戦場駆ける白き野兎   作:バサル

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第三十一話

「も、もら!? 一体どういう事ですかクラン小隊長殿!」

「あん? だからそのまんまの意味だよ。お前はオレの物、オレの部隊で索敵兵(ウォッチャー)としてこき使ってやるから安心しろ」

「そもそも私は物ではありませんし、現在はタクマ中隊所属ですのでクラン小隊長の一存では決めかねる内容かと思いますが」

「知るか、オレが決めたんだから絶対だ。お前に拒否権はねえ」

 

 どうしましょう、まったく取り付く島がありません。

 

 こうなってしまっては私にはどうする事も出来ません。ハンナ伍長が何とかしてくれるのを願うしか無いでしょう。

 

 そう思ってハンナ伍長の方を見ると、伍長はため息を付きながらクラン小隊長と私の間に入ります。

 

「クラン小隊長、そんないきなり言われたってナナシちゃんが混乱するだけですよ」

「なんだハンナ、お前ナナシがオレの所に来るのは反対なのか?」

「いえ、大賛成です」

 

 あれ、ハンナ伍長? クラン小隊長を止めてくれるんじゃ無いんですか??

 

 伍長の予想外の返しに、私は固まってしまいます。

 

「ならいいだろ、んじゃ決定だな」

「ストーーップ! 賛成ですけど、その強引なやり方には反対しているんです。そもそもナナシちゃんの意思だってありますし、立場もあります。それを汲み取ってあげないと駄目でしょう!」

「……メンドクセェ」

「小隊長、ナナシちゃんの事本気で欲しいって思ったんでしょう? なら、それ相応の礼儀があると思います」

「あーもう、分かったよ。お前はオレのかーちゃんかってのっ! おいナナシ!!」

「ひゃいっ!?」

 

 当然呼ばれて思わず声が裏返ってしまいますが、クラン小隊長は特に気にすることなく続けます。

 

「ナナシ、オレの部隊はちょっと特殊でな。オレを含めて隊員は全員魔法が使える魔導部隊なんだ。その分魔法に対するノウハウも他の部隊より段違いだし、お前にとっても悪い話じゃないと思うぜ。ましてやお前の魔法は索敵魔法なんてレア魔法だ。オレの元に来た方がお前は絶対に伸びる、だからオレの所にこねえか? お前が来たいなら、タクマ中尉にはオレが責任を持って話を付けてやる」

 

 言葉と共に差し出される手。

 

 クラン小隊の話は、以前ガルド小隊長に聞いたことがあるので知っています。

 

 若手の有能な魔導兵を集めて作られた特殊部隊で、所属している隊員の方々は皆魔法の扱いに非常に長けていると。

 

 確かに私は魔法を、しかも貴重な索敵魔法を使うことが出来ます。

 

 でもちゃんと魔法を上手く扱えているかと言えば、寧ろ下手な部類だと思います。

 

 そんな私が入っても、寧ろ足手纏いになってしまうのではないでしょうか。

 

 クラン小隊長が私なんかを誘ってくれている事、それはとても嬉しいですし、光栄に思います。

 

 でも……誰かに迷惑を掛けたり、期待を裏切ってしまうのは何より怖いです。

 

 そんな思いを相手にさせてしまうなら、最初からちゃんとお断りした方が良いのだと思います。

 

「あ、あの……クラン小隊長、お誘いはとても嬉しく思います。ですが私は、クラン小隊長に誘って頂ける程優秀な兵士ではありません。いつも失敗ばかりですし、索敵魔法だってまだまだ上手く扱えません。こんな私が入隊しても、足手纏いになってしまうと思います」

 

 だから私は、クラン小隊長のお誘いを断ることに決めました。

 

 折角誘って貰ったのに申し訳ない。

 

 そう思いつつクラン小隊長の顔を伺うと、

 

「はぁ……? ナナシお前、それ本気で言ってんのか」

 

 クラン小隊長は、それはもう恐ろしい形相でこちらを睨んでいました。

 

 ど……ど、ど、ど、どうしましょう!? こんなに怒らせてしまうなんて、ともかく早く謝らないとっ!

