戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第十話

 おはようございます、ナナシ・エルフィーです。

 

 肌を刺すような寒さに、辺りはほんのり白化粧。

 

 大地を白く染める物の正体は、今もこんこんと降り続く雪。

 

 この状況を見れば、どんな方にでも今何が起こっているのか理解して頂けることでしょう。

 

 そう、遂に夏が終わり、秋がやってきてしまったのです――――

 

 

 

 

 大丈夫です。

 

 私は何も戦場に充てられておかしくなってしまった訳ではありません。

 

 これがトゥーリスの普通です。

 

 最初私も体験した時は驚きましたが、寒い地域であるトゥーリスは平気で秋に雪が積もります。

 

 今が戦時下でなければ雪が積もるのをゆっくり待ち、私の数少ない特技であるスキーを楽しむ所なのですが、悲しい事に今私が手に持つのはスキーストックではなくシャベルなのです。

 

 私の周りにいる戦友達も、皆シャベルを手に黙々と雪対策を行っています。

 

 誰も銃など握ってはいません、それは何故か?

 

 簡単なお話です。

 

 いつ来るか分からないオーガ兵より、いずれやってくる-40℃に対策を取らねば私達は死んでしまうからです。

 

 トゥーリスの冬はとても厳しく、ちゃんとした対策を取らねば凍死不可避な程危険な時期なのです。

 

 流石のオーガもその辺りは分かっているのか、秋に近づくにつれ進軍してくる頻度が減っていき、遂にここ1週間は姿を見せなくなりました。

 

 トゥーリスとしてはこの生まれた猶予を有効活用し、なんとか周辺諸国の協力を取り付けたいところなのでしょうが、中々そちらの交渉も芳しくない様子です。

 

 ともあれ、そういった難しい案件は上の人達が決めることなので、私達前線兵士は警戒人数を最小限にし、使える労力を越冬に割いている訳ですね。

 

 

「おーい、ナナシ! そっちは大丈夫かー?」

 

 

 私が雪を眺めて物思いにふけっていた所、誰かの声で現実に引き戻されます。

 

 シャベルを地面に刺して振り向くと、そこにはトニーさんの姿がありました。

 

「おはようございますトニーさん。ちゃんとヒーター用の穴は掘りましたよ」

 

 私はつい先程まで掘っていた穴をトニーさんに披露します。

 

 ここ最近ではだいぶ体力を付いてきましたので、皆さんと一緒にシャベルを持って塹壕掘り等をする機会も増えてきました。

 

「どうですか? 煙対策も隙間風対策もバッチリな会心の出来ですよ」

 

 思わずフフンと胸を張ってしまう程の出来だったので、ちょうど誰かに見せたいと思っていた所です。

 

 だと言うのにトニーさんときたら――――

 

「みたいだな、流石ウサギだ。穴掘りは得意って訳か」

 

 などと軽口で返してきました。

 

 これはいけませんね。

 

 流石に温和と冷静沈着を信条としている私でも、沸点がK点越えしてしまいます。

 

 ですので私はささっとトニーさんに近寄り――――

 

「……ご存じですか? ウサギはあの見かけで、ヘラジカをノックアウトできる程度の脚力を持ってるんです……よっ!」

 

 トニーさんの向こう脛を蹴り上げました。

 

 すぐさまトニーさんは悲鳴を上げます。

 

 硬いブーツ先端での向こう脛攻撃は、さぞかし痛い事でしょう。

 

 脚力はあまり関係ないのは内緒です。

 

「ってぇ!? ま、まてまて! 俺が悪かったから脛蹴るのは止めろ!!」

「私をウサギって言った罰です。反省してください」

「へいへい……っていうかナナシ、ここ最近あきらかに狂暴になってきてるよな」

 

 続けて『まさか発情期か?』などとまた私をウサギ扱いしたためもう一撃の体制に入った所、トニーさんが本気で謝ってきたので渋々許してあげることにしました。

 

 まったく、ヘルシェさんの所為で部隊内でも私=ウサギという図式が確立してきてしまっているようですね。

 

 由々しき事態なのです。

 

 

 

 さて、私がこの防衛任務に就いて暫く経ちますが、幾つか変わったことがあります。

 

 その最たる例は、部隊の人達と少しだけ打ち解けた事でしょう。

 

 あの時アルちゃんと約束した通り、私は少しずつ皆さんと交流していく様努力していきました。

 

 一緒にご飯を食べる様にしたり、任務以外の事を話してみたり。

 

 一度裸の付き合いをする為、皆さんがサウナに入っているタイミングで乗り込んだ事もありましたが、後でアルちゃんとエリカ伍長にこっぴどく怒られてしまい、私はアルちゃんかエリカ伍長同伴以外でサウナに入る事を禁止されてしまったりもしました。

