PERSONA EPISODE of SHADOW WORKER 作:漆竜 黒鍵
7月12日 影時間 巌戸台寮 4階作戦室
「突入部隊からの連絡…ありませんね」
寮内にテレジアの呟きが広がる。その呟きにその場にいる者達の目は自然と会議室にあるモニターへ移る。その中に玖城樹下、天田乾、綾崎凛、久遠冬祈の姿は無い。
「通信できねぇ状態なのかねぇ?」
南雲のそんな軽口に聞いた全員の表情が強張る。先月の大型シャドウのように強力な個体へ変容した可能性もある。4人だけで対処できるのだろうか…。
「やっぱりウチらも突入した方がええんとちゃう?」
「いや、場合によっては俺達も通信不可能状態になる可能性もある」
ラビリスの提案に否を渡す栂和、言うことはまさにといった所だろう。状況が分からない状態では今は待つしかないだろう。
「今は信じるしかない……」
そういう真千琉。しかし歯痒い思いが強いのだろう、強く歯を食いしばりその音が微かに響いている。
時は遡り 同日20時 巌戸台寮
「白河通り?」
「そ、白河通り。最近の無気力症発症患者、つまり影人間の多くはそこで見つかってるって話だ」
作戦開始まであと4時間となった。寮のメンバーは全員1階のロビーに集合している。俺も先程シャワーから上がればそのままそこにいることにした所この話だ。
しかし
「南雲、お前白河通りって何があるか知ってて言ってんのか?」
「知るわけねぇだろ。俺ここらに来てまだ3ヶ月弱だぜ?」
ですよね。ちらりと栂和さんを見ると目が合う。あの顔、え、俺が説明すんの?って顔だな。無言で俺が頷けばため息を吐く。こういう説明は年長者の務めでしょ、うん
「はぁ……南雲、白河通りっていうのは所謂ホテル街だよ。地域のクリーンアップ政策とかで数年前に比べて数こそ減ってるけど、今でもそういうのが多い地域」
「あぁ、要するにラブホ地域か」
「オブラートって知ってる君?」
「歌で声を震わせて歌うアレの事?」
「それはビブラートだろうが」
クソ、思わず突っ込んじまった。あのしたり顔腹立つ。
腹たっつァ!!
「白河通りでねぇ…一体何してたんだが」
「んなもんセックスに決まってんだろ。何純情気取ってんだよ不良少女───ごっ!?」
久遠の右ストレート、南雲の鳩尾にジャストミート、ナイスパンチ。痛みに疎い南雲でも呼吸器に影響する鳩尾は堪えるらしい、その場で蹲って立ち上がれなくなる。こいつ…この前の大型シャドウとの戦いよりダメージ受けてね?
「ふん……とりあえず白河通りで影人間が増加してるってことは、今回の大型シャドウと関連があんのか?」
「えっと、うんそうみたい。5年前の記録と照らし合わせると、ちょうど7月の満月の時も今みたいに白河通り付近で影人間が増加しとったみたいやね」
久遠の問い掛けにラビリスが手元の資料を閲覧しなが答える。ということはやはりあのデカブツ共は満月に併せて出現する。つまり今夜も
「アイツらが影時間を発生させる…って事だね」
綾崎の言葉に全員(南雲はまだ立てない)が頷く。おそらく零時ジャストにひと月前同様に訪れる戦いの時間だ。今回も犠牲が出るのか、それとも出ないのか、その結末は俺達の動き次第となるだろう。
「おっ……ごぉ…ぇ」
…………どんだけ鳩尾に深くめり込んだんだよ。
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同日 22時
「みんな集まってるみたいだね。それじゃ影時間が来る前にブリーフィングと行きましょうか」
寮の玄関を開き現れる真千琉さんとその後ろに続く山岸さん。それを合図に思い思いの場所で過ごしていた寮内メンバーは玄関脇のテーブル周りに集まっていく。ちなみに俺はソファーに座ると最近心地が悪いので厨房カウンター寄りの椅子を拝借する。
そうして全員が1箇所に集まれば山岸さんが口を開く。
「5年前と同様の順番なら、多分今回来る大型シャドウも二体。アルカナは法王と恋愛になると思います。
どちらも強力な精神干渉を得意とする個体だから、注意しないとね。」
精神干渉……そういやそういう系統のシャドウと戦ったことは無いな…。いやでも
「場合によってはペルソナの封印なんてことも?」
「無いとはいえないけど、少なくとも5年前の戦いの時には居なかったかな」
そうか……。
山岸さんに質問した俺に視線を向ける久遠。そりゃそうだろう、こいつは俺がした質問の意図を直に見ていた側だ。
