紙飛行機が偽りの恋を連れてきた。   作:夜桜さくら

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第一話:特別な時間①

 

 

 穏やかで柔らかな陽差し。

 その中で吹く光るような春風。

 昨日と変わらず今日も天気は良く、空の青が澄み渡っている。

 けれどそれとは打って変わって、青嵐の心中は暗雲としていた。登校中も、重たい足を引きずるように移動していた。

 朝。

 ごく普通に、校門をくぐって、さらに教室へ入っていった。

 ここまでは、昨日までと何も変わらない。

 

「あ、おはよう〜! 遅かったねぇ」

 

 違うのは、教室に入った青嵐にかけられる声だった。

 まるで、小さく手を振る柚月風鈴に迎えられるように、青嵐は自分の席にたどり着いた。

 

「わざわざ早く来てもすることがない。ギリギリの到着のほうが時間の使い方として有効的だろう」

 

 青嵐は席に自分のかばんを置きながら、風鈴のほうを流し見る。

 柚月と八雲。

 出席番号の末尾と、その手前。

 並ぶ2人の座席。

 登校すると必ず鉢合う位置にあるのは一体何の因果なのだろう、と青嵐はそっと小さく息を吐いた。

 

「せっかく朝早く来たのになぁ、わたし」

「……」

「なんで? って聞いてくれないの?」

「……なんで朝早く来たんだ」

「あは。彼氏に会いたかったから?」

「……」

「ねーぇ、無視しないでよ」

「いやどう反応しろと?」

「『おれも会いたかったよハニー』とか?」

「……それを言っている自分を想像するだけで込み上げてくるものがあるな」

 

 青嵐はマスク越しに、さらに手のひらで口を覆う。眉間には皺も寄せられており、誰がどう見ても不快を示す表情だった。

 そしてその顔をした直後、おや、と青嵐は違和感に気付く。

 教室の喧騒が、ひとまわりもふたまわりも静かになっていた。

 不審に思いぐるりと見渡すと、周りの視線がこちらに吸い寄せられているようだった。

 

 困惑。疑問。

 

 それらが一瞬頭を埋め尽くすが、視線の理由は明らかだった。

 

「えーー!! 柚月ちゃんと八雲くん付き合ってんの?」

 

 そしてその静けさを破った近くにいた女子だった。その声は教室全体に響き、それを引き金として、より一層教室が静まり返る。

 

「そだよ〜。昨日からの初々しいカップルです。いぇ〜い」

「めでたすぎじゃん! え、てかごめんあたし声デカすぎた?! みんなめっちゃ静かなんだけど?!」

「あは。いいよいいよ。わたしも別に隠してないし」

 

 そして今度は逆に、ざわめきが波のように広がっていく。格好の話題を前に、教室の各所で話がはじまっていく。

 

 呆然、としている青嵐を尻目に。

 

 『柚月風鈴がクラスメイトの男と付き合い始めた』という噂は瞬く間に周知される事実となった。

 

 

 

 

✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「おい青嵐! お前だけは裏切らないと思ってたのにっ! どういうことだ?!」

 

 周知となった影響は、当然青嵐の知らない範囲はもちろんとして、既存の交友関係にも表れていた。

 昼休みになって、青嵐は友人にこうして詰められている。

 場所は屋上。

 砂埃にあふれた床にレジャーシートを敷いて、男3人で陣取っている。

 米粒が飛ぶ勢いで声を張り上げているのは、里中豊(さとなかゆたか)。身長は150そこそこで、だから豊が大仰に振る舞っていても怖さがない。髪もほのかに染めてあるが、地毛だと言い張れば言い逃れできそうな程度にしか染まっていないところに性格が出ている。

 

「まあまあ、そんな詰めたら答えられるもんも答えられへんやん?」

「これが落ち着いてられるかー!」

 

 叫ぶ豊をなだめているのは、赤石朝春(あかいしともはる)。着崩した制服にざんばらな髪、けれどそれでも様になる整った顔立ちをしている。朝春の特徴はなんといっても関西なまりの口調で、服装のゆるさも相まって、どことなく全体的に柔和な雰囲気を纏っている。

 

