PERSONA EPISODE of SHADOW WORKER 作:漆竜 黒鍵
時は誰にでも平等に終わりを運んでくる。例え目と耳を塞いでいたとしても、早いか遅いか、形の差異はあっても必ずそれはやってくる。
死。
今生きている俺達にとってどこか遠くにあるような、然し限りなく近くに常に立ち続けているそんな不定形の概念。
時には不倶戴天の敵として、また別の時には裏切らず絶対に寄り添ってくれる唯一無二の友として描かれることもある。
「故に問おう、お前にとって死とは?彼女の死に何を思うね少年?」
その問いに夢を見ていることを自覚する。目の前にいる男、定まった姿として認識できないその下卑た蛇のような男。さらにその両隣りには酷く荒んだ印象を持つ人相の悪い男と、純白の塩のような清廉さと底知らずの傲慢を併せ持つ知の者が居る。
人相の悪い男は今まで見た記憶は無い。しかしその纏う死と暴力で荒んだ気配が鈍黒色の鎧の男であると訴えかけてくる。
あの兜の下はこんな顔をしていたのか……。
そしてその情報が分かれば見えてくる。この三人は全て俺のペルソナ、その大元となる情報の存在。
蛇はカリオストロ、知の者はルシファー・影神、そして人相の悪い男がメサイア・影神。心の海に揺蕩うペルソナの根源となった本人達。
しかし彼女の死…、中田さんの死か………。
「だろうな」
知の者が口を開く。
「お前は彼女の事を何一つとして知り得ない。名前と顔、そして短い時間共に学を共にしたという表面的な関係性でしかない。中田紗菜という存在に対しては無知という他ない。無知故にお前は彼女の死になんの感傷も抱けはしない」
見事だと思った。俺の考えを俺が口にするよりも先に言い当ててくる。それもそうか、コイツらは大元があるとはいえ今は俺自身と言える存在。つまり俺が何かを言うまでもなく分かるのだ、俺さえ知らない深層であっても。
そして彼の言ったことは全て否定しようの無い事実で、中田さんとは知り合いであってそれ以上でも以下でもない。助けられなかった、気付いていたのに救えなかった。こういった悔いは感じてはいても彼女が死んだ事に対しては恐ろしい程になんの感情も湧いてこないのだ。
「知らないというのは恐ろしいものよな。無知故にその死を悼む事、記憶を想うこと、憤りを覚え激すること、涙を流す事さえ出来ない、権利がないのだから」
蛇の言葉の総てが突き刺さる。否定の余地のない事実の羅列がこれ程の刃となることを、自分自身と呼べる存在に叩き込まれていく。言葉により刻まれた傷が自己への嫌悪に変わろうとした時、黙り続けていた男が口を開く。
「だが、それらは今のお前の話だ。お前はまだ不変では無い、俺達とは違い変わり移ろう事が出来る。
追ってみろ、あの女の死を道端に吐き捨てられた屑同然にしたくないのならな」
6月14日
ムーンライトブリッジでの戦いを終えた俺達は応急処置を受けた後巌戸台寮戻ることになった。帰路の間は誰の口からも音はなく、あの南雲でさえ空気を読んだのか何かを喋り出すことは無かった。
中田紗菜の死。俺達の戦闘に巻き込まれて起きたその事実は焼けた杭のように俺達の脳髄に打ち込まれ焼き尽くしている。梅雨中の夜風、普段なら湿気が混ざり不快な生温かさを覚えるそれでさえ、鳥肌が立つ程に今の俺達の体から熱を攫っていく。
そんな中不意に前を歩いていた奴らの足音が止まる。それに倣い俺も足を止めた後上を見上げれば目に入るのは巌戸台寮。終ぞ誰一人として口を開かないまま俺達は帰ってきてしまったらしい。
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寮に入れば皆思い思いに行動する。しかし誰一人として階段へ向かうことはせず、ロビーにある椅子やソファーに腰を掛ける。無論それは俺も同じだった、おそらく全員眠れる自信が無いのだろう。
まぁ幸運にも明日…というか今日か、その曜日は土曜日を示している。みつ姉達が学生だった5年前は土曜日も半日ほど授業があったらしいが俺達の代になる頃には部活動に勤しむ奴ら以外は休みになっている。
だから寝れないというのであればそのまま夜更かしをしても特に予定上問題にはならないだろう。
