戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第二十三話

 あれから、どれぐらいの時間が経ったのでしょう。

 

 実際はそれ程時間が経っていないのでしょうが、私にとっては永遠の様に長い地獄でした。

 

 もう何も考えたくない。

 

 もう――――

 

 

「おい、寝てんじゃねーよッ!」

「はぐっ……!? けほっ……けほっ!!」

 

 

 強い衝撃で、失いそうになっていた意識が戻ってきます。

 

 お腹、痛い。

 

 どうやら、お腹を強く蹴られたようです。

 

 あの後私は、肩に突き刺さった短刀ごと地面に縫い付けられ、身動きが取れなくなった状態で嬲られ続けました。

 

 身体中傷だらけで、特に蹴られたお腹と今も短刀が刺さったままの左肩が酷く痛みます。

 

 どうやら地獄は、まだ続いている様です。

 

 その事に気づいた瞬間、とうとう私の中で張り詰めていた物が切れてしまうのを感じました。

 

「おねがいっ……もう、許してください」

 

 これ以上の痛みと恐怖から逃れるために、敵に許しを請う。

 

 同時に私の下腹部から暖かな液体が溢れ出し、ズボンに沁み込んでいきます。

 

 痛み、恐怖、羞恥、様々な感情で私の頭はもうぐちゃぐちゃで、頬を伝う涙の理由が何なのかもう私には分かりません。

 

「ようやく立場ってのが理解できたみたいだなクソガキ。てめぇらはそうやって媚びへつらって、オレを楽しませる事だけ考えてりゃ良いんだよ。分かった?」

「っ……」

「分かったかって言ってんだッ!!」

「ひっ……!? わ、分かりました。ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」

 

 ただ分かるのは、この人に逆らえばもっと酷い目に遭わされるという事だけ。

 

 唯々この男の機嫌を損なう事が無いよう振舞う事しか出来ません。

 

「おいルカ、そのガキは殺すなって言っておいただろ。そのままじゃ出血多量で死ぬぞ」

 

 突如、横からライドの声が聞こえてきます。

 

「あ、ライドさんも終わったんですね。良いじゃないですか別に、オレ達が着いた時にはもう死んでたとか適当に理由付ければバレないっスよ」

「ボケた事言ってんじゃねーよルカ。旦那の命令は生け捕りだって言っただろーが」

「はぁ!? いやいやいやいや、そりゃ無いでしょうよライドさん! こっちはコイツの所為で危うく殺されかけてんですよ! 何とか貫通はしなかったですけど、弾がめり込んだお陰で痛ぇのなんの……まあこの痛みのお陰で目覚めましたけど」

「ともかくそいつをやるのはナシだ。遊ぶならこっちで満足しとけ」

 

 そう言ってライドは、私の横にドサッと何かを放り投げます。

 

 何とか首を動かして音の方を確認すると、

 

「ナナシ……っ」

 

 そこには、ボロボロになりながらも必死に私の方へ手を伸ばそうとするアルちゃんの姿があったのです。

 

「お、さっきの怪力女じゃないですか。これ、好きにして良いんですか?」

「ああ、コイツは持って帰れとは言われてないからな」

「流石ライドさん! でも良いんですか? てっきりライドさんの獲物だと思ってたんですけど」

「十分楽しんだからもう興味ねーよ。まあ成長性は悪くないが、育つの待つのも面倒だしな。でもやるなら早くしとけよ。このガキはもう――――」

 

 横で話すライド達の声も、もはや耳には入ってきません。

 

「ア、アルちゃん……!」

 

 アルちゃんの顔を見た瞬間、さっきまで完全に折れてしまっていた私の心が少しだけ蘇ります。

 

 何時だってアルちゃんは、私の元気の源。

 

 アルちゃんと一緒なら、何でも出来るし、耐えられる。

 

 私もアルちゃんへ手を伸ばそうとしますが、短刀が刺さったままな所為で殆ど身動きが取れず、身体を少しでも動かす度に激痛が体中に駆け巡ります。

 

 それでも、手を伸ばしてくれているアルちゃんに応えたくて。

 

 無事な右腕を伸ばして、アルちゃんの手を取ろうとしました。

 

 後ほんのちょっとで届く。

 

 そう思った瞬間、

 

