戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第二十五話

 何故街が燃えているのか、その理由は恐らく一つ。

 

 オーガの手による物でしょう。

 

 オーガによって街は蹂躙され、あそこに居た筈のエリカさんやヘルシェさん達も、もう……

 

 敵がここまで殺到しているという事は、山道で防衛していたガルド小隊の皆さんももう生きては居ないでしょう。

 

 皆……皆死んでしまった。

 

 急激に身体の力が抜けていくのを感じます。

 

 それと同時に、今までギリギリで何とか堪えてきた生きる為の希望も、消えていく。

 

 もう駄目なんだ、私。

 

 ジワリ、ジワリと忍び寄ってくる死の気配。

 

 前世の最後で刻まれた、死に対する恐怖。

 

 しかしそれすらも塗り潰してしまう程の虚無が、私を包み込みます。

 

 気づけば私は身体を支える事が出来なくなって、その場に尻もちを付いてしました。

 

 その時、

 

「……ッ!」

 

 ズキリと、お尻に痛みを感じます。

 

 理由を知る為お尻のポケットを弄ると、出てきたのはトニーさんから貰った木彫りの彫刻。

 

 そういえば洞穴を出る時荷物を最小限にする為整理したのですが、これだけはどうしても持っていたくてポケットに入れたのでした。

 

「……街、燃えちゃってるね。あの様子だと、きっとあそこに居た人達も皆オーガに殺されちゃったのかな」

 

 隣で呟くアルちゃんの声はとても小さく、今にも消えてしまうのではないかと感じる程です。

 

 きっとアルちゃんも、最後の希望が無くなってしまったのを感じて絶望しているのでしょう。

 

 しかし私は、さっきの痛みのおかげか少しだけ考える力が戻ってきていました。

 

 そして思ったのです。

 

 私の隣に居る親友、アルちゃん。

 

 彼女だけは、何とか無事に逃がしてあげたいと。

 

 

 ――――アルちゃんを助けたい――――

 

 

 そう想えば少しだけ、心に力が戻ってきます。

 

 そしてその為に出来る事を考えようと、気持ちを切り替える事が出来たのです。

 

 まず現状を整理しましょう。

 

 前方にあるイフメヤルヴィは燃え盛っており、恐らくあっちに逃げてもオーガ兵に捕まってしまうでしょう。

 

 かと言って後方からも敵が迫っているため、私達は挟み撃ちにされている形です。

 

 普通に考えれば絶体絶命、しかし何か……何か無いでしょうか。

 

 彫刻をギュッと握りしめ、必死に考えます。

 

 何処かで隠れてやり過ごす? でももうすぐ日の出ですし、ここが敵の勢力圏におちてしまっている以上、何時か見つかってしまうでしょう。

 

 戦うなんてもっと論外、疲れ果てた私達に出来る事なんて限られている。

 

 ならやはり逃げるしかない、でもどうやって――――

 

 

 ―――チャプンッ――――

 

 

 その時、目の前の川で何かが跳ねた音が聞こえます。

 

 同時に、危険ですがもしかしたら二人で生き残れるかもしれない方法が一つだけ思いつきました。

 

 とても危険で、生き残れる可能性は低いけど、それでも0じゃないたった一つの方法が。

 

「……ねえアルちゃん、多分ここにはもうすぐ敵が来る」

「でも……もう逃げる場所は無いね」

「そうだね。街は燃えちゃってるし、あっちにもきっとオーガがいる。でも……まだ逃げ道はあるよ」

「……え?」

 

 驚いて私の顔を見るアルちゃん。

 

 そんなアルちゃんに、私は精一杯の笑顔で返します。

 

「ほら、アルちゃん泳ぎ得意だよね。この川、流れが速いからその分歩くよりずっと速く移動できるよ」

「なっ……ナナシもしかして……」

「……川に飛び込もう。もう生き残るには、それしかないよ」

 

 幸い私もアルちゃんも泳ぎは得意な方です。

 

 それに秋のお陰で川はまだ凍っておらず、水のままで居てくれています。

 

