抗亜の悪軍   作:ナハハ

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1-2.悪軍連合

 亜総義商店街。

 かつては地元民から愛され活気であふれたこの商店街は、近隣に亜総義市内最大のショッピングモール『アモル』が建てられたことで寂れたシャッター街となっていた。商店街に若者の姿はなく、空いている店の前にもどこか虚空を眺めるようにボウとしている初老の店主が立って居だけである。

 そんな商店街を鉄馬はゆったりと、堂々と、肩で風を切って歩く。鉄馬に気づいた店主たちが『てっちゃん、何か買ってってよ!』と声をかけ、鉄馬が『買いたくなるもん店に並べてから声かけろ』と受け流す光景はこの商店街の日常だった。

 

 暫く鉄馬が歩いていると、背後からトントンと肩を叩かれる。

 

「あ?」

「職務質問だ」

「んだよ、タケか」

 

 鉄馬が振り向くと、そこには警棒を手に持ったシケイが一人立っていた。鉄馬から『タケ』と呼ばれたシケイは、この亜総義商店街を唯一警邏しているシケイである。

 それ故に抗亜である鉄馬ともよくも悪くも顔見知りとなっていた。

 

「名前と市民番号。あと市民カードをだせ」

「市民番号なんざ覚えてねーよ」

「あのさ……。俺、先週もちゃんと覚えて来いって言ったよね?じゃあカードは?」

「さあ?」

「さあ?って何だよ!これも先週言ったよな。紛失したら亜総義サービスセンター行って再発行手続きしてもらえって!」

「あー、暇だったら行くわ」

「今暇だからこんなとこほっつき歩いてんだろ!」

「ケェーッ!違いねえ」

 

 鉄馬とタケのやり取りに『こんなとこって何だ!』と商店街の店主たちから非難の声が上がるが、タケは『黙れ死にかけ商店街の死にぞこないども!』と警棒を振って威嚇した。

 

「タケも暇だねえ。こんなオンボロ商店街を警邏して何になる」

「オンボロ商店街に抗亜のチンピラが歩いてるから警邏しなきゃなんねーんだよ。お前が立ち去れば二度と来んわこんな場所」

「ケェーッケッケッ!ご愁傷様だなあシケイ様。じゃあ奥のすし屋潰れるまでは警邏頑張ってくれや」

 

 鉄馬が話を切り上げ歩き出す。タケが背後で『まだ職務質問終わってないけど????』と騒いでいるのを無視して暫く歩けば目的地のすし屋『溝ノ口』が見えてきた。入り口には準備中の札が飾られているものの鉄馬は、躊躇なく戸を開ける。

 

 店内では白髪の大将がカウンター裏の台所で準備をしていた。来客に気が付いた対象は笑顔で鉄馬を出迎える。

 

「らっっしゃい!まだ準備中だよ!後で来て……なんだぁ?てめえかよ、こんのヤクザ者!まだ準備中だぜ、あとで来やがれ!」

「俺ぁ気にしねえから」

「こっちが気にするんでい!」

 

 鉄馬は大将を無視すると、酒用の冷蔵庫から一番高い酒を取り出しカウンター席に座った。グラスに並々酒を注ぎ、一気に飲み干す。そのまま『いつもの握ってくれ』と頼むと、大将は諦めたように寿司を握り始めた。

 

 暫く寿司を肴にアルコールが喉を焼く感覚を楽しんでいると、店の戸がガラガラと開く。入ってきたのは先ほど職務質問を躱したタケ。両手には商店街の店の紙袋、どうやらあの後店主たちに捕まり余計な買い物をさせられたらしい。疲れた様子で鉄馬から一つ間を開けて席に座った。

 

「大将、季節の5貫盛りで」

「てやんでぃ!クソヤクザ者の次は不良シケイかちくしょうめ!ちょっと待ってな!」

「ケェーッケッ!死にぞこないの店で買い物してやがる」

「商品のラインナップは死にぞこないどころか死んでたぞ。そこの総菜屋でいくつか総菜買ってきたんだけど大将いる?」

「いらねえよ!ほら、食いやがれ!」

 

