戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第二話

 幼い頃の事はあまり思い出したくありません。

 

 そこには日常的な暴力があって、ボクと兄は常にその恐怖に怯えていたからです。

 

 暴力を振るっていたのはボクの実の親達。

 

 本人達は躾だと称していたようですが、本心がどうだったのかはもうボクには知るすべもありません。

 

 少しでも親の機嫌を損ねてしまえば、躾という名の暴力が飛んできます。

 

 ボク達は常に親の顔色を窺って生活していました。

 

 毎日が緊張の連続の中、唯一と言ってもいい娯楽は親が好きだった戦争映画を一緒に鑑賞する事ぐらい。

 

 しかしこれも、内容をしっかり覚えていなければ躾を受ける事になる為、気の休まる時間とはなりませんでした。

 

 そんな環境で育った為か、ボクは人と出来るだけ距離を取るよう生きていました。精々関わるのはそれなりに関係が良好だった兄ぐらいのものです。

 

 兄は何時かボクに言っていました。

 

「生きてれば、何時か良い事も沢山あるさ」

 

 何故かその言葉はボクの胸に今でも強く残っています。

 

 顔に青痣を作りながらも、精一杯の笑顔でボクに微笑みかけていたその表情と一緒に。

 

 ですがそんな兄もある日親の怒りを買ってしまい、躾という名の過剰暴力によって命を落としてしまいます。

 

 当然ながら両親は警察に逮捕されていった為、ボクは一人で生きて行かなければならなくなりました。

 

 当時中学生だったボクは、生きる為必死に働きました。

 

 元々学校にはロクに行かせて貰えなかったので、寝る以外の時間はバイトの毎日です。

 

 バイトは、出来るだけ人と関わらなくて済むものを選んでいました。

 

 そんな生活が5年も続けば、それなりに慣れ、余裕というものが生まれてきます。

 

 ある時ふと、ボクはあの兄の言葉を思い出していました。

 

「生きていれば、何時か良い事も沢山あるさ」

 

 あれからあった良い事と言えば、身体に痣や擦り傷が出来なくなったことでしょうか。

 

 ですがそれと引き換えに、ボクは本当の意味での孤独というものを味わう事となりました。

 

 最初は生きるのに必死で、そんな事を考える暇なんてありませんでした。

 

 だけど仕事に慣れて何かを考える余裕が出てくると、一人の恐怖は容赦なくボクに襲い掛かってきます。

 

 孤独は怖い、でも誰かと関わるのも怖い。どうしようもなくボクは詰んでいたのでしょう。

 

 そんな時、ボクの人生を変える出来事が起こったのです。

 

「ねえ、キミお金に困っているんだろう。ちょっとしたおつかいを頼まれてくれないかな?」

 

 ある時街中で、彼が声を掛けてきたのです。

 

 彼が何故ボクに声を掛けてきたのか、それは分かりません。

 

 ですがボクの経済状況がそれほど余裕があるわけでは無いのは事実でしたので、そのおつかいとやらを受ける事としました。

 

 それにきっとボクは心の何処かで嬉しかったのだと思います。

 

 人から好意的に話しかけられたのは、本当に久しぶりでしたから。

 

 

 

 

 そしてボクの人生は急展開を迎えます。これ以上の無い急降下で。

 

 結果だけ話してしまえば、ボクは彼に騙され無実の罪を着せられました。

 

 罪状は連続殺人犯。ロクに弁明の機会も与えられないまま、ボクは死刑囚となりました。

 

 絞首台に立つ時、ボクはまたあの兄の言葉を思い出します。

 

「生きていれば、何時か良い事も沢山あるさ」

 

 お兄ちゃんの嘘つき。良い事なんて、何も無かったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昔の夢。最近は見なくなってたのに」

 

 そう呟きながら、私はベットから腰を起こします。

 

 見渡す先は、私が11年間寝起きしている慣れ親しんだ部屋。

 

 これが今の私が住むお家です。

 

 世に言う異世界転生と言うやつでしょう。

 

