PERSONA EPISODE of SHADOW WORKER   作:漆竜 黒鍵 

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 巌戸台・桐条グループ施設。

 以前からシャドウワーカーの訓練を行う場所として良く使われている建物であるが、表向きは桐条の製品開発研究部という名目で存在している。
 そんな施設に高校生である樹下達が何度も入り浸っていては不審がられるのではないかと疑問に思われるだろう。然し

「いやほんと凄いよね。見てよみっちゃん、化粧品のモニターへの応募がこんなに。これ全部月高や巌戸台周辺の高校の生徒だよ。あ、ついでにこっちが一般の方々の応募ね」

 そういいながら机の上に応募用紙の束……山をふたつ持ってくる真千琉。確かに凄まじいな、一般応募の半分程度とはいえ数百を超えているだろう。

「私達が高校生の時も女子が化粧に拘ってるのはよく見てたけど、男性からの応募も多いから時代の移ろいを感じるよ」

「確かに考えられない話だな。まぁ否定的な考えはしないさ、そういう時代なんだろう」

 と、別の流れになりかけたがこの様に常日頃から学生から社会人、ご高齢層に至るまで幅の広いモニター募集を行っている。よって学生組がここに通っていたとしてもそこまでの不自然さは無いだろう。

「書類の選考はいつも通り菊乃や商品開発部に任せよう、私は少し席を外す」

「あー、いけないんだー。総帥自らサボるんだー?」

「見逃してくれ真千琉、ココ最近は身体を動かす機会が無いから溜まっているんだ」

 私の言葉に肩を竦めてやれやれとジェスチャーを行う真千琉。

「フェンシングでしょ?着替える前なら止めてたけど、もうフル装備なんだもん。身体を動かすどころかトコトンまでやる気でしょ?」

 諦めてますよー。と続ける真千琉の横を笑いながら通過する。こういう時理解のある幼馴染が居てくれるのは助かるよ。

─────────────────────────────

 訓練場まで足を運べばロッカーの中にあるエペ、フルーレ、サーブルを物色する。
 
 サーブルにしよう。

 サーブルとマスクを手に持てば施設中央まで足を運ぶ。

「珍しい先客が居るな。防具やサーブルがワンセットずつ少ないから誰かしらいると思っては居たが。

フェンシングは趣味じゃないんじゃないか?樹下」

「……………」

 場の中央。フェンシングの試合をする為の準備が整えられ、その中央に座しフルフェイスの面越しに此方を見続ける少年、我が従弟である玖城樹下。
 先週のタルタロス探索以来顔さえ合していない、顔を見て会話をしたいと思う姉心もあるが、どうやらそういう雰囲気ではないようだ。

「確かに趣味じゃない。この面はどうにも窮屈で息苦しいから」

「それだけか?私の記憶ならお前は精密かつ繊細な行動は余り得意ではなかったと思うが?」

 自分の顔は見ることは出来ない。だがそうだとしても今の自分がどんな顔をしているかは想像できる。

「性格悪いのが顔に出てるぜみつ姉。マスクをつけろよ、結婚適齢期に突入しかけてる女の顔を傷つけるのは気が引ける」

「気遣い無用だ。お前では私に一度として当てることはできない」

「……………上等!」


双帝の輪舞曲 - Et illa moritur nemine sciente

 

 同施設、トレーニングジム

 

 チェーンが断続的に軋み、革製のサンドバッグに拳がめり込み弾かれる音が響き渡る。

 夥しい量の汗が床に溜まるのも厭わずひたすらにペースを崩すことなく青い髪を揺らしながら拳を振るい続ける。

 

「っ!っ、っ!!シッッ!!!」

 

 そして渾身の一振となったのか右の拳が革を破り肘までサンドバッグへと突き刺さる。一体どれほど殴り続けていたのか、劣化による破損と重なったのか、どちらにせよサンドバッグを破ったという事実は変わらない。

 

 突き刺さった腕を乱暴に引き抜けば堰を崩した様に流れ出す砂。それを見下ろしていれば背後から声が掛かり初めて自分以外の誰かを認識する。

 

「随分集中していたな久遠妹」

 

「そんな呼ばれ方は好きじゃない」

 

 声をかけてきた男、真田明彦を睨む。視線に邪魔をするなと言う意思を込めるも伝わっていないのか、あえて無視をしているのか、どちらにせよ此方の意思は汲み取って貰えないらしく立ち去ろうとしない男を無視して別のサンドバッグに拳を叩きつけていく。

 

「憤りの籠った拳だな。精神に乱れを産めばペルソナにも影響が出るぞ?」

 

 なにか宣っているが一切気に停めない。他人に耳を傾けて強くなれるなら傾けてやる。しかしまだ私は

 

「汗も酷い、一度切り上げて拭き取った方が」

 

「私は!!!!!」

 

 今まで殴るだけだったサンドバッグに右脚による蹴撃を叩き込めば支えの鎖、その取り付け部が破断、天井から床へと落下する。

 汗によって濡れていた床に足を取られ転倒しかけるが足を大きく開き踏みしめることで体勢を整える。

 

「私はまだ、そんなとこに立てていねぇんだよ……!!」

 

 私は弱い。小賢しい重力操作だとかいうスキルをペルソナが獲得していようが強さがない、器用貧乏もいい所だ。

 

「ほっといてくれ………弱い私なんかに声を掛けるな。今の私にはどんな言葉も邪魔なノイズとしてしか脳に届かないんだ、だから黙っててくれよ……!」

 

 殴る対象が無くなったジム、ならばここに用はない。邪魔な男の横を通り抜けてそのままジムから退出しようとした時

 

「お前を見ているとある男を思い出す。お前のように力の使い方、在り方に悩み一人で抱え込んだ馬鹿なヤツをな」

 

「そうかよ……勝手に過去に浸ってろ」

 

 真田一人放置してそのままジムから立ち去ることにした。

 

─────────────────────────────

 

 訓練場

 

 場内に響く金属同士に衝突音。使用されている武器が細く軽いこともあり大きな音の反響は無いものの、その回数と鋭さは重量のあるそれらでは催すことは出来ないだろう。

 

「っ!?」

 

 顎下を狙った刺突がみつ姉より放たれれば大きく身体を仰け反らせ躱す。そして迫る振り下ろしに対しては此方もサーブルを操り横薙、みつ姉の刀身を横に弾き逸らせれば即座に横方へ飛び退いて距離をとる。

 

「ふぅ……フェンシングの試合のつもりで始めたが成程、実戦形式になるとはな」

 

