「放課後ゲーセン行こうぜ」
青嵐と
風鈴とは、毎日放課後一緒に帰る約束こそしていたものの今日は彼女も「ちょっと寄るとこあるから」ということであったため、青嵐にとってはある意味久しぶりの気楽な男だけの時間だった。
今日はどうしてまたゲームセンターなのかと思ったが、最近ゾンビ討伐のガンシューティングにハマっているらしかった。
もっと言えば、一人で苦戦したゆえにもう一人(2P)ほしかったということらしい。
さて。
この手のホラーガンシューティングは二人プレイである。
それもあって、少しの間二人のプレイを見た後、青嵐は一人離れて行動をしていた。三人でゲームセンターに来るときは大抵いつもこうなっている。
別に三人集まっていてもいいのだが、やはりこれもゲームセンターという場所の魔力なのだろうか。
そもそも音が激しい空間であるゆえに、会話にはそこまで向いていない。
色々なゲームがある故に、目移りしてなんとなく移動してしまう。
以上を理由に、なんだかんだと色々なエリアをふらっと散歩をしてしまいたくなるのが青嵐だった。
「……」
そしてぐるっと周る散歩が終わったあとは、大抵格闘ゲームのコーナーへ腰を落ち着ける。
裏路地ファイターX。
格闘ゲームシリーズの中ではトップクラスの知名度を誇るこれが青嵐のお気に入りだった。
何が良いかと言われると、わかりやすいのが良いと彼は思っていた。
体力ゲージがゼロになった方が負けという点。
そして行動範囲の狭さ。
内容にもよるが一試合が短いこともわかりやすさの一助になっている。
結局のところコンボやフレームなど覚えなければいけないことも多く、実際やってみれば難しく、とてもじゃないが簡単とは言えない。
けれどわかりやすいと感じてしまうのは、結局性に合っていたということなのだろう。
そんなお気に入りのゲームを、マスクで表情を隠しつつ、どこか満足気に彼は触っていた。
「ム」
トレーニングモードでエンジンを温めていた彼の画面の前には、突如『Here Comes A New Challenger!』の文字が現れた。
どうやら店内マッチングが成立したらしかった。
ポキポキ、と指を鳴らして青嵐は居直る。
何戦もするほどお金に余裕はないし、友人らのガンシューティングもいつまでやっているかわからない。
この一戦だけやって終わろう、と。
そう思いながら青嵐は接戦の末負けた。どうやら同じ実力帯らしい。
なにはともあれ、一敗。
「…………」
なんとか勝利。
一勝一敗。
「………………」
勝利。青嵐の時代と世界が噛み合った瞬間が訪れた。
二勝一敗。
二先(二試合先取)の理に基づき、青嵐の勝ちである。
「……ふん」
そうして満足げに息を吐いて、さてと、と席を立とうとしたその時だった。
「すいませんもう一回いいで───、あ」
「……今のまさかとは思うが雪加か」
雪の化身のような銀髪。
青嵐が席に座っていてちょうど目の高さが合う小さな背丈。
やってきたのは、見紛うことのない印象的な少女、雪加小和その人だった。
「……」
「……」
「…………もう一回やんない?」
「……ふむ」
顎に手を当て、青嵐は考える。
そしてその仕草を見て、小和は拗ねるように唇を尖らせる。
「……や、気が乗らないならいいけど」
「別にそんなことないが」
「女が格ゲーとか。チビのくせにとか。ストーカーのくせにとか思ってない?」
「急に卑屈だな」
「うっさいわね……」
なお、小和の実力は昨日や今日初めたのではあり得ない熟練度であった。
それを踏まえると、誰かに似たようなことを言われたりしたのかもしれない。
実際、150cmにも満たない銀髪の少女がゲームセンターにいるとそれはもう目を惹くだろう。いや、彼女の場合はどこにいても周りの目を集めるのだろうが。
