だが、深く埋まっている落下物の正体が分からず。頭を悩ませていた。
唯一分かった事は、ヴェルド王国の近くにそびえ立つ、雲を突き抜ける程の高山である、神嶺域、そこから落下してきた物である、という事だけだった。
ヴェルド王国内にある大きな城の客室にて、ヴェルドの国王は長いテーブルの中央辺りに用意された椅子に、ソワソワしながら座っていた。
その部屋にはヴェルド王国の兵士は誰1人として控えていない。
国王は赤い控えめな柄のローブを羽織り、王様の称号である冠を被った、中年の男だ。
そのふくよかな体型は大した運動もせず、長年王室に籠っていたために、なったのだろうか?
とスバリは、用意された椅子に座りもせず部屋の隅で直立姿勢のまま思っていた。
「王様、運動した方がいいよ〜」
「コラ!そういう事言うんじゃない!失礼しました、陛下!」
スバリの隣にいた気怠そうなリヴェが、立てた長刀にもたれかかりながら呟いたが、スバリがビシッと注意して謝罪した。
「……そんな事分かっておるわ」
そっぽを向いた国王は、2人に聞こえないように小声で反論した。
どちらかと言えば、スバリの発言の方が失礼である。
スバリ達は駄ロス工房のメンバーと、学者のカンピアの説明をした後、ミゲス伯爵が到着するのを、朝からずっと待っているのである。
「やっぱり、座って待たれぬのか?」
黙ったままの気まずい空気が嫌になってきた国王が、スバリに話しかける。
「はい、せっかくのご温情に感謝しておりますが、ご遠慮させていただきます。今回は陛下とミゲス伯爵との対談ですので、私達は意見できません」
「アタシは足が痛いから、遠慮なく座りまーす」
前に倒れるようにリヴェが椅子に座ろうとしたが、スバリがその肩を掴んで制止させた。
「遠慮しろ、リヴェ。いくら国を窮地から救ったからと言っても、態度が失礼すぎるぞ」
「いえ、気を使わなくても良いのだ、あなた方は敵国であるにも関わらず、我が国を救った英雄なのですから。本当に、どれだけ感謝しても足りぬ」
国王は頭を深々と下げて、感謝を述べる。
「頭を上げてください。我々は兵士として…いや、人として当然の事をしたまでですから」
コン、コン、コン。
その時、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。
「陛下!シュレイド王国の外交官、ミゲス伯爵御一行様が到着なさいました!お通ししてもよろしいですか?」
威勢のいい声が扉越しに、聞こえてきた。
「あぁ!待ちわびておったぞ!通してくれ!」
「はっ!」
部屋の外に待機していた番兵の手によって、大きな扉が、ギギギィ、とゆっくりと開いていく。
それに合わせて、スバリは頭を下げた。
現れたのは、キチンと仕立てられた燕尾服えんびふくを着て、白髪が多い長髪を結び、白い手袋に、白いロングストール、そして何より前屈みで、歪んだ顔をした男だった。
彼がミゲス伯爵?
国王は、その姿を見て、目を丸めた。
スバリから聞いていた話とは随分違う。
シュレイド王国で大貴族と称えられている、ミゲス伯爵は、もっと煌びやかな衣装と、豪華な金銀の装飾品を身につけている人だと想像していた。
歪んだ顔の男(ミゲス伯爵?)は国王に向かって一礼すると、一歩、隣にズレた。そしてまた頭を下げる。
すると更に扉から、もう1人の男が入ってきた。
青紫の高貴な衣装に身を包み、金銀の指輪、ブローチ、ネックレス、イヤリングの煌びやかな装飾品が目立つ。翼を模した胸当ての鎧を一部分だけ付けている。
スラっとした高身長で、自信に満ち溢れた顔と、整ったショートヘアが、中年の老けた気配を完全にかき消している。
一目見て分かった。
あ、この人がミゲス伯爵だ。
その結論を肯定するように、後から来た男は喋りだした。
「大変長らくお待たせしました。初めまして、私はシュレイド王国、大貴族のミゲスと申します。どうかお見知りおきを、国王陛下」
