戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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幕間「エリカ伍長の保険授業」後編

 3ー4時限目:実地研修 【正しいサウナの使い方】

 

 

 

 ナナシは失念していたのだ、午後からの授業は実地研修で全員サウナに集合だという事を。

 

 実地研修と言っても実際にサウナを利用しながら使い方をおさらいしつつ、中々交流することが出来ない女性兵士達の親睦を深めようというエリカなりの気遣いから生まれた時間であった。

 

 当然昼間という事もありサウナは彼女達の貸し切り状態であり、久しぶりにのんびりサウナに入れるとあって皆上機嫌である。

 

 たった1人を除いては。

 

「うーっ……」

 

 皆が脱衣所でさっさと服を脱ぐ中、俯きながら唸る少女が1人。ナナシ・エルフィーである。

 

 彼女は元男とはいえすでに11年女の子をしてきており、大概の事には動じなくなっている。

 

 親友であるアルマとは気兼ねなく一緒にサウナに入ることが出来るし、最近はどうにかエリカと一緒に入っても顔を赤らめる事は無くなってきた。もっとも後者はあまりにも過剰スキンシップが多すぎて、半場ナナシが諦めているのも理由の一つであるのだが。

 

 だがしかし、流石のナナシもほぼ初対面の者達と一緒にサウナはハードルが高かったようだ。しかも皆、見目麗しい年頃の少女ばかり。

 

 結果ナナシは周囲を直視することが出来ず、こうして俯きながら困ってしまっているのである。

 

「ナナシ、早く服脱がないと置いてくよー?」

「分かってるけど……っ」

 

 見かねたアルマがフォローを入れるが、中々ナナシの脱衣は捗らない。困ってため息を付くアルマであったが、そこに1人の少女がやってくる。

 

「大丈夫、ナナシちゃん。緊張しちゃったのかな?」

 

 彼女の名前はハンナ・ヴィレント。トゥーリスでは珍しい黒髪の少女で、大人しそうな雰囲気とたれ目朗らかな笑顔が特徴の少女である。

 

 ハンナはナナシを刺激しない様膝をついて目線を合わせ、ゆっくり優しくナナシに話しかける。

 

「大勢でサウナって緊張しちゃうよね、私もちょっと苦手なんだ。でも皆優しいから大丈夫だよ」

 

 そう言って笑うハンナ。

 

 彼女には弟と妹が3人居る為小さい子の扱いには慣れており、ナナシの行動が前に大衆サウナへ一緒に入った弟の行動と似ていたので気になって声を掛けたのだ。

 

 確かに彼女の行動はその優しさ触れる雰囲気も相まって、緊張した子供の警戒を解くのに最適解であろう。相手が同性であれば。

 

 ここはサウナであり、中に入るには皆服を脱ぐ必要がある。そしてナナシ以外のメンバーは既に準備を終えている。無論、それはハンナも同じである。

 

 あまり面識の無い女性が、全裸で自分に近寄ってくる。

 

 これはナナシにとって、パニックを起こすのに十分な要素であった。

 

「にゃっ……だっ、大丈夫です。大丈夫です!!」

 

 思わず声が裏返りながらも必死に身体を見てしまわない様そっぽを向くナナシ。その様子に思わずハンナもアルマも首を傾げてしまう。

 

「にゃ?」

「にゃー? ナナシ、兎の次は猫ちゃんになるの?」

「!? っ……もー! アルちゃんのばかぁ!!」

 

 結局、興奮したナナシを宥めつつ服を脱がせるのに、そこから10分を要した。

 

 

 

「はーい、じゃあ午後の講義を始めます。皆好きな位置でくつろぎながらで良いから聞いてねー」

『分かりましたー』

 

 エリカの言葉に各々返事をする少女達。

 

 ちなみにナナシはというと、中々用意が出来ない事に痺れを切らしたエリカによって服を脱がされ、今はエリカに抱き留められる形で膝に座っている。尚後頭部は半ばエリカの胸に埋まってしまっており、ガッチリホールドされている事もあってもはや身動き一つ出来ない。

 

