戦車の性能を私から聞いた後、ガルド小隊長は敵が何れ塹壕まで辿り着くと考え、ヨルム兵長に塹壕爆破の準備を指示していたそうです。
流石に時間が無かった為第2、第3塹壕にその仕掛けを用意する事は出来なかったそうですが、対人魔法とは比べ物にならない程の爆発に敵は進軍を躊躇い、結果私達は殆ど人的被害を出さず撤退を成功させることができました。
しかしトゥーリス軍の防衛線が崩壊したことは揺るがぬ事実であり、オーガは遂にトゥーリス大公国への本格的な侵略を開始したのです。
防衛線崩壊から1週間。
私の所属するガルド小隊はとある山道の防衛を行っています。
この山道を超えられると、幾つもの街がオーガ達によって蹂躙されてしまい、何れは首都ヘルキュアにも届いてしまうため、とても重要な任務です。
ここを抜けられたら大勢の人達に被害が出てしまう。
私達は死に物狂いで防衛を続けました。
しかし補給もロクにあらず、攻めてくる敵の数は増える一方。
ガルド小隊の中にも、少なからず被害が出始めていました。
「痛ぇ……痛ぇよクソッタレ!」
「落ち着いてください! すぐにエリカ伍長が来ますから。傷を診ますので少し痛むかもしれません……我慢してください」
「グッ………」
今の私の役目はエリカ伍長の補佐。
現在エリカ伍長は重傷者の治療を行っている為、その間他の負傷者は私が処置していきます。
恐らく銃で撃たれたであろう右肩から、沢山の出血を確認。
見た所弾は抜けてるようですので、止血をしておけば暫くは大丈夫な筈。
私はガーゼで傷口を抑えて圧迫し、包帯で固定して止血処理を済ませます。
「これで暫くは大丈夫です。まだ鎮痛剤がありますので服用してください」
ポシェットから鎮痛剤と水筒を出しますが、それは怪我人であるジェコブさんに遮られました。
「……あるって言ったってもう残り少ねえんだろう? ……オレは大丈夫だ、もっとヤバイ奴に使ってやってくれ」
銃創の痛みはまだ経験したことが無いので分かりませんが、相当な苦痛の筈です。
現にジェコブさんの額には脂汗が滲んでいました。
「ジェコブさん……」
「さっきは怒鳴って済まなかったなナナシ。良い処置だ……お陰で楽になったよ」
それでもこの人は、物資の残量を気にして自分は大丈夫と言うばかりか、私に気遣いまでしてくれます。
私は気遣いを受けるほど皆さんに貢献できていないというのに。
私はこの戦場に来てから未だに、敵を撃ったことがありません。
それは私が
現在私達が主力として使っているM200は、その重さと大きさから私の身体に合わず、上手く使いこなせないのです。
最初の頃と比べて、訓練のお陰で今では敵に標準を付けることぐらいは出来る様になっているのですが、慣熟には程遠く、ガルド小隊長から使用の許可が下りていません。
サブマシンガンであるOGK/30ならM200よりも小さいので何とか使えるのですが、隊で保有している銃の数が少なく、現状
なので私が装備している武器は、自動拳銃であるT-35と軍用ナイフのみ。
小柄で非力な私がこの武器の射程範囲まで敵の接近を許せば、簡単に殺されてしまうことでしょう。
よって私が出来る仕事はこうしてエリカ伍長のお手伝いをする事。そして――――
「ありがとナナシちゃん、後は私が診るから大丈夫よ。向こうも戦闘が終わったみたいだから、手伝いに行ってあげて」
気づくといつの間にか目の前にはエリカ伍長が立っていました。
その表情はいつもの笑顔ですが、明らかな疲労が見て取れます。
「分かりました。では向こうが終わり次第、こちらに戻りますね」
「……ごめんね、本当なら休ませてあげたいけど……お願いするわ」
申し訳なさそうなエリカ伍長に一礼し、私はその場を去ります。
エリカ伍長の申し訳なさそうな顔を見る度、私の中が罪悪感で満たされます。
ごめんなさい。
役に立てなくてごめんなさい。
噎せ返る様な血の匂いと、転がるオーガ兵の死体。
その中で私は索敵魔法を使用し、その中に生きた兵士が居ないかを調べます。
これが今の私が担うもう一つの仕事です。
防衛線の時と違い今の私達が取っている戦法は、待ち伏せと奇襲がメインのゲリラ戦。
人数の少ない私達が今取れる最適な戦法ですが、この戦法の肝は兵士個人個人の判断力と機動力です。
前線で索敵魔法を駆使出来れば、もっと皆さんの手助けもできるのでしょうが、塹壕の様な守りが無い状況で私が前に出れば足手纏いになってしまうのは確実。
