「そういえばそろそろ中間テストだな」
「ん? あぁ~」
ある日の休み時間、青嵐は風鈴へとふと思い出すように話題をあげた。
彼女はそういえばそんなのもあったねと言わんばかりに、ぼんやりと応答する。
「え、勉強するタイプ? 別によくない?」
「進学への意欲はあまりないと見える」
「まだ大丈夫だって」
時期としては5月の中旬。彼らの通う高校では、来週からもうテスト期間に入る。
「でもそっか。来週からもう中間かぁ」
勉強やだなー、と風鈴がうなだれる。
そしてすぐさま顔を上げ、その目を輝かせていた。
「勉強会やらない?!」
「遊ぶ口実だろ……」
「えー、でもオモロそうやな」
青嵐は嫌そうに顔をゆがめ、しかし近くにいた朝春は青嵐の敵だった。
「でもアレやな。なんだかんだそういうのやったことないわ」
「勉強はひとりでやるほうが効率いいからな」
「勉強はみんなでやったほうが楽しいよ」
「そりゃ間違いないなぁ」
「なんだおれが少数派なのか……?」
今この場で勉強会楽しそう派閥が2人、特に興味ない派閥が1人と青嵐は少数派だった。
そして、さらに。
この話題を“楽しそう”だと思う者は他にもいたらしい。
「ねー、なんか今勉強会とか言ってなかった? やんのー?」
「あは。楽しそうだよねって話。やるかどうかは決めてないけど」
「え、やろやろ! あたしも結構ヤバくてさー」
「いろんな人おったらいろんな人おったら教えあったりできそうでえぇよな」
「赤石ぃ……アンタがあたしの救世主や……! やろーよやろーよ」
「えぇやんえぇやん」
そんなわけで。
青嵐が口をはさむ余地なく、勉強会が開催されることが決定した。
とんとん拍子に話が進み、放課後教室に居残ってやることになった。
そこまでは特段問題はない。
ないわけではないが、勉強自体はするべきであるし、勉強への意欲がそこまで高くなさそうな風鈴が勉強をするのは良いことだろうと彼も思うし、むしろ歓迎することだろう。
が、しかし。
「うぃ~、お邪魔~。過去問あったから持ってきたわ~」
「きゃー! パイセンさすが~! もしかしてあと一年分全部ありますか?! ください!」
「や、まぁ。たぶんこの束のどっかにあるけど」
クラスのギャルこと
「え、エナレナ勉強会すんのー? うちらも混ざっていいー?」
同じく英玲奈の人脈により、クラスはもちろん隣のクラスからも勉強会参加の意向を示す女子がやってきて。
なんだかんだ最終的に放課後クラスに集まった面子は彼らを含めて10人を越えていた。
当日集めようと思ったわけでもなく、勝手に集まっただけで10人超。
もう勉強会というより、勉強パーティがそこにはあった。
「…………」
青嵐は、みるみる人数を増していく女性陣を眺めて慄いていた。
最初の彼の想定では風鈴と1対1、ないし知り合いが何人か追加で混ざる程度だった。それとは大幅に異なる現状に、彼は目を瞬く。
「ごめーん! 思ったより人数増えちゃった! そっちの邪魔はしないからさっ」
ぱん、と手のひらを合わせて英玲奈は頭を下げる。
「あは、大丈夫だよ~」
「うむ」
笑顔で手を振る風鈴に、青嵐もうなずく。
別に授業中でもなく、自由な放課後の時間だった。だからこそ好きにすれば良い。好きにすれば良いのだが、青嵐はあまり騒がしい場所が好きではないし、それに異性がたくさんいる場所の空気も苦手だった。故にこそ、この自由な放課後という時間を『帰路につく』という行動に当てたいのだが、そうは問屋が卸さない。
曲がりなりにも言い出しっぺに近い立ち位置にいる手前、気が変わったから一人だけ先に帰るなんて行為は選び難い。
───
そう思って、そう思った自分に少し青嵐は驚いた。
そして同時に、これが特訓の成果なのかもしれないな、と満悦する。
風鈴の差し金もあるだろうが、最近異性との接触回数が増えてきている。それは風鈴本人との付き合いもあるし、風鈴から派生しての小和との付き合いもあるし、最近は英玲奈を代表としてクラスの女子とも話すようになっていた。
そのおかげで許容値がおそらく上がっているのだろう、と青嵐は不敵な笑みを浮かべる。
「え、なにどうしたの」
