サローンが周囲を見ると、他の者達の戦闘はほぼ終了しており、あちこちに大蛇の残骸が転がっていた。
だがこれで戦いが完全に終わったわけではない。
「よし、爆弾の用意だ! 急げ!」
傭兵達は素早く動き、ソリの中から次々と爆弾を引き出す。そして慌てた様子で、転がった大蛇の死体の側にそれを置き、爆弾のスイッチを押した。
「これでよい! 急げ!」
大蛇1匹につき20個程の爆弾が置かれ、スイッチが押された後、彼らは大急ぎで大蛇の死体群から逃げるように離れていく。
敵はもう死んでいるのに、何故このようなことをするのかと思いきや、その敵の死体が異常な変調を起こし始めた。
戦闘でついた大蛇の傷が、見る見るうちに再生していくのだ。
ある頭を吹き飛ばされた大蛇に関しては、血が滴る首の肉から、血管が若芽のように生えだした。そう思ったら次に肋骨が生えてきた。それは血と骨が、草の生長をハイスピードカメラで閲覧するかのようだ。
骨が次々と出来上がっていき、頭蓋骨の形が完全に完成する。その上に赤い肉と血管が張り付き、さらにその上に蛇の皮が張り付いていく。
「うわっ、本当に起きた」
「化け物かよ・・・・・・」
あらかじめ話を聞いていた傭兵達も、初めて直に見た現象に恐れおののく。
そうしている間に、大蛇の肉体の欠損部分が、完全に直ってしまった。大蛇達は息を吹き返し、ゆっくりと起きあがろうとする。
だがそれよりも先に、爆弾の起爆時間が0になった。傭兵達が一斉に耳を塞ぐ。
静かな森の中に、耳を貫く爆音が高く鳴り響いた。
(くっ!)
傭兵達は、吹き荒れる爆風と埃に目をつむった。彼らには落ち葉と土だけでなく、ミンチとなった大蛇の肉片も、大量に付着してきた。
ふと目を見やると、爆破地点は深い煙に覆われ、そこからミシミシと樹木が倒れる音が聞こえてくる。爆発の衝撃で倒木したのだろう。
しばらくして煙が晴れてくると、その場所には数本の火がついた倒木と、黒こげになった大蛇の残骸が、辺り一面に撒き散らされていた。
爆弾の熱で出火している木や葉を指さし、サローンが指示を送る。
「このままでは山火事になる。魔法が使える者は早めに消火しろ」
それに従って傭兵達が、水の魔法で火を消していく。そんな中、一人の傭兵がサローンに声をかけた。
「最初の狩りでこんなに湧いてくるとは驚きだよ。やっぱりまだまだいっぱいいるのかね?」
「それはそうだろう。今回の仕事は一日では終わらんな。なるべく多くの大蛇共と“不死の蘭”を処分せねばな」
場所は移って、ここは先程謎の蜘蛛に襲われた少女のいる所。
「ううん・・・・・・あれ?」
少女は顔面を、蜘蛛の肢体に鷲づかみされたまま、目を覚ます。失神前に感じた顔と首の締め付けによる苦痛はない。
顔面の蜘蛛を引っ張ってみると、これが意外なことにお面のように簡単に剥がれてしまった。
剥がされた蜘蛛は、人形のようにピクリとも動かない。
「死んでる? 何で?」
魔法陣の位置に顔を向けると、先程と同じ位置に、あの蜘蛛の巨大な卵が四つ、並べて置かれている。だが先程とは違い、少女を襲った者以外の三つの卵も、全て上部の花弁状の蓋が開かれている。
上から中を覗いてみると、4つの卵はいずれも中身は空っぽだった。
(全部孵化したの? じゃあ残りの3匹は?)
