傭兵達は森の奥で、深い谷を発見していた。
幅は15メートル程で、深さは50メートル程だろう。下からは速く流れる水の流れと、川音が聞こえてくる。
トカゲ怪獣と大蛇探しの為に、昨日よりも更に深いところまで歩いていった結果、この場所に辿り着いた。道中何度か臭いをばらまいたが、何故か昨日と違って大蛇は現れなかった。
大蛇は昨日ので全滅させてしまったのか?と疑問に思い始めた所で、この場所にたどり着いたのだ。
だが彼らが注目しているのはそこではない。
谷の両側に生えている、大量の不死の蘭の花である。開花数は、彼らが以前見つけた沼よりもずっと多い。
「ここにもこんなに生えているとはな。大部分は大蛇に喰われてしまったと思っていたんだが・・・・・・希少種にしては随分沢山咲いているな」
「今年がたまたま豊作年だったんじゃないですか?」
「だとしたら都合の悪いときに村を建てたな、あいつらも」
会話している間に、バイロンが蘭を新しい袋に詰め始めた。昨日取った分は、村の宿に置いてきている。
サローンはその様子に、再度ため息をつく。
「あんな毒草を買う奴が本当にいるのか?」
「さあ? 不老不死の噂が流れたときは、高値で買う奴が多くいたと聞くが・・・・・・」
バイロンが花を摘み終えた後、傭兵達は昨日の沼と同じように、蘭を焼却していく。
谷の向こう岸に生えていた蘭は、リッチ達がジャイアントダックに乗って向こう岸へ飛び、処分した。
ジャイアントダックは空も飛べるため、牛馬よりも遙かに優秀だ。
だがこの場では三羽しかいない上に、重すぎる荷物は運べない。そのため傭兵達全員と、大量の荷物を積んだソリの中身を運ぶにはかなりの手間をかける。
「これはまいったな」
サローンとしても、この森にこのような行き止まりがあったのは予想外だった。
この谷はかなり長く、森を両断するように伸びていると推測できる。だが大蛇と不死の蘭は、向こう岸の森の中にもあるかもない。
「やむをえん。時間はかかるが、少しずつ物を向こうに運ぶぞ」
まずは3人がダックに乗り、必要な荷物を持って、向こう岸へと渡る。
そこで荷物を置き、また往復して荷物を運ぶ。それを繰り返して、必要な物を運んでいった。
そして渡りきった崖の上にある蘭も、さっきと同じように焼却していく。
全ての物と人を運び終え、いよいよ出発というときだった。
「何か近づいてくるようだ」
傭兵達の鍛え抜かれた聴覚に、土が擦れるような音が聞こえ、それがゆっくりと近づいてくる。
それは昨日見た大蛇が、移動する時の音に酷似していた。
「もう来たか。いや、それともずっとこちらが渡り終えるのを待っていたのか?」
「そんな知能があるかは知らないが、後ろは崖、やばくなっても逃げ道は無いぞ」
「音を聞く限りでは相手は一匹だ。大丈夫だろう」
そう会話している間に、音の主が薄暗い森の中から姿を現した。
「グジャァアアアアアアアアアアッ!」
現れたのは大蛇でもトカゲ怪獣でもなかった。
それはその両者を混ぜ合わせたような姿をした怪物、あのヘビ怪獣だった。
「なんだ、こいつは!?」
滑稽な姿をした、予想外すぎる相手の出現に、昨日のトカゲ怪獣以上に傭兵達は動揺する。
ヘビ怪獣Cはそんな傭兵達に、胴体を上げて牙を向けて襲いかかった。
「うっ、撃ちまくれーーーー!」
大量の魔法と銃弾が、ヘビ怪獣へ向かって飛ぶ。ヘビ怪獣は胴体を下げて、その攻撃の大部分を回避した。
傭兵達が更にそこを狙って攻撃したが、ヘビ怪獣は近くに生えていた大木の影に素早く隠れた。
多数の魔法と銃弾が、大木の幹を抉って出火を起こす。ヘビ怪獣が更に木々の間を素早く動き、傭兵達の周囲を駆けめぐる。
