Monte Carlo Mally   作:Yaris Margatroid

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本LEGは、前話と同一の時間軸、同一のSSS「コートダジュール3周」。
だが視点は変わり――
これは、“篠原澪の物語”。



LEG11「静寂の刃、吠える亡霊」

ブリーフィングルームを出た澪は、風の抜けるピット通路を歩いていた。

 

レース当日の朝。

空気は乾いていて、エンジンの燃焼音がまだ遠くでしか響いていない。

だが、その静けさの裏には、明らかな“熱”が漂っていた。

 

「……並走形式、3周のSSS」

 

エレナが隣で軽くストレッチしながら、肩をすくめた。

 

「ねえ、澪。“デルタS4”って……知ってる?」

 

「うん。グループB。モンスター」

 

「だよね。ほんとに今あれが走るんだ。しかも、あのドライバーが……」

 

澪は返事をしなかった。

いや、言葉を持てなかったのかもしれない。

 

昨日――ピットでモニターを見ていたとき。

 

その画面に映った、あの銀灰の車体。

その隣に立つふたりの少女。

 

(あれは……)

 

心の中で、確かな“引っ掛かり”があった。

 

――あの日の空港。

――あの市場の喧騒の中。

 

黒のロングコート。紫の瞳。

あの日本語。あの仕草。

 

(まさか、とは思った。けど――)

 

ブリーフィングで名前を聞いた瞬間、確信に変わった。

 

「マエリベリー・ハーン」

 

エレナが確認するように言う。

 

「……偶然って、あるんだね」

 

「偶然じゃない。たぶん、出会うべくして、出会ったんだよ」

 

ピットロードに出ると、222Dが静かに出番を待っていた。

 

黒いボディ。

無骨で無言の獣。

 

「さ、いくか。“あの子たち”と、本気で走る準備」

 

「うん。今日のこれは、きっと何かを“知る”ためのレースになる」

 

コックピットに乗り込む。

ハーネスを締め、呼吸を整える。

 

メカニックが最後の確認を終えると、合図が出た。

 

出走順は最終組。

 

澪たちは――亡霊と並び立つ、その最後の走り手だった。

 

シグナルのカウントが始まる。

5、4、3――

 

澪の両手はハンドルを軽く握ったまま、肩に力が入らないよう意識していた。

 

静寂。

だが、隣から聞こえてくるデルタS4の咆哮が、コックピットの壁を振動させていた。

 

(あれが、あの子の走りか――)

 

「……行くよ」

 

「任せた!」

 

2、1、GO!

 

2台のマシンが一斉に飛び出す。

フロントノーズが揃い、視界の端に銀灰の輪郭が映る。

 

「サン・デヴォート、右。ブレーキング、まだ奥まで行ける!」

 

澪は、222Dの特性――“踏んだ分だけ反応する”素直な性格を生かし、

ぎりぎりまで加速を残してから、インへ滑り込む。

 

デルタS4が僅かに外へ膨らむ。

メリーの走りは荒くない。だが、強い意思がある。

 

(ブレーキを遅らせた……でもそれは、ちゃんと届く距離)

 

「次、ボー・リバージュ。登り、全開。ブラインドあり!」

 

「了解。車体を前に――静かに置いていく」

 

登坂。視界の先に空が広がり、右へと切れるライン。

222Dが、デルタS4よりもひと呼吸早くステアを入れる。

 

ラインは完璧。だが、すぐ横――デルタS4の影がまったく同じ速度で迫ってきていた。

 

(並ばれる。けど――怖くはない)

 

マッセネ。

澪は滑らかに、だが確実にアウトから旋回し、タイヤの外縁で速度を殺す。

 

エレナの声が重なる。

 

「カジノ、ラインの切り返し! ちょっと内滑るかも!」

 

「OK、先に荷重入れてから……」

 

タイヤのグリップがわずかに外へ逃げる感触。

澪はそれを、右手だけで抑えた。

 