5月の際初めて遭遇した大型シャドウ、それと対峙した時に俺の身に起こっていた異常、ペルソナ能力の封印状態。てっきりあの時の2体のどちらかと思っていたが……。
「シャドウからの干渉かはともかく、心に迷いがあるとペルソナが発動しないって言う事例はあるよ。良くも悪くもペルソナは精神から来る力、感情によってその出力も左右されやすいから」
真千琉さんの言うことは理屈としては理解出来る。しかしあの日に起きたあれはそんな類の異常ではなかったと思う。仮に疑う存在があるとするなら
────『君とは何か特別な繋がりを感じる。また会える気がするよ、そう遠くないうちにね』────
…………………。脳裏に蘇るあの日、あの朝にすれ違った炎髪。白衣に身を包んだ一人の女の姿。
あれもペルソナ使いだったと思う。もしかすればあの時の封印はあの女が……いや。今は作戦に意識を集中させよう。
「精神干渉型シャドウということを踏まえて、今回は部隊をふたつに分けたいと思う。まずは先行して内部調査、あわよくばそのまま撃破を狙う突入部隊。
そして突入部隊の状況に応じて援護、救援を目的とした待機部隊。メンバーは」
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同日 23時55分 白河通り近辺
真千琉さんによる部隊編成の結果、綾崎・久遠・天田、そして感知能力を備える俺による4人が突入部隊。残りのラビリス・テレジア・南雲・栂和さん・真千琉さんの5人(+コロマル1匹)と山岸さんは待機部隊となって寮からの支援という形になる。
「なんで待機メンバーの方が人数多いんだよ」
久遠、その気持ちはごもっともだが。
「仕方ねぇだろ?向こうは戦闘タイプじゃない山岸さんもいるし、エルゴだっていつ仕掛けてくるか分からねぇんだから。それに」
過去二度の大型シャドウとの会敵の時、奴らは現れる気配がなかった。
今思えば4月、俺が2度目の影時間に遭遇した時もシャドウと同時ではなく殲滅した後に現れている。
タルタロスに関しても奴らが内部に侵入したという話は聞かない、意図的にシャドウから距離を取っているのではないだろうかと思える程に。
戦いたくないのか、戦う必要がないのか、なんにせよ今回の大型が出現するであろうここに奴らが現れる可能性は低いと見積もってもいいだろう。故に
「攻めてくるとしたら待機メンバーのいる巌戸台寮か、シャドウワーカーの総本山である桐条のラボかってことだね」
締めの結論を天田が言ってくれたので、俺は楽に首を縦に振るだけで済む。桐条のラボには言うまでもなくみつ姉や真田さん、アイギスを始めとする元特別課外活動部という俺達以上の戦力が基本的に常駐している。
ならばあとは寮に対する防衛策を用意する段階、故に待機メンバーだ。
「私達のバックアップと同時に対エルゴっていう想定が根底にあるってことか、納得」
普段勉強面に不安の強い綾崎だが、こういう状況の飲み込みの速さを見るとやはり地頭は良いんだろうなと思う。
しかし
「……さっきから白河通りの方に何組もカップルが歩いていってるな」
俺の言葉が耳に入った途端黙り込む3人。羞恥心というか、呆れというか、とにかく色んな感情がごちゃごちゃになったようなビミョーな顔だ。カップル達が今から何をしようとしてるか、ガキと呼ばれる俺達とは言え一応16歳の高校生1年生という思春期、無知では無い。
……………ふむ
「………あと3分だね」
気まずそうに呟く天田、目が泳いで挙動不審になっている。
影時間で作戦行動という名目があるとはいえ男女2対2でホテル街に行くのだ、そりゃ挙動不審にもなる、男子高校生ですもの。
………ふむ
「………」
「………」
男子高校生ですもの。
「2人ともなんかソワソワしてキモイ」
「ほっとけ綾崎、男なんてそんなもんだ」
………ふむ
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同日 影時間
「はい、はい……そうですか、わかりました」
「山岸さんなんだって?」
天田が寮との通信を終えれば綾崎が声を掛ける。
「予想通り白河通りで反応を確認したって。だからこのまま4人で突入することになったから玖城、通りに入ったらどこから反応があるかは」
「わかってる、そこは俺の役目だな。」
言いながら召喚器を懐から取り出して手に持って見せる。山岸さん程でないにせよ、大まかの反応位置は解る。
そういやみつ姉も昔、山岸さんが参加する前は俺と同じように戦闘だけじゃなくて感知探索もやってたらしい。実はこの両立もある種の血筋ってやつなのかねぇ?
