PERSONA EPISODE of SHADOW WORKER   作:漆竜 黒鍵 

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 7月13日 午前3時 巌戸台警察署前

 巌戸台寮の炎上、それによる焼失に伴い現場にいた俺達は巌戸台近辺を管轄としている本署へ来ていた。重要参考人としての側面もあるので任意同行と言う形で正直気分の良いものではなかったのは言うまでもない。
 重傷を負っていた南雲と真千琉さんは署ではなく辰巳記念病院へ、機械であるラビリスと半壊状態のテレジアは桐条グループのラボへ俺達の装備を持って搬送されている。

 取り調べも終わり、署内から出てまず携帯の画面を見る。もう既に未明と言っていい時間だ。スマホから目を離し前を見れば見知った顔を見つける。

「みつ姉、真田さんも」

 おそらくかなり急いで走ってきたのだろう、髪も服も少し乱れている。後ろに目を向ければ署に同行させられていた他のメンバー達も外へ出てくる。

 とりあえず

「皆無事で良かったよ。怪我や損害で五体満足では無いものもいるが、一先ずラボへ移動しよう。話はそれからだ」

 そう言い先導するみつ姉。それに対してそれぞれ思う思うの歩幅で追従していく。俺は歩き出す前に空を見上げて月を覗む、たとえシャドウが来ようが、家が無くなろうが、3ヶ月前の覚醒の日のように人を殺めようが、憎たらしいほどにあの白黄色の光は

「眩しいなぁ………」

 俺達を照らし続けている。



無自覚なヤマアラシ達の無意識なジレンマ

 

 同日 午前8時 桐条グループラボ

 

 ラボへ着いた俺たちは臨時としてそれぞれに個室を与えられた。そして作戦直後の疲れから全員が意識を個室の中で手放し、この時間になるまで眠り続けていたらしい。

 それは俺も例外ではないし、異様な疲れのせいで未だ嘗て類を見ないレベルの体勢で目が覚めた。……あーくそ…肩と首寝違えてやがる。

 

「はは、玖城髪凄いことになってる」

 

 指を向けて俺の髪型を笑う綾崎。しかしそんなこいつも涎が酷かったんだろう、口の周りがやけにカピ着いている。お前顔くらい洗えよと思ったが、いや洗ってこれなのかもしれない……涎で溺れそうになるくらい垂れてたのかもしれない。

 

 綾崎から目を離し周囲を見る。天田、ラビリス、栂和さん、久遠、コロマル、山岸さんと、昨日あの寮の惨状に立ち会っていた動ける側の面子は揃っている。

 南雲と真千琉さんはあの傷だ、流石にここまで来ることはできないだろう。そしてテレジアはどうだろうか……俺たちの中で最も酷く、惨いほどに破壊されていた。人ではない故に死ぬことは無いと言うが、あれほどの損傷を受けたのは事実、修繕にはかなりの時間が要されることになるだろう。

 

 とりあえず俺は手近な椅子を引いて着席する。それを見計らった訳ではないだろうが、タイミングよくみつ姉が扉を開けて入室する。

 

 入ってきたのはみつ姉だけじゃなかった。真田さんや斉川さん、あと確か……そう、伊織順平さん?という人物も何でかは知らないが居る。

 

………暇人なんだろうか?

 

「先ずは犠牲者が出なかったことに安心を覚えている。皆、よく無事だったな、真千琉や南雲、テレジアは五体満足とは言えないが、あの状況でこれなら最悪では無いだろう」

 

 最悪じゃないって言うが俺達にとっては割と死活問題だ。なんせ

 

「私達は明日……というか今日からか。何処でも寝泊まりすりゃいいんだよ、実家か?」

 

 そう言ったのは久遠だった。だが久遠はまだマシだろう、本人も言った通り近隣に自身の実家がある。ラビリスやコロマルも桐条の施設のどこかで預かることも可能だろう。しかしそれ以外のメンバーは?栂和さんや綾崎は巌戸台寮に入る前から寮生活、実家からの登校も可能ではあるだろうがかなり遠くなると聞く。特に綾崎は

 

「私実家横浜なんだけど………」

 

