スネーク・エイリアン   作:竜鬚虎

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最終話

「だっ大蛇だぁああああっ!」

「助けてくれ!」

 

 行きと違って、帰りはとても早くすんだ。空を飛んでいるのだから当然だ。だがついた先はまさに地獄だった。

 

 村の中には何とヘビ怪獣がいた。

 勿論さっき戦ったのものとは別個体である。だが大きさはかなり違っていた。そのヘビ怪獣は、森の中で戦った者とは体長が、およそ1.5倍、30メートル近くの大きさがあったのだ。

 

 大蛇との戦闘の後で大量の蘭を食べたこのヘビ怪獣Aは、急激に成長を始める肉体を支えるために、大量の栄養を必要とした。

 そのために森を出て、この村にまでやってきたのだ。

 

「ピギャァアアアアアアアアアアッ!」

 

 唸り声を上げて餌を追い求めるヘビ怪獣。そしてそのヘビ怪獣の襲撃に混乱し、逃げ惑う村人達・・・・・

 

(何故まだ村に人がいるんだ!? 避難しろといっただろうが!)

 

 朝に傭兵達が出かけ、昼をとうに過ぎた時間になっても、まだ多くの人間が村に残っていたのだ。

 

 逃げ切れずに何もできぬままに喰い殺される人々。家屋の中に逃げ込む者もいたが、ヘビ怪獣は巨体で家ごと破壊し、中に隠れた人間を引っ張り出して捕食する。

 

(くそっ!)

 

 上空にいて敵に見つかる前に、サローンはダックと共に地上に降りる。

 そしてヘビ怪獣に見つからないように裏手裏手を走りながら、ある家屋に向かう。そこは昨日まで自分たちが宿泊していた空き家だった。

 

「うわぁああああああっ!」

 

 足をつまずかせ倒れたマードック村長が、上半身を起きあがらせて後ろを見ると、ヘビ怪獣が眼前に迫っていった。

 

「あああああっ・・・・・・、ひいぃいいいいっ!」

 

 ヘビ怪獣と目が合い、村長は絶望で泣き叫ぶ。そのまま目をつぶって恐怖に震える。

 

「あれ?」

 

 だが数秒してもヘビ怪獣の牙はやってこない。恐る恐る目を開けると、ヘビ怪獣はあさっての方向に走り去っていた。

 助かったことに安堵の息をもらすと同時に、「何で?」という疑問の言葉も口からもれた。

 

 

 

 

 サローンはヘビ怪獣が暴れている最中に、何とか宿に到達し、中かからある袋を持ち出して外に出た。

 

 その袋の中には、昨日バイロンが採集した不死の蘭が入っている。

 サローンはそれを外に出して、その袋の蓋を開ける。そして再びダックにまたがり、ヘビ怪獣の所へ歩み寄ろうとする。だが数歩進んだだけで、それ以上近づく必要はなくなった。

 

 蘭から発せられる匂いを察知したヘビ怪獣が、瞬時にサローンのいる方向に首を向けた。そして飢えた狼のように、もの凄い勢いでそこへと走り出したのだ。

 

「来い、大蛇もどき! お前の欲しいものはここだ!」

 

 サローンは手綱を引っ張り、ダックを走らせる。

 とてつもない怪物に襲われている恐怖感からか、その走り出しは実に快調で、よい逃げっぷりだ。

途中で翼を広げて、勝手に空を走ろうとするが、サローンが手綱を更に引っ張ってそれを阻止する。

 

 ダックは馬を凌ぐ速度で森の中へと逃げ込んだ。ヘビ怪獣もその後を追って、元いた森の中へと逆走していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中で熾烈な鬼ごっこが行われた。

 ヘビ怪獣の巨体が、障害物となる木々を力ずくで薙ぎ倒し、真っ直ぐに前進する。

 バキバキと倒木の音が森の中でいくつも響き、それに驚いた鳥たちが大量に飛び立つ。まるで大軍が森を突破しているようだ。

 

 そんな凄い勢いで追われているサローン達だったが、鬼ごっこの勝負はサローンが乗るダックが優勢だった。

 

 ヘビ怪獣と比べれば、ジャイアントダックは小柄で機敏性がとても高い。

 背中に武器を背負った巨漢の人間が乗っているという重量ハンデがありながらも、彼は木々をスイスイと避け、岩などを軽く飛び越えてみせる。

 それに対してヘビ怪獣はあまりの巨体ゆえ、障害物が多く、しかもそれを無理矢理突っ切っているため、かなりのタイムロスを持っている。

 

 両者の距離は、時間と共にどんどん開いていく。だが決してヘビ怪獣は決して諦めない。

 何のために彼はこれほどに不死の蘭を求めるのか? 詳しい経緯は分からないが、それを突き動かす想いは、動物的な本能以外にないだろう。

 

(ついたか!?)