「メサイア・影神」
そうしていつものようにソレを召喚する。メサイア・影神、またの名をマグサリオン。どちらで呼ぶかと思案したが、その名を口にするのは少し腹立たしいのでいつも通りで呼ぶことにした。
ペルソナの名前としてはこちらが正しいのだから文句は誰も言うまい。
『無論文句など無い、言う必要も無いのだからな。身の丈に見合った力だろう、ならばまずはそれで進み続けろ若いの』
脳裏に過ぎるその声、いや文字列か…。ともかくその言葉が淡い頭痛を連れてやってきたので舌打ちで誤魔化す。
「どうした玖城?」
俺の様子を横目で伺う久遠、そりゃいきなり舌打ちしたら見るか。
「なんでもない気にするな。それより」
訝しげな目を向けてくる久遠の後ろ、その方角へそっと指を向ける。
「あっちだ、デカブツの反応を見つけた。行こう」
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白河通り ホテル PARADISE OF LAST
「………え、ここ?」
久遠の次は綾崎が俺に訝しげな視線を向けてくる。……見んなよ。そんな目で俺を見んなよ…。
「俺が行きたいとかじゃねぇからな?シャドウがこの中にいるんだから仕方ねぇだろぉが!」
「本当だろうな?」
「ガチだよ!!」
それでも尚疑いの目を向けてくる綾崎と久遠、こいつら後で〆る。
「ま、まぁとりあえず疑ってても仕方ないし「疑うなコラ」あはは……、とりあえず行こうよ。玖城、内部の案内よろしく」
「………おう」
天田の目線にも懐疑心を感じる……くそ、なんで俺がこんな役回りなんだよ……
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ホテル内部
「……こんな感じなんだ」
内装をまじまじと観察する綾崎を尻目に、俺はホテル内部の構造を避難経路案内板を見ながら把握していく。
「反応の配置的に最上階のこの1番でかい部屋だな」
「ならそこまで一気に行けばいいってことだな?」
特に言葉を発することなく首を縦に振る。屋内に大型以外のシャドウの反応は無い、であれば久遠の言う通りこの部屋目掛けて一気に駆け抜けていけば敵と御開帳という訳だ。だが
「反応がないだけで何処からシャドウが湧くかも分からねぇのが影時間だ。だから綾崎、ホテルの内装に目を取られすぎてウロチョロすんな」
「ンガッ!?べ、別にジロジロ見てないしっ」
まぁそういうことにしておいてやろう。何かを言いたげな綾崎を他所に既に歩き出している久遠、お前はお前で落ち着き過ぎてて逆に戸惑ってんのが透けてんだよ。尚これを口に出すと南雲同様鳩尾にストレートを喰らいかねないので思うだけに留めて追いかけて行く。
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最上階フロア
「……廊下には居ないね」
階段からそっと頭だけを出して様子を伺う天田。安全を確認出来れば階段途中で止まる俺達に合図を寄越して登ってくることを促してくる。それに従い廊下に出ればなるほど、確かに居ないな。
「感知で予めわかっちゃいたがな」
「信用してない訳じゃないけど、実際に目視でも確認はしておいた方がね。
場合によっては認識阻害できるシャドウだっているかもしれないし。それに」
それに、そうだな。エルゴのペルソナ使いが隠れている可能性も少ないだけでゼロじゃない。5年前にも敵対ペルソナ使いの中に感知を潜り抜ける術を持つ者がいたという話も聞いたことがある。となれば
「何事も最終的に信用すべきは肉眼ってことか」
「そういうこと」
頷く天田を過ぎればすぐにペルソナを召喚し、明確なシャドウの位置を探る。1階からここまで登る間にもしかしたらと思ったが……まだいちばんデカイ部屋に居座ったままだな。
「この部屋?」
部屋の前に立ち綾崎が軽く扉を叩く。シャドウからのはーい、という返事はない、したら怖いけど。
さて…それじゃぁ、まぁ
「行くぞ」
久遠の言葉を合図に全員の足が前に進む。扉を開く直前に巌戸台へひとつの通信を発する。
───「これより戦闘を開始する。しくじったらフォロー頼む」───
力強く蹴破られ開け放たれる扉。場合によっては利用者が後で泣くことになるかもしれないが、その考えは杞憂らしい。
影時間において俺達のように適性を持っていない生物は棺のようなものに変容し停止している。つまり利用者がいればベッドなり床なりに棺が鎮座しているのだろう。しかしこの部屋に棺はなく、代わりに
「こいつが今回の大型か」
ずんぐりとした人型とそれを後ろから抱くかのような女性のようなシルエット、それらがひとつに重なったようなシャドウらしい歪な様相を持つ個体が中央のベッド前に座し此方を伺っている。
「一体だけか……」
反応の波長からしておそらく法王タイプのシャドウだろう。今思えばここに建物どころかこの周辺地域に来てから、もうひとつの反応を俺はまだ捉えられていない。隠れているのか、それとも居ないのかは分からないが
「まずはコイツから熨す」
撃鉄が降ろされる音、視認したその瞬間から召喚器を引き抜きペルソナ召喚を実行する久遠。そのペルソナであるクラマテングが一息でシャドウとの距離を詰め、握る十拳剣を突き出し穿たんとする。が
「ちっ」
その鋒を遮るように式神人形を彷彿とさせる2体の従属シャドウが重なり受け止める。
「シャドウの連携?!」
「と言うよりはあの従属っぽいのも大型の一部って感じが近いかもしれねぇな」
驚く綾崎の言葉に訂正を入れる。反応上は変わらず三体ではなく一体、ということは今俺が言ったのが正解と見ていいだろう。
だが幸運な事に
「そっちが三体に見える構造でもこっちは4人だ、ざまぁみろ」
久遠に続くように綾崎と天田、そして俺もペルソナを召喚する。綾崎のオグニイェナ、天田のカーラ・ネミが2体の従属シャドウを排せばその間を2つの黒が、クラマテングと俺が今召喚したカズィクル・ベイが駆け抜けその刀剣爪牙を本体に叩きつける。
その胴体に深くめり込む十拳剣と闇の杭。手応えあり、そう認識した瞬間視界が大きく歪む。
「!?」「ぐっ…!」
同時に膝が折れその場に崩れる俺と久遠、頭が割れる様に痛ェ…!
そしてそれに呼応するように頭部を抑えもがき苦しむカズィクル・ベイとクラマテング。なるほど、つまりこれが法王の使う精神干渉か…!!
