Monte Carlo Mally 作:Yaris Margatroid
ラリー・ジャパン最終日から二日後。
激戦を終えたランチア・デルタS4は岡崎のサービスパークで分解整備に入り、
夢美とちゆりはそのまま現地に残って、次のECV計画へ動き出していた。
一方その頃――
マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は、
久しぶりに“自分たちの町”へと帰ってきていた。
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京都・出町柳。
午後の陽が斜めに差し込む川沿いの通りを、
メリーと蓮子はゆっくりと歩いていた。
「……帰ってきたね。」
メリーが呟く。
街の音は穏やかで、エンジンの轟音も砂利の跳ねる音もない。
「やっぱり静かだね。
岡崎じゃ一日中タイヤの焼ける匂いしてたもん。」
「静かすぎて、逆に落ち着かないけどね。」
蓮子は笑いながらコンビニの紙カップコーヒーを差し出す。
メリーは受け取り、一口すすいだ。
「……現実に戻ってきた感じがする。」
「でも、まだ完全には戻れないでしょ。教授たち、何か始めてる。」
「“ECV計画”、でしょ?」
「うん。メッセージきた。“岡崎残留、開発続行”って。」
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「ねぇ、蓮子。」
「ん?」
「次のマシン、どんなのになると思う?」
「……教授のことだから、また“規格外”なんじゃない?」
メリーは苦笑する。
蓮子も、半ば呆れたように肩を竦めた。
「でも、あの人が言ってた。“限界は、まだ先にある”って。」
「……言いそう。」
ふたりの視線の先には、
鴨川の水面がきらきらと揺れていた。
走ることのない午後、穏やかな時間。
けれど、その静けさの底には、
確かに“次の音”が生まれようとしていた。
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メリーはカップを置き、ふと空を見上げる。
「私たち、また走るんだね。」
「当たり前でしょ。
……次は、“勝ち切る”番だもの。」
「勝ち切る、か。
ねぇ蓮子、次こそ“普通じゃない”私たちを証明しよう。」
「メリー、それ、もう証明済みだよ。」
「……じゃあ、“続き”を証明しよう。」
ふたりは小さく笑い合い、
そのまま京都の町並みへと歩き出す。
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その頃、岡崎。
ランチア・デルタS4の骨格が、
まるで蝶が羽化するように組み直されていく。
その新しい名は――ECV。
夢美はヘルメットを脇に抱え、
組み上がるマシンを見上げていた。
「……まだ、この車は死んでいない。」
冷たい蛍光灯の下で、
その声だけが静かに響いた。
午前十時過ぎ。
京都の空は薄く曇っていて、
陽の光がやわらかく町屋の瓦を照らしていた。
「で、今日の予定は?」
蓮子がコーヒー片手に尋ねる。
メリーは地図アプリを覗き込みながら答えた。
「観光。完全に観光。」
「……それ、教授が聞いたら怒るやつ。」
「“ECVのことは夢美に任せろ”って言ったの、ちゆりじゃない。
なら、私たちはおとなしく休むのが仕事よ。」
「そういう理屈の立て方、教授そっくりだよ。」
蓮子が笑う。
メリーも、くすっと肩を揺らした。
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ふたりが向かったのは、河原町の北――古本と喫茶の町、出町柳。
学生時代から何度も歩いた通りだが、
久しぶりに訪れると、どこか空気が違って見えた。
「……懐かしいな。あの古本屋、まだある。」
「“猫の足跡書店”でしょ。あそこの二階、前に私がバイトしてた。」
「そうだったっけ?」
「うん。給料が全部コーヒー代に消えたけどね。」
「相変わらず経済観念がラリー仕様ね。」
ふたりは古本屋の木製ドアを押し、
鈴の音とともに中へ入る。
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「うわ……この匂い。紙とインクの匂い。」
「変わってないね。ここだけ時間が止まってるみたい。」
棚に並ぶ背表紙の山。
“モータースポーツ年鑑 1985”、“世界のラリーマシン特集”。
懐かしさと同時に、血が騒ぐような単語が目に飛び込んでくる。
「メリー、これ……」
蓮子が取り出したのは、
“グループB:地上最速の亡霊たち”という本だった。
「……見たくないような、見たいような。」
「でも、私たちの乗ってるあのデルタも、ここに載ってるんだよ。」
ページをめくると、
泥まみれのランチア・デルタS4が写っていた。
炎を吐き、宙を舞うように走る姿。
「“狂気と栄光”。この時代の人たち、本当に命を賭けてたんだね。」
「……教授と菫子さんも、その中にいた。」
メリーの声が、少しだけ沈んだ。
蓮子は黙って本を閉じ、棚に戻した。
「でも、私たちは“あの続きを違う形で”やってる。
あの人たちが作った道を、次の時代の形で。」
「……そうだね。」
メリーは小さく微笑み、
ふたりは静かに古本屋を出た。
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通りを抜けると、甘い香りが鼻をくすぐった。
屋台のわたあめ機が回り、
子どもたちがはしゃいでいる。
「うわぁ、懐かしい……」
「ねぇ、買ってこようか?」
「いい大人が?」
「いいじゃない。“精神年齢はまだ学生”でしょ?」
蓮子が財布を取り出して走り出す。
メリーは苦笑しつつ、ベンチに腰掛けた。
彼女の視線の先には、
空に伸びる煙のような桜の花びら。
春はもう終わりかけていた。
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「はい、わたあめ。しかも特大サイズ。」
「……思ったより本気のサイズだね。」
「サービスされた。かわいいって言われた。」
「誰が?」
「もちろん、私が。」
メリーは目を細めて笑う。
「ほんと、こういうとこだけ異国で鍛えられてるわね。」
「人生、交渉力がすべてよ。」
ふたりは笑い合いながら、
綿菓子をちぎって食べる。
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そのとき、メリーのポケットでスマホが震えた。
画面に表示されたのは――岡崎夢美の名。
「教授?」
通話をつなぐ。
雑音の向こうから、夢美の声が響いた。
『……デルタのフレーム再設計、完了した。
ECVの試験走行は一週間後だ。』
「もうそこまで?」
『ああ。あとはお前たちの帰還を待つだけだ。』
一瞬の沈黙。
その短い時間に、京都の風の音が割り込んだ。
「……わかりました。すぐ向かいます。」
『ああ。――次は、勝つぞ。』
通信が途切れる。
メリーはスマホを胸元に戻し、小さく息を吐いた。
「教授、もう始めてるって。」
「だろうね。
……静かな時間って、ほんとに短いね。」
「でも、また走れる。」
「うん。
“私たちの道”を、続けよう。」
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河原町通りの夕暮れ。
街灯が灯り始め、春の空気が夜の気配を帯びる。
ふたりは同じ歩幅で歩き出した。
次の戦場へ向かう足音を、確かめるように。
その背後では、
岡崎のガレージで一台の新たなマシンが目を覚ます。
――Lancia Delta ECV。
過去を超えるために生まれた、“未来への継承機”。