……………………………………空気が重たい。
「………そうだ、みんなお腹空いてるんじゃない?あれなら出前でも」
「いや……」
「気分じゃないかな…」
「要らね」
気を利かせた天田だったが、栂和さん、綾崎、南雲の順番に否定されて項垂れている。あ、目が合った。
「悪い、俺も要らない…」
まぁコイツらとは事情が異なるが、俺も飯は食う気にはならない。
………………………………………………。
「ご飯はともかく皆さっきの戦いで疲れてるやろし、一旦横になったりした方がええんちゃうかな?」
次に沈黙に耐えかねたラビリスが提案してくれる。しかし今度は誰も口を開かない。あ、目が合った。しかし語る言葉は俺もないので肩を竦めて首を横に振ればラビリスも項垂れた時
「気持ちわりぃんだよ」
沈黙を殺したのは久遠だった。
「ウジウジグジュグジュと湿気りやがって、なんだ?巻き込まれで死なれたからヘラッたってか?」
「…何その言い方?」
綾崎の目が鋭くなり立ち上がる。明確な怒りの気配に場の空気が張り詰めていく。
「なんだ?私が何か間違ったことでも言ったかよ?」
「おかしいじゃん!そんな言い方ある!?目の前で人が、友達が死んだのに能天気になんてなれる訳ないじゃん!!」
机を叩き叫ぶ綾崎。しかし久遠は鼻で笑い続ける。
「だったらなんだ?中田が死んだそれがどうした?それに対してグジグジしてたらあいつが帰ってくるのか?」
「そういう話じゃないじゃん!なんで紗菜が死んだかってアンタ考えたの?私達が弱いからじゃん!!そんなの私達が殺したようなものじゃんか!!」
「ああそうだよ、私らが殺したようなもんだよ。なら余計にこんな状態がおかしいに決まってんだろ!!ここで涙でも流して落ち込めば私達は強くなれるのか?甘えてんじゃねぇそんなご都合なんぞある訳ねぇだろぉが!」
「わかってるよ!!でもそんなすぐ切り替えられる分けないじゃん!!冬祈こそそんな虚仮威しで私は前を向いてますアピールとかイタいんだよ!!」
「テメェ…!!」
「辞めろ!!!」
机を強く殴り2人を黙らせる。唐突に寮内を響く音に全員がコチラに目を向ける。
「辞めろ、そんな言い合いになんの意味がある?」
そのまま立ち上がり2人の間に割入る。2人の怒りの矛先が俺に向いている。無言のまま睨みつけてくるが全くもって痛くもない。
「綾崎、確かに俺達は弱いよ。だがそれが直接的に中田さんを殺した原因じゃない事くらい分かるだろ、頭冷やせ。
久遠も言ってることは事実で正しいが、だからって正論だけで総てが解決しないのはお前自身よくわかってんだろ。」
2人が怒りの矛を下げて行く、血の気が落ち着いてきた証拠だろう。ヘラっていると揶揄していた久遠だが、コイツだって中田さんとは交流があった。綾崎も彼女とはクラスメイトで親しくしていたのもわかっている。
「冷静になれ。俺達が互いに罵りあえば中田さんの為になるか?」
「……」
「…ちっ」
2人がそれぞれ椅子に腰を落ち着かせて場は沈静化する。俺自身も椅子に戻ろうとも思ったが、今になってようやく眠気が思考に帳を落とし始める。
「とりあえずさっきラビリスが言ったように一旦寝よう。戦いの疲れを取らねぇとまともに頭も回せねぇだろうからな」
誰も俺の言葉に賛同を示さないが知ったことじゃない。俺は眠い、故に眠るだけだと階段へと足を進める。
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同日、午前4時
眠りから覚めれば身体を起こす。夢の中で詰められた事は一片たりとも忘れてはいない。
「追ってみろって……だから知らないんだって、俺は」
何も知らない相手をどのようにして追えというのか、しかし近頃見ているこの夢は俺にとって決して無視出来ないものを示唆してくる。必要なことなのだろうが方法は無いに等しい、死んだ相手なら尚更だろう。
「………起きるか」
今寝ればまたあの三人と会話することになりそうだ。ならばと、乾いた喉を潤す為にキッチンへ向かうことにした。
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階段を降りて一階のロビーに降りる。喉を潤した後はシャワーでも浴びてさっぱりするのもいいかもしれない。そんなことを考えながらキッチンに入れば目に入る赤い髪。