「うっ…ぜぇっ!!」
久遠が床に拳を叩きつける。それに重なるようにクラマテングの十拳剣がカズィクル・ベイと己を順に貫けば精神干渉が解除される。見た目はゾッとする行動だが、あれがクラマテングの使う異常回復スキル、アムリタの発動方法なのだから本当に
「趣味が悪い……」
「文句があるならもう治さないぞ?」
「うっす、文句無いです」
ゆっくりと立ち上がる。少々カズィクル・ベイではこのシャドウとはあまり相性が良くないらしい。であれば
「ペルソナチェンジ、ルシファー・影神!!」
カズィクル・ベイの姿が光の粒子に分解されれば再び凝縮。その姿を六の翼を翻す純白の人型、ルシファー・影神へ転じさせる。
ルシファー・影神が即座に攻勢に移る。六羽が眩い光を迸らせ室内を埋め尽くす刹那、黒点の発生。純白の悉くを蝕み腐らせるかのようなどす黒い焔が拡がり一息に法王へ駆け抜ける。
「腐り果てろ!デス──────?」
────デス………?俺は今なんと叫ぼうとした?
そんな俺の秒にも満たない疑問を置き去り伸びる黒炎の刃。直線状に走るそれを阻むようにして重なる二体の従属シャドウ。ダメか……?
「!?」
「嘘…」
俺の驚きと綾崎の吐露は同時だった。従属シャドウが朽ちていく、腐っていくというのが正しいかのように崩れ去っていく。口をついて出た腐り果てろという文句と同じ現象………何だこの力は…
上を、自身の背後に在るルシファー・影神を見上げる。メサイア・影神同様、どうやらこのペルソナにも俺の知らない面があるというのか?どいつもこいつも色々と出し惜しみしやがって……
「俺の中にいるなら家賃変わりに全部晒せっての………」
ほかの三人に聞こえない程度のつぶやきは従属を排除されて激昂したのか、法王の放つ咆哮に掻き消されていく。まぁなんにせよ、今この瞬間これが有用であるのなら存分に使うまでだ
「武器を構えろ!」
俺の言葉で全員が動く。綾崎の大鎌、久遠の大円月輪、天田の槍、そして俺のガンブレード、その全てに黒色の焔が灯る
「うわっ!?え、なにこれ?!」
「刀身にさっきのが、成程バフか」
「手に引火…はし無さそう。これならペルソナに頼らなくても」
「殴れるよなぁ!!」
全員の足が一斉に前に動く。四方より迫る俺達を見て、誰を優先するかに悩んでいるのか大きく震える法王。ノロマが
「総攻撃、行くぞ!!!!」
黒炎を纏った武器が一斉に振るわれる。胴体を、頭部を、四肢を、全身余すことなく殴り刻み穿つ。大鎌を遮ろうと伸ばされる腕の中程を大円月輪が横薙ぎにしへし折る。槍から逃れようと捩られた首をガンブレードが殴り飛ばす。
防ぐも、阻むも、避けるも許さぬ包囲戦術と、その身に引火する黒炎によって文字通り滅多打ちにする。響き続けた咆哮が次第に音量を落としていき最後、4つの刃が同時に振り下ろされれば音の再生は停止し黒い煤のような粒子になって法王は消滅する。
「殲滅完了だな」
久遠のその言葉に全員の肩がすっと落ちる。緊張が解けたのだ、一気に疲労感が訪れる。無我夢中で武器を振るい続けた故若干掌の皮が捲れて痛い…。
「あーなんかすごい疲れた…。でも今回のシャドウは前の時と比べると大したこと無かったね」
「精神干渉にさえ気をつけていればって所かな。って綾崎さん…終わったからってベッドに座るのはどうなんだろ…」
「いいじゃん別に、ちょっとだけだって」
そんな綾崎と天田のやり取りを見ながら呆れつつも、自然と頬が緩んでいるのを自覚する。一息つくのは俺も賛成だが、ここでは少し遠慮したい。そう思いながら部屋の扉に近づき
「………あ?」
扉が重く閉ざされていることを知り、その瞬間姿の見えないもう一体のシャドウの気配を
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???
……………………………………………?
意識がモヤがかかった様にはっきりとしない……夢…じゃないことだけはわかる……が、なぜ今ここにいるのかが思い出せない……。
………シャワーの音がバスルームから響いている。それと同時に脳裏にもまた別の、なにかの声が響いてくる。
《享楽せよ…我、汝が心の声なり…今を享楽せよ…。
見えざるものは幻…形ある『今』だけが真実…》
………………
《未来など幻視、記憶など虚構…
欲するまま、束縛から解き放たれよ…汝、それを望む者なり……》
………………
《汝、真に求むるは快楽なり。汝、今まさに快楽の扉の前にあり。
本心に耳を傾けよ…汝、享楽せよ…》
……………………………………………………………………………
『誰だおまえ』
《──────────────────ッッ!!!》
……………?一瞬の不快感を覚えた瞬間、思考にかかっていたモヤが一息に晴れていく。よく分からないが、何かの干渉を受けていたらしい。然し、今俺はどうやってそれを跳ね除けた?
「…………?」
響いていたシャワーの音が止む………シャワー?
周囲を見渡す。妙に薄暗い照明、円形のベッド、アメニティがここに販売されている簡易自販機。そして微妙に透けてバスルームにいる人物のシルエットが見える窓……………………………!
「おいマジか」
スっとバスルームのある方向に背を向けて視線を下に移す。俺達が作戦で訪れていた場所がなんであるかを再認識する。ラブホだ、ラブホなんだ、ラブホじゃねぇかこの野郎!
待て………相手は誰だ?綾崎か?久遠か?いや違うそうじゃない。どっちかと言うのは大して問題じゃない。いやある意味大問題か?いや違うだろ馬鹿!!