 タケは小さく『いただきます』と手を合わせると、大将の作った寿司を頬張る。黙々と寿司を食べる姿はシケイも抗亜も大した差はない。暫く静かに食事を楽しむ時間が続き、その静寂を破ったのはタケだった。

 

「……そっちは儲かってんのか?」

「あん?」

「……だから、抗亜の仕事というか金稼ぎっつーか」

「さあな。別に俺は好きにやってるだけだからよ」

 

 タケの言葉に鉄馬はグラスの酒を一気に呷り言葉を紡ぐ。

 

「そもそもシケイのてめーに教える義理ねえな~」

「……ま、そりゃそうだわな。大将、お勘定。こいつの分も払うよ」

「へい!えー、あいつが飲んでる酒が高ぇから……合わせて3万8000円!」

「……アソポ使える?」

「使えねえな!」

「……明日払いに来るからツケでお願いします」

 

 

………………

…………

……

 

 

「くぁ……」

「おはよークマ。クマも寝不足?」

「ああ、まあな……」

 

 少し肌寒い朝、クマとキラキラは通学路をともに歩いていた。クマはより濃い隈が、キラキラはうっすらと目元に隈が浮き上がっている。昨晩のヒトカリは結果として大成功だった。ただ、思いのほかシケイの応援が多く、撤退する際にジンザイを抱えたザッパと虎太郎が先に逃げ、クマとキラキラが殿を務めることとなった。

 

「思いのほか粘ってきたのは予想外だった」

「ねー。最近ほかの抗亜クランが頑張ってる分シケイも気合入ってるのかも。まったく、ナユタはまだまだ活動範囲も規模も狭いんだからサービスしてほしいわ~」

「ま、向こうからすればクランもくそもなく一括りに抗亜だろうからな……」

「それなー」

 

 学園に入り、また放課後でとクマとキラキラは分かれる。ここでは二人とも抗亜ではなくただの学生だ。クマは、教室に入ると机に突っ伏し昨晩の削れた睡眠を少しでも取り戻そうと目をつぶる。他生徒が楽しそうに話す声をBGMにウトウトし始めた時だった。

 

「昨日さー、またどっかの会社が襲われたみたいだよ」

「えー怖いなー。最近何かと物騒だよね」

(……俺たちが昨日ヒトカリしたところか)

 

 少し離れた席の女子生徒二人の会話が耳に入り、クマの意識が覚醒に引き戻される。どうやら二人の話題は昨晩クマたちの起こした襲撃事件についてのようだった。会社のお金になる物や極秘資料が盗まれたとか、連れ去らわれた女性がいたとか、自分の親の会社が襲われないか不安だとか、普通で他愛もない会話。

 

(今のナユタの規模は正直小さい。それでもちゃんと『抗亜』が出来ている、それが分かっただけでも収穫だな)

「それにしてもどこのグループが襲ってきたんだろうね」

「さあー?別に抗亜に興味ないしなあ……。あ!でもでも最近1つだけなら名前聞いたよ」

 

 少女たちの会話にそう結論付け再度まどろみに意識を落とそうとしたクマをまた別の話題が引き戻す。

 

 クマとしては、抗亜として活動するうえで有名になりたいか、と問われれば否ではある。有名になればなるほどシケイの警戒対象になるからだ。

 だが、亜総義市民たちにも名が広まっているということは、亜総義によりダメージを与えることが出来ている証拠でもある。ナユタの目指すゴールが打倒亜総義である以上は、有名であることこそ亜総義に対してダメージを与えている証明とも言えた。

 

(話題の流れ的にもしかしてナユタ───)

「悪軍連合!もうちょーヤバいんだって!」

「あ!それ私も聞いたことあるかも」

「…………。もっと頑張ろう」

 