「けどまぁぼくもびっくりはしたなぁ。青嵐いつも女の子とは距離とっとるし、急にどしたん? って気持ちにはなったわ」

「ホンそれな。ずるくね? てか柚月も柚月で男嫌いみたいな話聞いたことあったけどな。告白する男が途絶えることなく、しかしその全員を袖にしてきた魔性の女! なんでいきなり青嵐だけOKなんだよ」

「…………ふむ」

 

 友人二人を前にして、青嵐は小さく唸る。

 さて、どうすべきだろうか。

 なんと言うのが正解なのだろうか。

 青嵐は、ここが表明するタイミングか? と、目を泳がせる。

 今回の『付き合っている振り』を遵守するならば、付き合っているという事実は周知されていないと意味がない。

 けれど。

 

 付き合っているのではなく、『付き合っている振り』だということが明らかになってもいけない。

 

 だから、発する言葉は選ばなくてはいけなくて、言葉に詰まる。

 

「……何故……と言われてもな……」

「というかそもそもどっちから告白したん? 柚月さんからなん? 二人とも知り合いかなんかやったん?」

「いや、普通にクラス替えからの初対面だったが」

「てか今更実は美少女幼馴染がいたんだ、とかそんなこと言い出したら殴るけどな!」

「さすがに物騒すぎだろ。幼馴染なんぞいたことがない」

「幼馴染ってどんくらいを呼ぶんやろね。やっぱ物心ついたころからとか───」

 

 少し話題が逸れていって、青嵐は心中でホッと一息吐いた。

 あのまま追及をされていたら、すべてありのままを話していたかもしれなかった。

 嘘を嘘として成り立たせるためには、もう少し言い訳の準備をしておかなければならないらしい。

 ある程度想像はしていたつもりだったのだが、その何倍も変わりはじめているようだった。

 

 そして、放課後。

 

 青嵐はまた屋上を訪れていた。

 理由は昨日と同じく風鈴と会う予定があったからで、ただし前と異なっていることが一つあった。

 

「どうしたの? とりあえず来たけど」

 

 それは昨日と今日で、立場が逆転していること。

 

「ていうかこの付箋すごい紙飛行機にしやすそうだよね。作っていい?」

「紙飛行機愛好家か? ただのメモだ。捨てろ捨てろ」

「えー」

 

 ふわりとした笑みを浮かべながら、風鈴は指先につけた正四角形の付箋をぴろぴろと揺らしている。

 あの付箋は午後の授業中、プリントをまわす際に風鈴に押し付けたもので、そこには『放課後屋上に』と書いてある。

 つまり今日呼び出したのは青嵐で、呼び出されたのは風鈴になる。

 

「一旦話がしたい。時間いいか?」

「いいよいいよ。なに?」

「早速例の件について問題が生じた。今日はその解決策と今後の方針をだな」

「あは。もしかしてもうバレた?」

「いや……特別露呈したわけではないんだが……」

 

 青嵐は腕を組みながら、今日昼休みにあったことを風鈴に伝えた。

 付き合っているという事実は周知されるべきと考えていること。しかし伝え方によってはその時点ですべてが露呈してしまいそうだと感じていること。

 そして対策を練らないと、今すぐにでも嘘だと思われてしまいそうなこと。

 風鈴はそれをふんふん、と聞きながら「なるほどぉ」と笑う。

 

「なんていうか、まじめだね」

「真面目?」

「まじめまじめ。え、それってつまりバレないように何かしようとしてくれてるってことでしょ?」

 

 風鈴の台詞に、青嵐は怪訝な顔をする。

 

「いやわたしからすると、普通にヤな顔されて当たり前だと思ってたからそういう方面の努力してくれるんだーって」

「その言い方はおれがまるでお前の従順なペットであるかのようで癪に障るな」

「あは。『しばらく付き合ってやるけど素直に言うことは利きたくないし反抗の姿勢は見せておくか』って顔してる」

「おれの表情豊かすぎだろ」

「わたしがエスパーなんだよ」

「……」

「『もしかして本当にエスパーなのか?』って顔してるけど、たぶんきみがわかりやすいだけだよ」

「?!」

「ほら、そういうとこ。嘘を吐こうと思ったことないでしょ。だからわかりやすいんだよね」

「…………ほぉ」

 