「?」
「小籠包のスープがおいしくてご満悦みたいな顔してるけど」
「過去一読心精度が低いな」
「うん適当言った。でもあれだね、ちょっと嬉しそうだね」
「努力が実るのは嬉しい……いや、別におれが頑張っているわけではないが、成果が出始めると有難く感じるものだ……おれが苦手克服する日も近いな……」
青嵐は風鈴の席の前を陣取って、自分の席から持ってきたノートなどを広げていた。
そして風鈴はそれを拝借して、ぱらぱらと眺めながら喋っている。
そんな青嵐と風鈴の近くの机には、同じく流れで教室に残った朝春や豊がゆるく腰かけていた。
「あー、そういや青嵐てこういうのあんま好きじゃねーもんな。……や、あんまデカい声で今言うことじゃねーか?」
「言うことちゃうかもね。ちょっとお口チャックや」
その台詞は、言葉だけを捉えるなら『集団行動が嫌いな一匹狼』とも取れるだろう。
しかし実情としては少し違う。
彼は、『異性が多い空間が嫌い』なのだ。
体育の後に充満する芳香剤と汗の混じった香りが吐くほど嫌いで。
通りすがりに香る甘い匂いが嫌いで。
鈴を落としたような甲高い笑い声が嫌いで。
自席に女の子が座っていたときに残る温もりが嫌いで。
女の子がたくさんいる空間で、呼吸をすることが嫌いで。
彼女たちが吐いた二酸化炭素を吸ってるかと思うと、肺を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。
それを一年生の頃からぶつくさ言っていることを友人である彼らは知っていて、だからこの場が青嵐の苦手とする『女の子の多い勉強会場』であると知っている。
それをそのまま言葉に起こすと「今この場にいる人たちのことが嫌い」だと、うっかり耳に入りかねない声量で説明するようなものだ。
それはあまり褒められたことではないだろう。
「まぁ無理はせんときな」
「というより、今から無理をさせるんだ。この馬鹿、まともにノートも取ってない」
「あは。こわいねぇ」
ジロリ、と青嵐は睨みながらノートをぱんぱんと叩く。
「せっかくだし俺もノート写させてもらうか〜〜」
「豊、お前もか」
あくびをしている豊を信じられない目で見つめて、青嵐は深いため息を吐いた。
勉強会は問題なく終わり、彼らは帰路に着いていた。
問題なく終わったかどうかについては主観的な情報を含むが、全員が生きている以上は問題がないと言えるだろう。
誰が持ち込んだのか大量のお菓子が出回り、あまつさえ音楽までかけ始め、どんちゃん騒ぎになって最後には生活指導の先生がやってきて全員その場で反省文を書かされたが、死傷者は出なかった。
「……頭が痛い」
「あは。やー、災難だったね」
「本当にな。色んな意味で頭が痛い」
「あ、ほんとだ。確かに体調悪そうな顔してる」
青嵐は歩きながら、頭の中で警鐘のように鳴り響く痛みを宥めるように目頭を揉む。
彼が思うに、頭痛の原因は実際に複数あった。
一つ、純粋に勉強をすると脳が疲れる。
一つ、けたたましい音楽を聴くと、ひいては大きな笑い声を聴くと頭に響く。
一つ、二酸化炭素濃度が上がると実際に頭痛などの症状があらわれるケースがある。
要因の断定は当然できないし、あるいは気圧などのまた別の要因もあるかもしれない。けれどあの勉強会の現場にはこの三つがあったことは事実だった。換気もあまりなされてはいなかった。
「……さすがに先生が説教してるときに『換気していいか』とは言えなかったからな……」
「体調悪かったなら言えばよかったのに。……ていうか、結構本当に具合悪そうな顔してるね。大丈夫?」
「生きてるから問題ない」
青嵐と風鈴は、二人並んで川辺を歩いていた。
彼女はしかめっ面をしている青嵐の顔を、不思議そうに覗き込んでいた。
「わたし青嵐くんのことは結構わかってきたつもりだったけど」
「ど?」
「や、結構ついさっきまで涼しい顔してたじゃない? のに、急に頭痛いとか言うから」
「…………本当にエスパーじゃなかったことに驚いている。顔に出さなかったらわからないんだな」
「わたしをなんだと思ってるの?」
あは、と風鈴は鈴が鳴るように笑みをこぼす。