「別にフェンシングの道具を使うだけで、フェンシングをやるなんて言ってねぇからな」

 

「確かにな」

 

 サーブルを軽く振り再び構えを摂るみつ姉。様になっている、華麗ささえ感じる程の堂々としたフェンシングに対して、俺の構えはなんとも粗暴な物なのかと思う。

 然し先程言われた通り、精密なフェンシングは俺の性に合わないし得意ではない。なら構えなんぞ気にしている暇のない、そもそも存じない俺が実戦式の喧嘩のようなものになるのは仕方の無い話だろう。

 

「シッ!!!」

 

「ちっ!!」

 

 床を大きく踏み込み刺突を繰り出すみつ姉。その一撃を屈みながら紙一重で避ければその懐へ潜り込み反撃を

 

「ぎっ!?」

 

 狙った刹那後頭部に走る鈍い痛みに視界が明滅する。どうやら懐に誘い込まれたらしい、後頭部に叩きつけられたのは恐らく肘。

 痛みと衝撃にそのまま前のめりに床に沈み込む、顔面からの着地になった為かなり鼻が痛い。

 

「まぁ、偶にの運動としては存外良いものとなった。私の言った通り一回も当てられなかったな樹下」

 

「るっせぇよ」

 

 互いにマスクを脱ぎ顔を合わせる。タルタロス探索以来1週間ぶりに見たみつ姉の顔は変わらないように見えるが少し疲れが見える。目元に薄く隈が出来ているように見えなくもない。

 

「寝てねぇの?」

 

「睡眠は取っているさ。何かと忙しくてな、気苦労が絶えないものだ」

 

 組織の長ってのは大変なんだなと思う。これは俺の要件はもう少し待った方が

 

「言えよ、お前がなんの思惑もなくフェンシングの場に来るはずがない。和物の方が性に合うお前なら特にな」

 

「あら、お見通しっすか」

 

 流石従姉、よくわかってらっしゃる。

 

「……あのさみつ姉───────────」

 

 

────────────────────────────

 

 巌戸台寮・3階ロビー

 

「ふーむ……」

 

 悩ましい。先日のタルタロス探索、通常シャドウになら遅れをとることはなかったのだから充分ではあると言われたものの。

 

「でーもなぁ」

 

 ビビって動けませんでしたというのはどうしても情けがない。自身の緑の前髪を息で揺らしながら天井を見る。綾崎凛という私個人にとって悩むということは余りしたくはない、前向きにしている方がいいことがあると思っているし、頭を使い過ぎると

 

「色々不安が吹き出すから」

 

 しかし今回ばかりは悩んで考えないといけない。今回は玖城のペルソナ・カリオストロのトラエストだったか、アレに偶然救われた。逆にそれが無ければ間違いなく全滅していたのだ。

 その事実が脳裏にこびり付いてる時点で何をしていても死んでいたかもしれないという不安は常に湧き出てくる。これは良くない、非常に良くない。

 

 ではどうしてみるか、玖城と久遠は共に訓練施設に赴いている。テレジアは死神タイプとの戦闘による損傷の最終メンテ。ラビリスはその付き添いだ。

 真千琉さんは寮母やそもそも桐条グループの社員でもある身の上で忙しくしている。天田くんと栂和先輩も今日は生徒会の用事、ということで寮には私と南雲君がいる訳だが

 

「……………」

 

 まぁ、うん。アレを頼るのは無理だろう。人間として別種の人の何を参考にしろというのか。玖城曰く本当がどうかは知らないが不感症、痛みはもちろん匂いや味、触っている感覚すら無いという彼と普通の私ではどう足掻いても何かを得られることは無いだろう。

 

「はぁ……」

 

 膝を両手で叩いて立ち上がる。寮内で考え込んでいても何も得られない。こういう時はポロニアンモールのゲームセンターにでも行って気分転換をするのがいいだろう。

 

──────────────────────────────

 

 

 まさか……な。

 

 訓練場でのフェンシングの後、樹下から頼まれたことに頭が痛くなる。まったく……なかなかの難題を言ってくれる。想定よりも早く戻ってきた私を見れば真千琉が驚いているがそれをスルーして執務机に座る。

 

「早かったねみっちゃん」

 

「あぁ、思ったよりいい運動になったからな。これ以上は必要ないだろうと思ってな」

 

 一度として樹下の攻めは私に届いていなかった。しかし実の所何度も冷や汗の吹き出た瞬間があった。つい先日まで普通の高校生と言ってよかった筈のアイツの成長、環境を整えているとはいえその速度は5年前の私達のそれよりも遥かに速い。いや、1人だけ似たような成長の仕方をしていた男が居たな。

 

「まったく、血の繋がりのある私よりも面識さえないはずの有里が樹下と重なる面が多く感じる」

 

 有里湊。5年前の特別課外活動部の現場指揮を担っていた少年であり、今は亡き彼。彼がもし今も生きていたならきっと樹下の成長を更に高めていただろう。

 

「有里……あぁあのみっちゃんが生徒会にスカウトしてた彼か。確か玖城くんと同じように複数のペルソナを使い分けてたんだっけ?」

 

「あぁ、素質と能力共に常軌を逸していたよ。今でもまだ彼より才能のあるペルソナ使いを見た事はない」

 

「みっちゃんお墨付きの最強って事?」

 

「最強かは分からないが、彼を高く評価していたのは事実だ」

 

 そして彼が居たのなら樹下からの難題も簡単に解決していただろう。まぁ彼がいた場合そもそも樹下がペルソナを覚醒させることもなかったのかもしれないが。

 

「しっかし難しい顔が取れないなみっちゃん。何があったの?」

 

「あぁ実は」

 

 背もたれに深く身を預けてため息を吐く。愚痴という訳では無いが、流石の私でも確約を取り付けられる自信のない案件である。真千琉にそれを吐露してどうにかなる訳でもないが言わずには居られ無い。

 

「樹下に頼まれ事をな、自分と同じように複数のペルソナを使える人物を紹介してくれとな」

 

「えー………そんな奴いるの?」

 

 ご最もな疑問だ。そも有里の時点で例外としか言えないレベルの素養、そんな人物と同じ力を持つ人物など文字通り世界に一握りという他ない。

 

 だがその一握りを私は偶然心当たりがある。あるからこそ難しい、あの少年が私達の要請に応じてくれるという保証は無い。きっと連絡を取ればいい返事を返してくれるだろう予感はあるもののだ。

 

「まぁ……可愛い従弟の頼みだ。なるべくは頑張ってみるさ」

 

