戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第二十話

 拠点を離れて、どれだけ経ったでしょうか。

 

 深々と積もる雪を踏みしめ、私達は木々をかき分けながら山の中をずっと歩き続けています。

 

 山道の防衛を離れた私達は、敵が別ルートから攻めてきていないか確認するためにこうして様々な場所を移動し続けています。

 

 しかし、必要最低限に絞ったとは言え私達の持っている装備はとても重く、しかも舗装も何もされていない木々の中を只管歩く現状は、体力をどんどん奪っていきます。

 

 皆さんより体力の少ない私にとって、この状況はかなり辛いものでした。

 

 身体は鉛の様に重く、一歩足を進めるだけでも重労働のように感じてしまいます。

 

「……ナナシ、大丈夫?重かったら少し私が持つよ」

 

 隣を歩くアルちゃんが、私に声を掛けます。

 

 きっと今の私の顔は、相当辛そうに映っているのでしょう。

 

 アルちゃんに心配を掛けないため、私は精一杯の笑顔を作ります。

 

「大丈夫、まだまだ頑張れるよ」

「ナナシは何時も頑張り過ぎなの、ちょっとぐらい頑張らないしなきゃダメ。ほら、そっちの水と食料は私が持ちます」

 

 アルちゃんは私の意見を聞かぬまま、私が背負っていたフレームリュックを奪い取って担いでしまいました。

 

 途端に今まで感じていた負荷が軽減され、大分歩きやすくなりました。

 

 対してアルちゃんは特に増えた負荷も問題ない様で、涼しい顔をして歩いていきます。

 

 やっぱりアルちゃんは凄いなぁと思いつつ、無理やり取られた不満が募ります。

 

「……摘まみ食いしちゃダメだよ、アルちゃん?」

 

 そんな気持ちから出た言葉でしたが、対するアルちゃんは私の方を見ず、少しソワソワしだします。

 

「……しないよ?」

 

 絞り出すように出たアルちゃんの声は、いつもの元気なアルちゃんとは思えぬか細い声でした。

 

「嘘! アルちゃんちゃんと私の目を見て話しなさい!」

「うぅ……ホントにしないってば。信じてよナナシ」

「……別に内緒にしなくても、お腹が空いてるなら私の食料食べて良いから」

「ぐっ……」

 

 アルちゃんはいつもご飯をよく食べます。

 

 その分身体をよく動かしてますし、力仕事も率先してしてくれるので当然なのですが、物資の配給が絶望的になってからアルちゃんは少しご飯を食べるのを控えがちになっています。

 

 優しいアルちゃんの事ですから皆に遠慮しているのでしょうが、私は元気にご飯を一杯食べるアルちゃんが大好きなのです。

 

 しかしアルちゃんは一向に認めようとしません。

 

 なので私はもう少し押しを強めます。

 

「アルちゃんお腹空いてるんでしょ? さっきのフレームリュックの中にチョコバーがまだ入ってるから食べちゃいなよ」

「……だって」

「だって?」

「皆に食いしん坊って……思われたくないもん」

 

 顔を真っ赤にして告白するアルちゃんに対して、私は反射的に出かけた『それはもう今更だよ』という言葉を何とか飲み込むことに成功します。

 

 まさかアルちゃんがそんな事に悩んでいたなんて。

 

 確かにガルド小隊の中ではアルちゃんが、ご飯いっぱい食べる子だという事は周知の事実です。

 

 しかし皆さんも私と同じで、そんな元気一杯のアルちゃんを見てるのが大好きだと思うのです。

 

 だから気にする必要なんて全くないと思うのですが、この様子ですとアルちゃんは本気で悩んでいるのでしょう。

 

 なのでここは、アルちゃんにもっとアルちゃんの魅力に気づいてもらうこととしましょう。

 

「ねえアルちゃん、アルちゃんはご飯食べるの好きだよね?」

「……まあ、好きな方かなっ」

「私はいつも、元気一杯にご飯食べてるアルちゃんを見るのが大好きだよ。だって見てるだけで私も元気一杯貰えるもん」

「……ホント?」

 

 ジト目で疑いの眼差しを向けるアルちゃん。

 

 実際アルちゃんがご飯を食べていると、他の人達が『これも食べな』とご飯を分けてくれる事が多いのです。

 

