戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第十三話

 塹壕を出たガルド小隊長は、大凡人とは思えない程のスピードで地を蹴り、戦車へと近づいていきます。

 

 対して戦車は主砲を旋回させながらガルド小隊長を狙おうとしますが、そのスピードの前では満足な照準を付けれるはずも無く、見当違いの場所を吹き飛ばすばかりです。

 

 そしてそれはもっと距離が離れている敵歩兵も同じであり、そもそも距離の為か歩兵からの攻撃はあまりありません。

 

 私達にとって歩兵が近づいてこないのは行幸ですが、戦車を止めなければ私達の敗北は変わりません。

 

 やがて3両の戦車はガルド小隊長を仕留める為か、3方向に散ってガルド小隊長を包囲しようと動き始めます。

 

 戦車の周りには機銃も装備されている様なので、包囲した後にばら撒かれながら距離を詰められれば流石のガルド小隊長でも危ない筈。

 

 ですがそれはガルド小隊長も承知の上だった様で、戦車が距離を詰め始めた瞬間、その姿は霞の様に消え去ります。

 

 

 ガルド小隊長の得意魔法 【加速】

 

 

 いつの間にかその消え去ったガルド小隊長は、次の瞬間には戦車の上に陣取っていました。

 

 ガルド小隊長を突然見失い、戦車の搭乗者達は焦っていることでしょう。

 

 そんな様子を嘲笑うかのように、ガルド小隊長は瓶の様な物を取り出すと、中に入っている液体を戦車へとかけていきます。

 

 全ての液体をかけ終え、瓶を放り投げると同時に周りの2両は遂にガルド小隊長の姿を見つけたようで、備え付けの機銃をガルド小隊長に向け始めます。

 

「ガルド小隊長! 残りの2両が気づきました、すぐにそこから離れてください!」

 

 私は急いで通信魔法具でガルド小隊長に伝えますが、対するガルド小隊長は全く焦った様子はありません。

 

 

「問題ない、丁度火が欲しかった所だ」

 

 

 刹那、2両の戦車から放たれる機銃掃射。

 

 戦車の装甲ならば、機銃程度の攻撃で致命傷になることは無いとの判断でしょう。

 

 しかし弾が届く頃にはまたもやガルド小隊長の姿は既になく、機銃の弾は戦車の装甲に触れたい瞬間――――

 

 

 激しい炎を上げ、撃たれた戦車が轟々と燃え盛り始めました。

 

 

「思ったよりよく燃えるな。良い仕事だ」

「ガルド小隊長! ご無事ですか!?」

「ああ、問題無い。ナナシ二等兵、これで中の人間は蒸し焼きになると思うか?」

 

 どうやら加速魔法で無事退避出来たようですね。ガルド小隊長の言葉に、改めて燃えている戦車を観察します。

 

 恐らく先程がかけていた瓶の中身は、可燃性の燃料か何かだったのでしょう。燃えているのは表面だけで、あの熱で装甲等が熔ける事はありませんし、中の人間も無事でしょう。

 

 但し、あの戦車を動かす為に使っている燃料に引火すれば話は別です。

 

 使っているのがガソリンだとすれば、気化したガソリンに引火して大爆発を起こす可能性は十分あります。

 

 火も当分消える様子はありませんし、あれほど激しい炎では中の人間が脱出するのも難しい筈。

 

 あの戦車は戦闘不能と見て間違いありません。

 

「硬い装甲で守られているので中の人間はまだ無事でしょう。しかし戦闘不能なのは間違いないと思います。誘爆の危険がありますので、もう近づかない方が良いでしょう」

「了解した、なら残り二つも片付けるとするか」

「気を付けてください、今ので敵もガルド小隊長を相当警戒してる筈です」

 

 

 

 思った通り敵はガルド小隊長を相当な脅威と感じたようで、双方が全く違う方向から塹壕に向けて突撃し始めます。

 

 この方法ならガルド小隊長がどちらかに向かっている間にもう1両が塹壕を荒らせると考えたのでしょう。

 

 しかし、それも既にガルド小隊長は織り込み済みだった様でした。

 

「アルマ二等兵、一つがそちらに向かった。任せたぞ」

「了解です、任せてください!」

 

 気づくといつの間にか一方の戦車が向かっている先に、シャベルを片手に仁王立ちしているアルちゃんの姿がありました。

 

 戦車もアルちゃんの存在には気づいているはずですが、構うことなく突っ込むつもりの様です。

 

 対してアルちゃんは手に持ったシャベルを大きく振りかぶり――――

 

