戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第十二話

「あの兵器最大の特徴は、強固な装甲と移動能力です。こちらの主力兵装であるM200ライフルでは到底あの装甲を突破する事は出来ず、対人魔法でも有効打は与えられないでしょう。そして塹壕を無視出来る移動能力でこちらに突っ込んできた後、周囲に展開されている機銃や主砲で塹壕を制圧。それを起点に敵歩兵が雪崩れこんでくるものと思われます」

「……俄かには信じられんな。確かにあの塊は鉄か何かで出来ている様だから硬さは理解できる。だがアレが本当に動くのか?」

 

 疑問に思うのは当然でしょう。

 

 何せトゥーリスは今だ馬車が現役で、車さえも殆ど見ることは無い国なのです。

 

「動きます。しかし歩兵とある程度足並みを合わせて運用する兵器なので、少なくともスピードはガルド小隊長よりは遅い筈です」

「そりゃそうだ。あの塊がガルド小隊長より素早く動きやがったら、俺は今すぐ銃を捨てて逃げ出すね」

「けど、幾ら早くなくたってこっちの攻撃が効かないなら手の打ちようがないですね。やっぱりナナシが言うように後退するのが得策じゃないですか?」

「……ナナシ二等兵、あの兵器の弱点になりそうな要素は無いのか?」

 

 弱点ですか。それこそ対戦車地雷や対戦車ライフルがあれば対抗も可能でしょうが、用意する事は出来ません。

 

 ガルド小隊長程の運動能力ならば、戦車に張り付いて色々出来そうですが、周りの歩兵が流石にそれをよしとはしないでしょう。

 

 ここが森ならまだしも、塹壕と敵の間にあるのは見晴らしの良い平地。

 

 近づく前にハチの巣にされてしまいますね。

 

 なので時間を掛けてでもまず戦車と歩兵を分断する事が必要なのです。

 

 対人魔法がある以上、戦車が突撃してくるタイミングでは歩兵は随伴出来ないと思いますが、3両の戦車による突撃で防衛線が破壊されてしまえば、こちらは対人魔法を発動する余裕なんて無いでしょう。敵の歩兵はそこから悠々と戦車に合流してしまいます。

 

「そうですね、あの兵器は開閉部が少ない筈なので、中に居る操縦者は周りの状況を確認しづらい筈です。また歩兵と連携されるととても厄介ですが、何とか分断する事が出来れば戦力は格段に落ちるでしょう」

「歩兵に関しては、こちらの対人魔法がある程度の牽制になるな」

「はい。そして一つだけでしたら、ガルド小隊長の身体能力なら対抗が十分可能だと思います。中に乗っているのは生身の人間ですから、上部にあると思われる車内への入り口を破壊して、中に手榴弾を投げ込むのが一番有効打を与えられると思います」

「密室で手榴弾が爆発すりゃ、そりゃ中に居る奴はミンチよりひでぇ事になるよな。けど、ナナシちゃんも中々エグい事考えるねぇー」

 

 自分で言っていてなんですが、確かにあまり想像したくない光景です。

 

 ですが、オーガに同情する心情は持ち合わせておりません。

 

「お褒め頂きありがとうございます。ですが、問題は敵が一つでは無く三つ居るという点ですね」

「一つを頑張って潰しても、残りの二つがその間に好き勝手暴れてグチャグチャ……その間に敵の歩兵がこっちにたどり着いちゃうよね」

「打つ手無しか……やっぱりナナシの言う通り撤退した方が良いんじゃないですか?」

 

 周りの空気がどんどん重くなってくるのを感じます。

 

 しかし、戦車の脅威を少しでも理解して貰うには致し方ありません。

 

 これならガルド小隊長も撤退の英断を取ってくれるかもと様子を伺ってみると、何やら考え込んでいるご様子。

 

 あと一押しと言った所でしょうか、ならばここで確実に撤退の判断をして頂けるように追撃を掛けるべきでしょう――――

 

 

「ヨルム兵長、意見が聞きたい」

 

 

 私が戦車の攻撃武装について説明しようと考えていた時、ガルド小隊長はヨルム兵長を呼びます。

 

 ヨルム兵長はこのガルド小隊唯一の工作兵(クローラ)であり、対人魔法のスペシャリストです。

 

