新兵だったミルレオスは運悪く、その日、戦場となったドローマの砦に配属させられ、敵兵に殺されそうになったが、紅裂のリヴェによって助けられる。
じきに、本隊が砦に到着し、戦争は激化するものと思われたが、敵兵は次々と撤退していったのだった。
「退け!撤退するんだ!敵の言葉に耳を貸すな!」
シュレイド王国に攻め込むため、ドローマの砦を奇襲したヴェルド王国軍だったが、その軍勢は開始早々に撤退を始めていた。
「撤退!撤退だ!」
この現状に対し、リヴェも他の兵士と同様に困惑していた。
「どうなってやがる!」
その様子を砦にいるミルレオスとスバリも驚いた表情で見つめていた。
「リヴェ副長の強さに、恐れを成したのでしょうか?」
ミルレオスは、パッと思いついた推測をスバリに言った。
「⋯いや、リヴェ1人がいくら強くても、こんな結果にはならない。だが、これでいい、人間同士の争いなんて、どう考えても狂っている。その事に奴らも気付いたのだろう」
あっという間に、ヴェルド王国軍は自国側へ全軍が撤退した。
だが、リヴェはその事態に納得ができなかったのか、逃げ遅れた敵兵1人を拘束し、脅すように尋問していた。
その顔の眉間に強くシワが寄っている。
「てめぇら、何でこんなタイミングで引き上げた?」
長刀の柄で首を絞められている敵兵は、苦しそうに答える。
「い、言えない⋯」
「言わなきゃ、このまま首をへし折る。苦しいぜ、すぐには死なねぇからな。言え!」
「だったら、さっさと殺せ!」
「アタシは今、楽しみを突然奪われてイラついてるんだ。そんなに、喋りづらいんだったら⋯」
そう言いながら、首を押さえていた長刀の柄を離して、左手で首を絞め、長刀を短く持って刃の部分を拘束している敵兵の口元へ向けた。
「喋りやすいように、口を広げてやるよ」
「ひぃ!」
「さぁ!言え!」
「そこまでだ!」
駆けつけたスバリの一言で、リヴェの動きは止まった。
「その手を離してやれ、リヴェ」
「ちっ!」
リヴェは言われた通りにその手を離した。
「はぁ⋯はぁ⋯!」
「本部隊長、彼をどうするつもりですか?」
後ろにいたミルレオスが、問いかける。
「捕虜にする。ただし、こいつらが撤退した理由を話せばだがな」
「⋯それは⋯⋯言えない」
「命に変えてもか?」
「そうだ」
「困ったな⋯」
スバリは、リヴェのような尋問はしたくなさそうだった。
ミルレオスと同じように彼もまた、戦争を否定しているからだ。
「これは彼を尋問するより、我々も直接ヴェルド王国へ行った方が良さそうだ」
「何っ!?それは、待って下さい!」
リヴェが敵兵に長刀を向ける。
「お前が指図できる立場か!」
「よせ。彼は敵国に自国の情報を流さないようにしているだけだ。我々が逆の立場だったら、恐らく同じ事をするだろう。それにこの様子だと、どうやらヴェルド王国で何かがあったらしい」
「待って下さい本部隊長!それは、まだ国王の許可がありません」
銅のネームプレートの兵士がスバリに忠告した。
「全責任は私が負う。今行かねば、状況は分からないままだ」
それは敵兵にとって、最悪な展開だった。
どうにか阻止しようと、スバリを説得し始める。
「俺の命はどうなってもいいですから!頼みます今、国に攻め込むのは止めて下さい!」
「攻め込む?君は何か勘違いしているようだが、それは現場に着いてから判断する事だ。だが君がこのまま何も話さなければ、我々は状況を把握するために攻め込む可能性もある。それを知った上でこのまま何も話さないのなら結構、そうすればいい」
うなだれた敵兵は、諦めたのかため息をついて、何度か頷いた。
「⋯分かりました。撤退した理由を話します。それで、この現状が変わると言うのなら」
「何があったんだ?」
「今、我が国ヴェルド王国に、ここ最近、目撃情報が無かった火竜リオレウスが突如出現し、国内で暴れているとの報告が⋯」