 それはきっと、皆アルちゃんがご飯を食べている姿に元気を貰っているから。だからそうしてご飯を分けてくれるのだと思うのです。

 

「ホントだよ。それに元気を貰ってるのは私だけじゃない、きっと小隊の皆もそうだと思うな。だから、アルちゃんが元気にご飯食べてくれないと、皆元気出なくなっちゃうかもしれないよ」

「それは……困るね」

「うん。だからアルちゃん、何時もみたいにご飯食べて、ね?」

 

 私の説得にアルちゃんは恥ずかしそうに俯くと、私のフレームリュックからチョコバーを一つ取り出すと、それを半分に割って私に手渡します。

 

「じゃあ、半分貰うね。一緒に食べよ、ナナシ」

「うんっ!」

 

 アルちゃんと一緒に食べたチョコバーは、何時もより甘みが増した気がして、私を幸せな気分にしてくれます。

 

 気づけば先程まで限界ギリギリに感じていた身体も、まだまだ頑張れる力が湧いてくるのでした。

 

 

 

 

 

 その後暫くして、先頭を歩いていたガルド小隊長が足を止めます。

 

 どうやら何処かから通信を受けている様で、二言三言話した後に私達に向き直ります。

 

「ナナシ二等兵、索敵魔法で周囲を索敵しろ」

「了解しました。索敵魔法を使用します」

 

 何か気になる事があったのでしょうか?

 

 私はすぐさま索敵魔法を発動します。

 

 索敵範囲は半径200程、敵の反応はありません。

 

 ですがほんの少し、何故か嫌な感じがしました。

 

 誰かに見られているような、そんな嫌な感覚。

 

 しかし索敵魔法に反応がない以上、この辺りに敵は居ない筈です。

 

 私は嫌な感じを振り払い、ガルド小隊長に報告します。

 

「索敵終了しました、周囲に敵の存在は確認できません」

「……そうか」

 

 ガルド小隊長は私の報告に少し考え込んでいた様子でしたが、すぐに顔を上げます。

 

「今山道を防衛している部隊から連絡が入った。オーガ兵の大部隊が進軍してきているそうだ、恐らくヘルシェ達が遭遇した先遣隊の本命だろう」

「大部隊!? じゃあこちら側にも敵がやってくるんですか」

「その可能性は十分にある。各位、今一度武器の確認をしておけ」

 

 ガルド小隊長の命令に、皆さん手持ちの武器のチェックを始めます。

 

 その中、ミカさんだけがガルド小隊長に駆け寄っていきました。

 

「ガルド小隊長、ボクは周囲警戒に回りますよ」

「許可する。何か変化を見つけ次第、すぐにオレに伝えろ」

「了解」

 

 ミカさんは返事をした後、近くにあった木の上に登って周囲警戒を始めました。

 

 ミカさんはヘルシェさん程ではないとのことですが、索敵能力が高く、おまけに狙撃の腕もピカイチなのでこういった時にとても頼りになります。

 

 ですが、一人で周囲を警戒し続けるのは相当大変な筈です。

 

 その時私の中で、前にヘルシェさんが言っていた言葉が頭を過りました。

 

 

 ―—光らす目が一つ増えるだけで、索敵の負担はグッと減る――

 

 

 攻撃であまり貢献できない私が皆さんの力になれるのはここしかありません。

 

 私はすぐさまガルド小隊長に索敵参加の許可を求めます。

 

「ガルド小隊長、私も索敵魔法で周囲警戒をする許可をください。ミカさんと私の魔法で索敵すれば、かなり広範囲で正確な索敵が可能になります」

「許可する。だが、魔法力と身体の負担には細心の注意を払え。ここでお前が倒れれば、オレ達は暗闇の中で目を失うことに等しいからな」

「了解しました!」

 

 ガルド小隊長に許可を貰い、私が何処で索敵任務を行うか考えていると、トニーさんとアルちゃんが私の元へ近づいてきます。

 

「ナナシ、索敵任務に就くのか?」

「はい。ミカさんのお手伝いをさせて頂こうと思います」

「あんまり無理しちゃダメだよナナシ、前も頑張りすぎて倒れちゃったんだから」

「大丈夫。あれから索敵魔法の使い方もだいぶ慣れて来たし、私だってちゃんと成長してるよ」

 

