Monte Carlo Mally   作:Yaris Margatroid

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LEG19 「異国の国で、ふたり旅」

「……着いたね、日本」

 

中部国際空港・セントレアの到着ゲート。

 

人波の中、黒髪の少女・篠原澪は、少し目を細めた。

長時間のフライトによる疲れを隠しつつ、淡々と周囲を見渡す。

 

隣では、プラチナブロンドの髪を揺らしたエレナ・シュタルクが、

キラキラと目を輝かせながら大きく息を吸い込んでいた。

 

「わぁ……これがニホンの空気! 澪、なんか違うよ!空気が!」

 

「……空気は空気だと思うけど」

 

「ちがう!絶対ちがう!すごく……おいしい!?」

 

「そんな表現ある?」

 

呆れ顔で返しながらも、澪は小さく笑った。

 

(まあ、わからなくもない)

 

湿度といい、気温といい、

確かに日本にしかない感覚が肌にまとわりついてくる。

 

エレナにとっては、これが“初めての日本”だった。

 

 

【手続き完了】

 

入国審査、荷物受け取りも順調に終わり、

ふたりは空港ロビーに出る。

 

「よーし!まずは観光だよね!」

 

「いや、まず宿だよ」

 

「ええー……」

 

エレナは頬を膨らませたが、

澪は表情ひとつ変えず、淡々と言い返した。

 

「宿を確保して荷物を置かないと、身動きとれない。

それに、今日はラリー関係者の公式レセプションが夜にあるんだから」

 

「うぐっ……現実的……」

 

渋々うなずきながら、エレナはタブレットを取り出した。

 

「ホテルは、名古屋市内!電車で1時間くらいだって!」

 

「わかった。急ごう」

 

 

【移動】

 

空港から名古屋市内までは、名鉄特急に乗って移動。

 

エレナは車窓に張り付き、外の景色に夢中になっていた。

 

「すごい!ほら、コンビニばっかり!」

 

「別に珍しくないよ……」

 

「ほら、またラーメン屋さんあった!」

 

「それも別に……」

 

「ねえ、あれ見て!自販機が、いっぱい並んでる!」

 

「……エレナ、興奮しすぎ」

 

エレナは、興奮を抑えきれない様子で、

次から次へと“日本らしさ”を発見していく。

 

一方の澪は、それを見ながら少しだけ口元を緩めていた。

 

(まあ、初めてだもんな……)

 

澪自身は北海道出身だが、

名古屋に来るのは久しぶりだった。

 

日本とはいえ、どこか異国感の漂うこの街。

 

ふたりの、短い旅が今、始まったばかりだった。

 

名古屋駅前。

高層ビル群が林立し、行き交う人々で溢れる大都市。

 

空港とはまったく違う空気に、エレナは目を丸くしていた。

 

「すごいすごい……なんか、未来都市って感じ!」

 

「いや、普通の都市だよ……」

 

「えー、だってドイツの田舎とは全然違うもん!」

 

「そりゃ違うだろうね」

 

澪は落ち着き払った口調のまま、

スーツケースを引きながら歩を進める。

 

今日の予定は、荷物をホテルに置いて、

そのあと時間があれば軽く街を散策するつもりだった。

 

(……なのに)

 

横を見ると、すでにエレナは周囲のあらゆるものに釘付けになっていた。

 

「見て、アニメショップ!」

 

「見て、たこ焼き屋さん!」

 

「見て、地下街がある!迷路みたい!」

 

「……落ち着け」

 

澪はため息をつきながらも、エレナの腕を軽く引く。

 

「まずホテル。荷物を置かないと」

 

「はーい!」

 

エレナは素直に返事をし、再び歩き出した。

 

 

【ホテルチェックイン】

 

名古屋駅近くのビジネスホテル。

小綺麗なロビーで手続きはすぐに終わった。

 

「ふう、これでようやく自由だね!」

 

「まだちょっと時間あるな……どうする?」

 

澪が腕時計を見る。

 

レセプションの集合までは、まだ4時間以上ある。

 

「決まってるじゃん!街探検だよ!」

 

「だと思った」

 

エレナに引っ張られる形で、ふたりは再び街へ繰り出した。

 

 

【街歩き】

 