「まあ別に再戦くらい構いやしないが」
連れの二人を放っている以上そう長い時間はできないだろう、と青嵐は斜め上に視線を向けつつ考えていた。
その仕草をどう捉えたのか、小和は少し嫌そうに顔を歪めていた。
「まさか風ちゃんにしてるみたいに『再戦してほしければ今度デートしろ』とか脅してくるんじゃないでしょうね」
「どんな脅しだどんな。普通に時間的な問題で一先でしかできなさそうだなと思ってただけだ」
「ふーん、そう?」
ならいいけど、と小和は腕を組んでそっぽを向く。心なしか耳が赤い。
自分で言っていて恥ずかしくなったのだろうか。
「その路線で言うなら、なんでそんなに付き合ってるじゃなくて脅してる判定になってるのかは聞いてみたいとこだが」
「なんでって、名前で呼んでないから」
ダメ元で聞いてみると、さらりと答えが返ってきた。
しかし意味合いがよくわからず、青嵐は怪訝な顔になる。
「風ちゃんって『お前』とか『おい』とか名前じゃない呼び方されるの嫌いなんだけど、それも知らないんでしょ? だからどうせ嘘なんだろうなって」
「ほー……」
思ったよりも明確な理由を挙げられて、青嵐は目を瞬く。
なんとなく。
青嵐はこれまで確かに風鈴の名前を呼んだことはなかった。いや、それを言い始めると風鈴も彼の名前を呼んだことはないのだが。
「まあ確かに知らなかったな。そうなのか」
「そうよ。嘘つくならもうちょっとわかりづらい嘘を吐きなさいよね」
「胸に留めておく」
ふん、と小和は威張るように鼻を鳴らす。
「とりあえずもう一戦やりましょう」
「なんとなくおれのことを嫌ってる理由はわかったが、よく遊ぶ気になるな……」
「合法的にボコボコにできるのが格ゲーのいいとこでしょ」
「一理ある」
そうして、青嵐は小和に完膚なきまでにボコボコにされた。
負けてやる気はサラサラなかったのだが、頭の片隅に小和の言葉が引っかかっていたことは否めない。いや、それを言い訳にするのも小和に失礼かもしれないが。
ムゥ、と青嵐は険しい顔で腕を組んでいた。
理由は簡単。
負けて悔しいからである。
もう一戦、という気持ちは彼にもあったが、肝心の対戦相手である小和は「ざ〜こ」と言い捨てて去っていってしまった。
不完全燃焼ここに極まれり。
「───ん、青嵐はやっぱここやんな」
「豊は?」
「まだゾンビさんと戯れてるで。クリアはしてんけどなぁ、次はソロでもいける気するいうてなんかもっかいやってるわ」
「そうか」
「青嵐もキリええならクレーンやらん? さっき可愛いのあってん」
「まだ増やすのか……」
「ええやん」
青嵐は呆れた顔をしながら、立ち上がる。
対する朝春はへらりと笑いながら、ほな行こか、と先に歩く。
「可愛いと言えば、さっき雪加さんおったんよな。えらい上機嫌やったわ」
「ゲームセンターには楽しいものが多いからな」
「それはそう。でもちょっと意外やったわ、こういうとこ来るねんな」
「確かに意外だった」
青嵐は心の底からそう思っていた。
人は見かけによらない。
それこそ朝春のように可愛いもの目当てでクレーンゲームでもしてるならわかるが、実際に小和がやっていたのは格闘ゲームだった。
熟練度も高く、本当に好きでやっているのはなんとなく感じ取れる。
「わかったつもりでも、わからないものだな」
「何? 雪加さんのことなんでも知ってるファン層やったん? もしそうなら意外すぎやねんけど」
「実はな」
「おもろ」
後ろの席から、やかましいちょっかいをかけられることがなくなった。
理由は簡単で、席替えをしたからである。
ゴールデンウィーク前、5月1日。
