初期実装☆2盾キャラ(人権)の話   作:POTROT

12 / 23
【彼女】の話

 俺は、自分という個人に何の疑いも持っていなかった。

 山河の国の武将盧間(ルージャン)とその妻天雨(ティエンユー)の息子で、兄の龍星(ロンシン)と姉の(ツィン)の弟。

 まるで精巧な硝子細工を扱うかの如く大切に育てられ、将来は国を背負う大役を担う事になる、正しく国の宝。

 

 俺の家族は俺をそう評価したし、俺もそう信じて疑わなかった。

 だから首輪をはめられて真っ暗な牢の中に繋がれていた事も、両親が毎日毎日俺の体に『何か』を仕込んでいた事も、兄や姉が運んで来る飯の類の悉くが毒虫や毒草の類だった事も、全てが全て当然の事だと思っていたし、むしろ誇らしいこととすら思っていた。

 

「────憐れな子供だ」

 

 だから、俺は【彼女】の事が嫌いだった。

 俺の存在を憐れみ、俺の在り方を否定する【彼女】が、心の底から嫌いだった。

 

「己が利用されている事にも気付かず、ただ純粋無垢にそれを受け入れる……嗚呼、悍ましい悍ましい。如何にもこの国の帝がやりそうな事だ」

 

【彼女】は気が付いたらそこに居た。

 俺しかいるはずのない牢獄に忽然と現れ、とぐろを巻いて座っていた。

 黒い鬣を長く伸ばし、赤い目が暗闇に爛々と光るようで、怖かった。

 

「憐れ。実に憐れ。陽の光を知らず、抜け出したいとも思えぬ。一欠片の愛すらも知らず、愛されたいと思うことすらできぬ。人は一体どうすればここまで残酷になれるのだろうなぁ?」

 

 だが、それ以上に腹がたった。

 俺は特別なのに。俺は完璧なのに。しかし【彼女】はあたかも俺が劣っているように言う。

 俺はそれが許せなかった。

 だから俺は抗議の意を【彼女】に示した。

 

「ん? ……ああ、喉に呪印が刻まれているのか。許可がなければ話す事すらできん……一度も話す事なく言葉すら奪われるとはな。……否、一度も話した事がないからこそ奪われた事にも気づけんのか」

 

 だが、【彼女】は俺の抵抗を歯牙にもかけなかった。

 それどころか、俺への憐れみを更に深いものにした。

 俺は益々許せない気持ちになった。

 必ずこの得体の知れない存在にギャフンと言わせてやろうと決めた。

 だから俺は力を使った。

 

「……ああ、成程な。そういう事か。随分とまぁ、えげつない事をやらかすものだ、あの阿呆も。待ちに待った嫡子だろうに……否、嫡子だからこそか」

 

 しかし、【彼女】は俺の力が効いていないようだった。

 だから俺は【彼女】を家族だと思った。

 俺の力が効かないのは、俺の知る限り俺の家族だけだったからだ。

 たとえ自分とは似ても似つかない異形であろうと、【彼女】は俺の家族なのであると、俺は本気で信じた。

 そして家族であるのならば、俺と遊んでくれるはずだった。

 だから俺はつい先程までの怒りを忘れ、【彼女】に遊びをせがんだ。

 

「……はぁ、クソ。駄目だ。憐れ過ぎて放っておけん」

 

 そう呟いて、【彼女】は人間の姿をとった。

 長い黒髪に赤い瞳、黒い装束を身に纏った、背の高い女の姿だった。

 

「…………」

 

 美しい、と思った。

 心の底から、【彼女】が美しいと感じた。

 赤く光る、縦に割れた瞳から、どうしても目が離せなかった。

 多分、これが初恋だった。

 

「お前、名前は? ……ああいや、喋れないんだったな……」

 

 ずい、と。彼女が俺の目を覗き込む。

 

「……(リュー)……いや、どちらかといえば深緑か。ならば(セン)だな。よし、今からお前のことはセンと呼ぼう。しばらく遊んでやるぞ」

 

 当時の俺は、名前という概念を知らなかった。

 だからそのセンというのが自分の呼び名である事に気付くのに、かなりの時間がかかった。

 

「とは言え、私に出来ることと言えば、軽く体を動かさせる事くらいか。……武術など、使い所は一生来ないものと思っていたが、存外わからんものだ」

 