────────────────────────────

 

 

 翌日 6月9日、辰巳ポートアイランド駅

 

「だっる………」

 

 巌戸台寮組にとっては恒例となりつつある綾崎の月曜日憂鬱現象。今回は帰ろうと言い出さないあたり精神的な慣れがこいつにも備わり始めているのかもしれない。

 

「結局南雲君見なかったね。ちゃんと来てると良いけど」

 

「気にすんなよ、朝の時点でもう居なかったんだし学校にいる事を期待するしかねぇだろ」

 

 南雲を気にかける天田の言葉にそう続ける。あの自由人に対してどうのこうのと考えるのは気苦労にしかならないだろう。

 

「くぁ……ふぅ」

 

 一際大きな欠伸をする久遠、コイツかなり遅くまで施設に居たからな。どんだけハードな訓練をしたのかねぇ。

 

「んだよ玖城、こっち見んな」

 

 姫は相変わらず不機嫌らしい。触らぬ神に祟りなし、ほっとこ。

 

 

 

 

「そういえば」

 

 駅から出て同じ制服の学生が登校する中テレジアが口を開く。

 

「もうしばらくすればテスト週間になるんでしたね。私定期テストが初めてなので少し楽し」

「ギャアアアアアアアア」

 

 あー……

 

 テレジアの言葉を遮り悲鳴をあげる綾崎、まぁそうなるだろうな。俺だって想像したくねぇ……。

 

───────────────────────────

 

 桐条グループ、シャドウワーカー本部

 

「気付いてるか美鶴」

 

 樹下からの難題に加え連携関係にある警視庁との情報共有用の種類と睨めっこをしている中、明彦が入室し声を掛けてくる。こいつも随分ここに馴染んだ、2年前は世界中を放浪し武者修行していた男と同一人物とは思えないな。

 育てることの楽しさを樹下や綾崎で知ったのかもしれない。

 

「美鶴?」

 

「ん、嗚呼すまない。お前の言っていることはあの事だろう?」

 

「あぁ」

 

 あの事、未だニュースには取り上げられてはいないもののそれらは確実に増加して言っている。

 

「なんの異変もなく平然と過ごしていた奴がある日を境に話すことや歩くことも困難な程の極度な無気力状態に陥る。そのものだな」

 

「あぁ、影人間だ」

 

 5年前も似た会話をした時、コイツはニヤケながら語っていたが今の表情は真剣なもの。成長をこんなことで感じるとはな。

 

「然し分からないのは以前と違い影時間は一定の間隔で訪れているわけじゃない。シャドウが活動する時間は無いはずなんだがな」

 

「それは誤解だ」

 

 首を傾げる明彦。然しよく考えて見ればわかるだろう。

 

「シャドウは何も影時間の中だけに現れるわけじゃない。現に桐条鴻悦、つまり私の祖父が主体として行い、影時間やタルタロスを産むきっかけとなった実験にシャドウが使われていた。つまり奴らは影時間やタルタロスに関係なく存在していたことになる」

 

「ああ、なるほどな」

 

 しかしそうだとしても近日中のこの影人間の増加は目に余る、何かが近いうちに起きるのかもしれない。

 

「そういえば……今週の金曜日は満月だったか」

 

 

────────────────────────────

 

 6月13日 放課後

 

「あー今日も終わったぁ!ねぇねぇ玖城、この後緒方ちゃんや倉橋くん誘って皆でカラオケ行こうよカラオケ!」

 

 終礼後に俺に話しかけてくる雨瀬。それに合わせるように名前の出た緒方さんと倉橋くんが此方にやってくる。

 カラオケか、同行したいのは山々なのだが

 

「………………」

 

 俺達を横目で見ながら教室から出ていく久遠とそれに続くテレジア。あの目は『遊び呆けてる場合か?』と言う意味を込めていたものだろう。わかってんだよ睨むなよ……。

 

「……あー悪い、俺今日はちょっと都合悪い」

 

「えー……」

 

 椅子に座り込んで不服そうに声をあげる雨瀬。今日は俺も早めに帰宅することになっているのだから仕方ない。

 

「倉橋くんに緒方さんもごめんな。この埋め合わせは来週必ずするから」

 

「まぁ用事なら仕方ないからな、気にするなよ玖城くん」

 

「じゃぁ月曜日に玖城くんも一緒にカラオケに行くとして、今日は私たち3人でシャガールに行こうか雨瀬ちゃん」

 

 この三人を見ていると強く思う、俺達が何のために戦うべきなのかを。こういう日常って奴を失わない為なんだろうな。

 

 話し込む三人に再び謝りつつ俺も教室を出る。

 

────────────────────────────

 

 少し急ぎ足で廊下を移動する。E組の連中の姿ももう既に教室には無かった、おそらく全員寮への帰路に着いているのだろう。このまま行けばまぁ追いつけないこともないだろうと廊下を曲がった瞬間──

 

「オウっ!?」「きゃっ!」

 

 曲がった先の丁度死角となっていた場所に居た人物とぶつかって転倒する。いってぇ……って今の悲鳴女子か!?

 

「ご、ごめん、完全に油断してた」

 

 急いでズレた眼鏡を直しつつ相手の様子を伺う。目に映るのは中等部3年の時によく顔を見ていた元クラスメイト、中田さんの姿が見える。

 

「え……?あ、玖城くん!?ううん、私も前をよく見てなくって」

 

 そう言って中田さんは手元に落ちた本を手元に引き寄せて急いで立ち上がるが

 

「いっ……!」

 

 歩き出す前に顔を引き攣らせ再びしゃがみ込む、どうやら転倒の時に足を捻ったらしい。

 

 

───────────────────────────

 

 怪我をさせたという事実から流石に放っておくことは出来ないので、俺は中田さんを背負い保健室まで移動する。戸を開けて中を伺うもいつも江戸川教諭の姿は無い。

 

「あ……、今日定例職員会議だから」

 

 成程。一先ず中田さんをベッドまで運べば座らせ、俺は棚から包帯と湿布を取り出す。江戸川教諭は見た目胡散臭く駄々草な感じだが、物の配置等はきちんとされており、不在時に来た生徒でも応急処置が出来る様かなり分かりやすくて良い。

 

「中田さん、上履きと靴下脱げる?」

 

 一通り処置に必要そうなものを持ってくればベッドの前に椅子と台を置く。少し驚いた顔をしていながらもどうやら脱ぐことはできたようで台の上に足を置いてくれる。

 