少女は周囲を見渡すが、怪しい生き物の姿は一つもない。
(もしかして私やばいもの喚んじゃった!? どっ、どうしよう、私にどうにかできるかな? ううっ、悔しいけどあの生意気な傭兵共に頼むのも・・・・・・)
とりあえず一旦村に戻ろうと、少女は足を動かす。だが・・・・・・
「ぐっ!? きゃぁあああああああっ!?」
突然腹部から凄まじい激痛が走り、少女は腹を押さえてのたうち回る。その痛みは、今朝何か悪い物食べただろうか?などというレベルでない。
数秒苦悶の声を上げた後、少女の腹が裂けた。
刃で斬られたのではない。少女の腹部が内側から凄まじい力で押しやられ、一気に何かが中から外に飛び出してきた。
肋骨はへし折れ、肉は裂け、魔法使い衣装のローブが破られ、中から出てきたのは、血で赤く濡れた一匹の白い生物だった。
頭部は長く、顔面には目・耳・鼻が無いのっぺらぼうのような顔。口部分は、形状は人間に似た両顎を持っている。
「ピギィイイイイイイイッ!」
「いやぁあああああああああああっ!?」
少女は自分の中から、赤ん坊のように這い出てきた奇怪な存在を見て、更なる絶叫を上げる。
生物は少女の腹からカエルのように飛び出し、地面に手足のない蛇のような胴体を晒す。そのまま素早い動きで、どこへとともなく森の中へと消えていった。
この時既に絶命していた少女は、その姿を見送ることはできなかった。
森の中を三匹の奇怪な生物が疾走している。あの少女を襲った者と同じ、三匹の白い蜘蛛だ。
生まれたばかりの彼らは、本物の蜘蛛のように糸の巣を作ることはなかった。たまに手頃な餌になりそうな昆虫に出くわしても、全く興味を持たず通り過ぎる。
彼らが興味を示したのは、もっと大きな動物だった。
「シュルルルルルルッ!」
低いうなり声を上げながら、三匹の大蛇が食事を行っていた。食べているのは湿った地面に生え揃っている大きな花だった。
三匹はまるで草食獣のようにその鼻をくわえ、むしゃむしゃと一心不乱に食べる。
蜘蛛たちは木々に昇り、猿のように飛び跳ねながら木を伝っていく。そして大蛇達の頭上へとこっそりと移動していった。
そして花以外の周囲には、全く気にとめていない大蛇達の、顔面目掛けて勢いよく落下した。
森の中を探索していた傭兵達は、森の中の沼の岸に、大蛇とは違うもう一つの標的を発見した。
それは岸辺に密生して生えている、花の咲いた草である。
花はとても大きく、大人の掌ほどもある。色は毒々しい雰囲気をした濃い赤色だ。
(こいつも実物を見るのは初めてだな。こんなものがこんな土地の森にも生えているとは、あの村も不運だな・・・・・・)
サローンは、新設早々に魔物によって大量の死者を出してしまった村に、些細な同情をした。
この怪しげな花の名前は“ブラッド・オーキッド”。“不死の蘭”とも呼ばれている特殊な性質を持った植物である。
この蘭の花は、かつてあらゆる病を治療し、人間に不老不死の力を与えると語られてきた。
だが実際の所、この花はかなり強力な有毒植物で、人間が食せば確実に死ぬ。薬になど到底使えない、危険な植物であることが判明している。
だがどういうわけかこの花の成分は、動物の中で、蛇にだけは無害であった。しかも蛇に与えた場合、正に逸話通りの効能をもたらすのだ。
蛇はこの花の香りに不思議と惹かれるようで、肉食動物であるにも関わらず、この花を食べる。
そしてこの蘭を食べた蛇は、生命力が急上昇し、通常ではあり得ない速度で成長していく。最初はネズミ程度を捕食していた蛇が、最終的に大人の牛を丸呑み出来るほどになるのだ。
しかもただ大きいだけではない。不死の蘭の恩恵を受けた大蛇は、凄まじい再生能力を持ち、そう簡単には死ななくなる。
多少の傷なら一瞬で消える。頭を吹き飛ばされても、しばらく時間が経てば蘇る。
完全に息の根を止めるには、細長い大蛇の内臓に大幅な損壊を与えること。簡単に言えば、さっきのように爆弾で粉微塵にしてしまうのが手っ取り早い。
ある意味魔物の中では、竜以上に厄介な相手だ。
最近になって、この森に近くに一つの村が建てられた。この森は害獣に成り得る野生動物が何故か少なく、農業に適していると当初考えられていた。
後になって判明したのだが、この森に動物が少ない、というより生き物が全くいないのは、あの大蛇によってことごとく餌にされていたからだ。
村が完成に近づいた頃、森の中の獲物が減り、腹を空かせた大蛇達が、次々と森の外れにやってきて、村人を襲い始めた。この時初めてこの森に存在する危険が判明したのだ。
この傭兵達が請け負った仕事は、大蛇達の駆除。そして大蛇を生み出す現況である、不死の蘭を処分することだった。
実はかなり稀少な種である蘭に、少し惜しいものを感じながら、傭兵達は魔法で蘭を焼き払っていった。だが例外もいた。
「バイロン、何をしている!」
先程魔道縛鎖で大蛇と戦っていた傭兵=バイロンが、この声に悪戯を咎めた子供のように驚き、慌てふためく。
見ると彼は皆が蘭の処分をしている傍らに、幾つかの蘭をこっそり自分の携帯袋に詰めていた。
「い、いやあ、これだけあるんだし、少しぐらい持っていてもいいかなあ・・・・・なんて、高く買う奴もいるって言う噂だし・・・・・」
サローンは呆れ顔でため息をついた。
「そうかい勝手にしろ。だがこれのせいで大蛇に狙われても、自分でどうにかしろ」
「はははっ、そうならないことを祈りますよ」
リッチはそのまま、袋が一杯になるまで、蘭を採り続けた。