 

「ご、ごめんにゃひゃ……にゃ?」

 

 謝罪の言葉を口にした私ですが、上手く声が出ません。

 

 それもその筈、いつの間にか私の至近距離まで近づいたクラン小隊長が、両手で私のほっぺを引っ張っていたのです。

 

「おいナナシ、お前今いくつになる?」

「……ひゅういっひゃいへふ(11歳です)

「11か。なら兵役の最低年数は幾つだと思う? 答えは15! お前はそもそも適正年齢にすら届いてねえ。そんなちびっ子が完璧な兵士になんてなれる訳ねーだろーが!!」

「ご……ごめんなひゃぃ!」

「何で謝る!? 別にお前は悪くねえ!!」

「……え?」

「寧ろそんなにちっさいのに、兵士として戦ってるお前はすげえ奴だろ」

 

 そう言ってクラン小隊長は、ほっぺから手を放してくれます。

 

「先に言っとくが、オレは別にお前が優秀だから欲しいって言ってる訳じゃ……いや、確かにお前の魔法はレアだしそこも含めて欲しいのは間違いねえ」

「は、はい……」

「けどオレがお前を欲しいって思ったのは、純粋にお前が気に入ったからだ。こんな小っちゃいのに根性入れて兵士してるお前の性根が気に入ったんだよ。だからうだうだ抜かすんじゃねぇ! テメェはオレについてくれば良いんだよ、分かったかっ!?」

「で、ですが……」

「分かったか分かんねえのかどっちだッ!?」

「りょっ…了解しました! 小隊長殿ッッ!!!」

 

 クラン小隊長のあまりの迫力に、返事をしてしまいました。

 

 というかクラン小隊長怖すぎです。内心私はもう泣きべそをかいてしまいそうなほど追い詰められています。

 

 ですがクラン小隊長はそんな半泣きな私の方にポンと手を置くと、可愛らしい八重歯を覗かせながらニッコリと私に笑いかけました。

 

「よし、これでお前はオレの部下だナナシ。これからよろしく頼むぜ」

 

 その笑顔の眩しさに、つい先程までの恐怖が少しだけ薄れます。

 

 クラン小隊長はとっても怖い人。でもガルド小隊長と同じで怖いのと同じぐらい優しさに溢れた人なのではないかと、私は思いました。

 

 この人についていけば、また皆と一緒に居た時みたいにポカポカを感じる事が出来るのかな。

 

 

 私の中に灯った小さなポカポカ。

 

 

 でもそのポカポカを消し去る様に、私の中で奴らの姿がフラッシュバックしてきます。

 

 ミカさんを殺し、アルちゃんとトニーさんを傷つけたライドとルカというオーガ兵。

 

 奴らがまたやってきてハンナ伍長やクラン小隊長を傷つけていく所を想像してしまい、吐き気がこみ上げてきてその場に蹲ってしまいます。

 

「お、おいナナシ!?」

「ナナシちゃん!? 気分が悪くなったのね?」

「はっ……うぅ……すみま、せん」

「大丈夫、ゆっくり息を吸って」

 

 ハンナ伍長が背中を擦ってくれたお陰か、少しして吐き気は落ち着いてきます。

 

 けど私の中に生まれた不安は、決して消えてはくれません。

 

 また奴らが来たら、皆酷い事をされて殺されてしまう。

 

 そんなのは絶対に嫌! だけど、私にはどうする事も出来ません。

 

 それならもう、いっその事……

 

 

「もう、小隊長がナナシちゃんを怖がらせるからですよ!」

「オ、オレの所為かよ?」

「さっきの、どう見たってナナシちゃんを恫喝してるようにしか見えなかったですよ」

「別にそんなつもりは……」

「見えました!!」

「……はいはい悪かったよっ」

「まったく、小隊長は何時も強引だからナナシちゃんもおかしいと思ったらガツンと言っちゃって大丈夫だからね……って、ナナシちゃん聞いてる?」

「……! あ、はい……分かりました」

 

 心配そうに私の顔を覗き込んでいるハンナ伍長に気づき、私は我に返ります。

 

 気づくとクラン小隊長はいじけた様子でそっぽを向いてしまっていました。

 

 一体何があったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 その後クラン小隊長とハンナ伍長に連れられて、私はタクマ中尉の元へ行きました。

 

 バッチリ話を付けると意気込んでいたクラン小隊長ですがその交渉方法はとても穏やかではなく、もはやカツアゲに近い有様です。

 