 そして小隊の中でも一番軍歴が長いということもあり、様々な人から意見を求められるご意見番でもあります。

 

「あのデカブツを魔法で吹っ飛ばせるかって話ですかい?」

「ああ、ナナシの見立てでは対人魔法でも難しいとの事だったが、お前の意見も聞いておきたい」

 

 ヨルム兵長は少し考え込むと、すぐに返答します。

 

「元々対人魔法は人を殺す事じゃなく、負傷させる目的の魔法です。見た目は派手ですが、それも喰らった相手の視野や耳を一時的に麻痺させるのが目的で、威力に関しちゃ足を吹っ飛ばす程度、あのデカブツ相手にはちょいと火力不足でしょうな」

「そうか……」

 

 ガルド小隊長はヨルム兵長の見立てを聞き、どうやら判断を決めたようです。

 

 私達全員を見据え、その下された決断は――――

 

 

「アレの脅威は十分理解した。だが、なればこそアレをこのまま放置する訳にはいかん」

 

 

 撤退ではなく、防衛でした。

 

 どんどん目の前が真っ暗になっていくのを感じます。

 

 ガルド小隊長はその後も何か話ているようですが、まったく耳に入ってきません。

 

 防衛、死守、戦車相手にどうやって?

 

 兵力も装備も相手が圧倒的に上なのに、その上防衛側の利点すら崩壊しようとしているこの状況で、いったい何ができるというのでしょう。

 

 戦車に塹壕を蹂躙されて、雪崩れ込んでくる敵の大群。

 

 多少個で優位に立とうとも、圧倒的な物量の前にはそれは全て無駄。

 

 敵に肉薄されて、嬲られて、撃ち殺される。

 

 それ以外の未来は、私には見えません。

 

 痛いのは慣れているので我慢できます、お腹が空くのも、罵倒されることも、前世で沢山経験した事。

 

 いざとなれば、きっと私は我慢できてしまうでしょう。

 

 でもあの瞬間だけは――――

 

 私が前世で経験した最後の記憶である【死】だけはもう二度と経験したくはありません。

 

 そして何より、今ここに居る仲間達が死んでしまう。その事が私をより一層深い絶望に突き落としていました。

 

 皆が戦車に轢かれ、敵に撃たれ、どんどん死んでく。

 

 ヘルシェさんも、トニーさんも、エリカ伍長も、ガルド小隊長も、そして……アルちゃんも。

 

 その瞬間を想像してしまい、私はこみ上げてくる吐き気を抑えるのに必死になっていました。

 

 

 苦しい  辛い  もう――――

 

 

 震える私の肩に、そっと誰かの手が添えられます。

 

「落ち着いて呼吸を整えろ。時間を掛けて、ゆっくり息を吸うんだ」

「ガルド……小隊長……っ」

 

 それはガルド小隊長でした。

 

 気づけば皆さんは既に指示を受け、戦車迎撃の為に動いているようです。

 

「すっ……みませ……っ」

 

 すぐに謝罪しようと声を出しますが、上手く声を出す所か呼吸すらままならない始末。

 

 更には無理をした所為で強烈な吐き気に見舞われ、思わず涙目になってしまいます。

 

 そんな私に対してガルド小隊長は何も言わず、背中を摩ってくれます。

 

 とても大きくて、少し武骨ですが温かい手の感触が、少しだけ症状を緩和させてくれました。

 

「無理にしゃべる必要は無い。唯、少しオレの話を聞け」

 

 私が幾分か楽になったのを感じたのか、ガルド小隊長は私に語り掛けます。

 

「お前が全員の無事を願ってさっきの提案をした事はよく分かっている。お前がオレ達に語ったアレの情報も信じよう。だがオレ達は兵士で、オレ達の後ろには祖国の仲間が……家族が大勢居るんだ。オレ達は彼ら、彼女らを命を賭して守る義務がある。それは分かるな?」

 

 ガルド小隊長の言葉に、私はゆっくりと頷きます。

 

 私達が撤退し、防衛戦が放棄されればオーガはトゥーリスの地をどんどん蹂躙していく事でしょう。

 

 ニルバ村の様な地獄が、トゥーリス全土で起こる事になってしまいます。

 

 そうしない為にも、今ここで私達が命を賭して防衛線を死守しなければならない。

 

 理屈では理解しているんです。

 

 でも、それでも小隊の皆さんに生きていて欲しいから。

 