 もはや県境すら跨いでいる。そして天田は言い方はアレだが天涯孤独の身の上から実家に帰るのは過酷と言えるだろう。そして

 

「俺と南雲に至っては県外どころか地方すら違うし、住む家が無くなったのは相当痛いんだが……」

 

 そんな心配はなんのそのと言うように斉川さんが手を挙げて口を開く。

 

「皆様にはしばらくの間先程までお休み頂いていたラボ内の個室を使って頂きます。宿泊を前提とはしていないので、幾分か不便を覚えるかもしれませんが、非常事態ですのでご容赦ください」

 

 なるほど、住は何とかなりそうだな。

 

「けどタイミングとしてはむしろ運が良かったのかもな。学生達は月火と通学して水曜日から夏休みじゃん?」

 

 伊織さんの言葉もご最もだ。もしここで寝泊まりしながら学業も、となっていたらそれこそ成績不振になりかねなかっただろう。特に綾崎はまた夏休みにゴールデンウィークの時のように桐条式地獄の勉強合宿に連行される可能性すらあっただろう。

 

 ものは考えようという言葉のように、このタイミングでの襲撃は普段生活を思えば運が良かったのかもしれない。

 伊織さん割とバカっぽい顔だけど、意外と物事の見方が上手い人なのかもしれない………多分。

 

「お前達のコレからについてはこれから更に練っていくとしよう。成績が奮わない者がいるのなら、私が自ら教鞭を振るうのも悪くない」

 

 みつ姉の冗談(?)に対して綾崎の方が跳ねる。ゴールデンウィークの記憶が蘇ったんだろう。ご愁傷様

 

「さて、ここからが本題だ。テレジアやラビリスの視覚映像の記録共有から事態は把握している。まさかエルゴノミクスの首魁自ら現れるとはな」

 

「けどあの女、結城はこうも言ってました。エルゴには自分以外にも長を自称する人物が居ると」

 

 栂和さんの言葉、それはここに来る途中大まかに聞かされていた内容だ。それはつまり

 

「あの女クラス……かはともかく、相当な実力を持ってるやつがあと数人エルゴに入るってことか」

 

 黒服の奴らとしか相対したことが無かった故、エルゴ自体の戦闘力はそれほど高くないと錯覚していた。然し結城やそれと同格が何人もいるとなると、場合によっては俺達シャドウワーカーなんかより遥かに強力な集団ということになる。

 

「おーおー、辛気臭い雰囲気だねぇこりゃ。」

 

 俺たちの焦燥を笑うかのように本来ここに現れるはずのない人物が扉を開けて入室してくる。

 

「南雲……」

 

「ども美鶴の姐さん。そう睨まんでくれよ、どうせ痛みなんて覚えねぇんだから固定さえされりゃ動けるの知ってんでしょ?」

 

 松葉杖を申し訳程度に使いながら適当な席に着席する。折れているはずの足を思いやる気もないのか持ち上げ机の上に音が響く程の勢いで叩き載せる。そのまま懐からタバコでも取り出して吸いそうな勢いだが、流石にこいつもみつ姉の前で堂々と喫煙する度胸はないらしい。

 

「随分簡単に言うなお前。流石不感症、形勢不利だろうと変わりゃしねぇってか?」

 

 そんな久遠の挑発のような毒気に対し肩を竦め失笑を漏らす南雲。

 

「たしかに形勢不利だろうな。だが相手は人間だ、足折られたが俺はあれをぶっ飛ばしたぜ?ならいくらでもやり方はあるだろうよ。ぶっ飛ばせるなら殺せる相手ってことだ」

 

 屁理屈に近いが実際に結城にダメージを僅かでも与えたコイツだ、本人なりの実感とそれに基づく確証が既にあの狂った脳みその中に構築されているんだろう。綾崎も大概、戦闘や土壇場での頭の回転が早いと思うが南雲のそれは更に頭1つ2つ飛び出て早いだろう。センス……というものはもしかすれば俺の知ってる人間の中では最も高いかもしれない。

 

 まぁ本人にはそんなこと言わないが、言ったら絶対調子に乗ってウザくなるだろう。

 

「だ、け、ど、まぁ今の俺らじゃどんな作戦立てても勝つより先に全滅して死ぬな。比の具体例を出すならあれだな、ミジンコと核弾頭。これ以外無いね」

 