 そして、トゥーリス人は極寒の真冬ですらサウナの後に水風呂に入る事などザラにある事。

 

 実際私やアルちゃんも真冬の中砕氷機で池の氷を割って水風呂代わりにした事がありますし、あの時に比べれば川の水も温かい事でしょう。

 

「サウナが無いのは残念だけど、最近水浴びも出来てなかったし丁度良いかもよ」

「……本気なの、ナナシ。私達もう体力も殆ど残って無いんだよ? 川に入ったら最後、力尽きて溺れちゃうよ」

 

 ええ、勿論その可能性は高いでしょう。

 

 そもそもサウナの後水風呂に入っても大丈夫なのは、身体が麻痺しておかしくなっているだけで身体にとても良くない事に変わりありません。

 

 でも、それでもここに居れば確実に二人ともおしまいです。

 

 だけど飛び込めば、それが確実では無くなる。

 

「……分かってるよ、分かってる。でもね、アルちゃん……私アルちゃんと一緒に生き延びる事を諦めたくない」

「ナナシ……」

「だから、一緒に来てくれないかな? アルちゃん」

 

 そして私は、アルちゃんに手を伸ばします。

 

 対してアルちゃんは、

 

「……仕方ないなぁ。まあナナシ一人だと溺れちゃうかもだけど、私がついてれば大丈夫か」

 

 しっかりと、私の手を握り返してくれたのです。

 

「むぅ……私だって泳ぎは得意だもんっ! 溺れたりしないよ」

「ほんとー? さっきだって寝ちゃいそうになってたんでしょ?」

「……うーっ」

 

 むくれる私を見て、クスクスと笑うアルちゃん。それに釣られて、私も思わず笑ってしまいます。

 

 やっぱりアルちゃんの笑顔は、私の元気の源ですね。

 

 

 

 アルちゃんは巻いていた魔法繊維マフラーを自分と私の手に巻き付けて、キュッときつく縛ります。

 

 例え川に入っても、お互いが離れない様に。

 

 川の方を見るとまだ水面は真っ暗で、足を踏み入れれば闇の底まで引きずり込まれてしまいそうな怖さがあります。

 

 だけどもう、私の心に恐怖はありません。そして絶望も。

 

 何故ならば、私の隣には、アルちゃんが居るのだから。

 

 だから私は、

 

「ねえ、アルちゃん」

「なあに、ナナシ?」

 

 もしかしたら最後になるかもしれないこの時、アルちゃんに伝えておかなきゃと思ったのです。

 

 それは、

 

「大好きだよ、アルちゃん!」

 

 いっぱいの笑顔で送る、この胸の気持ち。

 

 それをアルちゃんに、伝えておきたかったのです。

 

 私の生涯はじめての告白、一体どういう反応が返ってくるのか内心ちょっと怖いです。

 

 しかしアルちゃんときたら、

 

「……ふふっ」

 

 笑った! 何故か笑われました!?

 

 そんなに可笑しなこと言っちゃったでしょうか、私。

 

 無論私はすぐにアルちゃんへ問いかけます。

 

「なっ……何で笑うの、アルちゃん!?」

「だって……ナナシ、それじゃまるで愛の告白だよ」

「えっ……そ、そうだよー! 私アルちゃんの事愛してるもんっ」

 

 そもそも告白と取られてなかったなんて……私のはじめてだったのに。

 

 あんまりな結末に肩を落とす私を、アルちゃんは笑顔で見つめつつポンポンと肩を叩きます。

 

「まあまあ、そんなに落ち込む事無いよナナシ。まあどうしてもって言うなら、ナナシを私のお嫁さんにしてあげても良いよー?」

「! ホント!?」

「ほんとだよ」」

 

 まさかの逆転勝利な展開に、私は思わず顔を上げます。

 

 しかし待ってください、今何か引っかかる言葉がありませんでしたか?