 

「私はそれでも……皆さんに死んでほしくないんですっ! 軍人として、失格なのはよく分かっています。それでも、皆さんは私にとって最後に残った家族だから……っ」

 

 

 気づくと私は、ポロポロと涙を零しながらガルド小隊長に訴えかけていました。

 

 前世に比べて本当に私は感情的になってしまったと思います。

 

 でもそれが悪い事だとは、今の私は思いません。

 

 こんな私と仲良くしてくれる皆を助けたい。

 

 皆で生きて帰って平和に暮らしたい。

 

 それが今の私にとって、一番の願いでした。

 

 

 しかし今の私の発言は、命令無視とも取れる感情的なもの。

 

 普通に考えればもはや鉄拳制裁処か、その場で銃殺されてもおかしくない程の暴挙です。

 

 すぐにその事に気づいた私は、様々な事を覚悟してガルド小隊長の表情を伺います。

 

 しかしガルド小隊長は私を処罰する事はせず、その大きな手を私の頭の上に乗せ、小さく笑っていました。

 

「安心しろ、オレは部下の命をオーガなんぞにくれてやるつもりはない。お前がくれた情報のお陰で作戦も立てやすくなったからな」

 

 それは、いつも険しい表情をしているガルド小隊長が初めて見せた笑顔。

 

 おそらくガルド小隊長も私と同じで、咄嗟に笑顔を作る事が苦手なのでしょう。

 

 でもその笑顔と優しい掌から、ガルド小隊長が私の事をとても心配してくれているのが伝わります。

 

 さっきまでの緊張が一気に解けていくのを感じ、気づくと私の涙は止まっていました。

 

 そんな私の様子を見て、ガルド小隊長は笑みを止め、何時もの真面目な表情へと戻ります。

 

「エリカ、ナナシ二等兵を診てやれ。問題が無いようならお前と一緒に後詰めに就いてもらう」

「了解しました。あまり無茶しないでくださいね?」

「さてな、全てはアレ次第だ」

 

 ガルド小隊長の言葉に、エリカ伍長は困った表情をしますが、そのままガルド小隊長は行ってしまいました。

 

「さてと、ナナシちゃん体調の方は大丈夫かしら?吐き気があるみたいだけど」

「はい、大分楽になりましたのでもう大丈夫です。ガルド小隊長のお陰で落ち着きました」

「あの人ああ見えて娘さんが居るものね。確かナナシちゃんと同じぐらいの年だったはずよ」

「えっ……?」

 

 なんと、衝撃の事実です。

 

 確かにこの世界では、前世に比べて平均的な結婚年齢が早い様ですが、それでも20代中ごろが一般的です。

 

 確かガルド小隊長は31歳との事でしたので、20歳の頃にはお子さんが居たという事ですか。

 

「だから女の子なのにその年で軍人をしてるナナシちゃんや、アルマちゃんの事を特に心配してるのよ。私が軍に入った時も随分お世話になったもの」

「……その割にはガルド小隊長の訓練は鬼の様な厳しさでしたが、特にアルちゃんに対する扱きは凄まじかったです」

「あー……あの人アルマちゃんには特別目を掛けてるものね、この前もお酒を飲みながら『アルマは突撃兵(アサルト)の才がある』って呟いてたもの。でも、訓練が厳しい理由はナナシちゃん達を少ない期間だけで一人前に仕上げる為だっていう事は分かってるんでしょう?」

「はい。でも正直死ぬ思いをしたのも事実なので、少しぐらいグチらせて頂いてもバチは当たらないと思います」

 

 私の言葉に、エリカ伍長は声を出して笑いだしました。

 

 正直な所死ぬ思いをしたのは噓偽りの事実なので笑いごとではないのですが、同時にそれが私達を想っての事なのは、私もアルちゃんも分かっています。

 

 人材不足のトゥーリスではありますが、それでも兵員募集で新兵の数はある程度増えており、私の様な新兵は幾らか替えが居る消耗品なのです。

 

 そして戦場における新兵の死亡率は言わずもがな、そんな明日死ぬかもしれない新兵に入れ込んで教育を施すのは正直非効率でしょう。

 

 でもガルド小隊長は、時間が空けば付きっ切りで私達の訓練指導をしてくれました。

 

