戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第二十九話

 その後医療テントに運ばれた私はハンナ伍長に治癒魔法を掛けて貰い、大体の傷は回復できました。

 

 しかし左肩の傷は重傷だったこともあり、完治にはもう少し時間が掛かるとの事です。

 

「ごめんねナナシちゃん、私がエリカさんぐらい治癒魔法が上手ければこの傷もしっかり治してあげられたんだけど」

「いえ、ハンナ伍長殿のお陰で大分楽になりました。ありがとうございます」

 

 

 エリカさん。

 

 何度も大変な目に遭わされた事がありますが、とても優しくて頼りになる素敵な方。

 

 治癒魔法の名手で、ハンナ伍長の話によるとエリカさんの治癒魔法はトゥーリスの中でもトップクラスだったそうです。

 

 そういえばハンナ伍長と最初に出会ったのは、エリカさんの開いた保険授業でしたね。

 

 あの時も色々酷い目に遭わされましたが、視野の狭い私が色々な人と関わることが出来たとても良い経験でした。

 

 周りをよく見て、フォローして、皆を笑顔にしてくれる。

 

 改めてエリカさんは凄い人だったなと思います。

 

 私がエリカさんみたいに行動出来たら、もっとしっかり皆さんのお役に立てるのに。

 

 

「……ナナシちゃん、また考え事してる?」

 

 

 ハンナ伍長の声に、ふと我に返ります。

 

 気づけば目の前のハンナ伍長は頬を膨らませているご様子。

 

 またやってしまいました。

 

「! は、はい。ごめんなさい」

「良いよ。けど今度お話聞いてくれなかったら、次はもっと凄いお願いしちゃうからね?」

「す、すごいお願いですか? ……ちなみにどの様なお願いなのでしょうか」

「それは、その時のお楽しみかなぁー」

 

 不敵な笑みを浮かべるハンナ伍長に、私はもうこれ以上怒らせまいと固く誓うのでした。

 

 

「ねえ、ナナシちゃん。ちょっと聞いても良いかな?」

「はい、何でしょうかハンナ伍長殿」

「ごめんね。あんまり思い出したくない事だと思うんだけど、ガルド小隊は全滅しちゃったんだよね?」

「……はい、皆さんオーガの侵攻を食い止める為、最後の一瞬まで戦い抜きました」

「じゃあエリカさんも……」

「エリカさんは最後の戦いの前にイフメヤルヴィに撤退されていたのですが、あそこもオーガによって占領されてしまいました。恐らくそこで……」

 

 最後に見たイフメヤルヴィが真っ赤に燃える光景を思い出すと、キュッと胸が締め付けられます。

 

「そっか……もしかしたらナナシちゃんみたいに何とか生き残ってくれてるかもって思ってたんだけど。私ね、エリカさんに憧れてたんだ。いつかエリカさんと並び立てるぐらい凄いメディックになるのが目標だったんだけど……残念だな」

 

 そう話すハンナ伍長はとても寂しそうで、その顔を見ていると自分だけが生き残ってしまった事に罪悪感を感じます。

 

 なんで私みたいなのが生き残ってしまったんだろう。

 

 ガルド小隊の皆さんは優秀な人ばかりでした。

 

 私より生き残るべき人は沢山居た。

 

 なのに無能な私だけが、生き残ってしまった。

 

「ごめんなさい、私だけ生き残ってしまってごめんなさい」

 

 気づくと私は、ポツリと呟いていました。

 

 その直後、私の顔に何かが押し付けられて身動きが取れなくなります。

 

「むぎゅっ?」

「ナナシちゃん、そんな事言ったらいけません!」

 

 ハンナ伍長の声は聞こえますが、目の前が真っ暗で何も分かりません。

 

 でも何でしょう、この感触何処かで感じた覚えが……あれは確かエリカ伍長が――――

 

 エリカ伍長と一緒にご飯を食べた時、急に抱きつかれた時の感触と似てる。

 

 つまりこの状況は、ハンナ伍長のお胸に埋もれてる!?