「おはようございます玖城さん。随分お早いお目覚めですね?」
「ああ、おはようテレジア。夢見が悪くて寝ててもあんま休まんなかったわ」
いいながら棚からグラスを取り水道水を注ぎ喉に流し込む。そんな有り触れた様な行動にテレジアからの視線が浴びせられる。飲み込みづらい…。
「………なんだよ…?」
機械仕掛け特有のレンズのような瞳。それが俺の姿を映したまま微動だにしない。
「いえ……以前は緑茶や乳酸菌飲料などを嗜まれていたと思いましたが、近頃は水道水ばかりだと思いまして」
そう言われて俺自身も疑問に感じ手に持ったグラスを眺める、確かに飲んでいるのは水道水だ。というか最近何かしら味のついた飲料を飲んだ記憶が無い。
冷蔵庫を開き買い置きしていた乳酸菌飲料を手に持つ。封を開きそれを口内に含もうとして自身の体が小刻みに震えているのを感じる。
嘘だろ……?
その震えを無視して口内に注いだ瞬間
「ぐっ…ぶっ…!!」
「っ!?玖城さん!」
口に触れた水分の感触が血のそれとリンクする。甘い筈の味が何かが腐ったかのような激臭と不快な刺激にしか感じず、耐えることも出来ずシンクの中へと吐き戻す。
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ゆっくりと水で口内を濯ぎ胃酸の匂いを誤魔化していく。以前から患っていた拒食症がここまで酷くなるのは想定外だった。
「やはり一度診てもらった方がよろしいのでは?」
テレジアの提案に手を振って拒否の意を示す。まだ水道水が飲めるのだから誤魔化せるだろう。
「もう2ヶ月です。玖城さん、貴方は既に2ヶ月もまともな食物の接種ができていない。本来なら昨晩の戦いのような行動どころか今こうして意識平然としていることの方が異常です。それに今まで平気だったものまでダメになったということは明らかに」
「大丈夫だ…」
テレジアの言葉を遮る。これの異常性は患っている俺自身がわかっている。そして
「そんな中でも俺の体調自体は平常、なんならこうなる前より良好なくらいだ」
そう、吐き戻す事こそあるが俺の身体機能は一切損なわれていないどころか今尚向上し続けていると言っていい。壊れれば壊れるほどに反比例して覇気が、活力が、あらゆる機能が増幅しているのだ。それに
「今俺が抜けちまったらマジでバラけちまう。…それだけはダメだ」
今現状離脱者を出すことは中田さんの死に対して疲弊してるアイツらを余計に追い詰めることになりかねない。特に綾崎と久遠、あの二人は特に弱っているだろうから。
「わかりました…。しかし限界だと私が判断した場合は玖城さん、貴方の四肢を折ってでも静止させます」
「……ああ、それでいい」
いや良くないが?しかし実際そうするだけの理由はあるだろう。ならば俺がそれを頭ごなしに否定して拒否するのは宜しくない。
しかし今ので完全に二度寝の選択肢は気分じゃなくなった。外の様子を見れば季節柄の雨も降っていないらしい。気分転換に外の空気でも吸ってこようかな………。
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早朝の巌戸台の街並みを目的地も無く足を進める。先月初め程にも確か同じように歩いていた記憶がある。あの時はラボから学校へという目的が存在していたが。
しかし
「よぉ?着いてくるのは別に止めやしねぇが、無言でってのはやめてくんねぇか久遠」
振り返り相手を、久遠を見つめる。俺が寮から出た時には既に外でなにかしていたのだろう、いつの間にか後ろに居た時は少し驚いたが全く話しかけてくる気配もない。
「…………………はぁ」
返事がないので溜息しか出ない。どうしたものかと頭を捻っていると相手との距離が異様に近いことに気がつく。
「おいくお「ちょっと胸貸せ」ごふっ」
宣言通りの箇所に鈍く思い衝撃が走り後ろに倒れかける。見てみれば俺の胸の中に久遠が頭を置いていた。
「おい」「黙れ」
有無を言わさずとはこの事か。え?なにこれ?肩でも抱きしめたらいいんすか?