 心配そうなアルちゃんに、私は胸を張って自信をアピールします。

 

 そんな私を見てもアルちゃんはまだ少し不安そうでしたが、そこにトニーさんが割って入ります。

 

「ま、外見はともかくナナシは確かに成長してるよ。ナナシの索敵に助けられた事、今まで何度もあっただろ?」

「それはそうだけど……」

「アルマはちょっとナナシに過保護過ぎだぜ。それに、いざとなったらオレ達がしっかり守ってやれば良いだけだろ」

 

 トニーさんに窘められてシュンとしているアルちゃん。

 

 アルちゃんには少し申し訳ないですが、トニーさんが私の事を信じて頂けているのは非常に嬉しいです。

 

 けど少し待ってください、どうにも聞き捨てならない言葉も含まれていましたね?

 

「トニーさん、外見はともかくというのはどういう意味でしょうか?」

「ん? いや、身体の方はまだまだこれからだろ。身長も変わってないし、胸もまだまだぺったんこだ」

 

 いけませんね、トニーさん。トニーさんの目は節穴です。

 

 これでもガルド小隊に配属されてから、身長は2ミリ程伸びてます。

 

 胸の方は特に気にしていないので分かりませんが、どんどん筋力も付いてますし私は絶賛成長期なのです。

 

 それなのに成長してないと決めつけるのは、浅はかと言わざる負えません。

 

 反省して頂く必要がありますね。

 

 しかし今が平時ならば、以前の様にナナシキックをお見舞いするところですが、緊迫した現状ではそれは良くありません。

 

 なのでその分抗議の視線を送る事とします。

 

 

 む――――――――――――――っ

 

 

「どうしたナナシ膨れっ面して、腹でも減ってるのか?」

 

 

 だというのにトニーさんは私の顔を見るなり見当違いな事を言い出す始末です。

 

 やっぱり蹴ってやりましょうかこの人。

 

「まあまあ、それよりナナシ索敵するんでしょ? ミカ君は木の上に行っちゃったけど、ナナシも木に登る?」

「そのつもりだよ。一緒に索敵した方が敵を見つけやすいもん」

「けど、ここの木は結構高いぞ。お前上まで登れるのか?」

「で・き・ま・す!」

 

 昔からアルちゃん達と森で遊んでいたので、木登りはそれなりに得意なのです。

 

 ここはしっかり上まで登ってトニーさんの鼻を明かしてやりましょう。

 

 まずは身体を出来るだけ木にくっつけて、足を掛けれそうなウロを探しつつ、一番手前の枝を――――

 

 

 一番手前の枝がある場所は、私のはるか頭上にありました。

 

 頑張ってピョンピョンしてみましたが、到底手が届く距離ではありません。

 

 後ろでクスクス笑う二人の声。

 

 とりあえず、トニーさんは蹴りました。

 

 

 結局、アルちゃんに抱っこしてもらう形で私は何とか木に登る事が出来た私は、早速ミカさんに合流します。

 

「あれ、ナナシちゃんもこっちに来たの?」

「はい。索敵のお手伝いに来ました」

「助かるよ、けど狭いから気を付けてね」

 

 ミカさんの乗っている枝は、十分な太さで私が乗っても大丈夫そうです。

 

 なのでミカさんの前にお邪魔する形で、私も枝の上に乗ります。

 

 ミカさんの邪魔になってしまわないか心配でしたが、ここが周りを確認するのに一番最適ですし、いざというときすぐ近くに居た方が情報を共有しやすいです。

 

 加えて私の身長なら特に邪魔にならないとの事でしたが、先程の件もあり非常に複雑な気分です。

 

 

 

 内心のもやもやを抑えつつ、暫く二人で周囲警戒を続けていましたが、特に変わった様子はありませんでした。

 

 辺りは相変わらず真っ暗で、夜が明けるにはまだ暫く掛かりそうです。

 

 相変わらず雪が降り続いていて、木の上は暖が取れない関係上かなり厳しい環境なのですが、私とミカさんはピッタリと身を寄せ合っているので何とか耐えれるレベルです。

 

 私はアルちゃんとエリカさんに貰ったマフラーを深くかぶりつつ、ふとミカさんの様子を伺ってみると、ミカさんは特に寒さを気にした様子も無く辺りを見渡しています。

 