「まずはこのサウナに入る上での注意点その1、入るのは出来るだけ男の人の居ない時に利用する事。これは何故でしょう、アルマちゃん」

「はーい。出来るだけトラブルを避けるためだと思います」

「はい、正解ね。戦場というのは非常にフラストレーションが溜まる場所です。そこに皆みたいな可愛い女の子が入ってきたらどうなっちゃうか。間違いなく、私達にも相手側にも良くない結果しか生みません。よって無用なトラブルを避けるため、出来るだけ男の人が居ない時間帯に入る様にしましょう。幾ら良く知ってる人達だからって、大勢の男の人の中に入っていくなんてもっての外よナナシちゃん?」

「ご……ごめんなさい……」

 

 エリカに念を押され、ナナシは只謝ることしか出来ない。無論何故こんなにも怒られているのかは分からぬままであり、今のナナシの心情は早くこの状況から解放されたい一択である。

 

 そんな事は露知らずなエリカは、ナナシの態度に反省を感じ「よろしい」と頭を撫で、アルマの隣へと返す。

 

「あ、おかえりナナシ」

「ふぁー……い……」

 

 もはや授業どころではないナナシであったが、そんな彼女を置いてきぼりにしたまま授業は進んでいく。

 

「次に注意点その2だけど、利用時間は出来るだけ短くね。これの理由はさっきのと同じ、皆には不便を掛けちゃうけど、今何とか女性用の時間を取って貰える様掛け合ってるから。もう少しだけ我慢してね」

「ホントですか!? やったぁー! ゆっくりサウナに入れるっ」

「偶にはしっかり手入れをする時間が欲しいので、助かりますね」

「まあ、私は襲ってくる相手が居たら返り討ちにするんでどっちでもいいけどねー」

 

 エリカの言葉に歓喜してはしゃぎだす少女達。そしてその内容は段々とエスカレートしてくる。

 

「あ、でもロウリュ用のアロマ水とかも欲しいよね」

「せめて洗顔用の石鹸などがあれば……」

「ヴィヒタは出来るだけ新しい物使いたーい」

「シャワーだけじゃ物足りないし、せめて水風呂があればねー」

「どうせなら、池が近くにある場所へ引っ越せばいいのに」

 

 わいわいと要望を言いあう少女達に、このままでは収拾がつかなくなるのを感じたエリカは話題を打ち切りに掛る。

 

「はいはい、皆の要望は出来るだけ聞いて貰える様に話しておくから。ともかく、サウナの利用には細心の注意を払うようにね。後サウナに入る時は出来るだけ1人では入らない様に。今回こうやって交流した皆となら声も掛けやすくなるだろうから、出来るだけ皆と一緒に入るようにしましょう」

『はーい!』

「よろしい、ではこれにて本日の授業は終了とします。サウナはまだ私達だけで使える様に許可を取ってるから、各自ゆっくり楽しんでください」

 

 皆の返事を聞いたエリカは、締めの挨拶を行い今回の授業は終了となり、少女達は各々サウナを楽しみ始める。

 

 本来トゥーリスのサウナは身体を温めた後、5分から30分程外でクーリングを行ってまたサウナに入るというローテーションを繰り返すのが主流であるが、彼女達女性兵は男の目もある為今まではサウナも簡素に済ませるしかなかった。

 

 しかし今はエリカの計らいによりサウナは貸し切り状態であり、久しぶりに羽を伸ばせる環境という事もあって少女達にとってこの機会はとても貴重な物なのだ。

 

 サウナ小屋の外には冷水の出るシャワーの他ゆっくりくつろげるチェアも用意されている為、長時間利用に対する配慮もバッチリである。

 

「はぁ……生き返るね」

「へぇ、リリヤもサウナ好きなんだね。てっきりめんどくさいってサウナとかも簡単に済ませちゃうのかと思ってた」

「アルマ、アンタ私を何だと思ってるのよ。こんな戦場で泥まみれになりながら戦ってるんだから、サウナぐらいゆっくり入っても罰当たらないでしょ」

「そう言うことは、普段真面目に兵務を行っている人の言うセリフよリリヤ」

 

 皆が思い思いに楽しむ中、ナナシ、アルマ、リリヤ、パウラの4人はサウナストーン近くでロウリュをしつつ、その熱気を楽しみながら談笑していた。

 

 もっとも多く話しているのは3人だけであり、ナナシだけはアルマにくっついたまま縮こまっている。

 

 そんなナナシの様子に興味を持ったのか、リリヤがナナシに話しかける。

 

「ねえナナシ、何でそんなに怯えてるの? 別に怖い事なんて何もないじゃん」

「っ! べ、別に怯えてません……」

「ホントー?」

 