 なるほど

 

「馬鹿げた差だな、ぶっ飛ばせたんだろ?もうちょい近くねぇのか?鯖とサメくらい」

 

「そう言えたら俺としても良かったんだけどねぇ、もう次はぶっ飛ばせねぇだろうな。目が合ったら即始末、口も開かせてくれねぇんじゃねぇかな、うん。

 

 つか玖城、てめぇもあの化け物と踊ったろ?そん時の感覚からしてどうよ?サメと鯖で言い表せられるか?」

 

 そう言われてしまえば此方も返す言葉がない。意地でそうだと言いたいが、まぁ無理だろうな。実際あの時結城が召喚したオルフェウス灼神と呼ばれたペルソナ。あれがその力を使用していたならば俺は間違いなくここに居られなかったろう。

 あれは強すぎる。もはや勝負という土俵に立つことそのものが不敬だの不相応だのと外野から罵られても仕方の無いレベルだ。だが逆にアレが俺を殺せないという確証もある。これも栂和さんが会話の内容を教えてくれたから思い当たる事実だ。

 

 俺はみつ姉を見る。みつ姉は視線を逸らしたそうな顔をしたが、観念したのか溜息を吐いて俺を見返す。

 

「言いたいこと、わかるよな?」

 

「あぁ、こうなった以上お前達にも説明すべきだろうからな」

 

 そういうと斉川さんから紙の束を受け取り机に置く。それを手に取れば適当に目を通す俺達………ふーん……なるほどな……。

 

「………実際みつ姉や真田さん、山岸さんや伊織さんも、あと天田も、この計画やあの女との会話を聴いてどう感じたんだ?」

 

 特に何か意味がある問い掛けではない。意地悪をするつもりもない、その答えがどんなものであれ俺が彼らを誹るつもりは微塵もない。

 

「………正直に言うのなら彼を、有里を取り戻せる方法があると言われれば、我々は全員その計画に賛同したいと言うのが本音だ。隠すつもりはない」

 

 だろうな……、以前長鳴神社で出会った少女や古本屋の老夫婦の話やその話を語る時の彼らの顔からも分かる。それ程までに魅力的な人物だったんだろう。それ程までに掛け替えの無い人物なんだろう。

 

「だが私は、私達はそんな巫山戯た計画を容認するつもりは微塵もない。彼を救う為に誰かを犠牲にするなど、彼と彼の覚悟と決意に対する冒涜に等しい行為だ」

 

 ………………まぁ、アンタなら、アンタらならそういうだろうな。有里、アンタほんと幸せもんだよな。こんだけみつ姉に、皆に思われてるアンタと俺も話してみたくなっちまったよ。────ちっ

 

「……………」

 

 みつ姉が顔を少し顰める。各々反応に差があるが無反応な人物はいない、そんなに俺は顔に出ていただろうか。

 

「よぉ、なにかイラつくことでもあったか?」

 

「そんなに顔に出てたか?」

 

「出てたっつーか、舌打ちしてたぞ?」

 

「あー、失敬」

 

 頭を掻きむしりながら頭を下げる。寝違えた首や腰から来るストレスだろうか、やけにイライラする。

 

「やっぱ慣れない環境で寝るのはダメだな、どうにも調子が良くない。んで南雲、さっきの話にもどるが、テメェはさっき今の俺達じゃ勝てないって言ったな?ならどうやってお前はあの女に対するその勝ち筋を持ってくるつもりだ?あれが殺せない俺を陽動にでもするとかか?」

 

「んなもん男の王道じゃねぇよ。いや女に負けた時点で王道もクソもないが。やるならタイマンで勝つ、それが俺のポリシーってやつだよ、真田の旦那もそう思わねぇか?」

 

 急に話を振られて少し動揺を見せるが、すぐに咳払いをして頷く。

 

「そうだな、チームワークが大事なのは間違いないが、男としてはどんな相手だろうと一対一で戦って勝つのが一番気分の良いものだろう。」

 

 そらそうやって勝てるならそれに越したことはないだろうけどよぉ……?