 対してタクマ中尉はまるで猛牛の様なクラン小隊長に怯みつつも、必死に抵抗して話はずっと平行線でした。

 

 しかし、

 

 

「オレ達はそっちの部隊に貢献してやってる筈だぜ? なら、少しぐらい融通したってバチは当たらねえんじゃねえか」

「ふっふざけるな! 索敵魔法の使い手が貴重なのは貴様もよく分かっている筈だぞ准尉。こちらは資材も人材も不足しているんだ、無茶を言うんじゃない」

「ほー、じゃあオレ達は原隊に戻らせてもらうぜ」

「んなっ!? そんな勝手が許されると思ってるのか!」

「どっちにしろここもそう長くねえ、なら親父(パッパ)に合流した方がこっちも動きやすいからな。テメェがどうしてもって言うなら撤退の時間ぐらいは稼いでやるが、どうする?」

「くっ……」

 

 結局クラン小隊長はタクマ中隊が後方に撤退する時間を稼ぐ事を条件に私をクラン小隊配属にする事を提示、タクマ中尉は渋々ながらもその案に頷いたのです。

 

「その代わり我々が撤退するまでの時間はしっかり稼いで貰うからな准尉!」

「わーってるよ。オレはお前と違って約束をやぶったりしねえ」

「どうだかな、それと配置転換の手続きはこちらでするが暫く時間が掛かる。その間ナナシ二等兵はこちらの配属扱いで使わせてもらうぞ。異論は無いな?」

「ちっ、仕方ねえな。その代わり出来るだけ早くしろよ? オレはそんなに気が長い方じゃねえからな」

「……尽力する」

 

 どうにも納得がいかないといった様子のタクマ中尉でしたが、隊の撤退を行うにも時間を稼がねば話になりません。

 

 結局最後はタクマ中尉が折れる事となり、状況が落ち着いた後私の配属はクラン小隊へと移る事が決定されました。

 

「申し訳ありません中尉殿、ご迷惑をお掛けします」

「……問題無い。それよりキミはまだ私の部隊所属なのだから、一層励みたまえ」

「はい、精一杯お役に立てる様尽力させて頂きます」

 

 私が迷惑を掛けてしまった事を謝罪しても、タクマ中尉は怒る処か私を気遣ってくれます。

 

 チクリと胸が痛みますが、その分今以上に頑張って中尉の期待に応えねばなりません。

 

「つー訳でオレ達はまた前線だ。お前はもう少しこっちの奴らを診てやってくれ」

「分かりました、ご武運を祈ります」

「おう! じゃあな、ナナシ。また迎えに来るからそれまで元気にしてろよ」

「はい、クラン小隊長殿も無事に帰ってきてください」

「おうよ……っとそうだ」

 

 去り際にクラン小隊長はタクマ中尉の傍によって、何やらコソコソ話を始めます。

 

 もしかしてまたタクマ中尉に無理難題を言っているのかとも思いましたが、話す二人の顔は真剣そのものです。

 

 少しして話が終わり、クラン小隊長は去っていきました。

 

 何の話をしていたのか少し気になりましたが、恐らく私達が聞いてはいけない大切な話だったのでしょう。

 

 ならば、詮索はするべきではありません。

 

 難しい表情をしているタクマ中尉に挨拶をして、私達ものテントを後にします。

 

 

 

 

 

 まるで嵐の様な出来事でしたが、私達が忙しくなるのはここからが本番です。

 

 隊の後退が正式に決定し、周囲がどんどん慌ただしくなっていきました。

 

 物資は貴重ですので出来るだけ持っていきたい所ですが、あまり嵩張り過ぎればその分後退に時間が掛かってしまいます。

 

 なのでまず持っていく物と置いて置く物を選別し、荷造をするのに約半日ほど。

 

 そこから残した物資を敵に再利用されぬ様焼却処分をして、残りの準備を済ませるのに更に半日。

 

 準備だけでほぼ一日使う事になってしまいましたが、幸いその間オーガに攻め入られることはありませんでした。敵の数は日に日に増えているという話でしたので、クラン小隊長達が必死に頑張ってくれているのでしょう。

 

 準備完了後、私達はすぐに次の拠点への後退を開始しました。

 

 雪道の悪路の中、重い荷物を背負っての移動でしたのでかなり辛かったですが、軍に入ってから欠かさず行っているトレーニングの成果か、以前よりは息を切らさずに移動できるようになってきました。

