────アレは、『何』だ?
【ゴフェルの舟】の操舵室、そのモニターに映し出された『ソレ』を見て、誰もがそう思った。
『ソレ』を単純な言葉で形容するのなら、黒い澱みとでも言うべきだろう。
池の底に溜まった真っ黒な泥が水に溶け出し、澄んだ水の中を煙のように揺蕩っているような、そんな風な見た目をしていた。
だが、少なくとも『ソレ』は、泥などでは無い。
それどころか、人間如きに理解できるような生易しいものでも無かった。
「……何だ、これ。何だってんだよ、コレ。これ程までに悍ましくて、穢らわしいモノが、この世に存在していいのかよ?」
「こうして見えると言うことは存在すると言うことであろう。欠片でも触れれば我らとてタダでは済むまいよ。見ただけでは分からぬが、アレはヒトにとっての『害』そのものに近しい物質であろう。この舟の、即ちノイ=ヌーフの持つ『清浄』の力ならば、対抗はできるであろうが……」
「何にせよ、此処が此度の件の元凶である事は確定じゃのう。澱みの大元も陽京の方のようじゃし……これ程の事がありながら妾に連絡がなかった以上、まず民は全滅じゃの」
あまりにも異常な光景に頭を抱えるトビとは対照的に、王二人は冷静に現状を分析する。
特に女帝は、自らの民の死を冷静に判断し、事もなさげに現実として認識した。
「大丈夫なのか」
「元より腐りきった国じゃったしのう。それに、そんな事よりも目先のことじゃ」
「……センの事か」
「そうじゃの……じゃが、それと同時にこの澱みのことでもある」
女帝がモニターの下部分いっぱいに広がる黒い『何か』へ目を向ける。
「……恐らく、じゃがのう。あの封印種どもの体から出ていた瘴気がこの澱みと同一のものとして……多分コレ、センが【被害集約】で以て身に集めた被害じゃ」
『!!』
「ふむ」
「……成程」
確かに、そう考えれば納得出来なくはない。
ホルルの言っていた、ヒトにとっての『害』そのものという表現にも一致するし、今までに何百、何千、或いは何万という数の致命傷をその一身に引き受けて来たセンならば、これ程の規模の瘴気を出せる事にも納得できる。
「……ですが、センさんの引き受けた被害は、その場でセンさん自身に反映されて……いや、何回分もの致死ダメージを受けてなお『動く』ことなど、常識的に考えてまず不可能……となると、まさか……」
「で、あろうな。恐らくセンの肉体にその場で反映される被害は、あくまでも集めた被害の一部、ないし最低限の動作が出来る上限いっぱいまで。それ以上はああいう風にして溜まっていたのだろうよ」
考えてみれば当然だ。
普通の人間は……否、普通の人間でなくとも、『6人分の致命傷』をその身に受ければまず即死する。動くだなんて有り得ない。
もし仮に動いたとして、それは死後痙攣程度のものに違いない。
しかしそれに対してセンは、例えその肉体が潰れ、ひしゃげようが、例え肉と骨が曖昧に混ざり合うピンク色の塊になろうが、動いた。
動いて、走って、敵を殴って……そして、それからようやく倒れた。
今まではそれを『そういうもの』だとして捉え、あまり深く考えないでいたが、しかしそう考えれば確かに理に適っている。
「……しかし、もし本当にアレがセンの集めた被害だとして、それがどうして封印種の復活につながる? ただ今まで封じていたものが漏れ出しただけならば、アレらを復活させるような事態にはならないだろう」
それはそうだ、と思う。
例えコレがセンの集めた【被害】が漏れ出てしまった結果であったとして、それがどうして何千、何万と言う距離の離れた封印種達を復活させる事になったのだろうか。
「……一応、本当に一応ではあるが、理屈自体は余が説明できる」
そう言って名乗り出たのは、じっと黒い澱みを凝視し続けるホルルだった。
「またも引き合いに出させてもらうが、『山島の国』の藁人形を用いた呪術だ。アレは対象の頭髪を触媒として、藁人形と対象の肉体を『繋げる』術。アレとほぼ同じ理屈でセンが殴った際に込めた力を伝手に封印種どもと『繋がった』と考えれば、後はその封印種の『死』を一種の被害と認識して集約すれば、復活自体は叶うであろう」
だが、とホルルは一つ言葉を置いて、再び口を開き出す。
「……そんなものは机上の空論と表現するのも烏滸がましい出鱈目であり、生命に対する冒涜に他ならん。そんなものがいくら特殊な出生であろうと人の身に許されて堪るものか。確実にセンの仕業ではないと余は断言する」
「いや、センの仕業ではないのではないか。何故言った」
呆れを含んだジト目で女帝はホルルを睨む。
しかし、相変わらずモニターを睨み続けるホルルの目は真剣だ。
「……分からぬか。コレはセンの仕業『では』ないと言ったのだぞ」
「……!」
人の身に許される業ではない。
特殊な出生であろうと、人の身であるセンにできる芸当ではない。
であれば、人ならざる『ナニカ』ならば?