 青嵐は感心した。

 なるほど確かに、そう言われると嘘を吐くことが苦手だという自意識はある。それを踏まえるとわからなくもなかった。

 が。

 

「いや待て、納得しかけたが『嘘を吐かない』という判断を会って一日足らずでよくできるな」

「呼び出したりしたのはそりゃ昨日だけど、元からクラスメイトではあったじゃない?」

「2週間も経ってないしまともに会話もしてないだろうが」

「……あは。そう言われると、確かにわたしの見る目は悪くないのかもね?」

 

 栗色の瞳を細めて、風鈴は淡く微笑む。

 

「でもなんでもわかるわけじゃないよ? きみが女の子苦手なのも気付いてなかったし。きみが恋人の振りに結構乗り気なのも気付いてなかったし?」

「乗り気なわけがあるか」

 

 心外だ、と青嵐は眉をひそめて、

 

「でも協力してくれる気はあるんでしょう?」

 

 するりと心地のいい温度の風鈴の声に、青嵐はグッとのどを詰まらせる。

 なんと返していいか逡巡し、目を背けて、絞り出すように声を出す。

 

「……約束は約束だろう。おれはあまり約束を破るのは好きじゃないんだ」

「あは。うんうん。わたしきみのそういうとこ好きだよ」

「ほざけ」

 

 青嵐はじろり、と風鈴を睨む。

 

「無駄口はともかく、これからどうするかの話がしたい。おれが嘘を吐くのが下手なのはまあ……情けない話ではあるが……それを差し引いてももう少し口裏合わせておいたほうがいいんじゃないかと思うわけだ」

「いいね」

 

 んーそうだなー、と風鈴は考え事をしながら付箋を手の中で弄んでいる。

 

「じゃあ設定とか決める? どういう経緯で付き合い始めたのかー、とかそういうの」

「むしろなんで最初決めなかったのかと言いたいくらいではある」

「『これ設定ね! 覚えてね! こう聞かれた時はこう答えてね!』───って、わたしが言われたらたぶんヤだからだよ。普通にうざくない?」

「今更だろ」

「え? わたしのことうざいって意味?」

「うざいだろ」

「え?」

「お前は自分の振る舞いをなんだと……いや、いい。この話はやめよう。埒があかない」

「仕方ないなあ、貸しイチね」

「コイツ……」

 

 青嵐の口から文句が出る隙もなく、話し長引きそうだし座ろうよ、と風鈴は寂れたベンチを指差す。

 そこに異を唱える理由はなかったため、青嵐も彼女の後をついていった。

 

「…………フー……」

「あは、ごめんごめん」

 

 ベンチに腰を下ろした青嵐は、同時に深いため息をこぼす。

 風鈴はポニーテールを揺らしながら、そんな彼の顔を覗き込む。

 

「大丈夫? ちょっとからかいすぎちゃったかな」

「揶揄ってる自覚があるのか」

「ちょっとだけ? ていうか話すのが楽しくて。ふざけすぎちゃったかも」

「楽しい……?」

 

 パッと花咲くように笑う風鈴を、青嵐は訝しげにジトっと眺める。

 楽しいとはどういう意味だろうか。

 そんな疑問が心中に湧き立ち、青嵐はそのままそれを口に出す。

 

「楽しいってどういう感情だ?」

「え? 何? 感情がないロボット?」

「そんなわけないだろ。普通に聞いただけだ。……でもまあ言っといてなんだが楽しいは楽しい以外の何物でもないだろうし別に答えなくていい」

 

 ふん、と気恥ずかしさもあって、顔を背ける。

 

「……あは。ちょっと待って考える」

 

 青嵐にとってはもう半分以上どうでもいい問いかけだったが、風鈴は「うーん」と考え込みはじめてしまった。

 こんなことなら聞かなければよかった。が、自分から聞いた手前「やっぱりいらない」とも言い難い。

 

 返答を待っている間絶妙な暇ができて、青嵐は視線をさまよわせる。

 

 屋上は今日も閑散としていて、けれど無音というわけではない。グラウンドからは運動部の声が響き、そこに空き教室で練習をする吹奏楽部の楽器の音が混じっている。

 もう一時間もすれば西の空が茜色に染まって、東の空は夜に染まっていくのだろう。

 けれど春暖を感じられるこの時期では、放課後になった今でも未だ青い。

 

