戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第十六話

 イワン・トマシェフスキー技術大尉が新開発した兵器の活躍により、遂にトゥーリス防衛線を突破することに成功したオーガ連邦。

 

 トゥーリス国境近くの街や村は次々にオーガによって占領され、侵攻の為の拠点とされつつあった。

 

 

「トゥーリスに苦戦したのはあの屈強な防衛線があったからこそ」

「こうなればオーガの勝利は確実である」

 

 

 オーガ兵達は自分達の勝利を確信していた。

 

 そしてその中でも、イワンの戦車を用いて防衛線を突破したメレル・リャザン中佐はオーガ連邦最高指導者『エンラハム・スティール』から直々に勲章を受け取り、英雄的な扱いを受けていた。

 

 あわや粛清されかれない立ち位置からの脱却、それ処か将来を約束されたに等しい状況。

 

 しかし、彼の心に巣くった憂いは未だ晴れる様子は無かったのである。

 

 

 

 

 旧トゥーリス ベリル 現オーガ連邦軍占領地――――

 

「中佐殿、進軍の為の物資及び兵員の補充が完了したとの事です」

「よろしい。トゥーリス軍の動きはどうだ?」

「はい、報告によると周辺の街や村は既に放棄されており、恐らく首都までのルートの防衛に兵を集めているようです」

「分かった。では明日までに主だった敵の防衛地点を探っておけ、敵の位置の把握後、我々は予定通り首都ヘルキュアに向けて進軍を開始する」

「了解いたしました。それでは失礼いたします」

 

 命令を受けて出ていく部下を後目に、メレル・リャザン中佐は大きくため息をついた。

 

「おやおや、随分とお悩みの様ですね。英雄殿?」

 

 そしてそんなメレルを嘲笑う様に笑みを浮かべる男が一人、イワン・トマシェフスキー技術大尉である。

 

「本当なら、防衛線を突破した時点でこんな戦争は切り上げて後方に移りたかった所だからな」

「なんとまぁ、英雄殿の発言とは思えないお言葉ですね。既に防衛線は突破された、もうこれは勝戦ではありませんか。勝利後に美味しい思いをするのであれば、今の前線指揮官という立場は都合が良いのでは?」

「……本気でそう思っているのか?」

 

 鋭く睨みつけるメレルに対して、イワンは嘲るような態度を崩さないままメレルに対峙する。

 

 しばしの沈黙が流れた後、メレルは今日何度目か分からぬため息をつきながら視線を逸らす。

 

「指導者殿も上も何も分かってはおられぬのだ。この戦いが勝戦だと? フン……確かに我らの勝ちは揺るがぬだろうさ。但し、そこまで至るには我らが同志の屍を幾度も踏み越えねばならん。ここに支給された装備を見てみろ。確かに潤沢ではあるが、寒冷地戦での配慮が何一つなされていない。よもやここから数日で首都まで我が軍が辿り着けると思っているのか? 否、トゥーリスの奴らにとって防衛戦は得意分野だ。遅滞戦を繰り返され、我が軍の進軍を少しでも遅らせようとしてくるだろう。そうすれば……冬が来てしまう」

 

 オーガでも寒冷地出身のメレルは、冬の進軍がどれだけ厳しいものになるかをよく知っている。しかも兵達は何一つ寒冷地用の装備を用意されていない現状では、冬が来た途端に大量の戦死者が出ることが目に見えていたのだ。

 

 故にメレルは、防衛線突破後周りが勝ち戦気分な事を良いことに、今回の戦闘で得た知識を後人の育成に活かしたいと進言して、後方に下げて貰うことを考えていたのだ。

 

 現に指導者エンラハムは勲章授与の場でメレルの事を手放しに褒めちぎっており、今のオーガには優秀な高級指揮官が圧倒的に足りていない事を進言しつつそういった士官の育成に回りたいと言えば、簡単に通る雰囲気であった。

 

「故にここからの戦争は楽観視出来るものでは決してない!! だからオレは前線を離れたかったというのに……それを台無しにしてくれたのは他ならぬ貴様だ大尉」

「ですから、その件に関しては何度も謝ったではないですか。そして責任を取る意味でも、ボクはこうして貴方と行動を共にしているのですよ」

「どうだかな。大方貴様がここに居る理由は、お前自身の好奇心の為だろう」

「ははっ、いやいや流石メレル中佐。ボクの事をよくご存じだ」

 