デルタS4は、アウトから回ってきた。

その走りには、わずかに“膨らんでも譲らない”強情さがあった。

 

(……やっぱり、あの子)

 

この強さ、呼吸、ノーズの挙動――

空港で助けたあの時の彼女の目と、今の視線が重なる。

 

(覚えてる。体が、覚えてる)

 

ミラボー・オー。

軽い下り、右コーナー。

澪は、ここで一度ブレーキを“抜く”判断をした。

 

「ちょっと早めに荷重残して。相手、たぶんアウトぎみにくる!」

 

「了解……ちょっと抑える」

 

右手のステアをスッと動かし、222Dのノーズが滑り込むように入っていく。

だがそのすぐ外側――

 

「……重い」

 

デルタS4が、質量を伴って横をかすめた。

 

一瞬、車体の空気が押し返される。

音も振動も、すべてが“喧しい”。

 

(これが、あの子の車――)

 

ローズヘアピン。

最狭部で、ふたりのマシンがゆっくりと回頭していく。

 

だが、澪はそこで一つ気づいた。

 

(回りきってから加速が来る。……デルタは、前が重すぎる)

 

エレナが息を呑むように言った。

 

「差が詰まってる。澪、立ち上がりで抜けるかも!」

 

「ううん、まだ。ここじゃない」

 

ポルティエ。

澪はわざとインへ突きすぎず、じわじわとタイヤのグリップを確かめながら旋回する。

 

目の前、デルタS4のブレーキランプが一瞬、遅れた。

 

(重心の遅れ――タイミングずれてる)

 

アクセルをじわっと入れた瞬間、222Dのフロントがデルタのリアへ並んだ。

 

並走のまま、トンネルへ。

 

闇の中、ふたつの車が同時に飛び込む。

 

デルタS4が咆哮する。

222Dは無音のまま、真横にいる。

 

音の有無。重さの違い。

だが“意思”は、確かに並んでいた。

 

トンネル出口。

陽光がフロントガラスに刺さり、澪は思わず眉をしかめた。

 

だがその光よりも――

 

もっと鋭い、もうひとつの“光”が視界に飛び込んできた。

 

「来る……!」

 

デルタS4。

咆哮と共に、澪の真横へ並びかけてきた。

 

「外から突くつもり!? ここで!?」

 

エレナが驚いた声を上げたが、澪はすでに判断を終えていた。

 

「――空ける」

 

「えっ、譲るの!?」

 

「譲らない。ただ、“その突き方は、認める”」

 

澪はステアをほんのわずかに引き戻し、ラインの外周に空間を与える。

その瞬間、デルタS4のノーズがヌーベルシケインのインへ突き刺さった。

 

「……見えてた。あの子、ここで来るって」

 

「読んでたの?」

 

「ううん、分かった。“息”が変わったから」

 

車体を重ねながら、シケインへ滑り込むふたり。

 

スロットル、ブレーキ、荷重、挙動。

全てが、まるで会話のように交錯していた。

 

澪は目を細めて、僅かに唇を噛んだ。

 

(おもしろい。これ、たぶん……今までで一番、楽しい)

 

「ねぇエレナ。たぶんだけど――」

 

「うん?」

 

「この子たちと、もっと走りたいって思ってる。もう、何戦かじゃ足りないくらいに」

 

助手席からは、小さな笑い声が返ってきた。

 

「私も。もう完全に好きになっちゃってるもん、あの子たちの走り」

 

ヌーベルシケインを抜けた直後、デルタS4のリアが僅かに膨らんだ。

澪はその挙動を見て、判断する。

 

(あの膨らみは、踏みすぎじゃない。……誘ってる)

 

「エレナ、プール前、間を空ける。……見たいんだ、あの子の“最速”」

 

「澪、マジで言ってるの!? 今ここで!?」

 

「うん。怖いけど、見ないとわからない」

 

222Dが、ひと呼吸分だけスロットルを抜く。

その前を、デルタS4が空を飛ぶようにプールセクションを駆け抜ける。

 