 無言の時間は、話している最中よりも一際居心地が悪く感じられた。

 青嵐は爪先で手首をカリカリと掻き、ついでにマスクの位置を正す。

 

 

「───特別な時間だって思えることじゃない?」

 

 

 時間にすれば1分程度であろう沈黙を、風鈴が破る。りんと鈴がなるような軽やかな声だった。

 青嵐はその台詞が何を示しているのかイマイチ理解できず疑問符を浮かべる。理解できたのは、その台詞が青嵐の問いへの回答だということだけだった。

 

「楽しいって気持ちは安心感とか、チルめな感情とは反対側にあるものだなーって思う。

 中毒性があるよね、楽しいって。

 友達といる時間とか。ずっとやりたかったゲームやってる時間とか。

 そういう自分にとって特別な時間があるとき自然と“楽しい”って思う気がする」

 

 どうかな、と風鈴は笑う。

 青嵐はぽかんと口を開ける。

 なんだか、意外だった。

 彼にとっては意外な答えだった。

 

「……正直、当たり前といえば当たり前な話だな。楽しい瞬間っていうのは、平凡なそれより特別といえば特別だ」

「あは。そうだよね」

「でもそうだな」

 

 そしてその意外さは、不快ではない意外性だった。

 わけわからない解答には違いないが、そう感じるのは何故だろう、と。

 それが即座に言語化できずに、青嵐は言葉に詰まる。

 

「……面白い回答だな。人間的で」

「あは、これまで人間だと思われてなかった?」

「気のせいだろ」

 

 青嵐は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、けれど彼女のことを見直していた。

 それはきっと。

 青嵐にとって、『どうでもよさそうな問いに対して、風鈴が自分なりの答えをきちんと考えて出した』ことが意外だったから。

 当たり前のことであるが、対話というのは相手に向き合ってはじめて意味のあることだ。

 

「しかし話が脱線しすぎだな。さっさと設定とやらを詰めるぞ」

「話を脱線させたのはきみだけどね?」

「違いない」

 

 ふ、と青嵐は笑みをこぼす。

 風鈴はその瞬間を、横で、至近距離で見て目をぱちくりとさせる。

 

「まずあれだな。どっちから告白したとか、そういうエピソードをちゃんと決めておきたい。聞かれたときに何も答えられん」

「……」

「おい、どうした」

「え、あ、うん。なんでもない。どうしよっか」

「特にアイデアがないなら…………そうだな。こういうのはどうだ? 上手に嘘をつくときには、真実に嘘を練り込むと良いと言うし、実際あった話を叩き台にしたいところだ」

「実際にあった話?」

「『告白は柚月からだった』『男除けがほしい』『おれのなにを気に入ったのかおれはよくわかってない』『とりあえずお試しで付き合いはじめた』『女性への苦手意識克服にも付き合ってもらっている』……とかか」

「そこまで言っちゃう?」

「あくまで一例だ。言っておいてなんだが、『男除けがほしいから』なんてのは言わないほうがいいだろうな。なら誰でもいいという解釈になって、恋人を偽装してる意味がなくなる」

「うんうん」

「重要なのは事実をもとにすることで矛盾が生じづらいということだな。おれの一方的な問題になるが、『おれの何を気に入ったのかなんて知らん』だとか『異性が苦手なのは正直に話して一度断ったが、しつこく食い下がられた』だとか言っていいのであれば説明がしやすい」

「うんうんうん。いいんじゃない?」

「いいのか」

「え、逆になんかだめ?」

「いやお前がいいならいいんだが……」

 

 青嵐が好き勝手言うと困るのは風鈴になるのではないか、と困ったように眉をよせる。

 

「? わたしは別にいいけど…………───って、あ、ちょっと待って」

「……」

「わたしから告白したって体にするってことは、わたしはきみにラブちゅっちゅしててもいいってこと?」

「何言ってるんだコイツ……」

「好きアピール大事じゃない? 信憑性(しんぴょうせい)増すし。そうだよ。きみはそんな感じだし、わたしがラブちゅっちゅ担当しないと、ね?」

「…………」

「うーん。『言い方は気になるが言ってること自体は一理ある』みたいな顔してるね」

「……まぁ、付き合ってると周知するならそういうことも時には必要かもしれん……」

「あは。だよね?」

 