 

「んにゃ!? ハ、ハンナ伍長殿! いきなり何をするんですかっ」

 

 私は何とか顔に覆いかぶさっているお胸を圧しのけて叫びます。

 

 というかハンナ伍長のお胸触っちゃいました、ごめんなさい! ごめんなさい!

 

「あ、ごめんね! 苦しかった?」

「……いえ、苦しくは無かったです」

 

 寧ろ柔らかくて快適ではあったのですが、あれ以上あの状態で居ると、心労で倒れてしまいかねません。

 

「でもナナシちゃんがいけないんだよ? 生き残ってごめんなさいなんて、絶対言っちゃダメ。誰だって生きて良い権利があるの。勿論ナナシちゃんにも私にもね。だから、ナナシちゃんが謝る事なんて全然ありません」

「で、ですが……」

「ですがもへちまもありません! とにかくナナシちゃんは無事で良かったの。少なくとも、私はこうしてナナシちゃんとまた会えて、こうやってお話できて嬉しいよ」

 

 そう言ってニッコリと笑うハンナ伍長。

 

 私の心に、また少しだけポカポカと暖かいものが込みあげてきます。

 

 ガルド小隊の皆さんと居た時や、ニルバ村で皆と過ごしていた毎日に感じていたあのポカポカを。

 

 とても暖かくて心地良い。けど、今はこれに身を委ねちゃダメ。

 

 私はポカポカを振り払う様に立ち上がります。

 

「ハンナ伍長殿、怪我の手当ありがとうございました。もう動けますので、仕事に戻ろうと思います」

「えっ、ダメだよナナシちゃん! ナナシちゃんの傷、軽くないんだよ? せめて今日一日はここで休んでいこうよ」

「本当に大丈夫ですので。それに、私達はゆっくり休んでいられるような状況では無い筈です。私に出来る事は少ないかもしれませんが、それでもお役に立てる事があるならしたいのです」

「ナナシちゃん……」

 

 心配してくれるハンナ伍長にはとても申し訳なく思いますが、実際身体はもう動きます。

 

 私を見つめるハンナ伍長に一礼してテントの外へ向かおうとすると、何かに引っ張られて先に進めません。

 

 後ろを確認すると、私のズボンをハンナ伍長が掴んでいました。

 

「えっと……ハンナ伍長殿? これではお外に出れないのですが」

「お願いナナシちゃん、今日だけはちゃんと休んで。肩の傷もそうだけど、お腹も相当殴れてるよね? そっちは治癒魔法でほぼ治せてるけど、何かあってからじゃ遅いから」

 

 先程までの柔らかな雰囲気と違い、真剣な眼差しで私を見るハンナ伍長。

 

 そこまで真摯に私の事を考えてくれているハンナ伍長にこれ以上迷惑を掛ける訳にもいかず、私はこくりと頷きます。

 

「ではせめて、このテントの中でお手伝いをさせてください。ガルド小隊ではエリカさんのお手伝いをしていたので、少しはお役に立てると思います」

「……分かった、じゃあ今日一日ナナシちゃんは私の助手だね。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

 そして私はハンナ伍長の助手として、医療テントでお手伝いをする事となりました。

 

 この医療テントはガルド小隊で使っていた物より広く、中には40人程が入れるスペースがあります。

 

 その分怪我人も多いですが、メディックであるハンナ伍長を筆頭に他3名の衛生兵の方が居る為何とかキャパオーバーにはなっていません。

 

 現在この医療テントのリーダー的な役割を果たしているハンナ伍長の手腕は素晴らしく、瞬時に怪我人の傷の程度を見分けて適切な処置を行っていきます。

 

 元々ハンナ伍長はタクマ中隊の所属ではなく臨時で隊に合流しているクラン小隊の所属であり、この医療テントの配属となってそれほど時間も経っていないのですが、温和な人柄と行動力で他の方からの信頼がとても高いです。

 

