もし、どちらかを知らない方がいましたら是非原作を手に取っていただけたら幸いです。
ドーナドーナもバトゥーキもめちゃ面白いので。
瀬戸内海に面する街、亜総義市。少し冷めた海風が夜の港に吹き込む。
堤防に立っている男が煙草を咥え火を付ける。ゆったりと吸い込むと煙草の先がぼうと光り、チリチリと小さな音を立てた。男以外に周りに人はおらず、煙草から鳴る音が男の存在感をより際立てる。
否、そんな状況でなくとも男は強い存在感を放っていた。
逆立てた黒髪、眉間によった皺、大柄な体格、着ているシャツは男の筋肉に圧迫されピッチリと張り付いている。お世辞にも穏やかとは真逆、威圧感を溢れさせる見た目。どの特徴一つとっても目を惹く。
男は時間をかけてじっくりと煙草を吸い切ると、その吸い殻を火を消しもせずに投げ捨てた。その微かな光が暗闇に包まれていた港をうっすらと、しかし確かに照らし出す。
シケイ、シケイ、シケイシケイシケイ。本来なら亜総義市の『表面』を守る亜総義の走狗が、足の踏み場も無いほど大量に倒れ伏していた。誰も彼もぐったりとしており、時折り呻き声をあげるのみである。
「ケェーッケッケッ!まあ〜暇潰しにはなったわ」
男は他に倒れ伏すシケイ達を見下ろすと、『そこに何も無いが如く』或いは『マットの上を歩く様に』一歩踏み出した。当然踏まれたシケイは、悲鳴をあげるが男は意に介さない。ゆったりとシケイを踏み締めながら歩み続けた。
やがてシケイ達からその背中が豆粒ほどしか見えなくなった頃、一人のシケイが立ち上がる。彼は運良く『暴』の嵐を避けることに成功し、そしてすぐさま身を隠す事を選択した賢者であった。
「ほ、報告しなければ…!こんな事態は前代未聞だ……。こ、このままでは我々は…い、いや俺は『非正規』になってしまう。それはダメだ何よりも絶対に避けないといけない」
だがどう報告すればいい?シケイの男は絶望する。数十人のシケイがたった一人の男に負けたなど、亜総義の看板に泥を塗る恥でしか無い。そして、その事実を知る者の存在をこの街が許さない事を彼は痛い程理解していた。何故なら今まで何人も『非正規処分』して来たのだから。
呼吸は浅くなり脈拍は乱れ絶望に目の前の景色が歪む。シケイの男は気を失いそうになりながらこの絶望を作り上げた男の名前を口にする。
「悪軍 鉄馬(オグン テツマ)」
………………
…………
……
抗亜クラン『ナユタ』のアジト内。そこにはいつものメンバーが集合し、作戦会議という名の雑談を繰り広げていた。
「さーて!諸君!今月の活動報告をしてくれたまえ!定期報告の時間だ!」
メンバー5人の内、大柄な男。リーダーであるザッパがガハハと笑いながら各メンバーへ定期報告を促す。
と、言いつつも今までナユタに定期報告の制度は存在しない。単に話の話題が思いつかないザッパによる無茶振りだ。当然メンバーは、その唐突すぎる要求に不満の声を上げる。
まず最初に文句を言ったのは、少し軽薄な雰囲気の男。自称ナユタのナンバー2である虎太郎だ。
「活動報告ってなんだよ!ねーよ!大体基本的に活動は俺ら一緒じゃねーか!」
「報告が無いってことは…虎太郎は仕事してないでおーけー?」
「しとるわ!少なくとも戦闘はポルノ!お前よか体張ってる自信あんぞ!」
「やだ虎太郎、争い事で女の子より活躍してることを自慢すんの?ダッサー」
「黙れ!性悪チェンソービッチ!」
白髪小柄、しかし何処か淫猥な雰囲気を漂わせる少女ポルノ。そして小麦色の肌にピンク色に染め上げた髪のギャル、キラキラ。二人に弄られた虎太郎は、更に怒りを爆発させ吠える。
その怒りの矛先は、弄ってきた少女二人だけに収まらずソファーに座りぶっすりと黙っていた少年にも向けられた。
「おいクマ!おめーも黙って無いで報告しろ!そして無能を晒してこっち側に来い!」
「……報告。報告か」
「別に大した話じゃなくて良いぜ?どうせ話の種が欲しかっただけだ」
「そのフォロー俺の時にしてくれよザッパ…」