「おっと、そういやコイツをまだ回収してなかったわ。返してもらうぜ、クソガキ」

 

 ルカと呼ばれた男は、私に突き刺さった短刀を握って、思いっきり引き抜きました。

 

「――――あっ」

 

 気の抜けた声と共に、肩から夥しい量の血が噴き出します。

 

 でも、そんな事はもう気になりません。

 

 寧ろ、動きやすくなって感謝したぐらいです。

 

 あれだけ痛くて怖かったのにアルちゃんの顔を見るだけで、そんな事吹き飛んでしまうのですから自分の事ながら笑ってしまいます。

 

 だけど今度は何故か急に眠くなってきて、目を開けていられなくなってしまいます。

 

 あともう少し、ほんのもう少しでアルちゃんに届くのに。

 

 薄れゆく意識の中で私が最後に見たのは、涙を流しながら必死に叫んでいるアルちゃんの姿でした。

 

 心配しないでアルちゃん、大丈夫だから。

 

 アルちゃんが居れば私は、どんな時でも頑張れるから――――

 

 

 

 

 

 ――――ナナシ――――

 

 誰かが私を呼んでる?

 

 声に誘われるように、わたしは目を覚まします。

 

 するとそこには、()()()()光景が広がっていました。

 

 

 古くも大雪に耐える、木造の家。

 

 舗装など一切されていない、凸凹な道。

 

 そして辺り一面を覆う、金色の絨毯。

 

 

 私が11年間ずっと暮らしている、大好きなニルバ村の風景。

 

 ……おや? 何故私はこの景色を懐かしいと思ったのでしょう。

 

 毎日見ている見慣れた風景の筈なのに。

 

 少々違和感を感じましたが、理由が思い当たらないので特に気にしないことにしました。

 

 だって今日は、こんなに良い天気なのです。

 

 こんな日は、刈り取った麦束の上でお昼寝するにかぎります。

 

 しかしいざお昼寝をしようとすると、またもや私を呼ぶ声が聞こえてきました。

 

「おーい、ナナシ」

 

 むぅ、一体私を呼ぶのは誰なのでしょう。

 

 仕方なく辺りを見渡すと、そこにはガブの姿がありました。

 

「ガ……ブ?」

「? どうしたんだよ、そんな驚いた顔をして」

「……なんでだろ、分かんない」

「お前、寝ぼけてんのか?」

 

 そう言ってあきれた顔をするガブの姿は、いつも通りどこもおかしくありません。

 

 ガブの言う通り、私は寝ぼけているのでしょうか。そういえば、何やら長い夢を見ていた気がします。

 

「……そうかも。それよりガブ、私に何の用?」

 

 もっとも、ガブの用事なんてロクでも無い事に決まってます。大方私にイタズラをする気なのでしょう。

 

 見た所、持っている包みが怪しいですね。一見大き目のお弁当に見えますが、実際は虫か蛇、あるいはカエル辺りが入っていると見ました。

 

 ガブもまだまだですね。

 

 毛虫の時は前世でアレルギー持ちだった為少々驚いてしまいましたが、よくよく考えれば今の私が同じアレルギー持ちとは限りません。

 

 蛇もカエルも、今では貴重なたんぱく質。絶賛サバイバルで前世の記憶を呼び起こしている私には、実質ノーダメと知るが良いのです。

 

 しかし、等のガブは何故か中々答えません。

 

「どーしたの、ガブ。私に用事があるんでしょ?」

「……これ」

 

 そういって差し出してきたのは、私が怪しいと睨んだ包みでした。

 

「……中身は何かな、毛虫? カエル? 毒蛇とかだったら叩くよ」

 

 先手を打ち、ジト目でガブを睨みます。

 

 これで焦ってボロを出すだろうと思いましたが、ガブの様子は思っていたものとは大分違いました。

 

「はぁ? ちげーよ! これは、ウチのカーちゃんがナナシと一緒にって……」

「ふむ、一緒に?」

「とにかく開ければ分かるだろっ!」

 

 仕方なく、私は爆弾を処理するかの如く慎重さで包みを開けていきます。

 

 すると中から出てきたのは、美味しそうなサンドイッチでした。

 