パサッ
「っ!?」
背後に響く布の落ちる音。妙に湿気が絡んでいる音、バスタオルかなにかだろう。つまり今、相手は一糸まとわぬ姿で俺の後ろにいるということ。
おそらくそいつは法王とは別の、恋愛アルカナのシャドウによる精神干渉の最中にあるのだろう。正気に戻してやらなければならない、けどそうなるとどうしたらいいんだ?!後ろを向けば間違いなく後々面倒だ、だが見ないと正気に戻せない。見ていいんすか!?いい訳ねぇだろ!!だが見ないと後悔……じゃなくて助けてやれないわけで、大義名分は得ている、いや違う違うそうじゃない!
「………ゴクリッ……」
ゴクリッ……じゃねぇよ!
そんな葛藤に苛まれていれば次第に背後から火照った身体から伝わる独特な熱気を感じる。もういいんじゃね?そうこれは全部シャドウが悪い、据え膳食わぬは男の恥とも言うし…………な訳あるか!明らかな毒皿やろがい!
悩んでいる場合でもない。一刻も早くシャドウ討伐を遂行しなければならない。だからその、アレだ、綾崎か久遠から知らないが、その、なんだ。
ごめん!!
「っ!」
意を決して振り返る。勇気が足りなかったので最初は目を閉じたまま相手の方を向く。そしてゆっくりと目を見開き
「どうしたの玖城?」
火照った肌、濡れた髪、一糸まとわぬ姿の
天田が居た。
「ぎ、ぎぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
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ホテル2階フロア
「酷いや玖城……確かに僕は正気じゃなかったかもしれないけどさ、何も顔面をグーで殴らなくてもいいじゃないか」
「うるせぇ、こっちはあの場面でだけは見たくもねぇものを見させられてんだ。金タマ潰されなかっただけマシと思え」
俺の言葉に少し慄き自身の股を抑える天田。本当に、本当に……クソが、まじでクソが、ふざけんなクソが。恋愛シャドウマジでクソが絶対許さん、細切れにしてやるクソが。
内心腸が煮えくり返っていると視界の端に映る黒い影、どうやらそういうことらしい。
「玖城」
「わかってる。さっきまで姿形もなかった雑魚シャドウが湧いてやがる。恋愛シャドウが産んだか、またはそれに引き寄せられたか、どっちにせよさっさと蹴りをつけねぇと面倒くさそうだ」
天田と背中合わせになり、互いの目の前に湧くシャドウを睨みつける。階段は確か、天田が見ている方向か
「反応的に綾崎と久遠は3階……天田、こっち側は引き付けとくから、そっちのヤツら突っ切って階段までのルートを作れ」
「わかってる、遅れないでよ?」
「ハッ、吐かせ。ベテラン気取んな!」
押し寄せてくるシャドウをガンブレードの一薙で弾き返す。それと同時に槍を突き出しながら階段までに群がるシャドウを一息で貫き一掃する天田。
ルートの開拓が完了したと同時に2人で階段を駆け上がる。三階に足を踏み入れた瞬間、俺は召喚器の引き金を引きルシファー・影神を呼び込み白光を階段に向けて照射。それに照らされたシャドウは次第にその身体を白化させ塩の粒子となって階段に散乱していった。
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ホテル3階 室内
「………………おい綾崎」
「ふぇ?!あ、はい、なんでしょうかふゆっぺさん」
「ふゆっぺ呼ぶな、あとなんで敬語なんだよ」
シャドウからの干渉によって私も綾崎も正気を失っていて。それが唐突に解け互いに意識を取り戻したのが数分前………なんで干渉が止んだのかは分からないが
「お前がそんなんだと玖城と天田に変な目で見られるだろうが、しゃんとしろ」
「いや……うんごめん…………冬祈って結構着痩せ──「それアイツらの前で言ったら許さないからな?」あ、はい」
不覚だ………干渉されていたとはいえ、まさか裸を晒すことになるとは………だがまぁ男連中のどっちかが相手じゃなく綾崎だったのはまだ救いがあっただろう。………そういえば
「正気に戻ったあとかな、なんかすごい叫び声聞こえたよね?」
「ああ、すごく聞き馴染みのある【ぎぃやぁ】だったな」
おそらく玖城と天田の方でも何かあったんだろう。何があったかは………聞かない方が良さそうだ。
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ホテル3階 フロア
階段途中で塩となって散乱するシャドウを尻目にそのまま3階の廊下を歩いていれば、反対側から綾崎と久遠が向かってくる。
「2階に居たんだ、二人とも何ともなかった?」
綾崎の問いかけに天田の顔が引き攣る。綾崎と久遠の反応から多分俺の顔も似たようになってるんだろう。
「………俺らのことは心配するな。天田が顔面を強打したくらいだ」
天田のジト目が向けられるが俺は悪くない、全部シャドウが悪い。
「……お前らの方は大丈夫だったのかよ?」
俺の問い掛けに今度は久遠の眉間が寄る。綾崎は明後日の方向を向いて下手くそな口笛を吹く。ああ、こっちもなんかあったんだな………。
「私達のことは……気にするな。全部シャドウが悪い」
だよな。と、言いかけた口を噤む。お互い何があったのか知らないが、同じくらい疲れることに見舞われた、という事をわかっていればいいだろう。
さて、予想通りとはいえ2体目の大型シャドウの存在を確認した。居ると言う意識はあったのにまんまと術中に嵌められたという失態、この汚名を返上するには迅速な討伐を置いてほかにないだろう。となれば先ずは位置の確認を実行、メサイア・影神の感知能力で再びホテル内部を探る…………ちっ。
「法王がいた部屋と同じ場所にもうひとつ反応が出てやがる。」
つまり潜み隙を伺っていたということか、小癪な野郎だ。野郎……?
