戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十話

 夜眠れなくなるというのは、今回がはじめてという訳ではありません。

 

 この世界に転生して物心ついた頃は、眠れない夜も多かったのです。

 

 

 前世の最後、恨まれながら絞首台によって命を落とした恐怖。

 

 全く新しい環境で、周りとどう接して良いか分からない不安。

 

 男から女に転生してしまった事による戸惑い。

 

 

 夜布団に入ると様々な要素が頭の中をぐるぐる駆け巡って、気づくと涙を流して泣いていました。

 

 でもそんな夜はお父さんやお母さんが一緒に寝てくれて、私が眠りにつくまでずっと一緒に居てくれたのです。

 

 どんなに辛い夜も、二人に頭を撫でて貰えば自然と安心して眠ることが出来ました。

 

 二人が私のお父さんとお母さんになってくれたから、私は夜が怖くなくなって、元気にこの世界で生きていくとが出来たのです。

 

 そして運命の日。

 

 大切な人を殺され、アルちゃんとたった二人で村から逃げたあの日から、夜はまた私にとって怖いものになりました。

 

 

 ガブを殺した、あのオーガ兵の姿。

 

 それが瞼に焼き付いていて、何時までも離れてくれなくて。

 

 眠っている間にまた奴らが襲ってきたら? 今度はアルちゃんも私も殺されてしまうかもしれない。

 

 そう思ってしまえば、もう不安で寝ることは出来ません。

 

 だけどそんな私を、アルちゃんが何時も励ましてくれました。

 

 何時も一緒に居てくれて、私に元気を与えてくれた。

 

 そして軍に入ってからは、

 

 

 ちょっとスキンシップが激しいけど、とても優しいエリカさん。

 

 規律に厳しくてとても怖いけど、とても頼りになるガルド小隊長。

 

 変わった所もあったけど、卓越した狙撃能力で皆を守ってくれたミカさん。

 

 偶に意地悪をしてくる時もあったけど、私の相談事をいつも真摯に聞いてくれたトニーさん。

 

 何時も私の事をからかってきて酷い事ばかりされたけど、私を導いて、見守ってくれていたヘルシェさん。

 

 いっぱいの人達に助けて貰って、私はここまで生きてくることが出来ました。

 

 辛い事も、苦しい事も乗り越えていけると信じることが出来ました。

 

 だけどもう、そんな皆は何処にも居なくて。

 

 辛い夜に、優しく頭を撫でてくれる人は誰も居ない。

 

 これから私は、どうやって夜を乗り越えて行けばいいんだろう。

 

 エーロ上等兵は言っていました、あの薬に頼るのは危険だと。

 

 あの方はとても優秀なお医者さんです。

 

 そんな方が言うのですから、やはりあの薬は危険なのでしょう。

 

 だけどもう、私には他に頼るものが無いんです。

 

 例え薬の所為でボロボロになってしまうのだとしても――――

 

 

 

 

 

「……朝」

 

 騒がしくなってきた周りの音で、私は目を覚まします。

 

 昨日飲んだお薬のお陰か、寝ることが出来たので頭はスッキリしています。

 

 ですが少し不思議ですね。

 

 お薬を飲んで眠ってもその眠りは浅くて何時も倦怠感が残っているのですが、今日は全然ありません。

 

「ともかく、早く支度して任務に戻らないと」

 

 そう思って毛布から抜け出そうとしますが、何故か身体が引っかかって出られません。

 

 いえ、引っかかっているというより捕まっている感じ……?

 

 その時私はようやく、毛布の中で、私のお腹をガッチリホールドしている何かがあることに気づきます。

 

「……?」

 

 原因を調べる為、毛布を捲ってみると――――

 

「むにゃむにゃ……」

 

 そこには、何故か服のはだけた女性が寝ているではありませんか。

 

 しかも私のお腹をがっちり掴んでいて、まるで餌のアリを引きずり込むアリジゴクの様。

 

 見てはいけないものを見た気がして、すぐに毛布を戻します。

 

 あまりの光景に固まってしまいますが、そこで私の頭の中で昨日の夜の事が走馬灯の様に巡っていきました。

 

 昨日は医療テントでお手伝いをして、その後身体を拭いて……

 

「そうだ、昨日は結局ハンナ伍長殿と一緒に寝たんだ!」

 

 であるならば、この謎の女性の正体はハンナ伍長?

 

 先程はビックリしてチラッとしか見れませんでしたが、今度は慎重に毛布を捲ってみます。

 

「……んー……寒ぃー」

「し、失礼しました!」

 

 間違いありません、ハンナ伍長です。ハンナ伍長でした。

 

 どうやらハンナ伍長は朝が弱いご様子で、むにゃむにゃされながらまだ夢の中にいらっしゃるようです。

 

 しかし何故服がはだけているのでしょう?