「変な気起こすなぶん殴るぞ。大人しく壁になってろ」
「うっす俺は壁です」
しかし凭れかかるのならマジでそこらの壁にでもやってて欲しいのだが、まぁそれだけでは無いのだろう。
そのまま3分ほど言葉もなく胸を貸し続けていたら久遠の肩が震えているのが目に入る。
「私は…弱いな………私がもっと…もっと強かったら姉さんにも頼ってもらえるし、中田だって…紗菜だって守れたのに……!!」
嗚咽混じりに弱い言葉を吐露し出す久遠。無理もない、こいつが中田さんとどんな関係だったか俺は知らないが本当なら名前で呼び合う間柄だったのだろう。
コイツは性格的に敵が多い。距離をとる為に彼女の事を苗字で呼び親しくないように見せていたんだろう。
きっとこういう時、俺が出来る男だったなら慰めの言葉の一つ二つでも掛けて居たのだろう。然し俺はそれが出来ない、やる資格の無い存在だ。そもそも昨日コイツと綾崎の言い合いを止めたのでさえ役違いと言えるだろう。
中田さんの死を受けて尚何一つ感じることの出来ない俺がコイツらを止めたり諌めたり慰めたり励ます?そんなことをするのは紛れもなく彼女やコイツらの繋がりに対する冒涜に他ならない。
だから今はただ愚痴や弱音を吐くための壁に、都合のいい集音器に徹するのが俺に出来る唯一の行動なのだろう。
本当にそうか?
そうやって一つ退いて立っているから、俺はこいつらのことも彼女の事も分かれないんじゃないのか?そんな自問自答を繰り広げそうになった瞬間、胸に伸し掛っていた久遠の重さが消え代わりに二つ、手の感触が伝わり身体を押し退けられる。
「悪ぃ、変なことに付き合わせた…」
「いや別に……」
何やら微妙な空気が流れる。こういう時よくある漫画なら互いに顔が赤かったりするのだろうが、俺達の表情にはなんの変化もない。
まぁ当たり前の話だ、俺達は仲間になって色々と共有するものもある。背中も預ければ互いに支え合うこともある。然しそれだけ、信用信頼と親愛恋愛はイコールにはならない。
これは俺と南雲の関係もそうだ。普段の生活では巫山戯あったりしていてもその内情は互いを常に睨み牽制し、何時でも仕留めれる様に刃を研いでいる。
それ程に顕著でないにせよ、俺と久遠もまたそれと同じで互いに互いを嫌厭の対象として捉えている。以前俺に対してコイツは露骨にする程の嫌悪対象では無い言ったが、それでも相性が悪いのは共通の認識だろう。
それでも辛い時に寄りかかってくる程には知れた仲になったというのは随分な歩み寄りだと思う。然し歩み寄っていてもまだ、俺達の間に互いを慰めたり励ます様な行動を容認する程の繋がりは無い事には未だ変化は無い。
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久遠と別れ暫く歩き続ける、時刻は7時を回ったところだ。朝の散歩コースを巡る御老人達も切り上げて帰宅を考える頃合に俺は長鳴神社境内奥、子供が遊ぶ用の遊具の傍にあるベンチでぼんやりと空を眺めている。
ゴールデンウィーク明け初日の夜、ここで魔術師と女教皇の大型シャドウ2体との戦いがあったがその際の痕跡はもう既に修繕が施されている。拝殿に刻まれた筈の傷等も修復されていることから桐条、というかシャドウワーカーには土木系統を専門とする部隊があるのかもしれない。
「分からんけど」
あったとしても会うことは無いだろう、思考を締めくくり再び意識を空に向ける。晴れているとはいえ季節的に雲が多く出ている。今夜辺りに振り出すかもしれないだろう空模様を目に映し続けている中ふと足音が俺の前で止まる。
「お兄ちゃん!……あ…」
そんな声の主を見る。だいたい小学高学年か中学生当たり歳頃と思われる女の子が立っていた。お兄ちゃんということは兄貴とハグれた妹かなんかだろうか?