「シャドウって性別あんのか?」
「知るか」
俺の小さな疑問に鋭くツッコミをくれる綾崎。うん、突入開始時より緊張が解れていいツッコミだ。
「玖城、一応寮の方に連絡だけ入れた方がいいんじゃないかな?さっきまで出来ない状態だったんだし」
「ん……」
天田の言葉に確かにと思い通信機を起動する…………ん?
「繋がらねぇ……」
「影時間だしそんなものなんじゃ」
「いや通信機も桐条製のものだ、影時間だからって停止するはずはないだろ?」
「あ、そっか」
綾崎と久遠のやり取りを横に何度か再接続を試みるが、やっぱり繋がらないな……。
「寮で何かあったのかな?」
「かもな、だがシャドウを放置する訳にもいかねぇ。だから俺達はさっさと恋愛のシャドウを叩きに行こう」
俺の言葉に全員が頷き階段を駆け昇っていく。向こうに真千琉さんや栂和さん、テレジアにラビリス、数えたくないが南雲も居るんだ。そう容易く危機的な状況にはならないだろう。
そして
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ホテル最上階 最奥ルーム
再び蹴破られる扉。先程法王が居たその部屋の中央には別個体の大型。巨大な半透明のハート型に鳥類の翼部の骨格を取り付けた様な無機物チックな意匠のシャドウが浮遊している。
「テメェのせいで余計な恥を掻く羽目になったんだ、覚悟しろ!」
歯を剥き出しにして怒りを隠さない久遠。あの久遠をここまで明確に怒らせるって………一体どんな恥を掻いたんだ……?
「玖城、お前今何を考えた?」
「いや、何も……」
久遠から目を離し再びシャドウを観察する。見た目的に接近戦が得意なシャドウではないと思うが、あの翼が懸念部分だな。実際の骨格と違い鋭利さこそないが人の拳程の太さ、いい速度で来たら相当痛いのは目に見えている。ならば
「カリオストロ!」
こちらは機動力のある2人に気張ってもらう。カリオストロを召喚すれば恋愛シャドウの動きを阻害するように魔力の蛇を纏わりつかせる。動きが鈍くなればその分、綾崎と久遠のペルソナがより効果的な存在となる。
「オグニイェナ!」
「クラマテング!」
炎と黒翼のふたつが室内を駆け巡る。ふたつはシャドウに接敵すれば螺旋のような軌道を描き頭上を掌握。大鎌と十握剣がそのまま振り下ろされ対象を両断せんと猛威を振るう。
ハズだった
「ばっかやろうどこ狙ってやがる!?」
咄嗟に後方へ飛び退く、俺が今ほどまで居た地点にオグニイェナとクラマテングがその得物を叩きつけている。
「ご、ごめん……!?」
「どうなってやがる、ペルソナが言うことを聞きやがらねぇ……!?」
反応から見て綾崎と久遠にとっても想定外の出来事が起きているらしい……、まさかこれは
「魅了……!?ペルソナにだけ作用しているのか!?」
天田のその言葉を聞きようやく理解する。ペルソナ使いではなくペルソナだけに作用するというのは面食らったが、種が割ればどうということはない……と言いたいが。
「これ攻撃し返したら綾崎と久遠にフィードバック行くよな……」
俺の呟きに綾崎と久遠の表情が強ばる。俺自身もペルソナからのフィードバックがどれ程のものか知っている。緩衝率ゼロ、ペルソナが燃やされればその熱はそのまま身に来るし、刺されたり刻まれれば普通の人生ではまず味わうはずのない文字通り死にそうな痛みに襲われる。
「玖城」
久遠の方を見る。その隣にいる綾崎も久遠同様に俺を見詰めている。言葉を聞くまでもない、痛みにビビっていないからヤレと言う覚悟が伺える。全く、女ってのはどうしていざと言う時は男より頼りになるんだろうな。
「…………一撃でやってやるから、せいぜい歯を食いしばって耐えろ。メサイア・影神!!!」
召喚器を再び引けばカリオストロの姿が分解、後に再構築されメサイア・影神が顕現する。その姿を見れば久遠と綾崎の表情が引き攣る。確かに遠慮されようとは思ってなかったが、メサイア・影神で斬られるとまでは思ってなかったらしい。
「玖城……やっぱ少し優しく────」
綾崎の言葉は最後まで耳に届くことはなかった。言い終わるよりも早くオグニイェナの胴体を、クラマテングの頭部を血濡れの大剣が斬り飛ばす。
「ぎゃぁあああああああああああああああ」
「づっっ、ぐぅっ!!!」
絶叫する綾崎と歯を食いしばり痛みに悶える久遠。ごめん、後でご飯奢るから許して。
「カーラ・ネミ!」
ダメージフィードバックに悶える二人に対して天田のペルソナが回復魔法を施す事でその場しのぎの処置を施していく。そして
「………………」
その処置が終わるまでは俺一人でコイツと相対する。勝つ必要がない、万全に持って行けるまで稼げばいいのだ。だが
「メサイア・影神───っぐ……!」
メサイア・影神の初動を遮るように恋愛の動きが差し込まれる。どれ程強烈な攻撃力を持っていようと初動の時点で阻まれれば意味が無い。シャドウがその知識を持っているのかは疑問だが、結果としてメサイア・影神が翻弄されている現実があるのは事実だ。
パワーがあっても速度が足りない、しかし速度のあるカズィクル・ベイではコイツを留めておくほどのパワーと耐久が無い。
「まだか天田!」
「今やってるよ!玖城の攻撃が重すぎるんだよ!」
「加減して停められる程二人が弱くねぇんだから仕方ねぇだろ!」
恋愛の翼部がメサイア・影神の鳩尾を打ち抜く、そのダメージのフィードバックにより俺の肺から空気が押し出されて膝が崩れ落ちる。どこの誰だよ、精神干渉型は近距離に脆いとか言ったやつ…………俺かも……っ!