「せいやぁ――――ッ!!」

 

 そのまま、地面へ深々と突き立てます。

 

 

 ビキビキビキッ―――――

 

 

 直後、地鳴りが起こったかと思うとアルちゃんの前方にあった地面が割れていき、戦車を巻き込んで大きく陥没してしまったのです。

 

「えっ……ええ――――っ!?」

 

 何が起こったのか分からず、私は思わず声を上げていました。

 

 周りの皆さんも同じ気持ちの様で、アルちゃんの姿に呆気にとられています。

 

 地面の陥没は相当な物で、落ちた戦車は完全に身動きが取れない状態になっていました。

 

 確かにアルちゃんは魔法で身体能力を強化出来ますし、その時のパワーが凄まじいのはよく知っています。

 

 しかしそれでも、シャベル一つで地割れを起こす程のパワーは無い筈では。

 

「何、ちょいと魔法であの辺の地下をくり貫いておいたのさ。あんまり時間が無かったんで大雑把な仕事になっちまったが、アルマちゃんのお陰で良い感じに嵌ったみたいだな」

 

 そんな私の疑問に答えてくれたのは、いつの間にか隣に立っていたヨルム兵長でした。

 

「こんな短い時間で掘ったんですか? あれだけの大穴を??」

「まあ普通に掘ったんじゃ無理だ。そこは魔法様々って所かね、だがこの工作の所為であの辺一体の対人魔法は解除せざる負えなかった。奴さんはまだ気づいちゃいないだろうが、もし気づかれたらちょいと不味いぜ。もし敵が近づく素振りを見せたら弾幕でなんとかしてくれや」

 

 ハッハッハと笑いながらサラッと爆弾発言が告げられます。

 

「マジかよ、笑い事じゃねえぞヨルムさん。敵はこっちの数十倍居るだぜ、あの兵器で蹂躙しようとしたから引っ込んでやがるが、アイツが全部使いもんにならないって分かれば何時もみたいに突っ込んでくるだろ!」

「落ち着けトニー、どっちにしろあの兵器を止めなきゃこっちは酷い事になってたんだ。歩兵だけならこっちの銃も効くし、最悪白兵戦もできる。化け物相手にするよりずっと楽だろ」

「……すみません」

 

 動揺した様子でヨルム兵長に怒鳴るトニーさんでしたが、ヘルシェさんに窘められすぐに落ち着きを取り戻した様です。

 

 確かに戦車を相手取る事に比べれば幾分楽にはなるかと思いますが、楽観視出来る状況ではないのも事実です。

 

 物量で圧倒的に負けている私達は、敵に塹壕までたどり着かれてしまうと敗北が確定してしまいます。

 

「万が一の事も考えて、幾つか仕掛けは用意しとくからよ。じゃ、こっちは頼んだぜ」

 

 そう言ってヨルム兵長は塹壕の奥に消えていきます。

 

 戦場では丁度残った戦車をガルド小隊長が追い回している所でしたが、流石に1両でガルド小隊長の相手は不可能と判断したのか、戦車は撤退し敵陣営へと戻っていきました。

 

 それを確認し、アルちゃんとガルド小隊長は塹壕へと戻ってきます。

 

「躍起になって攻めてくるかと思ったが、やけにあっさり退いたな」

「流石に新兵器がやられるのは予想外だったんじゃないですか?」

「だとしても、何時もの猪っぷりを考えたらちょっと不気味ですね」

 

 確かに、被害に構わず物量で押しつぶすのがオーガの基本戦術です。

 

 今まで散々対人魔法で吹き飛ばされても愚直に突撃してきた奴らが、ここで大人しく止まっているのは明らかに異常事態でした。

 

 ならば何故、奴らはここで止まっているのか。

 

 その理由が明らかになったのは、それから暫くしての事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……了解した。すぐに準備する」

 

 どうやら誰かから通信があった様で、ガルド小隊長は二、三

「ガルド小隊長、何かあったんですか?」

 

 傍に控えていたエリカ伍長の声にガルド小隊長は一度目を伏せ、そして告げた言葉は――――

 

 

「たった今、北部の塹壕が突破された。オーガ兵はそこを起点に防衛線を包囲しつつあるそうだ、よって遺憾ながらこの防衛陣地を放棄し、撤退を開始する」

 

 

 私達の敗北でした。

 

 