 

「ならどうやるんだよ?今から筋トレでもするか?」

 

「いや、そんなん余りにも非効率的やろ……ああいうんは日々の積み重ねやで?」

 

 ラビリスからのマジレスに思わず苦笑いがこぼれる。然し当たらずも遠からずという風に南雲がニヤニヤと笑っている。

 

「俺には俺なりの当てがあるんだよ。ムカつく話だが、やっぱこういう敗北した後ってのは修行フェイズってのがセオリーだろ?非常に癪だが、俺は明日から南条の家に行く。腹立つが南条のおっさんは俺より強い、そのおっさんに勝てるようになればあの女にも泡食わせられるだろ」

 

「明日からって、水曜日まで学校だけど……?」

 

 そんな天田の言葉に対し南雲はさも当然と言わんばかりにこう告げた

 

「サボる」

 

「清々しいほどのサボり宣言だなぁ………」

 

 普段サボりたいとボヤいてる綾崎さえ脱帽クラスのサボり宣言。一応俺と南雲の保護者代理という立場があるみつ姉さえ額を抑えている。

 

「南雲……お前私の前で堂々とサボり宣言とは、随分と余裕じゃないか?」

 

「姐さん、学業ってのは結果さえ出せばいいんだぜ?」

 

 そんな事ぁない。

 

「その点俺は今回の一学期考査、全教科90以上だから教師陣に文句は言われねぇだろうしな」

 

 

 ………………………………?

 

「おい今なんつった?」

 

「全教科90以上、確定」

 

 …………………………………………………

 

「えっと…………………………………こんな時どんな顔したらいいんだっけ?」

 

「笑っとけよ、ダーァマ」

 

 苦笑いしか出ない天田から目を離して窓の外を見る。高い位置にある太陽を目に移したあとスマホの画面を点灯させ時刻を確認する。

 

 

 9時か……

 

───────────────────────────────

 

 同日 午前10時 ラボ内トレーニングジム

 

 ラボの中に居るのならせっかくだ、いつものようにサンドバッグを叩くことにする。真千琉姉さんの事が気がかりではあるが、重症ではあるが命そのものに別状がある訳では無いらしい。なら

 

「あの変なところで格好つけな姉さんだ、傷だらけの自分を見られるのはプライドが許さねぇだろうよ」

 

「そんなもんなのかなぁ?」

 

「妹の私が言うんだ、間違いねぇよ。つか綾崎、お前までジムに来るなんて珍しいな」

 

「ん、まぁね」

 

 そういうと綾崎は棚に掛けられているトレーニング器具を見つめる。

 

「ふゆっぺ、この器具ってどうやって使うの?」

 

「ふゆっぺ言うな。ああエキスパンダーか、それは手で持って伸ばして、あーいや貸せ、口で言うより見せた方が早いわ」

 

 そういうとエキスパンダーを手に持って身体と垂直になるように腕を伸ばせばそのまま腕を下げることなく胸の前でバネをゆっくり伸ばしていく。

 

「胸筋や腕周りに効くんだこれが」

 

「なるほど………胸筋……胸筋って確か豊胸にも効果があったよね?」

 

「豊胸っつうか、でかい胸が垂れないように支えるのも胸筋の役割だから形が良くなるって言うのが実際だな。…………おいこら、お前私の胸を見ながら頷くな」

 

「いやだって……ねぇ?」

 

「あーやーさーきー???」

 

「ご、ごめんて冬祈……」

 

 ったく。伸ばしていたバネをゆっくり戻せば綾崎に渡す。見よう見まねで腕を真っ直ぐ伸ばしてエキスパンダーを伸ばそうとす。が、やはり初めてやるもの、プルプルと必死に震えながら伸ばすが私の半分程度しか伸ばせてない。

 

「ぐっぬっ………ぐぎぎぎぎぃぃい!!!」

 

「あーそんなに力んで伸ばすと」

 

「ギギギ………!!────ギャオンッ!?」

 

「あっぶね!?」

 

 案の定手からすっぽ抜け弓矢のように飛翔すれば壁まで飛んでいき激突する。

 

「ゼェ……っはぁっ……はぁっ!」

 

「あーびっくりした……まぁ初心者だし、割とまっすぐ伸ばすのにはコツがあったりするからな」

 