 中田さんの様子を見ながら痛むであろう部分に湿布を貼り、更に補強するように包帯を巻いていく。シャドウやエルゴとの戦いの時に何かしら役に立つかと思い、応急処置の教本を真田さんに借りていたのが役に立った。

 

「多分これで負担が減ると思うけど、どう?」

 

 俺がそういえば中田さんは足を床に着け軽く踏み込む。少し顔が顰めるが

 

「……うん、大丈夫。少し傷むけどさっきより平気みたい」

 

「そうか、なら良かったよ」

 

 ほっと一息付く。どうやらあの巻き方であっていたようだ。然し十全に動けるわけじゃない中田さんを一人で帰らせるのは良くないだろう。

 そう思えばスマホの画面を開き天田にメッセージを送る。

 

「中田さんって住んでるのはポートアイランド内の寮だっけ?」

 

「え?う、うん、そうだけど……?」

 

「送るよ、掴まって」

 

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 ポートアイランド居住区

 

 月高から暫く歩き続ければ生活感の溢れるエリアに足を踏み入れる。思えば俺はこの辺りに来ることは今まで無かったな。

 中田さんの手を持って支えとなりながらここまで来る途中かなり多くの視線を受けた。別に繋いでいる訳ではなかったので妙な関係に見られるということは無いだろうが

 

「なんかごめんな?変な目で見られちまって」

 

「ううん、私は大丈夫。玖城くんこそ、急いでたのにごめん」

 

「いや別に」

 

 と、このような会話を幾度と繰り返しながら中田さんの住む女子寮に向かっている。一応臨時措置とはいえ女子と手を重ねているこの状況に何も感じない程無心を保てない俺は、謝り合うという不毛な会話でも気を紛らわせれているので辞め時が分からない。

 

 中田さんの手柔らかいな……じゃねぇよ変態か!

 

「……あー、そういや挨拶とか軽い会話はあったけど、こうして中田さんと一緒に居るのは初めてか?」

 

「ん、そうかも。玖城くんは中等部の時は天田くんくらいとしか会話してなかったし」

 

「さーせん……」

 

「え、いや違、別に責めてるわけじゃないよ?それに私も気の知れた人としか会話してない側だったから気持ちわかるし。玖城くんあの当時はまだ転校生って感じが残ってたのもあるから、話せる人が少なかったのもあるだろうし」

 

 と、早口で言葉を紡ぐ中田さんの姿が少し可笑しくなって思わず笑ってしまう。

 

「も、もぅ……笑わなくても」

 

「いやごめん、つい……っと、あの建物?」

 

 そんな会話を続けていれば目的地である女子寮が見えてくる。玄関の段差手前まで行けば中田さんの手が離れていく。

 

「今日はありがとう玖城くん、お陰で無事帰れたよ」

 

「いや、元は俺が悪いし」

 

「ぶつかったのは私の」

 

「ストップ、これじゃまた謝り合うことになる」

 

「あ、ふふ……うん、そうだね。じゃぁ、玖城くんが私のお礼を素直に受け取るってことで」

 

「あら、こりゃ参ったな。うん、いいよ。じゃぁ中田さん、お大事に」

 

 そう告げれば俺は少し早足で駅の方向へ歩き出す。走ろうとも考えたが、流石にまた誰かにぶつかったらそれこそ大事なので自重することにした。

 

 

─────────────────────────

 

 玄関を開けて寮の中に入る。足の痛みは続いているがそれ以上に

 

「手が熱い……」

 

 握ってはいないがずっと触れ続けていた手にまだ彼の熱が残っている。それを認識すれば心臓の鼓動が早く、そして顔が熱くなるのも自覚する。

 あぁ……どうしてしまったのだろうか……彼の事を考えるだけで心が騒がしくなる。思えば2年前に彼が転入して、その翌年に同じクラスになった時からこうだったかもしれない。

 

「同じ寮になった綾崎さんが羨ましいなぁ……」

 

 そんな微かな嫉妬を抱いたそんな時

 

「………え?」

 

 今なにかに呼ばれた気がした。

 

 

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 巌戸台分寮

 

「ぶったるんどる!!!」

 

「悪かったって……」

 

 他のメンバーは既に寮へ帰宅しており、俺は2時間程遅れての帰宅となったことをラビリスに詰められている。一応指定された時間には間に合ってるのになんでこんなに責められているのだろうか……。

 

「あんな樹下くん、今日はそもそも寄り道せんと直帰して寮で待機するようにって美鶴さんからの指示があったやろ?」

 

「……アクシデントがあったんだよ。色々と」

 

 ここで俺が中田さんに怪我をさせた等と言えば間違いなく話はややこしくなる。

 

「そのアクシデントも見越して早めな行動をせなあかんのちゃうん?」

 

「まぁまぁラビリスさんも落ち着いて落ち着いて」

 

 まだ言い足りない様子のラビリスを栂和さんが宥める。そこでようやく説教から開放されたので一先ず椅子に腰かけたと同時にニヤける南雲の顔が目に映る。

 

「で?結局何してたんだよ色男」

 

「うるせぇ……お前見てやがったな?」

 

 中田さんを女子寮に送り届けたところか、その途中か、何方にせよおそらくコイツは俺が何をしていたかを知っているのだろう。

 

「お前に色恋沙汰はキャラじゃないだろうから、まぁ本当にアクシデント後のアフターケアなんだろうな」

 

「お前もう黙れよ。前歯に青海苔ついてんぞ」

 

「え、マジ?」

 

 懐から手鏡を取り出して口内を見る南雲を無視してテレビに目を向ける。天田とコロマル、そして今日の備えの一つとして訪れていたアイギスが流れているニュースに真剣な眼差しを向けている。

 

「やっぱり増えてますね、無気力症」

 

「はい、満月の手前で増えていく状況も5年前と同じですね」

 

 天田とアイギス。この二人は5年前の戦いを経験している側、今のこの状況と以前のそれら……重なっているらしいが、これが意味するものはなんなんだろうな。

 

「その、無気力症……というか、影人間だったっけ?それってどんな感じでなってるの?」

 

 訳知りの二人に綾崎がご尤もな疑問を投げ掛ける。月が満ちるに連れて増えている事となんの関係があるのかはそういえば俺も聞いてないな。

 

「以前、玖城さんと冬祈さんが遭遇した大型のシャドウ。5年前にも現れており、その出現は満月の晩の影時間でした」

 

「その時も今と同じように影人間が増加してたんだ。大型のシャドウに影響されてるのか、普通のシャドウの活動もかなり活発化してたんだよ」

 