新クラスになって1カ月が経った今日という日にようやく解放されたのである。
いなくなったらいなくなったで寂しい……なんてことはなく、普通に清々した気持ちだった。
逐一授業中に雑談の手紙をまわされても返事などできるわけがないし、彼としてはやはり、同性同士の気が置けない関係のほうが楽だった。
「青嵐、このパック剥いてくれ。頼むぞ……!」
「これ何が目当てなんだ」
「今回引きたいのはこれと、あとこれだな」
隣の席にいるのは、里中豊。
豊はスマートフォンでできる
青嵐は窓側から数えて二番目の列の後ろの方。豊は窓際の後ろの方の席。
彼らはそこで休み時間を過ごしていた。
「ピックアップか」
「お前の運だけが頼りだ」
「まあ、任せろ。おれは他人のガチャを外したことはないことだけが自慢だ」
「実際運いいんだよなー、青嵐って」
青嵐は手袋を外して、豊のスマートフォンをぽちぽちと操作する。
虹色に輝く画面をなんとなしに眺めていると、いつの間にやら様子を見ていたギャラリーも「おお」とざわめく。
「八雲ってガチャの神なのか? ちょっと待ってくれ。僕も引いてほしいガチャあるんだけどいい?」
「あとでならいいぞ。さすがに当たる保証はできないし、外れて文句を言わないことだけが条件だ」
それでいい、よろしく! という言葉に頷きながら、とりあえず青嵐はまず豊のガチャと向き合う。
真剣な顔つきの豊と画面を共有しながら、「お」と青嵐は声をあげる。
が、青嵐のささやかな声は、豊の歓声でかき消されてしまった。
「うおおおおおお!! 青嵐神!! お前神!!」
「よきにはからえ」
「うわまじかよ僕も頼んでいいかよろしく頼む」
「休み時間終わるまでならいいぞ」
新たなスマートフォンを受け取り、新たなガチャと青嵐は向き合う。
「いやー、なんか悪いね。話すのほぼ初めてだしさ? いつも柚月さんと一緒にいたもんね」
「最近ずっとイチャコラしてたよなー」
「別にイチャついては……まあ、あいつが死ぬほどちょっかいかけてくるから他のやつと絡む時間が減ったのはそうかもだが……」
揶揄ってくる豊の声を聞き流しながら、青嵐はチラリとクラスの片隅に視線を送る。
廊下側の、最前席。
青嵐の知り合いはなんとなく固まる席並びに偶然なっているようで、そのあたりでは風鈴と朝春が談笑をしていた。
何を話しているのかまでは距離があるためわからないが、風鈴は手を叩いて笑っており、やけに楽しそうだった。
朝春もいつも通りにこやかだった。仏頂面の青嵐には、風鈴がどれだけ楽しそうでもあんなに柔らかな笑みは浮かべられないだろう。
どこか遠い二人に嘆息を吐いていると、豊が大仰に「いいなー」と頭を抱える。
「俺も休み時間に美少女と仲良くおしゃべりしてえぜ……」
「お前のそういうところは明け透けで好ましいが、一般論として異性を遠ざける要因になることを意識しておいた方がいいな」
「まじかよ」
クラスメイトのガチャ難民こと田中くんも、これには苦笑まじりだった。
「てかあの二人が喋ってるとクソほど美男美女コンビだよな。朝春はマジクソほど胡散臭いことを除けばマジで顔がいい」
「まあ、おれよりよほどお似合いではある」
「ぶっちゃけそれはそうよな」
青嵐はそんな話をしながら、『あいつもどうせなら朝春を彼氏役にすればよかっただろうに』という思考をよぎらせて。
それと同時に。
内心でさえ、“お前”や“あいつ”と呼んでいるのだな、と自分を顧みた。
「
放課後、彼女の席まで赴き声をかける。
風鈴は鞄に手をかけた状態で、ぱちぱちと目を瞬く。
「帰るぞ」
「……え、あ、うん」
風鈴は先を行く青嵐の後をぱたぱたと追いかけ、横に並ぶ。
