その後私が向かったのは、以前お世話になった救護用テント。
オーガとの戦闘が無い時、エリカ伍長は基本ここに居ます。
戦いが激化して居た頃はそれこそ毎日が修羅場になっていたこの救護テントも、オーガとの戦闘が一時中断している今は平和そのものです。
そのまま中に入ると、エリカ伍長とアルちゃんが楽しそうに談笑していました。
あのサウナの出来事の次の日から、アルちゃんは何時もの元気一杯に戻ってくれました。
私としては凄く嬉しい事なのですが、その元気さが今日に限っては怖くて仕方ありません。そこに楽しそうなエリカ伍長が加わるとなれば、警戒する事に越したことはないのです。
二人は私に気づくとすぐ私に近寄ってきます。
「いらっしゃいナナシちゃん、良いタイミングで来てくれたわ」
「はいエリカご………エリカさん、お呼びとの事でしたがどういったご用件でしょうか?」
一瞬エリカ伍長がムッとしたため、私はすぐ様呼び直します。
エリカ伍長は私に伍長と呼ばれると拗ねてしまうため、基本軍事行動以外ではさん付けで呼ばないといけないのです。
その様子を見ていたアルちゃんは、どうやら私の雰囲気に気づいた模様。
「ふむ、大分警戒してるねナナシ? ほらほら、怖くないよー。リラックス、リラックス」
まるで猫をあやす様に私の顎下を撫でてきます。
その様な行為で私の警戒度が下がることはありえませんが、流石野生のオオヤマネコすら手懐けるアルちゃん、喉を鳴らして喜ぶ猫さんの気持ちが少しだけ分かってしまいました。
「むぅ……アルちゃん、恥ずかしいから止めてっ」
「はーい。じゃあエリカさん、早速本題に入りましょうか」
「そうね、じゃあとりあえずナナシちゃん。こっちにきてばんざーいしてくれる?」
「?……こうですか」
言われた通り、私はエリカ伍長の前で万歳の姿勢を取ります。
「うん、OKよ。じゃあアルマちゃん、よろしくね」
「分かりました。それじゃあナナシ、ちょっとくすぐったいかもだけど我慢してね」
「……えっ?」
突如、後ろから私を羽交い絞めにするアルちゃん。そして羽交い絞めにされた私を様々な角度から見ていたエリカ伍長が、今度はじりじりとこちらに近寄ってきて――――
「っひゃぁ!?」
私の身体をぺたぺたと触り始めました。
脇下や横腹等も平気で触られるため、くすぐったくて思わず声が出そうになってしまいます。
というかちょっと出ちゃいました。
「エ、エリカさん! 何するんですかっ!?」
「ごめんね、すぐ済むからちょっとだけ我慢してて」
なんでしょうこれ、新手の拷問訓練?
暫くペタペタを堪能したエリカ伍長は満足そうに頷くと、紙にスラスラと何かを書き込み始めます。
「……あの、結局これはなんだったのでしょうか?」
「採寸だよ」
「採寸……?」
「そ、ほらナナシ軍服とか一番小さいサイズでもダボダボになっちゃうでしょ。もう秋だし、防寒仕様の軍服に変えなきゃいけない時期だから」
確かに、最近は雪も本格的に降り始めたので少し肌寒く感じてきてはいましたが、それなら採寸用のメジャーを使うべきで、ペタペタする必要は無いのではないでしょうか。
私の送る疑念の眼差しもなんのその、エリカ伍長は実に楽しそうです。
暫くして作業が終わったエリカ伍長が立ち上がります。
「よし、こんな物かしらね。後は良さそうなのを見つけて私が手直ししとくから、もう少しだけその服で我慢してちょうだい」
「……いえ、お手数お掛けしてしまい申し訳ありません」