「余の国における獣神様方のように、『山島の国』における八百万の神々のように、人智を超えた技を行使する存在は確かに居る。であるならば、センの身体は今、それらに該当する存在に操られていると考えるのが自然であろうよ」
ホルルがそう結論を結ぶ。
すると、まるでタイミングを見計らったかのように、目的地である宮殿の存在する都市、陽京の姿がモニターに表示された。
「……やはり、あそこが大元で間違いなさそうじゃのう」
宮殿があったであろう場所に一際大きく渦巻く澱みを見て、女帝がそう呟く。
誰もがその言葉に同意した。
「オペレーター、準備を。今回は私も出る」
「ノイさんが!? でも、それじゃあ……」
「私の力が無ければこの瘴気の中を移動する事は出来まい。リスクはあるが、仕方がないと言うものだろう」
ノイが徐に立ち上がり、服装を正す。
「……舟を停める。調査に向かうぞ」
■
宮殿は、不気味なほどに静かだった。
一寸先も見えないような瘴気の中を、ノイ=ヌーフの持つ『清浄』の力で浄化しながら進んでゆく、10人分の足音以外に、何の音も無い。
「……死体が無いな」
ふと、誰かが呟く。
これだけの事態が起こってなお女帝に、ないしセインツに連絡が来ていなかった以上、連絡をする前に連絡のできる人間が全員死んだか、そうで無ければ意識を失ったかのどちらかを想定していたが、しかし宮殿の入り口から現在に至るまで、一つも死体に遭遇していない。
「普段宮殿には昼夜問わず何百人と言う人間が出入りしておる故、一人もおらぬという事はあり得ぬ。となれば、全員が宮殿から避難した時にやられたか、そうで無ければ何らかの理由で死体ごと消し飛んだか……」
女帝はそう推測を述べるが、前者と後者、そのどちらの可能性が高いかは、火を見るよりも明らかであった。
「今まで我々が戦って来た相手には、地獄の業火を操る者も居れば、風の刃を操る者、津波のような水を操る者……敵を彼方にまで弾き飛ばす者まで居た。……つまり、そういう事だろう」
「……そう考えると、センさんって一体何回死ねるだけの【被害】をストックしてるんだ……?」
トビがそう呟いた、その瞬間の事だった。
宮殿の奥の方から、声が響いて来た。
『覚えているだろ? お前なら』
『ッ!!』
そして、それがセンの声であると理解すると同時に、全員が戦闘態勢を取る。
するとその直後、セインツのメンバーのごく近くで、パァンと破裂音が鳴り響いた。
玉座の間の方からオペレーター目掛けて真っ直ぐに飛来した黒い弾丸を、女帝の拳が弾いた音だった。
『……ふむ、止められましたか。流石は女帝陛下と言ったところでしょうか』
「……チッ。面倒じゃのう……」
『無視ですか。……まぁ、特に関係は無いが』
「っ!」
次の瞬間、セインツの元に叩きつけられるのは黒い弾幕。
真っ暗な視界の外から音速以上の速度で飛来するこれまた真っ黒な弾丸を視認するのは困難を極める。一発だけならばともかく、同時に二発以上飛来する弾丸から味方全員を守るのは、流石の女帝と言えどほぼ不可能であった。
カイやジョージの持つ大楯があればまだ分からなかっただろうが、しかし今はメンバーがあまりにも散らばりすぎている。
「カイ!」
「はいっ!」
このまま受ければ被害は甚大。そう判断したオペレーターは咄嗟にカイのスキル、【ディバインガード】を発動させる。
瞬間、強固な結界が発動し、そうして全ての弾丸がカイの方に殺到する。
「ぐ……っ! お、重い……ッ!?」
『当然だな。それは今まで俺が受けた痛みと苦しみの結晶……お前らに殺され続けた俺の怨みと受け取ってもらっても構わない』
暗闇の中から、センの声が響く。
怒りに塗れたセンらしからぬ声で、セインツの所業を責める。
「……走るぞ。カイ、まだいけるな?」
「ええ、まだまだ余裕ですよ」
『…………気狂い共め』
より一層弾幕の勢いが激しくなる。
だが、それに逆らうようにして、オペレーター達は奥へ奥へと進んでゆく。
そうして暗闇に中をひたすらに走り抜ければ────
「……チッ。来たか」
急に、瘴気が晴れる。
もはや闇以外の何も見えず、ノイの『清浄』の力ですら怪しくなるほどにまで濃くなった瘴気がいきなり綺麗さっぱり消え去れば、晴れた視界に映るのは宮殿の最奥、玉座の間であった。