「リオレウスだと!?何でそれを早く言わなかった!こうしちゃいられねぇ!」
「リヴェ副長?」
リヴェは、それを聞くと一目散に、ヴェルド王国の方へ走り出した。
「えっ!?」
「奴がまだ生き残っていたか!これは久々に本気で戦えそうだ!」
気分が高まったまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように去ってしまった。
あの勢いのままだと、撤退したヴェルド王国軍に追いつきそうな勢いだ。
スバリは非常に困った表情を浮かべる。
「あー、もうこうなったら、誰もアイツを止められない。国王になんて説明するかな⋯⋯」
「追うのですか?」
「どの道、向かうしか無さそうだ」
敵兵は心配そうに、スバリを見つめている。
「この問題は、我々人類の問題だ。国同士の争いじゃない、協力して解決すべきだ。確かに君にも立場がある。我々の事は信用できないだろうが、今は従ってくれ」
「⋯⋯分かりました。こんな事を頼める立場じゃありませんが、俺も同行させて貰えませんか?」
「いいだろう。新兵君、彼に付き添ってくれるか?」
「は、はい!」
「うむ。それじゃ、隊を分ける。半数は破損した砦の修復、残りは私と共にヴェルド王国へ向かう」
「はっ!」
スバリの部隊は、早速、峡谷の底を通り、ヴェルド王国へ歩き始めた。
ミルレオスも敵兵の付き添いとして、その部隊に同行していた。
当然、その手は縄で縛っている。
敵兵は、横で一緒に歩くミルレオスの異様な若さに、驚愕していた。
「まさか、シュレイド王国に、こんな若い兵士がいるとはな」
「⋯⋯」
ミルレオスは、黙ったままスバリの顔を伺った。
「話しても構わん。むしろ気楽に話した方がいい」
「分かりました」
「ありがとうございます⋯実を言うと、こんな戦争、俺達も望んでいなかったんだ。信じて貰えないと思うがな」
「誰も望んでいませんよ、人同士の争いなんて」
その時、ミルレオスは首にぶら下げたネームプレートが背中のほうに回っている事に気付き、元の位置へ戻した。
それが、敵兵の目に映る。
そのネームプレートは鮮やかな虹色に塗られていたのだ。
他の兵士も、ネームプレートに各々の色をつけているが、ミルレオスの物は特に目立っていたのだ。
「あんたの、その首のやつ、それは何でそんな色なんだ?」
「これですか?これは、ルピナスの皆の思いが籠っているんです。ルピナスは僕が育った孤児院で、そこの兄妹達のそれぞれの色を表しているんですよ。僕は兵士として活躍し、いつか、ルピナスに恩返ししたいと思っているんです!」
「そうか、あんたみたいな人が、殺されなくて良かった。だが、あの口の裂けた女兵士は、あんたとは真逆の人間なんだろうな」
「⋯確かに、あなた達から見れば、あの人は殺戮者にしか見えませんでしたよね⋯⋯ですが、僕にとってあの人は英雄なんです!僕の命を二度も救ってくれた!あの人だってこんな事、したくないはずだ!⋯すみません⋯熱くなってしまいました」
「あんたが謝ることは無いだろ。実際、砦に奇襲を仕掛けたのは俺たちなんだ。当然の報いってやつなんだろうな」
今、どれだけ急いでヴェルド王国へ向かっても、撤退した軍や、先走って行ったリヴェには追いつく事は出来ない。
だが、今、この問題をどう解決するかによって、今後の戦争の行方を決める重要な分岐点である事は間違いない。
ヴェルド王国軍が砦から撤退して、半日が過ぎた。
赤い体と、黒い模様が入った翼、火竜の名の通り炎のブレスを吐き、その脚の鉤爪には猛毒を持っており、まさに戦う事に特化した竜。
その圧倒的な強さと、大空を自由自在に飛び狩る、その姿から、空の王者とも呼ばれている、リオレウス。
今でも尚、ヴェルド王国の凱旋門の付近ではリオレウスによる被害が拡大していた。
炎が至る所の建物を燃やし、逃げ遅れた人々が何人も食い殺され、抵抗した兵士たちも多くの負傷者や死傷者が相次いでいた。