 顔を背けるナナシに対して、リリヤは至近距離まで近づいて顔を覗き込んでくる。

 

 リリヤはここに集まった少女の中でも特に顔立ちが良く、ちゃんとしていれば美人だと男性兵士からも密かに人気が高い。

 

 そんな少女の急接近に、ナナシの緊張は今日一番まで増大した。更に言えば、ナナシは感づいていたのである。

 

 リリヤの目の奥に潜む、ナナシを獲物(おもちゃ)として見ている気配。虐めっ子の本性を。

 

「にゃっ……ア、アルちゃん!」

 

 思わずアルマの後ろに隠れるナナシ。しかしナナシに出来るだけ他の子とも交流を持って欲しいと考えているアルマは、それを良しとはしなかった。

 

「ほーらナナシ、出てきなー? パウラさんもリリヤも怖くないから出てきなって」

「うーっ……」

「そうよナナシちゃん。私ね、一度ナナシちゃんとゆっくり話してみたいと思ってたの。お昼の時は結局あまり話せなかったし、だから顔を出してくれると嬉しいな」

 

 何とかナナシを引っ張り出そうとするアルマに追従する形で、声を掛けるパウラ。その瞳から他意は感じられず、本心でナナシと交流したいという気持ちがありありと伝わってくる。

 

 その姿勢と元来人の頼みを中々断れない性格なナナシは、渋々ながらもアルマの後ろから顔を出す。

 

「……はい、私もパウラさんとお話……したいです」

 

 モジモジしながら消え入りそうな声で返事をするナナシ。

 

 しかしそこでまたもやリリヤが割って入ってくる。 

 

「えー、じゃあ私とはお話してくれないの? ナナシ」

「んひっ!? えっ……えっと……」

「リーリーヤー! 折角ナナシちゃんがその気になってくれたのに怯えさせるんじゃないわよ」

「べっつにぃー? 私はそんなつもりないよ。けど一緒にサウナに入るだけでこんなに緊張しちゃうのに、よく男だらけの時間に突撃できたねー」

 

 どうやらリリヤはまだナナシのサウナ突撃事件の事が気になっている様で、探りを入れるような視線でナナシの表情を伺っていた。対してナナシは、もはや蛇に睨まれたカエル状態で身動き一つできない。

 

 確かに同性で入るだけでこれだけ緊張してしまう少女が、ましてや男だらけのサウナに飛び込めるとは到底信じがたい話である。

 

「まあ、私も最初ナナシがサウナに飛び込んだって聞いた時はビックリしたよ。だってナナシ、最初の頃は私とサウナに入るのも嫌がってたくらいだし」

「へぇー……つまりナナシは、女の子より男の子と一緒に入る方が落ち着くんだ。変なの、まるで男の子みたい」

「っ!?」

 

 リリヤの核心を突いた一言に、ナナシの身体がビクンと跳ねる。

 

 もしや自分が元男なのがバレてしまっては無いのかと、その心境は戦場に立っている時よりもドキドキしていた。

 

 シーンと静まり返る空気、誰も次の一言を話さない。

 

 ナナシは滝の様に汗を流しながらどう言い訳すればよいのかと考えているが、そんなナナシの言葉より先にアルマの笑い声が辺りに響く。

 

「あははは! それは無いよリリヤ。確かにまだナナシは胸もぺったんこだけど、ちゃんと女の子なのは私が保証するよ」

 

 アルマの助け舟にほっと胸をなでおろすナナシ。

 

 しかし彼女の危機はこれで終わった訳ではなく、

 

 

「ほら、ここもツルツルだし」

 

 

 そう言ってアルマはあろう事か油断していたナナシの後ろから両足を掴むと、2人の前で大きく広げてみせたのだ。

 

「…………?」

 

 いきなりの状況に思考が追い付かず、唖然とするナナシ。

 

 結果彼女の陰部は、2人の前へ晒される事となる。

 

 数秒後、思考の追いついたナナシの悲鳴が辺りに木霊した。

 