「シャドウが活発化するとどうして影人間が増えるんだ?」

 

 追加の問いを投げたのは久遠だった。普段なら誰かの会話に耳さえ立てることは無いこいつだが、シャドウ関連の今回は流石に興味を持たざるを得ないらしい。

 

「影人間とはシャドウに襲われた人々が陥るもの、そしてシャドウが活発化するということはシャドウがより多くの人々を襲うという事、それがこの無気力症増加傾向の正体です」

 

 成程、しかしここでもうひとつ疑問が出てくる。

 

「でもシャドウって影時間以外だとどこにいるんだ?」

 

 俺の疑問に対しては天田もアイギスも答えを喋らない。いや、喋れないのか。

 

「まぁ……それがわかってたら増えてねぇか」

 

「まぁね……」

 

 シャドウがいる場所か。影時間やタルタロスは多く居るというだけで、じゃあそれらが現れるまではどこに居たのかという話だろう。何処かには有るんだろうな、何処かには……。

 

────────────────────────────

 

 PM 23 : 59

 

 

「………」

 

 私はどうしてここに居るのだろう。意識がいまいちはっきりとしない。ここは何処だろう。

 玖城くんに送って貰って……声が聞こえて……それから…………───────?

 

「…………満……月?」

 

─────────────────────────────

 

 ──────────────!?

 

「なっ!?」

 

 テレビの電源が遮断され全ての照明が落ちる。外で照っていた街の灯りも消え失せている状況に影時間が訪れたことを認識する。

 

「なんで……装置は動かしてないのに……!」

 

「まさかエルゴか」

 

 一先ず寮の入口付近にある通信機でシャドウワーカー本隊と連絡を取る。まずは状況を整理する必要があるだろう。

 

「繋がった……もしもし此方巌戸台寮、みつ姉状況わかるか?」

 

『此方でも今確認作業中だ。山岸にも周囲の索敵をやらせて……何?』

 

 通信機越しのみつ姉の声音が変わる。

 

「みつ姉……?」

 

「樹下、寮のメンバーは全員そこにいるか?」

 

 その言葉は既に全員の耳に届いている。緊張感の走る状況に各々異なる表情を浮かべている。

 

「ムーンライトブリッジにシャドウの反応だ。数は2つ、かなり大きい。今そこにいるメンバー全員で赴いて奴らを殲滅して欲しい。

 我々もすぐに向かう、奴らが被害を出さないように食い止めてくれ」

 

────────────────────────────

 

 ムーンライトブリッジ

 

 何……アレ……。

 

 ムーンライトブリッジに居ることを認識したど同時に目に写った異形。私はそれに見つからないために橋の両端にある柱の後ろに身を隠す。

 ただの高校生でしかない、なんなら普通よりも鈍臭い方の私のような人間でも、あれが決して見つかってはいけないものだと言うことが解る。

 

 呼吸の音を聞かれないように両手で口を隠す。泣きそうに、悲鳴をあげそうになることを必死に我慢する。ダメだ、心臓が強く脈打ち続ける。この音さえアレらに気付かれる要因になりそうで身体が更に震え出す。

 

 誰か……怖い……助けて………

 

 そんな思考が頭の中を埋めつくしていく。そんな時に複数の足音が聞こえてくる。あの姿は─────

 

────────────────────────────

 

「居た!シャドウだ!」

 

 ムーンライトブリッジまで走り続けた俺達の中で誰よりもその姿を捉える栂和さんの声でその姿を認識、それと同時に山岸からのテレパシーが届く。

 

『敵シャドウ2体、反応から女帝と皇帝のアルカナを持つ大型シャドウと特定!』

 

「デカイデカイとは聞いてたけど……これは」

 

 綾崎がその二体の姿を見て息を飲む。思えば綾崎と栂和さんは大型のシャドウを直で見るのは初めて、そして俺と久遠は魔術師と女教皇の大型以来の邂逅となる。

 

『皆さん気を付けて、この2体のシャドウは自身の属性耐性を入れ替える能力を有しています!』

 

 つまり安定して弱点を突き続ける戦い方ができないということか……ん?

 

「山岸さん、周りに俺達以外の人間の気配はありませんか!?何かいる!」

 

『え!?』

 

 俺の感知にシャドウではない気配が微かに届く。恐らくペルソナ使いではない、つまりこれが。

 

「なんだァ?噂をすればってやつで、丁度影時間に落とされたパンピーが居るってか?」

 

「嗚呼、多分な」

 

 軽口を吐く南雲に頷く。状況が状況だ、一般人の保護は後から来るみつ姉達に任せよう。俺達は

 

「このシャドウ二体を───食い止める!!」

 

 天田の言葉に頷き全員が己の武器を構える。満月が灯すこの地で今、戦いが幕を開ける。

 

──────────────────────────────

 

「ほっほぉ、スゲェスゲェ……あれがデスの断片、話以上だな」

 

 ムーンライトブリッジでの戦いを遠方から眺める白衣の男。その顔は実に愉快な物を見ていると大いに悦び、その不謹慎を隠しもしない。

 

「アンタも見るかい大将、こんなビックイベント中々見れるものじゃァない」

 

「興味ないな」

 

 男の言葉に対し特に大きな反応を示さないもう1人の白衣。炎のような赤髪を満月のみが照らすこの影時間内で靡かせている姿、それに男は錯覚する。

 

(月の元に紛れた太陽……誇張表現と言われるだろうが、実際この女を表せる言葉はそれしかねぇだろうなァ……)

 

 この二人は共にペルソナ使い、しかしその実力の差はそれ程に広がっている。男が仮に幾度と一生を繰り返し強さを跳ね上がらせても、この女の毛髪1本としてもぎ取ることは出来ないだろう。

 

 女はただ只管に天に浮かぶ月を眺めている。その様子に男はまたかと呆れ笑う。影時間が来る度、この人物は何をするでもなく月に目を向け続けている。輝夜姫じゃあるまいし、月に故郷がある訳でもないのにこの女はその行動を何度も行っている。

 

 何か思うことがあるのだろう。しかしそれは男には理解できるはずも無い領域だった。

 

「ふん………お、あれは……」

 

 男は更に面白いものを見たという風に膝を叩いて笑う。流石にその様子には興味を惹かれたのか女の目がそちらに向く。

 

「コイツは良い!!まさかこの状況で───」

 

 二人の目の先にあるもの、それは

 

 

─────────────────────────────

 

「うぉおおおおお!!!」

 