「突破……!? まさかさっきの兵器がここ以外にも?」

「どうやらその様だ。敵の新兵器により塹壕は全て踏み荒らされ、そこからオーガ軍が波の様に押し寄せたらしい。塹壕を守っていた防衛隊は壊滅、既に北部はオーガの手中に堕ちたとみていいだろう。直に北部を制圧した敵部隊がここにもやってくる、そうなればオレ達は包囲され殲滅されてしまうだろう。オレ達は敵が来る前に撤退を済ませ、これより敵の侵攻を遅らせるための遅滞戦に移行する。各隊員はすぐに装備をまとめろ」

 

 

 

 

 そこからは時間との勝負でした。

 

 いつ北部の敵がここに押し寄せるか分からない上に、前方の敵が沈黙を破って突撃してくる可能性もあるのです。

 

 物資をすべて持っていくことは不可能ですので、各々で持てるギリギリで物資をまとめていきます。

 

 何より優先されるのは武器と弾薬、そして飲み水と食料です。

 

 しかしこれが大分重く、担いだ瞬間その重さがズッシリと身体にのしかかります。

 

「ナナシ大丈夫? 私はまだまだ余裕だから、ナナシの分も持つよ」

 

 となりで装備をまとめていたアルちゃんが心配そうに声を掛けてきます。

 

 アルちゃんの言葉に甘えたい気持ちになりましたが、私だって兵士です。

 

 自分の装備は自分で管理しなければなりません。

 

「大丈夫だよアルちゃん、私だってちゃんと訓練してるんだから。最近はしっかり体力も付いてきたし、ちゃんと持てるよ」

「嘘、ナナシ無理してるの丸分かりだよ」

 

 心配させまいと精一杯の強がりを見せたつもりでしたが、秒でバレてしまいました。

 

 アルちゃんはそのまま両手を広げると、じりじりとこちらににじり寄ってきます。

 

「ナナシ、装備を半分私に渡しなさい。じゃないと無理やり奪い取るからっ!」

「私だって兵士だもん! 皆に迷惑掛けたくないよっ!」

 

 物凄い気迫で威圧してくるアルちゃんでしたが、私も退く訳にはいきません。

 

 睨み合いの末にアルちゃんは「仕方ない」と呟くと、実力行使に出る為私の装備に掴みかかります。

 

 力比べでアルちゃんに敵う筈も無いのですが、意地になっている私も奪い取られまいと装備にしがみ付いていると、近くで同じく装備をまとめていたトニーさんがやってきます。

 

「あのなぁ、お前らこの状況で戯れてんじゃねえよ」

「だってナナシが言うこと聞かないからっ!」

「アルちゃんが私の装備まで持つって言うからだもんっ! 自分の分は自分で持てるよ!」

 

 むむむっと睨みあう私とアルちゃんの様子を見て、トニーさんは呆れた様子でため息を付いていました。

 

「アルマ、お前の気持ちは分かるけど過保護になりすぎるのもどうかと思うぜ?コイツが

言ってるように自分の装備は自分で管理するのが当たり前、それがオレ達の命にも直結するんだから猶更だ」

「それは……分かるけど」

 

 トニーさんに諭されしゅんとするアルちゃん。

 

 その様子を確認してトニーさんは、私の方へ向き直ります。

 

「んで、ナナシもナナシだ。お前最近体力付いたって言っても、その小柄で装備全部持てるのか?」

「持てます……いえ、持ってみせます!」

「……お前が皆に迷惑掛けたくねえってのは分かってる。けどな、誰から見てもお前じゃそれ全部は無理だ。それでお前が途中でへばっちまったらどうする? 俺達はお前を見捨てるつもりはねえ、いざとなったら背負ってでも連れてくぞ。けど、そうなったら余計に迷惑掛けちまうと思わねえか?」

 

 トニーさんの何時もとは違う真剣な眼差しに、私は言葉を返すことが出来ませんでした。

 

 

 結局折衷案として、私がまだ使いこなせないM200をトニーさんが予備として持つことに。

 

 私は出来るだけの弾薬と水、食料をまとめて背負います。

 

 重さが堪えますが、4.5kg程あるM200が無くなったことで幾分かマシになりました。

 

「ありがとうございますトニーさん。それにアルちゃんも……心配掛けてごめんね」

「ううん、私もちょっと強引だった。けど、辛くなったらすぐ言ってね」

「気をつけろよ、こっから先は多分地獄になるぜ」

 

 

 そして小隊全員の準備が整った後、いつ終わるともしれぬ地獄が幕を開けたのです。

 

 

「ヨルム兵長、準備はどうか?」

「あいよ小隊長、デケェ花火上げる準備はいつでも出来てるぜ」

 

