『丘の国』の、とある村の奇妙な儀式。
その正体は現地住民によって『封印種』の再封印のために行われていたものであり、その阻止を決行した俺たちのせいで、『封印種』は復活を遂げてしまった。
「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■!!」
空は黒く染まり、あまりの存在感に村人達は発狂する。
俺達の失敗が、地球の上にまた一つ地獄を作り出してしまった。
「総員! 戦闘態勢!」
やってしまったものは仕方がない。
やってしまった以上、責任を持って俺達が対処しなければならない。
オペレーターの指示に合わせ、俺達は戦闘態勢につく。
先頭に立つのは俺と、天使の装いに身を包んだカイ。
俺たちのすぐ後ろには女帝とミコト。更にその後ろにはホルルとレナ。
オペレーターの両隣にはいつの間にか着替えたマーリンとフィル。
実にいつも通りの布陣だ。
そして、俺が今からやる事もいつも通りの事だ。
「センさん!」
いつも通りに俺は【被害集約】を発動させる。
その瞬間、俺は地面から生えてきた触手に掴まれ、潰される。
「が、あああああああああああああああああああああああああああ!?」
ぼきぼき、ぐちゃぐちゃと。嫌な音が脳内に響き渡る。
全身の骨という骨が砕け、肉という肉が捻じ切れ、内臓という内臓が破裂する。
俺は肉塊に成り果てる。
だが、それでも俺は生きてしまう。それでも俺は動けてしまう。
痛い。とても痛い。
いつまでも慣れることのない痛みが、俺の体と精神を蝕む。
何も見えない。何も聞こえない。痛覚以外の全ての感覚がない。
しかし。しかし。しかし。
俺の体は動いてしまう。俺の体は動けてしまう。
俺の体は拳を握ってしまう。俺の体は地を駆けてしまう。
俺が、俺自身の意思で動いてしまう。
そうして、もはや肉の触手と化した腕を、俺は我武者羅に突き出した。
「─────────ぁ」
命中の衝撃が全身を走り、一気に力が抜ける。
ぐちゃぐちゃと、嫌な方向に落ちて、べちゃりと地面に広がる。
そしてまた、いつも通りに俺は意識を失った。
■
そして、目覚める。
粉々になったはずの骨も、ペーストのようになった肉も、割れた風船のようになった内臓も、全てが元通りになって、ベッドの上で起き上がる。
「……はぁ」
全身の骨をペキペキと鳴らしながら、俺は全身に接続された器具を外し、ベッドから立ち上がる。
相変わらず良い仕事をしてくれる。
今回は殊更に酷くやられたが、それでも元通りになってしまうとは。
この分ではいよいよミキサーにかけられても元通りになれるのではなかろうか。
「………アンタ」
「っ!? びっくりしたなオイ。居たのかよ」
デスクの方に居なかったので居ないものだと思っていたが、どうやらベッド傍に居たらしい。
明らかに医務室の雰囲気とミスマッチを起こしている、浮かれた色合いの水着姿で腕を組んで立っていた。
その視線は、何と無く険しい。
「逆に何で居ないと思ったのよ。いつもアンタを復活させてるのは誰?」
「本当にいつも世話になっている」
彼女にはどうにも頭が上がりそうにない。
彼女が居なければ、今頃俺は何度死んでいただろうか。
今回の村の調査だけで考えても、都合10回以上は彼女の世話になっている事だろう。
「……アンタ」
「ん? どうした?」
「…………いや、何でもないわ」
そう言うのが一番気になるのだが……まぁ、言いたくないのならば仕方あるまい。
「ところで、あの『封印種』は?」
「一応倒したわよ。村人達にも被害は無いわ。まぁ多少のメンタルケアは必要だったけれど……とにかく、今回の件は大体解決。『封印種』が例によってまた復活するらしいから、暫くはアレと戦いまくる事になるけど」
「……そうか」
前回の魚人のような『封印種』も、倒してから何度も復活を繰り返していた。
それは今回のヤツも同様であるらしい。
と言うか、きっと封印種はそう言うものなのだろう。
「む」
「ん」
と、そこに、医務室に取り付けられていた受話器が鳴った。
フィルがデスクに駆け寄って、受話器を取る。
そうして一言二言話をするとすぐに受話器を置き、こちらを振り返った。
「……オペレーターがすぐ来てって。すぐ行くわよ」