縁石を舐め、サスペンションを殺し、ボディを振るわせて。

まるで、このコースそのものを“刻んでいる”かのように。

 

「……あれが、“あの子の答え”か」

 

「うん。私たちも、“応えないとね”」

 

ラスカス。

 

最もタイトで、最も重いこのコーナーを前に、澪はステアをわずかに遅らせた。

 

その内側、デルタS4がノーズを刺す。

同時に222Dがアウトから覆いかぶさるように旋回する。

 

ふたりのマシンが、まったく同じタイミングで加速を開始した。

 

「……速い。けど、負けてない」

 

アントニー・ノゲ、最終コーナー。

 

デルタS4のボディが、わずかに外へ流れる。

澪はそこにスッと222Dの影を入れた。

 

メインストレート。

アクセル全開、5速、6速――

 

並んだ。完全に、横並び。

 

(同じだ。今この瞬間、私たちは同じ速さで走ってる)

 

エレナが叫ぶ。

 

「フォトフィニッシュ!! マジで並んでる!!」

 

「……っしゃ!」

 

アクセルを離すことなく、澪は小さく笑った。

 

(名前も、声も知らない。

だけど――この人たちと、もっと走りたい)

 

2周目――スタートラインを超えてもなお、ふたりは並んだままだった。

 

澪は、加速の中でステアを握る手に少しだけ力を込めた。

 

(さっきは見せてもらった。今度は――こっちが“見せる番”)

 

サン・デヴォート。

ブレーキのタイミングは完全に一致。

だが、澪は“曲がる”タイミングをあえて遅らせた。

 

「インを狙うつもり……?」

 

「いや、インに“居る”だけでいい。プレッシャーだけかけて、次で獲る」

 

エレナの息が止まった。

 

澪のステアが、わずかにアウトへ逃げる。

そしてその後――デルタS4の動きが、明らかにわずかに遅れた。

 

「今、効いた」

 

(あの子、“見た”んだ。こっちのインへの進入。見て、そして……回避した)

 

ボー・リバージュ。

登りながら加速し、フロントが浮き上がる一瞬――

澪は、軽くステアを揺らした。

 

まるで、ラインを変える“素振り”のように。

 

その揺れに、デルタS4が反応する。

 

「読めた。“車体の揺れ”をあの子、警戒してる」

 

「澪、変わったよ。さっきまで“並ばれないようにしてた”のに……」

 

「今は、“並ばれること”が怖くない。むしろ、楽しい」

 

マッセネに向けて、澪はあえて外のラインからスピードを残して侵入。

その走りは“理詰め”ではなかった。

 

静かな情熱が、ステアリングを通じて車を引っ張っていた。

 

デルタS4と、再び完全に横一線。

 

「次、カジノ! 滑るよ、気をつけて!」

 

「大丈夫。“一緒に行く”から!」

 

ふたりの車が、並んだまま、同じステア角で、同じタイミングでタイヤを鳴かせた。

 

(もう、完全に読めてる。あの子のペース、ライン、呼吸)

 

けれど――

そう思った瞬間。

 

デルタS4の挙動が“わずかに崩された”。

 

(……!?)

 

何が起きたのか。

“変化”が起きた。明らかに、あの子が“何か”を仕掛けてきている――

 

ミラボー・オーに差し掛かる。

澪はイン側の視界を掴みながら、いつも通りのラインを取ろうとした。

 

だが――

 

デルタS4が、明らかに“奥まで突っ込んで”旋回してきた。

 

「えっ、あのライン……ノートにない……!」

 

「澪、変わったよ! あれ、“反応”じゃない! “挑発”だ!」

 

視界がわずかに揺れる。

澪は、初めて心拍が乱れるのを感じた。

 

(今の、崩しにきた。完全に“こちらの走り”を見て、変えてきた)

 

ステアを早く切るのをやめ、アクセルを一瞬抜く。

 