 トゥーリスのサンドイッチはマヨネーズの代わりにバターやマーガリンを塗り、パンにサーモンや玉ねぎゆで卵等が挟んであるものが主流です。

 

 しかし現状バターやマーガリンは高級品。サーモンも市場に殆ど出回らなくなっている筈。

 

「……良いの? こんな高級な物食べても」

「ナナシ、お前本当に今日はどうしちまったんだよ。只のサンドイッチだぞ」

 

 怪訝そうに私の顔を覗き込んでくるガブ。

 

 確かにガブの言う通り、これはごく一般的なサンドイッチな筈です。

 

 でも何故でしょう、私にはそのサンドイッチがとても貴重な物に思えたのです。

 

 

 

 結局私達は麦束の上で一緒に座ってサンドイッチを食べる事にしました。

 

 ガブのお母さんはとても料理上手で、サンドイッチの腕前も一流です。一口齧るとマーガリンのまろやかさと、サーモンの程良い塩気が口の中に広がって、とても幸せな気分にしてくれます。

 

「うん、美味しい。ガブのお母さんはやっぱり料理上手だね」

「ナナシのかーちゃんだって料理上手だろ。この前貰ったパン、美味かったぞ」

「でしょー? 私もお母さんのパン大好き」

 

 そう思うと、少しお母さんのパンの味が恋しくなってしまいました。

 

 今日お家に帰ったら、早速お母さんにおねだりしてみることにしましょう。今から楽しみですね。

 

 私がこの後の事を考えつつサンドイッチを楽しんでいると、ポツリと膝の上に何かの雫が落ちたのを感じます。

 

 こんなに良い天気なのに雨でも降ってきたのでしょうか? 

 

 空を見上げてみますが、空は快晴で雲1つありません。

 

 すると隣に居たガブが、ビックリした様子で私を見てきます。

 

「ナナシ、お前……何で泣いてるんだ?」

「へ? 何言ってるのガブ……」

 

 ガブに指摘されて顔に手を当てると、確かにそこには涙の跡があります。

 

 しかも何故か、涙は止まることなくどんどん溢れてくるのではありませんか。

 

「あれ、おかしいな。別に私、悲しくなんて無いのに……どうしてだろ、涙……止まんないや」

 

 ポロポロと溢れてくる涙を私は何とか止めようと頑張りますが、どうしても止まってくれません。

 

「お、おい……ホントに大丈夫か、ナナシ!」

「ごめんね、ガブ。何だか涙……止まんないや」

 

 涙が止まらない私を見て、ガブは心配そうにオロオロしています。

 

 いっつも意地悪ばっかりしてくるガブの意外な一面。

 

 ……いいえ、そういえばそれ程意外でもありませんでしたね。

 

 なんだかんだでガブは、私が本当に困っている時は手を貸してくれる、優しい子でした。

 

 そしてガブはあの時――――

 

「なあ、泣くなよナナシ。何か嫌な事あったのか? 誰かに虐められたのか?」

 

 ガブは困った顔で、私の頭を撫でます。

 

 アルちゃんと違う、ちょっとぶっきら棒で、でも何故か安心出来る手の感触。

 

 そしてガブは、

 

「大丈夫、心配すんな。お前は絶対オレが守ってやるから」

 

 あの時と同じ笑顔で、私にニッコリと笑いかけたのです。

 

 

 ガブの笑顔で、私は思い出しました。

 

 あの日の突然すぎたガブとの別れも、それからの日々も全て。

 

 そしてこれが、この日々は、もう二度と手に入る事は無い幻だという事も。

 

「ごめんね、ガブ。もう大丈夫だから」

 

 いつの間にか、涙はもう止まっていました。

 

 そう、今の私は泣いている時間等無いのです。

 

「……そっか、まあお前がそう言うなら良いけどさ」

「というか、いっつも私を虐めてるのがガブだと思うけど。どうやってガブの虐めから私を守るの?」

「っ! い、今のはお前がメソメソしてたら調子狂うから言っただけだ!」

「ふーん、じゃあまた泣いちゃおうかな」

「勝手にしろ! もう慰めてなんかやねーよ」

 

 怒ってそっぽを向くガブ。

 

 もうこれで、二度と会う事は出来ない私の大切な友達。

 

 だから最後に、せめてこれだけは伝えておかないといけませんね。

 

