうしたの急に?」
ゼフィアはすぐさま笑顔を取り戻し、立ち止まってしゃがみこみ、目線をエレクに合わせて不安を感じさせないよう、やさしく話しかける。
「いや、なんか⋯⋯フィア姉、辛そうだったから⋯⋯」
「エレク⋯⋯」
ついこの前、ルピナス孤児院は顔の歪んだ執事や、リヴェが来たことによって、追い出されそうになったことがあった。
あの日以降、ゼフィアは孤児院を今後どうしていくのか、ずっと考えていた。
リヴェが示した、建物が老朽化し今にも倒壊する危険があるということ。
ならば今すぐにでも引っ越さなければならない。
確かに孤児院から子どもたちを別の施設へ引っ越させるのはとても困難なことだ、だがこのままここに住み続けていては、子どもたちの命が危ない。
一刻も早く決断しなければならない。
だが、そういう将来の不安をまだ幼い
「私は⋯⋯いいえ私たちは太陽の子。だから何も心配することなんてないのよ」
「太陽の子?」
「そうよ!陽の光が私たちを明るく照らし、日々の生活を希望で満たしてくれる!そうでしょ?」
「うん!」
「私たちはそんな太陽と炎に毎日感謝してる。お祈りを捧げてる。だからね、不安なことなんてないのよ!」
「そうだよね!僕たちが毎日お祈りしてるから、太陽はずっと僕らのことを照らしてくれてるんだ!僕たちが感謝を忘れなきゃ、炎は絶対に怒ったりしないんだ!」
「そうよ!分かってるじゃない!」
太陽への感謝を語り合い、二人は心からの笑顔を取り戻した。
自分たちは太陽に感謝してる、今こうして幸せに暮らせていることにも感謝している。
だからこの先、どんなことがあってもきっと大丈夫。
そんな無邪気に笑い合う二人の顔を暗雲が——いや、暗闇が覆い隠す。
「何⋯⋯?」
「空が急に暗く⋯⋯雨?」
シュレイド王国の空を輝かしく照らし、人々の生活を支えていた太陽は突如、消失した。
笑顔は次第に消え、不安と恐怖に飲まれながら真っ暗になった空を見上げる。
「もう夜になっちゃったの?」
「そんなはずは⋯⋯今朝お祈りを済ませたばかりなのよ?」
時間的にも夜が来るのは早すぎる。
だが雨も降らず、周囲がここまで暗くなる現象を夜と呼ばずして何と呼べるだろうか?
だが太陽は沈んではない、天に昇ったまま暗闇に飲まれて消えたのだ。
「どうなっちゃうの?この匂いは何?」
エレクの不安そうな声が、細々と聞こえてきた。
そのか弱い手はゼフィアの服の袖をぎゅっと握りしめていた。
そして焦げ臭い匂いが辺りから漂ってきた。
ゼフィアも今何が起こっているのか理解できず、呆然と空を見あげたまま、陽の光が戻ってくるのを待っていた。
その不気味な時間は、いくら待っていても変わらなかった。
どのくらい経ったのか?
いつまで続くのか?
待ち続けるたびに、不安は募っていくばかりだった。
そして、しばらくして変化が訪れた。
暗闇を晴らすような一片の光を感じたのだ。
二人はその方向にゆっくり振り返ると、ブワッ!と遠くの山から炎が上がった。
「何なのっ!?」
ゴゴゴゴゴゴッ!
暗闇は赤い炎に照らされ、吹き上がった火がシュレイド王国を囲む山々に次々と燃え広がっていった。
大規模な山火事が発生した。
「フィア姉!?」
「か、火事!?早く逃げないと!」
「ちょ、ちょっとっ!」
ゼフィアはエレクの手を強く引き寄せながら、ルピナス孤児院に走った。
※※※
「ハァ、ハァ!」
二人は息を切らしながら、なんとかルピナス孤児院にたどり着いた。
「マザー!」
ゼフィアが玄関で叫ぶと、孤児院の中から慌てながらマザーが出てきた。
「あぁ、ゼフィア!エレク!急いで避難の準備を!他の皆は、先に行かせました!」
「はい!」
「ま、待ってよぉ!僕さっきから走りっぱなしで⋯⋯息が⋯⋯」
体力を使い果たしたのか、エレクはその場に膝を着いた。
病弱なエレクにとって、これは過激な運動であった。
「エレク!しんどいけど、頑張っ——」
ブワッ!ガッシャーン!バラバラバラバラ!ダラララララララッ!