先程の銃が扱えない事も相まって、現在の私は戦闘行為に殆ど参加できない状態なのです。
皆が必死で戦っている中、自分だけが安全圏に居る状況は、私の心に罪悪感としてどんどん溜まっていきます。
「――――ナナシちゃん! おーい」
背後から呼ぶ声に気づいて振り向くと、そこにはヘルシェさんが立っていました。
「ヘルシェさん……索敵終了しました。生きているオーガ兵は居ません」
「いやいや、それよりナナシちゃん大丈夫? 何だか心ここに在らずって感じだったけど」
心配そうに私の顔を覗き込むヘルシェさん。
いけませんね、せめて与えられた仕事は完璧にこなさなければならないというのに。
皆さんに申し訳なくて、考え込むことが増えてしまっています。
ちゃんと気持ちを切り替えなくては。
「すみません。ですが索敵はしっかりしましたので、漏らしはあり――――むぐっ!?」
突如口の中に広がるサクサクとした触感とジャムの甘味。
あまりの突然な事に、それがヘルシェさんによって口へ放り込まれたお菓子だと気づくのに時間が掛かってしまいました。
「美味いだろ? フィールドトルテって言ってオレの住んでる地方で有名な焼き菓子なんだけど、支給品の缶詰がまだ一つ残ってたからお楚々分け」
「美味しい……ですけど、何で普通に渡してくれないんですか?」
「いや、何だか物欲しそうな顔だったからお腹空いてるんじゃないかってね」
「私はそんな食いしん坊じゃありませんっ!」
この人はこんな時でも人をからかわないと生きていけないのでしょうか!?
というか久しぶりのお菓子だったのに、殆ど味わえず飲み込んでしまったじゃありませんか!
からかわれた怒りとお菓子を味わえなかった悲しみで、思わず怒鳴ってしまいました。
しかし等のヘルシェさんは特に気にした様子も無く『まあまあ、もう1枚あるから食べなよ』と、お菓子を差し出してきます。
私はそれを受け取り、今度は味わって食べました。
フィールドトルテはビスケットの様な形状で、中心にジャムペースト、周りにナッツが振りかけてあります。
一口齧るとナッツの香ばしさとジャムの甘味が広がって、何とも言えぬ心地良さが体中を駆け巡りました。
「どうやらお気に召したようで何よりだ。虎の子で取っといた甲斐があったね」
「……ええ、とっても美味しかったです。けど、虎の子こんな所で開けちゃって良かったんですか?」
「ナナシちゃんの面白い顔堪能できたし十分だよ」
「……むぅ」
本当ならこの場で脛を蹴ってやりたい所ですが、大切なお菓子を頂いた手前流石にそこまでは出来ません。
なので不満を込めた表情を返したのですが、それを見たヘルシェさんはますますニコニコになる始末。
色々納得いきません。
「まっ、今日も生き残れた記念にって事で。それにこいつ等漁れば少しは嗜好品も出てくるでしょ」
そう言ってヘルシェさんは、死んだオーガ兵の死体を漁り始めました。
これが今の私達の生命線。
補給が満足に届かない戦場において、私達は物資を倒したオーガ兵から奪う事でこの一週間を何とか生き残ってきました。
幸い私達の主力武器はオーガからの払い下げ品の為、弾薬には互換性がありますし、運良く武器が壊れていなければより強い武器へバージョンアップが可能な訳です。
本来なら死体漁りなんてあまり褒められた方法では無いのですが、生きる為にはしかたありません。
それに、こいつ等は嬉々として私達を侵略しに来た
今更同情する余地などないのです。
それから二人でオーガの死体を漁って使えそうな物資をまとめていた所、周囲を索敵してきた他の隊員の皆さんが帰ってきました。
「ただいま、ナーナシ!」
「お帰りアルちゃん、怪我はない?」
「大丈夫、今日も元気いっ……ん?」
近づいてきたアルちゃんは、不意に何かが気になったようで私をジロジロ見た後、フンフンと匂い嗅ぎ始めます。
「あ、アルちゃん!? 何で私の匂いを嗅ぐの!?」
今の私はサウナはおろか当分水浴びすらしていないのでかなり臭う筈なのです。
幾ら親友のアルちゃんとはいえそんな自分の臭いを知られたくありません。
私は手を振って抵抗しますが、パワー自慢のアルちゃんはそんな事お構いなし。
暫く私の匂いを嗅ぎ続けると、
「……ナナシから甘い匂いがする。さては隠れてお菓子を食べてたね?」
アルちゃんの鋭い視線が私に突き刺さります。
「……食べてないよ?」
「嘘! ちゃんと私の目を見て話しなさいっ」
