Monte Carlo Mally 作:Yaris Margatroid
東京・有明の国際メディアセンター(TMC)。
WRC-H前半戦を締めくくる報道イベントとして、
各チームが時間を分けて同じ会場に登壇する日がやってきた。
背後の大型スクリーンには各チームのマシン写真。
各セッションは30分ずつ。
そのたびに入れ替わる記者と観客のざわめきが、
まるで舞台公演の幕間のように響いていた。
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【第1セッション:ランチア・デルタS4チーム】
(マエリベリー・ハーン/宇佐見蓮子/岡崎夢美)
「――それでは、ランチア・デルタS4チームの皆さま、お願いいたします。」
司会の声に促され、3人が登壇した。
中央のマイクに立つのはメリー。
その横には蓮子、そして後方に控える教授・岡崎夢美。
「ここまでの3戦、決して楽ではありませんでした。
でも、どの瞬間も“未知”を切り拓くような時間でした。」
「アルゼンチンでは壊れかけたマシンで走りきりましたが、
あの経験が次につながると信じています。」
蓮子が続ける。
「教授の“実験”はまだ終わってません。
私たちが、その続きをコース上で証明してみせます。」
夢美が軽くうなずく。
「私はもう、現場を離れる。
でも――“走る”ことをやめるとは言っていない。
彼女たちは、私の代わりに見てくる。限界のその先を。」
会場のフラッシュが一斉に光る。
三人の姿が映し出された瞬間、
誰もが“世代交代”という言葉を思い浮かべていた。
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【第2セッション:トヨタ・222Dチーム】
(篠原澪/エレナ・シュタルク/宇佐見菫子)
続いて登壇したのは、黒のレーシングスーツに身を包んだ澪とエレナ。
中央には、指導者として宇佐見菫子が並んでいた。
彼女は赤縁の眼鏡を指で押し上げ、
涼しい笑みを浮かべながら報道陣を見渡す。
「菫子さん、222Dチームは現在2位。前半戦を振り返っていかがですか?」
「順調と言いたいけど、まだ“試作段階”です。
うちのドライバーは直感型で、ラボデータの枠に収まらない。
でも――それがいいのよ。
ラリーは計算よりも“生きた反射”で走るものだから。」
澪が苦笑する。
「つまり、“もっと自分を信じろ”ってことですね。」
「そう。あんたなら、もう少し飛べる。」
エレナがすかさずマイクを取った。
「その“飛べる”が物理的な意味なのが怖いんですけど!
でも、楽しみにしてて。次のフィンランドでは――私たち、空を見せるわ。」
「……飛んで、着地するまでが勝負ですよ。」
澪の冷静なツッコミに会場が笑いに包まれる。
菫子はそんな二人を見ながら、わずかに目を細めた。
――あの頃の、夢美と自分を重ねているかのように。
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【第3セッション:ランチア・デルタECVチーム】
(岡崎夢美/北白河ちゆり)
会場が再び暗転し、
真紅のECVの映像がスクリーンに流れる。
先ほどS4チームとして登壇していた夢美が、
再び今度は開発者の立場として現れた。
「ECVは、“次の時代”に向けた試験機です。
S4が“戦う車”なら、ECVは“残すための車”。
――記録ではなく、記憶に残すための存在です。」
記者の一人が手を挙げた。
「教授、それはラリー界からの引退を意味するのでしょうか?」
夢美は一瞬だけ考え、
それから静かに言葉を置いた。
「私が走る場所が、コースからラボに変わるだけです。
だから、“引退”という言葉は、まだ早い。」
ちゆりが横で頬を緩める。
「要するに、“居場所を変えるだけで止まらない”ってことだぜ。」
会場から笑いが起こり、拍手が広がる。
その空気の中で、夢美はただ一点――
スクリーンに映る赤いECVを見上げていた。
その瞳には、かつて自分が見た“終わり”ではなく、
次に続く者たちへの“始まり”が映っていた。
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会見が終わり、夜のニュース番組では
3チームのコメントが編集され、順に放送された。
その映像を、ホテルの部屋でメリーと蓮子が眺めていた。
「……教授、本気で離れるつもりなのかな。」
「どうだろう。
でも、たぶんあの人の“現場”はどこにでもあるんだよ。
机の上でも、回路の中でも、エンジンの鼓動でもね。」
蓮子は微笑み、ペースノートを閉じた。
「次の舞台はフィンランド。
教授に、“空の走り”を見せてやろうじゃない。」
メリーは静かに頷く。
その視線の先で、夜の東京湾が鈍く光っていた。