「ミカさんは寒くないのですか?」

「ん? ああ……ボクが生まれたヤルヴの寒さはこんな物じゃないからね。まだまだ平気さ」

 

 ヤルヴというのは、トゥーリスの中でも最北端に位置する地域の総称です。

 

 そこには人がまだ踏み入れていない場所も多く、とても自然豊かな場所で、ヤルヴの人達は自然の中で狩りをして生計を立てていると聞いた事があります。

 

 確かヤルヴは寒い時ですと-50℃以下になる事もあると聞きますし、なるほど通りで寒さに強い筈ですね。

 

「それに、ナナシちゃんが温かいから良い感じに暖は取れてるよ。子供は体温が高いってよく聞くけど、なるほどこういう時にはありがたい存在だね」

「子供……確かに私は子供ですが、それはミカさんも一緒ではありませんか? 確かトニーさんと同じ16歳ですよね」

「11歳のナナシちゃんに比べたら十分大人だよ。まあ……流石に戦争になってこんな所で銃を握るのは予想外だったけど、どっちにしろ向こうでだって狩りで銃を握って獲物を狩ってた。獲物が動物からオーガに変わっただけさ」

 

 そう語るミカさんの目は、普段温厚なミカさんとは思えないとても鋭く冷たいものでした。

 

 恐らくこれが、狩人の目なのでしょう。

 

 私もこんな目が出来るようになれば、もっともっとオーガを倒して皆さんの役に立てるのでしょうか。

 

 もっと頑張れば、私もきっと――――

 

 

「ナナシちゃん? おーーーい」

「! ……はい、なんでしょう?」

「ボーっとしてたけど大丈夫?」

 

 いけませんね、考え込みすぎて周りの声が聞こえなくなっていたようです。

 

「ごめんなさい、身体は何ともないので大丈夫です」

「そう、なら良いけど。それよりナナシちゃん、あっちの方角に索敵魔法で何か反応がある?」

「少しお待ちください、探ってみますね」

 

 ミカさんの言う方角を調べる為、私は索敵魔法を発動しますが、やはり何も反応はありません。

 

「敵意の反応はありません」

「そっか、じゃあ多分まだナナシちゃんの索敵範囲には入ってきてないんだね」

「敵の姿を見つけたんですか!?」

 

 ミカさんの言葉に、一瞬身体が強張ります。

 

「いや、見ては無いけど多分間違いない」

 

 しかしミカさんから帰ってきた言葉は、何とも曖昧な表現でした。  

 

「視認していないのにどうやって判断したんですか……?」

「んー……まあ、勘かな」

 

 ミカさんが言う敵が居る方を見てみますが、真っ暗で私には何も見えません。

 

 私は夜目が利く方で、索敵魔法無しでもかなり周囲を見渡す事が出来ます。それでも発見出来ない相手を見つけたというミカさんの勘。

 

 どうにも信じられませんが、でもミカさんは敵が居る事を確信している様子です。

 

「ミカさん、本当に敵が来ているんですか?」

「ほぼ間違いなく……ね。向こうがこっちに気づいてるかどうかは分からないけど」

「……分かりました。では調べてみましょう」

「どうやってさ? 索敵魔法には反応無いんでしょ」

「索敵魔法の距離を今以上に広げてみます」

 

 ガルド小隊長は言っていました、今の私なら索敵範囲をより遠くに広げる事も可能だろうと。

 

 どれほど負担が大きくなるかはやってみなければ分かりませんが、単発での使用なら倒れるほどにはならないと思います。

 

 ならば、やってみる価値はあるでしょう。

 

「……分かった。じゃあ試してみて貰えるかな。けど無理はしないようにね」

「了解しました!」

 

 私は大きく深呼吸すると、索敵魔法に集中する為目を閉じます。

 

 

 範囲を縮めた時と逆で、より遠く、広い視野をイメージ。

 

 

 何時もの索敵魔法を使用する時は違う感覚、この流れに乗ればきっと成功すると確信し、私は索敵魔法を発動しました。

 

 視覚に頼らない魔法の感覚が、いつもよりずっと遠くまで広がっていくのを感じます。

 

 そして広がった私の感覚が、何時もより弱弱しくではありますが、敵意をしっかりと感知しました。

 