 むしろあんな安定しない伸ばし方で私の半分程度伸ばせたならそこそこ力あるなこいつ。飛んで行ったエキスパンダーを拾い激突したであろう壁を見るが傷一つ付いてない。なるほど、こんな所にも桐条エレクトロニクスの科学力が交ぜられているらしい。普通の壁なら最悪穴あきものだが、そう思えばここはペルソナ使いの訓練もやっている場所だ、なら壁もそれに耐えうる強度があるということだろう。

 

 しかしやはり解せないな。

 

「綾崎、お前本当に何しに来たんだ?お前のスタイル的に考えりゃ態々体を鍛える必要も無いだろ。ランニングマシンでも使ってスタミナを鍛えるならともかく」

 

「ん」

 

 私の問い掛けに少し気まずそうに頬を掻きながらベンチプレスの台に腰をおろし、膝を抱えあげるような体勢で座る。

 バランス感覚いいなこいつ。

 

「冬祈はさ、さっきの会話どう思った?」

 

「どれだよ?」

 

「美鶴総帥の言ってたこと」

 

「ああアレか」

 

 有里……という男に関して私は特に知っていることはない。しかし桐条や真田、山岸に伊織、そして天田、アレらの反応から全員にとって掛け替えのない存在なんだろう。だが

 

「耳触りのいい言葉の羅列だったよ。御大層なペラ回しで正直イライラした」

 

「ハハッ、冬祈は容赦ないなぁ……でもそう、私も聞いてて少し腹が立った。本心で言ってることなんだろうし、多分ほぼ意識してないんだろうけどさ」

 

 おそらく先程玖城が舌打ちした理由、玖城本人は自覚してないだろうが、第三者である私や綾崎、あとは南雲や栂和先輩あたりも察している。

 

「一言も言わなかったんだよね、玖城を犠牲にしたくないってことをさ」

 

「……………まぁ特に意図がある訳じゃないだろうけどな」

 

 普段を見ていればわかる、桐条がどれだけ玖城のことを大切にしているか。真千琉姉さんが私の事を大切に思うのと同じくらい、桐条は従弟である玖城を思っている。それは玖城自身も身に染みているだろう。

 

「だが言葉にしないと伝わらないこともある。ペルソナ使いとはいえ私達や玖城もエスパーじゃない。無自覚だろうが無意識だろうが、心に何かが引っかかればいらつくし傷も付く。まぁほかにもイライラする要因があったから、アイツはそっちだろうって認識したらしいがな」

 

 しかし意外だとは思った。普段から愛想のいい人物ではないが、あれ程態度や表情にハッキリと出るのは比較的珍しい場面だ。それは綾崎が態々私のトレーニングに付き合って話題として振ってくる事からも分かるだろう。

 それ程までに玖城は無意識下の逆鱗を無自覚に逆撫でられたのだろう。厄介なのは本人がその逆鱗に気がついていないということかもしれない。

 

 が

 

「まぁだからどうしたって話だがな」

 

「冬祈ならそういうよね」

 

 そう、だからなんだという話だ。確かに玖城は私にとっては仲間ではある、しかし友愛の対象ではない。よってアイツが何に怒り何に悲しもうが此方の考えとしてはだからどうした?という結論しか持ち得ない。

 我ながら少し薄情だとは思う。自分が崩れそうな時は散々アイツを利用しておきながら、アイツに対して私は梯子を渡そうとはしない。背中を、肩を貸してやることはしない。

 私と玖城とはそういう関係だ、わざわざ嫌煙する必要は無いが、必要以上に何かをすることもまた無い。故に今回も

 

「アイツはどうせ自分で折り合いをつけるだろ」

 

 でなきゃ、PTSDを喰ってるアイツはここまで生き残ってはいなかっただろうから。

 

 

──────────────────────────────

 

 同日 正午 長鳴神社

 

 ラボの中にいても特にやることもない俺は長鳴神社へとその足を運んでいた。久しぶりにジャングルジムにでも登ろうかと思ったが、使用禁止のプラカードと雁字搦めに張り巡らされ黒と黄色のロープを見て断念する。近頃は公園での遊具での事故が全国的に増えていると聞く、ここにもその波が押し寄せてきたのかと思ったが、プラカードの下の方に書いてある文言を見て肩を竦める。