「まあ、あれだ。なんだかんだと校門までみんないたろ。おれがあまり話したことがない女子もいた。少し気分が優れないからと言ってそれを表に出すのは違うだろう」
「気付いてあげられたらよかったなぁ」
風鈴はそう呟いて、「……ん?」と一拍の間をおいて疑問符を浮かべる。
「一応聞くけど」
「なんだ」
「わたしには弱音吐いていいって思ってるんだ?」
「……そう言われると癪だな……」
「あは。一応、馬鹿にしてるとかじゃないよ? 弱ってるところ見れるの、レアで得した気になるし」
「……そうか」
風鈴は「おや?」とまたも疑問符を浮かべる。てっきり今のやりとりの後、「おれは損した気分だ」とでも彼が口にして、背筋をシャンと伸ばして歩くのだと思っていた。
そんな彼を「強がってるね〜」などと揶揄いながら会話のキャッチボールをするという計画を彼女は立てていたのだが、実際のところ青嵐は未だに背筋を丸めて、声にも覇気がない。
少し───いや、風鈴が見た中では過去最大級ににしんどそうだった。
「荷物返して?」
「む」
青嵐が何かを言う前に、ひょいと自転車の籠から風鈴は自分のかばんを回収する。
しかしもともと本人のそれを押し付けられていたことがおかしかったため、異議は特になかった。
「ついでにこっちのかばんも貰っとこうかな」
「いやそれは返せ」
風鈴は籠の中に入っていた青嵐のかばんも掴んで、腕の中に抱え込んでしまう。
「あは。やだよ」
悪戯っぽく笑った風鈴は、そのまま何かに気づいた様子で、「……あ」と明後日の方向に目を向ける。
つられて見たその先には特にこれといったものはなく、青嵐は怪訝そうに首をかしげる。
「───ね、今日空きれいだね」
笑顔が、きれいで。
青嵐は満面の笑みを浮かべて振り返った風鈴を見て、目をわずかに見開く。
別になんでもないようなことではある。
空、風、雲。
大地、草、川。
視界に当たり前に入っているもので、だから言われるまでもなく彼もその存在には気付いていた。
否、視界には入っていたが、その存在には気付いていなかった。
「今日説教のせいで帰りの時間いつもより遅くなっちゃってるもんね。って考えたらちょっとラッキーじゃない?」
「……そうかもしれないなぁ」
空には朱色が差し始めていて、蒼と朱、それらが混じった紫色。そして雲の白。
いい塩梅で入り混じった今日の空は確かにきれいで、心地良い風も吹いている。
夏に近づいているこの時期に、帰宅部の彼らが蒼天以外を帰路に目にする機会はないと言っていい。
とはいえ休日なら見放題であるし、別に平日でだって見る機会がとんとないわけではない。
けれど。
二人で帰り道に見る機会がないことは事実で、こんな空色ひとつで一喜一憂することは青嵐一人ではあり得ないことも事実で。
であれば、きっとそれを分かち合える今の時間は稀少なのだろう。
「それはわかったが、いいから荷物は返せ」
「あは。やだ」
弾むように笑って、風鈴はそのままぴょんっと道脇へと逸れていった。
アスファルトで舗装された道───、彼らが歩いていた堤防があって、緩やかな傾斜の芝生があって、そして河川敷があって、大きな川が流れている。
風鈴はその芝生のほうへと足を向けて、ずざざ、とやや危なげな足取りで滑っていた。
「わ、わ。……あぶなー」
傾斜のあるところへ跳び込めば滑るのは当たり前で、しかも二人分の荷物を抱えているがゆえに重心的にも危なっかしい。むしろよくこけなかったと言えるだろう。
そんな光景にため息を吐きながら、青嵐は自転車を停めて後を追う。
「何してるんだ」
「いや、今年一きれいな空だったから、つい」
「つい?」
「人生で一回はやってみたかったんだよね、こういうの」
そう言いながら、風鈴は良さげなところを見つくろって腰を下ろし、そのまま自分のかばんを枕にして寝ころんでしまった。
あまりに自由な姿に青嵐はたじろぎながら、諦めたように隣に腰を下ろす。
「虫とか気にならないのか」
「それ言ったら殴るよ」
「あとで殴られるのか……」
「起き上がった後にわたしの機嫌がよくなってなかったらね」
「暗にご機嫌を取れと言われてるな……」