彼こそが、シュレイド王国、大貴族、ミゲス伯爵。
「こちらは、私の使いの者です。名前はございません、ただの執事です」
ミゲス伯爵は歪んだ顔の男を紹介した。
「主様のおっしゃる通り、執事でございます」
「っ!?」
想像よりも甲高い声に驚き、謎の不快感を感じたのは、初対面の国王だけだった。
それが、ミゲス伯爵の使用人、歪んだ顔の執事。
だが国王はその事を気に止めず、ミゲス伯爵を歓迎する。
「ミゲス伯爵!ようこそおいでなさった!さぁ、こちらに!」
「ふあぁ〜あ」
国王がミゲス伯爵を手招いている中、リヴェは退屈そうに欠伸をした。
「おい!もっと緊張感を持て!」
「眠ぃ」
フラフラしているリヴェの両肩を持って強く揺さぶるスバリ。
「陛下、礼儀を欠いた連中で、申し訳ありませんね。ご迷惑だったでしょう?」
「とんでもない!彼らはこの国を救ってくれた英雄だ。此度の戦いで、さぞ疲れているのだろう。構わないさ」
ミゲス伯爵は軽く頭を下げた後、国王と対面する形で席に着き、歪んだ顔の執事は、その後ろにつく。
「さてと、本題に入りましょうか」
「あぁ」
ミゲス伯爵と国王は、今回の戦争が起きた原因と、今後の両国の対応について話し合い始めた。
まず、戦争の発端について。
ヴェルド王国は、深刻な食糧難により、国民が飢餓で苦しんでいたが、いい打開策が浮かばず、途方に暮れていた。
そこで、ヴェルド王国の国王は、隣国であるシュレイド王国と同盟を結び、恐らく共通問題であろう食糧難に対して、少しでも自国の負担を軽減しようとした。
だがそれは、打開策ではなく、問題の先延ばしに過ぎない。
そして多くの国民は、食糧難が起きたのは、シュレイド王国がモンスターを根絶やしにしてしまったのが原因であると、思い込んでいたので、反対する声が多く挙がった。
その声の中には、モンスターを根絶やしにした、シュレイド王国に対しての報復として、戦争を起こし、自分たちが何をしでかしたのか、思い知らせる必要がある、と言った過激な意見が出始めていた。
だが、先進国であるシュレイド王国に対して、技術、領土、人口が圧倒的に劣っているヴェルド王国が、戦争を仕掛けたところで、敗北するのは目に見えている。
それと、シュレイド王国の入口に到達するには、峡谷の底を通る必要があり、そこには行く手を塞いでいるドローマの砦が建っているため、攻め込むのは困難だった。
いくら戦闘意欲が高まったとしても、戦争が起きる状況では無かったが、何者かがヴェルド王国にシュレイド王国の強力な兵器を横流しした事により、状況は一変する。
これで、シュレイド王国と対等な力を手に入れたと思った軍隊は、国王の意見を無視して、彼らの独断でドローマの砦へ奇襲を仕掛けたのだった。
「そして、その戦争で手薄になった国内に、突如としてリオレウスが出現し、砦を奇襲していた軍隊はやむなく撤退したと。陛下がこの騒動を知ったのも、そのリオレウスと対峙した時ですか?」
「その通り。そちらの兵器が秘密裏に我が国に横流しされていた事も、軍隊が独断で戦争を起こそうとしていた事も、我は知らなかったのだ。本当に国王として、不甲斐ない」
国王が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「陛下だけの責任ではありません。この問題は、私達シュレイド王国側にもあります。兵器の横流し、これを行ったのは、どう考えてもシュレイド王国の人間です。となると、この戦争は誰かの手によって、意図的に起こされた可能性があります」
「何と!?一体、誰が何のために?」
「さぁ?まぁ、今は不明ですが、その犯人を確保出来れば、すぐに明らかになるでしょう。我が軍が全力で捜査にあたりますよ」
ミゲス伯爵は、両手を広げて自信満々で微笑んだ。
「それでも、今回のリオレウス討伐、それを成したリヴェ殿には、本当に感謝を申し上げる!貴女があそこで仕留めなければ、今もまだ多くの被害が続いていたであろう。ありがとう、我が国を救ってくれて!」
