PERSONA EPISODE of SHADOW WORKER   作:漆竜 黒鍵 

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 6月16日

 心臓が痛い。爆発するのではないかと思うほどに強い脈動に睡眠が遮られる。刈り取るものと戦った時でさえこれ程の恐怖は覚えはしなかった。
 一か八か、九死に一生などという生易しい領域ではない。まるで心臓に直接銃口を突きつけられた様な逃れようのない絶対的な絶命の気配、あれ程の殺気を俺とそう年格好の変わらない様な奴が発揮できるものなのかと戦慄する。

 ベッドには冷や汗が多量に染み込み、再度入眠することは不可能だろう。あのまま夢の中に居たら俺はどうなっていたのだろうか。現実と差を感じない程の夢は最早現実と同義という。そのダメージが肉体に来るか脳に来るかの違いしか無く、あのまま行っていたら脳が生きることをやめて本当に……。

「…………いや」

 忘れよう。あれは限定的に俺の中に現れただけだと言った。ならば今しばらくは再びアレと夢で会うことはないだろうから。

 そう締めればベッドのシーツを剥がし洗濯カゴに乱雑に入れる。朝からやらなければいけないのは億劫だが、今から洗濯すればこの梅雨の季節でも帰宅する迄には取り込めるくらいには乾燥しているだろう。


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 巌戸台寮内、洗濯機フロア。

 洗剤や柔軟剤を適当に放り込みシーツなどを洗浄していく。層の回る音を耳に入れながら備え付けの小型テレビで本日の天気予報を眺める。ロビーのモニターのような大型では無いが、洗濯中に眺めるにはこの位のものの方がかえって適切だと思う。

「…今日は昼から雨か」

 なら屋上で干すのは不可能、とするとここで乾燥機まで掛けた上で部屋干しするしかないかと、そんなことを思っていれば後ろに人の気配を感じ振り向く。

「おはよう玖城」

「ああ、綾崎か」

 目が合えば挨拶をする綾崎に片手を上げて応える、こんな時間にコイツが起きてるとは思わなかった。

「いやぁなんかあの後興奮してて寝付けなくて、寝ては起きて寝ては起きてで」

 まぁ昨日の件を考えればわからんでもない。

「いやぁ、ご迷惑をお掛けしまして」

「いや別に、集まりってのはぶつかり合いは起きて当然だろう。俺達のように命を張るのなら尚更、だから迷惑とは思ってねぇよ俺はな」
 
 ああいった場面で真っ直ぐに詫びを入れれる人間は少ない、素直にこいつの事を尊敬したいと思った程だ。
 少なくとも俺がこいつの立場だったなら間違いなく出来ないだろう。

「そっか…うん、ありがと」

 そんな思いを察したのかはわからんが、少し照れくさそうに笑って洗濯を開始する綾崎。互いに層の回転の終わりを待つ間は隣に座って待つ。
 普段なら何かしら話を持ち出す綾崎だが今日は妙に静か、まぁ無理もない。中田さんとは特に仲が良かった印象がある、そんな相手を失ったのだから当然の反応。むしろこれでよく昨日の様な行動を起こせたものだと感心する。

「強いな、お前は」

「っ………嫌味か貴様ァ〜?デュクシデュクシ!!」

 眉間に皺を寄せて俺の脇腹に手刀をねじ込んでくる、小学生男子かコイツは!!

「強かったら紗菜を守れた、なんて言わないけどさ。強いなんて言われるほど大層な奴でもないよ私は。だからさ、そんな甘やかしは欲しくないんだ。今のままじゃなくて、ちゃんと強くなって行きたいから」

 笑いながら語るその目は少しだけ潤みを帯びている。彼女自身もやはり弱い部分はある、他の奴より上手く隠せるだけだ。

 だがそれでも俺は思うことを辞めないだろう。俺達のなかで精神的に一番強いのは、きっとコイツなんだろうと




春の終わりと夏の入口。

 

 同日午前9時、月光館学園講堂。

 