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港。
タラップを降りた瞬間、肌に当たる風はひんやりとしているのに、
太陽はやけに高く、眩しかった。
マエリベリー・ハーンは目を細めてつぶやく。
「……うそ、これで夜の七時ってどういうこと?」
隣の蓮子が笑いながら肩をすくめた。
「夏のフィンランドは白夜の国だよ。
夜になっても太陽が沈まない――物理的に、寝るタイミングを失う国。」
「科学的な説明で余計に実感湧かないんだけど……!」
笑いながら入国ゲートを抜けると、空港の外は広く穏やかな光に満ちていた。
空は限りなく薄い青、地平線近くは淡い金色。
街路樹の白樺がさわさわと揺れ、
その下で小さな子どもたちがアイスを片手に走り回っている。
「……日本は梅雨明け直後だったのに、
こっちは完全に“世界の夏”って感じね。」
「湿気がない分、空気が軽い。音も透き通ってる。
……走るには、最高の季節だよ。」
メリーはその言葉に小さく頷いた。
「うん。きっとこの国で、デルタが“空を走る”んだわ。」
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移動車内 ― ヘルシンキからユヴァスキュラへ
空港を出発したバンの窓からは、
広大な牧草地と湖が交互に現れる。
その向こうでは、低い太陽の光が一面の水面に反射していた。
「……ねぇ、メリー。フィンランドってさ、サンタの国なんでしょ?」
「また唐突ね。」
「だって、ラップランドが“公認サンタの故郷”って聞いたし。
この国の子どもは、本気で信じてるって。」
「……蓮子、まさか走行ルートのついでに“サンタ探し”とか言わないでよ?」
「言う。科学的にサンタの軌道解析してみたい。」
「軌道って何の単語!?
サンタを軌道力学で語る人、初めて見たわよ。」
「でも考えてみて?
地球一周を一晩で回るって、タイムスリップに近いよ。
もしかしたら量子トンネルを――」
「――はいストップ。量子サンタ禁止。」
蓮子が頬を膨らませ、メリーは窓の外の森に目をやる。
針葉樹と湖が交互に現れ、時おり小さな木造の家がぽつりと並ぶ。
「でもね、ちょっと分かる気がする。
“信じる”って、案外すごい力なんだと思う。
ラリーも、信じて踏み込まないと速くなれない。
根拠より、信頼のほうが先。」
「……たしかに。教授も、そういう人だったね。」
「うん。理屈の塊みたいでいて、
最後の一歩は“感覚”を信じるタイプ。」
車内の会話が途切れ、
窓の外を吹き抜ける風が「シャア」と草原を撫でた。
遠くの湖面に、白いヨットの帆が小さく浮かんで見える。
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夕暮れ ― ユヴァスキュラ到着
午後九時を回っても、空はまだ明るい。
街の入口に掲げられた看板には、
大きく “Welcome to Rally Finland” の文字。
道路脇では地元の子どもたちが旗を振り、
屋台から漂うソーセージの匂いが夏の夜気に混じる。
「……ねぇ、メリー。あれ見て。
公園の噴水で子どもが水着で遊んでる。」
「ほんとだ。日没してるのに、昼みたいね。
この明るさじゃ、寝られないかも。」
「でもいいね、なんか“夢の国”みたい。」
ホテル前に停車すると、
運搬車の荷台から真紅のランチア・デルタECVが降ろされる。
ライトを浴びたボディは、まるで生き物のように輝いた。
「……行こうか。教授の“最後の設計”を、飛ばしに。」
「うん。次は――空の勝負だ。」
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同じ頃。
少し離れた湖畔のロッジでは、
トヨタ・222Dチームの整備員たちが、
黒いマシンの下で軽く試走用の調整を行っていた。
「ねぇ澪、明日は本気で空飛ぶのよね?」
エレナが笑いながら工具を置く。
「飛ぶっていうより、跳ねる。……できれば着地したいけど。」
「着地の保証は?」
「そんなの、最初からないでしょ。」
エレナが吹き出し、後方のソファに座っていた宇佐見菫子が
眼鏡をくいと押し上げて言う。
「落ちることを恐れる奴は飛べない。
でも、着地を忘れる奴は――もう走れない。
いい? 明日は“飛ぶための着地”を考えなさい。」
「はいはい、哲学的ですね。」
エレナが笑いながら答えた。
だが澪は静かに頷いた。
(……着地のためのジャンプ、か。あの人らしいわね。)
窓の外では、湖に沈む夕陽が
まるで夜明けのように明るく光っていた。
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こうして――
北欧の夏、光の国で幕を開けるラリー・フィンランド。
“空を駆ける赤い影”が、いま再び目を覚ます。