傭兵達は攻撃を続けるが、生え揃った樹木が壁になって、一向に当たらない。いや何発かは当たっているようだが、それだけでは全く効いている様子はない。
幾つもの魔法と銃弾が木々に命中し、その幹を削り、もしくは倒木していく。中には火の魔法弾もあったため、小規模な火災を発生させている。
「くそ!」
4人の傭兵が、剣や槍などの接近戦用の武器を持って、ヘビ怪獣の動いている場所へと走り出した。
「いかん! お前達戻れ!」
サローンの静止の言葉をかけるが、彼らは聞く耳を持たない。彼らの持つ武器の刀身からは、炎の赤、氷の白、土の茶、風の緑、それぞれの得意とする属性魔法の光が輝いている。
ヘビ怪獣は、自慢の強靱な尾を振るわせ、何度も叩きつけた。傭兵達にではない。側に生えていた森の木々にだ。
「うおおっ!?」
何本もの樹木が、ミキミキと軋み音を上げて、傭兵達に向けて倒れていく。先程の彼らの攻撃で傷ついた樹木が多く、強度が低下したそれらは、いともたやすくへし折れていく。
傭兵達は慌ててその倒木を避ける。その動揺が元で、彼らに一瞬の隙が出来た。
バチン!と、樹木ではない物が叩き飛ばされる音が聞こえた。ヘビ怪獣の尾が、炎の魔力剣を持っていた傭兵を叩き飛ばしたのだ。
傭兵は人形のように軽快に飛び、近くの樹木に激突し卒倒した。彼の持っていた炎の打刀は、風車のようにクルクルと回転しながら、別の樹木の幹に深く突き刺さる。
「いかん! 火が!」
炎の刀身がその幹を強く熱し、その樹木は勢いよく燃えだした。
先程の遠距離攻撃でできた出火も十分危険だが、この出火はさらにやばい。
山火事なる前にすぐにでも消火しなくてはいけない。だが彼らには、そのような悠長なことをしている余裕は無かった。
最初の一人が倒された直後に、ヘビ怪獣は次の相手、風の双剣を持った傭兵の胸を尾先で串刺しにした。
「ぐぼぉ!」
巨大な尾の槍が、貫通と共に彼の心臓を砕き即死させる。
「くそっ! こんなのがいるなんて聞いてねえぞ! 追加料金をもっとせしめてやる!」
土の魔力槍を持った傭兵が、前の戦闘と同様に自身の槍を、足下の地面に突き刺した。
グラッ!と地面が僅かに揺れた気がした。刹那、ヘビ怪獣の足下(足の無いこいつの場合、胴下と呼ぶべきか?)の地面が、地雷を踏んだかのように爆発した。
「ギャッギャッ!?」
地面からの衝撃で、ヘビ怪獣の身体が大きく揺れる。
大量の土が弾け飛び、その土煙でヘビ怪獣の姿が少しの間、肉眼で見えなくなった。さらにその土が飛んだ影響で、地面に大きな陥没ができ、ヘビ怪獣の巨体が一旦宙に浮いた後、その穴に落下した。
更にその上に弾け飛んだ土が、雨あられのように降り注ぎ、ヘビ怪獣の身体をどんどん地中に埋めていく。
その間にもう一人の傭兵、氷の剣を持った彼が、己の魔道剣に自らの魔力をどんどん上乗せし魔力を増大させていく。白く輝く剣身が更に強い冷気を帯び、その力を増していく。
先程爆発した地面が、2度目の爆破を起こした。
大量の土煙が再び舞い、まだ1度目の土煙が完全に消えていない空間を茶色に汚していく。ただし今回のこれは魔法によるものではない。
生き埋めになったヘビ怪獣が、地面の下から力任せに土を上へ払い飛ばしたのだ。
先程魔法を使った傭兵は、一発目でかなりの力を消耗したようで、さっきと同じ場所で膝をついている。あれほどの巨体を埋めるほどの穴を作ったのだから当然であろう。
「くたばれ!」
地上へと這い上がったばかりのヘビ怪獣に、強力な氷の魔法が放たれた。かつて彼が大蛇に向かって使った技とは、比べものにならないほどの凍てつく風が、ヘビ怪獣に容赦なく襲いかかる。