国王は再度、深々と頭を下げ、心の籠った感謝を述べる。
「……ぐぅ」
だがそれに対し、リヴェは立ったまま眠りにつくように、コクリと頭が下がった。
「おい!起きろー!陛下が感謝を述べて下さってるんだぞ!起きろって!」
スバリがどれだけ強く揺さぶっても、全く反応しないリヴェ。
スバリは困惑と申し訳なさで、悲観的な表情になりながら、ミゲス伯爵の様子を伺う。
「すみませんねぇ、陛下。このリヴェ副長には、私達も手を焼いているのですよ。腕だけは確かなんですが、どうも不器用でしてね。自意識が強く、いつも勝手に突っ走って行ってしまうのですよ」
「伯爵、これはもう不器用を超えて、失敬ですよ!」
その発言を聞いた、ミゲス伯爵は苦笑いを浮かべる。
「だとしても、我がヴェルド王国は彼女に救われたんだ。その事実は変わらない!犠牲になった国民も決して少なく無いが、彼らもこの事態の終息を願っていただろう」
犠牲、ミゲス伯爵は、その言葉に強く反応した。
国王との対談で見せた表情は、どれも予想通りで、全てを理解していると言わんばかりの、余裕がある笑みが多かったが、この瞬間、ミゲス伯爵は凄く真剣な表情に変化した。
その変化が緩くなっていた対談の雰囲気を、バシッと引き締めた。
「そうです…犠牲…これが今回の件で陛下が学んだ、最も大きな教訓です」
「大きな……教訓?」
「犠牲無くして、教訓は得られない。これは私の持論ですが、人間を成長させるのは、いつだって、多大なる犠牲が必要だと思います」
犠牲が必要、その言葉に国王は戸惑ったが、話を続けるように促した。
「何かを失った。損をした。怪我をした。これらの負の感情は、二度と同じ過ちを犯すまい!と強く心に響く、重要な感情なのです。犠牲があったからこそ、今こうして、私達と対談し、和平に至ることができましたから」
「……そうだな」
犠牲があったからこそ、掴んだ和平。
多くの人間が、そうやって今を生きている。
国王は、ただ悔やんでいるだけの自分がより一層、情けなく思えた。
だからこそ、その犠牲に報いるためには、何かを成さなければならない。
ミゲス伯爵の言葉の意味を理解して、改めて自分がすべきことを確信した。
「今は、その犠牲に対して、ただ悔やんでいるだけでは、意味が無い。よし、我は国王として国の復旧に全力を尽くす!」
「素晴らしい志です。私達、シュレイド王国も全面的にご協力しますよ」
「ありがとう!」
「つきましては、現在調査中である、正体不明の落下物。掘削要員を兵士から、スバリ本部隊長が手配した、駄ロス工房に変更したと聞きましたが、あれから進捗は何かありましたか?」
「…いや。まだ何も連絡が……?」
コンコンコン。
外にいる番兵によって扉が叩かれる。
最初よりもそのリズムは少し早い。
「対談中に失礼します!正体不明の落下物を調査していた、シュレイド王国の学者、カンピア様がお知らせしたい事があるため、こちらに来ております!お通ししてもよろしいでしょうか?」
「陛下。カンピアをここに通してもらえますか?私としてはその報告を待っていたので」
「あぁ!そうだな。おーい、通してやってくれ!」
しばらくして大きな扉がゆっくりと開く。
モジャモジャ頭に、眼鏡、そして目立たない庶民服。
その意外な見た目に、シュレイド王国には個性的な見た目と性格をしている人が多いなぁ、と国王は思っていた。
カンピアの事は話で聞いていたが、実際に会うのはこれが初めてだ。
入ってきたカンピアは、挨拶もせずすぐに喋り出す。
その間に番兵は、急いで扉を閉めた。
「国王陛下、それにミゲス伯爵。皆さん、聞いて下さい。現在調査している正体不明の落下物。私も実際にこの目で見てきましたが、その時はそれが何なのか分かりませんでした。ですが、ここに来るまでの間、長考して一つの推論に至りました」
「ほぉ、それは何だ?」
「あの落下物の正体は…」
バンッ!ドンッ!