 壇上には献花台が設けられ、不慮の事故での死亡として扱われている中田さんの遺影が多くの花と共に供えられている。校長が何やら色々なことを話しているが、それをまともに聞いている生徒は少ない。

 

 唐突な友の死に涙を流すもの、ただ粛々と偲ぶもの、特に何も感じずにいるもの、他にも色々な者がいるが大まかにはこんなところだろう。

 それは我が1年F組でも変わらず、思うも居れば思わぬも居る。しかし皆どこか浮き足立っているようにも思えた。

 

 自分と同学年の一人が……。というのは個人差はあれど確実にその心に微量の揺らぎを及ぼすということだろう。

 F組でさえこれだ、中田さんの居たE組なら更に強い影響を受けているだろう。

 

「先週まで一緒に過ごしてたやつがいきなり……だもんな」

 

 誰に言った訳でもない呟き、思ったよりも周囲に響いていたのか数人の目がこちらに向く。まぁ別分何か良くないことを言ったわけでは無いのですぐに視線は外れていく。

 

 当分この空気は晴れないだろう。

 

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 浮き足止まぬ雰囲気の中でも学業というものは止めることはできない。特に迫っている定期考査という行事は人1人の死があったとしても中止という事はありえないだろう。

 

 7月7日

 

「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします!!!!!!」

 

 あの献花式から早いもので3週間が過ぎ、本日から一学期の定期考査がスタートする。

 尚、期末考査と打たないのには理由がある。

 

「おい綾崎、そんな笹にテストのことをお願いしてももうどうにもならねぇぞ?」

 

「うっさい玖城!!はぁ…お願いします織姫様彦星様!!どうか!!どうか私のテストに奇跡をぉおおお」

 

 ダメだこいつ……もう手遅れだ。

 

「でも綾崎ちゃんの気持ちは分からないでもない。去年はまだ中間と期末で別れてたけど、まさか今年から高等部の定期考査が中間期末合併になるとは……。

生徒会と職員間での会議の議題にも出てたからもしやとは思ってたけど、俺がいる間になるとは…」

 

 栂和さんの脱帽的な笑いを聴きながら俺自身も肩を竦める、これが定期考査と打った理由。

 2014年度から月高のテスト様式を変更、名称ズバリ学期総合考査となった。

 

 故にこれまで以上に常日頃の努力が問われる地獄のテストになったというわけだ。

 

「あの、そろそろ行かないと遅刻するけど…」

 

 天田のその一言をもってこの喧騒を断ち切るべく、俺は綾崎の襟を掴んで無理やり通学の路につく。

 

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 7月7日 一学期総合考査 1日目

 

 この問題は見覚えがある。

 

 飛鳥時代に活躍した偉人聖徳太子が中国、当時の呼び方だと隋の国へ使者として向かわせた人物の名前を答えよ

 

 …………小野妹子……これは正解の予感がする!

 

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 7月8日 一学期総合考査 2日目

 

 この問題にも見覚えがある。

 

 誤用単語に関する問題です。失笑の正しい意味を答えよ

 

 …………………思わず笑ってしまうこと……これは正解の予感がする!

 

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 7月9日 一学期総合考査 3日目

 

 この問題もまた見覚えがある。

 

 高床式倉庫には柱と倉の間にとある仕掛けが施されていました。その仕掛けの名称を答えよ。

 

 ………ネズミ返し……これは正解の予感がする!

 

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 7月10日 一学期総合考査 4日目

 

 この問題……どこかで聞いた気がする。

 

 10月~11月に摘採されるダージリン紅茶で、1年で最も甘みが際立つのが特徴。

 秋の涼しい気候でゆっくりと熟成した茶葉は、甘く濃厚な味わいを持ち、フルーティな香りを感じさせる。

 また、他のダージリン紅茶に比べて渋みが少なく、飲みやすいとされているダージリンの名称は?

 

 ………オータムナル……これは正解の予感がする!ありがとう、みつ姉!!