 クマは抗亜活動にもっと力を入れよう決意するのであった。

 

 

 時間は過ぎ、昼休憩。誰もいない屋上でキラキラとクマは珍しく一緒に昼食をとっていた。

 

「むきー!昨日の襲撃はあたしたちだっつーの!」

「キラキラ、声がでかい」

「おっと、ごめんごめん」

 

 どうやらキラキラも例の噂を聞いたようで、納得が行かないから愚痴を聞けとキラキラからクマを誘ったのだ。

 

「正直、気持ちはわかる。俺も朝その話を聞いたときは少しショックだった」

「だよねだよね!?別に有名になりたいわけじゃないけどアタシたちのやったことがさー、別のやつらの手柄?になってるのは、ちょおっと気分悪い~」

「状況としては容疑が別クランに掛かってるのは悪いことじゃないんだけどな」

「合理的に考えて。ってやつ?」

「そうだ」

 

 結局俺もショックを受けたから合理的じゃないがな、とクマは付け加えた。

 

 悪軍連合の悪名がここまで一般人にも広まっているは、正直クマにも予想外だった。

 現在抗亜のクランの中で精力的に活動しているのは『ナユタ』『東雲派』『フラット』『悪軍連合』だ。その中でも亜総義相手に真正面からやりあっているのはナユタと東雲派。フラットは決して弱いわけではないが、どちらかと言うなら計略を巡らせて目立たずに行動することを好む。悪軍連合はハイブリッドと言えるだろう。多岐にわたる悪事の中にはシケイと直接衝突する内容も多い反面、シケイの目を盗んだ金稼ぎもやっている。ハルウリや詐欺、クマが最近聞いた噂では裏格闘技大会を開き賭け試合などもあった。

 

 しかし、やはり何故市民に悪軍連合の名が知れているのか理由が思い当たらない。別にそこが分かった所で自分たちに何か利益が有るわけでも無いが、妙な引っ掛かりにクマは少々気持ちが悪かった。

 

「あれかなぁ、身近な恐怖ってやつ?」

「身近な恐怖?」

「そ。ほら悪軍連合以外のクランってウチ含めても基本的にはヒトカリして、ハルウリして、余裕が出来たらシケイと喧嘩してって感じじゃん?」

「まあ……他はハルウリ以外もやってるけど基本的にはそうだな」

「でも悪軍連合ってさ結構ちゃっちい悪さもやってるんだよね」

「ちゃっちい悪さ?」

「んー、どう行ったら良いかな。私たちの友達の中でも時々噂が流れたりするんだよね。あの先輩って実は裏で悪軍連合とつながってて金ゆすられたとか、あそこのゲームセンターって悪軍連合のたまり場になってるからカツアゲに気を付けてとか」

「……」

「そういうのってさ、私たちがやってるヒトカリよりも皆にとってはずっと身近に感じるんじゃないかな~って」

「なる、ほど……」

 

 クマはキラキラの言葉で、自身の調査結果を思い出す。悪軍連合とは『入りやすい抗亜』であることを。なるほど、入りやすいが故に増えやすく、増えてしまえば触れる機会も増える。今や亜総義市民にとって悪軍連合とは、日常の中で触れる可能性がある抗亜なのだ。ある日街で肩をぶつけた不良が悪軍連合かもしれない、そう思うとナユタのヒトカリに巻き込まれるよりもずっと『身近な恐怖』だ。

 

「確かに、普通に考えれば怖いな」

「だよね~。ま、私たちは普通とちょっと違うけどさ。抗亜が暴れた~って時に、一般人からしたら最初に思い浮かぶのは悪軍連合かもね」

「……そうか。さっきも言ったが容疑が悪軍連合行くこと自体はナユタには悪いことじゃない。そうなっているうちは派手に行動させてもらおう」

「合理的に?」

「ああ」

 

 

………………

…………

……

 

 

 某所、シケイ支部拠点。

 