そして、彼の横顔を盗み見るように窺っていた。けれど顔の大部分はマスクに覆われているし、見たところで何もわからないだろう。
青嵐は別に、特別なことは何もしていない。
恋人なんだから用事がなければ一緒に帰ろう、という約束に従っているだけ。
それから、恋人の名前を呼んだだけ。
付き合っているのであれば、付き合っていなくても、別にそう違和感のある行為ではなかった。
「…………」
「…………」
けれど、風鈴は少しもどかしそうに、何か言いたげに、青嵐の顔を見つめていた。
そして青嵐は素知らぬ顔で、黙々と歩いていた。
「ねぇ」
教室から廊下、廊下から下駄箱、下駄箱から校門、そして校門から川沿い。
川沿いまで歩いて、二人きりになって初めて、風鈴が沈黙を破った。
「どうかしたの?」
「どうしたと言われてもな」
りりり、と自転車を押しながら青嵐は困ったように眉を顰める。
「どうかしてるのはどちらかというとそっちだろう。今日はやけに大人しいな」
「大人しいっていうか……えー……? なに、わたしが自意識過剰なの?」
「おま───風鈴が自意識過剰なのはいまに始まったことじゃないだろ」
「……へー」
青嵐が風鈴の言葉を切り捨てると、風鈴は興味深そうに見つめてきた。
「やっぱりわたしの自意識過剰じゃないよね? ていうか、わたしの名前知ってたんだ」
「知らないわけがないだろ。というかなんだ。それを気にしてたのか。呼ばれたくないなら辞めるが」
「ううん? 名前で呼んでくれるのはむしろ嬉しいけど。急になんでかなあって」
「積極的に他人に嫌がらせをする性格をしていないからな、おれは。
風の噂によると、風鈴は名前以外で呼ばれることが苦手らしい」
「あぁ、こよちゃん?」
「そうだ」
「なるほどねぇ」
うんうん、と風鈴は納得したように頷く。
「ちなみに実際どうなんだ。付き合ってる以上は名前で呼んだほうがそれらしいというのも名前で呼んでみた理由ではあるが」
「ああ、うん。苦手かな? 結構苦手。『おい』とか『お前』とか、あとは名前間違えられたりとかも苦手かな」
「……あぁ、まぁ確かに“ふうりん”と呼ばれることは多そうだな……」
「うん。ふうりんちゃんって呼ばれるのは本当に多いよ〜。面と向かって“ふうり”が正しいんだよとも中々言えないしさー」
名前としても珍しく、そして読み方も珍しい。普通であれば、風鈴はふうりんと読むだろう。
例えばこれを
「確かに、そういう間違えられやすい名前してると、苦手意識というものは生まれやすいのかもしれないな」
「それもあるけど、うちのおばあちゃんボケてわたしのことお母さんの名前で呼ぶんだよね。3年前くらいからずーっとそうだからさ、なんか、ちょっと病むよね」
「……それはまた」
「笑っていいよ」
あはー、と軽やかに笑う風鈴に青嵐はギョッとする。
『家族から名前を呼ばれない』
笑ってはいるが、それはどんな気持ちなのだろう。風鈴だけでなく、風鈴の母の目線からしても相当複雑であろうし、であればその家庭の空気というのは想像するだけでも、息苦しい。
「笑えるか馬鹿、気まずいにも程がある」
「わたしは気まずくないから大丈夫だよ」
「コイツ……」
いつも通りの風鈴に、青嵐は呆れたような声を漏らす。けれどいつもと違うのは、青嵐の受け取り方だった。
気楽そうに、自由そうに、いつも軽やかな風鈴にも辛いことがあるという事実。そしてそれを抱えていても、楽しそうに生きているという事実。
程度の差こそあれど誰にだって苦手なことや辛いことはあって当たり前ではあるのだが、いざ目の当たりにすると微かな驚きがあって。
青嵐はこの瞬間、ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、柚月風鈴という人間への印象を改めた。