まさかこんな環境でお菓子の匂いを嗅ぎ分けるとは、アルちゃんの嗅覚恐るべし。
思わずヘルシェさんに助けてと視線を送りますが、スッと目を逸らされてしまいます。
「ナーナーシー?」
「……ごめんなさい、お菓子食べました」
結局アルちゃんの圧に屈した私は、素直に白状する他ありませんでした。
「むー、独り占めなんて酷いんだー。私も食べたかったなー、なー!」
「うぅ……ごめんねアルちゃん」
ほっぺを膨らませて怒るアルちゃんに、私はただ謝る事しかできません。
しかしアルちゃんの怒りは収まらず、ほっぺの膨らみがカエルさんの様になって来た頃、
「アルマちゃんどうしたの? ほっぺがハチに刺されたみたいに膨れてるけど」
中性的な顔をした美少年がチョコバーを齧りながら歩いてきます。
彼の名前はミカ上等兵。
トニーさんと同じ村出身の幼馴染で、ライフルによる中距離射撃を得意とする便りになるお兄さんです。
人当たりの良い温和な方なのですが、少々天然で空気が読めない所があり、その特性は今回もバッチリ発揮されてしまっています。
ギロっとミカさんを睨むアルちゃん。
その目は完全に獲物を捉えた狩人のそれであり、こうなってしまえばもうアルちゃんを止めれる人は誰も居ないのです。
「ミカ君……それ」
アルちゃんがミカさんの齧ってるチョコバーを指さします。
その圧に、私もヘルシェさんも唯この場が穏便に済むことを祈りますが、向けられたミカさんは未だ状況を掴めていません。
「これ? ああ、そこにまとめられてた物資の中に入ってたんだよ。まだいっぱいあったから――――」
「私にも食ベサセロ――――――――!!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
哀れミカさんは、お菓子に飢えたアルちゃんの犠牲となってしまったのでした。
幸いオーガから得た物資はそれなりの量で、物資面で私達が滅びることは当分無さそうです。
しかし私達は人間、幾ら物資があっても身体が壊れてしまえばもう戦うことはできません。
私が幾つかの食料と嗜好品を持って戻ると、エリカ伍長は治癒魔法によってジェコブさんの治療を行っている所でした。
魔法による治癒の光がみるみる内に傷を塞いでいき、ジェコブさんの顔色もどんどん良くなっていきます。
「……ふう、これで何とか傷は塞がった筈ね。けど完全じゃないから今日一日は安静にしててください」
「すまねぇ副隊長。これでオレもまだまだ戦えるぜ!」
「今日一日は絶対安静ですからね? 調子に乗って傷が開いても、次は診てあげませんから」
さっきまでとても辛そうだったジェコブさんの笑顔に、改めてエリカ伍長の凄さを感じます。
「エリカさん、ただいま戻りました。それなりに物資も確保できましたので、ご飯とチョコバーを貰ってきましたよ」
「あら助かるわナナシちゃん。じゃあこっちも一段落したし、休憩にしましょうか」
エリカ伍長にご飯とチョコバーを手渡すと、私は傷で動けない負傷者の皆さんの元までご飯を運んで手伝いをします。
エリカ伍長の治癒魔法は強力で大抵の外傷はすぐに治してしまうのですが、連日の魔法使用による疲労が原因で精度低下がどうしても起こってしまいます。
なので今は傷の度合いから治癒魔法による治す段階を制限しており、傷の場所や深さによってはどうしても数日絶対安静の人が出てしまうのです。
中には傷の影響から精神が弱ってしまっている方も居るので、優しく元気づけるのも忘れる訳にはいきません。
そんな最中エリカ伍長の様子を見てみると、チョコバーを齧ったまま眠ってしまっていました。
私は皆さんの食事補助を終えると、すぐさま近くにあった毛布を手にエリカ伍長に掛けます。
何とか横にならせてあげたい所ですが、使える簡易マットは全て負傷者の皆さんが使っています。
仕方なくその場でエリカ伍長の身体を横にすると、頭は私の膝の上へ。
少々寝心地が悪くて申し訳ない所ではありますが、我慢して頂くしかありません。
あれから一週間、トゥーリス軍は本土を侵略されながらも驚異的な粘りで防衛を続けています。
ガルド小隊長の話では別の首都に向かうルートも何とか防衛に成功しているとのことでしたが、かなりの被害が出ているとの事。
しかも場所によってはあの戦車が投入されている箇所もあり、トゥーリス軍は苦戦を強いられています。
ですが全てが悪いニュースばかりと言う訳でもありません。