 

 

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 7月11日 一学期総合考査最終日

 

「んぁぁぁ………」

 

 登校の中永遠にそんな呻き声を漏らす綾崎を無視してモノレールに揺られる巌戸台寮の面々。天田や久遠は特に表情に出してないが、おそらく順調なのだろう。

 栂和さんは鼻歌混じりで吊革を掴んでいる。おそらく今回も2年生では上位組に食い込むだろう。

 テレジアは何か緊張しているように見える。やはり初めての定期考査というのはドキドキするものなのだろう。

 

 まぁ問題はコイツだろう。

 

「なんだよ?そんなじろじろ見んなよ」

 

 南雲…そういやこいつが真面目にテストを受けているのを見た記憶はない。

 テスト自体は受けているらしいが、どの程度の学力があるのだろうか……いや。

 

 

「人の心配や予想よりも自分のテスト…だな」

 

 

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 同日 一学期総合考査 最終試験

 

 

 

 

 …………まぁこんなところだろう。そう胸の内で締めくくり筆記用具を机に置く。

 

 周りからまだ筆を走らせる音が響く中、そっと窓の方を見る。あまり堂々と首を回してしまうとカンニングと判断されかねないので視線だけを動かす。

 

 ついこの間まで春の陽気や梅雨の煩わしさがあったと思ったが、もう夏らしい強い日差しと蝉の鳴き声が響いている。

 

 もう夏なのか…早いなぁ……。

 

 

────────────────────────────────

 

 

 「終わったぁー!」

 

 最終試験が終了した瞬間、隣の席の雨瀬が叫ぶ。相変わらずこいつは賑やかだな。

 

 「しかし今回からテストが中間期末合併っていうのはさすがに驚いたよ」

 

 「ほんとにね…あー、私ヤマ外したかも…」

 

 倉橋君、緒方さんとF組いつもの面子が揃ってくる。そこにテレジアが加わりつつ、久遠も机に座ったまま頬杖を着きつつも別分離れようとしない。

 少しはこいつもクラスに打ち解けてきたのだろうか…?

 

「で?玖城はどうだった?順調かね?」

 

 挑発的な顔で雨瀬が覗き込んでくるが、手で押し退ける。

 

「別にこれといって戸惑う部分はなかったよ。まさかダージリンの問題が出てくるとは思わなかったが」

 

「あれは俺も驚いた。とりあえずアールグレイって書いといたわ」

 

「あー…倉橋くん外したわ」

 

「マジか…」

 

 そんな話をしているとふと雨瀬が立ち上がる。

 

「打ち上げ行こうよ!テストお疲れ様ってことで、E組の綾崎ちゃんとかも誘ってさ!」

 

 ふむ…と頬杖を着いたままの久遠をみる。

 

「…あ?…ちっ、まぁ私も暇だし、今日くらいは付き合ってやるよ」

 

 その言葉に雨瀬の顔がぶわぁっと明るくなる。ついに久遠が雨瀬にデレた瞬間だった。

 

 

 

──────────────────────────

 

 ポロニアンモール

 

 先程までのメンバーに綾崎と天田、南雲が合流し、その足をここへ向け··········あ?

 

「·····なんで居るんだよお前?」

 

「俺だってE組だぜ?」

 

「キャラじゃねぇだろ·····?」

 

「誘われたのに断る理由もねぇだろ?」

 

「天田ぁ··········」

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ……南雲君だけ除け者にする必要も無いかなって」

 

 仲間だし、とまでは口に出すことはなかった。雨瀬や倉橋君、緒方さんは俺達が何をやっているのかを知らない。そんな3人がいる場でシャドウワーカーの話など必要ないだろう。

 

「問題起こすなよ?」

 

「保証しかねる」

 

 こいつほんま………はぁ…。

 

「ねぇ?玖城って南雲くんと仲悪いの?」

 

「さぁ?別に相性最悪って感じでもなさそうな気がするけど、寮でのやり取り的に」

 