「ごめんなさい、人違いでした…」
「いや…」
気にしなくていいと言おうとしたが何故か引っかかった。俺と人違いを起こすような人物、それが仮にこの子の兄貴だと言うのは……まぁ流石に無理があるだろう。この子は俺と似ていない、その兄貴だとしても義兄などの例外はあれど流石に見間違えるような類似性は無いだろう。
なら雰囲気が似ているのだろうか?それならばこの子が俺と兄貴(仮)と間違えるのも可能性としてはないこともないが、その雰囲気そっくりさんには一人だけ心当たりがあった。
「……有里「お兄ちゃんを知ってるの!?」
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纏めるとこの少女の言うお兄ちゃんとは有里湊の事らしい。5年前、彼女がまだ小学生の時に彼とここでよく遊んでいたと言う。小学生と仲良く神社で遊ぶ高校二年生って冷静に考えると結構怪しい、有里はロリコンだったのかもしれない。
「懐かしいなぁ。その当時私のお母さんとお父さんが離婚するってなってて、私が嫌だってごねて泣いてる時にお兄ちゃん…有里さんによく励ましてもらってた。まだ五年前なのになんだかとっても昔みたいに感じる」
まだ中学生である彼女だが、語る姿は俺とそう変わらない。いやもしかすれば少し先を歩んでいる様にも見える。
「大きくなったら結婚しようねなんて、今考えると恥ずかしい約束もしてたなぁ」
有里氏は大変大層なロリコンだったやもしれぬ。
「だから私、遠くに転校してたけど。お母さんと相談して許してもらって月光館学園の中等部に進学することにしたの。好きじゃない勉強も凄く頑張って、寮生活も大変だけどみんなに助けて貰って。でも」
「……」
「でも有里さんとは会えないんだなって、5年も経ってたらもうあっちは22歳になってるから会うこともないんだなって、そう考えて歩いてたら」
「似てる俺が居た?」
彼女は言葉で返すことなく頷いてきた。両親の離婚という形でこの街を離れた彼女がここに戻ってきた理由はよく理解出来た。だからこそ現実の残酷さに身が震える。俺が彼女に伝えなければいけないのかコレを?幼少期の輝かしい記憶を殺す様な事実を俺が言わなければいけないのか?