 私は頬に残った涙を拭いて、ちゃんとガブに向き直ります。

 

「ねえ、ガブ。ちょっとこっち向いて」

「……なんだよ?」

 

 不機嫌ながらも、こちらを振り向くガブ。

 

 私がそんなガブを、優しく抱きしめます。

 

「……ナナシ?」

「ごめんね、ガブ。そしてありがとう、私を守ってくれて」

 

 伝えたかった言葉は、あの時できなかった謝罪とお礼。そして、

 

 

「どれだけ掛かるか分からないけど、絶対にもう一度村に帰ってガブを……皆を弔うから。だからそれまで、バイバイ」

 

 

 大切な友達に対する、別れの言葉。

 

 

 きっとそれが切欠だったのでしょう。

 

 周囲の景色も腕の中のガブも、まるで雪の様に消えていきます。

 

 そして私の意識もまた薄れ、消えていくのでした。

 

 

 

 

 

 

「ナナシ、起きれるか?」

 

 私が目を覚ましたのは、そんな私を呼ぶ声と肩の痛みからでした。

 

「っ……ここは……」

「! ナナシ、体調はどうだ?」

 

 どうやら私を呼んでいたのはトニーさんだった様です。

 

 小さく反響する声と暗闇ながらも感じる圧迫感、どうやらここは洞穴の様ですね。

 

 クラクラする頭と痛みを堪えつつ、何とか返事をします。

 

「大丈夫、です。肩は少し痛いですが」

「少しって……かなりの重傷だっただろ。一応応急手当はしたが、どうだ?」

 

 トニーさんの言葉で左肩に手を当てると、包帯できっちり止血されていました。

 

 試しに少し力を入れてみると、痛みは走りますが左腕は何とか動くようです。

 

 ゆっくりとですが指も動かせて、何度かグー、パーを作ってみます。

 

「その様子なら神経に異常は無いみたいだな。良かった……」

「はい、トニーさんもご無事で何よりです」

「ああ、肩の弾は抜けてたし、腹の方は防弾で何とか防げた。衝撃で少し意識は飛んでたけどな」

 

 トニーさんと話している内に段々と頭のクラクラも取れてきて、気を失う前の事も思い出せてきました。

 

 確か私はあのルカという男に嬲られた後、何とかアルちゃんに手を伸ばそうとして――――

 

「トニーさん、アルちゃんは……アルちゃんは大丈夫ですか!?」

「……一応応急処置はした。お前の隣で気を失ってるよ」

 

 トニーさんの言葉にすぐ横を見ると、そこには横たわるアルちゃんの姿がありました。

 

 アルちゃんが無事な事に一安心出来ましたが、トニーさんの顔は険しいままです。

 

「アルマの奴、大分無理してたんだと思う。特に背中の怪我が酷くて、一応応急処置したが早くメディックに診せないと命に関わる」

 

 背中に怪我。

 

 その言葉を聞いた時に思い出したのは、あの時私の手に着いた血の事。

 

 アルちゃんは大丈夫と言っていましたが、ずっと痛みを我慢していたのでしょう。

 

 大怪我を負いながらも、ずっと私を守ってくれてたのです。

 

 アルちゃんの頬にそっと触れますがまるで氷の様に冷たく、私はすぐにマフラーをアルちゃんに巻いてあげます。

 

「メディック……もし診せる事が出来るとすれば、イフメヤルヴィまで撤退するしかないでしょうね」

「ああ。あそこならまだ先に撤退したエリカ伍長や、他のメディックも何人か居る筈だ」

 

 

 しかし、撤退するという事はこの場の防衛を放棄する事と同義です。

 

 敵が迫っている状況でそれは流石に出来ません。

 

 ……敵?