カンピアがそれを言いかけた途端、後ろの扉が勢いよく開いた。
扉の背後にいたカンピアは、前方に勢い良く吹っ飛ばされた。
「痛っ!」
「何だ!?」
扉を開けて出てきたのはツルツルの頭が発光してるように光り輝いてる、顔がシワくちゃのガンダロスだった。
「失礼するぜ国王さんよ。空から落っこちてきた、あれの正体はな、モンスターの部位だ!」
「っ!モンスターの!?」
「部位だと!?」
「モンスター……」
ガンダロスが唐突に入ってきた事よりも、落下物がモンスターの部位である事の方が、全員にとって衝撃が大きかった。
「痛った!何するんですか!?ガンさん!それ私が言おうとしたのに〜…痛たた」
カンピアは後頭部を痛そうにさすりながら、立ち上がった。
「へへっ悪ぃ悪ぃ。大体半分くらい掘り起こしたところで、思わずピンと閃いちまったもんだからな」
「おい、その話は本当か!?」
突拍子もない話に興味を抱いたのは意外にも、対談中に長刀にもたれかかりながら、眠りこけていたリヴェだった。
「リヴェ!お前起きてたのか!?」
隣に居たのに起きた事に気付かなかったスバリは目を見開いて驚いた。
「ふっ、やっぱり食い付いてきたか、リヴェ。お前はモンスターの事になると目がねぇな」
ガンダロスが笑みを浮かべる。
立ち上がったカンピアは、なんだコイツ、と思っているのか、訝しげな表情になった。
「お前ら!いい加減にしろ!ここは隣国の王室だ!それに、陛下の前で無礼な行動を連発するな!このままじゃシュレイド王国の品性が疑われるぞ!」
ここまで我慢していたスバリの怒りが大爆発した。
渋くて低い声が、ドスの効いた大音量の怒号に変わり、王室に響く。
その音は、撤退するヴェルド軍に兵士たちが浴びせていた罵倒よりも大きな声だった。
リヴェ、カンピア、ガンダロスの自分勝手な行動が、兵士として許せなかったのだ。
だが当人達は全く気にしていない。
「まぁ待て、スバリ本部隊長。無礼は承知しているが今に始まった事じゃない。話を聞こう。私は報告を待っていた。構いませんよね、陛下?」
「あ……あぁ。我も…聞いておきたい」
「よしきた!つまりだな、あの落下物は、簡単に言うと全体がナイフの刃みたいな形状をしてる。んで尋常じゃねぇ程の硬くて重てぇ。俺の大体何でも砕けるハンマーでも、傷一つつかなかったしな……」
語り始めたガンダロスの隣にカンピアが並んできた。
ガンダロスが睨み付けるが、それに構わず勝手に解説を始める。
「鉱物や木材にもそこまでの硬度と重さを誇る物を、私は知りません。となると可能性があるのはモンスターの部位です。ですが神嶺域から落ちてきた物であるため、モンスターの部位だとは考え難い。と思っていたのですが……」
ガンダロスが負けじとカンピアより前に出て話を続ける。
「だがな、そりゃ神嶺域にモンスターが居ないって前提だったらの話だ。確かに雲より高ぇあの山なら、頂上はとんでもねぇ環境だろうし、生物なんて何も居やしねぇと思うわな。だが、もしそこに俺達の知らねぇモンスターが存在していたら……」
ずんずんと今度はカンピアが前のめりになり、国王に近づく。
テンションが上がったのか、段々と声が大きくなり、身振り手振りを加え始める。
「もしも、そのモンスターの部位が、何らかの影響で破壊され、ヴェルド王国領内に落下したのならば、合点がいくんです。これは推論でしかないのですが、もしこれが本当だったら、未知のモンスターが存在している事になります」
「未知の…モンスターか……その部位だけでは、どんなモンスターか想像できないのか?」
「西の果てに、尻尾をまるで剣のように扱うモンスターがいる、と言う話を聞いたことがあります。断定はできませんが、部位の大きさや形状から考えても、そのモンスターの可能性はあるかと」
「尾を剣のように使う、未知のモンスターか……面白ぇ!戦ってみたいぜ!」
「だが、神嶺域から落ちてきたのが、そのモンスターの部位だけだった可能性もあるのだろう?」
国王は、これ以上モンスターによる被害を想像したくないのか、今後を平穏に過ごせる可能性を探る。
「何だよそれ、つまんねーの」
「口を慎めリヴェ。どちらにせよ、これが未知の脅威である事に変わりはありません。備えるに超したことはないかと」
「絶っっっっ対!見つけてやる」
「はぁぁ……」
ガッツポーズをとるリヴェに対し、またしても頭を抱えるスバリ。
「もう少ししたら落下物が完全に引き抜けるからよ。その後は家(駄ロス工房)に持って帰ったらいいんだよな?」
「あぁ。後はカンピアと共に落下物を調査してくれ」
「任せろい!」
「任せてください!」
こうしてシュレイド陣営の愉快な面々が、自由奔放に荒らしまくった、ヴェルドの国王との対談が幕を閉じた。
はい、戦争の原因と、落下物の正体についての対談でした!
今回は登場人物が多く、その人達が顔を合わせて対談する場面でしたが、どうにか形にすることが出来ました!
変わらず投稿ペースは遅いかもしれませんが、次も頑張って書いていきたいと思います!