 

 サローンは自分が目的地に近づいてきたのに気がついた。

 彼はその場所の位置を正確に知っているわけではなかったが、簡単に判別できる目印ならある。

 

 上を見ると、木々の葉の間から、空へと昇る大量の黒煙が見えた。燃え広がる森、さっきのヘビ怪獣との戦闘跡がある位置だ。

 

 大分距離がとれたのか、背後から聞こえる木々の倒壊音は大分小さくなっている。

 サローンは煙を吸い込まないようにするための長布を、口に巻いた。ダックは疲労で限界が近づいていたが、無理を言って更に加速させてもらった。

 

 木々に覆われた薄暗い空間の中で、大きな光が開けた。

 そこから先はとても深い谷で道が塞がれている。そしてその向こう岸は、木々が赤く熱く燃え上がる灼熱地獄となっていた。

 

「よおし! 飛べ!」

 

 直行し、このままだと谷に落ちるというレベルの距離に達したとき、サローンが今までで一番強く手綱を引っ張り上げた。

 それに反応したダックは、渾身の力で大地を蹴り上げ、両翼を大きく羽ばたかせ、空へと舞い上がった。

 

 大地の巨大な切れ目のすぐ目の前で、ダックが空中へと飛び、そのまま角度90度で前進・上昇して、盛り上がる森の真上に到達した。

 

「よくやった! 後は俺がやる!」

 

 するとサローンが手綱を下ろし、何を思ったのか上空からダックから飛び降りた。

 サローンの身体が、そのまま地球の重力に引かれるままに、燃え上がる森の中へと落下していく。

 

 高さ数十メートルの高さから、サローンは森の土に激突した。

 

「ぐあぁああああああああっ!」

 

 落下地点がやわらかい土で、なおかつ鎧を着込んだ屈強な肉体の持ち主といえど、あの高さから受ける衝撃は凄まじい。

 サローンはしばし地面をのたうち回ったが、気合いの声を一つあげて起きあがる。右腕を抱えているが、幸い骨折まではしていない。

 

(急がねば・・・・・・。奴はすぐに追いついてくる)

 

 サローンはそこにうっかり置いてきてしまったある物を探しに、燃えさかる炎の海の中に入っていった。

 

 

 

 

 ヘビ怪獣はひたすら追いかけ続けた。匂いが遠くなっても決して諦めず、ただ貪欲にそれを求め続ける。彼があの蘭を求めるのに深い理由はない。

 あの蘭を食し、何処までも成長を続ける。そういう自分を生み出した宿主の遺伝子の情報に従うだけだ。

 

 ヘビ怪獣は鬼ごっこの最中に、別方角にあの蘭の匂いは、一切感じ取れなかった。もしかしたらこの森の蘭は全て、彼らに食べ尽くされたのかもしれない。

 匂いが近づいてきたが、それとは別の焦げ臭い匂いも混じってきた。そして途中で思わぬ障害にあい、ヘビ怪獣は慌てて足(この場合は胴だが)を止める。

 

 眼前に開けた空間が広がり、深い谷が現れた。向こう岸の森は、業火に覆われている。

 飛行能力を持たないヘビ怪獣にとっては、この距離は完全な行き止まりだ。

 ヘビ怪獣は崖の切れ間ギリギリの所まで近づき、前方目掛けて胴を伸ばす。だが当然向こうの岸に届くわけがない。いくらヘビ怪獣でも、この谷を飛び越えることは不可能だ。

 

 その時、向こう岸の炎の中から人影が現れた。サローンである。

 全身の鎧は黒く汚れ、顔には火傷がついている。そして彼の手中には、森の火がつかないようにしっかりと抱き留められた蘭の袋があった。

 

「そうれ! くれてやる!」

 