「……まあ、なんだ、悪かったな」
「? なにが?」
「知らなかったとはいえ、嫌な気持ちにさせてたんだろ」
「あは。そこ? きみはわたしが“きみ”って呼んでるから合わせて名前呼ばなかっただけじゃないの?」
「それもないとは言わんが」
「ならそこは悪いのわたしじゃない?」
「理由はともあれ、相手が嫌がることをしてしまっているならおれが悪い」
「あれ? もしかして女の子が苦手なきみにべたべたしてることを暗に責められてる……?」
「それは本当に反省しろ」
「ごめんごめん。許して?」
「……」
「あれ、本当に許してくれてそうな顔してる。いつもなら結構内心嫌そうなのに」
「おれが何か言う前に勝手に察するのをやめろ」
青嵐は、はぁ、とため息をこぼす。
けれど実際、特別嫌な気持ちがあるわけではなく、否定する気は起きなかった。
「不必要に接触があるわけでもなし、プライベートが本気で侵食されてるわけでもなし、別に怒るほどのことじゃない」
「……へー」
そんな彼の様子に、風鈴は興味深そうな視線を送っていた。
内心をさとるのが上手い彼女が何を感じたのか、それは青嵐にはよくわからないが、おそらく彼が言葉にしたこと以上の意味は汲み取っているのだろう。
「しいていうならこの時間が一番プライベートの侵害だが、これは必要経費だからな」
「馴れ馴れしいの嫌いそうだもんね」
あは、と風鈴は笑う。
「でもさ」
風鈴は、目を細めて彼を見つめる。
「ちょっと嬉しかったよ。ありがとね、名前で呼んでくれて」
「…………そうか」
「お、照れてる? 照れてる?」
「照れてない。自意識過剰もほどほどにしておけ」
「……あは」
青嵐は風鈴から顔を逸らして、変わらぬ歩調で前に進む。
表情こそ無愛想だが、その仕草は、わかる人間から見れば手に取るように情緒が理解できる。
何を考えているのか。どう思っているのか。機嫌がいいか、悪いか。
だから風鈴は上機嫌だった。それを表現するように、風鈴はうんと伸びをする。
「や、なんかパーッとやりたい気分だね。どっか寄ってく?」
「……まあ別にいいが、女子は普段どういうとこ行くんだ?」
「えー、普通にマックとか? 逆に普段どういうとこ行ってるの?」
「ラーメン」
「……放課後に?」
「この時間に食べるものが一番旨い」
「それはそう」
ふーん、ラーメンか〜〜と風鈴はつぶやく。
「ラーメン好きなの?」
「好きか……と言われるとわからないが、とりあえずラーメン以上に完成された食べ物は世の中に存在しないとは思っている」
「思ったより過激派な返答でびっくりした……結構好きじゃん……」
淡々と返答をすると、風鈴は目を丸くして驚いていた。
ラーメンというものはそれこそカップラーメンや冷凍ラーメンですらも旨く、不味いラーメンを食べることのほうが難しい。
もはや国民食と言っていいほどに発展したラーメンは、驚くほど旨いものも多く存在しているのは事実だろう。
「でもいいなぁ、ラーメン。どこのお店が好きとかあるの?」
「個人的に気に入っているのは、豚骨豚野郎の豚ラーメンだな」
「すごい豚だね」
「そこの鶏白湯が好きでな」
「鳥なんだ……」
「当然豚骨も旨いが、特におれはこだわりというほどのものもないし、個人的な好みに従っている。というか、そこの店はたくあん、ねぎ、キムチがトッピング無料なのが良くてな」
「へー、それいいね」
「ここらじゃ有名な店だと思うが、行ったことないか?」
「うーん、なか……ったと思う、たぶん。うちお母さんがパスタとか好きだし、家族では行かないし、友達同士でも女の子だけだとちょっと敷居高くてさぁ」