ガルド小隊が戦車を撃退したことによる経験、そして私の纏めた戦車の性能や弱点をガルド小隊長が別部隊へと共有してくれたことによって、被害を出しながらもトゥーリス軍は戦車によって一方的な蹂躙を避けられているようです。
更に敵の新兵器を初見で撃破してみせたガルド小隊はトゥーリス軍の士気高揚に大きく貢献したようで、皆さんオーガをこの国から追い出すべくより一層奮起しているとか。
ですが……問題はトゥーリスの冬はどんどん近づいていることです。
現状私達は一つの場所に留まることが出来ず、敵を迎え撃ちつつもジリジリと後退を余儀なくされています。
むろんこんな状況では越冬の準備もままならず、私達の未来は凍死しかありません。
「凍えて……死……死にたくないよ……」
「死なないわ。寧ろポカポカだもの」
ポツリと呟いた言葉に返す声に驚いた私は、慌てて声の方を確認します。
するといつの間にか起きていたエリカ伍長が、幸せそうに笑っていました。
「エリカさん!?……あっ……ご、ごめんなさい! 起こしてしまいましたか?」
「……ううん、私の方こそごめんなさい。皆のお世話をナナシちゃんに任せて寝ちゃうなんて」
「いえ、私にできる事はこのくらいしかありませんから……それよりエリカさんの方が激務なんですから、休めるときに休んでください」
「大丈夫よ、ナナシちゃんの膝枕で大分元気が出たもの。ナナシちゃん体温が高いから、ポカポカになれて夢心地ね」
癖になっちゃいそうと微笑みながら、エリカ伍長は続けます。
「ねえナナシちゃん、もしかして自分が皆の役に立てて無いとか考えちゃってない?」
「……はい、考えてます。だって私は武器が使えないから前線に立てません。唯一の取り柄な索敵魔法だって、足手纏いになってしまうから使えないままです。皆頑張ってるのに……ボロボロになっても、それでも必死に頑張ってるのに私は……自分だけ安全な場所に居ます」
「……そうね、みんな頑張ってる。前線はいつ死ぬか分からないとても危険な場所、それに比べたらここは敵の弾も飛んでこないし、比較的安全な場所かもしれないわね。けどだからと言ってナナシちゃんが頑張ってないっていうのはちょっと違うと思うな。というか、その理屈だと最近ここにずっと詰めてる私が一番頑張ってない子じゃないかしら」
「そんな事無いです! エリカさんはずっと皆の為に必死に頑張ってるじゃないですかっ!!」
思わず私は声を張り上げてしまいました。
だって、エリカさんが頑張ってないだなんて、そんな事絶対無い。
私はずっと見ていたんです、エリカさんが寝る間も惜しんで皆の傷を治していく所を。
どんなに疲れていてもそんな素振りは絶対見せず、いつも笑顔で皆を迎えてくれるエリカさんの強さを。
そんな凄い人が頑張ってないなんて絶対無い。
震えながらも訴える私を、エリカさんは優しく撫でてくれました。
「ありがとう、ナナシちゃん。でもね、ナナシちゃんが私を頑張ってるって言ってくれるように、私もナナシちゃんが頑張ってるって伝えたいの。ナナシちゃんは、皆が頑張れる様に必死にサポートしてくれてるじゃない。さっきジェコブさんも言ってたわよ、ナナシちゃんが一生懸命介抱してくれたのに、自分はちょっとの痛みでイライラして怒鳴っちゃったって。そんな自分が恥ずかしいって」
「え……?」
ジェコブさんの方を見ると、バツが悪そうに俯いていました。
「……さっきは本当に悪かった。それにさっきの鎮痛剤の件もな、お前がこんなに頑張ってるのにオレが弱音吐いてどうすんだって思ったから意地になってやせ我慢したんだよ。ナナシ、お前はすげえ奴さ」
「そんな……事……」
「何時もここに来る人達を一生懸命看病してくれてるのを私は知ってるわ。本当は引込み思案で人と接するのも苦手なのに、相手を不安にさせない様に気遣って、少しでも痛みを和らげてあげようって考えてる本当に優しい子だって言うことを、私は知ってる。私が保証するわ、ナナシちゃん。貴女はとっても頑張ってる頑張り屋さんよ。そんな貴女を皆頼りにしてるんだから、もっと胸を張っていなさい」
そう言ってエリカさんは、ぎゅっと私の事を抱きしめます。
その抱擁は、さっきまで罪悪感で一杯だった私の心を溶かす魔法の様で。
気付くと私は、ポロポロと涙を零し泣いていました。
皆の役に立てていた。
私を必要としてくれる人がここには居るんだ。
それが何より嬉しくて。
暫くの間、私はエリカさんに支えられ泣き続けたのでした。