いや、俺しか居ないんだろう。彼女の話の中に有里以外の名前が無い以上、きっと他の誰も彼女と面識は無い。だから俺だけが、事実を知る中で俺だけが彼女と関わりを持ってしまったのなら
俺が告げるしかないのだろう。夢は覚めるもの、何時までもその微睡みの中には浸っていられないから
「死んだよ。そいつ」
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午前11時、巌戸台寮一階ロビー
「あ、おかえり玖城──ってどうしたのその左頬」
「駅の階段で足滑らせて手すりにぶつけた」
事実を言えばぶん殴られた、先程の少女にだ。そりゃそうだろう、自分の初恋の人が死んでいる事を淡々と語られたら誰でもキレる。
だからコレは俺が悪い、しかしコレでいいとも思っている。少々荒療治ではあるが、あれ程ハッキリと事実を叩きつけられれば否が応でも現実に向き合うことが出来るだろう。
心配する天田を片手を挙げて制すればソファーに深く腰を沈ませて天井を見る、ストレートに言い過ぎたので自暴自棄になられて無ければいいが。
「とりあえず氷嚢取ってくるよ」
「ん、頼むわ」
女の、それも3歳程年下の拳でありながら天田にそこまで心配される程の見た目になっているのだろうか?彼女はなにか格闘技をやっているのかもしれない。まぁ
「もう会うこともないだろう」
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6月15日 午後6時ロビー
ムーンライトブリッジでの戦いとその後のいい争いから丸一日と半日が経過している。然し寮内に漂う空気は未だ晴れて居ない、換気してもこればかりはどうにもならないだろう。南雲でさえ相変わらず口を噤んで…あん?
南雲がなにか口を動かしている。声を出さずに何かを伝えようとしているようだ。
(おい、いい加減この空気はウザイぞ)
いや俺に言うなよ。つかそもそも
(お前みたいな不感症どんな環境で居ようとも変わんねぇだろ)
(ばっか、不感症って別に心を殺したキラーマシーンのことじゃねぇんだぞバカ)
(お前がバカ)
(お前はもっとバカ)
互いの睨み合う視線がぶつかり合う。普段の空気ならばこのまま取っ組み合いに持ち込むところだが、向こうも俺自身も今の空気感でやる程空気読まずではない。
………………………………………………
「うんがぁぁあああああああああああああああああああああああああ!」
唐突な大声に寮内の全員が目を見開く。特に俺はそれに大きく反応して椅子から転落する。イッテェ、尾てい骨にまで響いた…。
俺含め皆の目線がその大声の主、綾崎に向けられる。声の勢いそのままに立ち上がればそのまま久遠の真正面まで歩み寄れば
「昨日はごめん!私凄い馬鹿だよね、幾ら紗菜が死んだからってそれで冷静じゃなくなってなんも悪くない冬祈に八つ当たりしてさ…ほんとダメだよね。
それでこんな雰囲気にしちゃって」
「いや…」
綾崎の謝罪に面を喰らいつつも立ち上がり両肩に手を置く久遠。
「私も…、私もあの時は焦り過ぎてて、自分の弱さ加減を棚に上げて偉そうなこと言った。本当は誰よりも…っ…誰よりも弱くて、一番クヨクヨしてるのに…ごめん…っ、弱くて、なのに八つ当たりもして…」
そのまま膝から崩れ落ち綾崎に縋り付く様に泣き始める久遠。その様子を見て感じるものがあったのか、天田や栂和さんも目を潤ませている。
皆感じていることは同じなのだろう。中田さんを助けられなかったことへの後悔と自身の弱さへの憤慨。感情が渦を巻いてぐちゃぐちゃになっているからこそ、実の所心情を爆発させた二人の行動は大きい。皆が今一度自身を振り返り何を行うかを再確認を行えるきっかけになったのだろう。
しかし
「と、最後は涙と共に熱い友情を築き前に進む覚悟を決めた僕達私達って奴か?まぁ雰囲気重かったし、結果としちゃいいけど其方さんはどう思うよ?」
そんな輪の中に混ざれない面子も残念ながらこの中には居てしまう。俺もそれであり、今軽口を述べた南雲もそうだ。そしてもう一人