 絞首台で吊られた私は気づくと、この世界に女の子【ナナシ・エルフィー】として転生していたのでした。

 

 改めて近くにあった姿見で今の自分の姿を確認してみます。

 

 ――透き通るような白い肌。

 ――肩口辺りまで伸び、肌と同じく雪の様に白い銀髪。

 ――そして、ルビーの様に煌めく真っ赤な瞳。

 

 ニパッ

 

 自画自賛ながら、整った顔立ちなこともあり鏡に映る自分の姿は中々の美少女具合でした。

 

 自身が元々男ということもあり、今の自分の姿は見ていてとても楽しいです。

 

 もっともこんな姿を誰かに見られようものなら恥ずかしくて死んでしまうので、一人の時のささやかな楽しみなのですが。

 

 死刑宣告を受けた時から命に対しては諦めがついていましたが、まさか男を捨てる事になるなんて。

 

 転生当初はそんな事を考えた時期もありましたが、そんな物はすぐに気にならなくなりました。

 

 何故ならこの世界は私にとって、まるで天国の様な場所だったからです。

 

 

 

 

 寝間着を着替え、私はリビングへと向かいます。

 

 するとそこではお母さんが朝ごはんの準備をしていました。

 

「あら、おはようナナシ」

 

 お母さんは私に気づくと、ニッコリと笑っておはようと言ってくれます。

 

 前世では絶対にありえなかった光景です。

 

 そんなお母さんに私も挨拶を返します。

 

「おはようお母さん。朝ごはんまだー?」

「もうすぐ出来るわよ。お父さんも畑から帰ってくる頃だし、今の内に顔洗っていらっしゃい」

 

 まだ少し眠そうな私の雰囲気を察しての事でしょう。

 

 言われた通り私は洗面台で顔を洗い、簡単に髪を梳かします。

 

 女の子になってしまって11年、大概の事には慣れてきましたが、未だに髪の手入れは苦手な事の一つです。

 

 ともあれ寝ぐせのまま外を出歩けば皆に笑われてしまうので、何時もの様に朝ご飯の後お母さんにお願いすることにしましょう。

 

 私が顔を洗ってリビングに戻ると、そこには既にお父さんの姿がありました。

 

「おはようナナシ。今日は少しお寝坊さんだね」

 

 言われて時刻を確認すると、確かに時計の針は何時も起きる時間より30分ほど進んでいます。

 

 きっとあの夢の所為でしょう。

 

「おはようお父さん。まだちょっと眠い」

「夜更かしでもしてたのかい?」

「ううん、ちょっと嫌な夢を見ちゃって」

 

 この世界に転生して物心が付いた頃によく見ていた前世の夢。

 

 最近は殆ど見なくなって、もしかしたらあれは唯の夢で自分は転生などしていない普通の女の子かもと思えるようになってきたのですが、久しぶりに突きつけられると気分も凹んでしまいます。

 

「それはイカンな、安眠は何より大切だからね。今夜はお父さんと一緒に寝るかい?」

「……大丈夫、へーき」

 

 お父さんの優しさは嬉しいのですが、私はもう11歳で年頃です。

 

 この年でお父さんと一緒でなければ眠れないなんて他の人に知られたら大恥をかいてしまいます。

 

 もう少しデリカシーを持っていただきたいですね。

 

 そんなこんなでお父さんとお話していると、お母さんが朝ご飯を運んできてくれました。3人仲良く朝ご飯の時間を楽しむと致しましょう。

 

 

『いただきます』

 

 

 ご飯の前にはいただきます。

 

 ご飯を作ってくれたお母さんへの感謝を込めて。

 

 

 

 

 エルフィー一家は私とお父さんとお母さんの3人暮らし。

 

 トゥーリス大公国の辺境、ニルバ村という場所に住んでいます。

 

 ニルバ村はお隣のオーガ連邦との国境近くにあるのどかな村です。

 

 名産品は麦で、お母さんが収穫した麦で焼いてくれたパンは私の大好物の一つになっています。

 

 ちなみに、この世界は私の居た前世に比べると科学技術の発達が遅れているようで、飛行機はおろか車も走っていません。

 