 

 そもそも何故私のお腹をホールド……されてるのはきっと、昨日抱き枕にするのをOKしたからですね。

 

 色々思う所はありますが、外が騒がしくなってきているという事は私達ももう起きなければいけない時間という事です。

 

 軍は時間厳守、守れなければ大変な目に遭う事は確実。

 

 ここは何とか、ハンナ伍長に起きていただくしかありません。

 

「……えっと、ハンナ伍長殿? 朝ですよー」

「んー……」

 

 とりあえず毛布を少し捲って声を掛けてみますが、効果無し。

 

 次に毛布越しに軽く揺すってみる事にします。

 

「伍長殿ー、朝ですよー!」

 

 一緒に今度は少し大きめの声掛け。

 

 しかし起きて頂ける様子はありません。

 

 こうなったらあの手しか……

 

 アルちゃんがどれだけお寝坊さんしても、一発で起きてくれた魔法の言葉。

 

 出来るだけ周囲に迷惑が掛からぬ様、私も毛布に顔を突っ込んで準備万端です。

 

 服がはだけて見えてしまう素肌に出来るだけ目を逸らしつつ、声を出す決意をした瞬間――――

 

「重篤者だ! すぐ来てくれ伍長ー!!」

「っ! 怪我の具合は!? すぐに行きます!!」

 

 辺りに響き渡るエーロ上等兵の声、そしてその声に呼応してエリカ伍長は飛び起きます。

 

 起きて頂けたのはありがたいのですが、しかし伍長は未だ服がはだけたまま。

 

 流石に着替えてから向かうのかと思いきや、半裸のまま現場へ向かおうとするではありませんか。

 

 女性が半裸のまま人前に出ることは恥ずかしい事、それは私でも分かります。

 

「ま、待ってくださいエリカ伍長殿、服! 服!!」

 

 咄嗟に足に掴まって止めようとしますが、ハンナ伍長は私の妨害を物ともせず進んでいき、結果私はズルズルと引きずられたまま皆さんにおはようの挨拶をする事となりました。

 

 

 

「ごめんねナナシちゃん、迷惑掛けちゃって」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるハンナ伍長。

 

 結局伍長はあのまま患者さんの元まで行き、事態に困惑する皆さんを気にすることなく怪我人の方を見事に治療していました。

 

 そして処置が終わった後にご自分の状況に気づかれたようで、周囲に響いたハンナ伍長の悲鳴と共にちょっとしたパニックが起こっていたのです。

 

 幸い私がハンナ伍長の服を持ってきた事と、エーロ上等兵が大き目のシーツを用意した事で大事に至ることはありませんでしたが、ご自分の招いた事ということもあり大分落ち込んでしまっている様です。

 

「大丈夫ですよハンナ伍長殿。怪我人の方も無事助かりましたし、皆別に怒ったりはしていませんでしたので」

「それはそうなんだけど……はぁ。寝ぼけて半裸のまま徘徊なんて、恥ずかしい」

「ハンナ伍長殿は、朝が苦手なのですか?」

「ううん、特にそういう訳ではないんだけど……昨日の夜はちょっと目が覚めちゃって」

 

 なるほど、あまり眠れてなかったのですね。

 

 しかしそれはもしや、夜中に私が動き回っていた所為で起こしてしまったのでは無いでしょうか。

 

 だとすれば早く謝らないと。

 

「その、ハンナ伍長殿。昨日の夜目が覚めてしまったのは、もしかして私の所為でしょうか? だとしたら大変申し訳ありません!」

「! あ、大丈夫大丈夫。目が覚めちゃった後そのまま寝直せばよかったんだけど、ちょっとやることがあってそのまま遅くまで起きちゃってたんだ。これは全部私の所為、ナナシちゃんの所為ではありません。だから心配しないで」

「それなら良いのですが……」

「それよりナナシちゃん、今日はどうする予定?」

 

 今日の予定は元々一日塹壕の点検や雪掻きでしたが、昨日タクマ中尉に毎日来るようにと命令されています。午後はタクマ中尉の元へ向かわないといけないでしょう。

 

「午前中は塹壕の点検と雪掻きで、午後はタクマ中尉の元に行く予定です」

 

 私が答えると、ハンナ伍長は急に顔を顰めます。

 

「また中尉に呼ばれてるのナナシちゃん?」

「はい、これからは午後に毎日来るようにとの事でしたので」

「でも、昨日の事忘れた訳じゃないよね? 今日もまた同じことされるんじゃ」

「っ……」

 