 それから、俺は【彼女】に武術を習う事になった。

 今まで運動というものを知らなかった俺にとって、武術の訓練は酷く強烈な衝撃を与えた。

 辛かった。苦しかった。痛かった。

 だが、それ以上に気持ちが良くて、楽しかった。

 

 突き、蹴り、体当たり。様々な技を習い、そして【彼女】と組み手をした。

 家族が来る時間を除いて、俺と彼女はずっと一緒に居た。

 

「……くははっ! いいぞ、いいぞ。段々と様になってきたじゃあないか!」

 

【彼女】が笑う。俺も笑う。

 心の底から楽しいと思った。

 首から伸びる鎖を煩わしいと思ったのは、この時が初めてだった。

 

 俺はこの時間が永遠に続けばいいのにと願った。

 だが、そうもいかなかった。

 流石に1年も続ければ俺の体つきが変化し始め、不審がった父が俺に『正直に話す』ように命じた。

 俺の口は【彼女】の事を正直に話した。

 家族は酷く狼狽えて、そしてしばらくしてから、俺を違う牢に押し込めた。

 

 その途中で、俺は初めて太陽というものを見た。

 目が潰れんばかりの輝きに俺は目を瞑り、そして漸く光に慣れて目を開いた時、俺の目に映ったのは酷く衝撃的な光景だった。

 彩あふれる住居を見た。湯気の立つ暖かそうな食事を見た。豊かな緑の山を見た。

 

 俺は、自分が今まで如何に色褪せた世界で生きていたかを知った。

 

「…………」

 

 新しく俺が押し込められた牢は、今まで居たそこよりも何倍も居心地が悪く、そして陽の光を知ってしまった俺にとっては地獄のような場所だった。

 そこに【彼女】が居ないという事実も、俺の心を酷く陰鬱な気分にした。

 

「……」

 

 何故?

 何故自分は家族達の暮らしている場所と一緒の場所には居ないのか?

 何故自分はあの太陽の見えない場所に押し込められているのか?

 俺が特別だというのなら、国の宝だというのなら、あの素晴らしい景色の下に居るべきではないのか?

 

 そんな疑問がぐるぐると頭を巡るが、しかしいつまで経っても答えは出ない。

 生まれて初めての苦悩は、俺の精神を酷く蝕んだ。

 

「随分と、人間味のある顔になったな」

 

 だから俺は、【彼女】の声が聞こえた時、心の底から嬉しかった。

 救われたとすら思った。

 

「ん? ……くははっ、そんなに寂しかったか? たかが数時間程度の事だろうに。可愛いやつめ」

 

 俺は【彼女】に自らの苦悩をどうにか伝えようとした。

【彼女】ならば俺がどうすればいいかを教えてくれると思った。

 

「……そうか。やっと知ったか」

 

 すると彼女は深く頷き、そして俺の目を見据えた。

 

「………………セン、他のことも知ってみたいか?」

 

 無論、俺は頷いた。

 

「……そうだろうな。そうだろうよ。わかった、ならば教えてやろう」

 

 それから【彼女】は俺に、本当に様々な事を教えてくれた。

 武術の稽古をしながら、沢山の常識を始めとして、世界の国々のことや、色々な珍しいもの、綺麗なもの、魔法や方術と言った、俺の知らない技術の事を、【彼女】の持ち得る知識の全部を話してくれた。

 今度は俺も【彼女】もバレないようにしたので、家族にバレる事はなかった。

 

 そして、7年後。

 俺が青年と呼べるような年齢になった頃の事だった。

 俺は【彼女】が、何時もとは違う様子で居る事に気がついた。

 一体何事だろうと身振りで尋ねてみると、【彼女】は何でもないと誤魔化した。

 

 そんなわけがなかった。

 だから俺は問い詰めた。

 問い詰めて、問い詰めて……そして【彼女】はようやく吐いた。

 

「……セン。お前に、もう残された時間は無い」

 

 血を吐くような言葉だった。

 

「お前はもう成長してしまった。お前はじきに人柱になる。そのためにお前はこうなっているのだから」

 

 俺は【彼女】が何を言っているのか分からなかった。

 だが、きっと何か切羽詰まった事情である事は理解できた。

 