 一応車らしき物は存在しているようですが、そんな物を保有しているのはよっぽどの大金持ちさんぐらいで、そもそも道路整備など殆どされていないこの地では満足に走れないでしょう。

 

 なので主な移動手段は馬や馬車、そして徒歩となります。

 

 勿論大変便利だった電子レンジやエアコン、テレビ等もこの世界では見たことがありません。

 

 お隣のオーガ連邦は化学が発展しているという事なので、もしかしたらそちらに行けば似たような物はあるかもしれませんが、少なくともトゥーリスでその様な物が普及されることになるのはずっとずっと先の事になるのでしょう。

 

 これだけ聞くと、なんとも住みづらい世界と聞こえるかもしれません。

 

 しかし……しかしです! 

 

 この世界には素晴らしい文明が存在します。

 

 それは――――魔法。

 

 この世界にはファンタジーのお約束である魔法が文明とし発達しているのです! 一応。

 

 なぜ一応を付けるかというと、その魔法文明は絶賛近代科学文明によって衰退の一途を辿ってしまっているからです。

 

 理由はいくつかあるのでしょうが、その中でも一番の問題は利便性でしょう。

 

 魔法は素質のある人にしか使えず、また出力等も不安定と言わざる負えません。

 

 対して科学は条件を揃えればどんな人にでも同じ結果を出すことが出来、尚且つ疲労することもありません。

 

 資質と修練によって火を扱う魔法は実にカッコイイと思うのですが、唯火を起こすだけならばマッチで事足りるという事ですね。

 

 そうした理由もあってこの世界では、魔法はどんどん過去の遺物として扱われており、お隣のオーガ連邦等は特にその流れが強いそうです。

 

 なんて勿体ない事でしょう。

 

 対して私の住むこのトゥーリス大公国は、近年でも魔法文明の発展に力を入れている稀有な国の様で、そういった事情もあり最近は魔法を研鑽するため諸外国からも魔法使いさんが集まってきているのだそうです。

 

 我が国には是非とも頑張っていただきたいところですね。

 

 魔法文化大事、絶対。

 

 ちなみに、私自身に魔法の才があるのかというと……分かりません。

 

 魔法について興味があったのでお父さんに確かめる方法は無いのかと聞いた所、トゥーリスでは15歳の誕生日を迎えた者は魔法適性を調べる検査を受ける事が出来るそうです。

 

 なのでそれまでのお楽しみという事ですね。

 

 もっとも、私に魔法の才能があるとは到底思えないのですが。

 

 

 

 朝食を終え、お父さんはまた畑へと出かけていきます。私はお母さんにお願いして髪を綺麗に梳いてもらっていました。

 

「ナーナーシーー!! あーそーぼぉーー!!」

 

 すると玄関からよく通る声。この声は近所に住んでいるアルちゃんですね。

 

 お母さんのお陰で身だしなみはバッチリです。

 

「お母さん。出かけてくるね」

「ええ。あんまり遅くならない内に帰ってくるのよ」

「はーい。いってきます」

 

 玄関に出ると、案の定そこに居たのはアルちゃんでした。

 

「おはようナナシ。今日もバッチリ決まってるね!」

 

 アルマ・ワイズちゃん。私より二つお姉さんで、昔からよく一緒に遊んでいる幼馴染です。

 

 腰まで伸びる鮮やかな金髪に、私と二つ違いとは思えないスタイル。そして明るく、周りをグイグイ引っ張っていく活発な性格もあって周囲の人気者さんです。

 

 つまり私とは正反対という事ですね。

 

「おはようアルちゃん。今日は何処で遊ぶの?」

「そうだねぇ……さっき表にガブが居たし、合流して決めよっか」

 

 ガブというのは家の向かいに住んでいるガブリエルの事です。

 

 通称ガブ――

 

 典型的な悪ガキ君で、何時もイタズラされて大変迷惑しています。

 

 つい最近もいきなり私の部屋の窓を開けて、あろう事か毛虫を投げ入れて逃げていきやがりました。

 