 猛る南雲が召喚器の引き金を引きペルソナを起動。現れるペルソナ・ケイジの持つ野太刀が振るわれれば女帝シャドウの胴体を大きく弾き飛ばす。空中を舞うその胴体に目掛け振るわれる追撃は栂和さんのペルソナ。

 

「叩き切る!オオクニヌシ!!」

 

 振り下ろされる戦斧が確実に女帝の胴体を捉える、しかし。

 

「手応えがないっ!グッ……」

 

 女帝は即座に自身の耐性を操作、物理攻撃に対する絶対耐性を発動させる。それによりオオクニヌシの攻撃が受け止められれば背後より襲撃を行った皇帝シャドウに橋まで撃墜される。

 倒れるオオクニヌシに追いついた皇帝がその首を裁断せんとその剣を振り下ろす刹那

 

「アテナ!」

 

 アイギスのペルソナ、アテナが皇帝へ向け猛スピードで激突、その攻撃を中断させ押し退ける。

 

「ラビリス、テレジア!僕に続いて!!カーラ・ネミ!!」

 

 退いた皇帝へ叩き落とされるカーラ・ネミの電撃。それに撃たれ総身を震わせる中、ラビリスのチェーンナックルとテレジアのパンツァーファウストが炸裂する。

 

「効いてますかね……?」

 

「……いや」

 

 テレジアの言葉を否定するラビリス。巻き起こる煙幕が晴れれば未だ五体満足の皇帝が佇んでいる。どうやらあの一瞬で皇帝も耐性を操作したようだ。

 

「属性耐性の変化ってこんなにめんどくさいのか……」

 

 オオクニヌシからのダメージのフィードバックから息を整え復帰する栂和さんが吐露する。有効打と思った攻撃も次の瞬間に耐性を切り替えられては追撃の隙間が無くなってしまう。

 

「どうする天田?アレを倒す方法無いわけじゃないだろうが、今の俺達じゃアレを一撃で沈めるほどの攻撃力は無いぞ」

 

 俺のその言葉に歯軋りし険しくなる天田。事実この中で最も攻撃力に振り切っているオオクニヌシや俺のメサイア・影神でも流石にあの規模を一撃で沈めるのは難しく、しかし追撃をしようにも追撃の属性を阻まれてしまうなら完全無駄足になってしまう。

 

 となれば後から来る筈の援軍に期待するのが定石だろうが

 

「紛れ込んでる一般人がいる以上、下手に時間をかけたらその人に危険が出る」

 

「だろうな……ならプランEだ」

 

「……AからDは?」

 

「全部ダメだったろ」

 

「そっか……じゃぁそれで行こう」

 

 俺は即座に栂和さんと久遠に視線を送る、俺を含めた場合、単純なペルソナの攻撃ならこのメンバー内TOP3だ。自陣側から同時に駆け抜ければそれぞれペルソナを召喚。

 メサイア・影神とオオクニヌシ、クラマテングがその場に同時に顕現すれば一気に皇帝へと襲撃、まずは物理的脅威が強いコイツから落とす。

 

 三体のペルソナがそれぞれが携えている武器である血濡れの大剣、戦斧、十拳剣を振り抜けば剣一本しか持っていない皇帝を大きく揺さぶりダウンを奪う。

 

 プランEとは即ち

 

「総攻撃だ!!」

 

 ダウンを喫した皇帝へ向け放たれるオグニイェナとケルベロスの炎、ケイジの斬波、カーラ・ネミの電撃。属性を持つ魔法系スキルを持つメンバーによる同時に複数属性による一斉射の炸裂こそがこの時点での最適解だろう。だから

 

「だから沈めよ馬鹿野郎……!」

 

 皇帝へ到達するはずだった総攻撃が女帝の介入によって阻まれる。三属性全ての耐性を発揮した女帝の姿が忌々しい事この上ない。

 

「今のでダメってことは、やっぱり一撃必殺で仕留めるしかないのか……」

 

 久遠が呟く、恐らくそれが正攻法に足る方法、そして今の俺達には実行できない方法。だが

 

「だからって諦められるもんか!」

 

 綾崎の叫びに全員の意思が再び奮起する。そして今のは別の捉え方も可能、即ち

 

「片割れが庇ったってことは、今のは奴らにとってもピンチだったって事だ。俺達はまだ間違えていない!」

 

 メサイア・影神が起動、皇帝への進路を女帝が阻むというのならそれを排してやる。そして

 

「皇帝の方も同時にぶっ潰す!!」

 

 女帝の顔面をメサイア・影神が鷲掴みにし跳躍。そして開けた進路を烈風の如く疾走し、ケイジが皇帝を野太刀で刺し貫かんとする。

 

「メサイア・影神、木っ端微塵切り!!」

 

「ケイジ、バスタアタック!!」

 

 空中にて血濡れの大剣にて全身を刻まれる女帝、橋上にてケイジによって更に大きく突き飛ばされる皇帝。ここに再びの無防備状態を晒させれば再び総攻撃を実行。

 

 皇帝に対し再び放たれる炎と電撃、そしてクラマテングによる重力属性。そして空中の女帝に対し行われるアリアドネ、バートリー、オオクニヌシ、アテナの4ペルソナによる物理攻撃による一斉攻撃。

 

 

 手応えがあった。この戦いの中で最大のだ。皇帝と女帝双方の気配が大きく減退を示している。恐らくこのままいけば一分と待たずに消滅してくれるだろう。

 

 何も、無ければ

 

──────────────────────────────

 

 シャドウワーカー特殊車両内

 

「凄い……、2体の大型シャドウの反応がものすごく弱まってる……!」

 

 山岸のアナライズにてムーンブリッジ上での戦闘状況を把握しながら移動している。どうやら我々の出番は無いかもしれない。

 

「5年前、我々が女帝と皇帝のシャドウと邂逅した時はその特性によってかなり追い詰められたな。あの時明彦達が山岸を救出して帰還しなければ全滅していただろう。」

 

 当時の状況を思い出せば自然と言葉が出てくる。それを聞いていた明彦本人は懐かしい話に顔を綻ばせ、真千琉は関心したように首を縦に振っている。

 

「なら我々の仕事は現地に到着し、影時間に迷い込んだ一般人の「っ!待ってください!!」

 

 状況の確認をしようとした時山岸の声で再び緊張感が増幅する。

 

「なにこれ……女帝と皇帝、2つのシャドウの反応が……溶け合っていく……?!」

 

──────────────────────────────

 

 目の前の光景が信じられない。今の今まで死にかけていた二体のシャドウが互いに癒着し1つの塊は転じたのだ。

 