 雨瀬と綾崎のひそひそ話が耳に入り込んできて非常に遺憾極まりない───っと

 

「失礼…って、あ」

 

「ァ………ァァ…」

 

 ぶつかりそうになった相手を寸前で避けたものの、相手から聞こえてくる呻き声。それがどういう相手なのか簡単にわかってしまった。

 

「無気力症……最近また増えて来たよね」

 

 緒方さんの言葉に場の雰囲気が沈み込む。学校からここまでの間でもゼロだった訳じゃない。しかしこうも目の前に現れてしまうとどうしてもその存在を無視できなくなる。

 

「俺5年前からここに住んでてさ、その時に比べたらまだ少なく感じるけど…あんまりいい気はしないな…」

 

 目を逸らす倉橋くんをきっかけに俺たち全員の視線がポロニアンモール全体に向けられる。

 確かに表でこの症状になっている人は少ない。しかしベンチ裏、噴水の横、路地裏…、目を凝らせば至る所に虚ろな表情をした彼ら彼女らが居る。

 

 正直言って怖いくらいに生気の抜けたその顔は夢に出てきそうな程に気味が悪い。

 

「………私から誘っておいてあれだけどさ…やっぱりカラオケ今度にしよっか…なんかちょっと」

 

 気まずそうに言う雨瀬の言葉だが仕方の無い話だ。これを見た後に呑気に楽しめるほど、やはり俺達はまだ人の生死に対して鈍感になれてはいないということだろう。

 

 

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同日 夜 巌戸台寮

 

「みんな流石に忘れてないと思うけど、明日はまた満月やで?」

 

 ラビリスのその言葉に寮内の雰囲気が沈み込む。脳裏に思い出されるのは先月、満月に現れた女帝と皇帝、それら2つが融合した愚者のシャドウと中田紗菜の死。

 

……………………………

 

 「失ったものは戻らない。今私達が、生きている私達がやるべき事はその亡くしたものに縛られて共に死ぬことじゃない。そうでしょ?」

 

 真千琉さんの言葉に全員の頭が上がる。正論だ、無慈悲な程に。しかし以前のように憤ることは無い。差はあれど俺達は全員前を向いている、故に

 

「勝とう、明日を生きる為に」

 

「臭ぇ」

 

 ………………………………………殺すぞクソアマ

 

 せっかく真千琉さんが最後に締めようとした言葉に対して妹のお前が臭ぇって言うなよバカ。そういう思いを込めて久遠を睨むが、当の本人はそんな視線を気にする気がないらしい。

 

 だがその表情は誰よりも覚悟の籠った強いものだった。

 

「………ま…まぁ、今日は明日に備えてゆっくり休もう。そして明日の夜作戦決行だ。テスト明けで少し怠いかもしれないけど、今回は私も参加するから。が、頑張ろー……はぁ、何か締まんないな…」

 

「でもこの雰囲気、5年前の時もこんな感じだったから懐かしい気持ちです」

 

「だーあまぁ、また五年前かよぉ?そんなに五年前のあの人達がいいならあの人たちのとこに行きなさいよ!俺もう知らないんだからァ!この二股野郎!」

 

「な、南雲君!?べ、別にみんなとあの人達を比べてる訳じゃないよ!?ちょっやめ、凭れないでってば!」

 

 天田にダル絡みを始める南雲、それをきっかけに張り詰めていた寮内の空気がより軽くなる。

 

 

────────────────────

 

「…今回も勝てますかね?」

 

 ボソリと呟くテレジア、その言葉は隣に座っていた俺だけに届いていた。

 

「さぁな…俺らの戦いに絶対の保証はない。だが誰も勝てないと思って戦いに行かねぇさ。」

 

「……………」

 

 こういう時にどう言ってやればいいかなんてガキの俺には分からねぇ。でもそんな俺でも一つだけ言うべきだと思うことはある。

 

 

 

「もう誰も、誰にも失わせねぇ、誰一人として取りこぼしてやるものか」

 

 