 理由はきっと私達が、少しでも戦場で生き延びる事ができる可能性を上げる為。

 

 それ程部下を想ってくれるガルド小隊長が、私達に唯死ねと命令するとは思えません。

 

 先程までは戦車の登場で気が動転していた私ですが、ガルド小隊長の事を信じようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後、遂に戦車は塹壕に向かって進軍を始めました。

 

 対人魔法を警戒してか歩兵は追従しておらず、戦車3両のみがゆっくりとこちらへ進んできます。

 

 ジリジリと近づいてくる戦車に対しガルド小隊によるライフル一斉斉射が行われますが、やはりその厚い装甲に阻まれダメージを与えることが出来ません。

 

 そして丁度戦車が敵軍とこちらの中間地点に差し掛かった時、戦車に新たな動きがありました。

 

 その大きな主砲を旋回させ、標準をこちらへと付けてきたのです。

 

 

「敵の主砲が来ます! 皆さん塹壕の奥に隠れてっ!!」

 

 

 私が可能な限りの大声で叫んだ直後、激しい衝撃と爆発音が辺りに響きます。恐らく塹壕近くの地面に当たったのでしょう、舞い上がった土がパラパラと頭の上に降り注ぎます。

 

 私達が塹壕内に隠れている以上、戦車がこちらを直接狙う事は難しいはずですが、こうして隠れている間に戦車はどんどんこちらへ近づいてきています。

 

「ヒュー、死ぬかと思ったねぇ。ナナシちゃんの言う通り厄介だわこりゃ」

「流石にアレに狙われたら木っ端みじんッスね。で、ここからどうするんですかガルド小隊長」

 

 小隊員の視線がガルド小隊長に向けられる中、ガルド小隊長は剣とシャベルを両手に持ったまま立ち上がります。

 

「お前達は後続で突っ込んでくる歩兵にだけ気を付けていれば良い、アレは……オレ達が倒す。ヨルム、準備の方は出来ているか?」

「何とか仕込みは間に合いましたんで、位置はアルマちゃんに教えてます。上手い事嵌めてくれるでしょう」

「こっちも準備バッチリですよ。何時でも行けます!」

 

 どうやら何か仕掛ける様ですが、元気一杯のアルちゃんとは打って変わって私は不安で一杯です。

 

 私はすぐさまアルちゃんの元へ駆け寄りました。

 

「アルちゃん、無茶な事はしちゃダメだよ?」

「ナナシは心配性だねぇ。大丈夫、私は仕掛けを発動させるだけだから」

「仕掛け……?」

 

 対人魔法の他に何か罠が仕掛けられているのでしょうか?

 

 困惑する私をアルちゃんは楽しそうに眺めながら、ニッコリと笑みを返してきます。

 

「きっとビックリすると思うよ。期待して待ってなさい!」

「……分かった。気をつけてね」

 

 自身満々のアルちゃんを見ていると、本当に何とかなってしまいそうに思うので不思議です。

 

 でもそれと同時に、一緒に戦えないひ弱な自分を不甲斐なくも思います。

 

 もし私に宿った魔法が索敵魔法では無く、アルちゃんの様な身体強化系の魔法だったなら、こうして見送るのでは無くて、一緒に肩を並べて戦う事も出来たのに――――

 

 

 

「これよりオレは敵主力兵器に攻撃を仕掛ける。ヨルムとアルマはオレの指示通りに、他の隊員は周囲警戒をしつつ塹壕に待機だ。エリカ、塹壕内の隊員指揮はお前に任せるぞ」

「分かりました、無茶しない程度に暴れてきてください。命を繋いで帰ってきてさえくれれば、傷は私が治してみせます」

「フッ……そしてナナシ二等兵、以前オレが渡した通信魔法具はまだ持っているな?」

「はい、今もちゃんと装着しています」

 

 私はすぐさま耳に装着した通信魔法具を見せ、返答します。

 

 結局あのまま気絶してしまった為返すタイミングを失っていたのは内緒ですが、戦闘時使用する場合も考えて、常に持ち歩いていて正解でしたね。

 

「もしあの兵器の事で分かった事があれば、それですぐオレに伝えろ。どんな些細な事でも構わん」

「了解しました……ご武運を祈ります、ガルド小隊長」

 

 

 そしてガルド小隊長はたった一人塹壕を出て、戦車へと向かっていくのでした。

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