「……天田……なんだこれは……?」

 

「分からない……こんなの知らない……」

 

 シャドウの気配が先程までの比では無いレベルに増幅していくのを感じる。今のうちにどうにか倒すか……、いやこの密度のものに下手に刺激を与えたら暴発しかねないのではないか?そんな思考が過ぎり誰もその塊に近づくことが出来ないでいる。

 

 融合……と言っていいのだろう。ペルソナの合体は俺も経験があるが、まさかシャドウまでそれが可能だと言うのか……?分からないことが多過ぎて脳がパンクしそうになる中、塊が次第に己の形を取得していく。かろうじて人型を保っているものの、先程の皇帝と女帝を無理矢理に重ねた歪な造形がシャドウらしさを示しつつ、その異常さを表している。

 顔面部と思われる場所に現れている仮面は無垢。表情も何も刻まれていない無の象形、即ち

 

「愚者のアルカナ……!!」

 

 その呟きの瞬間弾け飛ぶ力の奔流。先日の死神タイプに比べれば可愛いものだが、それでも今の俺たちを全滅に追い込むには充分な出力を有していることを理解する。

 

「愚者がなんだってんだ。ビビってる場面じゃねぇだろぉがよォ!」

 

 南雲がケイジを再び召喚させ愚者へ接近する。野太刀が振るわれその首を撥ねんとした刹那、それを押し返すかのように全方位に対する強烈な衝撃波が発生。それに打たれたケイジが大きく空を舞い橋から落下、そのまま海面を突き破り沈没。その衝撃波はムーンライトブリッジを大きく揺さぶり、立っていることさえ困難な状況に陥る。

 

 次に愚者が動けばそれに連動するように地を走る黒色の烈火、それが真っ直ぐ此方へ迫る。

 

「っ!ペルソナチェンジ、ルシファー・影神!!」

 

 ペルソナを切り替えれば即座に召喚、現れた白色の聖人より放たれる白光によって炎を無垢な塩に転じさせれば脅威を無効化する。飛散する塩を手で振り払えば再び愚者を睨む。今のはやばかった、少しでも遅れていれば全滅していたぞ馬鹿野郎。

 

「ひゃっはぁ!!!!」

 

 そんな中でも南雲が奇声で笑い拳を掲げる。その動きに合わせて道路を突き破り愚者の足元から刃を突き上げるケイジ、普段なら呆れるところだがこの瞬間では攻撃の起点となってくれることに感謝を覚える。

 

「不感症も役に立つな」

 

 南雲の行動に対して久遠が呟けば動揺していた全員が落ち着きを取り戻していく。寧ろこれは好機と捉え直そう、二体と戦うより一体を相手する方がまだ気が楽だと。

 

 その気迫に呼応し顕現するカリオストロ。力が流れ出し相手の総体を包む、それは愚者を絡め取る大蛇の如くに纏わりその動きを阻害する。確実に動きが鈍くなった所を狙いオグニイェナとクラマテングが共に刃にて四肢節々を裁断していく。

 それにより愚者が体制を崩し膝を着く。それぞ好機と動き出すカーラ・ネミとケルベロス。カーラ・ネミはその電撃で自由を横奪、ケルベロスは呪怨属性にて愚者の体力を削り取っていく。

 

 そこで愚者が再び吼える。音と衝撃が此方の全身を打ち砕く、物理的な干渉で無いのに激痛が走り血が流れる。細胞が振動に耐えられなくなっているのだろう。

 有機物である人間にとって最も苦痛を伴うその攻撃、だが

 

「アテナ!!」

 

 アイギスの言葉に答えるようにアテナが起動、愚者の頭部を縦による殴打にて打ち抜けば咆哮を途絶させる。大きく仰け反る愚者の後方、そこにバートリーが顕現すれば自身の身体前面を観音開きのように開放、強力な吸引力を発生させれば敵対者をその中へ取り込まんとし、アリアドネが糸を手繰れば愚者を引き摺り始め吸引のアシストを開始する。

 

 愚者が唸る、刻まれたはずの四肢の筋組織が蠢きその場に留まり続ける。その口腔から高密度の力を感じ、その高まりと同時に眩いほどの光が洩れる。あの光……まさか

 

「っ、メギドラオンか……!」

 

 これも死神タイプ程の威力は無い、だがあれが放たれればここまでの連携が全て無駄となる。そして無慈悲にもその装填速度は高速、認識した次の瞬間には吐き出されてしまう。

 迫る灼熱に敗北の二文字が脳裏にチラついた刹那、眩い光を何かが遮り俺達全員の盾となる。

 

「こんのぉぉぉおおお!!!!」

 

 栂和さんの身体が激痛に見舞われ両手を着く、俺達を灼熱から守っているのはオオクニヌシとそれが携える戦斧だ。

 

「っっ!!やれぇぇぇえ!!!」

 

 栂和さんの檄を受けて飛び出す2つの力。メサイア・影神とケイジが共にその刀身にて愚者の胸部を穿ち抜く。

 それによって更に大きく仰け反るもののまだ足りない、まだ届かない、まだ勝てない────巫山戯るな!!!

 

「「テメェはここでくたばりやがれクソ野郎がァあぁああああ!!」」

 

 自分達のペルソナすら追い越し愚者の眼前に到達する。俺のガンブレードと南雲の双剣の片割れ、その2つの刃がその頭部を横薙ぎで襲撃すればそれがきっかけとなりようやく愚者が浮く。

 

 足場から剥がれた愚者はそのまま後方のバートリーへと激突。瞬間開放されていたバートリーが合閉、バートリーという痩躯に近い体躯の中に無理やり押し込められ密封されれば内部にて肉体が圧迫、後に爆音を伴い破裂しバートリーの全身からその体液が噴出する。

 

「はぁ……っは………」

 

 勝った……ようやくくたばった……。その場で倒れ込み立ち上がることさえ出来ないほど呼吸が乱れる。それは南雲も同様で双剣を突き立て倒れることを耐えているが膝が言うことを聞かないのか立ち上がれなくなっている。

 

 だが俺達はまだやらなければいけないことがある。止まっているわけにはいか無い。

 

「探さねぇと……」

 

 崩れたままの身体を無理矢理に突き動かせば立ち上がりゆっくりと周囲を、紛れ込んでいたはずの一般人を捜索する。

 

 

───────────────────────────────

 

「やりやがった……」

 

 白衣の男が呟く。

 