───────────────────────────────

 

 7月12日 早朝

 

「………ん?」

 

 満月当日、天田や大人達はみんなこの日に大型シャドウが現れると確定させている。無論5年前の経験から来る信頼性の高い情報だろうが、やはり今しか知らない俺たちにはいまいち曖昧な話として受け取ってしまっている。

 

 俺たちにとっては先月のシャドウ共が初めて満月に訪れた奴らだ。まぁそれが確かかどうかは今日ハッキリとするだろう。

 

 作戦決行とされている零時まで18時間程度……それまで何をして過ごそうか……

 

 

─────────────────────────────────

 

 同日8時 巌戸台商店街 表エリア

 

 作戦開始までの猶予の中、適当に時間潰しを探す。こういう時は本の立ち読みでもしてみるのも悪くない。

 コンビニ…は最近立ち読み防止で封をしている冊子が増えて暇は潰しにくい。そんな時漫画喫茶というのも一つの手だが、ああいうところは万人受けを狙って人気作や有名作ばかり置くことが多い。

 

 ん?

 

「本の虫?」

 

 古本屋か……そういやあるのは知ってるが今まで入ったことはねぇな。入ってみるか…。

 

 引き戸に手をかけて入店する。個人営業の古本屋って独特な香りがして俺は好きだな。カウンターには眼鏡をかけた御老人が一人……渋いなぁ…味があるなぁ。

 

「おや?いらっしゃいお客さん。カウンターか座敷、ぁーどっちが良いかの?」

 

「は?」

 

 前言撤回、おもしれぇ翁だ。味は刺激たっぷりの梅干し…いやガリ見てぇな感じだ。

 

「あらあらお爺さん、うちはお食事処ではなく古本屋ですよ」

 

「む?あぁ、そうじゃったそうじゃった。ワシ、古本屋の店主じゃったな、お客さんも失礼したのぉ」

 

「え、いや、別に気にしてないっす」

 

 奥からお婆さんも出てきてお爺さんに注意する。その雰囲気でふたりが互いに支え合ってここを切り盛りしているのがよく分かる。

 

「ではゆっくりしていってくださいね」

 

 お婆さんの言葉に甘えて棚に並ぶ背表紙に目を通していく。お、この本知ってる。昔小学校の図書館に置いてあったな…懐かしいなぁ………ん?

 

 ふと横から視線を感じて振り向けばカウンターにいたはずのお爺さんの顔が目の前にあったので思わず飛び退いてしまった。

 

「な、なんすか?」

 

「もしや…湊ちゃんかい?いやぁ久しぶりじゃのぉ!!」

 

「湊…?…や、人違い…」

 

「ありゃ?違うのかい?ワシゃぁてっきり、本を眺める横顔の雰囲気がそっくりだったもんでのぉ。」

 

「お爺さんもそう思ったんですねぇ…。私も凄く似てるなって思いましたけど、湊ちゃんだったらもっと大人になってますよ。最後に会ったのは5年前なんですから。それに」

 

 お婆さんの言葉で気がつく。湊…有里湊…ここでもその名前を聞くとは思わなかったな……。

 

「…嗚呼、そうじゃったな。あの子はもう死んでしもうたんじゃったな…。まだ若い高校2年生だったって言うのにのぉ…」

 

 …………ああ、このふたりは有里の死を知っている側なんだ。しかし俺はそんなに有里に似ているんだろうか?以前神社で会ったあの少女といい、元特別課外活動部の人達といい、やけに俺にその人を重ねる人が多い。

 

 …………気になる…。今度写真でも見せてもらうか。

 

「おにいちゃん、お名前はなんと言うんじゃ?」

 

「あー、玖城。玖城樹下です。樹林の樹に下って書いて『きつか』って読みます」

 

「ほぉ、樹下ちゃんかい。湊ちゃんに負けず劣らずいい名前じゃ。

 

ちと変わった読み方な気もするがの」

 

「俺もそう思います」

 

 親に聞かせてやりたい言葉だよ。

 