 

 そういえば、私は気絶する前まであのライドとルカというオーガ兵に襲われていた筈です。

 

 しかし今、ここに奴らは居ません。一体どういうことなのでしょう。

 

「トニーさん、そういえばあの私達が戦っていたオーガ兵達はどうなったのですか?」

「その事も含めて、お前にはこれからの事を話す必要があるな。良いか、よく聞けよ」

 

 そしてトニーさんは、現状の事について話してくれました。

 

「まずあのオーガ兵達の事だが、オレ達が気絶している間に敵を片付けたガルド小隊長達が戻ってきてくれてな、向こうも流石に人数不利だと思ったのか撤退したみたいだ」

「なるほど、それで私達は助かったんですね。でも今、ガルド小隊長達は何処に?」

「……山道の部隊が敵に突破されたんだ。敵の数は予想以上で、このままじゃイフメヤルヴィに敵が殺到しちまう。だからガルド小隊長達は、敵の足止めに向かった」

「え……?」

 

 敵の足止め、確かにそれは必要な行為でしょう。

 

 しかし敵の大部隊を相手に出来る戦力は、今のガルド小隊には無い筈。

 

 間違いなく生きて帰れない上に、恐らく稼げる時間はほんの僅か。

 

「なんで……なんでですか!? 私達はもう十分頑張ったじゃないですかっ! いっそ皆でイフメヤルヴィまで撤退して、向こうで籠城した方が生き残れるかもしれないのに」

 

 気づくと私は、大声でトニーさんに怒鳴っていました。トニーさんに怒っても仕方ない、困らせてしまうだけと分かっているはずなのに、感情が抑えられなくなってしまったのです。

 

 そんな私に対してトニーさんは、冷静に話し続けます。

 

「そうすれば先に撤退した怪我人達が危険に晒されちまう。それにイフメヤルヴィには籠城の備えが殆どねえ、元々観光都市だから攻められたら長くはもたねえよ。それなら、今街に残ってる奴らが撤退できるだけの時間を出来るだけ稼ぐ方が良い。ガルド小隊長はそう判断したんだ」

「でも……」

 

 皆の命を守る為に戦う。

 

 それは、ガルド小隊長から何度も教わった言葉です。

 

 だからその選択も理解は出来る、出来てしまうんです。

 

 でも、それでもあの人達が死んでしまうその選択は、私にはどうしても受け入れる事が出来ないのです。

 

 部下の命をオーガにやるつもりは無いと言ってくれたガルド小隊長が、その判断をしたと信じたくはなかったのです。

 

「ガルド小隊長も苦渋の決断だったんだ。分かってくれ」

「……分かっています。いきなり大声を出して、すみませんでした」

 

 本当は分かってなどいません、分かりたくなんてありません。

 

 けれどトニーさんの辛そうな表情を見ていたら、これ以上怒る気になどなれませんでした。

 

「気にすんな。それでナナシ、お前はこのままアルマと一緒にイフメヤルヴィまで撤退しろ。既に向こうは撤収準備をしてる筈だから、そこに合流してお前も安全圏まで一緒に連れて行って貰え。それがお前とアルマにとっての最善だ」

「……皆を置いて、ですか? 私もガルド小隊の一員ですよ」

 

 言っておいて、自分が今とても意地悪な事を言ってしまっていると自覚します。

 

 残って戦う選択など、私は取るつもりは無いというのに。

 

 トニーさんは私とアルちゃんの事を心配して言ってくれている、それは分かっている筈なのに。

 

 何でこんなに、この人を困らせることばかり言ってしまうのでしょう。

 

「そうだな。けど、アルマはどうすんだ? このままだとアルマは死んじまうぞ」

 

 ええ、分かっています。

 

 元より私に選択肢等無いのですから。

 

 私にとって、アルちゃんは一番大事な親友です。

 

 見捨てる事なんて絶対できません。

 

 だけどそれでも、皆と一緒に戦いたいというこの気持ちも、決して嘘では無いと信じたいから。

 

 だから私の胸は、ギュッと痛み続けるのでしょう。

 

「……分かりました。私はアルちゃんと一緒にイフメヤルヴィに行きます」

「ああ、向こうでエリカ伍長やヘルシェさんに会ったらよろしく伝えてくれ」

「……トニーさんは、一緒に来ないんですか?」

 

 分かっています。これがきっと、聞く意味の無い事なのは。

 

 でも、もしかしたら思い直してくれるかもしれない。

 

 そんな一抹の希望を込めての言葉でした。

 

 でも、

 

「オレはガルド小隊長と合流するよ。皆と残って、出来るだけお前達が撤退するまでの時間を稼いでみせる」

 

 トニーさんは屈託のない笑顔と共に、自分もここで死ぬと宣言したのです。

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