「ア、アルちゃん!! アルちゃん!? 何してるの!? ねえ何してるの!!??」

「だって、ナナシも変な誤解されちゃ嫌でしょ? これなら一目瞭然だし」

「そうだけどっ! そうだけどっ!! とにかくはーなーしーてー!!!」

「まあまあナナシ、別に減るものじゃ無いし良いじゃん。なんなら見ちゃったお返しに、この後私の見る?」

「止めなさいリリヤ! アルマちゃんもナナシちゃんを放しなさいっ。可哀想でしょっ」

「にゃーーーーっ!!!」

 

 結局ナナシの悲鳴を聞きつけてエリカが来るまでの間、ナナシの悲痛な叫びは辺りに木霊し続けたのであった。

 

 

 

 

「よしよし、ナナシちゃん。もう怖くないわよ」

「うぐっ……ひぐっ……」

「ごめんね、ナナシ」

 

 サウナ小屋の外、エリカに抱きしめられながら尚も胸の中で泣き続けるナナシ。その心中に深いトラウマを植え付けてしまったのは明らかであり、原因を作ってしまったアルマは申し訳なさそうに正座している。

 

「まあアルマちゃんも悪気は無かったみたいだし、ナナシちゃんもそろそろ許してあげたらどうかしら」

「ナナシー……」

「っ……」

 

 ひたすら謝るアルマからプイッと顔を背けるナナシ。その様子に「これは重傷ね」とため息を付くエリカ。

 

 本来エリカは大抵の負傷であれば立ち処に治してしまう治癒魔法の使い手ではあるが、こういった手合いでは幾ら魔法でもどうしようもない。心の傷は、魔法では治らないのだ。

 

 2人がどうしたものかと悩んでいると、そこへ席を外していたパウラとリリヤが戻ってくる。その手には籠いっぱいのチョコレートがあった。

 

「ただいま戻りました。ナナシちゃん、さっきのお詫びになるか分からないけどチョコレート持ってきたの。良かったらどうかしら?」

「支給のじゃなくて、街で売ってた希少品だよー」

 

 チョコレートという単語に、先程まで泣いていたナナシがピクリと反応する。

 

 この殺伐とした戦場において甘味は心を癒す清涼剤であり、その中でも特に人気が高いのはチョコレートだ。

 

 栄養価が高い上に、食べれば素晴らしい甘みが口に広がって至福の時間が訪れる。更にはいざという時薪替わりにもなるという万能物資、戦場でチョコレートが嫌い者は殆どおらず、無論ナナシも大好きである。

 

「あ、ナナシ食いついてる」

「ちょっと、アルマちゃん!」

 

 そんな心の変化を目ざとく見抜くアルマであったが、直後にパウラから肘内を喰らって思わず口を噤む。2人は恐る恐るナナシの様子を確認するが、どうやらチョコレートに気がいっていて気づいてないようだ。その間にリリヤはチョコレートの包みを取って、ナナシの口元へ運ぶ。

 

「ほーらナナシ、甘いから食べてみな。あーんっ」

「……あーんっ」

 

 持ってきたのがリリヤという事もあって少し警戒したナナシだが、甘味の誘惑には勝てなかった様で素直に口を開け、そこへリリヤがチョコレートを放り込んだ。

 

 

 ――――もきゅもきゅもきゅっ――――

 

 

 チョコレートを咀嚼する音、それを固唾を飲んで見守る4人。果たしてナナシの様子は――――

 

「……美味しい!」

 

 今日一番の、満面の笑みであった。その姿に、皆はホッと胸を撫でおろす。

 

「良かった……ありがとうございます、パウラさん、リリヤ。けど市販のチョコレートなんて良く手に入りましたね」

「ああ、それはね。実はこれ、全部セラフィナさんが持ってきてくれたの」

「セラフィナさんのお父さん、お菓子会社の社長でチョコレートもいっぱい作ってるんだってさ。ほら、私達の分もあるよ」

「ほんと!? 後でセラフィナさんにお礼言いに行かなきゃっ」

 

 

 

 その後彼女達は思う存分サウナとチョコレートを堪能し、トゥーリス軍特別保健授業は終了となった。

 

 この時間は普段壮絶な環境に身を置く少女達にとって一時の安らぎとなったが、本来の目的の1つであったナナシの貞操観念の矯正は成功とは言えず、これ以降ナナシは他の女性と一緒にサウナに入るのをより一層警戒するようになってしまった。

 

 尚、授業の最後にエリカが全員に配った【あるもの】が後にちょっとしたトラブルを生むことになるのだが、この時の彼女達には知る由もない。

 

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