「本日は忙しい中、お時間をとっていただきありがとうございます」

「いえいえ、オベさん。いつも我々も助けていただいていますから……」

 

 二人で使うには広すぎる会議室、悪軍連合のオベとシケイ支部長の男が向かい合って座っていた。オベの格好は普段のようなラフなものでは無く、シックなスーツに身を包み胸には弁護士バッチが光っていた。

 

 とはいえ抗亜に所属しているオベがシケイの支部拠点にいることは異常で有るはずだが、そこにあるべき緊張感は存在しない。オベは普段と変わらない鉄面皮を維持し、支部長は穏やかな表情のままだ。理由は単純、ここではオベは支部長お抱えの弁護士という話で通っており、実際部下たちもオベを強面の弁護士としか認識していなかった。

 

「ではオベさん、いつも通り商売の話を始めましょう」

「ええ、もちろん」

 

 オベは持ってきていたカバンからファイルを取り出し、支部長に渡す。

 

「おや、今回は多めですね。我々としても助かりますが……念のためにご理由をお聞きしても?」

「特別な意図は特にありません。私たちの組織は人が集まりやすいですから、今月は集まりすぎた。それだけです」

「なるほど。ふふ、お互い組織運営は大変ですな。例えこれ以上不要だと思っていても集まることはある。それが人となれば『処理』は大変だ」

「ええ。ですから助かっていますよ」

 

 オベが支部長に手渡した資料に記載されていたのは、『これから悪軍連合が起こす予定のヒトカリ』、その計画資料であった。つまり、悪軍連合とシケイは談合の衝突を行おうとしているのだ。

 

「組織は大きくなるほど末端への管理は難しくなる。それが我々、抗亜のアウトローなら尚更。だが、言うことのきかない犬は要らない」

「分かりますとも。ですから私も貴方からこの計画を持ち掛けられた当初こそ疑いましたが、今ではWinWin。貴方は不要な人材を処理したい、我々はシケイとしての仕事の『結果』が欲しい。ともに課題を解決できるの実に良いパートナーだと思っていますよ」

 

(人材の処理というのであれば、生意気な部下を不利な状況に配置することも出来てこちらも助かっていますしね)

 支部長は手で顎を撫でながら微笑んだ。

 

「皮肉な話です。私たちシケイは市民の平和を守るために存在し、シケイの目標は亜総義市の絶対的な平和です」

「ですが、平和な亜総義にはそもそもシケイは不要」

「その通り!実際、我々の担当地区には元々『リーチ』と呼ばれる抗亜クランがいたのですが、諸事情あって無くなってしまいましてね。そしたら上が『平和な地区のシケイには不要な予算が多すぎる』と。泣く泣く何人も首を切りましたよ」

「……」

「ふふ、その中には可愛がってた部下もいましてね。おっと……話が逸れ過ぎましたね、申し訳ない」

「いえ、構いません」

「兎も角!私は皆さんとは良い関係を長く続けていきたいと思っています。これからも是非宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 

 二人はしっかりと握手交わす。支部長は部下を呼び出しオベを出口まで見おくように指示した。

 

「先生、こちらです」

「ああ」

 

 部下に連れられ、会議室を出るオベの姿を支部長は戸が閉まるまでじっくりと見つめる。そして、戸が閉り切ったのを確認すると、机の上に置いてあった消毒用のウエットティッシュで先ほど握手した手を拭う。何度も何度も。

 

「クソにも劣る抗亜と同じ目線で語り合うのは、不愉快で仕方がないが……まあ良い。これくらいの我慢は必要経費だ」

 

 オベに語った内容は全てが嘘ではなかった。表向きの平和と、偽物の結果で得が出来るならこれもまた支部長の仕事なのだと自分に言い聞かせる。誰が亜総義の平和など目指してなるものか。

 

「薄汚い抗亜め。精々野たれ死ぬ瞬間まで利用してやる」

 

 一人だけの会議室で支部長は手を拭い続けた。

 

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