多少ビックリもしましたが、エリカ伍長が私を思ってしてくれた事だという事は理解できます。
軍務で忙しい身だというのに、余計な仕事を増やしてしまうのは申し訳ないです。
対してエリカ伍長は、笑顔で気にしないでと続けます。
「良いのよ、私服とか作るの好きだから。けど、今の服のままじゃナナシちゃんが風邪を引いちゃうかもと思って……こんな物も用意してみました! アルマちゃん、お願い」
「はーい。ほーらナナシ、フワフワポカポカだよー」
そう言ってアルちゃんが取り出したのは、白いちょっと長めのマフラーと手袋でした。
「わぁ……すごい暖かそう!」
「ふふーん、そうでしょうそうでしょう! 実はこの手袋、エリカさんに習いながら私が編んだんだよ。ほらほら、付けてみて!」
アルちゃんに急かされるまま私は手袋を付けてみます。
毛糸で編まれた手袋は優しい暖かさで、少し悴んでいた私の手を温めてくれます。
「どう、暖かい?」
「うん! とっても暖かいよ。ありがとうアルちゃんっ」
「えへへー。でも、こっちのマフラーはもっと凄いんだよ!ほらっ」
そう言ってアルちゃんはマフラーを広げますが、見た所特別な感じはしませんね。
「とっても暖かそうだけど、普通とは違う所があるの?」
私の問いに、エルマ伍長がアルちゃんに代わって答えてくれます。
「このマフラーに使ってる糸は魔法繊維って言ってね、普通の糸とは耐久性も保温性も段違いなの。私の実家に伝わる秘伝の製法よ」
「ふふん、時間が足りなくて編むのはエリカさんにやって貰ったけど、この繊維に魔法を掛けるのは私も手伝いました!」
「秘伝……そんなすごい物を私に良いんですか?」
前にお父さんから聞いたことがあります。
トゥーリスには昔から魔法を使って作られる工芸文化があり、質の良い物は王様への献上品になるとか。
もしかしたらエリカ伍長のお家は、そういった品物を作っているのかもしれません。
「ナナシちゃんに元気で居てもらうためだもの、それに魔法繊維なら汚れにも強いから戦場で付けても大丈夫よ。本当は手袋も魔法繊維にしたかったんだけど、ちょっと時間が足りなくてごめんなさいね。だから手袋は普段使いや寝るときに使って頂戴」
「わ、分かりました」
「ほら、マフラーも付けてみなよナナシ」
魔法繊維で出来たマフラーは付けてみると不思議な触感で、サラサラしているのにしっかりと暖かさが伝わってきます。
少々長めではありますが、巻いて調節すれば特に気になりません。
寧ろこれから私が成長することも加味すれば、より長い間使えるという事です。
そして私の心は、二人の温かさでとてもポカポカになりました。
「とても暖かいです。マフラーも手袋も」
「そっか、気に入って貰えたなら良かった」
「アルマちゃん、ナナシちゃんに喜んで貰うんだって頑張ってたものね」
軍務の傍ら、休憩などの合間時間で二人はこれを作ってくれたのでしょう。
幾ら最近敵の侵攻が無くなってきたとはいえ、警戒や塹壕の補修や改良、エルマ伍長は副小隊長としての仕事や医療業務、アルちゃんだって訓練や雑務でとっても忙しかったはずなのに。
「ありがとうございますエリカさん、アルちゃん。何かお返しがしたいのですが、私に出来る事は何かないでしょうか」
マフラーと手袋のお礼をしたい。
そんな想いで出た言葉でしたが、その一言を聞いた瞬間、二人の表情が変わります。
表情は先ほどと変わらぬ笑顔ですが、その奥に潜む物は――――獲物を捕らえた狩人の目。
――――これは何か企んでる顔です、早く逃げないと!