1人の負傷した兵士が大砲にもたれかかった状態で、同僚を捕食しているリオレウスの様子を伺っている。
「はぁ⋯はぁ⋯こんな化け物、たった一門の大砲で戦えるわけが無い⋯くそっ!何でこんな時に限って!軍隊さえ⋯軍隊さえ帰還すれば!」
大砲やバリスタなどの兵器は、そのほとんどがシュレイド王国との戦争に使用するために、持ち出していたため、国内に残っているのは一門だけの大砲だった。
また人員も戦争のために、駆り出されているので、残っている兵士の数も少ない。
更に、ヴェルド王国内にリオレウスが現れたのは、これが初めてであり、まともに対処できていなかった。
「まだか、早く帰還してくれ!」
「見ーつけたっ!」
「っ!?」
その声は凱旋門の上から聞こえた。
そこに立っていたのは、頬に傷痕があり、長刀を担いだ、一人の女兵士だった。
それはドローマの砦からヴェルド王国軍を追い抜き、そのままヴェルド王国に不法侵入したリヴェだった。
「誰だ!?」
当然、負傷した兵士にとって彼女は見覚えが無い人物だった。
彼女の声に反応したのは、リオレウスも同じだった。
野生の勘か、それともただ目立っていたからか、すぐさま彼女の方へ振り向き、咆哮をあげる。
彼女はその爆音に思わず耳を塞いだ。
だが、顔は笑っている。
「この声量!あの時と同じだ!昂る!」
リオレウスの口から炎のブレスが、凱旋門の上に立つ彼女に目掛けて放たれた。
それを、凱旋門の壁を伝って滑り降りながら避け、地面に着地。
炎のブレスは牽制のようだった。この時、リオレウスは突進しながら、凱旋門にいるリヴェの元に近づきつつあった。
これに対しリヴェは、前を向き、背面の壁を蹴って、飛来する矢のように前へ跳躍し、一気に距離を詰めた。
リオレウスはその予想外の動きに、困惑して硬直した。
笑いながら高速で飛来するリヴェの目の前に、驚いた表情をしたリオレウスが映る。
それは一瞬の出来事だった。
リヴェはそのまま交差し、片手を着き、地面に足をずりずりとめり込ませながら、急停止した。
すぐさま顔を上げ、長刀を振りかざす。
リオレウスは空中から反撃しようと、翼を羽ばたかせたが、さっきのすれ違いざまに翼の根元部分を斬られていたので、体勢を崩した状態で舞い上がった。
それを見てニィィと笑う。
リヴェの読み通りだった。
すぐに上昇できず、隙をさらしたリオレウスに、リヴェの斬撃が襲う。
咄嗟に後脚をあげ、鉤爪がその斬撃をギリギリで受け止める。
斬撃が弾かれてもなお、力強く長刀を振り切るリヴェ。その反動で地面に長刀を強く打付ける。
どうにか斬撃を逃れ、空へ飛翔したリオレウスは、引き撃ちするように炎のブレスを直下に浴びせた。
凱旋門の上にいた時とは違って、近距離からの避けようがない攻撃だった。
リオレウスの真下で舞い上がる炎は、翼の羽ばたきですぐに消えた。
立ち昇る黒煙も同じように羽ばたきで掻き消えると、そこに見えたのは真っ黒に焦げたリヴェ、ではなく。
余裕綽々で、長刀の中央を持って高速で回転させているリヴェだった。
いくつかの小さな火傷を負ってはいるものの、目立った外傷は無い。
迫る炎を長刀で回し受けしたのだ。
当然、この炎はただの炎では無い。リオレウスから放たれる高威力を誇った炎だ。
「あいつ⋯人間なのか?」
負傷した兵士が、人間離れした動きをするリヴェに当然の疑問を抱いた。
多くの兵士が一瞬にして蹂躙され、最新の兵器でさえ通用しなかった、リオレウスを相手に、たった一人の女兵士が長刀一つで、対等に戦っているのだ。異様でしかない。
だがそれと同時に、この壊滅的な状況を覆してくれる、唯一の可能性でもあった。
これ以上の被害を抑えるためには、今やいつ帰国するかも分からない軍隊よりも、正体不明の化け物女兵士に、リオレウスの討伐を託すしかなかった。
負傷した兵士はほとんど身動きが取れなかったが、その目には、希望を抱き始めていた。