現実は今このように、近接で遅れを取る状態だ。そして俺のペルソナに近接でメサイア・影神以上の戦力は持ち合わせていない。
仮にここでルシファー・影神かカリオストロに切り替えたとしてもここまで肉薄を可能とするシャドウ相手ではお得意の魔法や搦手の効果は望めばしないし、そもそも使わせてもらえやしないだろう。
速度が要る、パワーが要る、そのふたつを同時に満たしうる形が要る。
「天田ァ!!!」
「っ……!!」
「もういい天田、私らはもう動ける……ぐっ……」
「っ……!こっの……ぉ!」
久遠と綾崎が立ち上がる音が聞こえる。しかしその声がまともに戦えるほど回復していないことを示している。
………………届かねぇのか……?今の俺では…俺達だけでは……
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性根が先にくたばってんじゃねぇよクソガキ。テメェはこういう時どうするべきか、どんなことが出来るのか既に教えられたし、実行してんだろうが。
あの塩野郎を初めて召喚した時、テメェは何を思った?思い出せ。そうすりゃ見えてくんだろ。
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「──────っ!!」
知らない奴だ。メサイア・影神でもない、カリオストロでもルシファー・影神でもない。声……ですらない程微かな干渉、しかし脳裏に確かな文字列として差し込まれたその言葉。この土壇場で俺が取れる手段がある……だと……………………いや、そうか、あるじゃないか。
今のペルソナで、俺で無理なのならば、新たな俺を、新たなペルソナを掴めばいい。
「…………………………………………………………」
嬲られ続けるメサイア・影神。そのダメージが徐々に蓄積され続け、崩壊しかけている身体に再び力を入れる。こめかみに召喚器の銃口を押し付けて意識を集中させる。
ある意味賭けと言えるだろう。なんせこれをしたからと言って、目の前のシャドウに対して有利を獲得出来るという確証は無い。だが
「久遠、綾崎、大人しく天田の処置を受け続けろ。時間は……稼いでやる」
そんなリスクに足が竦む様なやつが、この先何をするって?何もできるわけねぇんだ、ならビビるな、臆するな、断崖の果てを
「飛翔しろ!!」
撃鉄が打たれる。召喚器が火を吹く轟音が鳴り響く。その瞬間俺の背後に現れるふたつのシルエット。カリオストロとカズィクル・ベイ、その2つの姿が重なっていき融和していく。眩い光を放ち青い力の粒子となって渦を形成。その後その渦の中からシルエットが吐き出されていく。
そしてそれが渦から落ち、その姿を完全に顕にした刹那。影時間に満ちていた夜、いや闇がより深化する。
「っ……!!」
それを喚び込んだ俺でさえ、全身の毛が逆立つような拒絶感を覚える。俺は何を召喚したと言うんだ……!?
『ほぉ、よもやこの私が、形はどうであれ再び顕現することになるとはな。奇なことも起こるものだ』
それを形容するには俺の語彙力が足りない。いや足りていたとしてもこう表現するしかない。
暗い、底の見えない奈落。いや、闇だ。黒い肌、血のように赤い髪。その全てが光とは程遠い真逆の暗闇の顕現と言える。
『成程、大まかに今の私の事は理解した。蛇と吸血鬼もどきを用いて私を形作ったことに関しては文句の1つ2つ……いや10は出したい気分だが、そういう状況でもないらしい。故にここはこの口上を述べる事にしよう。
我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者。闇の権化、お前に分かりやすく名乗るのなら黒色の神チェルノボグとしよう。さて、我が現身となった者よ、まず私は何をすればいい?』
何をすればいいか、決まっている。
「この目の前のシャドウを叩く、嫌とは言わねぇだろ?」
『まぁいいだろう、心得た。ならば構えろ、現身であるお前にも存分に動いてもらう。私を使いこなして見せろ』
「……はっ、上等!」
先ずはこのペルソナ・チェルノボグに何が出来るかを把握していく。自身に読み取れるそのステータス、術理の中か使う技を選定していく。
「噛み砕けッ!」
恋愛の直下、その影が蠢けば突出。カズィクル・ベイの使う闇の杭に似た、しかしより原始的な闇の爪牙が恋愛を捉え咬牙する。速い……そして何より一撃に込められた重圧がカズィクル・ベイとは比較にならない程に濃い。これならばと、そう思考しかけて即座に否定される。
恋愛がその身を捩らせ咬牙を弾く。それによって大きく飛翔するその体躯が落下先として選んだのは──────!!