その判断が正しかったことを証明するように――

デルタS4がリアを滑らせながら、ローズヘアピンへ滑り込んでいった。

 

(……ギリギリ。でも通ってる)

 

(つまり、“通すために調整してる”――)

 

(この走りは……私とエレナの動きを“見た上で組み立ててる”)

 

「エレナ、もう一段階、情報増やして」

 

「了解。ブレーキタイミング、荷重、ステア残量まで全部言う。澪、拾える?」

 

「拾う。“向こうの言葉”で、返すために」

 

ポルティエ。

 

回頭の起点、澪はここでタイミングを変えた。

 

ノーズを一瞬遅らせて、そのぶんアクセルの乗せを滑らかにする。

 

デルタS4が前に出る――けれど、それは“譲った”のではなく、“横に立たせるための加速”。

 

「来いよ、次。トンネル――一緒に行く!」

 

そして、闇がふたりを包む。

 

トンネル内。

 

光も音も歪む空間で、222DとデルタS4は並んでいた。

 

正確に言えば――“メリーが仕掛けてきていた”。

 

アクセルを抜かず、ラインを外さず、

澪の視界の端から、銀灰色の獣がじわりと滑り込んできていた。

 

「来る、今度は本気……!」

 

「澪、ライン詰めてるよ! 横、ほんの数十センチ!」

 

「わかってる。でも、止めない」

 

トンネルを抜けた瞬間、太陽の白光とともに――

デルタS4のノーズが、222Dのアウトへ飛び込んだ。

 

その刹那。

澪の両手は、まったく揺るがなかった。

 

「ブレーキ、まだ。まだ。――今!」

 

ぎりぎりまで我慢してから、澪はブレーキを叩きつけた。

 

ヌーベルシケイン。

 

デルタS4が、アウト側をこじ開けるように回り込む。

そのラインは――あえて“止まりきらない距離”で作られていた。

 

(スライドを利用してる。止まるんじゃなく、“抜けるための制御”)

 

「相手、無理やり通してきたよ!」

 

「でも、私は譲らない。“止まってみせる”」

 

222Dが、静かに、しかし確実にタイヤのグリップを信じて回頭する。

 

デルタS4と並んだまま――滑ることなく、ラインに乗せて抜けた。

 

(押しても、削っても、こっちは崩れない)

 

「静かにやるよ。私の走りは、“音じゃなくて言葉”で残す」

 

「……うわ、それ今のセリフめっちゃカッコいい」

 

「言った自分でちょっと恥ずかしいからやめて」

 

ふたりのマシンは、再び前後ゼロ差でシケインを抜けていった。

 

プールセクション。

 

左右に切り返す連続コーナー。

澪は、222Dのサスペンションが一瞬伸び縮みする“タイミングの呼吸”を感じながら、スロットルを抜かなかった。

 

デルタS4が、視界の端で跳ねた。

 

その跳ねすら、メリーは“進むための動き”に変えてきた。

 

「やっぱ、すごいよ。あの子。自分の車の癖、全部理解してる」

 

「うん。でも――」

 

「“そこに届くこと”ができるのは、私たちだけ」

 

ラスカス。

 

ふたりのマシンが、回頭点へ“同じタイミングで”入っていく。

 

ノーズが重なる。

リアが踊る。

 

そして――

 

「譲らない」

 

「“一緒に行く”んだよ。最後まで」

 

澪は口の中で静かに呟いた。

 

アントニー・ノゲを抜けて、ストレートへ。

 

デルタS4と、222D。

完全な横並び。

 

「澪、今の区間タイム、ほぼ一致! どっちが前かは……分かんない!」

 

「それでいい。これは“競ってる”んじゃない」

 

「じゃあ何?」

 

「“互いのすべてを見せ合ってる”」

 

エレナは息を呑み、そして笑った。

 

「そっか。じゃあ、次は……“ラストダンス”だね」

 