クマと呼ばれた少年は、少し思案して今月の『仕事』について報告を始めた。
「『ハルウリ』についてだが、正直言って余り芳しく無い状況だ。最近良い『ジンザイ』を確保出来てない事も大きいし、何よりライバルが強い。東雲派もフラットも上手い事『ジンザイ』集めに成功してる。後は何より…」
「『悪軍連合』か…」
「……そうだ」
ザッパの口から漏れた『悪軍連合』と言う単語にナユタの雰囲気に緊張感が滲む。ここ暫くナユタにとって抗亜クラン『悪軍連合』の存在は、悩みの種であった。
『悪軍連合』。比較的新しい抗亜クランであるナユタよりも新しい、しかしその規模は既にフラットや東雲派にも及ぶ程になっている抗亜クランである。金稼ぎは手広くやっており詐欺や強盗、その金を元手に合法な事業にも手をつける事で汚い金も綺麗な金も両方稼いでいた。
そしてその金稼ぎの一つには当然『ハルウリ』もあり、その規模もキャストの質もナユタの上。ナユタの顧客がそちらに流れてしまっていた。
「つかよ、アイツら元リーチだろ?俺達にぶっ潰された癖によお…」
「……」
虎太郎の元リーチと言う発言に一瞬ポルノが反応する。しかし、本当に一瞬であったため誰も気づくことは無かった。
クマは悪軍連合について、自身が今調べられている範囲で全て報告する。
「元リーチと言うのは正しい…。が、今のメンバーの大半は悪軍連合が立ち上げられた後に入ったチンピラだ。悪軍連合のスタンスは『来る者拒まず』だそうだ」
「へー。そんなに簡単に入れるんなら誰かスパイでもやってみる?アタシとかこーんなに可愛いJKだし余裕っしょ!」
「そして『出て行く事も裏切りも許さない』」
「おう!じゃーなキラキラ!骨は拾ってやるよ」
「やっぱやめ!やめやめー!」
スパイを提案するキラキラとそれを弄る虎太郎をザッパが『そもそもそんな事はリーダーとして不許可』と嗜める。それを確認したのちにクマは話を続けた。
「出口が無いって言うのは、案外入る時には意識しないものだ。仲間入りのハードルの低に加えて、悪軍連合のメンバーという肩書きは、後ろ盾のないチンピラどもにとって最上級の餌だ。考える脳が無いなら尚更食いつく」
「奥に深くじっくりねっとり捕まえて…最終的には、だいしゅきホールドで搾り尽くす」
「言い方は気になるが……。後先考えずに加入した奴らを労働力として搾取するというのは合ってる。何より引き寄せられるチンピラは男だけじゃないらしい」
「はぁ〜、なるほどね。わるーい非行少女も向こうからやって来てくれる訳か!ちっくしょー!んだよナユタにも来いよ非行少女!何で鉄マンの方には集まって俺の方には集まんねーんだ!」
ザッパの嘆きにクマはウチは知名度も規模も全て小さいからだろうと溜息をつく。が、そこで気がついた。
「鉄マン?」
「ん?おー、悪軍鉄馬のあだ名だよあだ名。鉄馬だから鉄マン」
「そんな友達みたいな」
「友達だぞアイツ。飲み友」
「友…はぁ!?」
ザッパから出た衝撃の事実に思わずクマも声を荒げた。驚いているのは他メンバーも同様らしく、珍しくポルノもポカンと口を開き唖然としている。
『悪軍鉄馬』。悪軍連合のトップ。彼についての噂は常に耐えることはない。100人のシケイ相手に勝った、呂布とタイマンで喧嘩してた、東雲派が刀で切り掛かったら刃が通らなくて逃げた。大凡人間とは思えない話が飛び交う人物である。
「何か最近じゃ、実は悪軍連合の幹部達がクランまとめる為に作り上げた幻の人物〜とかも噂流れてたよね」
「何だそりゃ。俺ぁ先々週辺りも一緒に飲んだぜ」
キラキラの言葉をザッパは笑い飛ばした。少なくとも悪軍鉄馬と言う人物は実在するようだとクマは理解した。
だが同時に疑問も出てくる。それを口にしたのは虎太郎だった。
「言えよ!つーか何で言わねーんだよ!?」
「イヤ、ただの飲み友達だしな」
「何処がただの飲み友達だあ!ザッパおめー、ムラサキや品須のおっさんとも飲み友だとか言わねえだろーな!?」