そう思った時にはもう手遅れ、私の手はガッチリとアルちゃんに捕まっていました。
「ん、どうしたのナナシ? 折角なんだからもうちょっとゆっくりして行きなよ」
「えっ……あっ……わっ私塹壕堀の途中だから! 今はトニーさんに代わって貰ってるし、早く戻って手伝わないと!」
「大丈夫よ。トニー君には私の方から後でお礼を言っておくから、それにナナシちゃんにはまだ話したい事があるのよ」
必死の弁も軽くいなされ、ニコニコと微笑むエリカ伍長はテントの奥から何かを運んできます。
戻ってきたエリカ伍長の手に握られて居たのは、私にとってとても見覚えのある衣装でした。
それは、以前レクリエーションと称して皆さんが酒盛りをしていた際に、盛り上げ要員として私が着せられそうになった服。
見た瞬間全身から嫌な汗が流れるのを感じます。
思わず逃げようと試みますが、笑顔のアルちゃんが私をガッチリホールドして放してくれません。
身体のラインがよく出る肩出しのボディースーツに、下は水着の様なハイレグ衣装と少し厚手のストッキングのみ。
かなり露出の高い衣装ですが、私が問題とするのはそこではありません。
問題なのはフワフワポンポンの尻尾と長耳のヘアバンド。
そう、その姿はまごう事なきウサギそのものでした。
「あっ……あの……エリカさん。その服は……」
「ねえナナシちゃん、明後日はミッケリーデの日なのは知ってるでしょ? 皆ここまでずっと頑張ってきたんだし、最近はオーガも攻めてこなくなってきてるから、その日ぐらいは騒いでも良いと思うの」
「ナナシもミッケリーデのお祭り大好きだよね? 一緒に出店に並んだり、ベリルでパレード観たりしたし」
確かに私はお祭りが大好きですし、皆さんの息抜きをするというのは理解も出来ます。出来る事ならお手伝いもするでしょう。
ですがウサギ扱いされる屈辱は絶対イヤです!!
「いっ……イヤだよ!? 私にそれ着せるつもりでしょ! 絶対イヤって言ったよねっ!?」
「あれ? ナナシさっき、私に出来る事何か無いかって言ってたよね?」
「っ……言ったけど! でもでも、これは絶対イヤ!!」
「アルマちゃん、さっきの手袋編むために最近はずーっと徹夜してたのよね」
「! ……うぅ……」
なんという卑怯な一言。
アルちゃんはアルちゃんで『訓練の最中も眠くて大変だったなー』と欠伸を一つ。
嵌められた怒りと、これから起こるであろう恥辱の未来に肩を震わせる私に対して、アルちゃんはポンと手を載せます。
「大丈夫、私も一緒に着るから。二人でなら恥ずかしくないでしょ?」
満面の笑みでそう告げるアルちゃんでしたが、私は知っています。
アルちゃんはこの衣装を着るのにかなりノリノリで、結局一人で着て楽しんでいたことを。
そうして半ば強制的に、私はミッケリーデの夜に皆さんの晒し者になることが決定したのです。
いつ自分の命が消えてもおかしくない最前線を生き抜く日々。
苦しい事、辛い事、怖い事、沢山ありました。
しかしそんな日々の中で仲間達と接する内に、私はいつしかこの日々を楽しいとまで思うようになっていました。
この世界にもし神様が居るのであれば、そんな私を見てなんと呑気な様かと憤慨したことでしょう。
だからでしょうか。
戦争も、最前線も、その様な幸せなど微塵もなく、あるのは絶望と死だけなのだと、私は思い知らせれることになるのです。
戦況が動いたのは、それから1週間後の事でした。
オーガ兵の進軍が確認されたという事で、私達は迎撃の準備を整えます。
前回の侵攻から時間が経っていたこともあり、こちら側の防備は万全。
何時もの様に返り討ちにしてやろうと意気込んでいたトゥーリス兵ですが、敵の先頭に見慣れない物がある事に気づきます。
見慣れない物……いいえ、それはあってはならない物でした。
遠目からでもハッキリと分かる重厚な装甲に、どんな悪路でも走破してしまうキャタピラ、そして歩兵のそれとは比べ物にならない破壊力を生み出す長い砲身。
前世でイヤというほど見せられた戦争映画によく出てきた、第二次世界大戦においての陸戦の主役『戦車』