「そういうものか」
一人ラーメン、一人牛丼、一人焼肉。
一人、あるいは複数人でも行きづらい店というものはある。
例えば青嵐だと、ケーキバイキングに行きづらいことは否めない。
「行くか? とはいえ、今から豚野郎行くにはちょっとアクセス悪すぎるが」
「えー、でも行きたいなー」
今から行くのであれば、家に向かって、さらに家を通り過ぎなければならない。
家から直接向かうならともかく、反対方向にいる今は、徒歩と自転車ということも相まって面倒極まりない。
けれど。
「行きたいなら行くか」
面倒とはいえ、やりたいことはやりたいときにやるのがいいと相場が決まっているものだ。
「え、行く?」
「行っておくが二人乗りはしないぞ」
「女の子苦手だもんね」
「もあるが、自転車の2人乗りは道路交通法違反だからな」
「うわ」
「なんだ」
「ぽい」
「そうか」
うーん、と腕を組みながら風鈴は唸って。
そうだ、とぽんと手を叩く。
「逆に鞄貸してよ」
「なんでだ」
「バスで先に行って待ってるね」
「鞄を持っていかれる理由になっていなくないか?」
「人質取っとけばちゃんと来てくれるかなーって」
「……それで安心できるなら構やしないが」
キィ、と自転車を軽く停めて、スマートフォンを取り出す。
近くのバス停と、目的地のラーメン屋を検索する。バスで向かったことはないため、あまり自信がなかった。
「バスだと……───」
経路を説明し、ふんふんと風鈴が覗き込みながら頷く。
ふわりと髪から香る匂いは、いつも通り女子だった。
「あぁ、最寄りのバス停そのあたりになるんだ」
「時刻表も見た感じだと、次のバスそろそろ来そうだ。ちょっと急ぐぞ」
早歩きで最寄りのバス停まで向かう彼を、自分でもスマートフォンで調べ直していた風鈴が慌てたように追いかける。
「待って待って」
「おれが待ってもバスは待ってくれないからな」
「え、でもこれ初めての放課後デートだよね。ちょっと楽しみ」
ぱたぱたと追いついてきた風鈴は栗色の髪を揺らしつつ、とても楽しそうに笑みをこぼしていた。
デートというものが楽しみなのかもしれなかったが、青嵐はそれを胡乱な目で見てしまう。
「ラーメン食べに行くのがデートでいいのかおま───、風鈴」
「うんうん。名前呼びも少しずつ慣れていこうね」
「……気を付ける」
「……あは、ていうかわたしにも言えるんだけど」
ちょっと気恥ずかしそうにうつむいて。
けれど嬉しそうに顔をあげて。
そして、とびっきりの笑みを浮かべて。
「放課後ふたりで行けばデートだよ、───青嵐くんっ」
「……そうか」
風鈴は、初めて彼の名前を呼ぶ。
彼女にとっては大事なことで、だからこそ意図的に避けていたこと。
そこに込められた温度は特別で、青嵐もそれを感じ取って、気恥ずかしさというものを感じていた。
未だに何を考えているのかなんて、これっぽっちもわからないが。
でも、呼び方一つで、なんだか少しわかったような気がしてきてしまった。
気の迷い。気のせい。不確かな感情が、彼の中にほのかに生まれたような気がした。
「……」
「ちょっと待って加速しないでもらっていい?!」
「……」
「待って~~っ」
自転車に乗って風鈴を置き去りにして、青嵐は先にバス停へと向かう。
そして後で追いついた風鈴に「恥ずかしかったの?」と揶揄われることになるのであった。
もしかすると廊下の隅から見やすい中央の位置で立っていたほうがいいのではないだろうか。
今日も今日とて、青嵐と風鈴は廊下の壁に背中をあずけて、銀髪の彼女に見守られ───もとい、監視されていた。
なんとなく彼らは変なところには行かずに、小和が見やすいような位置に留まって動かないようにしていたのだが、より良い配置があるのではないかとも思える。