3周目に入るその瞬間、

澪は改めてハンドルを握り直した。

 

――あの銀灰の亡霊に、全てを預けるように。

 

3周目――最終ラップ。

スタートラインを越えてすぐ、澪は深く息を吸った。

 

「ラスト。“私のすべて”を置いてくる」

 

「うん、“預ける”じゃなくて、“ぶつける”んだね」

 

サン・デヴォート。

 

アクセル全開からのフルブレーキ。

澪は、今までの中で最も奥まで突っ込んだ。

 

エレナが叫ぶ。

 

「ブレーキ遅すぎ!? 止まる!?」

 

「止める! 今、じゃないと“勝てない”!」

 

222Dが、デルタS4のインに――ほぼ飛び込む形で差し込む。

 

咆哮。

タイヤスモーク。

でも、回りきった。

 

澪の右手は、ハンドルを握りしめながらもブレていなかった。

 

(この子に勝ちたい。……いや、“知ってほしい”)

 

(私が、本気で走ってるって)

 

ボー・リバージュ。

立ち上がり――澪は、今度こそ先頭でカーブを抜ける。

 

デルタS4が一瞬遅れる。

だが、その音――あの獣の咆哮が背中を追ってくる。

 

(負けたくない、でも逃げたくない)

 

「私、“あの子の名前”を聞いたことある」

 

「え?」

 

「マエリベリー・ハーン。……どこかで見た記憶がある。

でも、その名前がどうでもよくなるくらい、今の走りが全部だから」

 

マッセネへ。

 

222Dが、完全に“先頭の車”として入っていく。

 

けれど、澪は焦らなかった。

 

隣に亡霊がいないことで、“走りが鈍る”ようなことはなかった。

 

(見えてる。あの子が次、どこで牙を剥くか)

 

(次のカジノで来る。間違いない)

 

カジノスクエアに差し掛かる。

澪は、ここで来ると信じていた。

 

「エレナ、メリー来る。アウト側から、回頭タイミングずらして」

 

「OK、バンプは無視して“投げる”感じで行って!」

 

澪はアクセルを残しながらラインを寄せ、

あえてギリギリまで視界を開けてやる――

 

そこに、来た。

 

「来たッ!」

 

デルタS4のフロントが、外から被せるように差し込んでくる。

でも、澪は受け止めていた。

 

一瞬、ふたりの車がまるで“弧”の両端をなぞるように並んでいた。

 

(読み通り……だけど――)

 

そのままミラボーに入る直前。

 

メリーのラインが“崩れた”。

 

いや、正確には――“崩した”。

 

「っ、フェイント!?」

 

「嘘でしょ!? 切り返してきた!?」

 

澪のブレーキがコンマ数秒遅れる。

ミラボーに入るとき、222Dのノーズがわずかに跳ねた。

 

デルタS4は、ラインを変え、こちらを跨いで先に侵入していった。

 

(読まれた……いや、“読みを読んで壊してきた”)

 

「完全に、走り方が変わってる。あの子、“戦ってる”」

 

ローズヘアピン。

 

澪は深くステアを切り、タイヤに最大限のトラクションをかけながら旋回する。

 

その先――

わずかに先行したデルタS4が、リアを滑らせながら抜けていった。

 

(追いつける。まだ“届く”)

 

「エレナ、ノート書き直し。今の動き、次の周回で活きるから」

 

「次の周回って、もうラストなんだけど!?」

 

「だからこそ、今“残す”。全部、走りに還す」

 

エレナは微笑んで、わずかに涙ぐんだ声で言った。

 

「ほんとに、いいコンビだね……私たち」

 

ポルティエ――

澪は、再び後手に回っていた。

 

デルタS4が旋回の頂点でノーズを沈め、

あえてわずかにオーバーステア気味の回頭で、立ち上がり重視のラインを取ってきた。

 

(あの動き、私がさっき使ったやつ)

 

(真似してきた……いや、“吸収”してきた)

 