 

 そうやって交流する度分かってきたのが、アルちゃんの言う通り部隊の皆さんがとても心温かい人達だということです。

 

 私が拙く話しかけても皆親身に聞いてくれましたし、私に面白い話をいっぱい聞かせてくれました。

 

 食堂に行けば、私はまだ育ち盛りなのだからとソーセージやお肉を私のトレイに入れてくれたりもしました。

 

 常に死と隣り合わせであるこの戦場で、こうして私がまだ壊れてしまうことなく日々を過ごしていられるのは、そんな皆さんが居るからなのです。

 

 先ほどの様にからかわれる事も非常に増えましたし、レクリエーションと称して酷い目に遭わされたことも何度かありました。

 

 正直実際の所愛玩動物の様に扱われてる感もありますが、それでも皆さんと交流する様になって良かったと、今では心の底から思います。

 

 願わくば、この人達と無事戦場を生き延びたいものです。

 

 

「そういえばトニーさん、何か用があって来たのではないですか?」

「ああ、こっちの作業が終わったら来てくれってエリカ伍長が呼んでたぜ」

「エリカ伍長がですか……それは軍務的な呼び出しでしょうか?」

 

 それならば直ぐに行った方が良いのですが、相手はあのエリカ伍長です。

 

 用心する事に越したことはありません。

 

「いんや、多聞私用じゃねえか? アルマと一緒になんか楽しそうにしてたぜ」

「楽しそう……」

 

 アルちゃんの名前が出てきて警戒度が少し下がりましたが、楽しそうというワードで警戒度は天井知らずへ。

 

 エリカ伍長は、殺伐とした戦場においても優しさとユーモアを忘れない素敵な方だとは思いますが、そのユーモアは時として周りに被害を出したりもします。

 

 主に私に対して。

 

 最近では寒くなってきたから暖を取りたかったと、2日に1度のペースで私の寝こみに抱きついてきます。

 

 おかげで夜襲で敵に襲われる危険性よりも、エリカ伍長に抱きつかれて呼吸困難になる方が怖いという有様です。

 

 もしこれで私が本当に死んでしまった場合、死亡通知書には何と書かれてしまうのでしょう。

 

 もっとも死亡通知が作成された所で、届けていただく相手はもう居ないのですが。

 

 

 

 ともあれ、上官から呼び出しを受けている以上無視する訳にはいきません。

 

「……分かりました」

「おい大丈夫か? 苦虫嚙み潰した様な顔になってるぞ」

「問題ありません。もし万が一私の身に何か起きた場合、全部トニーさんの所為です。反省してください」

「おい待て、なんで俺の所為になるんだよ!?」

 

 納得いかなそうなトニーさんですが、これから大変な目に遭う可能性がある私としては、恨み言の一つぐらい残しておきたいのです。

 

 トニーさんには大いに反省して頂きましょう。

 

「まったく……とりあえず残りは片付けぐらいだろ? 後は俺がやっとくから、お前はエリカ伍長の所に行って来いよ」

「そうですね。お待たせするのも申し訳ないですし、行ってきます」

「ああ……っと、そうだ。おいナナシ!」

 

 トニーさんに一礼してエリカ伍長の元に向かおうとすると、呼び止められました。

 

 振り向くと、トニーさんは少しバツの悪そうな表情で、何かをこちらに手渡してきます。

 

 見てみるとそれは、木で彫られた天使の彫刻でした。

 

 紐が通してあってペンダント状になっており、かなり小さめにも拘らず綺麗に天使の姿が掘ってあって感心してしまいます。

 

「……これは?」

「暇な時掘ってた俺の作品、明後日はミッケリーデだからな。折角だからお前にやるよ」

 

 ミッケリーデと言うのは、トゥーリスで秋のはじめに開催される収穫祭の事で、街などでは盛大に出店が並ぶ他、親しい相手にプレゼントを送ったりもするイベントです。

 

 なるほどつまり、これはトニーさんからのプレゼントという事ですか。

 

 極力人と関わらないように生きてきた私の人生上、プレゼントを貰った事はそう多くありません。

 

 前世ではほぼ皆無、こちらでもお父さんやお母さん、後はアルちゃんとプレゼントと称してイタズラしてくるガブぐらいでした。

 

 なので自ずと嬉しさがこみ上げてきます。

 

 でも――――

 

「ありがとうございます。でも、私から特にお返しできるものがありません」

 

 そうなのです。今の私は誰かにプレゼント出来るような物を何一つ持っていませんでした。

 