「でもさすがに周りの迷惑じゃない? 廊下の真ん中突っ立ってるの」
「わかっている。ちょっと思っただけだ。というかそろそろ雪加の友人なりなんなり止めてやれと思うのはおれだけか」
「あは、面白がってほっといてるんじゃない? わたしがそうだし」
「……同情する」
風鈴と雑な話題で会話のキャッチボールをしながら、視界の隅には銀色を捉えていた。
今日も適当なところで教室の中に戻って終わりか───と思っていると、どうやら普段とは少し趣が違っていた。
「……なんか近づいてくるな」
「初めてだね? さすがに飽きたのかな」
「かもしれないな」
てこてこてこ、と小和は姿を隠すことをやめて二人の前に姿を現した。
しかしその小和の表情は飽きたという雰囲気でもなく、怒っている雰囲気でもなく、しいていうならば自然体だった。
てっきりまた文句の一つでも言われるのだろうと思っていた青嵐は、怪訝な顔をする。
「八雲、ちょっと」
「……?」
「わたしは?」
「風ちゃんはステイ。ハウス」
「わん」
犬ではない少女は待機を命じられ、青嵐だけ小和の後を付いて歩くことになった。
「…………」
「…………」
歩きながら小和の頭のつむじを眺めたり、後頭部を眺めていた。移動の最中は一言も口を開かなかったため、脱色した銀髪や老化による
「さてと」
「財布ならかばんの中だが」
「そうそう有り金全部置いていきな……って違うわよ! なんだと思ってるワケ?」
「カツアゲじゃないのか」
「んなわけないでしょ! 馬鹿か!」
ふしゃー! と毛を逆立てる猫のように、うがー、と小和は大袈裟な身振りで怒っていた。
そう長くはない移動の末連れてこられたのは、廊下の端。コモンスペースと呼ばれている少し開けている空間だった。
謎に太いオブジェのような円柱があり、その陰のあたりに連れてこられたため、恫喝でもされるのかと思ったが違うらしい。
「名前呼ぶようになったのね、風ちゃんの」
「耳が早いな」
「本人にノロケられたのよ。どういうつもり?」
「どうと言われても、普通に考えて人の嫌がることだと知って止めないのは人間性が終わっていないか? それ以上の他意はない」
「確かにそれはそうかも……」
思いの外あっさりと納得されて、青嵐は逆に驚く。
もっと難癖をつけられるものかと思っていた。
「…………ひとつ聞かせて」
むむ、と小和は悩んだ末に神妙な顔つきでそう言ってきた。
「風ちゃんのこと好きなの?」
その言葉はひどく直球で、だからこそ、返答が難しかった。
青嵐はあまり嘘をつくことが得意ではない。表情にあからさまに出るわけではないが、答えるまでに間が空いてしまう。
それは純粋に彼の性格のせいもあるが、
「……ふむ」
真摯な目をした小和に当てられたからでもあった。
透き通るような藍玉の瞳。
それを目にして嘘をついていいのかという想いがあって、だけれどその前に風鈴との約束があって。
だから青嵐は少し悩んだ。
そして結局、思うように答えることにした。
「…………一般的なカップルがどうだかは知らないが、普通出会って1ヶ月で真実の愛なんてものには目覚めないだろう」
「ぁによ、つまり好きじゃないっての?」
眉を吊り上げる小和を制するように、黙って聞け、と手振りで示す。
「おれにとっては初めて会う人種で、正直感情の整理なんてまだついてない。
振り回されるのは面倒だし、言ってることは常に意味不明だが、だから新鮮で面白いと思う自分もいる」
風鈴が、かつて言っていたことを思い出す。
「それが
これでいいか、と。
青嵐はため息混じりに小和を見返す。
「く、くぅ……」
「……?」