───────────────────────────────

 

 同時刻 桐条グループ施設内トレーニングジム

 

 規則的に響く打撃音と鎖の軋む音、時間にして凡そ30分程続いている。

音の主である久遠は以前と同じように多くの汗を流しながらサンドバッグを叩き続けている。

 

「今日も精が出るな久遠妹」

 

 そこに以前と同じように声を掛ける真田は焼きまわしだと考えている。まぁ、今回も相手にはされないだろう。そんな風に考えていた真田だが

 

「アンタを待ってたよ、真田さん」

 

 その予想を裏切る用に動きを止め真田へと身体を向ける久遠がいた。

 

「どういう心変わりだ?ひと月前と違うことを言うとは」

 

「今なら聞けるってだけだ」

 

 中田紗菜の死か…。かつての自分もまた、幼馴染の死をきっかけに一つ進むことが出来た。ならばこの少女も…

 

「強くなりたい、もう失わなくても良いように強くなりたい。力だけじゃない、心も強くなりたい。自分の弱い所を隠すように周りに八つ当たりしなくていいように……でも、私にはその方法が分からない。他の奴らに聞いても多分参考にならない…だからアンタに聞きたい。

 

アンタと、前に言ってた私みたいな男の話を聞きたいんだ」

 

 頼む。と、その場で姿勢を正して頭を下げる久遠。そこには以前のような無闇矢鱈に強さを求めるだけの獣はいない。

 

「……………良いだろう、だがまずは今日の作戦だ。今から何をしても直ぐに物にはならない。なら少しでも休めて万全にして今日の戦いを勝て、そうしたら何でも聞かせてやる」

 

「…あざっす…」

 

 

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 同日10時 長鳴神社

 

 古本屋で老夫婦、北村夫妻と別れ1人神社のベンチに腰を下ろす。傍らには数冊の古書の入った紙袋、何冊か気になるものを見つけたのだ。

 

「旧約聖書…ね」

 

 以前の自分ならば決して手に取らないようなジャンルの表紙を眺める。然し今の自分にとってここに書かれているであろう内容は決して無視できるものではない。

 

「えっと…ソドムとゴモラ…だっけかな………あった」

 

 ソドムとゴモラ。創世記に綴られている古の都市。

天からの裁きにより硫黄と火によって滅ぼされる。また、悪徳や頽廃の代名詞としても知られる。

 ソドム、ゴモラと共にアデマとゼポイムが同時に滅ぼされる。

これら四の都市とツォアルを合わせた都市達は、創世記における「五つの都市」として知られ、死海周辺の低地に位置していたと考えられる。

 

 もう少し先か……ここだ。

 

 ソドムに居住していたロト。預言者アブラハムの甥であり彼自身も預言者とされる男。ヤハウェの使者をソドムの市民から保護した義人としても伝えられている。

 その後ヤハウェの使者より自分たちがソドムを滅ぼす為に来たことを伝えつつ、彼と彼の家族を逃げるように促し連れ出した。

 

 その後、ロト達がツォアルへと辿り着いた時にソドムに先程の天罰が堕ちる。しかしロトの妻だけはソドムに未練があり、振り返ってしまったがために天罰の光に晒され塩の柱と化してしまった。

 

 

「……塩の柱………」

 

 ここだ、この部分だけはどうしても見逃してはならないと思った。塩の柱となったロトの妻。そして、俺の宿しているペルソナの一つであるルシファー・影神の使う塩化の白光…。

 おそらくあの力の根源はこの伝承だろう。神への不義と裏切りを滅し浄化する裁きの光……ネツィヴ・メラー……か。

 

「…………」

 

 文字列から視線を離し隣を見る。そこには他にも買い漁った古書の入った紙袋。そして今まさにそれを物色していた女性の姿が目に入る。

 

「ひったくりっすか真千琉さん?」

 

「心外だなぁ?幼気な青少年が不純な冊子を購入してないかどうかの検査だよ玖城くん」

 