「澪、やばい。あの子、学習速度おかしい!」

 

「うん。でも、焦らない。……私の“静かさ”は、最後の武器」

 

トンネル。

 

黒い影と白い音が交錯する、唯一の闇。

 

澪は、デルタS4のスロットルワークに注意を集中させていた。

 

(来る。また来る。……でも、今回は“無理に並ばせない”)

 

右足の動き一つで、アクセルの開度を細かく変える。

 

デルタS4がわずかに浮き、澪が前へ出る。

 

「今、離したよ!」

 

「でも、次のシケインで“寄せてくる”。そこが本番」

 

ヌーベルシケイン。

 

外から差し込んでくるデルタS4。

 

でも澪は、今回は一切譲らなかった。

 

「止める。曲げる。“ラインは、渡さない”」

 

アクセルオフ、フロント荷重、浅いカウンター。

そして最短距離で抜けるステア残量。

 

シケインを抜けるとき、222Dのリアがわずかに滑った。

 

けれど、止めた。

譲らなかった。

 

デルタS4は、そのすぐ横にいた。

 

(あと一歩。あと一歩で……この戦いが終わる)

 

(でも、それが少しだけ――寂しい)

 

プールセクション。

 

222Dのサスペンションが、限界まで潰れる。

滑らかに、無音のままコーナーを切り返していく。

 

その真横に――銀灰の亡霊。

 

跳ねる、揺れる、暴れる――それでも曲がる。

デルタS4のラインは、まるで意思そのものだった。

 

(あの子、もう“なぞってない”)

 

(今は、完全に自分の言葉で走ってる)

 

ラスカス。

 

澪は、視界の外にメリーを感じながら、ステアを入れた。

 

エレナが震える声で囁く。

 

「澪……今、あなたたち――並んでるよ」

 

「うん。わかってる。……だから、もう何も足さない。ここからは、ただ走る」

 

スロットル全開。

ドアミラーの中、銀灰色がまだ並んでいる。

 

アントニー・ノゲ。

 

澪は、左フロントを縁石ギリギリに乗せて旋回し――

最終加速に入る。

 

右手の感触、左足のリズム。

すべてが、車と一体になっていた。

 

「行こう。最後まで、“一緒に”」

 

222DとデルタS4、完全なる並走のまま、フィニッシュラインを通過。

 

フォトフィニッシュ。

 

勝敗の判定はモニターに持ち越された。

 

だが澪は、ヘルメットの中で静かに目を閉じていた。

 

(ありがとう。……楽しかった)

 

 

ピットロードに戻る途中。

 

222Dの隣に、ゆっくりとデルタS4が並ぶ。

 

ヘルメット越しに、あの紫の瞳と――

また、目が合った。

 

ほんのわずかに、メリーが頷く。

 

それだけだった。

 

「……また会える気がするね」

 

「うん。今度は、名前で呼び合いたい」

 

澪はヘルメットの奥で、小さく笑った。

 

亡霊との3周が、終わった。

 

だがこの戦いは、

新しい始まりのプロローグにすぎなかった。

 




ラリー・モンテカルロ、DAY3終了後。
勝敗の熱狂が冷めやらぬパドックの片隅で、
“ふたりの亡霊”が、ついに対面する。

岡崎夢美。
宇佐見菫子。

かつて嵐の中のグループBを走り抜け、
ひとつの道を共にした者たち。

今はそれぞれの教え子たちに“かつての自分”を託し、
別の道でラリーを見つめている。

なぜ、別れたのか。
なぜ、再び出会ったのか。

そして――今、互いの目に映る“現在”とは何か。

語られることのなかった過去。
残されていたペースノート。
壊れたコクピットの記憶。

“あの事故”の真相が、静かに明かされるとき――
彼女たちは、再び“ステアリングを握る理由”を問われることになる。

次回、Monte Carlo Mally LEG12『ふたりの残照、交わるはずだった交差点』

それは、再会ではない。未完の続きを走り出す物語。
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