 弱くて数までは分かりませんが、広く広がっていることから敵が一人二人ではない事は明らかです。

 

 もう少ししっかりとした情報を得る為、私が意識を集中させた瞬間――――

 

 

 突如激しい頭痛が、私に襲い掛かりました。

 

 

「ぐっ………!?」

 

 

 あまりの痛みに、思わず索敵魔法を解除してしまいます。

 

 魔法を解除した事で痛みは大分収まりましたが、未だ鈍い痛みが頭に響きます。

 

「ナナシちゃん大丈夫!?」

「っ……はい、なんとか。それより敵意感知ました。ミカさんの言った通りです……恐らく集団で、こっちに向かってきているものと思われます」

 

 ミカさんは私の体調を心配してくれましたが、私がミカさんに敵の接近を伝えると、迎撃の準備を始めてくれました。

 

「ともかく後の事はボクがなんとかするから、ナナシちゃんはそのまま休んでて」

「いえ……私は下に降りて、皆にこの事を伝えます。ミカさんは迎撃をよろしくお願いします」

「……分かった、なら下に降りたらしっかり休むんだ」

 

 心配そうに私を見るミカさんに出来るだけ不安を感じさせない様振舞ったつもりですが、ミカさんの様子を見る限り、余計心配させてしまった様です。

 

 せめて下に降りるまでに何とか平常を取り戻さないと。

 

 襲い掛かる頭痛を我慢しつつ、私はゆっくりと木を降り始めました。

 

 

 

 

 

 

 地面に付く頃には大分頭痛も収まっていたので、そのままガルド小隊長に報告へ向かったのですが、どうやらミカさんが木の上からガルド小隊長に何かの符丁を送っていたようで、既にガルド小隊長は大まかな状況を把握していました。

 

「ナナシ二等兵、大凡の敵の規模は分かるか?」

「……申し訳ありません、分かりませんでした。ですが敵意がある程度広がっていたので、斥候ではなく部隊規模なのは間違いないと思われます。敵の位置はここから北西に600Mから800M程です」

「分かった、すぐにオレ達は迎撃に出る。ナナシ二等兵、お前はここで待機して身体を休めていろ」

「そんな……待ってください! 確かに私は攻撃でお役に立てないかもしれませんが、索敵なら皆さんの援護を―――――ッ!?」

 

 その場を去ろうとするガルド小隊長を呼び止めようとした矢先、私は眩暈に襲われて地面に倒れそうになってしまいますが、倒れかける寸前、ガルド小隊長が私を支えてくれたので事なきを得ました。

 

「やはり広範囲の索敵は身体への影響が深刻な様だな」

「……申し訳ありません」

「ナナシ二等兵、お前はオレ達にとって命綱に等しい。だから今は無茶をせず、コンディションを戻しておけ。ここにはトニー上等兵とアルマ二等兵を残していく、いいな?」

 

 ガルド小隊長の真剣な眼差しに、私は只頷くことしかできませんでした。

 

 

 その後、ガルド小隊長は残った隊員の殆どを連れて敵の迎撃へと向かっていきました。

 

 この場に残っているのは私とアルちゃん、そしてトニーさんの3人だけです。

 

「しっかしこんな所にまで部隊を進めてくるって事は、オーガの奴ら相当な数で仕掛けてきてるんだろうな」

「だね、山道の方は大丈夫かな……」

「後任が上手い事やってくれれば良いけど、山道を突破されちまったら敵がイフメヤルヴィに殺到しちまう。こっちがなんとかなったら、山道の援護にもいかねえとな」

「まあ、こっちの敵はガルド小隊長達がパパっとやっつけてくれるよ。それよりナナシ、寒くない?」

 

 アルちゃんは心配そうに私の顔を覗き込みます。

 

 敵がこちらにせめて来ている現状、迂闊に火を炊く事が出来ないので、アルちゃんは私の体調をとても心配しています。

 

「大丈夫だよ。眩暈ももうしないし、何時でも索敵魔法だって使えるよ」

「だからって迂闊に使うんじゃねーぞ。表面上は大丈夫そうに見えても負担ってのは蓄積するもんだ、次魔法を使ったらぶっ倒れかねないからな」

「……分かりました、ごめんなさい」

「別に謝らなくても良いけどよ。とにかく今はゆっくり休め、流石に眠るのはダメだけどな」

 