豪華絢爛な装飾が随所に施され、赤い柱に支えられる高い天井には見事な絵が描かれている。
そしてその奥にはギラギラと輝くような玉座が安置され、そこに腰掛けるのは────
「…………セン」
黒い髪、翡翠の瞳、そして相変わらずの黒いチャンパオを纏ったセンが、険しい表情を浮かべて玉座に腰掛けていた。
「……はぁ、全く。大人しく死ぬか、あの人形どもと戦っていればよかったものを……一体どの面下げてここに来た?」
どこまでも面倒臭そうに、センが問いかける。
「単刀直入に聞いておくが、貴様は誰じゃ。何を勝手にセンの体を使っておる」
その問いに対して、女帝は回答ではなく、質問を返す。
答えること自体が無駄だと、理解していたからだった。
「…………はぁぁぁぁぁ…………」
すると、センは……否、センの肉体を乗っ取った『ナニカ』は、深く深く溜息を吐いた。
「……『私』のことを説明する気は無いし、説明する必要も感じない。だから、私は自己紹介をしない」
一人称が変わり、纏う雰囲気も変化する。
どうやら、そこまで徹底的に隠すつもりは無かったらしい。
「一体何故、お前はセンの体を乗っ取った。その体で、何をするつもりだ」
「……一体何故、か」
センの体を乗っ取ったナニカは、センの体を見下ろし、そしてその胸の辺りを愛おしげに撫でる。
「私はな、コイツに幸せになって欲しかったんだ」
先程とは打って変わって、慈しむような声色だった。
この体が愛おしくてたまらない、と。まるでそう言うかのようだった。
「自由になって、友達を作って、恋人を作って、子供を作って……そうして、田舎でのんびりと暮らしてくれれば、それが一番良かった。何の因縁も知らず、のびのびと生き、満足して死んでくれれば、それで良かった」
だが、と。ルビーのような赤い目が、セインツの面々を睨んだ。
「それが、どうしてこうなった? 何故この子はこんなに苦しまなければならない? 何故この子は報われない? なぁ、ノイ=ヌーフ? 何故だ? お前がこの子を組織に呼んだのだろう?」
「……それは我々が、まだ世界を救う旅の途中だからだ」
赤い瞳が、ノイを射抜く。
本能的恐怖を呼び覚ますような、上位者の目だ。
だがしかし、それに睨まれてなお、ノイは毅然とした態度を保って返答をした。
「では、世界を救うためになら、この子がどうなっても良いと?」
「そういうわけではない。誰も苦しまずに済むのなら、それが一番だ」
「だろうな。そうだろうな、そう答えるのが一番だ」
だが! と。語気を強めてナニカは叫ぶ。
「事実としてこの子は苦しんだ! 苦しんで、こんなことになってしまった! 辺りに溢れるこれらは、この子の受けたあらゆる痛みと苦しみの結晶だ! 何千、何万回分の死では足りないほどの、艱難辛苦の煮凝りだ! なぁ、ノイ=ヌーフ! ノイ=ヌーフ!! お前は、お前らは、何故この子をそうも軽んじる!? 何故この子の幸せを踏み躙る!?」
「…………………」
その言葉に、ノイは何も答える事はできない。
「…………もう良い。こんな質問をした私が馬鹿だった。取り敢えずそこに並べ。殺してやる」
「……我々を殺す事が、センの幸せにつながるとでも?」
「いいや、そうは思わない。この子は優しい子だ。きっとお前らが死んだ事を悲しむし、世界がまだ救えていないことについて悩むだろう」
「ならば────」
「だが、何千回、何万回と死に目に遭うよりは、よっぽどマシだ。どちらを選んでもどうせ死ぬのなら、それは一回だけでいい」
瞬間、瘴気の嵐が吹き荒れる。
晴れ渡っていた玉座の間が、一瞬で黒く染まってゆく。
「今すぐに逃げ、この子を二度と戦場に出さないと誓うのなら、許してやる。だが、そうで無いと言うのなら─────」
地獄を見せてやる。
レイドイベント開催!
世界中のプレイヤーと協力して、センさん(偽)を倒そう!
敵は今までに倒れたセンさんの分だけ復活して来る!
期間内に倒しきれれば、参加ユーザー全員に豪華報酬が!?
豪華報酬を目指して、敵を倒しまくれ!!
期間◯/12 18:00〜◯/21 17:59
討伐必要数 23,534,201,723体
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