そう言って彼女はくるりと踵を返し、医務室の扉の方に向かうと、実に健康的な背中と尻がこちらに向き、彼女の歩行に合わせて揺れる。
それを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
「……何よ」
「いや、何。そろそろその格好も板についてきたと思ってな」
最初の頃はあれほど文句を垂れて恥ずかしがり、そろりそろりと猫背で移動していたと言うのに、今となってはもはや堂々としてしまっている。
これが慣れと言うやつだろうか。
「ぶっ殺すわよ?」
「やめろ。今の俺はお前にも殺される」
目尻の涙を拭って再びフィルの方を見てみれば、フィルは怒りの形相で拳を振り上げていた。
今の彼女の基礎スペックは後衛にも関わらず俺のそれ以上。
力では負けるし、体力でも負ける。
本気の殺し合いになれば、いくら俺に前衛としての一日の長があるとは言え、回復の力のある彼女に軍配が上がるだろう。
「…………………………………………アンタ」
「いや本当に申し訳ない。そんな事よりもオペレーターが呼んでいるのだろう。早く行くぞ」
彼女の隣を通り抜け、医務室を抜ける。
そうして、オペレーターの所へ向かい─────
■
まただ。
また潰される。
また触手に掴まれ潰され、肉塊になる。
また肉塊のまま走って、殴って、そして意識を失う。
そうしてまた医務室で目覚める。
「……異常はないかしら?」
「無いな。いつも通り、良い仕事だ」
「そう。ならいいわ」
また潰される。
また触手に掴まれ潰され、肉塊になる。
また肉塊のまま走って、殴って、そして意識を失う。
そうしてまた医務室で目覚める。
「……あのやられ方は嫌いだ」
「…………そうね。私もよ。……何とかならないの?」
「ならないだろう。これが一番効率がいいらしい」
「……………………………何よ、それ」
「さ、行くぞ」
また潰される。
また触手に掴まれ潰され、肉塊になる。
また肉塊のまま走って、殴って、そして意識を失う。
そうしてまた医務室で目覚める。
「…………痛くないの?」
「痛くないわけがないだろう。あの状態でも殴って倒れるまでは意識があるからな」
「…………………辛くないの?」
「辛いに決まっているだろう。その場にいる全員の辛さを受け入れるのが【被害集約】の本懐だ」
「…………行くわよ」
また潰される。
また触手に掴まれ潰され、肉塊になる。
また肉塊のまま走って、殴って、そして意識を失う。
そうしてまた医務室で目覚める。
何度も。
何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
今回もまた、医務室で目覚める。
「異常よ」
「何がだ」
「アンタ。異常よ」
しかし、今回はいつもと違う点があった。
フィルが入り口に立ち、俺がオペレーターの下に行こうとするのを塞いでいるのだ。
「あんなものは到底人間に耐えられるものではないわ。そろそろ自分が壊れかかっている事を自覚なさい。もう壊れるわよ」
「……そう言われてもな。今更だろう」
普段からこんなものだ。
まぁ、もうこんなのは嫌だとは思うが。
「……ええ。今の今まで忙しすぎて、何も知らずに言われたままにアンタを治して来た身だけどね。こうして戦場に立って、アンタが倒れる様を何度も見るようになってようやく分かったわ。アンタはもう休むべきよ」
「それが出来れば苦労はしない。そんな事よりもさっさと行くぞ」
「ダメよ。許さないわ」
「オペレーターの命令だ」
「私がここの医療リーダーよ。その私が権限を行使して貴方にドクターストップをかけるわ」
そう言う彼女だが、オペレーターの権限は医療スタッフのそれを上回る。
彼女のドクターストップも、オペレーターの命令の前にはすぐさま消えるのだ。
「行くぞ」
「………………………………………………セン」
「…………ほら、行くぞ…………………俺だって、疲れたのは理解しているんだ」
だが、オペレーターは、世界は俺達を必要としている。
なら、俺は喜んでこの身を差し出そう。
【彼女】だってそうしたのだ。【彼女】を受け継いだ俺も、そうするべきなのだ。
セインツの医療技術……肉体ならどうにでもなるが、精神はどうにもならない。