 殴りたいこの笑顔。

 

「へぇ、本の虫で買ってきたんだ。旧約聖書の解説本に、稀代の詐欺師、ドラキュラ公……変わったラインナップだね?」

 

「敵を知る前にまず自分からってな。古本屋にあった俺のペルソナに関係ありそうなのを買える範囲で買ってきたんすよ」

 

「なるほど…へぇ、色々考えてるのね。感心感心」

 

 うんうんと嬉しそうに頷く真千琉さんを放置して次の古書を手に取る。

 

「救世主列伝?」

 

「メサイア・影神だけ出典元がいまいち分からないんで。メサイア、つまり救世主って線から探そうかと、まぁ見つからねぇ気がするけど」

 

 メサイア・影神。同じように影神と名付いているルシファーよりも更に不明瞭なペルソナ。俺自身こいつとが一番付き合いが長いものの、その正体や出典元についてはなんの当てもない。

 

 悪を持って悪を駆逐する冥府魔道。そんな狂気と憎悪、怒りに塗れた救世主伝説など聞いた事はないし、あったとしても伝承にしていいような類のものとは思えない。

 だがペルソナとは心の具現。何時だったか誰かが言っていた。ペルソナとは心の海、集合的無意識に揺蕩う神話、伝承の偶像を精神が取り上げ読み込み外装骨格として具現化しているものだと。

 ならばこのメサイアにも元となった概念が存在している筈だと思うのだが

 

「まぁ、やっぱり載ってないか」

 

 在り来りな、モーセだとかイエスだとかムハンマドだとか覚者だとかが乗っているだけの本を紙袋へ戻しながら溜息が溢れる。いやこのラインナップに対してため息を着くのは罰当たりかもしれないな。

 

 そう思い本を閉じ再び紙袋へ戻す。その行動に被せるように一冊、というよりも束の資料が差し出される。

 

「なんスか?」

 

「私もメサイア・影神に対しては色々思うことがあってね、色々と調べてみたの。その中でふたつだけ今の君が知りたがりそうなものをピックアップしたつもり」

 

 その言葉が気になりその束を閲覧する。そこには5年前の記録……有里湊とそのペルソナ…

 

「オルフェウス…タナトス…そして」

 

 メサイア…か。んでこっちが……?なんだこれ?

 

「アフラマズダ?」

 

「ここ数年かな、ネットの裏掲示板とかで囁かれてる都市伝説みたいなものだよ。私も調べてる時にたまたま見つけてね。

 確か九大聖典とか何とか。でもまぁ出典元不明瞭記載時期不明、さらに綴られてる言語も古代文字だったり現代文だったり、落書きみたいのだったりで信憑性もクソもないネットによくあるデタラメ怪文書だろうって言われてるけどね」

 

「ゴミ渡してきたってことっすか?」

 

「違う違う、それはその九大聖典って呼ばれてるものの一冊目。で、その中に面白いものがあったの、驚くよ?」

 

 首を傾げる。何を言っているんだこのババアは·····、まぁ読むけど

 

········································?·····これって

 

「··········知ってる·····」

 

 そこに描かれていた一人の存在、それを自分はよく知っている。知らないはずがない。疑う余地もなくこの存在はメサイア・影神そのものだと解る。そしてその中に記されるその存在の名前は

 

「··········マグサリオン·····?」

 

 

──────────────────────────────

 

 同日16時 巌戸台寮屋上

 

 夏ということもありこの時間帯でもまだ日が高く、強い日差しが照り付けている。耳障りなセミの鳴き声と日本の夏特有の蒸し暑さが合わさることで最早屋外の不快さは日毎に増していく。今年も残暑が厳しいというニュースがよく流れること間違いないだろう。

 

「·························」

 

 今、作戦開始まで残り6時間を切る。それまでの間に各々準備は整え終えつつあるのだろう、寮内に皆の気配が集いつつある。

 

 

「·························」

 

 この炎天下の中であまり気は進まないが、少し目を閉じることにする。何時も向こうの都合で好き勝手言われるんだ、たまには俺の都合に合わせろ。

 

────────────────────────────────

 

 ???