 確かに昨日の指導は、今までよりも苛烈で辛いものでした。

 

 でもタクマ中尉は駄目な私を立派にする為、ああやって時間を取って指導してくれているのです。

 

 私の為に態々時間を割いて頂いているのに、弱音を吐く訳にはいきません。

 

「昨日の事は、私が兵士として立派になるために指導して貰っただけなのです。私がちゃんとしてれば、殴られたりすることもありません」

「ナナシちゃん……分かった。じゃあ今日は私と一緒に中尉の所へ行こう」

「伍長殿とご一緒に、ですか?」

「そう。ほら昨日、私も中尉に話があったんだけど結局殆ど話せなかったから」

 

 そういえば確かに、私の怪我を治すために伍長殿は来た傍から医療テントへ戻ることになったのでした。

 

「ごめんなさい伍長殿。私の所為で二度手間を掛けさせてしまいました」

「大丈夫、実際そんなに重要な報告でもないから。……ああ、でもさっきの事は一応報告しなきゃだよね。結構騒いじゃったし」

「そう……ですね。中尉殿は部隊の空気を特に気にされているので、他の方から聞かれるより前に説明しておいた方が良いと思います」

「私もボコボコにされちゃうかなぁ。まあ、大抵の傷は治癒魔法で治せちゃうから実質ノーダメージだけどね」

 

 ハンナ伍長も私と同じ目に遭ってしまう。

 

 そう思うと、ズキリと胸の奥が痛みます。

 

 幾ら治癒魔法が使えると言っても、痛いものは筈。

 

 それならいっそ、私一人が騒いだことにして指導されるのも私だけにしてしまった方が良いのではないでしょうか。

 

 まだ出会ってそれ程月日は経っていませんが、ハンナ伍長がとても優しい人だということは私にも分かります。

 

 優しい人が酷い目に遭うのはとても悲しいです。

 

 大丈夫、私は痛みには強い方です。

 

 もし昨日みたいな事になっても、耐えきってみせます。

 

 私がそう決意した時、医療テントに誰かが入ってきます。

 

「ハンナ、今帰ったぜ。そっちは問題無いか?」

 

 少しぶっきらぼうな口調と見た目から自信を漂わせているカッコ良い女性です。ハンナ伍長のお知り合いでしょうか。

 

 すると私の隣に居た伍長が目を輝かせながら先程の女性の元へ駆け寄ります。

 

「クラン小隊長! 任務お疲れ様です。はい、医療崩壊も起きてないですし前線に比べたら平和そのものですよ。そちらは如何でしたか」

「ああ、こっちは何とか追い返したんだが他がちょっとヤバそうだ。補給が終わったらまた出撃するが、こっちの拠点も後ろにズラす必要があるだろうな」

「また引っ越しですか……もう一生分した気がしますね」

 

 クラン小隊長、なるほど。つまりあの方がハンナ伍長の所属する部隊の小隊長さんですね。

 

 以前ガルド小隊長から名前を伺った事があります。

 

 何でもトゥーリスが最初に創設した魔導部隊のメンバーで、その中でも特に魔法の才能が高い人物とか。

 

 ちなみにガルド小隊長も同じ初期魔導部隊のメンバーだったそうです。部隊が設立されたのが確か今から10年ほど前と聞いていますが、その割にはクラン小隊長は随分若く見えますね。

 

 私がそんな事を考えていると、いつの間にかクラン小隊長が私を見ている事に気づきます。

 

「所でハンナ、そこのちびっ子は誰だ?」

「ひっ……」

 

 その眼光の鋭さに思わず漏れる悲鳴、私何か怒らせてしまうような事をしてしまったのでしょうか。

 

 このまま捕って喰われてしまいそうな雰囲気に、ジワリと汗が滲みます。

 

 しかしそこで、ハンナ伍長が間に入ってくれました。

 

「小隊長、ナナシちゃんが怖がるので睨むのは止めてください」

「……別に睨んでねーけど」

「小隊長は素で顔が怖いんですよ。小さい子を相手する時は見降ろさない、視線を合わせて笑顔で接する。基本です」

「お、おう……」

「後その無駄なやってやるぜオーラを控えてください。小隊長はその気が無くても、周りから見たら威圧されてる様にしか感じません」

「そんなオーラ出てんのか、オレ?」

「出てます! 現にナナシちゃん怖がってるじゃないですか、反省して下さい」

「……悪かった」

 

 ハンナ伍長に叱られて明らかに落ち込んでいるクラン小隊長。

 