どうしろというんだ、と青嵐はぼやく。
そしてそんな彼を見て、風鈴は笑みをこぼす。スカートも髪も芝生の上で乱雑に広がっているのも相まって、童心に返ったようなあどけない笑顔に見える。
けれど彼女がこうしているのは、青嵐に強制的に腰をおろさせるためなのだろうな、と彼は思っていた。
聞けば「そんなことないよ」と風鈴は笑うだろう。
それは大人の気遣いから生まれるもので、思春期の風鈴は子どもと大人の境界線に生きている。
今日の空模様と同じで、何色とも言えないきれいな色。読み解けない表情。
風鈴は青嵐をたやすく読み解くが、彼には彼女の顔色がわからない。
「ね、楽しいよ。青嵐くんも寝ころんじゃおうぜ」
「む」
寝ころびながら伸ばされた風鈴の指先に袖を引かれて、青嵐は思わずドキリと胸を高鳴らせた。
柔らかな笑みと、その仕草。
正直に言って可愛いと思ってしまって、いや客観的に見て風鈴が魅力的なことなどずっと理解はしていたのだが、そういった表層的なことではなく、心の底から湧き出る感情が漏れ
心なしか、顔も熱く───、
「え゛」
と、青嵐が言葉にならない感情を青嵐の中で渦巻かせていると、風鈴はぎょっとしながら慌てて身を起こす。
「だ、大丈夫?!」
「……あー」
風鈴の声を聴きながら、青嵐は何故彼女がこんなに慌てているのかを理解した。
より正確に言うのであれば、“いまの自分の状態を理解した”。
ぬめりとした何かがべっとりと付いている。
マスクと肌の間。
痛みもなく、突然すぎて知覚が遅れてしまったが、鼻下の不快感と
「もしかするとおれは今日体調が悪いのかもしれんな」
「え、めっちゃのほほんと言うじゃん。マスク真っ赤だよ? びっくりした」
呼吸もしづらいためマスクを外したが、確かに内側はもとより外にも赤色が沁み出ている。
「実際のところ大したことないから気にしなくていい。悪いな、驚かせて。たまにあるんだ」
青嵐はぼたた、と垂れる鼻血を手のひらで受け止めながら何でもないと目で訴える。
けれどその流血量は、鼻血が垂れるというより、流れ出ていると言うほうが相応しい。
手のひらからも溢れ出て地面に垂れているし、首をつたってシャツの襟元まで赤く染まってしまっている。
加えて、特に勢いが止まっていない。
風鈴はこれで心配するなというほうが無理がある、とポケットからハンカチを取り出して、押し付けるように青嵐に渡す。
「ほら、寝て。仰向けなって」
「いや……」
「寝なさい」
「……」
ぐいぐいと押され青嵐は寝転び、そしてそれを風鈴が覗き込む。
ちょうど先ほどの彼らの構図をそのまま逆にしたような形になっていた。
「鼻血のときって安静にするでいいんだよね? いや待って。こんなときこそ文明の利器………………ん? 座る…………あ、ん? あ! ごめん仰向けだめらしい! 起きて!」
スマートフォンと青嵐を交互に眺めながら、風鈴はばたばたと慌ただしく叫んでいる。
それがどうにもおかしくて、青嵐は身を起こしながら肩を震わせていた。
「痙攣?! きゅ、救急車……?!」
「待て待て。ちょっと冷静になれ。鼻血くらいで───」
「血を流し続けたら危ないに決まってるでしょ!」
「大袈裟な……」
青嵐は呆れた声を挙げたが、キッと睨まれ唇を一文字に結ぶ。
しかしそんな余裕そうな彼の素振りに疑問を抱いたのか、風鈴は首を傾げる。
「たまにあるって言ってたけど、慣れてるの?」
「この感じだともうすぐ
「いや……えぇ……ていうか鼻血ってそんなに長いこと出るものだっけ……?」
「5分10分出続けるときは病院推奨らしいな」
「もう3分くらいは経ってない……? まだ出てる……?」
「止まった」
抑えるのに使っていた風鈴のハンカチをどけて、問題ないとポーズを取る。
しかしまた鼻から血が垂れ、ぽたりと垂れる。
「止まってないけど」
「だいたい止まった。……しかし血濡れにしてしまったな」
青嵐はぴろりとハンカチを広げて、申し訳なさそうに眉を顰める。
生地の端には元のライトグリーンであった面影があるが、面積の8割以上は赤黒く染まっている。