まず向かったのは、名古屋駅周辺の繁華街。

 

地下街に降りると、そこは雑多な店が軒を連ねる異空間だった。

 

「わあああっ、すごい!!」

 

「落ち着けって……」

 

「日本語の看板がいっぱい!しかも、なんか漢字だらけ!」

 

「いや、当たり前でしょ……」

 

エレナは嬉しそうに、あちこちの看板を読もうとしては、

「あれ?これなんて読むの?」「これ、意味わかんない!」と澪に質問攻めしてきた。

 

(日本語はできても、読みはまた別か……)

 

澪は苦笑しつつ、できる限り説明してやる。

 

「これは“甘味処(かんみどころ)”。甘いもの屋さんだな」

 

「カンミドコロ……!かわいい!」

 

「こっちは“駄菓子屋”。昔の子供向けのお菓子屋」

 

「ダガシヤ!名前からしてレトロ!」

 

ふたりは地下街を歩きながら、

時に買い食いし、時にお土産を眺め、

まるで子供のように街を楽しんでいた。

 

 

【小休憩】

 

ひととおり歩き回った後、

ふたりはカフェで休憩を取ることにした。

 

「ふぅ……疲れた……」

 

「さすがに、はしゃぎすぎたね」

 

エレナはアイスコーヒーを飲みながら、満足そうに笑った。

 

澪もホットコーヒーを啜りながら、ぼんやりと外を眺める。

 

(こんなに“普通の時間”を過ごすの、久しぶりかも)

 

アルゼンチンでは、ラリーのためにずっと張り詰めていた。

モンテカルロでは、戦いの緊張感に支配されていた。

 

それが今、ほんの束の間、解き放たれている。

 

「……ねえ、澪」

 

「ん?」

 

「日本って、やっぱりすごいね」

 

エレナは、まっすぐな目でそう言った。

 

「文化も、街も、人も。

全部違うけど――全部、すごく優しい気がする」

 

澪は驚いたようにエレナを見た。

 

「……そんなふうに、思えるんだ」

 

「うん」

 

エレナは屈託のない笑顔を浮かべた。

 

「たぶん、澪が日本人だからっていうのもあるけどね」

 

「……そっか」

 

澪は視線をそらして、少しだけ照れた。

 

(優しい、か……)

 

自分自身にはそんな自覚はなかった。

けれど、エレナがそう感じるなら、それでいい。

 

「じゃあ、もう少しだけ日本を見て回ろうか」

 

「うん!」

 

ふたりは再び立ち上がり、カフェを後にした。

 

午後の柔らかな光が差し込む中、

澪とエレナはふらりとローカルな商店街に足を踏み入れていた。

 

名古屋駅の喧騒からは少し外れた場所。

そこには昔ながらの店構えが並び、ゆったりとした空気が流れていた。

 

「わぁ……ここ、すごい。なんか、映画みたい」

 

エレナは目を輝かせ、キョロキョロとあたりを見回している。

 

「昭和レトロってやつだね。……私もこういう場所、そんなに来たことないけど」

 

澪も少しだけ新鮮な気持ちで歩く。

 

金物屋、文房具屋、古びた喫茶店。

軒先には風鈴が揺れ、

道端には漬物屋の匂いが漂う。

 

エレナはすかさず、

店先に並ぶ「きんつば」や「どら焼き」を見つけて、興奮していた。

 

「これ、アニメで見たやつだ!買っていい!?」

 

「いいけど……食べきれるの?」

 

「大丈夫、全部持ち帰る!」

 

(絶対食べきれないだろうな)

 

澪は苦笑いを浮かべながらも、

エレナが嬉しそうに袋を抱えているのを見て、何も言わなかった。

 

 

【神社】

 

商店街を抜けた先、小高い丘の上に、

小さな神社がぽつんと建っていた。

 

「ねぇねぇ、行ってみようよ!」

 

「……まあ、時間あるし、いいか」

 

鳥居をくぐると、空気が少し変わった気がした。

 

賑やかな街並みとは違う、

しんと静まった、少しひんやりとした空気。

 

エレナは興味津々で境内を見回している。

 

「これが……リアル神社……!」

 

「静かにね。ここは、騒ぐ場所じゃないから」

 