「なんかちょっと言ってることが風ちゃんっぽい……!」
多少意識していただけに、完全に図星だった。
それについては答えられず黙っていると、小和は観念したように、息を吐いた。
「わかったわ、ちょっとだけ認めてあげる。でも私のほうが風ちゃんのこと好きなんだからね!」
「……何を張り合ってるんだ」
呆れたようにかぶりを振っていると、不意に背後から「ヒューヒュー!」と歓声が湧いた。
ギョッとして振り返ると、物陰には幾人もの人がいた。
「ヒュー! 青春だなー! リア充爆発しろー! 青嵐はじけ飛べー!」
「ごめんなぁ、ちょっとおもろそうやからってひっそりあとつけててん。思ったよりバレんもんやからつい」
「うちこういうの漫画でしか見たことないけど、なんか一周まわって愛感じる台詞って感じする。ゆづっちゃん的にはどう───ってうわぁゆづっちゃん耳真っ赤」
「赤くないよ」
こいつら全員暇人か? と青嵐は眉をひそめる。
とりあえず野次馬根性で声を張り上げている豊。謝ってはいるがあまり悪いと思ってなさそうな朝春。何故かいる楽しそうな英玲奈。
そして少し気恥ずかしそうに、耳を赤く染めている風鈴。
「八雲、アナタちょっと友達付き合い考えたほうがいいんじゃない?」
「なんだ、初めて気が合うな。おれも丁度似たようなことを考えていたところだ」
小和と顔を見合わせて、呆れ果てる。
これだけならまだよかったのだが、何を楽しそうにしてるんだアイツらは、と興味本位で様子を見に来ている人影もちらほらいるようだった。どうやらこの学校には暇人が多いらしい。
「……おい朝春、お前らが面白がるからちょっと目立ってるだろうが」
「いやぁ人って噂好きやからなぁ。気にするだけしゃーないて」
文句の一つでも言ってやろう朝春に声をかけたが、へらへら、と手を横に振られる。青嵐は顔をしかめて、ついでとばかりに風鈴のほうへも顔を向ける。
「風鈴も当事者だろう、何か言うことはないのか」
そう問いかけると、「……んー」と少し悩んだ末に風鈴は小首をかしげる。
「あれってわたしのこと好きってことでいいの?」
「……その話をわざわざ蒸し返すな」
「あは、ちなみにわたしは青嵐くんのことだーいすきだけどね?」
その台詞は演技なのだろうが、風鈴の耳は赤く染まっていて、どうにも本当のそれらしい。
悪態の一つでも吐いてやりたいところだったが、周りが周りなだけに、否定したり皮肉を返したりすることもできず、小さくため息を漏らすことしかできなかった。
「……はいはい」
「青嵐くんて小さい頃『はいは一回』って怒られたことありそうだよね」
「ない」
雑な対応をしていると、野次馬代表の豊が歯噛みしていた。
「くそ……いちゃいちゃしやがって……腹立ってきたな……! うおー! 彼女募集中でーす!」
そうして豊が騒いで、朝春や英玲奈が周りの野次馬に「何これ?」と状況を聞かれて、「熱愛カップルの愛の証明イベントをこなしていた」などと事実と異なる説明をしていたりして。
『なんか八雲と柚月がそれはもうすごいイチャつきをしていたらしい』
という風評被害が発生していた。
実際に話していたのは小和と青嵐だったのだが、ごく最近生まれていた『意外な二人が付き合いはじめたらしい』という噂と紐づけたほうが認識しやすかったのだろう。
それ自体はわざわざ特筆するような出来事ではなかった。
けれどきっと、照れたようにはにかむ風鈴の姿は、誰から見ても可愛らしくて。
ほんの一瞬だけだったとしてもその姿は見た人全員にとって印象的だった。
結果として赤の他人から「この二人が付き合っているわけがない」と言われる機会は減っていくのだが、当然ながら青嵐はそれを知る由もなかった。