 

「たかがペンキ塗り立てくらいでこんな仰々しい封鎖の仕方すんなよ行政さん……」

 

 仕方ないので遊具の脇にあるベンチに腰を掛ける。

子供や年寄りの姿は無い、夏の正午はこんなものだろう。だいたい家で涼しい冷房の下か窓全開の縁側でそうめんだの冷麦だのを頬張っているに違いない。

 

 俺もと言いたいが生憎飯は食えない状態はいまだ改善の兆しはない。それどころか近頃は水すら飲みたいという感情がわかない、喉が乾かない。

 

「やっぱ流石にやばいのかねぇ……いやでも」

 

 それが原因で身体になにか不調が起こっているわけではない。むしろ反比例するように調子も強度も全てが高まっているのを自認できる程だ。

 そして、これを改善すれば逆にこの高まりが無くなるという確信のような予感さえ覚えている。

 

 この極限状態でしか生きられない身体になってしまったのだろうか?

 

「見て見ぬふりをしてた訳じゃないんだがなぁ……」

 

 あらゆる摂取行動が死に、殺戮のあの記憶にリンクする。故に俺はこれをPTSDによる拒食症だと思っていた。しかし最近はそれで本当に正しいのか疑わしいと思うようになっている。拒食症とは果たしてこんな風に強靱な存在になっていくものだっただろうか?

 

 思い当たる事。あの4月7日以前と以降、俺の身体に明確な変化があったとすればただ一つだけだ。

 

「ペルソナ………か」

 

 ペルソナ。メサイア・影神。マグサリオン。あの日俺に起きた変化はそれの覚醒。思えばあれが全てのきっかけと言えるだろう。つまりこの拒食症と思っていたこれもメサイア・影神の覚醒による変化だとするならある意味筋が通るのだ。

 

 ならメサイア・影神を切り離せば治るのか?答えは否だろう。一度体内に侵入した毒が消えないように、この汚染とも言える肉体の変化は根本から変化しない限り俺の中から取り除けないのだろう。つまり

 

「死んで生まれ変わるしか治す手立ては無いってな」

 

 まぁそれでも残る可能性はこの際考えないことにする。まだまだ死にたいとは思っていないからだ。そう締めくくればベンチから立ち上がり背筋を伸ばす。思っていたより長いこと同じ体制だったらしく、立ち上がった瞬間足に血が勢いよく巡り痺れを覚える。

 スマホの電源を入れ時刻は12時半、正午になってから半時しか経っていないようだ。

 

 そういえば、明日は

 

「試験の結果が返ってくる日だっけか」

 

 また綾崎当たりが悲鳴を上げそうだ。

 

 

───────────────────────────

 

 同日 16時 日本のとある地方都市

 

 田舎道特有の悪路に揺られながら走行する車両。近頃はこの付近でも道路の舗装が行われてはいるが、進捗はあまり芳しくないようだ。

 そんな中、カバンの中に入れていた携帯から流れる着信音。近所にある複合型ショッピングセンターであるジュネスのテーマソングだ。

 

 車を路肩に寄せ停車、発信元の名前を見ればスマホの持ち主に緊張が走る。

 

「もしもし、お久しぶりです桐条さん」

 

『すまない、今少し時間は大丈夫だろうか?』

 

「大丈夫です。今路肩に車を止めたところです」

 

『では聞くが、君はこの夏の予定は?』

 

「稲羽市の方で過ごそうと思っています。それがどうかしましたか?」

 

『そうか、こちらとしても都合が良い』

 

 都合が良い?電波の向こうの相手は何を言い出すのだろうか?そう思い身構える青年に対し美鶴は

 

「急な話だが、ペルソナ使いを其方に向かわせる。君と同じ複数のペルソナを使える少年だ。

 これに関しては我々より君の方が成長を促す事に適しているだろう。頼めるか?

 ─────────鳴上」

 

 




 次回 田舎に泊まろう。()というのは冗談、ちゃんと旅館に泊まります。

 今回は無意識な互いへの影響を描けてるといいなと思たけど、描けてるだろうか?
 そして以前から出る出ると言ってた鳴上も登場してこの物語まだ8分の1しか進んでないの???
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