 もはや心を読まれていることにも慣れてきてしまった。

 青嵐は眉根をもみほぐしつつ、風鈴の言葉にうなずく。

 

「ねぇねぇ」

「なんだ」

「好きです。付き合ってください」

「…………どういうリアクションを求めているんだ、それは」

「ひど。こっちは勇気を振り絞って言ってんのに。一世一代の告白だぜ〜?」

「……ああ、そういう感じの台詞で言われたということにするみたいな話か?」

 

 なるほど、と青嵐がうなずくと、吹き出すように「あははっ」と風鈴が笑う。

 

「何か面白いことあったか今」

「いやなにもないなにもない……」

 

 ふ、ふふっ。

 と、語尾に笑いを滲ませながら風鈴はかぶりを振る。

 変なものを見る目で青嵐はその様子を眺めつつ、ひっそりと嘆息を吐く。

 

「…………」

「あー、面白かった」

「他人の笑いのツボというものは時に意味がわからないものだが、その最たるものを見た気分だ」

「あるよね、そういうこと。わたしも紙飛行機をおもむろに折り出す人の気持ちわかんないもん」

「それはお前のことだろうが」

「実はそうなんだよね。折っていい?」

「……好きにしたらいいんじゃないか?」

「ありがと」

 

 ふんふふん、と鼻歌まじりに風鈴は本当に折り紙をしはじめてしまった。

 

「……また紙飛行機か」

「うん」

「好きだな、ずいぶんと」

「まあねぇ。逆にきみは好きじゃないの? 思い入れとか」

「特にないだろ思い入れとか」

「えーショック。わたしとの思い出できたばっかりなのに」

「阿呆か」

 

 世間話のようなリラックスした声色で、風鈴は話しながら、小さな正四角形の付箋を折っている。

 過程を見るに、どうも本当に紙飛行機を作っているらしかった。

 

「でーきた。いる?」

「いらん」

「残念」

「もらってもいいがそいつはゴミ箱めがけて飛んでいくことになる」

「うーん……じゃあそれでいいからもらって?」

「それでいいのか……」

 

 薄ピンク色の紙に黒い文字が各所に見える、手乗り紙飛行機。

 昨日は空の彼方へ投げ捨てていたが、実際のところ外に紙屑を捨てていいわけがなく、青嵐は差し出されたそれを嫌そうな顔で受け取った。

 

「大事にしてね」

「ゴミ箱に飛んでいくまでな」

「あは」

 

 それはさておき、と。

 青嵐は思考を切り替えて、他に何か相談しておくべきことはあっただろうかと考える。

 そして手元のミニチュア紙飛行機、───元は伝言用のメモを眺めて、一つのことを思い出した。

 

「……あぁ。そういえば連絡先の一つや二つ交換しておいてもいいな。毎度手紙を書くのも阿呆らしい」

「三つや四つ交換したっていいよ」

「住所から何まで全部共有する羽目になりそうだな、三つ四つ」

「え、わたしの家族構成聞きたい?」

「いらん。はやくスマホ出せ」

「はーい」

「……ふむ」

 

 LINEを起動して、はた、と青嵐は止まる。

 ぎこちなくアプリ内の各所をさわりながら、首を捻る。

 

「どうしたの? やっぱり嫌になった?」

「そういうわけでは……いやいい、パス。任せた。こういうのは慣れてないんだ」

「嘘でしょ?!」

 

 青嵐はそっぽを向きながら、風鈴に自分のスマートフォンを差し出した。

 彼の知らないうちにアプリが自動更新されていて、友達追加の欄が見慣れた場所にはなくなっていた。こうなるとよくわからない、と手をあげる。

 

「わたしも大概変わってる自覚はあるけどきみも大概だよね……勝手にさわるよ? 変なとこ見えても怒らないでね?」

「見られて困るものは特に入ってない」

「ふーん」

 

 風鈴はスマートフォンを受け取って、ぽちぽち、と操作をしはじめた。

 

「こういう壁紙とかってちょっと個性出るよね」

「どこを見てるんだどこを」

「友達登録が済んでホーム画面に戻ってホーム画面を見てる」

「終わったなら返せ」

「もうちょっと待って。…………はいおーけー」

 