「うん……わかった」

 

エレナは素直に声を潜めた。

 

境内には、誰もいなかった。

 

ふたりだけ。

 

 

【お参り体験】

 

「どうやってお参りするの?」

 

エレナが小声で聞く。

 

「……ここに小銭を入れて、鈴を鳴らして、

二礼二拍手一礼、っていう作法がある」

 

「えっと……えっと……」

 

エレナは見様見真似で硬貨を賽銭箱に入れ、

澪の真似をして鈴を鳴らした。

 

澪も隣で、静かに手を合わせる。

 

(……無事に、ラリーを走れますように)

 

そんな願いを、心の中でそっと唱えた。

 

エレナは目をつぶり、

何やら長いお願い事をしているらしかった。

 

(……全部食べ物のことじゃないだろうな)

 

澪は内心苦笑したが、

それでもこうして“日本らしい時間”をエレナと共有できることが、

どこか嬉しかった。

 

 

【帰り道】

 

神社を後にして、また坂を下る。

 

夕方の光は柔らかく、ふたりの影を長く伸ばしていた。

 

「……ありがとう、澪」

 

エレナが、ぽつりと言った。

 

「え?」

 

「こんなに日本をいっぱい見せてくれて」

 

「別に、私は案内してるつもりじゃなかったけど」

 

「でも、澪が一緒だったから、すごく楽しい」

 

エレナは照れくさそうに笑った。

 

「……そっか」

 

澪も、静かに返した。

 

ほんの少しだけ、

心の距離が近づいた気がした。

 

東山スカイタワー。

展望台に昇ったふたりは、静かに夜景を見下ろしていた。

 

高層ビル群の間を縫うように伸びる高速道路。

点々と灯る街灯と、列をなす車のテールランプ。

そのすべてが、宝石を散りばめたように輝いている。

 

「……きれい」

 

エレナが、ぽつりと呟いた。

 

「うん」

 

澪も、短く答えた。

 

ふたりは言葉少なに、

ただ夜景を眺め続ける。

 

 

【静かな時間】

 

エレナはガラスに手を当てながら、少しだけ目を細めた。

 

「……ねえ、澪」

 

「ん?」

 

「明日からまた、ラリーだね」

 

「うん」

 

「なんだか、夢みたい。

こうして、日本に来て、こんな景色を見て、

またマシンに乗るんだって思うと」

 

「……でも、現実だよ」

 

澪は、しっかりとした声で言った。

 

「現実だからこそ、ちゃんと走らなきゃいけない」

 

「……うん」

 

エレナも、まっすぐに頷いた。

 

ふたりの間に、言葉以上のものが通い合う。

 

(ここからが本当の勝負だ)

 

澪は、拳を軽く握った。

 

 

【誓い】

 

エレナがポケットから、

小さなペンダントを取り出した。

 

「これ、今日のおみやげ。……お守りだって」

 

澪の手のひらに、

銀色に光る小さなペンダントが載せられる。

 

「……一緒に勝とうね、澪」

 

「……ああ」

 

澪も、そっとそれを握りしめた。

 

「絶対に、勝とう」

 

二人は夜空に向かって、静かに誓いを立てた。

 

名古屋の街の灯りが、

ふたりの未来を、そっと照らしていた。

 

 

【エピローグ】

 

その夜、ホテルに戻ったふたりは、

少しだけ荷物を整理しながら、静かに休息を取った。

 

明日からまた、マシンと共に、

自分たちの限界に挑む日々が始まる。

 

だけど――

 

今日だけは、

日本の夜を、胸いっぱいに吸い込んで。

 

ふたりは、眠りについた。




日本の山岳地帯――
湿った路面、苔むした舗装、狭くタイトな連続コーナー。
すべてが、マシンと乗員に牙を剥く。

「デルタは……大丈夫。問題は、私たちだ」

「完走だけじゃない。“勝ち”を目指すんだよ、澪!」

コンディションは最悪。
集中力と技術、そして勇気が試される過酷な一日。

勝負の行方は、まだ誰にも見えない。

次回、Monte Carlo Mally LEG20『再起動する魂たち』

再びアクセルを踏み込め。
限界のその先へ。
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