「馬鹿言え!何で俺がムラサキなんぞと飲まなきゃいけねーんだよ!!品須の旦那は…まあお互いの立場があるしな」
「悪軍鉄馬もお互いの立場ありますけどォ!?そもそも!何で悪軍連合のトップとナユタのトップが友達なんだよ!?意味分かんねーよ!」
拳を突き上げて吠える虎太郎の主張は当然である。少なくともナユタというクランにとっては、悪軍連合は仇敵とまではいかずとも、ハルウリの商売敵であることは事実だ。少なくともナユタの商売を担当しているクマに取ってもザッパと悪軍鉄馬が仲良くしていることは、やはり内心面白くはない。
表情に出さないように我慢しているつもりのクマであったが、少々眉間に皺が寄る。その様子を見たザッパは、ばつが悪そうに目を逸らした。
「いや、違うんだよ。あー……違うってのもおかしいか。詳しく説明すると長くなるから色んな所は端折るが、鉄マンと飲み友になったのは悪軍連合ができる前なんだ」
「あーね!よっけー、理解したわ。悪軍連合できる前から友達だったけど、いつの間にか向こうも抗亜リーダーになってたってことね」
「熱くて濃い友情の二人は、数奇な運命に振り回され気が付けば敵同士に。それでも二人の愛が冷めることはなく……」
「ポルノの表現には悪意を感じるが…。ま、キラキラとポルノの認識で大体あってる」
ザッパがガハハと笑いながら肯定する様子を見てクマは、軽いため息をついた。ザッパの豪快さは今に始まった事ではないのだ。クマや虎太郎は振り回される立場が多くはあるが、その精神性に救われることも多い。今を楽しく刹那的に生きるザッパの考え方に賛同するからこそ、クマはナユタに席を置いているのだから。
「お前の性格的に向こうが別クランのリーダーになったところで気にしないのも理解は出来る」
「おお!さすがクマ!話が分かる男だ」
「とはいえ酒に酔ってうちの情報漏らしたりとかは勘弁してくれ……」
「安心しろって。俺が情報漏らすほど酔っぱらったときは鉄マンもベロンベロンでその日の記憶なんてねーからな!」
「…………それは安心と言っていいのか?」
ひとまず、悪軍鉄馬の話はそこで切り上げることとなった。現状をまとめれば他クランに客を取られているのは妨害でも何でもないナユタのシンプルな『ジンザイ』不足である。数人の質の悪い人材では金の集まりが悪いのは当然であった。
「んじゃ、何はともあれ『ヒトカリ』が最優先ってことで結論オーケー?」
「ああ」
「よっしゃ!なら思い立ったが吉日、今日さっそく行こう。実は前から目をつけてた警備も手薄かつ亜総義系列の会社があって……」
………………
…………
……
悪軍連合アジト。
部屋に置かれた革製の高級ソファに鉄馬はゆったりと座り煙草をふかしていた。暫くしてコンコンとノック音が部屋に響き、鉄馬の応答を待つことなくドアが開かれた。
「おう、オベか」
「ああ」
鉄馬にオベと呼ばれた男はそのまま部屋に入り、鉄馬の正面のソファに座る。
「今月の定期報告だ」
「……前にも散々言ったが、俺ぁ組織の運営は興味ね~よ。オベ、てめえの好きにやってくれや」
「無論だとも、別にお前の手を煩わせるつもりなどない。が、俺も散々言っているがこれは俺個人の儀式だ。組織の運営も、人員の采配も、俺が取り仕切る。だが…この組織の『トップ』はお前だ」
「ケェーッケッケッ!律儀だねえ。組織回してんのも、デカくしてんのも、仕切ってんのもお前なのに……意味あんのかね」
「意味はあるとも、当然だ。意味のないことするほど俺も暇じゃない」
「ブヒッ」
オベの恐れを知らぬような挑発的な発言に鉄馬は、鼻を鳴らして笑った。そのままオベはノートPCを開き報告を始める。どの部門がどれだけの売り上げを伸ばしているのか、逆に売り上げが落ちたのはどこか。今後の対策と予定、懸念事項。鉄馬はオベの報告のほぼ全てを聞き流しなが煙草をふかし、オベもまたそれを承知の上で報告を続けた。