「……ああクソ! こんな事になるとわかっていながら、関わるんじゃなかった! 情が湧くとわかっていながら、軽々しく話しかけるんじゃなかった!」

 

【彼女】が涙を流しながら俺に抱きつく。

 

「嗚呼、嫌だ! 嫌だ! 別れたくない! 死んでほしくない! 死にたくない! ずっと、ずっと一緒に居たい! 何でこんなに辛いんだ! 何で人間はそう簡単に死ぬくせに私たちの心をこうもかき乱すんだ!!」

 

 俺は酷く動揺した。

 こんな【彼女】を見るのは初めてだったからだ。

 俺は【彼女】はずっと毅然とした態度を崩さない、完璧な人物であると信じていたからこそ。

 俺の師であると同時に、憧れの存在でもあったからこそ。

【彼女】の無様な姿は、俺の心を酷く揺さぶった。

 

「……ぐぅっ…うっ……うああっ……セン……っ、セン…………っ!」

 

 そうして数時間が経過した頃。

【彼女】は、漸く俺にも意味がわかる言葉を発した。

 

「私は、これから死ぬ」

 

 実に簡潔で、わかりやすい言葉。

 だが、俺はその言葉を理解し、飲み込むまでにかなりの時間を要してしまった。

 そうして飲み込んだ後、溢湧き出してくるのは疑問。

 一体何故、何があって、どうして。

 そんな言葉が溢れ出ては、しかし喉の呪印に掻き消される。

 

「お前にかけられた戒めの一切を私に集める。そうすればお前はその首輪から解放されても生きられる。喋れるようにもなるし……この宮殿の外に出て、世界中を旅することも、まともな食事をする事も出来る。……友達を作る事だって…………恋人を作る事だって出来るようになる。お前は…………お前は、幸せになる権利を得る」

 

 しかし俺の理解を置いてけぼりにして【彼女】は喋り続ける。

 

「お前と私の力を合わせればそれが出来る。私の厄龍としての力と、お前の身体の特異性があれば出来る」

 

【彼女】が俺を抱きしめる。そして、彼女が力の行使を始めた。

 勿論、俺は止めようとした。だが、俺の喉は一切の制止の言葉を許さない。

 どうにもできない。あまりにも唐突すぎる理不尽に、ただ涙が流れ落ちる。

 

「私の……私の亡骸は……服にしろ。服と…………籠手にしろ。足甲でも……いい。上手く……使って、くれ。私と……私とずっと……ずっと一緒に居てくれ。それで……寂しく……ない……」

 

 そんな事を言いながら、彼女はどんどん衰弱してゆく。

 何が寂しくないだ。

 ふざけるな。

 死ぬな。

 逝くな。

 そう叫びたいのに、叫べない。

 

「くはは……そんなに、つよく、だきしめるな……くるしい、じゃないか……だが……はは……ここちいい、な……」

 

 ようやく『普通』になれそうだったのに。

 ようやく憐れな子羊から一端の人間になれそうだったのに。

 何故。なんで。どうして。

 

「……ぁあ、あぃ、してた、ぞ」

 

 そう言って、【彼女】は力尽きた。

【彼女】の変化は解け、【彼女】の体は元の龍の姿に戻った。

 

「ぐぅううっっ!! あああああぁぁぁぁあああああぁぁぁあぁあああ!! うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 

 俺は【彼女】の亡骸を抱え、泣き叫んだ。

 それは憐れな子羊であった(然森)の断末魔であり、人間である(セン)の産声でもあった。

 

 その後、【彼女】の亡骸を持って、俺は山に逃げた。

 そうして彼女に言われた通り亡骸で服と籠手、足甲を作った。

 それから俺は【彼女】と共に世界を回って、その道中で家族がクーデターの最中に首魁によって殺された事を知った。

 多少の情はあったので、ちょっとした気分の悪さはあったが、俺にはもう関係のない事だった。

 

 エイリアンの襲撃に遭い、ノイ=ヌーフのスカウトを受けたのは、その更に5年後の話だった。




【彼女】……厄龍。『負』に傾いたモノを食う存在で、ほぼ神みたいなもん。クソマズい『負』を生み出す人間のことは嫌いだけど、あんまりにも可哀想な奴がいると放っておけない。そのせいで死んだ。【被害集約】が無法な強さになってる理由の半分はコイツ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。