「別にそんなの良いさ、そんな出来の良いモンでも無いしな」

「十分立派な作品だと思いますが……というか片手間にここまでの物を掘れるなんて、トニーさんは手先が器用なんですね」

「こういうのが好きなだけだよ。少なくとも、銃持って走り回るよりは有意義だ」

 

 そう言って笑うトニーさんは本当に楽しそうで、こういった物を作るのが本当に好きなんだという事が伝わってきます。

 

 しかし、折角プレゼントを貰ったというのにお返しが無いと言うのはとても心が痛みます。

 

 なにか、なにかないでしょうか。

 

 いろいろ考えた挙句、私はポシェットから紙と鉛筆を取り出し、書き込んだ物をトニーさんに手渡します。

 

「なんでも一度だけ言う事を聞く券……なんだこりゃ?」

「その名の通り、ご命令して頂ければ私がトニーさんの言う事を聞く券です。後日ちゃんとしたお返しを用意しておきますので、今はそれをお受け取りください」

 

 手持ちが無いなら身体で返す、我ながら名案です。

 

 面倒な重労働を押し付けられる可能性もありますが、それもトレーニングだと思えばこなせないことはありません。

 

 上手い事を考えたと自信満々な私と対照的に、何故かトニーさんはそんな私を見てため息を一つ。

 

「なあナナシ、こういう券よく作ってんのか?」

「いいえ、今回がはじめてですが」

「そうか、じゃあ今回限りにしとけな。お前、これで妙な命令とかされたらどうするつもりだよ」

「妙な命令ですか……例えばどんな物でしょう?」

 

 私の問いに、トニーさんそっぽを向いて黙ってしました。

 

 特になにも思いつかなったんでしょうか?

 

「なあナナシ、お前もまだ小さいけど女なんだから色々注意した方が良いのは分かるだろ?」

 

 やっとの事トニーさんが呟いた言葉はそんな感じでした。

 

 しかしそれを言われると少し返答に困ってしまいます。

 

 こちらの世界に生まれてより11年。つまり私が女の子を始めて11年な訳ですから、それなりに女の子としての生活も分かっているつもりです。

 

 それでも時折、アルちゃんやエリカ伍長に注意されることがあるので完璧には程遠いのでしょう。

 

 もしかしたら、私の知らない女の子としての常識がまだまだあるのかもしれません。

 

 それならば、この機会にちゃんと勉強しておかなければいけませんね。

 

「すみませんトニーさん、私はまだまだ未熟者ですので見当がつきません」

「マジかよ……」

「はい、ですのでトニーさん。この機会にそういった私の知らないことを是非ご教授ください」

「……は?」

 

 トニーさんは素っ頓狂な声をあげて私を見返します。

 

「分からない事があればそのままにせず、ちゃんと理解できる様に努めよと訓練で習いました」

「そりゃ訓練の話だろ」

「ですが、先ほどの様子ですとトニーさんは私の事を思って忠告してくれたのではないですか?」

「まあ、一応な」

「でしたら、そのトニーさんの厚意を無下にしない意味でも、私はしっかり理解するべきだと思います。ですのでされたら困る命令や、女だから注意しなければならない事を教えてください」

 

 私は頭を下げ、トニーさんに懇願します。

 

 対してトニーさんは、心底困った表情になってしまいました。

 

「……悪いナナシ、今度アルマかエリカ伍長に聞いてくれ。頼む」

 

 なぜ教えてくれないのか追求しようとも思いましたが、トニーさんが本当に困っている様子で俯いてしまったので、流石にこれ以上は何も言えませんでした。

 

 仕方がないのでこのままエリカ伍長の元に向かうとしましょう。

 

 ですがその前に、ちゃんとしなければならないことがあります。

 

 私はその場で深呼吸すると、きちんとトニーさんに向き直ります。

 

 そして――――

 

 

「トニーさん、プレゼントありがとうございます。大切にしますね」

 

 

 嬉しかった想いをできる限りの笑顔に込めて、私はトニーさんにお礼を言いました。

 

 笑顔がぎこちなくなってないか心配しつつトニーさんを見てみると、呆然としたまま固まっています。

 

 これは間違いなく、上手く笑顔を作れていなかったのでしょう。

 

 

「っ……そ、それではエリカ伍長に呼ばれていますので失礼します!」

 

 

 私は恥ずかしくなって、もう一度トニーさんに一礼するとその場を走り去りました。

 

 後ろでトニーさんが何か言ってたような気がしましたが、とても聞く余裕なんてありません。

 

 次からは失敗せぬ様、笑顔の練習をすることを私は心に固く決意したのでした。

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