 サローンは袋を谷底に放り投げた。数十メートルという深い峡谷の下の、川へ向けて落下していった。途中袋の口から何個かの蘭が抜けて、共に落ちていく。

 

 ヘビ怪獣はそれが何なのかを理解すると、迷わず谷底に飛び降りた。

 体長30メートルの巨体が、谷底の川に着水し、大きな水しぶきの音を上げる。

 

「こいつもくれてやる。ゆっくり味わえ!」

 

 ヘビ怪獣が飛び降りると同時に、サローンは再び何かを谷底に投げた。それはヘビ怪獣のすぐ側に落下する。

 ヘビ怪獣はそれを全く気にとめず、蘭の花を袋ごと呑み込んだ。

 もう一個の落下物は、水筒型爆弾だった。しかもそれはヘビ怪獣が蘭を食すと同時に、起爆時間を過ぎた。

 ゴォオオオオオオオン!

 

 谷底から凄まじい轟音と爆風が吹き荒れる。

 サローンは衝撃をさけるため、谷の切れ目から距離を取っていた。すぐ後ろには、燃え上がる樹木があって、大変危険だがしかたがない。

 

 轟音と共にヘビ怪獣の悲鳴が鳴り、その直後に両側の谷の壁が、爆発の衝撃で崩れ始めた。

 

「ピギィイイイイイイイイッ!」

 

 大量の土砂と岩が、ヘビ怪獣の全身に雨のように降り注ぐ。降ってきた物体は他にもあった。

 サローンが更に投げつけてきた爆弾が5つほど、土砂と共にヘビ怪獣の頭上に落下する。

 

 谷底からさっきよりも大きな、爆弾5個分の轟音が鳴った。

 それによって谷は更に崩れ、土砂と岩石が、雪崩のように谷底に流れ込む。川の水は土でせき止められ、複数の爆発をいっぺんに受けて重傷中のヘビ怪獣の巨体も、あっというまに土の中に埋まっていく。

 

 しばらくして土の流れる音が止んだころ、サローンは再び谷の切れ間に近づいた。

 谷の深さはさっきの半分以下になり、急な崖の角度は大分緩やかになっていた。

 

 サローンはしばらく谷底の様子を窺っていた。だがすぐに臨戦態勢に戻った。

 谷底を埋め尽くした土の地表が一瞬動いたのだ。モグラが動いているかのように、土がポコリポコリと盛り上がっていく。

 

(くう! やはりこの程度ではくたばらんか! ならば次の手は・・・・・・)

 

 正面からやり合おうにも、彼の得物は大太刀という近接武器、相性が悪すぎる。

 

 ふと足元を見ると、そこには全体に炎を纏った、一本の倒木があった。

 そして後ろには、この倒木よりも遙かにでかく、そして更に強く燃え上がっている大木が生えていた。よく見ると木の幹が、深くえぐれている。

前の戦闘で、ヘビ怪獣が傭兵達の攻撃への盾に利用した樹木だ。

 

(やむをえん! いちかばちかだ!)

 

 サローンは足下の倒木を、両手を広げて掴み取った。

 

「ぬっ! ぐぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 倒木に触れた肉体の部位全てから、炎の熱による痛みが走る。防熱性のある鎧を着ているとはいえ、これはかなりきつい。

 

 そして全身から気合いを発して、その樹木を持ち上げようとする。

 樹木は地表から離れた。見た目から100キロ以上の重量はあろうかという樹木を、この大男はすさまじい根性で持ち上げて見せたのだ。

 

 谷底の地表が、地雷が起動したかのように一気に弾けた。

 大量の土の雨と共に、地中からヘビ怪獣が姿を現す。先程の爆弾の怪我がまだ癒えておらず、全身から大量に出血しており、周囲の土を溶かしまくる。

 

 ヘビ怪獣は血みどろになりながらも、ボロボロになった胴体で必死に地面を這い、サローンに牙の生えた口を大きく開けて、どんどん接近していく。

 それに対してサローンは逃げも隠れもしなかった。

 

「はぁあああああああああっ!」

 

 両手に燃える樹木を抱え、ヘビ怪獣目掛けて猛牛のように突進した。木の先端は、ヘビ怪獣の開かれた口を目掛けて加速していた。

 

 ヘビ怪獣の口から第2の口が伸びる。

 それは木の先端を部分的に削り取ったが、更にその先の質量が第2の口を押しきり、それを元の口に押し戻した。その結果、火炎を纏う木の幹が、ヘビ怪獣の口内に突き刺さった。