「いぃ!この感覚!やっぱ、お前との戦いは最高だ!」
抑えきれぬ感情を顕にし、頬の傷跡が疼きそうな程の満面の笑みで、空の王者と空中で凌ぎ合う。
楽しむ、それが彼女が闘いに求めているものであった。
だが、楽しみは、すぐに終わりを告げる。
激しい攻防の末、互いに多くの傷を負ったが、追い込まれていたのはリオレウスの方だった。
空高くから炎ブレスを放ち、それと同時にリヴェの元へ、頭から勢い良く滑空していった。
空の王者の威厳を捨て、猛々しく吠えながら、口を大きく開ける。
空気抵抗を無くすため翼は最大限に折り畳んだ。
その目は荒ぶり、非常に焦っている。
まともに着地もできない程の捨て身の攻撃だ。
大迫力でくるリオレウスだったが、リヴェは冷静に長刀を前に突き出し、小さく構える。
「久々に楽しかった」
そして、次の瞬間、両者激突。
爆発音が鳴り響き、土煙が舞い上がり、視界を遮る。
その時、負傷した兵士は、この勝負は一体どうなったのか、瞬きもせず見つめていた。
ほんの数秒だが、まるで息が詰まるような沈黙の中、土煙から徐々にシルエットが見えてきた。
それは翼を広げたまま固まっているリオレウスの影だった。
やがて土煙は収まり、全体がはっきりと見えてきた。
固まったままのリオレウスは、顔が歪な格好で真横に傾いており、その頬からは、長刀の刃が突き出ていた。
リオレウスの目に正気は無い。
リヴェがゆっくりと長刀を引き抜くと、リオレウスはゆっくりと倒れ始める。
「勝ったのか?」
負傷兵は困惑しながらもひとまず安堵した。
リオレウスは討伐され、危機は去ったのだ。
「あれが、ヴェルド王国で暴れていたリオレウスか?」
「凄い!もう倒してしまったんですか?」
凱旋門の方から負傷兵の知らない男達の声が聞こえた。
その方を振り向くと、まず目に入ったのは金色のネームプレートだ。
それはシュレイド王国の兵士である印だ。
その後ろにも大軍の兵士が見える。
全員、シュレイド王国の兵士だ。
何故、自国の兵士ではなく、敵国であるシュレイド王国の兵士が来たのか?
答えは明白だ。
シュレイド王国が、攻めてきたのだ。
「あぁ、もう殺しちまったよ」
リヴェが、長刀に着いた血を振り払いながら、スバリに近寄る。
負傷兵は、この行為を見て、リヴェもシュレイド王国の兵士である事が分かった。
よくよく見れば、リヴェの首にも銀色のネームプレートがある。
まさか、リオレウスを単身で討伐できる実力を持った兵士が存在しているとは、思いもしなかった。
このまま、この国はシュレイド王国に乗っ取られてしまうのか?戦争を仕掛けた、自国の軍隊はどうなったのか?
モンスターの脅威は去ったが、今度は同じ人類に対して不安が募ってきた。
その時、空から、不自然に風を切る音が聞こえてきた。
「ん?あれは?」
誰かがそう言った時、その音は一気に大きくなり、瞬間、激しい衝突音を発した。
ズドン!
討伐したリオレウスの死体の上に、何かが落下した。
その衝撃と振動で、土煙が辺りを包み込む。
近くにいたリヴェは、凱旋門の方へぶっ飛ばされた。
「ゲホッ、ゴホッ⋯⋯何が⋯!?」
土煙の中、落下した何かが見えてきた。
それは、巨大で歪な楕円形をしている、緋色の岩のようなものだった。
それがリオレウスの身体に突き刺さるように空から降ってきたのだった。
「何がどうなってやがる!?」
「巨大な岩が⋯⋯空から降ってきた!?」
その正体を、その場にいた誰もが理解できなかった。
はい、こんな意外な展開で、人間同士の愚かな戦争は終わります。
如何だったでしょうか?
この巨大な岩?は何だったのか、何故、討伐したリオレウスの上に降ってきたのか?
色々と考察して貰えると、次回の楽しみになると思います!
次の投稿が、ワイルズ以降になるかもしれませんが……いや、
頑張ってワイルズまでにもう1話でも書けるように、努力してみます。
それでは、また次回も、よろしくお願いします!