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ユヴァスキュラ郊外。
湖と森に囲まれたサーキットテストエリアは、夕暮れにも関わらずまだ明るかった。
白夜の空は金色と薄青のグラデーションを描き、
まるで太陽が沈むのをためらっているように見えた。
赤く光るランチア・デルタECVが、ピットの前に静かに止まっている。
メリーはそのボンネットに手を置き、深く息を吸った。
「……あの子、ずいぶん軽くなったね」
隣でノート端末を操作していた夢美が、小さく頷く。
「カーボンモノコックと冷却系の再設計で、総重量は約900キロ。
最高出力は620馬力超。
……数字だけ見れば、もはやグループBの“次の段階”だ。」
「簡単に言えば――“お前が怖がるほど速い”」
メリーは苦笑した。
「教授、それフォローになってません。」
「事実だからな。」
後方では、北白河ちゆりが一人で足回りを確認している。
彼女の作業音が、静かなピットに心地よく響いた。
金属音と油の匂いが混じり合う、レース前夜特有の空気。
「サスペンションの反発、少し強めてあるぜ。
フィンランドは“飛ぶコース”だからな。跳ねても姿勢を戻せるようにしてる。」
「“飛ぶ”……か。」
蓮子がぽつりと呟く。
「モンテカルロの時は“踏み込む勇気”だったけど、
今度は“落ち着いて落ちる勇気”が必要かもね。」
夢美はその言葉に目を細めた。
「落ち着いて落ちる――か。悪くない表現だな、宇佐見君。」
「ありがとうございます。詩的なだけですけど。」
「詩的なものほど、現実に近い時もある。」
教授はそう言いながら、デルタのリアカウルをそっと撫でた。
その手には、どこか未練のような震えがあった。
「……教授?」
メリーが問いかける。
「いや……少し、感覚を確かめただけだ。」
短く返す夢美の表情は、夕陽に照らされてもなお硬い。
――(このマシンにも、限界が来る。
素材の耐久、構造、熱、全てがギリギリだ。
次の段階を――ECVⅡを、準備しなければ……)
その胸中は静かだが、確実に“終わり”の影を意識していた。
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「教授、次のステージ、飛ぶポイントいくつくらいあります?」
ちゆりがマップを広げながら問う。
「ざっと15。大きいのは“オウニンポウヤ”。
空を飛ぶ気で行け。」
「そりゃまたざっくりだな……」
「細かく言っても、結局“感覚”だ。」
「うわー出た。教授の感覚論。」
「違う。理論で限界は測れても、
飛ぶ瞬間の判断はドライバーの“脳より速い部分”で決まる。
ハーン君、そこを頼む。」
「了解です。」
メリーはその言葉を静かに受け止める。
モンテカルロの氷、アルゼンチンの土、日本の雨。
すべてを経て、いま自分がこの場所にいる――
そのことを、全身で感じていた。
「……行けるよ。
どんなステージでも、私たちは“落ち着いて落ちる”ことができる。」
「いいね、それ。キャッチコピーにしようか。」
「やめて。スポンサーつかなくなるから。」
笑い声がピットに響いた。
けれど、誰もその笑いの裏にある“緊張”を隠そうとはしなかった。
翌日、この国の森で“空を駆ける”ことになるのだから。
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同じ夜、湖を挟んだ向こうのロッジでは。
トヨタ・222Dの黒いボディが月光を浴びて光っていた。
澪は工具箱を閉じ、隣でコーヒーを啜るエレナに言った。
「……明日、またデルタと並ぶかもね。」
「うん。でも今度は、ただの“勝負”じゃない気がする。」
「どういう意味?」
「うーん、なんか――“答え合わせ”みたいな。」
「答え合わせ?」
「うん。誰が、どんな“信じ方”で走ってきたかのね。」
その言葉を背に、菫子が静かに言った。
「いい感性してるじゃない。
勝ち負けより先に、“意味”を掴める人は強い。」
「じゃあ私たち、意味で勝ちたいわね。」
「……意味で勝つ、か。」
澪が小さく呟いた。
その表情には、いつもの無表情の奥に淡い炎が宿っていた。
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翌朝。
朝日というには眩しすぎる白夜の光が、ピットエリアを照らす。
デルタECVのボディが真紅に輝き、
その向こうで222Dが静かにアイドリングを始めていた。
「……行こうか、蓮子。」
「うん。北の森に、足跡を残しに。」
メリーはヘルメットをかぶり、グローブを締める。
その指先はわずかに震えていたが、
その瞳は誰よりもまっすぐだった。
「空の向こうで、教授が笑うかもしれないからね。」
「笑うっていうか、“計算しながらうなずく”でしょ、あの人は。」
「それでもいい。」
マシンが動き出す。
北欧の森を貫く、夏の光の中へ――。