それが今、私の目の前に現れ、こちらを蹂躙しようとしているのです。
しかもそれが目視出来るだけでも3両。
他の人達はその姿を奇妙には思っているようですが、警戒している人は誰一人居ません。
この場であの戦車の脅威を伝えられるのは、前世でその力を見ている私だけでした。
「……ガルド小隊長、今すぐに塹壕を捨て後退する事を具申します! このままでは奴らに塹壕を蹂躙されて、防衛線が壊滅してしまいます!!」
私はすぐさまガルド小隊長に後退するべきだと伝えました。
前方に見える戦車の数は3両。
対してこちらの防備は歩兵を前提としたものばかりであり、戦車相手に有効打を与えられそうなものはありません。
あの戦車がこのまま塹壕に突っ込んでくれば、それを起点に敵兵が流れ込んできて、この防衛線は致命的な被害を受けることは明らかです。
ここに籠っても殺されるだけ、ならすぐに撤退して被害を最小限にするべきだと私は必死に訴えました。
しかし、
「俺達の任務はこの防衛線を維持し、敵を食い止めることだ。それを放棄して撤退する事は出来ない」
私の懇願は、ガルド小隊長の一言によって切り捨てられる結果となりました。
考えてみれば当然の事です。
私の様な新兵がいきなり後退しろ等と叫んでも、敵に怯えて逃げ出したくなった様にしか見えません。
どうしたら分かってもらえるのでしょう。
このままじゃ皆、オーガ兵に殺されてしまう。
私は必死に何か良い方法が無いか考え続けました。
「……ガルド小隊長、ナナシの様子は明らかにおかしいです。こんなに狼狽えてるナナシなんて初めて見ました、きっとそれだけの理由がアレにあるんだと思います」
そんな時、横から助け舟を出してくれたのはアルちゃんでした。
アルちゃんは私の言葉を信じてくれて、もっと私の話を聞くべきだとガルド小隊長に進言してくれます。
「……確かに、普段は戦場でもムスっとして仕事こなしてるナナシにしちゃ珍しいな」
「ナナシちゃんは根性がある子だから、今更敵の大群見た程度でビビったりしないでしょうよ。そのナナシちゃんが狼狽えるって言うなら、警戒する必要は高いと思いますね」
「私も同意見です、ガルド小隊長。『戦場の変化には敏感であれ』は、ガルド小隊長の口癖ですよね?」
そしてアルちゃんに続くように、他の隊員の方達ももっと私の意見を聞くべきだと言ってくれました。
その様子を見て、ガルド小隊長は少し思案すると、私に向き直ります。
「ナナシ二等兵、現状では後退するだけの要素は認められない。だから、お前が後退を支持する根拠を言ってみろ。後退するかどうかはそれから判断する」
どうやら、ガルド小隊長は私の話を真剣に考慮する気になってくれた様です。
しかし根拠を説明せよと言うのはかなり難しい話でした。
ここで素直に私は転生者で、あの兵器を前世で見た事があると説明したとして、信じてもらえる可能性はゼロでしょう。
かといって他に上手く説明する要素は思いつきません。
何か、何か無いでしょうか。
私が発言しても、何とか納得して貰えるような要素は――――
「さっ……索敵魔法です。先程周囲警戒の為索敵魔法を使用した際に、あの敵が有する兵器の性能を理解しました」
散々悩んだ末、苦し紛れに思い付いたのは索敵魔法でした。
勿論私の索敵魔法にそこまでの能力はありません。
しかし、索敵魔法は使える者の数が圧倒的に少なく、トゥーリスでもまだ研究途上の魔法であると訓練の時に聞いていました。
幸い、前世での経験のお陰で戦車がどういうものなのかを説明できる程度の知識が私にはあります。
その知識を駆使して何とか乗り切るほかありません。
私の言葉を聞き、ガルド小隊長の鋭い視線が私に突き刺さります。
やはり信じてもらえなかったのでしょうか?
私の心は不安で押しつぶされそうになります。
短くも、嫌な沈黙が流れた後、ガルド小隊長は――――
「……良いだろう、お前のいうあの兵器とやらの性能を報告しろ」
一度目を伏せ、私に続きを促したのでした。