相手の変温動物の蛇ならば、当然寒さに弱いはずである。どんな化け物になろうと、これだけの冷気を浴びれば一溜まりもないだろう。
そう考えて彼はこの場での勝利を確信していた。だが・・・・・・。
「ギャァアアアアアアアアアアッ!」
「何!?」
彼の魔法は確かにヘビ怪獣にダメージを与えた。奴を苦しめ少しの間、その動きを止めた。
だがあの大蛇のように、一発で戦闘不能に陥らせるほどの効果は無かった。
(馬鹿な!? こいつは蛇じゃな・・・・・・)
彼は慌てて2度目の魔法を放とうとするが、既に遅い。巨大なヘビ怪獣の口が、頭に齧り付いた。
彼の頭部は一瞬で消滅し、首の切り口から血が流しながら、全身がガックリと倒れていく。
「くそっ!」
残った一人が、何とか2度目の魔法を使おうと、再び槍を地面に指す。だが間に合うはずがなく。彼はヘビ怪獣の尾に腹を貫かれた。
「今だ! 捕らえろ!」
彼を尾から抜き飛ばした瞬間、3本の細長い影がヘビ怪獣の周りに飛んだ。
ジャラジャラと金属音を立てるそれは、いつのまにか間合いに近づいていた傭兵達が投げつけた、魔道縛鎖だった。
三本の鎖は、ヘビ怪獣の身体の各所に巻き付き、締め付ける。
「そのまま捕らえろ!」
鎖を操る3人の傭兵達は、もう片方の鎖の先端を、近くの樹木に縛り付けてヘビ怪獣の巨大な身体を固定しようとする。
「ギャシャアッ!」
ヘビ怪獣は自分を拘束しようとする鎖を引きちぎろうと、その巨体を後方へと動かす。その時の力で、鎖を引っ張る傭兵達の身体が揺れ、固定用の柱に使っていた樹木が前に傾き始める。
一人が右手で鎖を引っ張る中で、左手でヘビ怪獣に黒ボールを投げつけた。黒ボールは上手い具合にヘビ怪獣の身体に命中し、大量の臭いの蒸気を発する。
だが昨夜のトカゲ怪獣同様に、敵は全く怯む様子は無い。
このまま力負けしてしまうかと言う時に、リッチがダックに乗って駆けだした。
「くたばれ!」
リッチが愛用の戦斧を、ヘビ怪獣目掛けて横向きに振った。
グシャッ!
ダックの走力による加速がついた戦斧の一撃は、ヘビ怪獣の胴体に深くめり込む。
「ジャァアアアアアアアアッ!」
ヘビ怪獣の痛みの声が上がり、リッチは戦斧を引き抜いて、2撃目を与えようとするが・・・・・・。
「これは!?」
リッチは自分の得物を見て、目を丸くする。
長く戦いに連れてきた自慢の戦斧が、あっというまに溶けていくのだ。引き抜かれたときに血が飛び散った所を見ると、同じにように白い煙を上げて腐食している。
(やはりこいつは大蛇じゃなくて、あのトカゲの同類か! となると接近戦は危険すぎる)
リッチは斧を捨てて、腰に付けていた拳銃に手をかける。
そしてヘビ怪獣から出来るだけ距離をとるため、後退しようとするが、その前にヘビ怪獣の鎖の拘束が解けた。
リッチがつけた傷から流れ出る血が、その下の部位に巻き付いていた鎖に接触した。その結果、鎖が溶けてもろくなり、外れやすくなってしまったのだ。
ヘビ怪獣は再度鎖を引く者達を、思いっきり引っ張り上げた。
破壊された鎖の使い手は、後ろに転倒した。残りの二人はその時の力で、後ろで縛り付けていた樹木が完全に倒れ、その下敷きになる。
その際に鎖の魔力が弱まり、敵を捕らえていた鎖がほどけてしまった。
そしてヘビ怪獣は、たった今自分を傷つけたリッチに牙を向ける。
「くそ!」
リッチは敵の至近距離から拳銃を撃った。パンパンと小さな銃声が放たれる。
だがさすがに拳銃弾では威力不足。ヘビ怪獣の身体に多少の傷を負わせ、流血はもたらすものの、あの巨体に拳銃の弾は小さすぎた。
ヘビ怪獣は、素早い動きでリッチの上半身を口で咥え、持ち上げる。そして口に力を入れ、獲物を噛み砕いた。ゴリッ!と嫌な音を立て、リッチは即死した。