「きゃぁああ!」
「うわぁああ!」
瞬間、響いたのは風を切る音、そして何かが崩壊する音。
ゼフィアとエレクは、突然凄まじい衝撃を受け、後方にぶっ飛ばされた。
二人は倒れて、意識を失った。
だがうつ伏せに倒れた二人は、むせ返るような強烈な焦げ臭い匂いで、瞬時に意識を取り戻す。
ゼフィアは目を閉じる前に見たさっきの光景が、何故か遠のくように脳裏から霞んでいった。
閉じた目を開ければ、今もそこに孤児院があって、マザーがいる。
そう思ってゆっくりと瞼を開くと——
「あ、うぁぁぁああああああ!」
見えたのは衝撃と炎で無惨に崩壊した孤児院と、崩れた瓦礫に潰されたマザーであった。
マザーはうつ伏せのまま右手を伸ばした状態で、胸から下が瓦礫に潰されて見えなかった。
「マザー!?マザー!?」
瓦礫に埋もれたマザーを助けだそうと、崩れた孤児院に駆け寄るゼフィア。
ズシンッ!
「うっ!?」
すぐ近くで大きな震動がした。
ゼフィアはその震動で思わず尻もちを着いた。
そこには炎の明かりに照らされた、禍々しい一体の黒き龍がたたずんでいた。
シュレイド王国の建物を優に超える巨体と、悪魔を彷彿させるような翼、鉤爪、尻尾、牙、そして邪眼。
ドローマの砦で兵士たちを壊滅させた、黒龍はついにシュレイド王国へ到達したのだった。
「あ⋯⋯⋯⋯あぁ」
怯えながら黒龍をゆっくり見上げると——ボトッ——と何かが目の前に落ちてきた。
「ひぃっ!」
それは、赤ちゃんだったリンの血だらけの首と、食いちぎられた子どものか細い腕であった。
「マ、マザー⋯⋯何が⋯⋯っ!」
よく見るとマザーは上半身と下半身が、瓦礫で分断されていた。
ゼフィアの目玉が飛び出そうなほど目を見開き、獣のように細くなった瞳孔で、頭を抱えながら
気が狂いそうだった。
よく見れば、頭を上げた黒龍の口元から多くの血が、垂れていた。
あの一瞬で、守りたかった自分たちの居場所が、なんの罪もない家族の命が、黒龍のもたらした厄災によって奪われてしまったのである。
様々な感情が心の中で暴れ回る、怒り、混乱、憎しみ、悲しみ、悲しみ、悲しみ。
何をどうすれば家族を守ることができたのか。
分からないゼフィアは、ひたすら嘆き続けた。
黒龍の突き刺すような邪眼の視線が、ゼフィアに向けられた。
「ぁ⋯⋯⋯⋯⋯」
尋常じゃないほど暴れていた体だったが、黒龍と目が合った瞬間、ゼフィアは蛇に睨まれたカエルのように、体がピタッと停止した。
泣きじゃくっていた表情のまま、まるで心臓が止まったかのように、固まっていた。
だがその心臓は逆に、今までで一番早く強くドクドクと脈打っていた。
死を間近に感じて、生存本能が強く働いたからだ。
ゆっくりと黒龍が顔を下げ見下ろす。
ピシュッ、ピシュン!
「逃げろ!」
その時、駆けつけた一人兵士が黒龍に向け数本の矢を放った。
だが、その放たれた矢は頑丈な黒鱗にあっけなく弾かれてしまう。
黒龍は首を巡らせ、兵士の方へ顔を向け、ガバッと口を開く——ブワッ——次の瞬間、塵すら灰と化す灼熱の炎が放たれ、命あるものの存在すら許さない。
兵士は悲鳴すらあげることもできず、巨大な炎に飲み込まれた。
「うぐっ!」
黒龍の足元にいたゼフィアは、その炎の反動でまたしても後ろにぶっ飛ばされた。
「火を消せ!」
「いや!まずはあいつを!」
別の方向から他の兵士の声が聞こえてきた。
黒龍は長い首を起こし、邪眼をギョロギョロさせながら、翼を広げて猛々しく咆哮をあげる。
そしてゼフィアが飛ばされた反対の方向に向かって、進撃を始めた。
ぶっ飛ばされたゼフィアは、うつ伏せのまま起き上がれずにいた。
「フィア姉!フィア姉!起きてよ!」
エレクが金切り声をあげ、ゼフィアを起こそうと何度も揺さぶる。
その顔は溢れた涙と、炎の温度で真っ赤に染まっていた。
ゼフィアはどうにか意識を保っていたが、精神は混乱してままで、身体もボロボロであった。
だがそんな中、必死に自分を呼びかけるエレクの声が心に響いた。
まだこの子は生きている、必死に生きようとしている、でもこのままじゃ死んでしまう。
私が導くしかないんだ、私が連れていくしかないんだ、私はルピナス孤児院の家族を守るシスターだ。
歯を食いしばり、土をむしりながら、力を込めて体を起こす。
そして立ち上がった。
涙は拭かない、そして痛みをこらえて手を伸ばす。