 まあ私も11歳+αな大人ですし、毛虫はお父さんが部屋から追い出してくれたのでノーダメでしたが、やりたい放題やられるのは我慢しかねます。

 

 という訳で本来なら私の天敵であり一緒に遊ぶなどもっての外ですが、しかしガブはアルちゃんに頭が上がらないのです。

 

 つまりどういう事か。

 

 借りた猫状態のガブを一方的に弄れる大チャンスではありませんか。

 

「分かった。じゃあ早速ガブを捕まえよう、そうしよう」

 

 そうと決まれば善は急げです。

 

 意気揚々と玄関を出て外を見渡すと、ガブは表で暇そうに歩いていました。

 

「おはようガブ。一緒に遊んであげるから、さっさとこっちにきてくれるかな?」

 

 私はバッチリ外行きの笑顔でガブに話しかけます。

 

 心の中ではこの悪ガキをどう懲らしめてやろうかと腸煮えくりかえっておりますが、表情には出しません。

 

 大人ですので。

 

 するとガブは怪訝そうな顔をした後

 

「ナナシ、今朝お前鏡の前でニヤニヤしてただろ、めちゃくちゃキモかったぞ」

 

 トンデモない爆弾発言を吐いてきました。

 

 

 一瞬で凍り付く場の空気、私は不覚にも笑顔を張り付けたまま固まってしまいました。

 

 この悪ガキと仲良く遊ぶ? そんな事天地がひっくり返っても不可能だというのに、さっきまでの私は何と甘い考えをしていたのでしょう。

 

 後ろでアルちゃんが一歩下がる気配を感じます。

 

 流石アルちゃん、きっと私の悲しみと怒りを理解してくれたのですね。

 

 では遠慮する必要はありません。

 

 私はその場で一度大きく深呼吸します。

 

 そして――――

 

 

「シャ――――――――ッ!!!!」

 

 

 ガブに飛び掛かって渾身のナナシパンチをお見舞いしたのです。

 

 そこからは血で血を洗う大喧嘩。

 

 アルちゃんが仲裁に入るまでの猶予に数発頭に入れてやったので、きっと記憶も飛んだ事でしょう。

 

 忘れろ、忘れてください。

 

 

 

 

 

 

 

 ともあれこの村で暮らした平和で平凡な日常は、私にとって何より望んでいたものでした。

 

 優しい家族に楽しい友達、一部例外も居たりしますが、それを差し引いても本当に楽しい毎日です。

 

 皆と一緒に過ごす村の生活は、私にとっては本当に天国の様な一時。

 

 だからこそ、あの夢を見てしまった日はとても不安になってしまいます。

 

 本当はこの世界こそがただの夢で、絞首台で死にゆく私がほんの一瞬望んだ幻なのではないかと。

 

 幸いこの11年、夢が覚める兆しはありません。でもそれは、本当に明日もちゃんと続いてくれるのでしょうか。

 

 布団に入って眠りに入ってしまったら、もう明日は無いのかもしれない。

 

 そんな恐怖に押し潰されてしまいそうになってしまいます。

 

 結局その日は一人で寝ることができず、お父さんの布団に潜り込みました。

 

 お父さんはそんな私の頭を優しく撫でくれて、私は不安が安らぐのを感じつつ何時しか夢の中へ。

 

 

 お願いします神様、私は多くは望みません。

 

 せめてこの日常が永く続きますように。

 

 

 私は眠る時、何時もそうして神様にお願いをします。

 

 この世界に神様という存在が居るのかは分かりません。

 

 ですが、私をこうしてこの世界に転生させてくれた誰かは居るのだと思います。

 

 だから私は願い続けるのです。

 

 この願いがどう聞き届けられますようにと。

 

 

 

 

 この世に神様が居るかどうか、それは今でも分かりません。

 

 しかし悪魔は確実に存在しているのでしょう。

 

 何故ならばそれから数日後、私の世界は全てが変わってしまうからです。

 

 彼ら悪魔の言う『慈善活動』の所為で。

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