 花火というのは恐らく、先ほどヨルム兵長が言っていた万が一の仕掛けの事でしょう。

 

 花火という言葉と、塹壕内で色々と細工を行っていたヨルム兵長の行動を考えると仕掛けの凡そは想像がつきました。 

 

 ヨルム兵長の言葉に頷くと、ガルド小隊長は次にエリカ伍長の方へ向きます。

 

「エリカ伍長、ここからは遅滞戦に移行だ。オレは前線メンバーの指揮を執る。後衛は任せたぞ」

「はい、小隊長。つまりいつも通りですね、お任せください」

 

 ガルド小隊長の言葉に笑顔で答えるエリカ伍長。しかしその笑顔とは対照的に、ガルド小隊長は厳しい表情をしています。

 

「……恐らく相当な負傷兵が出る。お前に大分負担を掛ける事になるだろう」

 

 ガルド小隊で治癒魔法が使えるのはエリカ伍長だけです。

 

 元々適性のある人が少ない上に治癒魔法は扱いが難しく、また自身の消耗も激しい魔法と聞いています。

 

 救護テントで働くエリカ伍長を何度も見たことがありますが、何時も額に汗を貯めていました。

 

 後衛の指揮をしながら、メディックとしての役割もこなす。エリカ伍長の負担は相当な物になってしまうでしょう。

 

 ですが等のエリカ伍長は、いつもの様に笑顔を崩しません。

 

「それも、いつもの事ですよ。悪いと思ってるなら今度美味しいご飯でもご馳走してくださいね」

 

 少し意地悪っぽく微笑むエリカ伍長にガルド小隊長は驚いた様子でしたが、やがて小さく微笑みます。

 

「そうだな、お前に満足して貰える良い店を予約しておこう」

「楽しみにしています」

 

 楽しそうに見つめあう二つ。

 

 ですが何故でしょう、私は二つの様子が何処か寂しそうに感じられました。

 

 

「小隊長、とうとう奴らやる気になったみたいだぜ!!」

 

 

 響くヘルシェさんの声に戦場を伺うと、オーガ兵達がこちらに向けて突っ込んでくるのが見えました。

 

 その数は先ほどよりも更に増えており、この塹壕を確実に圧し潰すという気迫が感じられます。

 

「来たか! ヨルム兵長、起爆のタイミングは任せる。他の隊員は漏れた敵を銃撃しろ。敵の勢いを削いだ後、この塹壕を放棄する!」

 

 

「「了解!!」」

 

 

 突撃してきたオーガ兵達は、ヨルム兵長の対人魔法によりその殆どが吹き飛んでいきます。

 

 しかし先程戦車を止めるために出来てしまった孔は大きく、そこから大量のオーガ兵達が塹壕へと突っ込んできました。

 

 対抗する為ガルド小隊全員の銃撃によってその敵もまた倒れていきますが、こちらの守りの隙は相手に露見してしまいます。

 

「ったく…相変わらず無茶苦茶な戦い方しやがる!」

「これじゃ幾ら弾があっても足りないですよ!」

 

 隊のあちこちから叫び声が響きますが、敵の数は留まる事を知りません。

 

 何とか敵の第1陣を防ぎ切った矢先、孔に向けて2陣、3陣が突っ込んできました。

 

「全員手榴弾準備、爆発後すぐに塹壕を捨てて退避しろ!!」

 

 ガルド小隊長の声に全員が手榴弾を構えます。そして――――

 

 

「放てぇ――――!!!!」

 

 

 目前まで迫っていたオーガ兵に向けて、投げられていく大量の手榴弾。

 

 直後、大爆発と共に大量に巻き上げられた土が私達に向かって降り注ぎます。

 

 ですが状況を確認している暇はありません、すぐに退避を開始します。

 

 塹壕をよじ登り、走り続ける。

 

 敵の弾が飛んでこないか気が気ではありませんが、手榴弾の爆炎が隠れ蓑になってくれているはずです。

 

 走り続けてから少しして、私達の居た塹壕の方から獣のような叫び声が響きます。

 

 それはきっと、勝利を確信したオーガの咆哮。

 

 塹壕の中に居るであろう私達を意気揚々と嬲り殺そうと塹壕に入ったのでしょうが、それが断末魔に変わるとは夢にも思ってないことでしょう。

 

「頃合いだ、ヨルム!!」

「了解! 全員耳塞いどけよぉー!!」

 

 

 ヨルム兵長の叫びと共に、背後にあった塹壕は激しい閃光と爆炎に包まれたのです。

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