傍から見れば異常な光景は、鉄馬とオベにとっては一緒に行動を始めた時から変わらない行為。まさにオベの言う通りの儀式であった。
「報告は異常だ。念のため確認しておくが何か聞きたいことは?」
「ケェーッ!今まであったことねーだろ」
「そうだな。では鉄馬から何か言いたいことは?」
「はっ。それもねぇ………」
鉄馬はそこまで言いかけて悪軍連合とは別クランのトップであるザッパと飲み仲間である事実を思い出した。さて、このことは言うべきか否か。鉄馬は少し考える。が、すぐに必要ないと判断し腕を振って話を終わらせた。
「……了解した」
「ほいじゃ」
「あ、あの!鉄馬さんですよね!?」
「あ?」
オベと鉄馬が報告会を切り上げようとしたとき、突然一人の少年が部屋に入ってきた。まだ未成年であろう幼さが残るその顔を興奮で紅潮させ、少年は鉄馬へと駆け寄る。どうやら悪軍連合の新人らしい。
「お、俺!ずっと鉄馬さんに憧れてて!亜総義の中だけじゃなくて『外』との奴らともやりあったことあるって聞いて!」
「…………」
新人の少年の熱弁をオベと鉄馬は黙って聞く。
少年は暫く鉄馬がどれほど凄いのか、自身の暮らしていた地元で聞いた伝説、また鉄馬を支えるオベの素晴らしさを本人たちの前で捲し立てた。その瞳は憧れの存在に出会えたこと、またそんな彼の役に立てることの喜びに震えている。
それ故に少年は気づけない。オベと鉄馬が少年を見つめる視線が恐ろしく冷え切っていることに。
「い、以上です!これから宜しくお願いしまっす!!!」
「おーおー。大層興奮しちゃって」
「え、あ……。へへ……」
鉄馬はゆっくりとソファから立ち上がり、少年の頭を撫でる。その大きな手のひらから伝わるじんわりとした温もりに、少年は再度感動する。
(俺、この人に一生ついていこう──)
「坊主、お前俺に憧れてんのか」
「は、はい……!」
「俺に役に立ちたいのか」
「はい……!」
「俺みてぇになりてーか」
「はい!!」
「ケェーッケッケッ!そーかそーか…」
少年の頭に置かれた手のひらがガッチリの髪の毛を掴む。
「え?カペッ!?」
鉄拳が少年の顔に叩き込まれた。
拳が少年の鼻を、上顎を砕きながら顔にめり込む。それでもなお止まらない拳は、そのまま振りぬかれ少年を吹き飛ばす。ドアを突き破り廊下にはじき出された少年の体は、暫くピクピクと痙攣していたもののやがて動かなくなった。
「ま、来世で頑張れや」
「……」
「オベ」
「これからは新人にも最低限の教育は行う」
「分かってんなら良い。俺ぁ、ちょっくら散歩行ってくる」
「ああ」
「鉄馬さん!オベさん!いったい何──おわ!?」
鉄馬が部屋を出てすぐに騒ぎを聞きつけた部下たちが焦った様子で集まってくるも、廊下で動かなくなった新人を見て血相を変える。
「こ、こいつが何か……やっちまいましたか?」
「これから新人には軽々しく鉄馬に話しかけるのをやめるように教育を徹底しろ。当然鉄馬の私室に勝手に入るのもなしだ」
「え──。は?こいつ、そんなことしたんスか!?マジかよ……」
「鉄馬が帰ってくるまでに『これ』を片付けるぞ。掃除屋に連絡しておけ」
「わかりました。出来るだけ早く来てくれるように手配しておきます!」
「頼んだ」
部下が手配準備のために走り出したのを見届けたオベは、再度廊下で倒れている少年に目を向けた。
顔は陥没し、拳の衝撃により左目が半分ほど飛び出している。前歯がほぼ全て折れた口からは、脱力した舌がだらんと漏れていた。
少年の行動は褒められたものでは無かった。組織の下っ端がトップの私室に入り話しかけるなど、当然許される行為ではない。しかし、ここまでされるほどかと言われればそれも否だ。あまりにも突発的な『暴力』。そこに容赦や情けなどない。誰にでも、右も左も分からない新人でも、悪軍連合の幹部でも、例えオベでも……鉄馬の暴力は等しく振るわれる。
「ふ、ふふ────。そうだ、それでいい。鉄馬、お前はそれでいい」
誰も見ていない廊下でオベは、ただ一人嬉しそうに笑っていた。