 

「お前から呼び出すというのは珍しいものだな玖城樹下。なんだ?俺に聞きたいことでもあるのか?」

 

 いつか見たその顔を再び拝む。鋭く、常に怒気を帯びた眼光。総身から滲み出る桁外れの憎悪と呪いに今にも心が消し飛びそうになる。見れば見る程汚染されそうな程の狂気·····間違えようがない、メサイア・影神の根源である男だ。

 一束に纏められた髪を乱雑に振るい自分の背面に回すその仕草だけで俺をここから追い出しかねないほどの威圧を撒き散らしている。こんな化け物がなぜ俺の中にいるんだと、直ぐに問い詰めたい気分だがそこはどうでもいい。

 

「俺の中に居候してるんだ、家賃変わりに話くらい付き合えよマグサリオン」

 

「ほぉ·····」

 

 俺がその名を口にした瞬間、ほんの僅かに男の表情が変わる。相も変わらずの殺意と怒りだが、微量の感心が込められているようにも感じる。

 

「若いの、その名をどうやって知った?いや良い言わなくともな·····なるほど、久遠真千琉(あの女)が見つけたアレか。

 戦略級ペルソナといい、今回といい、思いの外良い導き手として立ち回っているらしい」

 

 恨めしいのか、それとも愉快に思っているのか、顔からは判断出来ないのでそこはどうでもいい話だ。しかしまるで今の言い方では知り得る方法がないと思っていたかのような·····。

 

「その通りだ若いの、本来ならその名前をお前が知る方法等あるはずが無い。それが可能な程俺とお前の時代というのは近しい時代ではないのだからな」

 

「どういうことだ?」

 

「そのままの意味だ、他意はない。千や万という極小数な時間ではない。億、兆·····垓でもまだこの壁は言い表せないだろう」

 

 ···············現実ではないはずなのに、微かに頭痛を覚える。何者なんだこの男は·····。

 

「··········まぁいい·····それより俺が聞きたいのはお前の力だ。俺が普段ペルソナで使ってるのと、あの資料で呼んだお前の記録では明らかに違いすぎる。俺はもっと強くなる必要がある。教えろマグサリオン、あの力はなんだ?」

 

「語る必要は無い。知ったところでお前では決して扱えん」

 

 さらに頭痛が酷くなる。なるほど、詰まるところこの痛みは俺の苛立ちを反映しているんだろう。扱えないだと?巫山戯るな。

 

「出し惜しみなんぞしたくねぇんだよ!良いぜ、そんなに焦らして来るのなら力ずくでテメェから奪ってやる!!」

 

 現実ではないこの場所で、あると思っていなかった召喚器を抜き顳かみに当てそして

 

「ペルソ───────     」

 

 視界が大きく回転してありえないものが映る。マグサリオンが携えた剣を俺が認識するよりも速く振り抜いた事実、そして···············あれは·····俺の·····身────────────

 

 

─────────────────────────────

 

 同日17時 巌戸台寮屋上

 

「────────っっ、うわぁぁぁあっ··········ぁっ、ハァッ··········ハァッ」

 

 その場で跳ね上がり直ぐに自分の首を確認する。斬られていない、繋がっている。諸共に飛ばされた右腕もちゃんとここにある。

 それを認識した瞬間凄まじい量の冷や汗が一気に吹き出る。死んだ、間違いなくあの瞬間死んでいた。まだあれが現実ではないとわかっていたから助かったのだ···············。

 

「···············くそっ」

 

 べっとりと肌に張り付くシャツを脱ぎ、そのまま寮の中に戻る。今からシャワーを浴びれば問題なく作戦には間に合うだろう。




 
本当はもう少し続けたいが、一度ここで区切ります。

情報量が過多な気がしたので、次話ではついに7月シャドウ戦になります。

そう、あれとあれです。
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