 一刻も早く前線を離れたかったメレルが今も前線に残っている理由。それは今もこうして彼の隣にいるイワンに請われたからであった。

 

 イワンの作った新兵器 拠点制圧用戦闘走行車両、通称『ヴィックス』は初戦で60両が投入され、トゥーリス防衛線を食い破る圧倒的な性能を見せつけた。

 

 それはイワンを満足させる結果であったが、その内2両が撃破されたと聞き、彼はその理由を知りたがった。

 

 最初は整備不良か乗組員の操縦ミスを疑ったイワンだったが、その2両が同じ戦場で撃破された事、共に行動していた1両も、役目を果たせず撤退したとの報告を受け、彼の疑問はどんどん募っていった。

 

 そこからイワンはメレルに頼んでヴィックスを撃破した部隊について調べさせ、遂にそれがトゥーリス魔法兵の中でも腕利きと噂されていた【加速】のガルド曹長率いるガルド小隊だと突き止めた。

 

「だってどう考えてもありえないのさ。ボクのヴィックスの性能は、初見なら確実にトゥーリス兵を打倒できた筈だ。なのに、突破できないだけならまだしも撃破されただと? トゥーリスの魔法がそんなにも凄いものだったとは恐れ入るよ」

「貴様の好奇心に振り回されるこっちの身にもなれ。このまま泥沼に足を突っ込んで、また粛清対象にでもなろうものならその前にお前の頭を撃ち抜いてやる」

「おお怖い。けど、本当に感謝しているんですよメレル中佐。貴方と貴方の部下は本当に優秀ですし、貴方のお陰でボクの好奇心も満たされそうだ」

 

 自分の脅しに対しても怯む処か楽しそうにしているイワンを見て、メレルの心労は募るばかりだ。

 

 もっとも、メレル自身本当に自分がまた粛清対象に入るとは思ってはいない。

 

 今や英雄と持てはやされるメレルはオーガ兵の指揮高揚に一役買っており、そういった観点から例え兵に犠牲を出したとしても、自分が粛清される事は無いだろうと読んでいた。

 

 故にイワンの頼みを承諾して前線に残ったメレルであるが、それでも無駄に兵を死なせてしまう可能性が高いこの戦争は彼に多大なストレスを与えていた。

 

「中佐の部下のお陰でガルド小隊の現在地は大体分かりました。それと……一つ面白い情報が入ったんですよ」

「面白い情報だと?」

 

 まだ知り合って日が浅いが、このイワンという男の変人っぷりはよくよく理解しているメレル。

 

 その変人の言う面白い情報に警戒心を見せるメレルであったが、イワンは構わず話を続けていく。

 

「実はね、捕られた捕虜の中に居たんですよ。あの防衛線の時、ガルド小隊に居た兵士が」

「それがどうした、加速のガルドと言えば優秀な魔法兵として有名だ。しかも義勇兵として各地の戦争を渡り歩いていた事でも知られているベテランの兵士だぞ。貴様の兵器が優秀なのは認めるが、破壊されても驚きはしない」

「それがね、どうやらそれだけでもないみたいなんですよ。ボクのヴィックスを破壊した要因は」

「……なに?」

 

 ここにきてはじめて自分の話に興味を持ったメレルの様子に、イワンは一層笑みを深める。

 

「折角の機会だったのでその兵士の方に色々話を聞いてみたんですが、中々面白い事を話してくれたんですよ。なんでも、ボクのヴィックスを見てガルド曹長を含めトゥーリス兵は困惑していたそうですが、その中でたった一人、ボクのヴィックスの危険性を認識して警告した者が居たそうです。しかも……その者は年端もいかない少女だったそうですよ」

「……トゥーリスでは魔法の才能がある者を年齢性別問わず兵士として採用している。しかも今は国家存亡の折で通常の兵役適齢年齢も引き下げているとの話だ。そうして無理やり戦場に連れてこられた少女が、お前の兵器を見て錯乱した。それだけではないのか?」

 

 メレルは実際に何度かヴィックスを真近で見ているが、鉄に覆われた巨体には威圧感があり、子供、ましては少女であれば、その姿を見て恐怖する事は十分考えられた。

 

 しかしメレルの問いに、イワンは静かに首を振る。

 

「その少女は確かに恐怖を覚えていたそうですが、その後にガルド曹長に対して実に的確なヴィックスの性能を報告したそうなんですよ。そしてその報告を元にガルド曹長が作戦を立てた結果が……あの報告のようになったという事のようでしてね」