 正確な気温は分かりませんが、雪が降り続けてる以上、恐らく氷点下を切っている事でしょう。

 

 この状態で寝てしまったら、次起きれる保証はありませんからね。

 

 しかし私の身体はどうやら睡眠を求めているようで、段々と瞼が閉じかけてしまいます。

 

 そんな私の様子を察したアルちゃんが慌て始めました。

 

「不味いよトニー君、ナナシお眠だ。そういえばナナシ、こんな夜遅くに起きてる事殆ど無いもんね」

「マジかよ……おいナナシ、これ飲め!」

 

 トニーさんは水筒を取り出すと、コップに中身を注いで私に手渡します。

 

 くんくんと匂いを嗅いでみると、何とも香ばしい匂い。

 

 これはもしや――――

 

「トニーさん……これはもしかして、コーヒーですか?」

「ああ、この前オーガ兵からかっぱらった物資の中にあったんだ。結構キツイけど、目が覚めるから飲んどけ」

「へぇー、コーヒーって私飲んだ事ないや。どんな味がするの?」

「少なくとも、アルマには向かねえと思うぞ」

 

 確かにブラックコーヒーの苦みは中々の物ですが、目が覚めるのは大変ありがたいですね。

 

 それに私は、あの苦みをそれほど嫌いではありません。

 

 トゥーリスは物資不足でコーヒーの様な支給品は殆ど出回らなくなっており、一応代用コーヒーも存在しますが、カフェインが入っていないため覚醒作用は無いのです。

 

「ありがとうございます、トニーさん。頂きますね」

 

 私はトニーさんにお礼を言うと、コップに入ったコーヒーをゆっくり飲み始めます。

 

 口に広がる独特な苦み、けれどそれは刺激として私の眠りかけていた頭に活動する元気をくれます。

 

 そして喉を通してコーヒーが身体に満たされていく度、私の身体が芯からポカポカと暖まっていくのを感じました。

 

「……美味しい」

「へえ、ナナシはブラックでも平気なのか」

「はい、何度か飲んだ事がありますので」

 

 生前工場の深夜アルバイトをしていた時、よくお世話になりましたからね。

 

 あの仕事は一人で黙々と手を動かしていれば良いだけだったので、非常に気に入っていました。

 

 もっとも、同僚に声を掛けられるのが怖くてすぐに辞めてしまいましたが。

 

「ふぅん……ねえトニー君、コーヒー私にも頂戴!」

「本気か? 良いけど勿体ないから全部飲めよ」

「わーい、ありがとうトニー君!」

 

 トニーさんから注いで貰ったコーヒーを嬉しそうにアルちゃんは受け取り、元気よく一口。

 

 そして――――

 

 

「ぷはぁっ!? な、なにこれ……毒!?」

 

 

 コーヒーの苦みに耐え切れなかったようで、涙目になってしまっていました。

 

「あー……だから言わんこっちゃねぇ。だから向かねえって言っただろうが」

「うーっ……だってナナシ美味しいって言ってたし」

「私はこの苦み、嫌いじゃないよ。それに目も覚めるし、身体も暖まるから」

「確かに暖まりそうだけど、この苦みは無理! ……トニー君」

「はぁ……残りはオレが飲むからこっち寄越せ」

「うん……ごめんね?」

 

 申し訳なさそうに、トニーさんにコップを返すアルちゃん。

 

 コーヒーの良さが分からないとは、アルちゃんもまだまだ子供ですね。

 

 

 そんなアルちゃんを尻目に私がコーヒーを楽しんでいると、どこかから鳥の鳴き声が聞こえてきました。

 

 低く、長く響くこの鳴き声は、恐らくコトカというタカ科の鳥の鳴き声でしょう。

 

 しかしコトカは昼間活動する鳥で、夜鳴いているのは聞いた事がありません。

 

 その事を不思議に思っていると、隣に居たトニーさんの顔が険しくなります。

 

「おい、ここからすぐ離れるぞ!」

「え……いきなりどうしたのトニー君?」

「さっきコトカの鳴き声が聞こえただろ? あれはミカが使う符丁の一つだ。意味は敵の接近、こっちに敵が迫ってるってミカが伝えてるんだよ――――」

 

 

 トニーさんの声と同時に、一発の銃声が辺りに響き渡りました。

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