「はぁぁぁぁっ!!」
「ぬ、うぅうううううっ!」
濃縮された『負』を纏う拳と、練りに練られた『氣』を纏う拳がぶつかり合う。
大気が轟と震え、正と負のエネルギーの入り混じった奔流が宮中を駆け巡る。
「クソっ……何だこの結界……! エネルギーばかりを無駄に放出させられる……っ!」
「ふははははッ! 誤算じゃったのう! よもやこの結界がこのように作用するとは、さしもの妾も思っておらなんだわ!」
至近距離、まるで額と額がくっついてしまいそうな距離で激しく殴り合うセンと女帝。
黒い瘴気と白い練氣を纏った二人の攻撃は、どれも一つ一つが岩を砕き、鉄を割るような威力を秘めたものであるが、しかし互いの体に傷は一つも付いていない。
玉座の間に張られた、『皇族の絶対的守護』の結界が、正常に発動している証拠であった。
「どうじゃ!? 自らの力だけが順調に削られてゆく気分は! 『負』の力なのじゃろう!? それは!」
「ちぃっ……!」
『皇族の絶対的な守護』が弾く対象には、当然ながら『負』の力の影響も含まれる。
そして、センの肉体は間違いなく皇族のもの。
一発や二発程度であれば『負』の力を打ち込めたとしても、『負』の力はすぐにセンの肉体に弾かれ、霧散してしまう。
かと言って、『負』の力を温存しようにも、それでは女帝の『氣』に対抗することができず、やられっぱなしになってしまう。
これらの事から、センの肉体を乗っ取った存在……つまり、厄龍にとって、この結界は不都合極まりないものであり、女帝に勝利するためには今すぐにこの空間から脱出したいところであったが……
「……!」
「逃げたいか? だが、そうはさせぬぞ」
しかし、ホルルが結界の内部から更に張った結界が脱出を拒む上、更にはその結界の四隅に控えた者達の守備があまりにも効き過ぎていた。
ここから脱出を試みれば一気に不利展開に持ち込まれ、センの体は袋叩きにされるだろう。
「ッ……」
厄龍にとっての一番は、何と言ってもセンの肉体だ。
たとえ自分がどうなろうと構いはしないが、センの肉体をこれ以上傷つけるわけにはいかない。
そんな厄龍の思いも、厄龍を結界の中に閉じ込める枷の一つと化していた。
「ええい! クソッ!!」
結界の中に留まれば女帝に削り殺され、結界の外に出ようとしてもセンの体はボロボロになってしまう。
厄龍にとって、現在の状況はほぼ『詰み』と言っても差し支えなかった。
「アイツらさえ……アイツらさえ……ッ!!」
しかし、勝ちの目が無いというわけでもなかった。
厄龍の赤い目がチラリと捉えるのは、鎧を着た騎士に守られるノイ=ヌーフと、天使の装いをした青年に守られたオペレーター。
それぞれセンが苦しめられる羽目になった元凶と、センを苦しめた張本人であり、敵の中核でもある。
ノイ=ヌーフを殺せれば『負』の力に対抗できなくなった敵は女帝を除いて全て死ぬであろうし、オペレーターを殺せば指揮を失った敵は崩れ、一気に場は厄龍の勝利に傾くだろう。
だからこそ、厄龍はその二人を殺そうと何度も行動を試みるが……
「させるわけがなかろうよ!」
「ぐっ……!」
しかし、その度に女帝によって遮られる。
「どうじゃ!? そろそろ『負』の力も弱まってきた頃合いじゃろ!?」
「ちぃっ……黙れっ、黙れっ、黙れっ!!」
既に戦闘を開始してから5時間近くが経過しており、『負』のエネルギーにはまだ余裕があるものの、しかしこのまま順当に戦えば枯渇するのは時間の問題。
敗北は目と鼻の先にまで迫って来ていた。
「負けられるか……っ! 負けてたまるか……っ! この子に、これ以上辛い思いをさせてたまるか……っ!」
センの、厄龍の目元に涙が浮かぶ。
彼女が復活したのは……否、生み出されたのはつい数週間前のことだ。