 

 そして4時間ほどの移動の末、私達は次の拠点へと辿り着いたのですが、

 

「ここが次の拠点……ですか?」

 

 次の拠点として移動した先にあったのは、どう見ても戦争とは無縁としか思えない小さな村だったのです。

 

「そうだ。防衛設備は無いが、テントより頑丈で物資も幾らか残っているだろう。使える物は何でも使わねば戦争には勝てんよ」

 

 私が驚いていると後ろからやってきたタクマ中尉が説明してくれますが、さも当たり前の様に言うその姿に私は恐怖を感じました。

 

「だ、だって村ですよ。ここに住んでる人はどうするんですか?」

「それなら心配要らん。ここの住人は既に非難が完了しているからな」

「ですが……ですがっ! 住民の方々が居ないなら猶更勝手にここを使うのは駄目なのではないでしょうかっ」

 

 ここを拠点として使うという事は、この村が戦場になる可能性が高いという事です。

 

 住んでいた人達が戦争が終わった後でこの村に帰って来た時、荒らされ尽くした姿を見たらどう思うか。

 

 そう考えたら、どうしてもここを拠点として使う事に賛同は出来ません。

 

 意を決して発言した私を、タクマ中尉は何を言っているんだという風に見てきます。

 

「ナナシ二等兵、先程も言ったが戦争は使える物は全て使わねば勝てんのだよ。それに兵士とて人間だろう? ここ最近はテントでの生活が続いて身体もロクに休まっていない彼らにせめてちゃんとした場所で寝ることが出来る様配慮した結果だ」

「っ……」

「キミとてかなり疲れているだろう? ここまでの移動もその小さな身体ではかなりの負担だったはずだ。村の状況を簡単に確認したら今日はもう休んで構わないよ」

 

 私の肩に手を置き、優しく声を掛けるタクマ中尉。

 

 

 ――――皆の為――――

 

 

 その言葉を言われてしまえば、私にこれ以上反論する事は出来ませんでした。

 

 

 

 

 結局私達は村の中に危険が無いかを確認した後、この場所に拠点を置く事になりました。

 

 皆さん久しぶりにまともな場所で寝る事が出来ると喜んでいて、我先にと気に入った民家に入っていきます。

 

 その姿を見ていると、確かにタクマ中尉が言っている事は間違っていないのだと分かります。

 

 だけどそれでも、やっぱり私は勝手にこの村を使ってしまう事に負い目を感じていました。

 

「ナナシちゃん、こんな所でどうしたんだい?」

 

 そんな時、後ろから誰かに声を掛けられます。

 

 振り向くと、そこに立っていたのはラウル兵長でした。

 

「早く行かないと、良い寝床は皆取られてしまうよ」

「ラウル兵長殿……いえ、私は雪が凌げればどんな場所でも構いませんので。それより兵長殿も寝床を確保しなくて良いのですか?」

「ああ……それがね」

 

 私の質問に、ラウル兵長の顔が曇ります。

 

 もしや、何かトラブルがあったのでしょうか。

 

「兵長殿、何かお困りごとですか? 私で良ければお手伝いしますが」

「えっ……あ、いや…何でも無いよ。特に困った事なんてないさ」

 

 ラウル兵長は明らかに狼狽した様子、これは何かあるに違いありません。

 

 私はラウル兵長の目をじっと見て話します。

 

「兵長殿、私は兵長殿にとてもお世話になっています。なので出来る事があるのなら助けになりたいです」

「いや、本当に大丈夫だよ。それにナナシちゃんだってここまで歩き通しで疲れているだろう」

「……私ではお役に立てる事は無いのでしょうか」

 

 頑なに話してくれないラウル兵長に、段々と悲しい気持ちになってきます。

 

 やはり私では頼りなくて何も任せられないという事なのでしょう。

 

「ちっ…違うよ! ナナシちゃんはとっても頼りになる子さ。けど今回は内容が内容でっ」

「……やはり困りごとがあるのですね」

「あっ…」

 

 しまったと顔を顰めたラウル兵長。

 

 私を頼りなく思うのは仕方の無い事だと思います。

 

 それでも私は、ラウル兵長の力になりたいのです。

 

 この想いを伝えると、ラウル兵長は渋々ながら内容を話してくれたのでした。

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