 そのままぎこちない笑みを浮かべたまま、私の元までやってきます。

 

「お、おうちびっ子。お前の名前を教えろ」

「口調! クラン小隊長、口調がまだ怖いままですよ」

「だぁー! もううっせえ、ハンナは黙ってろ!! で、お前の名前は何て言うんだ?」

「はい、ナナシ・エルフィー二等兵です。クラン小隊長殿」

「ん、ナナシだな。オレはクラン・クラミ准尉、もう分かったと思うけどそこのハンナが所属してる部隊の小隊長だ。よろしくな」

 

 挨拶と同時に出された手を、私は握り返します。

 

 するとクラン小隊長は、私の手を握るなり何故か不思議そうな顔をしました。

 

「あの……何か」

「ん? ああ……お前、もしかして魔法が使えるのか?」

「はい、索敵魔法を使うことが出来ます」

「索敵魔法!? めちゃくちゃレアな魔法じゃねえか。はぁ、お前の流れる魔力が妙だと思ったぜ」

 

 『それなら納得だ』と一人で納得してしまうクラン小隊長。対して私は何が何だか分かりません。

 

「魔力の流れとは、一体何のことですか?」

「オレは相手の身体を触れば、そいつの魔力の特性や流れが大体分かるんだよ。けどお前の魔力は今まで感じた事が無いタイプだったから気になってさ」

「な、なるほど……」

 

 つまりそういった特性を感知するのがクラン小隊長の得意な魔法なのでしょうか?

 

 だとすれば相手に触るだけでその人の魔法分野の向き不向きが分かるとても便利な魔法ですが、完全な後衛向きの魔法。クラン小隊長はバリバリの戦闘タイプだと思ったのですが、人は見かけに寄らないものなのですね。

 

「それにナナシちゃんはとっても頑張り屋さんな良い子ですよ。昨日も医療テントを手伝ってくれましたし、応急処置なんかも手馴れていて凄い助かります」

「ほぉー、怪我も診れるのかお前」

「あ、あくまで応急処置レベルですが、前の所属していた小隊で手伝いをする事が多かったので」

「そういや、ここに居るって事はタクマ中隊の補充組か。前は何処所属だったんだ?」

「……ガルド小隊所属です」

「ガルドさんの……そっか」

 

 私が小隊名を口にすると、クラン小隊長は神妙な顔をした後でポリポリと頭を掻いたかと思えば、いきなり私の頭を掴んでわしゃわしゃと撫でまわし始めます。

 

「にゃっ……ク、クラン小隊長殿!?」

「大変だったな、ナナシ」

「……え?」

「ガルドさんの事はよく知ってる、それに小隊がどうなったのかもな」

 

 ああ……クラン小隊長はもうご存じなのですね。

 

「ガルドさん達が守ってた山道、最後は数えるのも馬鹿らしいぐらいのオーガ兵が押し寄せたって話だ。流石のあの人でも……な。でもガルドさん達があそこで踏ん張ってくれてなければ、トゥーリス軍は部隊の再編制どころか完全に崩壊してただろうぜ。ほんと、凄え人だよ」

「……はい、ガルド小隊長は凄い人でした」

 

 その後、クラン小隊長は私に知ってる限りのガルド小隊がどうなったかについて話してくれました。

 

 ガルド小隊長達は物資も援軍も無い状態の中あの山道で2日間もオーガ兵達の足止めを行っていたそうです。

 

 流石に敵の数が多すぎて幾つかの部隊を通してしまう事になったものの、それでも敵の本隊を足止めする事には成功し、結果オーガの侵攻は予想よりも大分遅れる事になりました。

 

 しかしその代償としてガルド小隊は一人残らず全滅。

 

 あの一帯が完全にオーガの手中となってしまったため死亡確認は出来ていないそうですが、生存は絶望的との事でした。

 

 皆死んでしまった。

 

 それはもうずっと前から分かっていた筈なのに。

 

 それでも言葉にして聞いてしまうと、まるで胸が張り裂けそうになるほど痛みます。

 

 ギュッと胸を抑えながら私はクラン小隊長にお礼を言います。

 

「ありがとうございます、クラン小隊長殿。皆さんの事を教えてくれて」

「気にすんなよ、別に手間でもなんでもねえ。それに、お前とはこれから仲良くしないとだからな」

「……はい?」

 

 突然の言葉にキョトンとしてしまう私。

 

 対してクラン小隊長は、屈託のない笑顔を見せて――――

 

「お前はオレが貰う。タクマみたいな奴にくれてやるのは惜しいからな」

 

 堂々と、私を誘拐する宣言をしたのでした。

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