 今回の戦いは多くの異常事態が絡んでいた。特に二体の大型が融合し全く別のシャドウになるという事態は彼らにとっても予想外の出来事だったろう。そしてそのアクシデントに見舞われた本人達は見事それに勝利を喫した、素晴らしい戦果と言えるだろう。しかし

 

「なぁ大将、アイツらがやられそうになってたらどうしてた?」

 

 炎髪の女を見る。あの中には彼らにとっても失う訳には行かない人物が居る。とすれば当然この女が動いていたことになる。

 

 その状況を想像すれば男の額に冷や汗が流れる。この女が戦うということを考えたのみで吹き出した汗が留まりを知らずに流れ続ける。

 

「………私が動くまでもなく、桐条の援軍が到着していただろう。さて、そろそろ戻ろう相模、少し疲れた」

 

「…………あ、あぁ」

 

 男、相模と呼ばれた男が立ち上がり行く先を見る。そこに広がる夥しい数のシャドウの亡骸に息を飲む。女が一人で作り上げたその屍山血河に頬が痙攣する。これ程の女が動いていたらそれこそムーンライトブリッジが崩落していただろう。

 

「………しかし」

 

 立ち去りながら女が口を開く。なんの感慨も抱いていないままにその言葉を漏らす。

 

「あの少女は可哀想だったな。まぁ運が無かったと諦めて彼岸を渡って貰うしかないが」

 

─────────────────────────────

 

 人の足音が聞こえてきた、柱の傍から顔を出せばそこにはよく知っている顔が幾つかあった。その中でも彼の、玖城君の顔を見ただけで安堵が心の中で充ちていく。

 持っているものの物騒さやその表情、色々疑問があるがそれでも近くに彼が居るという事実が堪らなく嬉しくなる。

 

 けどここで言葉を発してしまえば必死に隠れていた意味が無い、もしかしたら彼らの邪魔になるかもしれないと口を閉じ、全てが終わるまでここから動かないようにする。

 

 目と耳、口を閉じてそのままその場に蹲る。そうしてからどれ程経ったのかは分からない、数秒なのか数分なのか。幾度となく大きな揺れが橋ごと私を揺らしてくる。その度に叫びたくなる気持ちを抑え込む、まだ終わらない、ならまだ出ちゃダメだと。

 

 そしてある時揺れがピタリと止まる。恐らく何かが終わったんだと、ようやく閉じていた目と耳を開き柱を支えに立ち上がる。これでようやく助かる、彼の、玖城君の顔を見て安堵できる。そう思って柱から彼が居る方へ身体を出した時

 

 

 

「…………ぇ、なん……」

 

 一際大きな、獣の咆哮のような音が耳に届くと同時に身体から支えが消える。今の今まで地に着いていた足が浮く。見えていた空が先程より近くに感じる。

 

 状況が理解できずにいる。私の身体がどうなっているのかが全く分からない。視線を巡らせる。どこ……何処に、何処に居るの……?

 

「─────ぁ」

 

 いた、玖城君、皆、私ここにいるよ。待って、どうして離れていくの?置いていかな────────────

 

「っ────────     」

 

 背中、首筋に酷く強い衝撃が走る。身体に入っていた力がその一度の痛みを最後に抜け落ち、再び力を入れれなくなる。何かが視界の端から目に入り込んでくる。感触が無い。ただただ見えてる景色が揺らいでいく。まるでレンズが滅茶苦茶な望遠鏡を覗き込んでるように視界がぐちゃぐちゃに揺れている。

 

 そんな中でも変わらず此方を照らすあの大きな満月は綺麗で、でもそれを感じる為の思考がもう私には備わっていない。

 

 見えている月さえ私から遠ざかっていく。落ちて、落ちて、沈んで、沈んで、何も感じない真っ暗な奈落へゆっくりと

 

 

 

 

 

 私の、中田紗菜という一人が持っていた世界が落ちていく。

 

 

 

────────────────────────────────

 

 

 今俺は橋の歩道部分で座り込んでいる。先程の戦闘による治療が行われ安静にしておけとお達しが来たからだ。

 

 言われずとも今は全く体が動かない、紛れ込んでいた一般人の捜索はシャドウワーカーの別部隊が行っている。

 

 巻かれた包帯を眺めていたら月明かりが遮られる。見上げればそこにいるのは俺と同じ赤い目を持つ人物が居た。

 

「随分こっ酷くやられたな樹下」

 

「俺なんて軽傷だよみつ姉、栂和さんが1番ダメージ大きいからその言葉はそっちに掛けてやってくれよ」

 

 そう言って俺自身の栂和さんの方に目を向ける。あの人は本当に頑張っていた。あの瞬間にオオクニヌシがメギドラオンを防いでいなかったら負けていたのはこっちだったろう。

 

「勿論彼にも後で労うつもりさ。しかし今は治療を受けているから先ずはお前だ。よくやったな」

 

 そう言って俺の頭を少し乱暴に撫でて来る。少し気恥しさを覚えてその手を払い除ける。

 

「ところで一般人は見つかった?」

 

「……いや、橋の上に私達以外の人の姿は無かった。柱の裏や橋桁等も同様にな」

 

「……」

 

 ならあれは俺の勘違いか?そう思おうとした時みつ姉が言葉を続ける。

 

「中田紗菜……という女生徒を知っているか?」

 

「中田さん……?知ってるけど」

 

 なんだ、なんで今中田さんの名前が出てくるんだ?

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

「橋の下で見つかった。水面に浮かんでいたらしい、その亡骸が」

 

 

 

 

 




 一話に登場していた中田さん。割といいキャラしていたと思うんだ。俺としては

 タイトルの後半部分はラテン語を使わせてもらいました。翻訳してみてください。


ではペルソナの紹介を行います。

ペルソナ詳細
名前 カリオストロ
アルカナ 刑死者
覚醒者 玖城樹下
概要
 アレッサンドロ・ディ・カリオストロ。18世紀において名を馳せた稀代の詐欺師と呼ばれた男。
 医師、錬金術師、山師、など多くの肩書きを持っており、上流階級のなかに紛れ込み、低い身分から機会を見てのし上がろうとした姿勢から、アヴァンチュリエと呼ばれた。
 シチリア生まれとされるほか、ギリシャの錬金術師アルトタスに師事していたとも回顧録にて語っている。

能力
 不定形とも形容される程の情報誤認を促す特殊な性質を持つ。
 潜入したダンジョンから即座に脱出できるスキル・トラエストを使用できる他、敵のステータスに働きかけて動きを鈍化させたり命中力に影響を及ぼすと言ったらサポートに特化している。


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