 その姿はまるでエリカ伍長の様で、思わず少し見惚れてしまいました。

 

 

「凄いよな、ハンナ伍長。あれでまだ軍学校1年目の新米ってんだから驚きだよ」

 

 

 すると横から声を掛けられ振り向くと、筋肉粒々な男性が立っています。

 

 彼の名前はエーロ上等兵、タクマ中隊所属の衛生兵です。

 

 見た目は屈強な戦士といった感じですがとても丁寧に処置をしてくれて、私は何度もお世話になっています。

 

「学生……なのに最前線へ送られるんですね」

「まあ、今は情勢が情勢だからな。けどハンナ伍長は自ら志願したって聞いてるぜ、怪我してる人が大勢居るのに自分だけ勉強なんてしてられないってさ。というか、おじさんは嬢ちゃんみたいなちびっ子が兵士してる方が世も末だと思うがね」

「……私も自分から志願して兵士になったので」

 

 私の言葉を聞いて、エーロ上等兵は顔を伏せます。

 

 そう、私は自分で決めて兵士になったのです。

 

 だから、今こうしているのも全て自分の意志。

 

 誰の所為でもない、全て自分の責任なのです。

 

 

「所でお嬢ちゃん、身体の調子はどうだい?」

「肩の傷はまだ痛みますが、問題無い範囲です」

「そうかい、けど夜は相変わらずなんだろ?」

「……はい」

「分かった、どうしても無理ならまた来な。用意しとくからよ」

 

 そう言ってエーロ上等兵は業務に戻っていきます。

 

「ナナシちゃん、ちょっとこっちを手伝ってくれるかな?」

 

 続いてハンナ伍長からの要請に、私はすぐ様お手伝いへと向かいます。

 

 

 

 医療テントでのお手伝いは、以前もやっていた事もあり何とかこなす事が出来ました。

 

 大半の怪我人の治療が終わった為、後の事をエーロ上等兵に任せて私とハンナ伍長は休むことに。

 

 ここにはサウナ小屋が無いため、私達は医療テントの一角に死角を作ってお湯で湿らせた布で身体を拭き、汚れを落とします。

 

 ちなみに私はすぐその場で服を脱いで汚れを落とそうとしたのですが、ハンナ伍長にすごく怒られてしまいました。

 

 そして身体を綺麗にした後、厚手の毛布を幾つか重ねて簡易寝袋にした上で普段私達は眠りにつきます。

 

 なのですが、

 

「……ハンナ伍長殿、本当に一緒にでよろしいんですか?」

「うん。今日は特に冷えるし、ナナシちゃん湯たんぽの性能を確かめときたいからね」

 

 私が寝床を整えていた所、ハンナ伍長が毛布へ飛び込んできたのです。

 

 まさか本気だったなんて……

 

 元々が毛布ですし、私の身体は小さいので一緒に入るのに問題はありません。

 

 まだ本格的な冬は訪れていないとはいえ外は軽く氷点下を下回っており、ストーブが焚いてあるこのテントの中でも寒さは堪えます。

 

 それ故に人肌で温もり合うのは確かに有効な手なのでしょう。

 

 だからと言って、一緒に寝るのはちょっと違うと思うのです。

 

 でも、一度了承してしまった手前断る訳にもいきません。

 

「分かりました。ではご一緒させて頂きます、伍長殿」

 

 私は説得を諦め、ハンナ伍長の入っている毛布へ入ります。

 

 毛布の中は先にハンナ伍長が入っていたこともあり、ほんのり暖かくて快適な温度です。

 

「えっと……狭くないですか、伍長殿?」

「うん、大丈夫だよ。けどもうちょっとゆったりしたいから、ナナシちゃんの方に手を回していい?」

「はい、だいじょうぶで……す?」

 

 私が返事をする前にハンナ伍長の両腕は私にがっしり巻き付いており、ホールドされて身動きが取れなくなっています。

 

 

 あ、これは不味いやつだ。

 

 