「どうと私に問われても困ります。きっと冬祈さんや綾崎さんにとって中田紗菜という人物はそれ程にでかく、天田さんや栂和さんにとっても決して影響の少なくない人物ではあったのでしょう。しかし私にとって彼女はそんなに大きな存在では無いですから」
テレジア。コイツもまた俺と同じように中田さんの死に対して何かを思うことの出来なかった側の1人だ。更にこいつは機械仕掛けの乙女、幾分か人間らしい部分があってもやはりこう言った事柄に対する感心は薄いのだろう。
同じ機械仕掛けのラビリスは人間味が濃く、今綾崎や久遠をまとめて励ましている。この点を見てもやはりまだテレジアは機械としての色が強いのかもしれない。
「冷たいねぇ、まぁ機械に人情を理解しろって方が無理か」
肩を竦めてテレジアへの興味を失せさせる南雲。テレジアから南雲への当たりが厳しいように、南雲からテレジアに対する当たりも相応に厳しいものになっているのだろう。
そして次に南雲が視線を向けたのは、まぁそうだろうな。
「こっち見んなインポ」
「そう邪険にすんなよ大将」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべて俺を見る南雲。その顔を見ていると夢に出たあの蛇の顔を連想され余計に腹が立つ。
俺とて確かにコイツら同様に蚊帳の外に立ってしまっている一人だ。
「……俺は」
今の俺には分からない、然しこのままでいいとも思っていない。だからこそ俺は
「…もう少し彼女と話してみたかったと、少し後悔してるよ」
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「うん、それでいいと思うぞ。実にいい傾向だ」
その言葉が耳に届いて意識がはっきりとする。いやこの場合夢の中で意識が鮮明になっているのだからはっきりは語弊があるか。
ゆっくりと目線を前に移せばそこに居るのは自分とそう変わらない年頃であろう人物。一見女かとも思ったが、立ち姿や雰囲気からおそらく男性なのだろうことを把握する。少なくとも蛇でもなければ白い知の男でも無い。ましてやあの荒んだ人相の悪いヤクザの様な戦士とも別の存在だろう。
少なくとも俺はまだこの人物に相当するペルソナを目覚めさせていない筈だ。だと言うのに態々覚醒を待たずに俺の前に現れたのだから随分暇なのだろう。
「そりゃまぁ生きてないから暇ではある。っとそんなことはどうでもいいんだよ。重要なのは死んだ相手を死んじゃったねで終わらせなかった事に意味があるんだぜ?」
人差し指を俺に突き出してくる。若干上目遣いで見てくる姿に深くにも動悸を覚える、不覚にもときめいたのか男相手に……。
「俺の美しさはそこらの女の比じゃねぇから恥じるなよ。それにお前は大きな一歩を踏み出したんだ、誇りに思っていい。」
おそらく知れないと諦めていた事を知りたいと、中田さんを最も知るべきだと考え出した事を言っているのだろう。
「蛇や白いのの言葉による影響もあるにはあるんだろうけど、それでもそう思う事は間違ってない、いつかそれがお前にとってかけがえのないものに変わるはずだ。だからその気持ちを決して忘れるなよ?」
そう言い切れば踵を返して離れていく。おい待て、言いたいことだけ言ってさよならってかコラ。
「お前自身言ってたろ?俺はまだ本来お前の中には居ない存在、余り長くいてもいいことは無いんだよ。それに」
再びコチラを向く。そうして見えたその表情に俺は思考が吹き飛ぶ。死神タイプなど、赤子同然と錯覚する程の威圧感。
「顔とか含め何も知らなかったけどけど分かるんだよ。それがここに居るお前自身じゃないにせよ」
身体の震えが止まらない。未だかつて無い近さに感じる自身の死の際は夢から急激に覚醒を促すには充分に過ぎる。視界が霞み男の顔も声も認識できないレベル迄至っていたと言うのに。
俺は
「自分を殺した相手の中に居るってのは、結構きついんだぜ?」
その言葉を聴き逃すことはなかった。
戦闘パートは無し。近頃ようやく夏の暑さが治まってきたので幾分か頭を回せる余裕が出てきてくれることを祈るばかり。
次回は夏休みに突入させれたらいいなぁ