 返されたスマートフォンを青嵐は受け取り、新たに追加された連絡先を見つめる。

 そこで、名前が‟風鈴の絵文字‟ひとつで構成された相手を見つける。

 

「これか? 名前が名前になってないな」

「“風鈴”なんだからばっちりでしょ。そういえば知ってた? わたしの名前、風鈴(ふうりん)って書いてフウリって読むんだよ」

「ほー」

「ところで他なにか気づかない?」

「……なんか弄ったのか」

「うん」

「…………」

「あは。めちゃくちゃ嫌そうな顔してる。でもあれだよ。連絡先の一つやふ・た・つ交換しただけだよ」

 

 ふたつ、の箇所をやたらと強調した口ぶり。

 悪戯っぽい笑顔。

 それらを踏まえて、青嵐は今一度自分のスマートフォンを検分する。

 

「……あぁ、電話帳にも増えてるな」

「家の電話番号で二つ。あと一応住所を連絡先って見るなら三つ?」

「なるほど。……なるほど。まあ、有言実行ではあるか……」

「あれ、これは怒んないんだ」

「丸投げしておいて怒るわけないだろ」

 

 それこそ壁紙を勝手に自撮りか何かに変えられたりしていたら少し気にしていたかもしれない。

 しかし、連絡先の交換というのは青嵐の言った範囲のことではあるし、さすがに怒りを露わにすることではなかった。

 

「よかった。住所も含めてきみの連絡先抜いちゃったんだけど、ちょっと怒られるかなって思ってたんだよね」

「……」

「よし! ギリギリ怒ってなさそうな顔してる!」

「その顔色センサー、故障してるらしいな。怒ってるが?」

「あれー?」

「実際のところ別に構いやしないんだが、住所情報を抜くという形容になるとビンタの一つでもしたくなることは否めない」

 

 ふう、と一際大きなため息を吐く。

 

「まあ戯言はさておき」

「戯言って言われた!」

「もうちょっと何か詰めておきたいな。こういうのは結局いざ本番になるとつめの甘さに気付くんだ。前もって対応できることはしておきたい」

「例えば?」

「いや……例えばさっきの馴れ初め……と言えばいいのか。ああいう……事前に決めておいた方が便利なことなんかをだな……」

「うーん……」

 

 風鈴は長い髪を指先でくるくると遊ばせながら、目を瞑って考え込む。

 

「わたしは特に思いつかないかなぁ」

「……そうか」

「きみも思いつかないなら一旦いいんじゃない? 成り行きで」

「言い出しっぺの癖に適当だなコイツ……」

「付き合わされてるだけなのに真面目だね」

「ぶちのめすぞ」

 

 青嵐はまた大きなため息を吐いて、立ち上がる。

 

「……じゃあ今日はこのくらいでいいな」

「えー、もうちょっとお話ししようよ」

「嫌だ。やることやったら帰りたい」

「うーん。これは本当に本音で嫌そう。じゃあ帰りながら話そうよ、ね? 途中まで道一緒だと思うし」

 

 なんで知ってる──、と言いそうになって。

 そういえば住所はついさっき知られたのだったか、と一人で納得する。

 

「……」

「わかった。好きにするね」

「何も言ってない」

「あは」

 

 しかし改めてそこに異を唱えることもなく、二人は並んで歩くことになった。

 そして、屋上の出入り口に差し掛かったところで「あ」と風鈴が口を開く。

 

「そういえばあった。もう一つだけ。ちゃんと守りたいこと」

「……なんだ」

 

 ぱた、と足を止める。

 

「絶対に秘密にしたいんだ、この関係。友達にも、家族にも、どんな人にもわたしたちがお付き合いのまねごとしてるってことは言わないでほしいんだよね」

「……ふむ。まあ、協力してくれる友人がいたとしても情報統制というのは大事だしな。どこから漏れるかわからん以上、理にかなってると言える」

「あは。それもあるかもしれないけど、別にそういう理由じゃないよ」

 

 風に揺れて、彼女は淡く微笑む。

 

「二人だけの秘密があると、特別な感じがするでしょ?」

 

 

 

 

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