「ハンナ伍長殿? ちょっと苦しいですっ」

「はぁー……ホントにナナシちゃんぽかぽかだぁ。暖かーい」

「あ、あのっ! 伍長殿ー?」

「んー……明日は早いからもう寝ちゃおうねぇ。お休み、ナナシちゃん」

「……うぅ」

 

 警戒した時にはもう手遅れ。

 

 私はこうして、ハンナ伍長の抱き枕としてお供する事となったのです。

 

 

 

 

 

 

 目を瞑り、辺りに訪れる闇。

 

 身体はしっかり疲れているので、本来ならこうすれば直に睡魔が襲ってきて夢の中へと誘ってくれます。

 

 しかし、最近の私にその兆候はありません。

 

 身体は疲れ切っているのに、何故か頭は冴えて一向に眠る事が出来ないのです。

 

 それでも体力を回復する為目を閉じていると、段々と訪れる眩暈と動悸。

 

 まるで世界がぐるぐると回っているかのような不快感と息苦しさに、堪らず私は目を開けます。

 

 

「はっ……はっ……はっ……はぁ……やっぱり眠れない」

 

 

 決まって横になって目を閉じると起こるこの症状の所為で、最近の私はロクに眠れない日が続いているのです。

 

 横になると苦しい、けど寝ないともっと苦しい。

 

 睡眠は身体の休息に必要な事は勿論、頭……脳の休息の為にも必要不可欠な行為です。

 

 この症状が出始めて3日程寝れない日が続いた時は、辛すぎて本当におかしくなってしまいそうでした。

 

 だけど今は、この苦しみを回避する方法を私は知っています。

 

 隣を確認すると、スヤスヤと寝息を立てているハンナ伍長。

 

 幸いハンナさんのホールドは緩くなっているので、抜け出すことは出来そうです。

 

「……ごめんなさい、ハンナ伍長殿」

 

 私はハンナ伍長を起こさない様ゆっくりと毛布を抜け出し、エーロ上等兵の元へと向かいました。

 

 

 

「はぁ、やっぱり来ちまったか」

「ごめんなさい……でもやっぱり駄目なんです」

 

 私が眠れなくなっている事を知ってるのは、どうしようもなくなって医療テントへ相談しに行った時に対応してくれたエーロ上等兵だけです。

 

 そして私が涙ながらに事情を話すと、1つの解決方法を提示してくれました。

 

 エーロ上等兵はため息を付きながら、物資の中から薬を取り出します。

 

「最初の時にも言ったが、コイツは効果が高い分嬢ちゃんみたいな子供には毒でしかねえんだ。あの時は嬢ちゃんが限界そうだったから渡したが、出来るだけ飲まない事に越したことはねえんだぞ」

「分かっています。でも……寝れないと本当に辛いんです。お願いします、お薬を……お薬をください」

 

 深々と頭を下げ、私はエーロ上等兵にお願いします。

 

 私が今頼っているお薬、それは俗に言う睡眠薬と呼ばれる物です。

 

 強制的に眠る事が出来る便利なお薬ですが、依存性や身体に対する様々な悪影響が確認されている危険な代物で、普通の人にはまず処方されることはありません。

 

 しかし兵士の中には私の様に不眠に悩まされる人が大勢いる様で、後の影響を度外視しても今を凌ぐため、特別に支給されているそうです。

 

 私もこの薬を飲んだその日から、眠りは浅いながらも少しだけ眠ることが出来る様になっているので効果は折り紙付き。

 

 お薬を渡す事に難色を示していたエーロ上等兵ですが、最後は折れて渡してくれました。

 

「……分かった。とりあえず3日分渡すぞ、けど出来るだけこれで最後にする様にしてくれ。嬢ちゃんが薬漬けになってく様なんて見るのはゴメンだ」

「ありがとうございます、エーロ上等兵殿!」

 

 良かった、これで今日も眠れる。

 

 安心から思わず頬が綻びます。

 

 改めてエーロ上等兵にお礼を言いつつ、私は寝床へと帰るのでした。

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