「エレク!逃げるよ!」
「う、うん!」
伸ばした手を掴んだ、エレクはゼフィアとともに崩れた孤児院を後にした。
※※※
二人はこの街、唯一の出口である南方の凱旋門へ向かって走った。
既にシュレイド王国を囲む山々は全て炎があがっており、近づけない。
だが、山と山の間が空いている峡谷の底には木々が生えてないので、まだ炎が来ていなかった。
さらに炎は街中の至る所で発生していて、多くの人々が押し寄せる波のようにそこを目指し、街をおりていた。
混沌と化したシュレイド王国は、もうその英華を誇った街の面影も、人も、物も、全て炎に飲まれて消えつつあった。
大移動する人々にもみくちゃにされながら、ゼフィアとエレクは手を繋いだまま、必死に走っていた。
「フィ⋯⋯フィア姉⋯⋯待っ!」
「ごめんね⋯⋯ごめんね⋯⋯苦しいよね?辛いよね?⋯⋯もう少し!もう少しだから!」
走り続けた二人の体力は限界に近い。
だがもう少し進めば、唯一の出口である凱旋門が見えてくるはずだ。
とにかく急ぐしかなかった。
次にいつどこで、黒龍が現れるか分からないからだ。
「ねぇ、フィア姉⋯⋯僕たちは、マザーは、皆は何か悪いことをしちゃったのかな?」
「え?」
「人々が太陽への感謝を忘れちゃった時、怒りの炎が僕らを焼き尽くすって、ずっと言ってたよね!?」
「そ、それは!」
「皆、本当は感謝してなかったの!?それとも祈りが足りなかったの!?だから、太陽は消えちゃったの!?僕たちなにか悪いことしちゃったの!?」
「そんなことない!絶対ない!エレク、私たちは、ずっと祈ってきたでしょ!毎朝毎朝、ずっと祈ってきたでしょ!ずっと感謝してきたじゃない!悪いことなんか絶っ対してないんだよっ!」
「じゃあなんで⋯⋯なんで、みんな死んじゃったの!?」
「⋯⋯っ」
涙声が二つ、悲しみのぶつかり合いをした。
「答えてよフィア姉!僕たちはどうしてこんなことになっちゃったの!?」
ゼフィアはエレクの手を引き、人混みから抜けて近くの建物に入った。
そして、息が上がったままエレクの両肩をがっしっと掴み、顔を近づける。
「私だって、分かんないよ!」
「じゃ⋯⋯じゃあ何で——」
「でも、ここで死ぬなんて絶対間違ってる!これは怒りの劫火なんかじゃない!だから、私たちは生きるの!生き残るのよ!」
「うっ⋯⋯うぅ」
エレクは涙が止まらなくなった。
ゼフィアはそんなエレクの胸に俯き、震えながら祈った。
「お願いだから⋯⋯諦めないで」
「⋯⋯⋯⋯うん」
ゼフィアが前を向くと、その建物から出た。
「これは?」
建物から出てみると、あれほど荒々しく前に進んでいた人波が、前進を止めていた。
「おい!なんで進まねぇんだ!」
「はやくしよろ!あいつが来ちまう!」
「うわぁあああああああああ!」
人々は、何が起きているのか分からず困惑していた。
だが身動きも取れずにいたため原因も探れない状態でいた。
「どうしましょう⋯⋯あ、そうだ。エレク、肩車するから前の様子を見てくれない?」
「え⋯⋯でも肩車はミル兄ちゃんじゃないとできないって言って——」
「大丈夫よ、さぁ⋯⋯んっ」
言われるがまま、ゼフィアはエレクを肩車で上げて、先の様子を見させた。
「見え⋯⋯る?」
疲労困憊の中、無茶な肩車をしたせいで、その顔は強く歪んだ。
「フィア姉⋯⋯門が⋯⋯」
「門が⋯⋯何?」
「門が⋯⋯人で塞がってる」
「そんな⋯⋯」
エレクが見た光景は、押し寄せる人々で通行ができなくなるほど塞がってしまった凱旋門であった。
しかもその状態で後ろからさらに、人々がなおも前へ押し進もう進もうとしているため、完全に進めない。
「これじゃ街から出られ——うぐっ!」
「フィア姉、も、もういいよ、無理しないで!」
「え⋯⋯えぇ」
ゼフィアは耐えきれずに、エレクを下ろした。
ガラガラガラガラ。
その時、人混みの後ろの方から
「あれは!?」
竜荷車は人混みの前で急停止し、荷車に乗っていたある人物が、荒々しく降りてきた。
「どうした何故止まっ——これは、一体何が⋯⋯」
「あいつは!」
降りてきたのは、眉間に強く皺を寄せたミゲス伯爵であった。
ついに、シュレイド王国にも黒龍ミラボレアスが到達しました。
ここが話の最後の舞台となります!
まだまだ、ここから悲劇的な展開が続きますが、今後ともよろしくお願いします!
今回も読んでくれてありがとうございました!