釣鐘型の刺繍が施されていることもあって、投げ売りされているものではなく、お気に入りの品であるような気がした。
「いいよいいよ! そんなの気にしないで。ていうか帰れる? 歩ける?」
「なんだと思ってるんだ。歩けるし立てるし走れるぞ」
「あは。それならよかった。でもマスクは外せばいいとして、シャツも血ついてるし物騒だよねえ」
青嵐は襟をぐい、と引っ張って視界におさめる。
なるほど確かに、血が滲んで悲惨なことになっている。あちらこちらを汚してしまっているな、と青嵐はため息を吐く。
「あと顔もひどいし、これウェットティッシュ。……って、あれ?」
差し出されたウェットティッシュを受け取り、青嵐は口周りなど血の付着した箇所を拭き取る。
その彼の動作を見て、正確には彼の首筋を見て、風鈴は目を瞬く。
「なんかすごい肌荒れしてるね。アトピー?」
「あー……」
血のついた襟を引っ張ったり、血を拭いたりする過程で目に入ったのだろう。
確かに青嵐は少し
さて。
ここで一つ不幸があったとすれば、柚月風鈴が聡い少女であったことだろう。
青嵐の表情を呼吸するように読み取る、高い観察力を持っていたことだろう。
少しバツが悪そうに目を逸らす青嵐の仕草から、ただ単に肌が弱いわけではないことを悟ってしまって。
そういえば時々首元や胸のあたりを掻いていたな、ということを思い出して。
以前ハグしたときも、彼はぐったりした様子で胸をおさえていて───……
「もしかして、ストレス性とか言う?」
そして導き出された答えが、口をついて出る。
人間の体というものは、存外ストレスの影響を受ける。
代表的なところで言うと“不安や緊張が酷く吐き気を催した”であるとかがあげられるだろうか。
それ以外にも不眠・胃潰瘍・食欲不振・過呼吸・蕁麻疹などなど人によって様々な症状が表に出る。ストレスで十円禿げができたなんて話も有名どころだろうか。
そうしたストレスを起因とした悩みのエピソードは生きていれば何かしら耳にすることがあって、目の前の身近な相手とその知識を結びつけることはそう不自然なことではなかった。
「……」
「あ、そうなんだ。ふうん」
「いや別にそういうわけでは……」
「ふうん……」
目を細める風鈴の仕草に思わずたじろぐ。
「女の子と一緒にいると酷くなる?」
「……」
「鼻血もそれのせい?」
「違───」
「嘘。ちなみにわたしと付き合いはじめてから悪化した? 今日だけ?」
「別に───」
「嘘」
風鈴の断定に近い台詞に、青嵐は閉口する他なかった。
彼女は小さくため息を吐いて、「そっかぁ」と明後日のほうを見つめていた。
「…………うーん…………ハグも結局一回しかやってないし……言うてやったのって毎日一緒にいたくらいだよねぇ…………うーん…………」
茜色に色付いていく空。
変わっていく空模様。
移り変わっていく、心模様。
「さすがにどう解釈しても……わたしのせいでそうなってるんだよね……」
見たこともないようなまじめな顔で、風鈴は淡々と考えをまとめるように言葉を紡いでいく。
「───うん、終わりにしよっか。別れよ」
冗談を言うような声のトーンではなく、そこには彼女の真剣があって。
急な話に気圧されながら、青嵐は目を瞬く。
「別にそれだけが理由なら別れる……いや別れるって表現も合ってるのかわからんが……別に別れなくてもとは思うが……というかそっちはいいのか?」
もともとは、風鈴からの要望ではじまった付き合いだった。
彼はこの関係を望んでいたわけではない。
つまり、
「や、さすがに体調悪くなるまでさせてるかと思うと、わたしも楽しくないし。いいよ全然。わたしもおばあちゃんとかボケはじめて思ったけど、やっぱ健康一番だなみたいなことは思うし。
距離取ったほうがいいと思うんだよね。なんか青嵐くんって、半端にお付き合い続けてたら義理でなんかこう……なんだかんだ普段通り接してくれそうだし。ならきっぱり別れた方がいいかなーって」
「……そうか」
強く否定する材料はなく。
否定する理由もなく。
「……そうかもな」
「うん」
もともと一緒にいる理由が理由だった彼らの恋愛ごっこは、こうして、あまりにも急に、終わりを迎えた。