 

 ヘビ怪獣は口内が焼ける痛みに悶絶した。

 振るわされる身体から、何滴もの血が飛び散り、周囲を溶かす。幸いにもそれはサローンの所までには飛ばなかった。

 

 サローンは数歩後退し、背中の大太刀を抜いた。そしてそれを、全力を込めて振った。

 ヘビ怪獣にではない。側にあった幹が抉れ、全体が燃えさかる大木をだ。

 

「はぁ!」

 

 刃渡り125センチの巨大な刃が、大木の抉れた部分に命中する。

 大太刀の刀身は深く食い込み、大木の幹を更に抉る。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 サローンは何度も何度も、大木を大太刀で叩きつける。

 そうしている間に、ヘビ怪獣は口に刺さった焼ける木を噛み砕き、ゆっくりと彼に近づいてくる。

 

 サローンは焦りながらも、大木への攻撃を止めない。大木の幹はどんどん削れ、やがて重心が傾き始めた。

 ミキミキと重い音が聞こえてくる。大太刀で削られた部分を中心にして、その太い幹が折れ、倒れ始めた。

 その燃える幹が倒れる先には、サローンの僅か数メートル先にまで接近していたヘビ怪獣がいた。

 

「ピギッ!?」

 

 ヘビ怪獣の短い悲鳴と、グシャ!と卵が潰れるような音が鳴った。ヘビ怪獣の胴体よりも太い大木は、ヘビ怪獣の胴体を、見事縦一列に覆い潰したのだ。

 

 何トンあるかも判らない巨木の重量で、ヘビ怪獣の全身が、足で踏まれた蛙のように平らに押し潰す。そしてその潰れた身体を、纏う炎が焼き焦がした。

 

 両脇から吹き出た血が地面を溶かし、大木も真下から蒸発するように削れていく。

 サローンは疲れ切った表情で荒れた息を吐きながら、残された最後の爆弾のスイッチを押した。

 

「ようやく、これでおさらばだな」

 

 溶けていく地面のすぐ側に、それを投げつける。

 

 そしてサローンは、いつのまにか側にまで来ていたダックに乗り込んだ。

 ダックと共に空中へとゆくサローン。その後数秒後に、この日最後の爆音が鳴った。

 

 サローンは上空から、火災と爆発によって煙に包まれた森を見下ろした。

 

「これだけ戦って報酬ゼロか・・・・・・。もうヘビの相手はしたくないな・・・・・・」

 

 様々な思いを胸に抱えながら、サローンはこの地獄のような森から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 森の火災はかなりの範囲で広がったが、戦闘から二日目に降った大雨によって、ようやく鎮火された。

 

 その数日後、報告を受けた軍が、この森の捜索に入った。

 その結果、サローンが推察していた3匹目のヘビ怪獣の死骸が発見される。

 また当初問題とされた大蛇と不死の蘭に関しては、この捜索において一切発見されなかった。すでにこれらはこの事件の中で、全滅したと結論づけられた。

 これらのことから、この事態はすでに解決済みと処理される。だが何の脈絡もなく出現したトカゲ・ヘビ怪獣は一体何者で、一体何処からこの森に住み着いたのか、という根本的な疑問は晴れなかった。

 

 サローンが聞いたという、ウェイランド王国の事件に関しても調べられた。だがその事件に関しても、ここと同様謎が多すぎて、はっきりとした回答を得ることはできなかった。

 村は結局廃村になることが決定する。多くの謎を抱えたまま、この事件はうやむやなままに収束することになる。

 

 

 

 

 

 

 事件から更に半月後、焼け野原となった大地に、少しずつ命が芽吹き始める。

 

 まばらに生える若草の中に、異様に育ちのよい大きな茎植物が、一輪の花を咲かせていた。

 それは毒々しい色をした赤く大きい花だった。それはただの植物ではない。調査隊が全滅したと判断した不死の蘭“ブラッド・オーキッド”に違いなかった。

 

 森の動物は一切手をつけないその毒草に、唯一近寄ってくるものがいた。それは体長30センチ程の一匹のヘビだった。

 ヘビは花の匂いに誘われて近づき、その花びらを齧り付いた。

 

 この森に二度と、誰も近づかないことを祈るとしよう。

 


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