「俄かには信じられない話だな、その捕虜とやらが妄言を吐いただけとしか思えん」

「ああ、その可能性は無いのでご安心を。()()()()()()()()()()嘘を付く気力も理由も無いでしょうから」

 

 そう言って凶悪に笑うイワンに対して、メレルは思わず後込んでしまう。

 

 恐らくその兵士とやらは、相当な地獄を体験した事だろう。

 

 そんなメレルの心情を気にすることも無く、イワンは実に楽しそうに話を続ける。

 

「という訳で、ボクは今その少女とやらにとても興味があるんです。是非中佐のお力で何とかここに連れてきて貰えないでしょうか?」

「言うに事欠いて馬鹿か貴様は。殺すなら兎も角連れてこいだと? そんな確約は出来ん」

「いやいや、中佐の部下ならそれも可能でしょう。貴方の切り札である『彼ら』ならば」

「っ……それこそ論外な話だ。貴様はさっき言ったな? その対象は少女(おんな)だと」

 

 メレルの持つ切り札、それは確かにどの部隊よりも優秀であると彼自身が認めている。

 

 だがしかし、今回の依頼に対して彼らがもっとも不向きだという事も、理解していた。

 

「ええ、言いましたがそれが何か?」

「知っているだろう、奴ら……『ライド小隊』の悪名は。仮に生け捕りに出来たとして、その少女がここへ五体満足で来る事はありえん」

「ああ……そういえばそうでしたね。まあでも、最悪生きててくれれば大丈夫ですよ。口と脳があれば、最悪お喋りは出来ますので」

「お前と話していると胸糞が悪くなる……」

 

 吐き捨てる様に呟くメレルに対して、イワンは気にした様子もなくより一層楽しそうにしている。どうやら彼の頭の中では、既に少女を捕らえた後の事で頭がいっぱいの様であった。

 

「では、ボクのお願いは了承と言う事でよろしいですね」

「……確約は出来ん。が、善処はしてやる」

「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、寒冷地装備についてはボクの方で出来る限り融通させましょう。まぁ用意できる量は限られているので軍全体から見れば付け焼刃程度ですが、貴方の軍の損耗率を下げる事は可能な筈です。バタバタ倒れていく同志達の中で、貴方の軍だけ損耗率を下げず勇猛に戦い続ける……指導者殿の評価も鰻登りですね」

「用意するなら早くしろ、冬はもうすぐそこまで来ているのだからな」

 

 メレルは隠すつもりも無く、イワンの事を嫌っている。

 

 しかしそれでも彼の頼みを最大限聞こうとするのは、その見返りが十分すぎる程大きいからである。

 

 実際イワンの作る兵器は優秀の一言に尽き、更には前線からの使用感や要望を迅速にフィードバックして兵器に反映させる為、メレルの部下達の生存率はかなり上がっていた。

 

 そうした意味でイワンと繋がる事はメレルにとって大きなメリットであり、嫌いと割り切った上で接してもイワンが特に気にする様子も無いため、彼らのギブアンドテイクな関係はある意味良好に保たれていたのである。

 

「それで、その少女に関する情報をはどれだけある? まさかトゥーリスの少女兵を片っ端から捕えてこいという訳ではないだろう」

「それは勿論、こちらもお願いする手前ちゃんと情報は揃えてありますよ。最も、これを手に入れる事が出来たのも貴方の部下のお陰ですけどね」

 

 そう言ってイワンが渡してきた報告書には、少女の特徴と名前が詳細に書かれていた。

 

 

 肩口近くまで伸びている銀髪に、真紅の瞳、年齢は11歳。

 

 魔法兵であり、得意魔法は【索敵魔法】

 

 そして名前は――――

 

「ナナシ・エルフィーか。コイツも不幸な事だ」

「何でも非常に可愛らしい少女だそうですよ。ここでお話出来るのが実に楽しみですねぇ」

 

 楽しみで仕方が無いといったイワンとは対照的に、メレルはこの少女の未来を考え、心底同情した。

 

 ともあれ、依頼を受けた以上彼は容赦をするつもりは毛頭ない。

 

 すぐに部下の1人を呼び出して、命令を下した。

 

「今すぐ、ここにライド・カレリン上級曹長を連れてこい。仕事の時間だとな」

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