「なっ!?」
今尚久遠と綾崎の治癒に専念するカーラ・ネミ直上、相手の予想外の行動に俺も、そして標的である天田も反応が遅れる。恋愛の体躯が今まさにカーラ・ネミを粉砕せんと迫ったその瞬間
「ぅぅううらァ!!!!」
激しい激突音を響かせ天井まで吹き飛ぶ恋愛。音の発生場を見れば立ち上がりざまに自身の大円月輪を……いやあれはさっきまで持っていたものじゃない……そうか、アレは
「クラマテングか……!」
以前ベルベットルームで久遠がエルフリーデと共に実行したペルソナの武器化、その際に生まれたあの大円月輪か。
「これなら……はっ、魅了もクソもねぇだろぉよ!」
まだ癒えぬ身体に鞭を打ち、重厚な得物を構える久遠。ったく、お前はほんとに
「無茶しやがる……!」
チェルノボグの眼孔が煌めく。その瞬間天井から再び落下する恋愛の全身を黒い力の奔流が包み閉じ込め固定化する。牢獄と、その技を例えるならそれしかないものが浮かぶ。そしてこれこそがトドメへの最大の布石
「ぉぉおおお!!!」
その場で回転し円月輪を振り回す久遠。回り、回り、回り、遠心力で加速して尚まだ回る。そして回転力が現代会の最大値へ到達した瞬間その手を離し投擲、回転を伴い飛翔するそれはまさしく円月輪、チャクラムとして本来の使い方であり最強の運用方法。
そのまま恋愛を包む闇の牢獄へ激突。牢の外壁を粉砕し内部の恋愛諸共に裁断する。横半分に裂かれた恋愛は耳を劈かんほどの金切り声を響かせて墜落、その身体を黒い粒子へ崩壊させ消滅した。
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数時間前 巌戸台寮 4階作戦室
影時間ということもあり時計の針はその秒針を進めてはいないが、体内時計という名のありもしないものの針がカチカチと時間を刻む音の幻聴を感じ始めている。
「もういいんじゃねぇか?こんだけ連絡取れねぇってことは何かしらトラブってる可能性もあるし」
この場面で待てなくなったのは意外なことに最も待つことを楽しみそうな南雲だった。楽しむというか、別に待とうが待つまいが不感症なコイツにとって差異はないのでどうでもいいと言った方が正しいだろう。なのに今はここで待機していることを否定的に受け取っている。なんで……あ、いやわかったわ、顔に暇って書いてあるわ、しかしその言葉には賛成だ。先程は待機という意見を出したこの身だが、流石に度が過ぎている。
「真千琉さん、俺も流石にこれ以上は」
「言いたいこともわかる。彼らがホテル街に入ったその時から一切の連絡もなく、またコチラからの送信にも反応がない…けどね栂和君、私達がなんでここに待機しているかを考えて欲しいの」
「それは……」
玖城達突入部隊に対する後方支援…だけではないことは知っている。山岸さんやこの寮の設備、それらをエルゴや野良のシャドウから護る物質的ファイアウォール…それが後方待機メンバーである俺達の役目だ。
「心配なのは解るよ、でも私たちは送り出した側なの。あの4人もそれは覚悟の上で…………あれ?私この話あの子達にしたっけ?」
「会話ログ参照………該当記録はありません」
「ありがとうテレジア、今すっごく後悔してるよ私」
…………まぁ、綾崎ちゃんはともかく、玖城や久遠ちゃん、それに天田も察しているだろう……多分。
頭を抱える真千琉さんを尻目に山岸さんに目を向ける……?なんだか俺や真千琉さんよりやけに深刻そうな顔をしてるなこの人…
「山岸さん?」
「……ぁ、ごめんね栂和くん、どうかした?」
どうかしたかって言うか、むしろ
「山岸さんこそ、やけに険しい顔ですけど…?」
「顔に出てた?ごめんね、実はなんだけど─────」
時は現在に戻り、影時間 巌戸台寮近辺
どうやら今宵の満月も彼らは大型シャドウと大立ち回りを繰り広げているらしい。戦力をここと現地に分けたことは見事な采配と言えるだろう。守りと攻めの両立、並大抵の実力や戦力では難しい両立を選べる当たり、シャドウワーカー達の戦力も整いつつあると見ていいだろう。だが
「まだ、吹けば飛ぶほどだけど」
寮の周りに足音すらなく密集する黒服の集団。その全員がペルソナ使い、明確な名前さえ獲得できない微弱な素養しか持ち合わせていない彼らだが、それでもこの百に届く程の数は脅威と言わざるを得ないだろう。
そして何よりも脅威なのは、これほどの人数が囲んでいるというのに、寮の屋内にいる彼らは誰一人として気が付いていないということだろう。
「全員指示があるまでここに留まっていろ。彼処には私1人で行く、君たちの役割は奇襲ではなく私や中に居る彼らの守護、つまり肉壁だ。集まるのは雑魚のシャドウばかりだろうが、塵一つ通り抜けさせるな」
この身が飛ばした指示に彼らは敬礼を用いて応える。軍隊のような堅苦しく畏まったものでは無いが、それだけでも彼らの統率は外に示せるだろう。
さて、久しぶりの顔合わせだ、貴女はどんな顔で私の事を見てくれるのかな?
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以前連話のようにした5〜7話とは違って今回はテーマが違うので前編とか後編とかで分けない形にした。7月12日はまだ終わらない。