あまりにも膨大すぎる負の力を受け、龍装の中に眠っていた【彼女】の残滓が、彼女の写し身としてセンの中に生まれ落ちたのだ。
しかし、【彼女】の記憶を引き継いで生まれた彼女にとって、センが痛めつけられ、苦しみ、膨大な『負』を生み出す様は、心を強く痛め、行動を起こさせるには十分過ぎた。
センの幸せのために、センの平穏のために、彼女は負けるわけにはいかなかった。
「ぬぅ……」
そして、センの平穏と幸せを願うのは、女帝とて同じ事。
今までセンに頼り、苦しめて来たと言う自覚が十分にある分、その思いもひとしおだった。
だからこそ、その台詞を聞いた時、彼女に決定的な隙が生まれてしまった。
「ッ!!」
「何っ!?」
センの肉体から放たれた蹴りが女帝の腹に直撃し、女帝の体が吹き飛ばされる。
「お前達さえ、殺せれば! この子は、苦しまない─────!!」
そうして出来た、ほんの少しの猶予。
たった1秒にも満たない間に、厄龍は拡散させた負の力を引き戻し、自らに凝縮させながら、オペレーターのいる方向へと走り出す。
「……まさか、自爆かっ!?」
「不味いッ! オペレーターを守れ!!」
戦闘員達が厄龍の狙いに気付き、オペレーターに駆け寄る。
しかし。
「遅いッ!」
自らに残された『負』の力を惜しみなく使う厄龍の方が、何倍も速い。
カイが自らのスキルを発動させるが、しかし厄龍の『負』の力は結界を容易く貫通する。
仮に幾分かは軽減できようにも、しかしオペレーターの一般人とそう変わらない貧弱な肉体では耐えられるはずもない。
万事休すか、オペレーターも、ノイ=ヌーフも、戦闘員の誰もがそう思った。
「……あ?」
しかし、その次の瞬間。
センの体はまるで操られていた糸がいきなり千切られたかのように、倒れ、そしてピクリとも動かなくなった。
「……一体、何が……?」
誰かがそう問いかけるも、誰もそれに答えられる者はいない。
得体の知れない緊張感だけが、その場に残り続けていた。
■
「…………ぐ、お?」
苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて、そして何より懐かしい。
そんな矛盾した感覚の渦巻くような悪夢から覚め、俺の意識は浮上する。
【彼女】の夢など、久しぶりに見た。
「……で、ここは……」
周囲を見渡せば、目に映るのは白い壁、絨毯の敷かれた床、そして木の格子と、そこに繋がれた、空の首輪。
「……ああ、あそこか」
俺の始まりの場所。俺が彼女に会った場所。
子羊だった俺の、最初の牢獄だ。
「……まだ夢から覚めていないのか? この場所はもううんざりだぞ」
立ち上がりながら、小さく呟く。
当然ながらその言葉に対する返答など期待していなかったし、そもそもこの言葉を聞く者がいるとも俺は思っていなかった。
「まぁ、そうだろうな」
しかし、返答があった。
聞き覚えのある声だった。
「……おいおい、嘘だろ?」
振り返る。
居るはずがない。居ていいはずがない。
そんな事を思いながら、しかし居て欲しいと期待しながら、俺は後ろを振り向く。
「……ははっ、マジかよ」
すると、そこに居たのは記憶の中と変わらない黒い装束と、赤い瞳の【彼女】だった。
センさんの夢に現れた【彼女】の正体のヒント……【彼女】はセンさんにかけられていた呪いや戒めをを含んだ、『全ての術式』を自分に移した。
FANBOX更新しました。
あと限定公開で『初期実装☆2盾キャラ(人権)の話』資料集①『国々について』を載せておきました。取り敢えず現在名前が出ている国全てと、メインストーリーで出て来る国全ての情報を載せておいたので、コレを読めばメインストーリーの大まかな流れがわかる……はず。