 

「……私がお嫁さん? アルちゃんじゃなくて??」

「だってナナシが旦那さんってイメージ全然沸かないよ。お家で家事やりながら、いつの間にか昼寝して夜になってそう」

「私そんなに怠け者じゃないよ! 家事だってお料理だってひとりでできるもんっ」

「ほんとかなぁー、じゃあやっぱり私が旦那さんになって確かめなきゃね」

「良いよ、アルちゃんの事絶対ギャフンって言わせちゃうんだからっ」

 

 こうなったら、無事にこの戦争が終わったら料理とお掃除の猛特訓ですね。

 

 ぜーったいアルちゃんにビックリさせてあげるとしましょう。

 

 私が決意を新たにしていると、隣からまたクスクスと笑い声。当然笑っているのはアルちゃんです。

 

「ナ、ナナシ……結局お嫁さんで良いんだ」

「……あ」

 

 そこで堪え切れなくなったのか、アルちゃんは大爆笑です。

 

「あははは! あーもう、可愛いなぁナナシは。これはもう私がしっかり貰ってお嫁さんにしてあげないとね」

「うーっ……」

「どしたのナナシ、私のお嫁さんになるの嫌?」

「嫌じゃない……っ」

 

 勿論嫌な訳ありません、ありませんが……なんだか納得いきません。

 

 そんなむくれる私をアルちゃんはギュッと抱きしめ、耳元でそっと囁くのです。

 

 

「私も大好きだよ、ナナシ」

 

 

 ……むぅ。

 

 少し腑に落ちませんが、まあ良しとしましょう。

 

 両想いなのは確認できたのですから。

 

 

 

 その時、森の方から誰かが近づいてくる足音が聞こえます。

 

 そして森から索敵魔法を使わずとも感じてしまう程の敵意。

 

 間違いなく、オーガの物でしょう。

 

 あれだけ大きな声を出してしまったのですから、気づかれて当然ですね。

 

「……じゃあ行こうか」

「……うん」

 

 私達は二人で川へと歩いていきます。

 

 きつく縛ったお互いの手を、しっかりと握りしめ合って。

 

 決して離れてしまわぬ様、お互いの身体を抱き合います。

 

 そして遂に、川の縁へたどり着きました。

 

 いざ近くまで行くと、その暗さに思わず身体が強張ります。

 

 ですが、アルちゃんがそんな私を察してゆっくりと頭を撫でてくれたため、すぐに震えは収まりました。

 

「大丈夫だよ、ナナシ。ナナシは私が絶対守ってみせるから」

「私もアルちゃんを守るから。だから私達は大丈夫」

「そっか、じゃあ私達は絶対無敵だね」

「うん!」

 

 お互いに声を掛け合い、覚悟も決まりました。

 

 さあ、生き延びる為の賭けに出ましょう!

 

 

 そして私達は淡い朝焼けの中、未だ暗い水面へと飛び込んだのです――――

 

 

 

 

 

 

 

 オーガの蛮行から始まったこの戦争は後に【冬戦争】呼ばれ、多くの他国の関心を呼び込むこととなった。

 

 オーガの圧倒的兵力を前にすぐ敗北すると見られていたトゥーリスは、周辺諸国の予想を裏切りオーガ相手に善戦。両者はトゥーリスの築いた防衛線で長きに渡り膠着状態となる。

 

 

 

 トゥーリスの予想外の粘りにより焦ったオーガは、更なる兵力の増員と新兵器の投入により防衛線の突破を図り、そして遂にトゥーリス防衛線は崩壊した。

 

 瞬く間に国境近くの村や街を占領したオーガは、これらを拠点としてトゥーリス首都【ヘルキュア】へ向かって進軍を開始する。対してトゥーリスは、国土を荒らされながらも徴兵や予備役、退役軍人を総動員。国家存亡を賭けた徹底抗戦へと打って出る。

 

 純白の雪原を血に染めつつ、両者の戦いはより一層激しさを増そうとしていた。




第一章 国境防衛戦 これにて終了です。

本編ストックが無くなってしまったため次回投稿まで少し間を置かせていただきます。

読んでくださっている皆さんに、これからも楽しんで頂ける様頑張っていきます。

感想・評価など頂けますと励みになりますので、皆様応援よろしくお願いいたします。
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